かしこい子供


                    ☆

 昔ある国で、星占いのお役人が、毎日、夜空の星を眺めていました。そして、ある夜、南の空にひときわ美しく輝く星を見つけたので、すぐさま王様にお知らせしました。
「王様、南の空に、とても美しい星を見つけました。きっと、その地方に優れた人物がいるに違いありません」
 この国の王様は、いつも、少しでも国を強く、立派にしようと、国中の偉い人物を探し出そうとしていたのでした。
 この話を聞いた王様は、さっそく
「急いで南の国へ行き、優れた人を見つけ出して連れて来るがよい」
 と、使いの役人を送り出されました。
 その人探しの役人は、南の国を歩き回って、道々、難しい問題を出して人々の答えを聞いて回るのでしたが、今まで、まだだれ一人、まともな返事をする人に出会ったことがありませんでした。
「どこへ行ったって、王様のお気に召すような立派な人物は見当たらない」
 と、いつも役人はがっかりしてしまうのでしたが、それでも疲れた足を引きずりながら、なおも旅を続けていました。するとある日、田んぼでわき目もふらずに働いている、百姓の親子を見つけましたので、まあ、試しにもと、尋ねてみました。
「これこれ、百姓。わしの問いに答えてみよ。世の中で一番重い物は何じゃな。そして、一番軽い物は……」
「はいはい、お役人様、それは……」
 父の百姓は、それ以上一言もいえず、まるで木彫りのニワトリのように黙りこくってしまいました。
 すると、そばにいた七、八才の小さな子供が、ためらいもせずに、
「一番重い物は、悪い事をしようと思う人間の心。一番軽い物は、いい事をした時の心」
 と、役人を見上げてはっきりと言い切るのでした。
 びっくりした役人がこの子供をよくよく見ますと、いかにも賢そうな顔つきをしていたので、
(これはきっと、星占いのお役人の言った、優れた人物に違いない)
 と呟いて、急いで都に帰って、王様にその事を報告しました。

                    ☆

 王様はたいそうお喜びになりました。
 けれどももう一度、よく試してみたいと思って、今度は三つの大箱に入れたもち米と、三頭の雄牛の子を役人に持たせて、親子の住む村にお使わしになりました。
 村に着くと、その役人は、村人にこう言いました。
「皆の者、この雄牛を立派に育てて、来年はこれに九頭の子牛を産ませ、王様に差し出すがよい。もしそれが出来なければ、お前たちは重いお仕置きを受けることになるのだぞ」
「こりゃあ、大ごとだぞ」
 と、村人たちは肝をつぶしました。
「あいつのために、とんだことになったわい」
 と、村の主だった人々は額を集めて話し合いましたが、いつまで経っても良い考えが浮かんで来ません。……だいたい、雄牛に子牛を産ませるなんて、神様だって出来っこありません……。
 それでも王様のご命令です。それで今度は、あちらこちらの村々からも、大勢の偉い人々を呼び集めて、また相談をしましたが、やはり、どうしてよいのか分かりません。村人たちはほとほと困り果てて、しまいには、
「これは神様のお叱りに違いない。王様のお仕置きを受けるよりほかに仕方があるまい」
 と、みんな諦めなければなりませんでした。
 村の大人たちがすっかりしょげ込んでいるのを見た、その子供は、父親に向かって、
「父さん、何でも無いよ。それは王様の有難い思し召しなんだ。僕に任せておいて」
 それからまた、
「王様から頂いた大箱二つのもち米でこわ飯を炊き、二頭の牛を潰してご馳走を作り、前祝いにみんなで食べたらいいんだ。残りは売って、都に上る僕の費用に充てる事にしておくれ」
 と言うのでした。
「とんでもないぞ! 王様のもち米や牛を食ったり、売ったりするんだって……。お前は気でも狂ったのか? それじゃ、王様はますますお怒りになるばかりじゃ。それこそ、この村はもうおしまいじゃ」
 と、父親は怒鳴り返しました。これを聞いた村の大人たちも、
「なんちゅう事を言うのじゃ」
 と、顔をしかめるばかりでした。
 それでも子供は、「僕に任せておきな」と言って聞きません。今は致し方なく、村人たちも
「それじゃ、なるようになれ」
 と、子供が言ったように、こわ飯を炊き、肉のご馳走を作って、たらふく食べて胸の憂さ晴らしをしました。
 それから一年が過ぎ去りました。父親に伴われた子供は、都に向かって旅立ちました。そして都に着くと、子供はさっそく、王様の宮殿に忍び込み、王座の庭先に隠れて、いきなりわあわあと、大声を上げて泣き出しました。
 それを聞きつけた役人たちは、慌てて子供をひっ捕らえ、王様の前に引き据えました。
「こら、子供、何故そんなに泣き叫ぶのじゃ、訳を話してみよ」
 と、王様は尋ねました。
 子供はなおも泣きじゃくりながら訴えました。
「父ちゃんが悪いんだい。母ちゃんはとっくに死んじゃったが、父ちゃんは、僕が妹と遊ぼうとすると、えらいこと怒るんだ。父ちゃんは、いつも、自分が腹を痛めた子じゃと言って、妹ばかり可愛がり、僕をいじめるんだい。おじさん、父ちゃんを叱っておくれ」
 と、子供は、相手が王様であろうとは、まるで気がつかないふうでした。
 それを聞いて、周りにいる役人たちは、みんな腹を抱えて笑い出しました。王様もハッハと声を張り上げながら言いました。
「こらこら、子供、何だって父ちゃんが子を産むんじゃ。そんな嘘は言ってはならんぞ」
 すると子供は急に畏まって、
「一年前に、僕らの村へ三頭の雄牛に九頭の子を産ませて、来年中に収めよと言いつけた者がいるんだ。そんないい加減な事を言う者は、一体、誰なんだろう」
 と、恐れげもなく言いました。
「これは参った。それはこのわしじゃ。お前たちを試してみたのじゃ。お前は賢い子だ。だが、村ではそのもち米と牛をどうしたかな」
 と、王様はまた尋ねました。すると子供は恐れげもなく、
「はい、王様、あれは王様の有難い贈り物だと思って、お祝いに村の者みんなで食べてしまいました」
 と、悪びれずに答えました。
 これを聞いた王様も、役人たちも、呆気に取られたような顔をして、人並み以上に賢いこの子供の機転と知恵に、すっかり感心してしまいました。

