時は近未来!
 発達した科学技術によって、人々は今とは全く違う生活を送って…………いた訳ではなく。
 人々の生活様式は現代社会と大して変わらない、そんな未来。
 機械技術が飛躍的な発展を遂げ、あるものを生み出していた。
 それは、「心」を持つロボット。
 発達したAI技術によって、ロボットは人と同様の心を持つ存在に進化し、共に暮らすパートナーとなっていた。
 そして、そんな中でも自在にパーツを交換・カスタマイズする事によって文字通り「『装』いを『改』められる」完全自律の小型人型ロボット、『改装機(かいぞーき)』!
 この物語は、そんな改装機達の織りなす、愛と涙、笑いと感動の物語である!

 ……ぬわぁんちゃって!



ついに決着!? 鉄人レース!



 迷路をクリアし、選手達は次なる関門のある羽車町へと向かっていた。
 羽車町はソウマが暮らしている町で、企業が密集するビジネス街であり、高層ビルが数多く建っている。
 空栗信用銀行の羽車支店があり、前回登場したギグバート&メルケインによる銀行強盗に遭った事もある。
 この町でも、やはり今まで通りルートが示されている。
 カマイチを先頭に、選手達が町を走り抜けていく。
 町の人々も、そんな彼らを道の両側から見守っていた。
「さあ、前回の関門でさらに三人の脱落者が出てしまいました! 現在残っている選手は、先頭から戦刃団のイケメンオネエ調、カマイチ選手! 続いてイタズラ好きのエスパーっ子、サイカ選手! テックボットの腕白小僧、ゲイボルグ選手! 夢見る中二病な槍使い少年、ソウマ選手! 変身変身また変身、ダントウ選手! フォースターの電撃ハエ少年、ルーゼ選手! そして頑張る苦労人、ピクシウス選手です!」
 ヤタウツシの背中で、マイクを手にリポティーヌが叫んでいた。
 現在、レースのトップであるカマイチと、最後尾にいるピクシウスまでは、そこまで大きな差が無い状態になっていた。これは、ダントウ達にしても、ゲイボルグにしても、ピクシウスにしても、それぞれ大幅にルートを短縮する方法をとったためである。確実に迷路を抜ける方法をとったカマイチの作戦が裏目に出てしまった、とも言えるだろう。
 さて、レースの順路は、とある本屋の前に続いている。
 その入口には一人の改装機が立っていた。
 頭部はヘビトンボのようで、耳の部分には緑色をした半球状のレンズが付いている。上半身は白く塗られており、胸元にはネクタイと襟のペイントがされており、下半身を覆う白いコートと相まって、まるで白衣を着ているようだった。ボディのサイズからして、第一期の改装機らしい。
「ようやくのご到着だな。私はここの関門の担当者、『分析のゲンナイ』だ。以後、お見知りおきを」
 ヘビトンボ改装機が頭を下げる。
 彼はフォースター製作所製の改装機で、博士号も取得しており、普段は大学で教鞭を執っている。
 時折、自分の研究に夢中になりすぎてエネルギー切れ寸前の状態で生徒に発見される、という事もしばしばあるほどの研究者気質であった。
「ここでは、私の出すクイズに答えてもらう。正解者から先へ進めるという訳だ。なお、制限時間は一問につき一分だ」
 右手の人差し指をピッと立てて、ゲンナイが説明する。
「私の分析によれば、こういう障害物レースではクイズの関門が付き物というからな」
 いや、それ絶対偏った知識だろ。
「……ともかくだ、早速問題に入るぞ。第一問、人間の喉にあるのは扁桃腺。では、『扁桃』とは一体なんの事だ?」
「いっ……?」
 一問目から難題を出すゲンナイに、一同は硬直する。
 さて、この物語を読んでいる君は分かるかな?
 悩みまくる一同を見つめながら、ゲンナイは得意そうに笑みを浮かべていた。
「さすがに難しすぎたかな? では、第二問に移ろうとするかな」
 が、その時だ。
「アーモンド」
 あっさり答えを返す者がいた。
「へっ?」
 今度はゲンナイがポカンと口を開けて硬直してしまった。
 右手を挙げて答えを言ったのは誰であろう、ルーゼだった。
「……なんで、分かったん、だ……?」
 完全に目を点にしてソウマが尋ねる。
 それはカマイチ達も同じだった。
 そんな彼らに、ルーゼは事も無げに胸を張る。
「だって、アーモンドって食べ物だろ? 食べ物の事だったら、おれ、誰にも負けねぇからな!」
「そんなアホな……」
 ちなみにこのアーモンドだが、日本に入ってきたのは明治初期の頃で、その当時は「扁桃」と呼ばれていたそうである。
 その後、扁桃腺の形がアーモンドに似ていることからそう名付けられたらしい。
「ってな訳で、おっ先〜!」
 ルーゼは残された選手達に手を振りながら、次なる関門のある前巻町へ向かう道へと駆けていった。
(しまった……ルーゼの存在を忘れていた……)
 ゲンナイは陰で舌打ちをする。
 自信満々で出した最初の問題をあっさり正解されたのがよほど悔しかったのだろう。
 もっともゲンナイの方も一問目から難問を出していたので、どっちもどっちと言えるが。
「気を取り直して第二問だ。昔話『西遊記』に登場するのは孫悟空。では、その孫悟空の本名はなんだ?」
