時は近未来!
 発達した科学技術によって、人々は今とは全く違う生活を送って…………いた訳ではなく。
 人々の生活様式は現代社会と大して変わらない、そんな未来。
 機械技術が飛躍的な発展を遂げ、あるものを生み出していた。
 それは、「心」を持つロボット。
 発達したAI技術によって、ロボットは人と同様の心を持つ存在に進化し、共に暮らすパートナーとなっていた。
 そして、そんな中でも自在にパーツを交換・カスタマイズする事によって文字通り「『装』いを『改』められる」完全自律の小型人型ロボット、『改装機(かいぞーき)』!
 この物語は、そんな改装機達の織りなす、愛と涙、笑いと感動の物語である!

 ……ぬわぁんちゃって!



河だ! 湖だ! 大変だ!!



 高徹堂百貨店での借り物競走を終えて、一同は次なる関門のある町に向かっていた。
 先頭を走るカマイチだが、速度を落とす様子は見せない。もちろん自分が現在トップを走っているという事は知っていたが、それで慢心してしまうような未熟さは持ち合わせていなかった。
「トップを走るのは刃戦団のカマイチ選手! 速度を落とす事無く、次なる関門のある降来町へと向かっています!」
 競技場にリポティーヌのマイクが響く。
 スクリーンには、音児町の道路を降来町へと向かって駆けていくカマイチの姿が映し出されていた。
「さっすがカマ兄さん!」
 アロアが興奮した面持ちで立ち上がる。ツルギもアクシィも、嬉しそうな顔でスクリーンに見入っていた。
 この音児町が空栗市でも一番の都会である事は前回述べたが、地理的には、物語の主舞台である前巻町から自動車で四十分ほど。
 次のルートである降来町は、前巻町からいくつか町を挟んだ場所にある。距離としては、電車で一駅分だ。
 前方にレンガ敷きの地面や建物が見えてきた。降来町のエリアに入ってきたのだ。
 ここには第1話で述べたように、ビジネス用からちょっとした高級ホテルまで、様々な宿泊施設が建ち並んだエリアなどがある。
 そんなホテル街の横を走り、カマイチは次なる関門に向かう。
 少し遅れてピクシウスも後に続いていた。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉっ、負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 手足をバタつかせ、カマイチとの距離を詰めようとしていた。
 更にその後ろに続くのは、前回出番の無かったゲイボルグだ。彼は前回の借り物競走では、書店から辞書を借りてきたらしい。その際に書籍コーナーで本を探している内に頭が爆発しそうになったとか何とか。
 単純そうだもんなぁ……。
「うるさいな! 借りてこられたんだからいいだろ!」
 ごもっとも。
 さて、そうこうしている内に、先頭集団は次の関門に到着していた。
 降来町でも比較的大きな河、その河原だ。
 そこで一人の改装機が待ちかまえていた。
 赤い着物に、頭に蚕のような装飾の付いた女性改装機――チノカスミである。
「お待ちしておりました。こちらがこの降来町での関門です」
 チノカスミがカマイチ達に向かって頭を下げる。
「ここでは、この河原で捜し物をして頂きます」
「捜し物?」
「はい。ムミョウ連中、出会え」
「ムー!」
「ミョー!」
「ウー!」
 チノカスミが呼ぶと、どこからともなく数十体の人型をしたメカが現れた。
 いずれも同じ姿・色をしており、改装機によく似ているが、顔の部分は黒子のように黒い布で覆われていた。
 彼らは改装機の廃棄された部品や、規格外れの部品などをリサイクルして作られたメカでムミョウと言う。
 AIはロボットに使われているような高度な物ではなく、あくまで主人の命令を理解して実行する程度の物だ。
 アームズテック社にも同じような戦闘メカでトルーパーというのがいるが、それのあやかし研究所版・民間用といったものである。
 元々は盛明が、心の存在するロボットが危険な作業などに従事しているのを快く思わなかったのが開発のきっかけだと言われている。
 ロボットは人間よりも頑強な身体や高い能力を持っているため、必然的に人間が行えないような危険な作業に従事するという事も珍しい事ではなかった。
 そこで、そういう作業を行う『便利な道具』の延長線上にある存在として、ムミョウが開発されたのだ。
 因みにあやかし研究所に所属している者は、所員特典という事で何体か無償でレンタルする事が可能であるとか。
 さて、河原の方に話を戻そう。
 カマイチ達を前に、チノカスミが説明を始めていた。
「ムミョウ、いらっしゃい」
「ムー!」
 チノカスミに呼ばれ、一体のムミョウが駆け寄ってくる。その掌の上には、野球ボール大の毛玉が乗っている。そしてその毛玉には、つぶらな目が付いていた。
 あやかし研究所が製造・販売しているペット玩具で、ウタケダマといった。
 主人の声に合わせて、簡単な返事をしたり、歌を歌ったりするというものだ。
 詰まるところ、現代で言うア○ボやファー○ーのようなものである。
「ここにいるムミョウ連中は九十体。その中で、このウタケダマを持っているのは十五体だけです。皆様には、そのウタケダマをムミョウから手に入れていただきます。それがこの関門を通過する許可証、という訳です」
「成る程」
 カマイチ達は揃って頷く。
「では、開始です!」
 チノカスミがサッと手を挙げると、ムミョウ連中は河原の方々に散っていった。
「ムー!」
「ミョー!」
「ウー!」
 カマイチ達は、そんなムミョウ連中を追いかける。

