きつねの赤ん坊


                    ☆

 銀太は腕利きの猟師でしたが、腕の立つのをいいことにして、アサゲ村の、山と言う山、森と言う森を一人で荒らし回っていました。
 村の猟師仲間では、猟のできる間を十月から次の年の三月までと決めていましたし、カモシカなどは、撃ってはいけない約束でした。けれども銀太は、熊でも鹿でも、春と言わず夏と言わず、撃ちまくっては、獲物をこっそり町に売りに行って、随分お金を儲けていました。
 銀太のおかみさんは、町の“皮万”という毛皮屋の娘でしたから、獲物を売りさばく事は簡単でした。
 けれども、銀太のおかみさんはとても気ままな人で、「猪の肉は食べ飽きたから、雉の肉が食べたい」とか、「イタチの毛皮で足袋を作って欲しい」などと言っては銀太にせがみました。
 銀太はもとより、猟にかけては自信がありましたから、腕の見せ所とばかり、すぐさま山へ行っては、おかみさんの望み通りの獲物を取ってきました。
 ある秋の終わり頃、銀太のおかみさんに赤ん坊が出来ました。そこでおかみさんは、銀太に言いました。
「生まれる赤ん坊に、きつねの毛皮で布団を作ってやりたいで、今日は山へ行って、きつねを五匹、取ってきておくれ」
 銀太は、これにはびっくりしました。
 きつねの毛皮を襟巻にするというのなら分かりますが、布団を作るなどという事は、聞いた事がありません。しかも、一度に五匹も欲しいというのです。
 けれども銀太は、初めて生まれてくる子供のためですから、鉄砲を持って、早速山へ出かけていきました。
 二日の間、山を駆けずり回って、銀太は四匹まで、きつねを撃ち取る事が出来ました。
 あと一匹です。銀太はまるで猪が突っ走るように、谷をわたり、ばらやぶをかき分けて、きつねを探しました。
 そして、とうとう最後のきつねを見つけました。それは今までに見た事も無い、大きな狐です。
 大ぎつねは、太いトチの木の陰の洞穴の中で、体を横たえてじっとしていました。
 銀太は、さっそく鉄砲を構えました。
 ところがよく見ると、それは身重のきつねでした。
 もうすぐ子ぎつねが生まれるのでしょう。大きなおなかを足と尻尾で庇いながら、首だけをもたげて、「どうか撃たないで下さい」と訴えるような目で銀太を見つめていました。
 銀太はなんだか気味悪くなって、いったん構えた鉄砲を下ろしましたが、辺りは夕暮れです。ぐずぐずしていると、薄闇の中へ逃げ込まれてしまうと思い、夢中で引き金を引きました。
「ズドーン」
 鈍い音と一緒に、きつねははじかれて、そのままぐったり動かなくなってしまいました。

 五匹のきつねの毛皮を縫い合わせて、柔らかな布団が出来上がると、おかみさんは、
「これはあったかそうだ。赤ん坊が生まれるまで、この布団にくるまって寝よう」
 と言って、大きなお腹を、その毛皮の布団でしっかりくるんで、毎晩ぐっすり眠りました。
 その内に、おかみさんは、妙な事を言い出しました。
「町へ行って、油揚げをどっさり買ってきておくれ。ご飯の代わりに油揚げが食べたい。うさぎの肉も生のまま食べたい」
 と言うのです。
 銀太は首をかしげながら、おかみさんの顔を覗くと、なんだか顎の辺がばかにとがって、眼は吊り上がっているように見えました。
 なおもよく見ようとすると、おかみさんはその吊り上がった目を険しく光らせて、
「何をぐずぐずしているのだえ、早く行っておいで」
 と、きんきん声で怒鳴りました。
 銀太は仕方なく、町へ出かけていきました。
 それからというものは、おかみさんは銀太を自分の寝ている部屋の中へは入れませんでした。
 やがて十五日ばかりたった夜、銀太のおかみさんは、とても苦しみ始めました。それに気づいた銀太は、急いでお産婆さんを呼びに行こうとして、土間で下駄を探していますと、突然おかみさんの寝ている部屋から「ギャッ、ギャッ」と、奇妙な声が聞こえました。銀太はびくっとして、耳を澄ますと、今度は「ケンケン、ケンケン」と、咳払いでもしているような声が聞こえてきました。
 銀太は不思議に思っておかみさんの部屋に近づいて、そっとふすまを開けてみました。
 するとどうでしょう。きつねの毛皮の布団にくるまっているのは、人間の子供ではなく、きつねの赤ん坊ではありませんか。銀太は驚いて「ひぇーっ」と声を上げました。
 その声で、おかみさんが布団の中からひょいと顔を出しました。それを見た銀太は、ぶるるっと身震いして、そのまま棒のように倒れてしまいました。
 おかみさんの顔も、やっぱり狐の顔だったからです。



おしまい


戻る