花粉症にはご用心


 時は西暦二千年とちょっと。
 場所は日本の東京。
 先日この場所で、新たなる物語が始まった。
 それは――
「インプレッサ、こいつはおれの幼なじみでミズキっていうんだ。でもってミズキ、こっちがこの間話してた、ヒカリアンのインプレッサ」
「初めまして、鶯谷ミズキです」
「僕、ライトニング インプレッサ。宜しくね、ミズキちゃん」
「こちらこそ宜しく」
 そう、地球を闇に包んでしまおうという野望を持ったブラッチャーが地球に現れ、それを追ってヒカリアン達もやって来たのである。
 もっとも地球に到着したヒカリアンは、まだこのインプレッサだけらしかったが。
 ここは惣菜屋甚左の前。
 インプレッサと知り合ったタクヤは、ミズキにインプレッサを紹介する約束をしていたのだ。
「へー、ヒカリアンねぇ。宇宙人ってホントに居たんだなぁ」
 インプレッサを店のカウンター越しに眺めながら、この惣菜屋の主人である甚左は面白そうに言った。
 因みに彼の惣菜屋は、店の前に幾つかテーブルと椅子が置いてあり、買った総菜をそこで食べる事も出来る。
「そりゃそうとミズキ、お前なんでマスクなんてしてるんだ? 風邪でもひいたの?」
 怪訝そうな表情で、タクヤがミズキに尋ねる。
 タクヤの言う通りであった。
 ミズキは風邪マスクをつけ、しきりに目をこすっていたのだ。
「ううん、風邪じゃないんだけど、花粉症にかかっちゃったみたいで……。この後も病院に行くの」
「そっか。お大事に」
「ありがとう、タクヤ君……ハクション!」
 タクヤはミズキを気遣うような素振りを見せた後、インプレッサの方へ向き直る。
「ところでインプレッサ、ブラッチャーって何なの? あいつらの目的って……?」
「うん、それなんだけど……」
 インプレッサは真剣な顔つきになって、タクヤとミズキに話し始めた。
「ブラッチャーっていうのは、僕達と同じ未来からやってきたエネルギー生命体なんだ。でも、あいつらは人間を不幸にして、地球を“真っ黒”な星にしようとしてる。それを阻止するのが、僕達の使命なんだ。この間のトラックみたいな奴も、ブラッチャーの組織、ムボウデーンの四天王の一人さ」
「人間を不幸に……」
「そんな……」
 タクヤもミズキも、真面目な顔をしてインプレッサの話を聞いていた。

 一方――
 地球とは異なる空間。
 そこには上も下も無い。
 周囲は紫がかったもやのような風景が一面に広がっている。
 いかにも異次元といった風情の空間だ。
 そう、地球を狙うブラッチャーの組織、ムボウデーンの本拠地だ。
 今、島の中央にボンネットトラック型のブラッチャーがひれ伏していた。
 デコトランである。
「申し訳御座いません、アクジデント様。まさか、奴らがこれほど早くやって来ようとは……」
 デコトランの声に呼応するように、上空に巨大なアクジデントの姿が現れる。
<面倒な事になった……。だが、我らムボウデーンの計画を邪魔される訳にはいかん。分かっておろうな、デコトランよ>
「はっ!」
 デコトランは深々と頭を下げる。
「例えヒカリアンであろうとも、関係ありません。かならずや、あの星を我らが物に!」
<うむ。期待しておるぞ……>
 同時に、アクジデントの姿も再び空間にかき消えた。
 その時である。
「いやいや、ホントに大丈夫かい?」
 その場に声が響いたのだ。
「むっ」
 デコトランが振り向くと、何時の間に現れたのか、背後に二人のブラッチャーが立っていた。
 一人はバイク型で、前輪を肩に担いでいる。
 もう一人はパワーショベル型で、左腕がバケットになっていた。
「なんならオレっちが地球征服の任務を代わってやってもいいんだぜ?」
「ハンマー! 抜け駆けはずるいぞ、バリバリッシュ! オレだって、ヒカリアン共をぶっ潰したいんだ!」
 軽口を叩くバリバリッシュに、横からパワーショベルブラッチャーが大声で叫んだ。
 バリバリッシュにしてみれば冗談半分で言った台詞だったのだが、パワーショベルブラッチャーはそう思わなかったようだ。
「ビルド、おめぇさんみてぇな単細胞に何が出来るってんだよ?」
『単細胞』と言われて、ビルドの額にピクッと血管が浮き出る。
「ハンマ――ッ! 誰が単細胞だ! この暴走族ヤロウ!」
 バケットの左手で殴りかからんばかりの勢いで、ビルドが怒鳴り散らす。
 こうなるともう、売り言葉に買い言葉だ。
 本気で怒るビルドに、バリバリッシュも怒鳴り返した。
「そういうトコロが単細胞だってんだよ! オレっちみたいな速くてクールなヤツの方が、大事な仕事は任せてもらえるってもんなんだよ!」
「ハンマーッ! 何がクールだ、不良バイク!」
「不良のどこが悪いってんだ、でくの坊!」
 今にも取っ組み合いのケンカを始めそうな勢いで、二人は睨み合う。
 だが、自分の存在を無視して言い争いを始めた二人を見て、デコトランの額にも血管が浮き出ていた。
「いい加減にせんか、貴様ら! 作戦担当に選ばれたのはオレなんだぞ!」