「えーっと、『斉天大聖』だっけ?」
 ダントウが答えるが、ゲンナイは首を横に振る。
「いいや、それは号(あざな)だ。実は本名は別にあるのだ。今度も少し難しかったかな?」
 楽しそうに言うゲンナイだったが、彼の思惑はまたも外れる。
「確か、『美猴王(びこうおう)』だろ?」
「んがっ!」
 答えたのはゲイボルグである。なるほど、納得。
「うう……正解だ」
「やったぜ! じゃ、オレも先に進ませてもらうぜ〜♪」
 嬉しそうに飛び跳ねながら、ゲイボルグはその場を後にした。
「ええい、では第三問だ! 原作『かいぞーき!!』第0話のサブタイトルは何!?」
「のわっ!」
 その場にいた全員がその場にズッコケる。
 それにしてもこのゲンナイ、先程からとんでもない問題ばかり出しているが……実はこいつ、そうとう腹黒いんじゃないだろうか。
「う、うるさい! 私の分析によれば、こういう関門ではありふれた問題は出さないものなのだ!」
 ホントかよ……。
 さて、先程と同じく頭を捻る一同だったが、そんな中、一人だけ少し考えた後、思い出したように口を開いた。
「確か……『町内壮絶大レース』じゃなかったかしら?」
 そう、それはカマイチだ。
 彼だけがこの問題を答えられた理由。それは、今現在走っているメンバーの中で、彼だけが第0話の時点で登場していたかららしい。
 サイカの登場も第一話なので、彼女もぎりぎりいなかった、という訳だ。
「それじゃあ、私も行かせてもらうわね」
 カマイチも、ルーゼの後を追って走り出す。
 続けざまに難問をクリアされ、ゲンナイはドヨ〜ンとした表情でガックリと膝をついていた。
 気のせいか、その周囲には人魂すら浮かんでいるようであった。
 さすがに気の毒になったか、サイカがゲンナイの肩を「ポン、ポン」と叩いて言った。
「おじさん、元気だそうよ。がんばって計画たてても、まるでダメなときはあるって」
「うぐっ……!」
 サイカのこの一言がグサッときたらしく、ゲンナイは真っ白になって、その場に立ち尽くしてしまった。
 ……まさか、狙って言ったわけじゃないよなぁ。
「え、なんのこと?」
 サイカは悪戯っぽく笑う。
 対照的に、ダントウが困ったように言った。
「でもどうする? 出題者がこれじゃあ、おれ達ここの関門をクリア出来ないよ」
「う〜ん、このまま行っちゃっていいんじゃないかなぁ?」
 さらっとサイカが言った。
 しかし、その時だった。
「ええい! これしきの障害でへこたれてたまるか! 研究に障害はつきものなのだ!」
 ゲンナイが勢いよく叫ぶと、ものすごい勢いで立ち上がった。
「おおっ、復活した」
 驚いたような、感心したような様子でソウマが言った。
 しかし、これではどちらが障害に挑んでいるのか分からない。
「気を取り直して第四問だ! 温度計に入っている、あの赤い液体の正体は何?」
「温度計の中身か……考えた事も無かったなぁ」
 ピクシウスが頭を捻る。
 他のメンバーにも、この答えを知ってる者はいないようだった。
 ゲンナイは傍らの時計をちらりと見て、言う。
「……残念、時間切れだな。答えは灯油だ」
「へぇーっ」
 思わずダントウが感嘆の声を上げた。
 そもそも温度計を発明したのは、かのガリレオ・ガリレイである。
 彼が発明した温度計は、先端が球状になったガラス管を水面に垂直に立てた物で、球の中には空気が入っていた。
 その仕組みは、温度が低くなると空気が縮んで管に水が上がり、逆に温度が上がると空気が膨張して管の水が下がる、という物であったらしい。ただ、これはあまり正確ではなかったようだ。
 その後、フィレンツェの科学者が空気を抜いたガラス管にアルコールを入れてアルコール温度計を発明した。それ以来、温度計はアルコール温度計と呼ばれるようになったのである。
 こうして温度計が発明された頃は、着色されたアルコールが使われていたが、アルコールは古くなると色が取れて薄くなるため、現在ではどの温度計も灯油を赤く着色した物を使っている、という訳だ。
 さて、ゲンナイのクイズの方に話を戻そう。
「ようし、それでは第五問だ」
 今の問題で自信を取り戻したか、ゲンナイが再びやる気を見せて言った。
「第五問。紅茶は英語で何という?」
「な〜んだ、そんなのカンタンだよ」
 自信満々でサイカが手を挙げた。
「ほほう?」
「ずばり、『レッド・ティー』!」
「ハズレだ」
「あら?」
 あっさりと返され、思わずサイカはつんのめる。
「正解は『ブラック・ティー』だ。意外だろう」
 そう。意外なことに、紅茶を“紅”茶と呼ぶのは日本と中国だけなのである。
 そもそもヨーロッパ、特にイギリスで好まれて飲まれている紅茶だが、元々は東洋の飲み物で、ヨーロッパには一七世紀頃に伝わったとされている。当時中国から輸入されていたのは紅茶と烏龍茶だったが、紅茶は色が黒い事からブラック・ティーと呼ばれ、現代に至っている。因みにこれらや、さらに日本茶は製造工程が違うだけで、茶の葉自体は同じものである。
「う〜ん……黒烏龍茶?」
 いや、そうじゃないだろ。
