こどもの日を取り戻せ!
☆
カウンタックとラングラーの二人を仲間に加え、地球のヒカリアンも三人。
隊長であるカウンタックの言によれば、今後も何人かのヒカリアンが地球に来訪する予定だという。
こうなれば、否が応にも士気は上がるというもの。
彼らは一日も早く、ムボウデーンを地球から追放しようという使命に燃えて――
「フフフフ〜フン、フンフンフ〜ン、フ〜ン、フフフ〜ン♪」
いっ!?
インプレッサとタクヤがのんきに鼻歌を歌いながら、街中を歩いていく。
一方では、カウンタックがカー用品店を回ってワックスを物色していた。
さらにラングラーは、アウトドア用品店を巡っている。
おいおい、大丈夫なのか?
「大丈夫大丈夫。戦士には休息も必要なのだ。戦ってばかりでは身が保たないだろう?」
余裕のある笑みと共にカウンタックが言った。
しかし、両腕にワックス抱えて力説されても――
「今はゴールデンウィークなんだからさ。僕達だってタクヤ君達と遊びたいもん」
「そうそう。それに、カウンタック達に街の案内もしなきゃいけないしね」
タクヤもインプレッサに続ける。
もっともらしい事を言ってはいるが、しっかり休日を満喫するつもりのようだ。
正義の味方が本当にこんなんで大丈夫なんだろうか……?
同じような感想はミズキも抱いていたようだ。
「本当に大丈夫かしら……?」
心配そうな表情で、タクヤ達の後を付いていく。
ミズキの心配をよそに、ヒカリアン達は引き続き買い物を楽しんでいるのであった。
そして、ムボウデーンの本拠地。
「こどもの日?」
顔にありありと「?」を浮かべ、バリバリッシュが尋ねる。
「ああ。昨日テレビで見たんだが、今日は地球では『こどもの日』とかいうイベントらしい」
因みに詳しく解説しておくと、5月5日は古来から端午の節句として男子の健やかな成長を願う行事が行われており、大正時代には『児童愛護デー』として活動を行っていた団体が存在していたらしい。
さらに、国会にこどもの日を祝日とする請願が寄せられた際にも5月5日を希望するものが多かったため、現在のように祝日となったのだそうだ。
「ふ〜ん、それで?」
「分からないか? こどもの日を無くしてしまえば、地球の未来を担う子供達が不幸になるだろうが」
「なるほど」
デコトランの説明に、バリバリッシュは納得したように『ポン!』と手を叩く。
「先を見据えた作戦か……。なかなかクールじゃんか」
「じゃ、そういう訳で行ってくるぞ」
「はいは〜い」
軽く手を振るバリバリッシュに見送られ、デコトランはその場から消え去った。
「こどもの日?」
ひとつ前の段落でバリバリッシュが言ったものと同じ台詞を、これまたバリバリッシュと同じ顔をしてインプレッサは言った。
ここは総菜屋甚左の前。
街中を一通り回った後、彼らはここで休憩を取っていた。
「そう。簡単に言うと『子供の成長を願ってお祝いする日』ってとこかな。端午の節句とも言うけどね」
「へ〜、タクヤ君って物知りなんだねぇ」
インプレッサは素直に感心する。
タクヤはその視線を感じて、少し照れくさそうに笑った。
「お〜い、お待っとさん」
そこへ甚佐が、お盆に何かお菓子をのせてやって来る。
それは柏餅とちまきであった。
「端午の節句と言えば、これだろ。甚佐特製ちまきと柏餅だ。たらふく食いな」
「ありがとう、甚佐のおっちゃん」
タクヤは甚佐からお盆を受け取った。
インプレッサは早速柏餅を口に運ぶ。
「美味しい! 地球にはこんなお菓子があるんだね」
「おっちゃんのは特別美味いんだよ。総菜もお菓子もね」
その横では、ミズキやカウンタック達が同じように甚佐の柏餅を堪能していた。
ミズキの方も、あまり深刻に考えないようにしたようであった。
一方――
「ふう。とりあえず、こんなもんか……」
目の前に並べた五月人形の鎧、こいのぼり、柏餅、ちまき、菖蒲を見て、デコトランは額をぬぐう。
どうやらあちこちからこどもの日に関する物を集めてきたようだ。
しかも柏餅とちまきなど、パッケージに「マイバッグ割引」というシールが貼ってあるところを見るに、わざわざ買ってきた物らしかった。
