デコトラン、最後の挑戦



 地球とは異なる空間。
 上も下も無く、周囲は紫がかったもやのような風景が一面に広がっている。
 いかにも異次元といった風情の空間だ。
 そんな空間に、ちょっとした駅くらいの大きさはある、岩で出来た大きな島が一つだけ浮かんでいた。
 周りには、島よりは遥かに小さな無数の岩山が浮遊している。
 そう、ムボウデーンの本拠地だ。
 今、島の中央で、デコトランはアクジデントに向かって平伏している。
 その額には汗が噴き出していた。
<デコトランよ、いつまで待たせる気だ!>
 アクジデントの怒声が響き渡る。
 その迫力は、並の者であればそれだけで気絶してしまうほどであった。
「も、申し訳御座いません、アクジデント様……。ヒカリアン共が思いのほか手強く……」
<ええい、聞き飽きたわ!>
「は、ははあ!」
 デコトランは慌てて頭を下げる。
<良いか、これ以上は待てぬ。次こそは必ず、ヒカリアン共を倒すのだ。四天王の一人として、見事地球を落としてみせよ!>
「はっ!」
 デコトランの返事とほぼ同時に、アクジデントの姿は消え失せた。
 ようやく立ち上がったデコトランの身体は、汗でびっしょりであった。
 虚空を見つめ、デコトランは恨みがましく呟く。
「おのれ、ヒカリアン共め……」
 その眼には、今までのデコトランには無い、決意の炎が燃え上がっていた。
 ちょうど部屋に入ってきたバリバリッシュとビルドも、デコトランのただならぬ様子に気づく。
「な、何かいつものデコトランと違うな……」
「ハンマー……」

 他方、地球。
「それっ、インプレッサ・マグナムシュート!」

 スパァァァァァァァァァァァァァン!

 インプレッサが蹴り出したサッカーボールが、ランサーのブロックを突破して、見事にゴールに決まる。
「やったぁ!」
「やったね、インプレッサ!」
 インプレッサとタクヤは、お互いにタッチして喜び合っている。
「くっそー、やられちゃったなぁ……」
 ランサーの方は、悔しそうに地面を殴りつけていた。
「まぁまぁ、次頑張ればいいさ♪」
 ラングラーがランサーの肩をポンポン、と叩いて慰めた。
 そこへ、
「はいみんな、お疲れ様」
 ミズキが冷たい飲み物を持ってやって来た。
 そこで、一同は休憩を取る事にしたのであった。
「最近ムボウデーンの連中、大人しいね」
 ジュースを飲みながらタクヤが言った。
「そうだね。あいつらもようやく諦めたのかな?」
 ランサーがクスクス笑いながら続ける。
 しかし、ラングラーはそれを否定した。
「いや、そう簡単に諦めたりはしないだろ。ぼやぼやしてると、こっちがやられる事になりかねないかもな」
 その返事に、ランサーは口を尖らせた。
「む〜、冗談なのに……」

 一方――
「最後のチャンスか……」
 目の前に無数に停車している自動車群を見据えて、デコトランが呟く。
 今彼が居るのは、広大な駐車場であった。
 そこには乗用車からトラックまで、様々な種類の自動車が停めてある。
「このオレの真の力、見せてくれるわ!」
 デコトランはコマルダーボールを取り出すと、自動車の中に飛び込む。
 そして、手にしたコマルダーボールを握りつぶした。
 中から飛び出した暗黒エネルギーが、デコトランを包み込む。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 デコトランを媒介にした暗黒エネルギーは、そのまま周囲に広がり、次々と自動車を飲み込んでいく。
 続いて真っ黒な塊がぐんぐんと巨大化していったのだ。

 ズズズズズズズズズズズズズズ……

 そして、黒い塊が徐々に形を成していく。
 そこに現れたのは、巨大な姿となったデコトランであった。
 ただし各部のパーツが自動車で構成されている。
 ボディは巨大なデコトランのキャブ部で、両足は乗用車だ。
 両脚はトラックのコンテナで構成されており、両肩は軽トラックで出来ていた。
<これぞ我が最終形態! この力で、全人類を不幸のどん底へ突き落としてくれる!>

 ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 両肩の排気筒から黒煙を噴き出しながら、デコトランは叫んでいた。