「では第六問。今度はマンガ好きにはちょっと有利かも知れんな。次のボードを見て貰おうか」
 そう言うと、ゲンナイは文字が書かれたボードを取り出す。
 それには『鬼札』と書いてあった。
「この『鬼札』の読みを“英語で”答えてくれ」
「あ、分かった!」
 即座にソウマが手を挙げる。
「答えは『ジョーカー』だ!」
「やるな。正解だ」
「へへん、どんなもんだい!」
 ソウマは得意げに鼻をこする。
 さすがリアル中二病。
「じゃ、みんなも頑張れよ!」
 そう言い残すと、ソウマもカマイチ達の後を追う。
 その場に残っているのはサイカ、ダントウ、ピクシウスだ。
「第七問。『インディアン・サマー』とは何のことだ?」
「『インディアン・サマー』……?」
 聞き慣れない言葉に、三人は「う〜ん」と考え込む。
「インディアンが活発に活動するような真夏日、とか?」
 ダントウが考えた末に言った。
「惜しいな。答えは小春日和の事だ」
 ゲンナイが指を左右に振りながら言った。
『小春日和』とは春ではなく、秋のある日の事を言う。
 小春とは陰暦十月の別称で、つまり現在の十一月頃、ちょうど立冬を過ぎた頃から続く春のように穏やかな温かい陽気の事を小春日和と言うのだ。
『春』という言葉が付いていても、決して春に迎える日の事ではない。
 そして、英語では『インディアン・サマー』が日本の小春日和にあたる。
 つまりインディアンの夏という意味だが、これは「インディアンが思いも寄らぬいい日和に恵まれて、冬支度をするのに夏の日のように大忙しで働く」というところからきたと言われている。
 日本の表現では『春』だが、英語の表現では『夏(サマー)』である。これは欧米の夏が日本の夏のように湿気が多く蒸し暑いという事がなく、不快感も無いからだと言われている。
「では第八問。今度はなぞなぞの問題だ。上は大水、下は大火事、これは何だ?」
 ちなみに昔はこのなぞなぞの答えは『お風呂(五右衛門風呂)』と相場が決まっていたが、今じゃ本物の五右衛門風呂を見た事がない人が数多くいるくらいだからなぁ……。
 時代も変わったねぇ。
「わかった!『地下が火事になったプール』!」
「ぶほっ!」
 サイカの答えに、その場にいた全員がひっくり返る。
「なんでそうなる……。答えは『鍋物』だ」
「な〜んだ、ざんねん」
 呆れたように言うゲンナイに、サイカは頬をふくらませる。
「気を取り直して、次の問題だ。第九問。料理の基本の『さしすせそ』。『さ』は砂糖、『し』は塩、『す』はお酢、では『せ』は?」
「え〜っと……」
「これは……」
 サイカとダントウが考え込む。
 サイカは料理はからっきしだ。カップラーメンが限界で、焼きそばはソースごと流したことがあるそうな。
 ダントウも料理は得意ではない。師匠であるディサイズも、材料をまな板ごと腕の鎌で切ってしまう始末。
 彼らの食事は、大体いつもブレンドかゲートが作っている。
 因みに刃戦団では基本的にカマイチが料理を担当している。
 また、すでにリタイアしてしまっているが、エイナは料理が巧く、しかもコストパフォーマンスも非常に高い。
「オレ、分かるぜ! 醤油だ!」
 手を挙げたのはピクシウスだ。
「うむ、正解だ」
 ゲンナイはコクリと頷く。
「よっしゃ、ボスの奥様に習ってたのが役に立ったぜ! 待ってて下さいよ、ボス!」
 ピクシウスはガッツポーズをとると、そのまま全力で駆けだし、先頭集団の後を追った。
 さて、この『さしすせそ』は主に煮物を作る際に調味料を入れる順番の事だが、これにはれっきとした理由がある。
『さ』の砂糖を最初に入れるのは、塩を先に入れてしまうと、材料の組織が締まってしまい、砂糖が染み込みにくくなるからだ。
 また、『せ』の醤油や『そ』の味噌を後に入れるのは、加熱によって香りが失われるのを最小限に防ぐためである。
 ちなみに『せ』が醤油を表しているのは、昔は『しょ』を『せ』と書いていた事に由来する。
「はぁ……。今度先輩に料理教えてもらおう」
 ダントウがため息をつく。
 ちなみに彼が言う「先輩」とは、ブレンドの事だ。
「では第十問。今度もなぞなぞの問題だ。靴は動物か? 植物か? それとも節足動物か?」
「『せっそくどうぶつ』……ってなに?」
 サイカが首を捻る。
「虫のことだよ」
 横からダントウが言った。
「むし……。あ! サイカ、わかっちゃった! こたえは節足動物!」
「ほほう。そのこころは?」
「『靴は虫』……つまり、『クツワムシ』だから!」
 ピッと人差し指を立てて答えるサイカに、ゲンナイは満足そうに頷いた。
「正解だ、お嬢ちゃん」
「やったねー! ダントウのおかげだよ。ありがと〜!」
 そのままサイカは、空中を滑るように飛んでいった。
 後にはゲンナイとダントウが残される。
「ああ、うん……」
 ダントウは半ば呆然とした表情で、サイカに向かってひらひらと手を振っていたが、やがて思い出したように叫んだ。
「いけない、おれも早く答えてみんなの後を追いかけないと! このままじゃ……」
 ダントウの脳裏に、第一話でのディサイズとのやり取りが思い出される。

