心のカビを吹き飛ばせ!



 それは梅雨の合間の、ある晴れたポカポカと暖かい日――
 こんな日には自然と気分も明るく……
「ふぅ〜……」
 おや?
 いつも明るいミズキちゃんがタメ息をついている。
 何事か思い詰めた表情……。
 驚いた。
 控えめとはいえ、悩みとは縁の無さそうなミズキちゃんが悩んでいるとは。
「私にだって悩みくらいありますよぉ!」
 あ、ゴメン、ゴメン。
 しかし、ミズキちゃんの悩みって何だろう?
 あ、分かった!
 おやつに買ったイチゴショートのてっぺんに乗ってるイチゴを先に食べるか最後に食べるか悩んでる!
「違います……」
 最近体重が増えて悩んでる!
「違います!」
 このごろ出番が少なくて悩んでる!
「それは……ちょっとあるかな」
 あ、やっぱり?
「でも、私の悩みはそんな事じゃないんです」
 ふ〜ん?
「はぁ〜……」
 ミズキちゃんの表情はどんどん深刻な物になっていく。
 こりゃ、相当根深い悩みか!?
 よし、分かった!
 この作者のお兄さんが相談に乗ろうじゃないか!
「本当ですか? 作者のおじさん」
 誰がおじさんだ! オレはまだ30だぞ!
「あのね、おじさん。私の悩みは……」
 だからおじさんはやめろって!
「タクヤ君の事なんです」
 あん? タクヤの事?
「実は……」
 ミズキは少し悲しそうにうつむくと、遠い目をして事情を語り始めた。



 最近、タクヤ君と一緒にいる機会が前に比べてすごく減ってるんです。
 放課後も日曜日も、すぐにインプレッサと遊びに行っちゃうし……。
 別に私はインプレッサの事が嫌いって訳じゃないんですけど、何か悲しくなっちゃって。
(<※作者の心の声>乙女心は複雑ってやつね……)
 この間の放課後も、

「ねえタクヤ君、良かったらこの後……」
「タクヤく〜ん!」
「あ、インプレッサ! 待ってたよ!」
「学校終わったんでしょう? 早速遊びに行こうよ!」
「うん! あ、ミズキ、何か言いかけてなかった?」
「あ、ううん、何でもないの……」

 二人はそのまま遊びに出かけちゃったんです。
 その前の日曜日も……。

「タクヤ君、今日はあいてる?」
「あ、悪ぃ。今日はインプレッサとサッカーする約束してんだ」
「そうなの……」
「ゴメン、また今度な!」
「あ、うん……」

 その前も、さらにその前も同じような事が続いてて……。
(授業中に誘えばいいんじゃないの……?)
 そんなこんなで、最近全然タクヤ君と一緒にいられないんです。



「そういう訳で、何とかまた前みたいにタクヤ君と一緒にいられる時間を増やせないかなって……」
 なるほどねぇ。
「分かる! 分かるよその気持ち!」
 うお、ランサー!
 突然ランサーが、どこからともなく現れたのだ。
「ランサー?」
 ランサーは拳を握り、ブルブルと震えながらやりきれないような表情をして言った。
「ボクもヒカリアン星にいた頃は、毎日インプレッサと遊んでたんだ。そりゃもう周囲がうらやむほどに。なのにインプレッサってば、地球に来てからは毎日タクヤ君と遊んでばっかでさ! ボクというものがありながら……!」
「ランサー……。私も分かるわ、その気持ち」
「ミズキちゃん!」
「ランサー!」
 二人は揃って目をウルウルさせると、そのままガシッと抱き合った。
 ……な〜んか、また妙な方向に話が向かっていったなぁ……。

