うみの海の底で回るひきうす


                    ☆

 ずっと昔、二人の兄弟がいた。兄の方は金持ちだったが、弟の方は貧乏だった。
 クリスマスが来た。貧乏な弟の家には、一切れの肉も、一切れのパンも無い。
 そこで弟は金持ちの兄の所へ行って、
「兄さん、お願いですから、少しばかり食べ物を分けてくれませんか。私も、クリスマスのお祝いをしたいと思うのです」
 と言った。
 兄は貧乏な弟に食べ物を分けてやるのは、これが初めてではなかった。それで、
(またか)
 と、嫌な顔をした。
 でも、やはり兄なので、
「お前が俺の言うとおりにするなら、ベーコンを一塊分けてやってもいい」
 と言った。
 弟は例を言い、何でも兄さんの言われた通りにすると約束をした。
 すると兄が、
「さあ、このベーコンをやるから、さっさと地獄へ行ってしまえ!」
 と、そう言った。
 兄は酷い事を言ったものである。が、弟は、
「約束をしたからには、兄さんが言う通りにしましょう」
 と言って、ベーコンを持って、どこかへ出かけて行った。
 弟は一日中歩き続けて、日暮れ方に、明るい光がきらきらと輝いている、どこだか知らない所へたどり着いた。
 ベーコンを持った弟は、
(ここが地獄かも知れないぞ)
 と思った。
 あたりを見ると、真っ白な長い顎髭を生やしたお爺さんが、薪小屋で、クリスマスに使う薪を切っていた。
 弟はお爺さんに、
「こんばんは!」
 と挨拶をした。
「やあ、今晩は! こんなに遅くなって、どこへ行くのかね?」
 おじいさんが弟に尋ねた。
「地獄へ行こうと思っているんです。道さえわかればね」
 弟は答えた。
「もう、ここは地獄だよ」
 お爺さんは言い、
「ほら、向こうに見えるドアを開けると、悪魔たちがいるんだ」
 そして、弟が持っているベーコンを、じろりと見た。
 そこでお爺さんは、
「ドアの中へ入ると、みんながそのベーコンを買いたがるだろう。地獄では、肉が少ないんでね。だが、いくらせがまれても、ドアの後ろに置いてあるひきうすをよこすまでは、決してベーコンを売ったりしては駄目だよ。お前がまた、ドアの中から出てきたら、そのひきうすの使い方を教えてやろう。とても便利なひきうすで、そのうすがあれば、どんなものでも引き出してくれるよ」
 そう言った。
 貧乏な弟は、お爺さんの親切に礼を言い、地獄のドアをたたいた。
 とん、とん、とん――。
「中へ入っても良いぞ!」
 そう答える声が聞こえたので、弟はドアを開けて、中へ入った。
 部屋の中は、お爺さんが言った通りだった。貧乏な弟が来たのを見て、大きな悪魔や小さな悪魔がアリ塚の周りに集まるアリのように、彼を取り巻いた。そしてみんなで、弟が持っているベーコンを見つけてそれをせがんだ。


 そこで弟は、
「これは私が、クリスマスに食べるご馳走なんだ。が、そんなに欲しいんなら、分けてやってもいい。けれど、このベーコンを売ってあげるとしても、そこのドアの後ろに置いてあるひきうすを、お金の代わりにもらうのでなければ駄目だ」
 お爺さんに教えられた通りにそう言った。
 悪魔たちは、
「そいつは困る」
 と言った。
「それなら、ベーコンをあげるわけにはいかない」
「他の物にしてくれ」
「ひきうすでなければ駄目だよ」
 音とは頑張った。
 悪魔たちはとうとう、ベーコンが欲しさに、弟にひきうすを渡す事にした。
 弟はベーコンとひきうすを取り換えると、素早く地獄から抜け出した。
 見ると、この前の所に、この前の真っ白な長い顎髭のお爺さんが、前と同じように薪を切っていた。
 弟はさっそく、お爺さんに、ひきうすの使い方を尋ねた。使い方は、あっけないほど易しくて、訳も無かった。
 弟はそれを教えてもらうと、お爺さんに礼を言って、大急ぎで道を引き返した。出来るだけ急いだつもりだったが、それでも家へ着く前に、クリスマスイブに十二時が過ぎていた。
 弟が家に帰りつくなり、
「お前さん、一体こんな時間になるまで、どこへ行っていたんです?」
 と、おかみさんが言った。
 おかみさんはなおも、
「何時間もここに座って待っていたんですよ。オートミールにさじもつけずにね」
 と、続けた。おかみさんは待ちくたびれて、機嫌が良くなかった。
「ああ!」
 と弟は言った。それから、
「そう早く帰れなかったんだよ。あっちこっち、かなり遠くまで行かなくてはならなかったんだからな。でも、今、いいものを見せてやるよ!」
 そう言うと、弟は地獄から持ってきたひきうすを、テーブルの上にどかっと置いた。
 そこでまず弟は、ひきうすに。
「部屋を明るくする、灯りを引き出せ!」
 と言いつけた。
 するとその途端に、部屋の中がぱっと明るくなった。ひきうすが、これまで見た事も無いような、眩しい灯りを引き出してくれたのである。
 このあと弟は、テーブルかけだの、皿だの、色んな料理だの、ビールだの、お菓子だの、クリスマスのお祝いにいる物を、次々に言いつけた。