『せめて三位には入れ。でなきゃ、一ヶ月間修行メニューは十倍だ!』
『ええーっ!? と、とにかくやってみるよ』

 別にアクアモードになった訳でもないのに、ダントウの顔は明らかに青くなっていた。
「ねえ、早く次の問題出してよ!」
 焦ったようにダントウが叫ぶ。
 ダントウの剣幕に、さすがのゲンナイもタジッとなる。
「あ、ああ、分かった。では、第十一問。この漢字は何と読む? ちなみに今度は当て字ではないぞ」
 先程と同じように、ゲンナイがボードを取り出す。それには『蒲公英』と書いてあった。
「う〜ん……分からない……」
「残念だな。答えは『タンポポ』だ」
「ふ〜ん、タンポポって漢字だとそうなんだ」
 感心したようにダントウが言った。
「では第十二問。『バネ』は何語だ?」
「バネぇ? 分からないよぉ……。……ええい、日本語!」
 半ばヤケになったように、山勘でダントウが叫んだ。
「よく分かったな。正解だ!」
「え、本当!?」
 答えた当のダントウが、一番信じられない、と言ったような顔をしている。
 ご存じの通り、日本にはすっかり日本語として定着してしまった外来語がいくつもある。
 有名なところでは、ポルトガル語の『カルタ』などで、これは本来『カード』やドイツ語の『カルテ』などと同じ意味である。
 ほかにも『ボタン』『煙草(タバコ)』『金平糖(コンペイトウ)』『合羽(カッパ)』などもポルトガル語からきたものだ。
 これらは室町時代に入ってきたものだが、江戸時代になると、鎖国によって日本の貿易相手は中国とオランダに限られてきた。
 その頃に入ってきた外来語は、当然ながらオランダ語が中心となる。
『アルコール』『シロップ』『ゴム』『スコップ』『ランドセル』などなど……。
 さて、問題の『バネ』だが、一見すると外来語から来たように思えるこの単語、実は純然たる日本語なのだ。
 これは『はね』、つまり『跳ね(る)』からきた言葉なのである。
 ようやくゲンナイの関門をクリアしたダントウだが、先頭であるルーゼ達とは大分距離が離されていた。
「しょうがない。こうなったら、最後の手段だ! スカイパーツ、転送!」
<カモン・スカイパーツ>
 電子音声が響き、ダントウのボディが変化を遂げる。
 左右の手の甲はそれぞれ赤いプテラノドンと白いカラスを模した物に変化し、頭部もタカを象ったヘッドギアのようなパーツに換装されていた。 
 カラーリングは赤基調のままだが、より濃い、深紅に近い色になっている。
 これは空中戦に特化したダントウの特殊形態、スカイモードだ。
 空中を自由自在に飛ぶ事が出来るようになる他、飛行スピードも格段にあがり、ボディへの負担を考えなければジェット形態のカイリンマルにも匹敵する。
 スカイモードになったダントウは、地面スレスレを高速で飛びながら、先頭の選手達の後を追っていった。