「捕まえた! ……残念、ハズレね」
 カマイチが残念そうに、掴んでいたムミョウの腕を放す。
 これで三体目だった。
 確率的には六分の一と言え、その一体になかなか巡り会えないのだ。
 九十体も同じ姿の者がいると、目印を付けようにもつけられないのである。
 それはゲイボルグも同じだった。
「よっと!……あーもう、またハズレかよ!」
 そしてピクシウスはと言うと、
「この野郎、待てっ!……どわっ!」
「ムー!」
 ムミョウを捕まえようとするが、ひらりとかわされ、勢い余った彼は河原にしたたかに顔面を打ち付ける。
「くっそー、また失敗かよ。どいつが『当たり』なのかは分かってるってのに……」
 ピクシウスは悔しそうに拳を握りしめる。
 そうなのだ。
 前回も書いたが、自身がレーダーアンテナとしての機能を持つピクシウスは、その能力でどのムミョウがウタケダマを持っているのかを見抜いているのである。
 ただし、それを捕まえる身体能力が、今ひとつムミョウに追いついていないのだった。
「このままじゃあ、後続のやつらも来ちゃうな……」
 ピクシウスの言葉通り、遠目ではあるが、サイカやヨクリュウ、ドラキュリア達の姿が見え始めていた。
 ふと見ると、カマイチとゲイボルグも追いかけっこを続けている。
 どうにもまだ当たりを見つけていないようだ。
 二人の顔にも焦りが生まれ始めていた。
「お〜、お〜、あの二人も苦労してるねぇ。折角簡単に捕まえてるってのに、ハズレばっかじゃなぁ……ん?」
 ふとピクシウスの頭上で電球がパッと明かりをつけた。
「簡単に捕まえる……おい、ゲイボルグ! それにカマイチ!」
「ん?」
「なに?」
 ピクシウスに呼ばれたカマイチとゲイボルグはキョトンとした顔をして、ピクシウスの所へやって来た。
「どうしたんだよ?」
 ゲイボルグがピクシウスに問いかける。
「ひらめいたんだよ。いいか、このまま追いかけっこを続けても、お互いなかなか当たりを手に入れる事は出来ないだろ。それに、このままだと後続の連中にもどんどん追いつかれちまう。そこでだ、オレに良い考えがあるんだ。ちょっと耳貸しな」
 ピクシウスは、カマイチ達に耳打ちをする。
「あのな、これがこうなって、こうだから、こうしてこうして……」
「ふむふむ……」
「……で、こうなるって訳だ。どうだ?」
「「なるほど、そりゃ名案だ」」
 ピクシウスの提案を聞いた二人は、感心したように同時に言った。