 欲しい物ならどんなものでも、あっと言う間に引き出してくれた。
 おかみさんは、色々なものがどんどん出てくるのを見て、
「あれ、あれ」
 と、びっくりするやら、嬉しがるやら――。
 そこでおかみさんは。
(私達にもなんて良い運が向いてきたんでしょう!)
 そう思い、もう黙って見てばかりいられなくなって、
「お前さん、一体そのひきうすをどこで手に入れてきたの?」
 と何度も尋ねた。
 しかし弟は、ひきうすをどこから持ってきたか、おかみさんにも教えなかった。でも、おかみさんがあんまりくどくどと訊くものだから、
「同じことを、いくらくどくど訊いたってしょうがないじゃないか。素晴らしいひきうすなんだから、それでたくさんだろう」
 そう答えた。
 実際、貧乏な弟は、欲しい物やいる物をせっせと引き出すために、酷く忙しかったのだ。弟は次から次と、色んなものをどんどん引き出し続けた。
 三日目に、弟は友達を呼んで、大宴会を開いた。
「やあ、素晴らしいご馳走が、随分たくさんあるなあ」
 みんなは大喜びで、腹いっぱい、飲んだり食べたりした。
 ところが、金持ちの兄が、この有様を見て、たいへん機嫌を悪くした。貧乏な弟が、何もかも持っているという事が、我慢がならなかったのである。
「ついこの間のクリスマスの晩には、こいつは酷く困っていて、私の所へ来て、お願いだから食べ物を分けてくれと頼み込んだ。それが今日になると、まるで王様か大金持ちみたいな宴会をするんだからな」
 兄はみんなの前でそう言った。
 それから兄は弟の方を向いて、
「ところで、一体、こんな財産だのご馳走だのを、どこで手に入れたんだい?」
 と、たずねた。
「ドアの後ろさ」
 弟は答えた。
 弟は、それっきりしか言わなかった。兄に秘密を知られたくなかったからだ。
 けれど弟は夜になるにつれて、昼間から飲み続けた酒に酔っぱらってきた。酒は油断がならない。弟はとうとう、ひきうすの事を隠しておくことが出来なくなってしまった。そこで弟は、隠しておいたひきうすを持ち出してくると、
「ほら、これですよ。このひきうすが、色んなものをみんな出してくれたんです」
 と言った。
 おまけに弟は得意になって、兄が見ている前で、欲しいと思う物を二つ三つ引き出して見せた。
 これを見たら、誰だって欲しくなるのが当たり前だろう。兄はどうしてもそのひきうすが欲しくてたまらなくなった。
 弟よりは、兄の方がずるがしこい。兄は弟を色々と言いくるめた挙句に、そのひきうすを、とうとう自分の物にする事にした。それでも、金を千五百クローネ弟に払わなければならなかったし、そのうえ、秋の取入れの頃までは、そのひきうすを、弟の手元に置く約束をした。貧乏な弟は、自分の所に秋までひきうすがあれば、何年分かの食べ物を引き出しておけるからと、そう考えたわけだった。だから、ひきうすに仕事がなくて、さび付いてしまうような心配が少しも無かったことは言うまでもない。
 秋が来た。取り入れの頃になって、ひきうすは金持ちの兄の手に渡った。けれど、貧乏な弟は、うすの使い方を、兄に詳しく教えてやらなかった。
 兄がひきうすを家へ持って帰った時は、もう夜になっていた。
 あくる朝、兄は自分のおかみさんに、畑に出て草刈り人たちと一緒に草を刈って、干し草を作るようにと言いつけた。そして、自分は家にいて、昼飯の支度をする、と言った。何しろひきうすがあるので、昼飯を作る事など訳はないと考えたのである。
 昼飯時が近づくと、兄は台所のテーブルの上にひきうすを持ち出して、
「魚のニシンと、オートミール粥を引き出せ! 上手に、早く引き出せ!」
 と、そう言った。
 ひきうすはさっそく、ニシンとオートミール粥を引き出し始めた。はじめはありったけの皿に、いっぱい引き出した。次には、ありったけの桶や、たらいにいっぱいになった。その内に、台所の床まで、一面にあふれた。
 兄は慌てた。ひきうすが引き出すのを止めようと思って、ひねったり、回してみたりした。ところが、ひきうすはねじったりひね回したりすればするほど、どんどん回り、いっそう勢いよく、引き出し続けるばかりだった。兄はとうとう台所中にたまったお粥でおぼれそうになった。
「これは、たまらぬ!」
 兄は急いでドアを開けて、自分の部屋へ駈け込んだ。が、見る見る部屋の中も、お粥で一杯になってきたので、命が大事とばかり、表の戸に飛びつき、戸を開けるなり、外へ飛び出した。
 しかし、兄が外へ飛び出したからと言って、ひきうすが引き出すのをやめたわけではない。ニシンとお粥は兄の後を追って、どんどん溢れ、流れてきた。その様子と言ったら、まるで畑一面に覆いかぶさった、途方もない滝のようだった。