 ダントウが最後のクイズに正解して羽車町を後にした頃、先頭のルーゼやゲイボルグ、カマイチ達は、ビジネス街を抜けて住宅街の中を走っていた。
 最後の関門がある、前巻町のエリアに入ってきたのだ。
 ここはこの『かいぞーき!!』の物語の主舞台で、比較的現代的な町並みの住宅街である。
 エイナとケイジロウの勤務する警察署は2丁目にあり、カマイチ達刃戦団の事務所は3丁目にある。
 さらにぜんまい商店街は4丁目の端に、カイゾー達が住んでいる家や、影道衆の屋敷は5丁目にある。
 先程のクイズで、最初に関門をクリアしたルーゼと最後に関門を突破したダントウの間には、結構な差が出来ていた。
 ダントウが追いつくには、いかにスカイモードのスピードを発揮できるかが鍵となるだろう。
 さて、先頭を走っている一同が順路に従っていくと、目の前に小さな食堂が見えてきた。
 入り口にはコック帽にエプロン姿の、薄黄緑色に塗られた改装機と、額にケチャップのボトルのような装飾の付いた、シャインレッドの女性改装機が立っていた。
「ども、イラッシャイ〜。前巻町の関門はワタシの『ぜんまい食堂』アルヨ〜♪」
 コック帽を被った方の改装機が、漫画に出てくる中国人のような口調と、ニコニコとした表情で選手達を出迎える。
 彼はこのぜんまい食堂の主で、ゲンサイという調理用の改装機だ。
 周囲を楽しませられる性格なのだが、生粋のマヨラーで、すぐにマヨネーズを使いたがるのが欠点である。
 また、普段は温厚だが、本気でキレると凄まじい形相へと一変する。
 女性改装機の方はゲンサイの修行仲間で、同じく調理用のテキーナという改装機だ。
 性格は勝ち気で男勝り、ゲンサイに好意を抱いているのだが、その性格が災いしてなかなか想いを伝えられなかった。
 いわゆるツンデレというやつである。
 現在は紆余曲折の末、ぜんまい食堂で従業員を務めている(この辺りの詳しいエピソードを知りたい方は、原作の第八話を読もう!)。
「ここではワタシ達が用意した料理を選んで食べてもらうヨ。料理を完食した人から、先に進むアルネ」
 見れば、店の前にはテーブルが置かれ、様々な料理が湯気を立てていた。
「おおっ!」
 目の前に広がる料理に、歓喜に顔を輝かせる者がいる。
 言うまでもなく、ルーゼとゲイボルグだ。
「それじゃあ早速……」
 今にも料理に飛びつこうとする二人だったが、テキーナの叫び声が二人を静止した。
「ちょっと待った! 人の話は最後まで聞きなよ!」
「あ、悪ぃ」
「ここにある料理だけど、幾つかはあたしの特製香辛料が仕込まれてる激辛メニューだから、よく考えて選びなよ」
「ああ、成る程ね……」
 カマイチが納得したように頷いた。
 ちなみにテーブルに乗っているのは担々麺、冷やし中華、杏仁豆腐、みつ豆、ピザ・マルガリータ、タコス、お好み焼き、エビチリ、炒飯、たこ焼きなどなど。
 どの料理も、同じくらいの量に作ってある。
「よくあるパターンで考えたら、こういう場合、元々辛い料理は大丈夫そうだけど……」
 そう言って、カマイチは担々麺を手に取った。
 ズズッと、軽くスープをすすってみる。
「……うん、大丈夫そうね。頂きます」
 自分の料理が大丈夫である事を確かめると、カマイチはテーブルの割り箸を取り、担々麺を食べ始めた。
「じゃあ、おれはこれ!」
 ルーゼは大して考える事もせずに、目の前の冷やし中華を手に取った。
「くーっ、うんま〜い♪」
(……あれ?)
 美味しそうに冷やし中華を食べだすルーゼを見て、ゲンサイが僅かに怪訝な表情になった。
「オレは炒飯にしようっと!」
 ゲイボルグは炒飯に手を伸ばすと、レンゲで一気にかき込んだ。
 しかし、それから数秒後……。
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 口からガ○ラのように火を吐き、ゲイボルグがその場にひっくり返る。
 どうやら「当たり」の料理を引いてしまったらしかった。
 さすがのゲイボルグも激辛には勝てなかったか。
 そこへソウマ達、後続組もやって来る。
「やっと追いついたぜ」
「ここは何をしたらい〜のかな?」
 そんなソウマ達に、ゲンサイは先程と同じ説明を行った。
「……という訳アル。詳細は四十一行前を参照ネ」
 メタな発言、やめい……。
「ねえねえ、おいなりさんはないの?」
 いなり寿司が好物であるサイカが、ゲンサイに尋ねる。
「んー、残念ながら今回は置いて無いヨ」
「そっか。じゃあ、サイカはお好み焼きにしよーっと」
「そんじゃ、オレは杏仁豆腐」
 これはピクシウス。
「じゃあ、オレはタコス」
 これはソウマ。
 それぞれ思い思いの料理を取ると、口に運び始める。
 その時、ようやくダントウも追いついてきた。
 スカイモードのおかげか、カマイチ達が料理を食べ始めてからそれほど時間は経っていない。
「やっと追いついた〜。ここが最後の関門?」
 ダントウもゲンサイから説明を受けると、残った料理を前にして一瞬考え込んだ。
(どれにしよう……エビチリなんかはいかにも辛そうだけど、前にカラシ入りのたこ焼きなんて見た事あるしなぁ……。といってみつ豆も危なそうだし……)
 悩んだ末、ダントウが選んだのはエビチリだった。
 理由はカマイチと同じだ。
「ええいっ、とにかく食べてみる! ぱくっ!」
 自分を鼓舞すると、ダントウは覚悟を決めてエビチリを口に運んだ。
 果たしてその結果は……。
「良かった〜、普通のエビチリだ」
 どうやらダントウは、賭に勝ったようであった。
 ダントウがエビチリを食べ始めたのとほぼ同時に、ルーゼが箸を置く。
「よっしゃ、完食したぜ! ごちそうさま〜♪」
 ルーゼは満足そうにお腹をさすると、食後の運動でもするような雰囲気で駆けだした。
「う〜ん、やっぱりおかしいネ……」
 今更だが、料理を作ったゲンサイ達は、どの料理が「当たり」なのかは勿論把握している。
 そして、彼の記憶通りなら、ルーゼが選んだ冷やし中華もその「当たり」のはずであった。
 しかし、ルーゼは見ての通り顔色一つ変えずに冷やし中華を完食し、レースに戻っている。
「カラシ、入れ忘れたアルかな……」
 ゲンサイは冷やし中華の皿をとると、残っていたスープをペロリと舐める。
 その直後、
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 口から盛大に火を吹き、その場に倒れてしまった。
「わっ!」
「なになに!?」
 その悲鳴に、料理を食べていた選手達は何事かと手を止めて、そちらの方を見る。
「ちょ、ちょっと、ゲンサイ!?」
 慌ててテキーナがゲンサイに駆け寄る。
「ど、どうなってるアル……?」
 目を回しながら、うわごとのようにゲンサイが呟いた。
 確かに冷やし中華は「当たり」だったのだ。
 では何故、ルーゼはその激辛冷やし中華を食べて平然としていたのか?
 実はルーゼの味覚センサーは、守備範囲が非常に広く作られている。
 彼はフォースター製作所の改装機の中でも、高い能力を持って作られているのはすでに説明した通りだ。
 しかし、裏を返せば、それはエネルギーの消費量も普通の改装機より高くなってしまうという事を意味している。
 そこで、効率よくエネルギーを摂取するため、彼は「不味い」という感覚を普通のロボットよりも抑えられていたのである。
 要するに「料理」として成立した物であれば、大体の物は食べてしまえる、という事だ。
 先程の冷やし中華も、彼にしてみれば「ちょっとスパイシーで美味しい」程度だったのである。
 好き嫌いが無いと言ってしまえばそう言えるかも知れないが、単なる悪食と言ってしまえばそっちも正しいような……。
 まあ、元々のモチーフがベルゼブブ(暴食を象徴する悪魔)だしねぇ……。
 兎にも角にも、ルーゼは本人も自覚していないところで関門をクリアして走り出した。
 ここから先は、また音児町まで走って空栗競技場へ戻るだけだ。
「ごちそうさま!」
 箸をテーブルに置き、カマイチが両手を合わせる。
「さあ、私も急がないとね!」
 カマイチもルーゼの後を追って走り出した。
 彼のスピードであれば、今ならまだ、充分ルーゼに追いつく事が出来る。
 そうこうしている内に、他の選手達も次々に料理を食べ終えていった。
 サイカ、ソウマ、ピクシウスが、二人の後を追いかける。
 最後にダントウも、やや遅れてエビチリの最後の一口を飲み込んだ。
「よーし、ここから一気に逆転だあ! ランドパーツ、転送!」
<カモン・ランドパーツ>
 いつもの電子音声が響き、ダントウのボディがランドモードに変化を遂げる。
 ダントウはそのまま、両足の裏にあるキャタピラをフルスピードで回転させ、もの凄いスピードで走り出した。