 ブォ――ッ!

 怒りと共に、デコトランの背中の排気筒から勢いよく黒煙が噴き出る。
 その勢いのすさまじさと、デコトランの剣幕に、バリバリッシュとビルドもようやく口ゲンカを止めた。
「まぁまぁ落ち着きなってデコトラン。クールにいこうぜ?」
「誰のせいだと思ってんだ! とにかく、アクジデント様から地球侵攻を任されたのはオレなんだ。お前らは高見の見物でも決め込んでいろ」
 言葉と同時に、振り向いて立ち去るデコトランの姿が消え去った。
 それを見送りながら、バリバリッシュはポリポリと頭を掻きながら静かに呟く。
「まあ、そこまで言うんならお手並み拝見といきますか」

 そして、地球。
「……と、大見得切って出てきたはいいが、一体どうすりゃ人間達を不幸に出来るものか……」
 デコトランは盛大にため息をつく。
 いきおいで飛びだしてきたものの、実は何か作戦があっての事ではなかったのだ。
 う〜ん、よくないなぁ。
 やっぱり仕事は計画を立ててからやらないと。
「やかましい! しょっちゅう行き当たりばったりのお前に言われたくないわ!」
 うわ、作者に向かってそういう事を言うのかね、キミは……。
「ったく……。ん?」
「ハックション! ハックション!」
 ふと、近くから激しいクシャミの音が聞こえてくる。
 そちらを向いたデコトランの視界に入ってきたのは、やたらとクシャミをしている少女だった。
 ミズキである。
 デコトランは、ミズキに近づくと声をかける。
「どうしたんだ、お前? 風邪か?」
「あ、いえ、ちょっと花粉症で……」
 勿論デコトランを初めて見るミズキには、彼がブラッチャーだなんて知るよしもなかった。
 ちょっと位は怪しんでもいいんじゃないかとは思うけど……。
 まぁ『ヒカリアン』だしね。
 さておき、デコトランの方は“花粉症”が何なのか理解できずに顔に「?」を浮かべていた。
「花粉症?」
「この季節に、スギとかの花粉でクシャミが出たり、目が痛くなったりする事です」
「ふ〜ん……」
「それじゃあ、病院に行くので……」
「ああ」
 足早にミズキは去っていく。
 それからしばらく腕組みをして、何事か考えているような顔をしていたデコトランの顔に、ニンマリと笑みが浮かんだ。
「花粉症ねぇ……」

「これが杉か……」
 目の前に立ち並ぶ木々を見て、デコトランが呟いた。
 ご丁寧に、口には彼のサイズにピッタリな風邪マスクまで付けている。
 ここは住宅地の一角にある森林公園だ。
 あの後デコトランは色々調べて、杉の花粉が花粉症の原因としてはかなりポピュラーである事を突き止めたのだ。
「ふふふ……。人間達よ、花粉症に悶え苦しむがいい」
 言うなり、デコトランは例のコマルダーボールを取り出した。
「生まれ出でよ、コマルダー!」
 コマルダーボールを、杉の木の一本に投げつける。
 ボールが割れ、中から現れた黒い不定形の物質が木の中に沈み込むと、その杉の木はコマルダーとなる。
 両腕は葉のおおい茂った枝で、両足は枝分かれした太い根だ。
 そして胴体に当たる部分には、あのしかめ面が浮かび出ている。
 実はコマルダーボールの中身は暗黒エネルギーなのだ。
 暗黒エネルギーが、宿った機械をブラッチャーの肉体として再構成する原理を利用して、地球の物体をコマルダーに変えているのである。
<コマルダー!>
 杉の木コマルダーが咆吼する。
「さぁコマルダーよ、世界中の人間を花粉症にしてしまえ!」
<コマルダー!>
 さっそく杉の木コマルダーは、街へ現れた。
「な、なんだありゃ!?」
「杉の木のオバケ!?」
 道行く人々は、皆一様に杉の木コマルダーを見て驚く。
「やれ、コマルダー!」
<コマルダー!>