「用意はいいか、二人とも?」
 カマイチとゲイボルグの間に立つようにして、ピクシウスが言った。
 背中のパーツも展開したフル装備モードだ。
「いつでもいいわよ!」
「オレもオーケー!」
「よっしゃ!」
 二人の返事を聞くと、ピクシウスは目を閉じて意識を集中させる。
 やおら、カッと目を見開いて叫んだ。
「見えた! カマイチ、お前から見て、二時の方向にいる奴が当たりだ! ゲイボルグ、お前は向かって左にいる二体が持ってる!」
「よ〜し!」
「わかったわ!」
 カマイチとゲイボルグの二人は、素早くムミョウ達に飛びかかる。
「ムー!」
 果たして、捕まえたムミョウ達はしっかりとウタケダマを握っていた。
「やったぜ!」
 ゲイボルグが嬉しそうに飛び跳ねた。
「……確かに。おめでとう御座います、これでこの関門は合格です」
 三人からウタケダマを受け取ったチノカスミは、にこりと笑って言った。
「よっしゃ、行くぜ!」
 やたらと張り切っているピクシウスを先頭に、三人は河原を後にした。
 河原では、すでに第二陣によるウタケダマ争奪戦が始まっていた。
 ちなみにウタケダマを取られたムミョウは、ルール上ウタケダマを持っていない状態で河原に戻る事になっていたため、この関門は後で来れば来るほど、不利になってしまうのだった。
「む〜、だれが当たりをもってるのかなぁ……」
 プカプカと地上数センチに浮かびながら、サイカが腕組みをして考え込む。
 先程も述べたが、ムミョウ連中は全員が全く同じ容姿をしている上、ウタケダマも非常に小さいため、普通に探していても見つけるまでには相当な時間がかかってしまう。
「あっ、そうだ! いいこと思いついちゃった!」
 サイカが「ポン!」と手を叩く。
「ちょっとガマンしてね〜♪」
 言うなり、サイカの目の前にいた数体のムミョウ達の身体がふわりと空中に浮かび上がった。
「ムミョッ!?」
 サイカのテレキネシスだ。
「それそれー!」
 そのままサイカは、念動力でムミョウ連中をブンブンと上下に振り回し始める。
「ム――ッ!」
「ミョ――ッ!」
「ウ――ッ!」
 ムミョウ達は、まるで地震にでも襲われたかのように悲鳴を上げた。
 そんな中、一体のムミョウの懐からポロリと毛玉が転げ落ちた。
「やったねー! 当たりも〜らいっ!」
 転げ落ちた毛玉――ウタケダマを高々と掲げ、サイカが得意げに叫ぶ。
 彼女の背後には、完全に目を回したムミョウ達がひっくり返っていた。それはサイカが手に入れたウタケダマも同じで、つぶらな瞳はグルグルの渦巻きのようになっていた。
「お、おめでとう御座います……」
 あまりにも突拍子もない方法でウタケダマを入手したサイカに、チノカスミも唖然となるしかない。
「よ〜し、いっくぞー!」
 ウタケダマをチノカスミに渡して、サイカは全速力で河原を後にする。
 一方、河原の別の場所では。
「準備はいいか、ドラキュリア?」
「ん、オーケーよ!」
 ヨクリュウとドラキュリアも手を組んでウタケダマを探す事にしたようだ。
 ヨクリュウが空中に飛び上がる。
「ヨクリュウ、超音波サイクル!」
 ヨクリュウの頭部の装飾から超音波が発生する。

 ヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィ……

 この技は本来は相手を超音波の振動で破壊するものなのだが、音波の波長を調整することで、他の使い方も出来た。
 それは、
「よし! ドラキュリア、お前の右斜め前にいる二体が当たりだ!」
 あたかもコウモリが超音波でエサを探すように、相手に反射した超音波の波長を関知して、相手の位置などを特定するというものだ。今回は、反射してきた音波の微妙な違いからウタケダマを持っているムミョウを特定した、という訳である。
「オッケー!」
 ヨクリュウに言われて、素早くドラキュリアが空中を滑空してムミョウ連中に迫る。
「ブラッディ・アンカー!」
 すかさずドラキュリアは左肩のアーマーから先端が三つ叉になったアンカーを取り出すと、ムミョウ連中に向かって投げつけた。
 アンカーは宙を舞い、すでに十メートルは先にいたムミョウ連中を絡め取る。
「ムー!」
「ミョー!」
 二体のムミョウは河原に転がり、ヨクリュウとドラキュリアも無事にウタケダマをゲットする事が出来たのだった。
「こんな中から当たりを探すのかよ。面倒だなぁ……」
 目の前にいる大勢のムミョウ連中に、ルーゼが始める前から疲れたような表情で言った。
 その傍らでは、ソウマが懸命になってムミョウを追いかけている。
「このっ! ……いてっ!」
 ムミョウを追いかけて転んだ拍子に、額の刃が根元からポッキリと折れてしまった。
「何やってんだよ」
 そんなソウマを、ルーゼは呆れたように見ている。
「こうなったら、おれの雷撃で全員気絶させてから探すかな……」
 物騒な事を口にするルーゼに対して、ダントウの方は何か考えがあるらしく、二人に呼びかけた。
「ねぇ二人とも。おれに考えがあるんだけど」
「考え?」
「うん」
 ダントウは二人に自分のプランを話すと、行動を開始した。
「アクアパーツ、転送!」