それにしても、地球を“真っ黒”にしないといけないブラッチャーがエコってのはどうなんだろう。
そんな天の声を全く気にせず(当たり前か……)、デコトランはコマルダーボールを取り出す。
「ではと。生まれ出でよ、コマルダー!」
デコトランは“こどもの日”グッズにコマルダーボールを投げつけた。
五月人形の鎧に当たったとたんにボールは割れ、中から飛び出した不定形の黒い塊がこどもの日グッズを包み込む。
ズォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ……
<コマルダー!>
グッズは次の瞬間、コマルダーへと変貌した。
胴体と頭は鎧兜で、顔の部分は例のしかめっ面になっている。
額の兜飾りはブラッチャーのエンブレムの形をしていた。
両腕はこいのぼり(尻尾の方が肩になっている)で、右のこいのぼりの口の部分は刀を握っていた。
さらに両足は柏餅で、背中には菖蒲の葉の装飾が付いている。
そして、腰には“ちまき”がぶら下がっていた。
「コマルダーよ、日本中からこどもの日を奪い取り、子供達を恐怖と不幸のどん底に落とし入れるのだ!」
<カシコマルダー!>
こどもの日コマルダーはファイティングポーズを取ると、さっそく手近にあった家に鯉のぼりの腕を向ける。
すると、
ゴォォォォォォォォォォォォォォォッ!
コマルダーの腕がまるで掃除機のように空気を吸い込みだし、家々からこいのぼりや柏餅など、こどもの日にまつわる物を吸い取り始めたのである。
「あっ! ぼくの柏餅!」
「こいのぼりが〜!」
あちこちから、子供達の嘆きの声が上がり始める。
「よ〜し、いい調子だぞコマルダー! そのまま日本中からこどもの日を奪ってしまえ!」
<コマ〜ルダ〜!>
コマルダーは、こどもの日関係の物を吸い取りながら歩き始めた。
しかし、このペースでは日本中を回る前にこどもの日が終わってしまうような気もするが……。
だが、今実際に被害を受けている人々が居るのもまた事実だ。
住宅地は混乱へと叩き落とされていた。
デコトランはコマルダーの肩に乗って、その様子を眺めている。
「大量だな。柏餅にちまきにこいのぼり……あれが真鯉、あれが緋鯉、その次が……“むごい”。なんつってな♪」
おいおい……。
冗談を言っていたデコトランだったが、ふと眼下を見て表情を曇らせる。
そこはインプレッサ達がいる惣菜屋甚佐の前であった。
「ヒカリアン共め、呑気に柏餅なんぞ食ってやがるな。よ〜し……」
デコトランは明らかに私情が入った様子で、にやりと笑みを浮かべる。
「コマルダー、奴らの食ってる柏餅とちまきも残らず吸い取ってしまえ!」
<コマルダー!>
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
コマルダーは、再び勢いよく吸引を始める。
それは、あっと言う間にインプレッサ達の柏餅やちまきを吸い取ってしまった。
「い、一体何が起きたの!?」
「なんだ、この風は!?」
「おいみんな、あれ見ろよ!」
ラングラーが指さした先では、デコトランを肩に乗せたコマルダーがこどもの日グッズを吸い取っているところだった。
「ブラッチャー!」
インプレッサ達は空中に飛び上がって、デコトランの眼前へと現れる。
デコトランは彼らの姿を認めると、嬉しそうに言った。
「ようやく現れたな、ヒカリアン共」
「ブラッチャー、一体何を企んでいる!?」
先程までの呑気な雰囲気とは一転して、カウンタックがデコトランに向かって叫んだ。
その貫禄は、ヒカリアン達の隊長として充分ふさわしいものであった。
「フフフ、知りたいか? こどもの日をこの世から無くしてやるのさ」
「何だって!?」
「こどもの日の象徴であるものをこの世から無くしてしまえば、こどもの日は無くなったも同然! そうなれば、この世界の子供達は不幸のどん底に陥るというわけだ!」
しかし、得意そうに言うデコトランに対して、タクヤとミズキはポカンとした顔になっていた。
「こいのぼりや柏餅を奪ってこどもの日をなくすって……」
「それって、かなり無理があるんじゃ……」
タクヤは明らかに呆れた様子を見せており、ミズキに至っては苦笑いすら浮かべている。