 バサッ、バサッ……

 杉の木コマルダーが両腕を振ると、そこから白みがかった黄色い粉が噴き出す。
 それはあっと言う間に周囲に広がっていった。
 瞬く間に、街は黄色いかすみに包まれてしまったのだ。
 その途端――
「ハックション! ハックション!」
「フェックシュン!」
「グスグス……グシュン!」
 街の人々が次々とクシャミし始めたり、涙をボロボロ流し始めたのだ。
 コマルダーが振りまいた花粉は、暗黒エネルギーの作用によって通常の花粉の何倍もの威力になっていた。
「はっはっはっはっは! どうだ人間共。花粉症で不幸になるがいい!」
 上空から街の混乱を見下ろしながら、デコトランは満足そうに笑っている。
 そこへ、
「そこまでだ、ブラッチャー!」
「なに!?」
 猛スピードで走って来たのは、シルバーに塗装されたスバル・インプレッサWRXだった。
 乗っているのはタクヤとミズキだ。
 そう、駆けつけてきたのはただのインプレッサではなく、ヒカリアン・ライトニング インプレッサなのだ。
「ヒカリアン、チェーンジ!」
 インプレッサの車体が発光したかと思うと、車両前部が分離し、空中でヒカリアンに変形する。
 タクヤとミズキは、分離した車体後部の横に転送されていた。
「ライトニング インプレッサ、只今到着! 悪いことはさせないぞ、ブラッチャー!」
 早々にヒカリアンに発見されたデコトランだったが、その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
「ふふん。やって来たな、ヒカリアン。飛んで火に入る夏の虫だ! やれい、コマルダー!」
<コマルダー!>

 バサッ、バサッ!

 杉の木コマルダーが腕を振り、インプレッサに花粉を振りかける。
「ん? 何だ、この粉……ハックシュン!」
 花粉を被ったインプレッサが、突然クシャミを出し始め、さらには目からも涙をボロボロと流し出したのだ。
 要するに花粉症にかかってしまったのである。
「な、何で……僕達が花粉症にかかるなんて……ふぇっくしょん!」
「ふははははははは! どうだヒカリアン! このコマルダーの花粉は、お前達ヒカリアンにも有効なのだ!」
 マスクごしの為くぐもった笑いを響かせるデコトランを、インプレッサは悔しそうに見上げる。
「コマルダーよ、あのヒカリアンをクズ鉄に変えてしまえ!」
<コマルダー!>

 シュパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!

 杉の木コマルダーが両腕を突き出すと、そこから杉の葉の形をした手裏剣がマシンガンのように発射された。
「うわっ!」
 インプレッサはとっさに転がって避けた。
<コマルダー!>
 杉の木コマルダーは間髪入れず、葉っぱ手裏剣を連射してくる。

 シュパパパパパパパパパパパパパパパパパッ!

 インプレッサはごろごろと地面を転がるばかりだ。
 インプレッサが転がっていった後に、葉っぱ手裏剣が次々と刺さっていく。
「くっ……この花粉を何とかしないと、勝ち目は……フエックション!」
 反撃しようにも、クシャミと涙で思うように動く事さえままならない。
「インプレッサ……」
 タクヤとミズキは、その様子を心配そうに見守っている。
 彼らの目にも、インプレッサの不利は明らかであった。
 デコトランが勝ち誇ったように笑う。
「ふふふ、勝負あったな。コマルダー、とどめだ!」
<コマルダー!>
 杉の木コマルダーが足を振り上げた。
 一気に踏みつぶしてしまおうというのだ。
「インプレッサ!」
 タクヤが叫ぶ。
 だが、運命の女神はインプレッサを見捨ててはいなかった。

 ピカァァァァァァァァァァァッ!