 その後に河原にやって来たメンバーも、順調にウタケダマを手に入れていた。
 エイナは持ち前の機動力と、刑事のカン(?)で。
 カゲオボロは狼モードに変形し、その嗅覚でウタケダマの所在を特定して。
 ホムラは手当たり次第にムミョウをとっつかまえてはハズレのムミョウを殴り倒して気絶させ、目印を付けるという荒っぽい方法で。
 そしてツムジザキは……。
「…………」
 ツムジザキは目を閉じて耳を澄ませる。
(オレの考えに間違いがなければ……)
 ツムジザキは、感覚の殆どを聴覚に集中していた。
 元々忍者型で感覚が優れている上に、空気を操るツムジザキは、空気の流れを感じる事にも長けている。
 さらにもう一つ、彼はある仮説を立てていた。
(この競技で使われているウタケダマは、研究所で博士や姫様が飼っているもののはず。だとすれば……)

 タン、タン、タン、タン、タタタン、タン……♪

 常人の耳では、いや、ロボットですら聞き取れないような小さな鼻歌が流れた。
「やはり!」
 ツムジザキはカッと目を開くと、側にいたムミョウに飛びかかった。
「ムー!」
 そのムミョウの懐には、ちゃんとウタケダマが入っていた。
「タン、タン、タン、タン、タタタン、タン……♪」
 ウタケダマは小さな声で、雪が弾くあの曲を口ずさんでいる。
 研究所で飼っているウタケダマは、ほぼ毎日雪の三味線を聞いている事によって、彼女の三味線の音色をしっかり覚えていたのだ。
 もちろん、先程述べたように、仮にウタケダマがそのメロディーを口ずさんでいたとしても、普通のロボットでは聞き取れない筈であった。
 だが、ツムジザキにはそれが出来たのだ。
 無論これは関門を設置した研究所側の不正という訳ではなく、たまたまツムジザキの能力が幸いしていたのである。
「チノカスミ殿、頼む」
 ツムジザキはチノカスミに、手に入れたウタケダマを渡す。
「はい、確かに。おめでとう御座います、ツムジザキ殿」
 白い顔を赤く染めて、チノカスミが嬉しそうに言った。
「ツムジザキ殿、頑張って下さいませ」
「? あ、ああ。かたじけない、チノカスミ殿」
 ツムジザキはチノカスミが顔を赤くしている事に、僅かに怪訝な顔をしながらも走り出した。  関門をクリアしたツムジザキは、順路に従ってレースのコースを走る。
 その道路は、丁度研究所の前を通っていた。
「ん?」
 ……と、その門前に誰かが立っている。
 長い濃紺の髪を持った少女――雪だ。
 ツムジザキは、雪の前で慌てて急ブレーキをかけた。
「姫様! 何故このような所に!?」
「そろそろツムジザキ達が通る頃だと思って。直接『頑張って』って言いたくて待ってたの」
 ニッコリと笑って雪は言った。
 ツムジザキは、それだけでもう涙を滝のようにダーッと流さんばかりに感動していたが、さらに雪は言葉を続ける。
「怪我しないように頑張ってね、ツムジザキ」
 その言葉に、ツムジザキはシャキッと背筋を伸ばすと、顔を真っ赤にして早口でまくし立てた。
「お任せ下さい姫様! このツムジザキ、必ずや姫様に勝利を捧げてみせましょうぞ!」
「う、うん……」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 そのままツムジザキは、それまでの三倍以上のスピードで走り去っていった。
 ツムジザキにとって、雪の言葉はまさに天使のそれだったのである。
 しかし、ある意味において、彼女は悪魔かも知れなかった。
 今の一言で、ツムジザキはこのレースから降りたり、諦めるという行為を自分から一切放棄してしまった訳なのだから。
 自分の言葉がツムジザキを奮起させたとはつゆ知らず、その場に残された雪はポカンと口を開けてツムジザキを見送るのだった。
 そして、ますます哀れなチノカスミ……。

