気難し屋の旦那


                    ☆

 昔々、ある所に、一人の男がいました。この男は怒りっぽくて、年がら年中、腹を立てていました。
 何しろ、おかみさんが、この男の気に入るような事をしたためしが無いのですからね。
 ある、取り入れ時の事でしたが、夕方遅く、この男が畑から帰ってきました。さて、そこで、どえらい騒ぎが持ち上がりました。
 あれもダメだ、これもダメだ、という訳で、男はおかみさんを怒鳴りつけて、すさまじい剣幕で怒り狂ったのです。
「まあ、お前さん、そんなに怒るもんじゃないよ」
 と、おかみさんが言いました。
「それじゃ、どうお。明日は一つ、仕事を取り換えっこしてみようじゃないの。あたしが草刈りの人と達と畑へ行くからさ。あんたは、家の中の仕事をやってよ」
(そうだ、それなら、上手くいくに違いない)
 と、男は思ったものですから、すぐにおかみさんの申し出に賛成しました。
 こうして、あくる日は、早くからおかみさんが草刈り鎌をしょって、他の草刈り人達と一緒に畑へ出かけました。一方、旦那さんの方は、家にいて家の中の仕事に取り掛かりました。
 まず、手始めは、バターを作る仕事です。バター桶の中で、しばらくクリームをかき混ぜていると、喉がひどく乾いてきました。そこで、旦那さんは地下室に降りて行って、ビール樽の栓を抜きました。そしてビール樽から、ビールをつごうとしました。
 ところが、その時です。上の台所にブタが入って来たらしい足音が聞こえました。
 旦那さんは、手にビール樽の栓を持ったまま、階段を駆け上がりました。せっかく出来かかったバターの入っている桶を、ブタにひっくり返されたら大変ですからね。
 ところが、なんとまあ、バター桶は、既に引っくり返っていて、おまけにブタの奴が、床の上に流れているクリームを、ペチャペチャ舐めているではありませんか。
 旦那さんは、思わずかっとなりました。ビール樽の事なんか、もう、まるっきり頭にありません。無我夢中で、ブタの後を追いかけて、戸口で捕まえると、思い切り蹴飛ばしました。
 ブタはその場に倒れて、ころりと死んでしまいました。その時、旦那さんがふと見ると、手にビール樽の栓を握っています。
(しまった)
 と思って、慌てて地下室に飛んで行きました。けれども、その時にはもう遅く、ビールは一滴残らず床の上に流れ出ていました。
 そこで、旦那さんは、もう一度、乳しぼり場へ行って、バター桶一杯にクリームを入れました。こうして、もういっぺんバターを作ろうというのです。
 だって、そうでしょう。バターはお昼の食事の時に、どうしても欲しいですからね。
 旦那さんは、バター桶の中でクリームをしばらくかき回していました。
 すると、その内に、朝から乳牛をずっと小屋に入れっぱなしにしたままで、もう日も高くなっているというのに、食べ物も、飲み物も、何もやっていなかったことに、ふっと気が付きました。
 けれども、牧場までは遠すぎます。
(ようし、牛を屋根の上へ連れて行ってやろう)
 と、旦那さんは思いました。と言うのは、屋根は一面芝で覆われていて、見事な芝草が生えていたからです。それに、この家は急な坂のそばにありました。
 ですから、坂から屋根に向かって板を渡しさえすれば、牛を屋根に上らせるぐらいなんでもないのです。
 しかし、バター桶だけは、このまま置いて行きたくありません。何故って、赤ん坊が、部屋の中をあっちこっち、這いずり回っていますから。
 その様子だと、今にも引っくり返されそうです。こう思った旦那さんは、バター桶を背中にしょって出ていきました。
 しかし、牛を屋根の上へ連れて行く前に、水を飲ませておく方がいいと気が付きました。
 そこで旦那さんは、井戸から水を汲もうと思って、バケツを取り上げました。そうして、身体をかがめました。と、そのとたんに、バター桶からクリームが流れ出して、背中を伝ってみんな井戸の中へ流れ落ちてしまいました。
 もう、お昼近くなりました。
 バターが上手く出来ないので、旦那さんは、今度はお粥をたくことにしました。
 まず、鍋に水を入れて、火にかけました。ところが火にかけるか、かけない内に、屋根の上に置いてきた牛が落っこちて、首や足でも折りはしないかと、急に心配になってきました。
 そこで、一本のロープを持ち出して、牛を縛りに屋根へ登って行きました。そして、一方の端を牛の首に結わえ付け、もう一方の端を、煙突の中を通して下に垂らしました。
 それから下へ降りて行って、大急ぎで垂れているロープを自分の足に縛りました。何しろ、鍋の中のお湯は、もう、ちんちん煮立っているのですから、一刻も早くお粥をかき混ぜなければなりません。
 旦那さんが一生懸命お粥をかき混ぜている間に、とうとう、牛が屋根から転がり落ちてしまいました。
 途端に、旦那さんもロープをぐいっと引っ張り上げられて、煙突の中に真っ逆さまにぶら下がってしまいました。しかも、煙突の中にはまり込んで前へも後ろへも、動くことが出来ないのです。  一方、牛の方も、表の壁の所にぶら下がって、ロープから離れることも出来ず、天と地の間でブランコしていました。
 さて、こちらはおかみさんです。
「お昼の支度が出来たよ」
 と、旦那さんが呼びに来てくれるのを、ずいぶん長い間待っていました。
 しかし、待っても待っても、旦那さんは来てくれません。
 とうとう待ちきれなくなって、他の人達と一緒に家へ帰って来ました。
 ところが、帰ってみると、どうでしょう。
 牛が天と地の間で、ブランコしているではありませんか。おかみさんは急いでそばに駆け寄って、持っていた鎌でロープをぷっつり断ち切りました。
 途端に旦那さんも、煙突の中から落っこちました。
 もっとも、こちらはおかみさんが台所に入ってみると、頭をお粥の鍋の中に突っ込んで、逆さまに突っ立っていましたがね。
 旦那さんは、家の中の仕事にはこりごりして、そんな仕事はもう二度としませんでしたとさ。



おしまい


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