〜森鴎外旧居〜

 森鴎外旧居は、陸軍第12師団軍医部長として小倉に赴任した折り、1899年(明治32年)6月から1年半住んだ、鍛冶町の家です。
 鴎外は、この家で「我をして九州の富人たらしめば」「鴎外漁史とは誰ぞ」等を書いています。帰京後書いた小説「鶏」は、この家を舞台にしたものです。

 北九州市は、1974年(昭和49年)3月、この旧居を永久に保存するため、『史跡森鴎外旧居』として文化財に指定し、1982年(昭和57年)3月、当時の姿に復元しました

 では、森鴎外旧居を見て参りましょう。

大通りから裏道に入った場所に、ひっそりと建っています。


正門。


門の横には記念碑が建っています。


門をくぐってすぐの庭には、解説・入館時間をかいた説明文があります。


庭の角から建物を。


門から玄関までは、敷石があります。


鴎外の胸像です。


玄関。立っているパネルは……


『文豪ストレイドッグス』版の森鴎外です(管理人も詳しくは知らないのですが)。


玄関から中の間、座敷を。


中の間から庭を眺めます。


沙羅の木です。


解説の看板。(画像クリックで拡大画像が出ます)


座敷。鴎外が書斎に使用していました。小説『鶏』の中でも、洋書などの本を床の間の隅に置き、小さな学習机をその前に据えていたと書いています。


掛け軸。『天馬行空』の複製です。発明青年・矢頭良一の死後、その父に鴎外が送った直筆の書です。


隣の座敷部屋。


門とは反対側にも庭があります。かつては花壇だったようです。


花壇だった名残のようなものが……。


奥の扉は下便所。反対側にも便所があったようです(苦笑)。


旧居の模型が展示されている部屋もあります。


吊階段の間。残念ながら、2階は未公開で、登れません。


土間にも本棚があります。


鴎外の足跡や、等身大パネル。


こちらは炊事場で……


奥は風呂です。


鴎外が訪れた史跡など。(画像クリックで拡大画像が出ます)


こちらは当時の新聞です。(画像クリックで拡大画像が出ます)


ベルリン鴎外記念館の写真。


鴎外の等身大パネル。49歳の頃で、身長は161.2cmだったそうです。当時の平均身長が約155cmでしたので、鴎外は高い方だったようです。


土間には書き込みコーナーもあります。


旧居の見取り図です。(画像クリックで拡大画像が出ます)



以上、森鴎外旧居の紹介でした。


戻る