 全ての関門をクリアした六人の選手達は、一路、音児町の空栗競技場を目指して走っていた。
 最初にレースが開始されてから、その数は半分以下に減ってしまっている。
 先頭を走っているのはルーゼだが、現在の状況では誰が優勝してもおかしくはなかった。
 カマイチには安定したスピードと冷静な判断力があるし、主人の保釈金がかかっているピクシウスは根性で今にも限界を突破しそうだ。
 サイカは空中をリニアモーターカーのようにすっ飛んでいる。ソウマはいざとなればオーバードライブモードがあった。
 そしてダントウは、ランドモードのスピードであっという間に差を縮めていた。
 空栗競技場に着く頃には、順位はほぼ団子レースの状態になっていた。
「さあ、いよいよ選手達が空栗競技場に戻って参りました! 現在状況は、誰が優勝しても変ではありません!」
 マイクを手にして、空栗競技場の実況席に戻ってきたリポティーヌが興奮気味に叫んでいた。
 空栗競技場のトラックには、ゴールのゲートとテープが用意してあった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「負けないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「アロアさんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ボスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「サイカだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「とにかくやってみるぅぅぅぅぅぅぅっ!」
 それぞれ、思い思いの言葉が口から飛び出していた。
 ゴールまであと十メートルも無い。
 ……が、ここで思わぬ事態が発生した。

 バチィィィン!

「……へっ!?」
 なんと、突然ダントウの足のキャタピラが外れたのだ。
 自転車のチェーンのように。
「わわわわわわわっ!」
 勢い余ったダントウは、前方にすっ飛んでいく。
「ぐえっ!」
「わっ!」
 ピクシウスとカマイチを巻き込んで、ダントウはゴロゴロと地面に転がった。
 だが、三人が転んだ場所。それは……

「ゴォォォォォォォォォォォォォォォル!」

 そう、このレースのゴール地点だったのである。
「へ、なになに?」
 何が何だか分からない、と言った様子でダントウが起きあがった。
 それは残りの二人も同じようで、頭やら腰やらをさすりながら身体を起こしている。
「いたたた……どうなったの?」
「どうもオレ達、ゴールしちゃったみたいだけど」
 残った選手達は、半ば呆然としながらゴール地点を見ていた。
「マジか……」
「そんなぁ……」