普通ならこういう反応をするところだろう。
だが、インプレッサ達ヒカリアンは違っていた。
「こどもの日を無くしちゃうなんて……」
「何て恐ろしい作戦なんだ!」
「…………」
このノリの良さが、彼らの最大の特徴なのかも知れない。
意外なほど真剣に盛り上がっているヒカリアン達を見て、タクヤ達はまたもあきれ顔。
けれど、ヒカリアン達もデコトランも、そんな彼らの視線を意に介さない。
と言うよりも、気づいていなかったと言う方が正しいか。
「恐れ入ったか、ヒカリアン! これぞ後々にまで人類を不幸にする、我が必勝の策だ!」
デコトランはコマルダーの肩に乗ったまま、右手を振りかざす。
「さあコマルダー、ヒカリアン達を倒すのだ!」
<コマルダー!>
その、コマルダーの咆吼が戦闘開始の合図であった。
コマルダーは手にした刀を振り上げると、ヒカリアン達に斬りかかる。
ガキィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
巨大な刀が振り下ろされる。
ヒカリアン達はそれを間一髪で避け、外れた刃は地面に大きな亀裂を作っていた。
さらにコマルダーは刀を振り回す。
「おっと、そんなに簡単にやられないぜ♪」
「そういう事だ!」
カウンタック、ラングラー、インプレッサの三人は、コマルダーを取り囲むようにして、三方に別れる。
そして有る程度距離を取ると、それぞれの武器でコマルダーを攻撃する。
ズダダダダダダダダダッ!
ドガガガガガァァァァァァァァァァン!
銃撃は的確に、コマルダーの巨体を捉えていた。
デコトランは攻撃による振動から逃れるため空中に飛び上がると、コマルダーに向かって叫ぶ。
「しゃらくさい! コマルダー、こちらも反撃だ!」
<コマルダー!>
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
次の瞬間、コマルダーの口から無数のちまきが発射される。
「うわっ!」
それはヒカリアン達に命中した途端、爆発した。
ドガァァァァァァン!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
発射されたのは、ちまき型の爆弾だったのだ。
続いてコマルダーは、こいのぼりの口をヒカリアン達に向ける。
<コマルダー!>
バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
コマルダーの両腕から、勢いよく熱湯が発射された。
僅かに菖蒲の匂いが漂っている。
熱湯はラングラーの頭上から襲いかかった。
「どわあっ! 熱ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
まともに湯をかぶったラングラーが身体を真っ赤にして転げ回る。
「ラングラー!」
慌ててインプレッサがラングラーに駆け寄った。
倒れているラングラーを抱き起こして、心配そうに声を掛ける。
「大丈夫、ラングラー!?」
「ああ、何とかな……」
ラングラーはやや顔をこわばらせながらも、なんとか笑みを作ろうとする。
ジープの分厚い装甲はラングラーのダメージを最小限に抑えていたようだったが、それでもかなりの威力があったようだ。
そんなラングラーを見て、インプレッサの瞳に怒りの炎が燃え上がった。
「よくも、よくもラングラーを! 許さないぞ、ブラッチャー!」
インプレッサはエンジンガンを構え、コマルダーに突撃する。
「待て、インプレッサ! むやみに近づくのは危険だ!」
カウンタックが制止するが、インプレッサは聞く耳を持たない。
逆にデコトランの方は嘲笑を含んだ笑みを浮かべた。
「ふっ、単純な奴め。コマルダー、あの小僧を始末しろ!」
<コマルダー!>
頭上に高々と刀を掲げて、コマルダーはインプレッサに突進していく。
「真っ二つにしてくれるわ!」
デコトランが勝ち誇ったように叫んだ。
コマルダーは、インプレッサを両断しようと刀を振り下ろす。
だが、次の瞬間、その場の誰もが全く予想していなかった出来事が起きた。
<コマ……ルダ〜?>
ズシィィィィィィィィィィィン!