 所変わって、ムボウデーンの本拠地。
 もはや毎度の事ながら、デコトランが頭を抱えてグルグル歩き回っている。
 その様子は、動物園のクマもビックリだ。
 頭を抱えている理由は言わずもがな。
 度重なる作戦失敗に関してだ。
 先程も彼は、その事についてアクジデントから叱責を受けたばかりであった。
 そこへ、
「うぉ〜い、デコトラン。いるか〜?」
 ノーテンキなゴツイ声が響く。
「む?」
 不機嫌そうに振り向いたデコトランの視線の先にいたのはビルドだった。
 右手のバケットには、何やら黄色い塊が入っている。
「何の用だ、ビルド」
「ハンマ〜。実はこんなウマいもんが手に入ったんでな」
 そう言いながらビルドが差し出したのはチーズだ。
「チーズねぇ……」
 デコトランはジト目でチーズをつまむ。
 チーズとは、乳製品をカビの力で発酵させた食品。
 デコトランやビルドも、それ位の知識は持っていた。
 ちなみに詳しく説明しておくと、全部が全部カビを使う訳ではなく、カマンベールなどのホワイトチーズやゴルゴンゾーラなどのブルーチーズがカビを使う。
 その他、プロセスチーズ(日本で給食などに出てくるアレ)や、加熱処理されていないフレッシュチーズなんてのもある。
 デコトランの表情に、ビルドはお気楽に笑いながら言った。
「何悩んでるのかわかんねぇけど、そんなにジメジメしてると、お前もカビが生えちまうぞ。ハッハッハッハッハ、ハンマー!」
「カビか……」
 デコトランはチーズを眺めたまま、独り言のように呟いていた。

 さらにその頃。
 意気投合したミズキとランサーは、あの後甚佐の店で山盛りの総菜を次々と口の中に詰め込んでいた。
 要するにヤケ食いである。
「だいたい二人して、いつも一緒に居すぎなんだよ!……モグモグ」
「全くよ!……ムグ、ムグ」
 二人を見ていた甚佐も、そのただならぬ様子に怪訝な顔をする。
「あんまし食い過ぎると身体に悪いぞ〜。ま、ウチの総菜は化学調味料とか使ってないし、油も少なめだけどさ」
 甚佐はカウンターに肘をついて呆れたように言うが、二人の耳には入っていない。
「だ〜みだ、こりゃ……」
 諦めたように、甚佐は店の奥に引っ込んでいった。

 一方、インプレッサとタクヤは、公園でサッカーをしていたところであった。
 と言っても二人でやっていたので、キーパーも何もあったものではなかったが。
「ねえインプレッサ、ちょっと休憩しない?」
「うん、そうだね」
 二人でベンチに腰を下ろし、近くの自販機で買ったジュースを飲む。
 因みにこのベンチが、前回デコトランが座っていた物である事は二人は知るよしもなかった。
 ……って、別にだからどうという事でも無いのだけれど。
 ふと、インプレッサが口を開いた。
「ところでタクヤ君」
「何?」
「最近ミズキちゃん、元気が無いみたいだけど何かあったの?」
「え、そうだっけ? 元々あいつ、大人しいじゃん」
「うん。そうなんだけど、何か『大人しい』っていうのとはちょっと違うみたいなんだ」
「そっか……。今度聞いてみるよ」
「それがいいと思うよ」
 この時タクヤは、まさか自分がミズキの悩みの原因である事など知るよしも無かったのであった。

 他方、街角の一角。
 デコトランが路地裏のゴミ箱を物色しているところであった。
 別に作戦失敗のストレスで、彼の精神が一線を越えてしまった、とかいう訳ではない。
 彼は探していたのだ。
 今回の作戦の要となる物を。
 そして、
「よ〜し、見つけたぞ!」
 彼が頭上に掲げたのは、真っ黒なカビの塊であった。
 元の物体は、それが何だったのか分からないくらいになってしまっている。
「材料としては申し分ない。あとは……」
 デコトランはカビを地面に置いて、コマルダーボールを取り出す。
「生まれ出でよ、コマルダー!」

 ズォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 コマルダーボールはカビを素体とし、見る間にカビのコマルダーが誕生する。
 それは真っ黒で、カビの塊を人型にしたようなコマルダーだった。
「よし、コマルダーよ。早速お前の力を見せてみろ!」
<クォムァルドゥァ〜〜〜……>
 カビコマルダーは自分の身体からカビをひとつかみ握ると、周囲にばらまいた。
 それは建物や木々、自動車などにふりかかる。
 すると、その途端にそれらはカビで覆い尽くされてしまったのだ。
 さらに被害はそれだけではなかった。
 人間や動物にもカビがかかる。
 彼らはカビまみれになる事は無かったが、違う変化が訪れていた。
 地面にうずくまり、これ以上ないくらい暗い表情でぶつぶつと呟き始めたのだ。
「どーせオレなんか……何をやっても失敗ばかりだし……」
「あ〜、育児も家事も面倒臭い……。もう嫌だわ……」
「どうせ今年も浪人するに決まってる……。勉強なんてもうこりごりだ……」
 どうやらカビコマルダーのカビには、心の中にある負の感情を増大させる効果があるらしかった。
 予想以上のコマルダーの威力に、デコトランは久々に晴れ晴れとした表情になっていた。
「これは想像以上だ! これならば、地球人達を不幸にする事など朝飯前。よ〜しコマルダー、この調子で一気に東京中の人間達を不幸にするぞ!」
<クォムァルドゥァ〜……!>
 デコトランとカビコマルダーは、カビをまき散らしながら、さらに街中に混乱を広げていくのだった。
 そして、彼らは甚佐の店を後にしたミズキとランサーの姿を発見する事になる。
「む、ヒカリアン。……何やら暗い顔だな。よ〜し、今からもっと不幸にしてやろう……」
 カビコマルダーは、二人に向かって歩き出した。
<クォムァルドゥァ〜!>
「ん!?」
 ランサーとミズキが振り向くと、そこには数メートルにも及ぶカビのコマルダーが、こちらに向かって迫ってくる所だった。
「ムボウデーン!」
 ランサーが驚いたように叫ぶ。
「ヒカリアンの小僧、今日はやけに沈んでるな」
「うるさい!」
 ムキになって怒鳴るランサーに対し、デコトランはからかうように言った。
「今から、もっと沈んだ気分にしてくれるわ! コマルダー!」
<クォムァルドゥァ〜!>
 カビコマルダーは、菌糸状の指を高質化させて爪を作り出す。
 そして、それをランサーに向かって振り上げた。
「生憎、今のボクは物凄く機嫌が悪いんだ! 手加減しないよ! ドライブランス!」
 ランサーの手に、ドライブシャフトに似た形のランス(槍)が現れる。
「ドライブランス! イグニッション!」

 シュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 ランサーのかけ声と共に、ドライブランスが青く波打つエネルギーに包まれていった。
 そして、エネルギーは周囲に水のように溢れていく。
 ランサーはそのままドライブランスを構えると、まるで波乗りのようにエネルギーの上を滑走していく。
「ウェーブ・インパクト!」
 水しぶきを上げながら、ランサーはコマルダーをバツの字に斬りつける。

 ザシュッ! ザシュッ!

 しかし――
<クォムァルドゥァ〜〜〜!>
 なんとカビコマルダーは、ランサーの攻撃を受けた途端、ムクムクとさらに巨大化してしまったのだ。
 驚いたのはランサー達だ。
「ええっ!?」
「どうなってるの!?」
 逆にデコトランの方は、得意げな笑みを浮かべている。
「バカめ。このコマルダーはカビで出来ているんだ。カビに水気を与えればどうなるかは分かるだろう?」
「そうか……しまった!」
 ランサーが悔しそうにほぞをかむ。
 ご存知の通り、ランサーは水を使った技を得意としている。
 そして相手は湿気を吸収して成長するカビのコマルダー。
 まさにランサーにとっては相性が最悪の相手という訳である。
「さあ、コマルダーの特製カビをお前達にもプレゼントしてやろう!」
<クォムァルドゥァ〜!>
 またしてもカビコマルダーは自分の身体からカビをひとつかみ掴むと、ランサーとミズキに向かって振りかけたのだ。
「うわぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 それからしばらくして。
 インプレッサはタクヤを乗せて、ヒカリアンガレージに向かっていた。
 その前方に、二つの人影が見える。
「ん?」
 インプレッサが停止すると、その二人はランサーとミズキだった。
 見れば、二人とも地面にうずくまって何やらブツブツと呟いているのだ。

 キキィッ!