 それから数分後、優勝者の発表が行われた。
 三人がほぼ同時にゴールに転がり込んだため、写真判定という事で優勝者を決めることになったのだ。
 そして、その結果は……。
「優勝はゼッケン十一番の、ダントウ選手でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇす! 続いて準優勝はカマイチ選手、第三位はピクシウス選手となります!」
 競技場にリポティーヌのマイクが響く。
 続いてどっと歓声が巻き起こった。
 写真判定によると、ダントウのクワガタ型の角が僅かコンマ秒早く、ゴールラインに達していたらしい。
 ランドモードでいた事が、ダントウの勝利に繋がったのだ。
「優勝おめでとう御座います!」
 表彰台の上に立つダントウに、リポティーヌが優勝カップと賞金の目録を渡す。
「ありがとう! 師匠〜、先輩〜、ゲートさ〜ん! おれ、やったよー!」
 高々と優勝カップを掲げて、ダントウが嬉しそうに言った。
 その時、思い出したようにリポティーヌが付け加える。
「ああ、ただ……」
「ただ?」
「第五関門の迷路を覚えてますか?」
「ああ、あの山に掘られた迷路だね」
「実はあの迷路でアクシデントがありまして」
「アクシデント?」
「はい。あの迷路、今回のレースの後は一般公開される予定だったんですが、レース中にあちこち崩れてしまう、という事があって」
「ぎくっ!」
 ダントウの背筋を冷たいものが走る。
 なにせ、その迷路を破壊した犯人の一人は他でもない、彼自身だからだ。
「それで、迷路の補修代に賞金の一部が使われる事になりました」
「一部って……いくら?」
「九十九万円です」
「それのどこが一部なのさ!」
 どっと疲れた表情でダントウが叫ぶが、自分も当事者である手前、それ以上は言えなかった。
 ちなみにセンガも、せっかく返済した借金を今回の件でまた作ってしまい、ジュウキ、及び前巻コンストラクションの会計係・リアラから死ぬほど怒られたそうな。


 夕暮れの中、選手達はそれぞれ帰路に就いていた。
 カマイチもツルギ達と共に帰り道を歩いている。
「いやぁ、惜しかったな、カマイチ」
「ごめんなさいね、もうちょっとだったんだけど……」
 すまなさそうに言うカマイチに対して、アロアとアクシィが横から励ますように言った。
「何言ってるのよ、カマ兄さん! 充分宣伝にはなったと思うわ!」
「せやせや! 早速『レース見ました』って、仕事の依頼来たんやで!」
 仕事が来た、という意味では、今回のレースの目的の半分は達成したと言えるだろう。
(ま、これで良し、という事かしらね……)
 自分で自分を納得させるように、カマイチは呟いていた。

 あれからすっかり回復したドラキュリアとヨクリュウも、愛石町の湖を後にして、それぞれ自分の町へと向かっている。
「ヨクリュウ、なんであそこでアタシを助けたのよ? そのせいでヨクリュウまで失格になっちゃったじゃない」
「んー、まぁ、『気づいたら身体が動いてた』って奴かな?」
「バッカねぇ、お人好しなんだから。……でも、ありがとね」
 ドラキュリアに感謝の笑みを向けられて、ヨクリュウの顔が赤くなった。
 それは決して夕陽に照らされての事ではない、という事は述べておこう。

 一方、割れたスイカを持ち帰ったホムラは。

 しゃらん……

「っとに、何やってんだい。こんな割れたスイカなんか買ってきてさ」
 影道衆の元締めである第一期の女性改装機・スライにこってりと絞られていた。
「うぐぐぐ……」
 ホムラはぐうの音も出ない。
「……ま、買ってきたもんはしょうがないし、これはアタシが氷菓子にでもするかね」
 やれやれ、といった風に、半分になったスイカをそれぞれ両手に持ってスライが言った。
 ちなみにスイカはスライの言葉通り、シャーベットに加工されたそうな。

 所変わってあやかし研究所では。
「すまねえな、ヨミカガリ。リタイアなんて結果になっちまって……」
 カゲオボロはヨミカガリから、ツムジザキはチノカスミからそれぞれ手当を受けていた。
「何をおっしゃっているのですか、カゲオボロ殿。ヨミカガリはカゲオボロ殿がご無事で充分です。それに、憎きはテック者! カゲオボロ殿を傷つけるなんて許せませぬ!」
 いきり立ってヨミカガリが叫ぶ。
「ま、けどよ。レースに失格になった埋め合わせって訳でもねえんだが、土産を買ってきたぜ」
「え?」
「ほら」
 カゲオボロが差し出したのは、黒地に赤い花が描かれた、綺麗な純和風の髪飾りだった。
「まあ。これをわたくしに?」
「借り物競走の時、高徹堂で一緒に買ってきたんだ。お前に似合うと思ってさ」
「そんな、忍びの私に髪飾りなど……」
 顔を赤くして可愛らしく照れるヨミカガリを見て、カゲオボロは自慢げにツムジザキに言った。
「ヨミカガリの奴、可愛いじゃねぇか……。どうだツムジザキ、羨ましいか。やらんぞ♪」
「いらぬわ」
 バカップルに突き合っていられるか、とばかりにツムジザキが言い捨てる。
「はい、終わりましたよ」
 そして、チノカスミもツムジザキの手当を終えたところであった。
「かたじけない。手数をかけたな、チノカスミ殿」
「いえ、とんでも有りません。ご無事でよう御座いました」
 ペコリと頭を下げるツムジザキに、チノカスミは照れたように微笑む。
 しかし、鈍感なツムジザキはチノカスミの瞳の意味に勿論気づいていない。
 とことん不憫なチノカスミなのであった。

「残念だったねー、もうちょっとだったのに」
 サイカもカイゾー達とともに、帰宅している途中だった。
 アイルもすでに合流している。
「んー、でも、たのしかったよ。デパートでオニゴッコもしたし」
「……オニゴッコ?」
 それは言うまでもなく、スピアとの一連のドタバタだ。
 よくよく考えると、あれはかなり危険な状況だったのだが、サイカはまるで自覚していないようであった。
「さ、かえろかえろ〜!」
 レースの後でも元気いっぱいのサイカだった。