                    ☆

 この頃、この国の隣に勢いの強い国があって、いつかこの国を攻め取ろうとする隙を伺っていました。それである時、隣の国の王様は、この国にどんな偉い人物がいるかと探るために、大きな貝殻を持たせて役人を送って来ました。そして、
「この貝殻の中に糸を通して欲しい」
 と、注文を付けました。
 その貝殻は細長く、幾重にも巻いた貝で、細い片方の先には、小さな穴があけてありました。
「何でも無い」
 と軽く考えたこの国の王様も、役人たちも、いざやってみると、これは大変難しい問題でした。
 初め、みんなはそのまま細い糸を伸ばして貝殻の中に差し込みましたが、すぐにつかえて糸はくにゃくにゃになってしまいました。躍起になれば成程、うまくゆきません。しまいには、みんな顔に青筋を立てて、ある者は細い口から一気に空気を強く吸い込もうとするのでしたが、だめでした。他の者も糸に蝋を塗って貝殻を回しながら、そろりそろりと押し込みましたが、これも思うようにはゆきませんでした。
 その内に、王様も役人も、ことが意外にも重大な事に気がつきました。それは、こんなちょっとしたことでも国全体の名誉にかかわる事でしたから……。
 みんなは頭をかいたり耳の後ろに手を当てたりして、一生懸命に苦心しましたが、どうしても、隣の国の王様の注文通りに糸を通すことが出来ませんでした。
 慌てた王様は都中の学者や偉い坊さんを集めて試してみましたが、やはり、どうにもなりません。ため息をつくばかりでした。
 その時王様は、ふと、あの子供の事を思い出して、急いで南の村に役人を走らせました。
 ちょうどその時、子供は家の庭先でコマを回して遊んでいました。そして役人の話を聞くと、すぐにこんな歌を歌いました。

 カランコロン カランコロン ブーン、ブン
 ありんこの胴に糸付けて からの細口、蜜塗って
 追い込め、追い込め、それ、せっせっせ!

 使いの役人は、急いで宮殿にとんで帰り、王様にこの歌を伝えました。そこで王様は、巻貝の細口に蜜をいっぱい塗りつけ、アリの胴のくびれに糸を結わえ付けさせて、貝殻の中に追い込みました。するとアリは、蜜の匂いに誘われて、すぐに片方の細い口に姿を現しました。見事に糸は巻貝の中を通ったのでした。
 これを見た隣の国の役人は、こんな難しい問題を難なく片づけた人は、どんなにか偉い知恵者に違いないと、這う這うの体で自分の国に帰ってゆきました。これで隣の国の王様は、この国を攻める事を諦めてしまいました。



おしまい


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