 インプレッサが急ブレーキをかけて停止した。
 タクヤはインプレッサから駆け下りる。
「ヒカリアン、チェーンジ!」
 インプレッサの車体が発光したかと思うと、車両前部が分離し、空中でヒカリアンに変形する。
 インプレッサとタクヤは、急いで二人に駆け寄った。
「おいミズキ、どうしたのさ!?」
「ランサー、どうしたの!?」
 二人の呼びかけにも応えず、ミズキ達はうつむいたままだ。
(どうなってんの……?)
 タクヤが心配そうな視線を投げかけたとき、その声は突如わき起こったのだ。
「タクヤく〜〜〜ん……」
「いいっ!?」
 見ると、ミズキが恨みがましそうな目でこちらを見ている。
 そしてそれは、ランサーも同様だった。
「タクヤ君、ひどいわ。最近私と全然遊んでくれないじゃない……」
「インプレッサ〜、ボクってものがありながら、ひどいじゃないか〜……」
 二人して、タクヤとインプレッサにせまる。
 その様子は、まさに地獄の亡者のようであった。
「お、おい、ミズキ、どうしたんだよ!?」
 タクヤは訳も分からずオロオロするばかりだ。
 逆にインプレッサの方は、冷静な目で状況を判断していた。
 インプレッサはランサーに迫られながらも、一つの結論を導き出す。
「こんな事をするのは……」
「その通り!」
 果たしてインプレッサの考えと違わず、建物の陰からカビコマルダーとデコトランが現れたのであった。
「ムボウデーン! やっぱりお前達の仕業だったんだな!」
「人間は誰しも心にジメジメした部分を抱えている。少しそれを増大させてやっただけだ!」
「くっ、よくもランサーやミズキちゃんを! 絶対に許さないぞ!」
 インプレッサはエンジンガンを出現させて、カビコマルダーに突進する。
 インプレッサとカビコマルダーの戦いが始まった。
 他方、タクヤはミズキと向かい合って座り、ミズキの目を真っ直ぐに見ながら話しかけていた。
「ミズキ、ごめんな。確かに最近、おれはインプレッサとばっかり遊んでた。でも、だからってミズキの事がどうでもよくなった訳じゃないんだ!」
「タクヤ君……」
 タクヤの言葉を聞いている内に、ミズキの表情に変化が現れてきた。
 瞳に光が戻る。
 目に下に出来ていたクマが消える。
 血色が良くなってくる。
「ミズキ、ごめん!」
 タクヤはミズキを抱きしめた。
 抱きしめられたミズキの身体に、何か暖かい物が伝わってくる。
「タクヤ君……」
 ミズキはカビコマルダーの呪縛から解き放たれたのだ。
 そして、ランサーの方はと言うと、カビコマルダーと戦うインプレッサの姿を見ていた。
「エンジンガン、エンジン全開!」

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
 その内に、銃口には火がともっていた。
「ファイヤー・ストライク!」
 インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから炎のエネルギーが発射された。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 巨大な炎は渦を巻き、カビコマルダーを包み込む。
 が、その炎も、パワーアップしたカビコマルダーに対しては無力だった。
 表面を乾燥させる事は出来るが、すぐに再生してしまう。
 それでも、懸命に戦うインプレッサの姿を見ている内に、ランサーの心情にもまた変化が訪れていた。
(インプレッサが、ボクのために本気で怒ってくれてる……?)
 ランサーの瞳にも、また光が戻って来ていた。

「ダメか……」
 幾ら炎のエネルギーを浴びせても通用せず、インプレッサは弱気になる。
 そこへ、
「インプレッサ!」
 ランサーがインプレッサとカビコマルダーの間に飛び込んできたのだ。
「ランサー! もう大丈夫なの?」
「うん。キミのおかげだよ。さあ、反撃だ!」
「うん!」
 インプレッサも嬉しそうに頷いた。
「でも、どうするの?」
「ボクのエネルギーをキミのエンジンガンにプラスして撃つんだ。これならあいつにも通用するよ!」
「よ〜し……」
 インプレッサがエンジンガンを構えて、そこにランサーが手を添える。

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
 その光は、普段よりもっと強い、真っ赤な光だ。
 銃口には大きな炎がともる。
「ファイヤー・インパクト!」
 インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから強化された炎のエネルギーが発射された。

ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 巨大な炎は渦を巻き、カビコマルダーを包み込む。
<クォムァル……ドゥァ〜〜〜>
 カビコマルダーは、そのエネルギーに耐えていた。
 しかし、その身体に徐々に亀裂が入ってくる。

 ピシッ、ピシピシッ……

 そして遂に、炎はコマルダーの中心部まで乾燥させた。
<クォムァッ……トゥァァァァァァァァァァァァァァァッ!>

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 カビコマルダーのボディが大爆発を起こす。
「やったぁ!」
 インプレッサとランサーは互いの手を取って、飛び上がって喜ぶ。
「ば、バカな。奴らにこんな力が……」
 デコトランは驚愕の表情で呟くと、その場から消え去った。



 その翌日――
「ミズキ、今日は一緒に甚佐のおっちゃんの店行く?」
「うん!」
 タクヤに誘われ、ミズキは嬉しそうに首を縦に振った。
 一方ヒカリアンガレージでも、
「それではインプレッサ、及びランサー、パトロールに行って来ます!」
 インプレッサとランサーが、二人揃ってガレージから飛び出していくのであった。

To be continued.


戻る