 でもって、エイナは。
「アニキ、折角レースに出してくれたのに、途中で失格になってごめんでやんす……」
 ケイジロウと並んで帰路に就いていた。
 しょんぼりしているエイナを励ますように、ケイジロウは言った。
「何を言っているでありますか! 走りではエイナは誰にも負けてなかったでありますよ!」
「アニキ……」
 この言葉を聞いて、エイナの顔がパーッと明るくなる。
 ケイジロウの言葉は、エイナの心にジーンと染み渡ったようであった。
「アニキ! 急いで帰って夕飯の支度をするでやんす! 今日はデザートも考えてるんでやんすよ!」
 エイナの手から下がる買い物袋には、ホーミッツから買ったハチミツも入っていた。

「あ〜あ、残念だったなぁ……」
 夕焼け空を見上げながらソウマが呟く。
 彼とルーゼは、並んで競技場を後にしていた。
「ま、どっちみち賞金は無かったようなもんだし、これでいいんじゃねぇの?」
 両手を頭の後ろで組んで、ルーゼが苦笑する。
 その時だ。

 ピロリロリン♪

 突然、ソウマの懐から着信音が響いた。
「ん、誰からだ?」
 ソウマは携帯を取り出す。
「メールか?」
 ルーゼがソウマの方を向いて聞いた。
「ああ。スサノオからだよ。『レースはどうだった?』だってさ」
 因みにその文面はかなり厨二くさいものだったとかなんとか。
「そういやスサノオは今日来てなかったんだっけ……。残念な結果に終わっちまったからなぁ」
「……よし、今日はスサノオも誘って、三人で残念会でもすっか!」
「……そうだな。そうすっか!」
 二人の少年は肩を組むと、お互いに軽口をたたき合いながら夕陽の中を歩いていった。

「ほれゲイボルグ、これで口をすすぐといい」
 サーベルから差し出された水を、ゲイボルグは一気に飲み干した。
「ハンヒュウ、ハーベウ」<サンキュウ、サーベル>
 ゲイボルグの口は真っ赤になり、まともに喋ることも出来ないほど腫れ上がっている。
 この際、
「ロボットなのに辛いもので口が腫れるんかい!」
 なんて常識的な意見はクソくらえだ。
「ふぎはほっとほっとひはえへ、ひゅうひょうへひふひょうひはんはるひょ」<次はもっともっと鍛えて、優勝出来るように頑張るよ>
「お主なぁ……。無理して喋るなよ。何を言っているかサッパリ分からんぞ」
「ははは……」<ははは……>
 そんなやり取りを見ながら、ブレイドは
(お前の場合、鍛えた方がいいのは知性だろ……)
 と内心思っていたが、口には出さなかった。
 それにしても、よくゲイボルグが何を言ってるか分かったなぁ……。

「あ〜あ、明日から、またバイト三昧の日々かぁ……」
 賞金を逃したピクシウスは、明日からの事を考えて、やや沈んだ気分になっていた。
「けど、へこたれてたまるか! ボスの保釈金が貯まるまで、頑張って頑張って、頑張り抜いてやる!」
 夕陽の中、自分自身を鼓舞するようにピクシウスは叫ぶ。
 うむ、なかなか根性がある!
 それはまるで青春ドラマの一幕のようであった。

「お帰り、ダントウ」
 ブレンドがダントウに声をかける。
「ごめん、先輩。折角の賞金がこれだけで……」
 すまなさそうに、ダントウが一万円の小切手を見せる。
 それに対して、珍しくブレンドは誇らしげな笑みを浮かべている。
「なに、気にするな。優勝しただけでもたいした物だ。『三位以内に入らなければ修行メニュー十倍だ』などと言っておきながら、初っ端からリタイアした奴もいる事だしな」
 ちらりとディサイズの方を見据える。
「……貴様、オレにケンカを売ってるのか!?」
 両腕の鎌を抜いて、今にも斬りかからんばかりの形相でディサイズが叫ぶ。
 が、まだまだ火に油を注ぎ足りないのか、わざととぼけた表情でブレンドが続けた。
「本当の事だろうが。ま、結果が全てを物語っているだろう」
「ぐぎぎぎぎぎぎ……」
 ディサイズはもう真っ赤である。
 勿論、恥ずかしさからではなく怒りのため。
「あの、アニキ、落ち着いて……」
「そうそう。師匠、怒るとオーバーヒートしちゃうよ」
 イダテンとダントウになだめられ、ようやくディサイズも矛を収める。
(フン……まぁ確かに、少しは認めてやってもいいかもな。何せ、一応オレの『弟子』だしな)
「? どうしたの、師匠?」
 不思議そうに顔を覗き込んでくるダントウに、ディサイズはふいっとそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
「別に、何でもない」
 不器用が故、素直になれないディサイズだった。

 かくして、空栗市全域を舞台にした一大レースは、予想通りのドタバタの末、賞金のほとんどがトンネル迷路の修理代に使われてしまうという予想外の展開で幕を閉じるのであった。
 では……次回を待て!
「いやいや、これで終わりだって」
 え、そうなの?
「そうなの」
 そうなのか……。
 でも良いではないか!
 会うは別れの始めなり!
 またこうして集う事もあるだろう!
 という訳で、物語はこれで終わるが……
「「「次回を待て!」」」


おしまい


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