 さて、その頃。
 インプレッサ達は公園で遊ぶのを終え、ガレージに帰っている最中であった。
 その時だ。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……

 インプレッサ達の腕の通信機が鳴る。
「はい、こちらインプレッサ」
『みんな、大変です!』
 モニターに映ったタンクの顔は、明らかにうろたえていた。
「どうしたの、タンク?」
『とにかく、これを見て下さい!』
 映像が切り替わり、モニターに映し出されたのは巨大化したデコトランだった。
 彼は街中を、地響きを立てながら進んでいる。
「これは……」
「デコトラン!?」
『彼はどうやら、このガレージを目指しているようです! なんとしても止めてください!』
「分かった!」
 インプレッサは通信を切ると、ラングラー達の方を振り向いた。
 一同は顔を見合わせると頷き合う。
 そして、
「ヒカリアンチェーンジ!」
 三人は自動車形態にチェンジすると、タクヤ、ミズキを乗せてデコトランの元へと向かうのだった。
 そしてそのデコトランの方はと言うと、街に暗黒エネルギーの黒煙をまき散らしながら、一路ヒカリアンガレージへと向かっていた。
 この黒煙には特徴があった。
 黒煙を受けた物は、人でも物でも真っ黒となり、さらには恐ろしくネガティブな考え方の持ち主となってしまうのだ。
 それはちょうど、以前出現したカビコマルダーのカビと同じ症状だ。
 ヒカリアン達が市街地に駆けつけた時、そこはうずくまってブツブツ呟いている人々で一杯であった。
「これは……」
<遅かったな、ヒカリアン共!>
 インプレッサ達の前に、巨大デコトランが現れる。
「ムボウデーン!」
<よくも今まで邪魔してくれたな! たっぷりと後悔させてやるぞ!>
「それはこっちの台詞だよ! これ以上悪い事なんてさせるもんか!」
 インプレッサ達は、瞬く間に光を放ってヒカリアンの姿に変形する。
「ヒカリアンチェーンジ! ライトニング インプレッサ!」
「ヒカリアンチェーンジ! ライトニング ラングラー!」
「ヒカリアンチェーンジ! ライトニング ランサー!」
 三人のヒカリアン達は、デコトランを取り囲むようにしてジリジリと輪をせばめる。
<ふふん、本気になったこのオレを、三人で止めようというのか!>
 真っ先に動いたのはランサーだった。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ドライブランスを構え、デコトランに斬りかかる。
 だが、
<こしゃくな!>

 ビュァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 デコトランのヘッドライトから、赤い光線が発射される。
 光線はランサーを直撃した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ランサーはそのまま、その場で『気をつけ』をしてしまう。
「う、動けない……」
「この光線は、信号のコマルダーの……!」
 タクヤが真っ先に気づいた。
 そう、それはインプレッサが初めて戦った相手である、信号コマルダーの能力だ。
<驚いたか! 今のオレは、今までのコマルダーの能力を備えているのだ! そして、今度はこれだ!>

 ブォォォォォォォォォォォン!

 デコトランの指先から、黒煙が発射された。
 すると、
「ハックション! ブェックション!」
 黒煙を受けたインプレッサがクシャミをしだしたのだ。
 杉の木コマルダーの、花粉攻撃だ。
 デコトランが巨大化に使ったコマルダーボールには、今までのコマルダーのエネルギーが含まれていた。
 その為、巨大化したデコトランもコマルダーと同じ能力が使えるようになっていたのである。
「くっ、こんな物……オフロード・シャワー!」
 ラングラーの掌から光のシャワーが噴き出す。
 光線は、インプレッサとランサーに向かって照射された。
 ラングラーの光線を受けると、インプレッサ達は元に戻る。
「助かった……」
「ありがとう、ラングラー!」
「いいって事よ。けど、あの能力、やっかいだな……」
<喰らえ!>
 間髪入れず、デコトランの右の掌から熱湯が、左の掌からは火炎が噴き出した。
 こどもの日コマルダーの菖蒲湯攻撃に、ガソリンタンクコマルダーの火炎攻撃だ。
 さらに熱湯と火炎は渦を巻く。
 その途端、