 さて、降来町を抜け、選手達は次の関門へと向かっていた。
 周囲の風景が、お洒落な町並みから田んぼや原っぱなどの田舎を思わせる物へと変わっていく。
 次のエリアは愛石町(あいしちょう)である。ここは空栗市の中でも、最も開発の進んでいない、いわゆる『田舎』なエリアだ。
 先程の降来町でのウタケダマ探しで、先頭集団には再びドラキュリアやヨクリュウ達が加わっていた。
 カマイチ達もそれに劣らないスピードで、先頭を維持している。
 さらに後ろからは、全速で飛ばすエイナ達が猛スピードで迫ってきていた。
 一同は両脇に木々が立ち並ぶ一本道を進んでいく。
「ん?」
 ふと、ヨクリュウの前の視界が開けていく。
「おおっ!」
 そこは森の中にある湖だった。
 直径三百メートル程の開けた野原に、こちらの岸から向こう岸まで二百メートルはありそうな湖がある。
 奥の方には山が見えた。
 弁当を広げてピクニックでもすれば、気持ちの良さそうな場所だ。
 そして、湖の畔に三人の改装機が立っていた。
 一人は原子モデルのような姿で、身体の各パーツがチューブで繋がれた球状になっており、各部からトゲのような物が生えている。
 もう一人は額にクリスタルのような装飾が付いた女性改装機で、白と水色に塗り分けられている。
 頬はピンク色に染まり、いかにも元気いっぱいといった様子である。
 気のせいか、額のクリスタルには「る」という文字が見え隠れしているようにも思えた。
 最後の一人は、額に蚊の頭を象った装飾が付いた改装機だった。両肩には大型の冷却器が付き、背中にはこれまた蚊のような羽が生えている。
「ようこそ、愛石町へ。私がここの関門の責任者、ゲンシロウだ」
 原子モデル改装機が一同に挨拶をする。
 続いて、隣の二人も各々自己紹介をした。
「救護班その1、アイルだよ!」
「救護班その2、氷結のホレイトーだ」
 そう、この女性改装機こそ、前回話に上がっていたアイルである。
 仕事というのは、今回のレースの事だったのだ。
 ホレイトーはフォースター製の冷凍用改装機で、普段は市場で業務用の食材などを冷凍する仕事をしている。
「救護班……?」
 アイル達の自己紹介に、カマイチが怪訝な表情で呟く。
「ギャゥゥ……。んで、ここはどういう関門なんだ?」
 ヨクリュウがゲンシロウに訊くと、ゲンシロウはスッと湖を指さした。
 よく見ると、湖の水はグラグラと音を立てて沸騰しているではないか。
 湖の中程では、一人の改装機がまるで熱湯の熱さを問題にしていないように半身を水から出している。
 ボディの各部には、ゾウムシを思わせる装飾がついていた。
 彼もフォースター製の火力発電用改装機で、『サーマル(火力発電)のユーゴロー』といった。
「ここでの関門は、あのユーゴローが沸騰させたこの湖を向こう岸まで渡る、という物だ」
 ゲンシロウが選手達に説明する。
「なーんだ、そんなの簡単じゃないの」
 ゲンシロウの言葉が終わるかという時に、ドラキュリアが真っ先に飛び出した。
「こうやって飛び越せばいいじゃない」
「あ、待てドラキュリア! そんなに簡単にいく訳が……」
 嫌な予感を覚えたヨクリュウがドラキュリアに叫ぶが、それより早く湖の横から何かが飛んできて、ドラキュリアに命中した。

 ベチャッ!

「きゃあっ! えっ、何!?」
 ドラキュリアに命中した物、それはトリモチであった。
 トリモチに翼を絡め取られたドラキュリアは、真っ逆さまに湖に落下する。

 バッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 熱、熱、熱、熱いぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 ドラキュリアは熱湯の中でもがいている。
「いかん!」
 間髪入れずヨクリュウは飛び出すと、ドラキュリアを熱湯の中から引っ張り出す。
 が、続けざまに、今度はヨクリュウに向かってトリモチが次々と飛んでくる。
「ちっ!」
 ヨクリュウはとっさに空中で身をひねると、岸に向かってドラキュリアを放り投げた。

 ベチャッ!

 が、今度は自分がトリモチの餌食となり、湖に落下してしまう。

 バッシャァァァァァァァァァァァァン!