いきなりコマルダーがよろよろとよろけたと思うと、その場に転倒したのだ。
「へ?」
突然の出来事にヒカリアン達はもとより、デコトランさえも目を丸くする。
インプレッサも空中で急ブレーキをかけて停止した。
「どうしたと言うのだ……?」
不審に思ったデコトランが、コマルダーをよく見る。
すると、コマルダーの足を構成している柏餅が、カチカチになってしまっていたのだ。
そのため機動力が鈍ってしまったのである。
人間でも筋肉がこわばると歩けなくなるが、それと似たようなものなのだろう。
「しまったぁ〜! ケチって売れ残りの柏餅を足に使ったのが仇になってしまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
思わずデコトランは頭を抱えて絶叫する。
「売れ残りの柏餅……?」
「セコっ……」
ヒカリアン達も半ば呆れたような表情でその様子を見ていた。
それまでの緊迫していた雰囲気が、一気にしらけたそれへと変わる。
が、ふとカウンタックが我に返って叫んだ。
「インプレッサ、今だ!」
「う、うん!」
インプレッサは、エンジンガンを高く掲げる。
「エンジンガン、エンジン全開!」
ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!
銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
その内に、銃口には火がともっていた。
「わわわ、ちょっと待て! タイムだタイム!」
慌ててデコトランは叫ぶが、インプレッサは容赦しない。
「ファイヤー・ストライク!」
インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから炎のエネルギーが発射された。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
巨大な炎は渦を巻き、コマルダーを包み込む。
<コマッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!>
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!
コマルダーの悲鳴が響き、大爆発が巻き起こった。
爆煙が晴れると、そこには元に戻ったこどもの日グッズ、そしてコマルダーがあちこちの家々から奪ったこいのぼりや柏餅などが転がっていたのだった。
コマルダーが敗れ去ったのを見て、デコトランは気が抜けたようにガックリと肩を落とす。
「トホホ……。次は新品を使おう……」
誰にも聞こえないような独り言を残して、デコトランは撤退するのだった。
☆
デコトランが逃げ出した後、ヒカリアン達は手分けして奪われたこいのぼりなどを、あちこちの家に返していた。
先程までとは逆に、住宅地には明るい声が戻って来る。
そして、コマルダーの激熱菖蒲湯を喰らったラングラーの方は……。
「ラングラー、もう大丈夫なの?」
「ああ、すっかりな」
インプレッサの心配とは裏腹に、ラングラーはいつもの爽やかな笑みを浮かべていた。
むしろ、前よりも身体の調子が良くなっているようにすら見える。
「そう言えば、菖蒲湯って『邪気を払って疫病にかからなくなる』って聞いた事があるような……」
タクヤがツヤツヤしているラングラーを見つめながら言った。
果たしてコマルダーの菖蒲湯に伝承通りの効果があったのかは定かではないが、事実ラングラーが健康になっている様子を見ては、信じざるを得ない。
「そうなんだ」
安心したように、インプレッサは嘆息する。
カウンタックの方は、やや呆れたように苦笑を漏らして言った。
「それにしても、敵を健康にしてしまうとは、ブラッチャーの奴らも抜けているなぁ」
「そうだね」
タクヤやミズキ、そしてヒカリアン達は満面の笑みを浮かべる。
一同はしばしの間、笑い合っていた。
同じ頃。
「……で、何これ?」
目の前のテーブルに積まれた柏餅を指さして、バリバリッシュが言った。
デコトランは撤退の際に、柏餅を一山だけ持ち帰っていたのである。
しかし、
「……戦利品だよ。欲しけりゃど〜ぞ……」
バリバリッシュの方を見ようともせず、デコトランは部屋のすみでイジけながら呟く。
心なしかその一角だけ一層暗くなっており、周囲に人魂さえ漂っているように見えた。
もしこれがコミックの世界であれば、ここで「ドヨ〜ン……」なんて効果音がついたであろう。
「あ、そう。じゃ、もらっとくわ」
汗ジトになりながら、バリバリッシュは柏餅の一つを手に取る。
そして、それをかじりながら呟いていた。
「見事なまでにクールな不幸っぷりだな……」
なお、翌日バリバリッシュは腹痛で自身も不幸に見舞われる事となる。
それが賞味期限の過ぎた柏餅のせいだと知る者はいなかった。
To be continued.
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