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 爆発が巻き起こり、ヒカリアン達もタクヤ達も吹っ飛ばされる。
 水と火を利用した水蒸気爆発だった。
 インプレッサ達は、苦しそうに立ち上がる。
 ラングラーが痛みをこらえながら言った。
「二人とも、このままじゃ、街に被害が出ちまう。ここは一旦、退却だ……!」
「くっ……」
 インプレッサとランサーは悔しそうに顔を歪ませるが、ラングラーの意見が正論であるという事も分かっていた。
 それに、これ以上戦えば、またタクヤやミズキに被害が及ぶ可能性もある。
「仕方ない、ヒカリアンチェーンジ!」
 インプレッサ達は一瞬で自動車形態に変形すると、タクヤ達を乗せてガレージへと全速力で突っ走り始めた。
<逃がさん!>
 デコトランも両足の乗用車をローラースケートのようにして、ヒカリアン達の後を追った。

 インプレッサ達がヒカリアンガレージに戻ると、タンクはすぐさま三人を回復させた。
 エナジー・トランスレイトを使い、彼ら三人の身体をエネルギーで満たす事によって治療したのである。
「サンキュー、技師長♪」
「いいえ♪」
 爽やかな笑顔で礼を言うラングラーに、タンクもにっこりと笑って返す。
 だが、そこに警報が響いた。

 ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!

 ヒカリアン達がモニターを見てみると、いよいよデコトランがガレージに近づいている所であった。
「遂に来たか……!」
「今度は負けない! みんな行こう!」
「おう!」
 ヒカリアン達は司令室から飛び出す。
 今度はカウンタックも一緒だ。

<ヒカリアン共、覚悟しろ! ムボウデーン四天王が一人デコトラン様が、今こそお前達に引導を渡してくれる! 今の内に念仏でも唱えるのだな!>
 デコトランの顔は、勝利への確信からか、今までになく自信に満ちあふれている。
<どうしたヒカリアン共! 尻尾を巻いて逃げ出したか!?>
「逃げも隠れもするもんか!」
 インプレッサ、カウンタック、ラングラー、ランサーがガレージの前に並び立った。
<おお、来たな。根性だけは褒めてやる!>
「何を!?」
 いきり立つインプレッサだったが、外部スピーカーからタンクの声が響いた。
『皆さん、そこを動かないでください! スーパーシールド、発動!』

 ヴワァァァァァァァァァァァァァァン……

<ん、何だ!?>
 ヒカリアンガレージの周囲に、透明なバリアーが張り巡らされたのだ。
「さっすが〜! 大天才!」
 司令室で、タクヤとミズキは、タンクを褒め称える。
 タンクも照れたように微笑んでいた。
 しかし、デコトランは動じない。
<そんな物ごときで何を騒いでいる!>
 今度はインプレッサが得意そうに言った。
「いいか。これはな、外からの攻撃は跳ね返して、中からの攻撃は出来るようになってるんだ!」
<むむっ!>
「いくぞ!」

 ガウン! ガウン! ガウン! ガウン!

 インプレッサは自信満々にエンジンガンを撃つ。
 が、

 カン!

 エンジンガンから発射された光弾は、バリアーによって跳ね返された。
 さらに光弾はバリアーの中をはね回る。

 カン! カン! カン!

 そんな中を、ヒカリアン達は逃げまどった。
「うわわわわわっ!」
「あっ、危ない!」
 さんざん跳ね回ったエンジンガンの光弾は、やっとの事でそのエネルギーを使い切って消滅する。
「タンク、どうなってるの……?」
 インプレッサが汗だくで尋ねる。
『そんなに都合良く作れるわけないでしょ――っ!』
 通信機からは、タンクの叫び声が返ってきた。
 インプレッサ達は盛大にひっくり返る。
 その一連の流れを眺めていたデコトランも、思わず汗ジト。
 だが、すぐに気を取り直すと、真面目な顔をして叫んだ。
<漫才は終わりか。ならば……!>
 デコトランが、指から弾丸を撃つ。

 ドシュ! ドシュ! ドシュ! ドシュ!

 デコトランの弾丸を受け、バリアーには徐々にヒビが入っていく。
 司令室でその様子を見ていたタクヤ達は、信じられないといった様子で呆然となる。
「うわ〜っ……」
「なんという力なんです……」
 そして、遂に……

 パキ――ン!