 上空から、まばゆい二つの光が飛んできたのだ。
「なっ、何ぃ!?」
「あれは……」
 光はそれぞれ、近くに止めてあった真っ赤なランボルギーニ・カウンタックLP500Sと、濃いグリーンのジープに飛び込む。
「ヒカリアンチェーンジ!」
 二台の自動車が、同時に光を放って変形する。
「ライトニング カウンタック!」
「ライトニング ラングラー!」
 タクヤ達もデコトランも、その光景を驚きの目で見ていた。
「新しい、ヒカリアン……?」
「すごい……」
「待たせて悪かったな、インプレッサ」
「カウンタック、ラングラー! ……ハクション!」
「今その花粉を何とかしてやるぞ。オフロード・シャワー!」
 ラングラーの掌から光のシャワーが噴き出す。
 すると、その辺りを漂っていた花粉が瞬く間に消え失せたのだ。
「しまった!」
 デコトランが叫ぶ。
「もういっちょ!」
 今度はインプレッサに向けて、光のシャワーが照射された。
 ラングラーのオフロード・シャワーは、花粉に苦しんでいたインプレッサをも元通りにする。
「ありがとう、ラングラー」
「いいって事よ♪」
 ラングラーはウインクと共に、ピッと親指を立ててみせた。
「それと、おまけだ!」
 デコトランの方を振り返ったラングラーが、杉の木コマルダーの葉っぱ手裏剣を地面から一枚拾って投げつける。

 ピッ!

 コントロールの利いた葉っぱ手裏剣は、デコトランのマスクのひもを見事に断ち切っていた。
 ハラリ、とデコトランの口からマスクが落ちる。
「き、貴様!」
「な〜に、オレの弟分を可愛がってくれた礼さ。遠慮せずにとっときな♪」
 相変わらず爽やかな笑みを浮かべたまま、ラングラーが言った。
 他方、カウンタックの方は杉の木コマルダーの方に向き直っていた。
「私達の仲間や地球の人達を苦しめたこと、許さんぞ!」
 カウンタックの右手にライフルが出現する。
「ガルライフル、フルスロットル!」
 声と共に、ライフルの基部が振動し、銃口に光が集まっていった。

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!
 バチッ、バチバチッ……

 次第に銃口は放電を始める。
「エレクトロ・シューティング!」
 引き金が引かれ、ライフルから稲妻状の光線が発射された。

 ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!

 稲妻は瞬く間に杉の木コマルダーを包み込む。
<コマッタァァァァァァァァァ!>
 電撃に包まれた杉の木コマルダーが悲鳴を上げる。
 稲妻が収まると、そこには元通りとなった杉の木が一本生えていた。
「くっ、またしても……おのれ!」
 デコトランは悔しそうに拳を握りしめると、その場から消え去った。
 コマルダーが倒された上、三体一の状況ならば、撤退する方が賢明だと考えたのだ。


 杉の木コマルダーが倒された事で、街をおおっていた花粉も、元通り綺麗サッパリなくなってしまった。
 街のあちこちから、花粉症から解放された人々の喜びの声が上がっている。
 戦いが終わり、インプレッサは改めてカウンタック達と再会を喜びあっていた。
「カウンタック、ラングラー、有り難う」
「なに、気にするな。仲間を助けるのは当然のことだからな」
「そ〜いう事♪」
 ラングラーが、またも爽やかな笑みを見せる。
 彼は言わば、インプレッサの兄貴分のような存在らしい。
 そしてカウンタックの方は、彼らのまとめ役、つまり隊長のような存在なのだという。
 カウンタックが言うには、ヒカリアン達はまだ数人が地球に向かっていたものの、時を超える際にまれに発生する“時空嵐”の影響で、到着に若干のタイムラグが出来てしまった、という事だった。
 前回、ヒカリアン星からの出発が遅刻気味だったインプレッサが一番早く地球に到着したのも、実はこういったところに理由があったりする。
「あっ、紹介するね。こっちは僕の友達のタクヤ君とミズキちゃん」
「私はカウンタックだ」
「オレはラングラー。よろしくな」
「おれ、潮見タクヤ。よろしく」
「鶯谷ミズキです。よろしくお願いします」
 タクヤ達とヒカリアン達は、改めて挨拶を交わす。
 新しいヒカリアンの物語は、まだまだこれからであった。

 さて、その頃。
「ブェックション! ハックション!」
 ムボウデーンに戻ったデコトランは、盛大にクシャミをしていた。
 どうやらラングラーからマスクをはずされた時、花粉症になってしまったらしい。
 バリバリッシュとビルドも、それを見て呆れていた。
「やれやれ、駄目じゃん」
「ハンマー……」
「ハックション! よくもやってくれたな、ヒカリアン共め……。覚えていろ、次回こそは……ブェックション!」
 お大事に。

To be continued.


戻る