「ギャァァァァァァァァァァァオッ! 熱っちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 熱湯の中で先程のドラキュリアと同じくもがいていたヨクリュウだが、突然その身体がふわりと空中に浮かび上がった。
「えっ!?……サイカちゃん?」
 その様子を見ていたカマイチが、驚いて傍らのサイカに目を向けるが、サイカは手を振って否定する。
「ん〜ん、サイカじゃないよ」
 一同がトリモチが飛んできた方――丁度一同から見て左側になる岸辺だ――に目を向けると、そこには三人の改装機がいた。
 一人は旧ドイツの武装親衛隊のような姿で、湖に向かって手にしたライフル銃を構えている。
 もう一人は臼のような胴体に、身体の各所には餅のような装飾が付き、手には杵を持っていた。
 最後の一人は阿修羅と不動明王を合わせたような姿で、なんと頭部に顔が三つ付いているのが特徴的だった。
 先端に赤い宝玉の付いた短い杖を、こちらに向かって突き出している。
 どうやら杖の先端から念動力を発しているようであった。
「どないでっか、ヴァッフェンはん。ワイの特製トリモチ弾は?」
 臼餅改装機が、武装親衛隊型改装機に尋ねる。
 彼はあやかし研究所の製餅用改装機で、モチツキテという。
 アクシィと同じく、別に関西で生まれたわけでもないのにかかわらず、何故か関西弁で話すというクセがあった。
 普段はボディ部分の臼で餅を作っているが、餅と名が付けば、こういったトリモチなどを作るのも得意だった。
「Wunderbar(素晴らしい)。発射し易さも、狙いの付けやすさもばっちりです」
 こちらはヴァッフェンという護衛用の改装機だ。
 護衛対象を確実に警護できるように高い戦闘能力を持つが、本人は心優しい性格で、将来は料理用に転向して小料理屋でも開きたいと考えている。
 因みに外見通り、ドイツ料理が得意だ。
 装填する弾丸を変える事で、様々な用途に使える弾倉可変型ライフル“Falke”(「ファルケ」。ドイツ語で「タカ」の意)を武器とする。
 そして、
「サンメン、阿修羅念力〜〜〜っ!」
 先程の三つ顔の改装機が念を込めながら叫ぶ。
 彼はヨクリュウのチームメイトで、フリークス四獣奏のサンメンという改装機だった。
 元はサイカ達のように念動力試験用に開発された改装機だったが、試験期間の終了とともに転職して、現在に至る。
 サンメンはヨクリュウを阿修羅念力で岸まで運ぶと、ドラキュリアの横に降ろす。
 ドラキュリアもヨクリュウも、顔を茹でダコのように真っ赤にして目を回してしまっている。
 そこへすかさずアイルが駆け寄った。
「あたしの出番だねっ!」
 アイルは二人に掌を向けると、そこから冷風を吹き出した。

 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ……

 有る程度二人のボディが冷えてきたのを確認すると、彼女はホレイトーに目配せする。
「ホレイトー、あとお願い」
「おう」
 今度はホレイトーが、両肩から強力な冷気を含んだ風を吹き出す。

 ゴォォォォォォォォォッ!

 ドラキュリア達の身体は、あっという間にクールダウンされていった。
 なぜこのように二人が交代で冷却作業を行ったのかというと、ホレイトー単独では冷却機能が強力すぎて、冷やされる側の装甲や内部メカが温度差で破損するのを防ぐため、という事らしい。
 二人が冷やされている傍らで、ゲンシロウは説明を再開していた。
「……という事だ。湖を飛んで渡ろうとすれば、横から障害物が飛んでくる。ただしそれ以外の方法であれば、どんな手段を使ってもらっても構わない。湖の外周を渡るもよし、湖を泳いで渡っていくのも有りだ」
「なるほど……だったら……」
 カマイチはチラリと周囲を見渡した。
 湖の周りにはたくさんの木々が立ち並んでいる。
「よーし、これなら!」
 カマイチは腰のホルダーに納めてある鎌を引き抜くと、近くにあった木に斬りつけた。
「てやっ!」

 バサッ!

 カマイチの鎌に切断され、一本の木が切り倒される。
「それそれそれそれそれ!」
 カマイチは素早く鎌を操ると、瞬く間に即席スキー板を作ってしまった。
 ただし、厚さは普通のスキー板よりもやや分厚くしてある。
「それから……」
 カマイチの鎌が再び閃き、今度は木の余った部分でオールを作ってしまう。
 カマイチはスキー板とオールを装備するなり、湖に飛び込む。
 木製のスキー板は、体重の軽いカマイチを支えるには充分な浮力を持っていた。
 そのままスキーの要領で、カマイチはオールで水をかき、湖を渡っていく。
「なるほど。やるな」
 感心したようにゲンシロウが呟いた。
 一方ではエイナが、向こう岸を見ながら考え込んでいた。
(湖のこっちからむこうまでは、おおよそ二百メートルってところでやんすか。よし!)

 ジャキィィィィィィィィン!