 バリアが限界を迎え、砕け散ってしまったのだ。
<終わりだ>
 再びデコトランが、指から弾丸を発射した。

 ドシュ! ドシュ! ドシュ! ドシュ!

 弾丸は、次々とヒカリアン達をとらえていった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 インプレッサ達は、あちこちに吹き飛ばされる。
 大地に叩きつけられ、かろうじて立ち上がったインプレッサを庇うように、ランサーが立っていた。
「ラ、ランサー?」
「カビのコマルダーの時、インプレッサは本気でボクの為に怒ってくれたよね? あの時は本当に嬉しかったんだ。今度はボクがインプレッサを守ってみせる!」
 決して軽いダメージではないはずなのに、ランサーはドライブランスを構えてデコトランに突進する。
 しかし、そんなランサーをデコトランは軽く吹っ飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
<うるさいヤツめ!>
「ランサー!」
 吹っ飛ばされたランサーに向かって、インプレッサは叫んでいた。
 さらにランサーに追い打ちを掛けようとするデコトランに、雷球が撃ち込まれる。
 カウンタックがガルライフルを撃ったのだ。
「邪魔した事を後悔させてくれるんじゃなかったのか?」
<愚か者め!>
 デコトランが大きく腕を振った。

 バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 カウンタックが叩き飛ばされ、ガレージの壁にのめり込んでしまう。

 ガシャ……ガシャ……

 響く音に気づき、インプレッサが前を見据えた。
 デコトランが近づいてくる。
 インプレッサ達までほんの僅かな距離で立ち止まると、またも指先を突き出した。
<このオレ相手によくここまで戦った>
「くうっ……」
 インプレッサはデコトランをキッと睨みつけた。
 だが、デコトランは歓喜に満ちた表情のままだ。

 シュォォォォォォォ……

 デコトランの指先に暗黒エネルギーが集まっていく。
 絶体絶命。
 インプレッサの脳裏に仲間達の姿が次々とよぎる。
 壁にのめり込むカウンタック――
 地に倒れているラングラーとランサー――
 不安そうな表情で戦況を見守るタクヤとミズキ――
(これ以上誰も傷つけたくない! みんなを守りたい!)

 ズグワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

<これで最後だ!>
 勝利に満ちた声と共に暗黒エネルギーが飛び出した。
 圧倒的な破壊のエネルギーがインプレッサに向かっていく。
 が、それに怯む事無く、インプレッサは叫んでいた。
「タクヤ君達を! ランサーを! みんなを守る! 絶対に誰も悲しませない!」
 インプレッサの声が弾ける。
 それと共に、エンジンガンの銃口に溢れんばかりのエネルギーが集まっていった。
 無意識のうちにインプレッサは、その銃口をデコトランに向けた。
「バーニング・ストライク!」

 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!

 エンジンガンの銃口から炎が爆発した。
 ファイヤー・ストライクを上回る巨大な火球が、エンジンガンから発射されたのだ。

 ズゴォォォォォォォォォォォォォン!

 火球はデコトランのボディのど真ん中に風穴を開けていた。
<ば、バカな……このオレが……>
 突然の事に、デコトランは愕然となって言った。
 次の瞬間、

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 デコトランのボディが大爆発を起こした。
 爆炎の中から、ズタボロになったデコトランが空高く飛んでいく。
「アクジデント様お許しを〜〜〜……」

 キラン!

 またしてもデコトランはお星様にされてしまうのだった。



「一体何だったんだろう、あの力?」
 技を放ったインプレッサ自身が、ハテナ顔で呟いた。
「恐らくあの極限状態の中で、インプレッサの潜在能力が開花したんだろう」
 カウンタックが言った。
「ま、何でもいいじゃん。おかげで勝てたんだからさ♪」
 ランサーはあまり深く考えない事にしたようだ。
「でも、本当に格好良かったよ、インプレッサ」
「ありがとう、タクヤ君」
 タクヤに褒められて、インプレッサは照れたように頬をかいた。
 デコトランを倒したヒカリアン達だが、彼らの戦いはまだ続く。
 しかし、これから先どんな敵が現れようとも、彼らがくじける事は無いだろう。

To be continued.


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