 ところでおかみさんの方は、畑で干し草の手入れをしていた。が、いつまで経っても昼飯の知らせが無いので、とうとう草刈り人たちに、
「まだ、昼飯に呼びに来てくれないけれど、そろそろ帰った方がいいと思うがね。もしかしたら、お粥をこしらえるのに手間取って、私に手伝ってもらいたいのかも知れないんでね」
 と言った。
 みんなも賛成だった。で、みんなで家をさして歩き始めた。
 ところが、みんながほんの少し丘を登った時の事だった。ニシンとお粥が一緒になり、洪水のような勢いで流れてくるのが見えた。流れの戦闘を、命がけで走って来るのは、金持ちの兄その人である。
 金持ちの兄は、おかみさんやみんなの横を走り抜ける時、
「おーい、みんな、大丈夫か! お粥に溺れないように気をつけろ!」
 と、大声で叫んだ。
 兄はそのまま、まるで悪魔にでも追いかけられた人のように、大急ぎで弟の家へ駆けこんだ。そして、
「これ、弟、助けてくれ! 一生のお願いだ! 今すぐ、ひきうすを止めてくれ!」
 と、気が狂ったみたいに喚いた。
 「もうしばらくこのままにしておいたら、村中がニシンとお粥にのまれてしまう」
 兄はそうも言った。
 そこで弟は、この時とばかり、
「あと千五百クローネ出したら、ひきうすはこちらへ返してもらってもよい」
 と、うまい事を言った。
「仕方がない。千五百クローネ出そう」
 兄が答えた。
 そんなわけで、貧乏な弟はまた、金とひきうすを手に入れた。
 さて、弟はまたしてもひきうすに色んなものを引き出させた。
 そして、兄の家よりも、ずっと立派な家を建てて、ひきうすに引き出させた金を使い、金の瓦で屋根をふいた。その弟の家は、海岸に建っていた。で、金の屋根がキラキラと輝くのが、海のはるか向こうからでも見えた。
 海を船が行く。船でそばを通りかかった人は、誰もが陸に上がって、金の屋根の家に住む金持ちに会い、すばらしいひきうすを見せてもらった。
 ひきうすの話は、みんなに知られるようになった。どこでも大した評判だった。
 ある日の事、一人の船長がやってきた。弟がひきうすを出して見せると、船長はまず、
「このひきうすから、塩も引き出せますか?」
 と、たずねた。
「なんだって引き出せます。無論、塩も引き出せますよ」
 弟は答えた。
 それを聞くと、船長は、どんなにたくさんの金を払っても、このひきうすを手に入れたいものだと思った。と言うのは、このひきうすさえあれば、船に塩なんか積んで、雨だの嵐だのの海を、何日も何日も航海をしないでも済む。欲しい時、欲しい所で、塩がいくらでも手に入るんだからと、そう考えたのである。
 そこで船長は、ひきうすを是非譲ってくれと、持ち主の弟に頼んだ。弟はなかなか聞き入れなかった。そのはずである。またと無い宝なのだから。
 でも船長は熱心だった。船長があまりに一生懸命に頼むもので、弟は、相手の根気に負けた。元が貧乏だっただけに、弟はころりとまいってしまうような、人のいいところがあった。
 弟はとうとう、船長にひきうすを譲ることにした。それでも船長から、何千クローネかの金をとることは相変わらず忘れなかった。船長はその金を払った。
 船長はひきうすを手に入れると、弟に気でも変えられたら大変だと思い、使い方を聞く暇ももどかしく、受け取るなりさっさと船に持ち帰った。そして、急いで帆をあげて出発した。
 船がだいぶ沖へ出た頃、船長はひきうすを甲板に持ち出し、
「塩を引き出せ。上手に、早く」
 と、そう言った。
 ひきうすはたちまち、塩を引き出し始めた。見る見るうちに、船は塩で一杯になった。
 そこで船長は慌ててひきうすを止めようと思い、あっちに回したり、こっちに回したり、さかんにいじった。そうすればするほど、ひきうすは塩を引き出してやめない。これは、この前のニシンとお粥の時と、そっくり同じで事である。


 船はとうとう、あまりにたくさんの塩の重みに耐えかね、ぶく、ぶく、ぶく、海の底へ沈んでしまった。
 そう言う訳で、船と一緒に沈んだひきうすは、今も海の底で回り続けて、塩を引き出す事をやめないのだという。海の水が塩辛いわけは、もう言わなくたってわかるだろう。



おしまい


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