 エイナは決心すると、一気にパトカーモードへ変形する。
 そのままエンジンをフル回転させ、湖の畔を向こう岸にむかって走り始めた。彼女が変形するパトカーは、RCカー並のサイズながら、最高時速二百キロメートル以上を出す事が可能だ。
 そのスピードであれば、湖の畔を走っても極端に後れを取ることはないと彼女は判断したのである。
 しかもここは開けた野原だ。全力で飛ばしても、いつものようにトラックなどに轢かれそうになる心配も無いのだ。
 他の選手達も、思い思いの方法で湖を渡り始めていた。
「よーし、いっくよ〜!」
 サイカはなんと、湖をそのまま浮遊しながら渡ろうとする。
 当然彼女に向かってトリモチが飛んでくるが、トリモチは全て、サイカに命中する直前で軌道を逸れていた。
「Nanu!?(ええっ!?) どうなっているのです!?」
 驚いたヴァッフェンが思わず叫ぶ。
 賢明な読者諸兄にはもうお分かりであろう。
 そう、サイカは得意の念動力で、トリモチをかわしているのだ。
「ピクシウス、オレにつかまれよ」
 ゲイボルグがピクシウスに向かって手を差し出す。
「こうか?」
 ピクシウスがゲイボルグの手を取ると、ゲイボルグは反対側の手に握ったロッドを地面に突き刺した。
「伸びろ、ニョイ・ロッド!」
 ゲイボルグの声に、彼のロッドがグングン伸び始める。
「おおーっ!」
 思わずピクシウスが驚きの声を上げた。ゲイボルグはニョイ・ロッドを伸ばして、向こう岸まで渡ろうと考えたのだ。
 二人の身体はどんどん湖の向こう岸まで近づいていく。
 …………が。

 ピタッ

「え?」
 向こう岸まであと十メートルほど、というところで、突然ニョイ・ロッドが止まってしまった。
「どうしたんだ、ゲイボルグ?」
「……ワリィ、ニョイ・ロッドが伸びきっちまったみたい」
「ええええええええええええええええええええええっ!?」
 バツの悪そうな顔で苦笑するゲイボルグに、ピクシウスが叫んだ。
 こんな熱湯の真上で停止してしまうなど、悪夢以外のなにものでもない。
(ああ、ボス、オレはこんな所でリタイアなんでしょうか……?)
 虚空を見つめ、ピクシウスの目の端が雫できらりと光った。
 が、ゲイボルグの方は心配などいらない、といった様子である。
「大丈夫! ここまで来れば、なんとかなるって!」
 言うなり、ゲイボルグはニョイ・ロッドを掴んでいた腕だけで思いっきり跳躍したのだ。
 ピクシウスを抱えたまま。
 おそるべきはゲイボルグの運動神経であった。
 この際、
「ロボットなのに運動神経ってなんだよ!?」
 なんて意見は全て却下である。
「マジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 ピクシウスが絶叫する。
 自身の運動能力をもってすれば、向こう岸までギリギリ届く。
 ゲイボルグはそう踏んでいた。
 確かにその考えは間違っていなかったのだが、彼は一つだけ失念していた。
 現在彼が抱えている、ピクシウスの存在を。
 言い換えるならば、ピクシウスの分の重量を。
「……あら?」
 二人は向こう岸に僅か二メートルほど届かず、盛大な水しぶきを上げる。

 バッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「じゅあっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 二人は絶叫しながら飛び上がる。
 だが、何とか再び着水する事だけは避け、反対側の岸に飛び降りていた。
「ぜー、ぜー……」
「し、死ぬ……」
 二人はひとまず地面に転がる。その全身は汗か湖の水か、びっしょり濡れている。
 やがて、ゲイボルグが半身を起こして頭をかいた。
「わりぃわりぃ、まさかあそこで落っこちるなんて思わなくってさぁ……」
「死ぬかと思ったぞ、全く。……ところでゲイボルグ」
「ん?」
「何でオレを一緒に運んでくれたんだ? お前一人だったら、あんな熱い思いせずに湖を渡れたんだろ?」
 不思議そうに尋ねるピクシウスに、ゲイボルグは笑って答えた。
「気にするなよ、同じテックボット同士だろ! それに、オレもさっきお前には助けてもらったしな!」
 ゲイボルグは律儀にも、降来町での事に恩義を感じていたのだ。
 あれはお互いの利害が一致したから共闘を提案しただけなのに……。
 ピクシウスはそう思いながらも、嬉しそうに笑った。
「……そっか。よし、じゃあ行こうぜ! このままだと、また遅れちまう!」
「そうだな!」
 二人のテックボットは頷きあうと、立ち上がって再び走り始めた。
 さて、ソウマ達はと言うと。
「熱湯の湖か……。空は飛べないし、どうやって渡ろう」
 ダントウが沸騰している湖を前に首を捻る。
「ダントウに二人ともおぶって貰う、って訳にもいかないしなぁ」
 ルーゼも首を捻る。
 実際、ダントウ一人であれば、湖を渡る事について全く問題は無かった。
 やがて、ソウマが覚悟を決めたように二人に向かって言う。
「よし、オレにいい考えがある。ルーゼ、お前はダントウに運んで貰えよ」
「え、じゃあソウマはどうすんだよ?」
「オレは、こうする!」
 叫ぶなり、ソウマのボディが炎のようなオーラに包まれる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 それに伴って、頭部のパーツなども展開した。
「十秒で決めてやる! 行くぜ!」
 ソウマの奥の手、超高出力のオーバードライブモードだ。
 これは身体への負担を代償にエンジン出力をハネ上げる機能である。
 ただし、最高でも二十秒が限界である。
「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ソウマはそのまま、湖に飛び込むと、それこそマッハの勢いで向こう岸まで泳いでいった。すでに沸騰している湖の水だが、全身が赤熱化しているソウマには問題ではなかった。
 これこそがソウマの狙いだったのだ。
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 目の前を通過するソウマが起こした大波を、ユーゴローは頭からかぶっていた。
「な、なんて小僧だ……」
 ポタポタと水滴を落としながら、ユーゴローが呆然となって呟く。
 あっという間に向こう岸に到着したソウマは、オーバードライブモードを解除して尻餅をつく。
「へへ、やったぜ……」
 反対側の岸にいるダントウ達に向かって、ソウマは親指を立ててみせる。
「やるじゃねえか、ソウマの奴」
 感心したようにルーゼが言った。
「よし、じゃあおれ達も早く渡ろうよ。アクアパーツ、転送!」
<カモン・アクアパーツ>
 電子音声が響き、ダントウのボディが変化を遂げる。
 左右の腕はそれぞれノコギリザメとシュモクザメを模した物に変化し、頭部もエイを象った装飾と、右目にスコープが付いた物に変わった。
 さらにカラーリングも、全体的に青いものになっていた。
「ダントウ・アクアモード!」
 アクアモードは、ダントウの水中・水上戦に特化した特殊形態だ。
 額に付いているエイ型の装飾は、ヒレの部分を足の裏に装着する事で、水上をスケートのように滑りながら移動する事も出来る。更に右目のスコープには高度な分析・索敵機能があり、先程の降来町での関門も、彼がこの形態でウタケダマを見つけ出して、ルーゼとソウマの二人が捕まえる、というピクシウス達と同じような戦法をとってクリアしていた。
「よし、ルーゼ、行こう!」
「オッケー!」
 ダントウはルーゼを背負うと、湖に降り立つ。
 そのまま今度は、ルーゼが背中の羽を高速で羽ばたかせて、二人は水上を猛スピードで進んでいった。
 一応「飛んではいない」と判断されたのか、トリモチが飛んでくる事はなかった。
「あいつら、やるな。だったらオレも……」
 ソウマが泳いで湖を渡ったのを見て、ホムラも意を決したように湖に飛び込む。
 が、
「熱っちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! やっぱ無理だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 あまりの熱さに、曲芸用のイルカも真っ青な大ジャンプを披露する。
 当然といえば当然の結果に、あえなくホムラもリタイアしてしまうのであった。
 合掌。
「はあっ!」

 シュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!

 カゲオボロが両腕を勢いよく突き出すと、かぎ爪から爪の部分が目にも留まらぬスピードで射出される。
 射出された爪はワイヤーでカゲオボロに繋がっており、向こう岸の木に絡みついた。
 カゲオボロはそれを確認すると、クイッ、クイッとワイヤーを引き、爪が外れない事を確認する。
「よっし、成功! それじゃあ行くぜ!」
 カゲオボロは飛び上がり、一気にワイヤーを巻き取った。

 ギャルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!

 湖の上を彗星のようにすっ飛び、カゲオボロは向こう岸に渡るのだった。
 もう一人のあやかし研究所の改装機、ツムジザキは、指先から空気弾を連続で発射し、その圧力で湖の水を割って湖底を通過する、という方法で湖を渡っている。
 こうして数名のリタイアを出しながらも、一同は先へと進んでいく。
 果たして、次にはどのような関門が待ちかまえているのか!?
 次回を待て!


続く!


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