ヒカリアン登場!


 無限に広がる大宇宙――
 なんて書き出せば、アニメファンからは
「お、『ヤ○ト』のパロディか!?」
 なんて言われそうだけど、実は全く関係ないのだ!
 ともかく、無限に広がっちゃったりする大宇宙。
 その中に、青く輝く星が一つある。
 地球だ。
 その地球に今、一つの小さな光の塊が向かっていた。
 流れ星ではない。その証拠に、その光から声が発せられたのだ。
「やばい、遅刻だ遅刻だ!」
 少年のような声であった。
 光の塊は焦ったような様子を見せると、青い地球に吸い込まれていった。

 ちょうど同じ頃、別の場所でもある出来事が起きていた。
 そこは上も下もない、広大な空間であった。
 周囲は黒い“もや”のようなものが渦巻いており、混沌とした場所だ。
 そして、そんな空間に岩で出来た島が、一つだけ浮かんでいた。
 大きさはちょっとした駅くらいはある。
 島の内部はホールのようになっており、黒曜石で出来た床、そしてこれまた黒曜石で出来た柱が立ち並んでいる。
 しかし天井は無く、上空には例の空間が見える。
 いわゆる“吹き抜け”になっているのだ。
 さらに、ホールには様々な調度品が並べられていた。
 決して派手ではなく、シックな雰囲気を醸し出している。
 その島の中央に、一人のロボットがいた。
 トラックのキャブ部分をディフォルメしたような身体に手足が生えた姿で、フロントガラスの部分が持ち上がって、そこから漫画チックな目が覗いている。
 目つきは凶悪そうだが、二頭身なその体型と相まって、どことなく愛嬌のある姿であった。
「アクジデント様、デコトラン、只今参りました!」
 トラックロボットが大声で、周囲のもやに向かって叫ぶ。
 その声に呼応するように、もやが集まって巨大な姿を成した。
 それはまるで、真っ黒な山のようである。
<デコトラン、よくぞ参った……>
 黒い山から底冷えのするような声が発せられる。
<いよいよ我ら“ムボウデーン”があの星を変革する時が来た。地球人達を恐怖と不幸に落とし入れ、あの星を我らが物とするのだ>
「ははっ!」
 デコトランは床にひざをつくと、アクジデントに向かって深々と頭を下げる。
 彼らは地球人を不幸のどん底に落とし、人類の精神を闇で蝕み未来を暗黒に閉ざしてしまおうと企むエネルギー生命体・ブラッチャーと呼ばれる種族の一集団だった。
<既にヒカリアン共も動き出しておる。ヤツらに邪魔をされてはならぬ>
 だが、デコトランには動揺する様子が無い。
 それどころか、顔には自信に満ちた笑みすら浮かべている。
「このデコトランにお任せ下さい! 必ずや人間共を、不幸のどん底に叩き込んでご覧に入れましょう!」
 そう叫んで立ち上がると、デコトランの姿がその場からかき消えた。

 でもって、場面はさらに地球に移る。
 21世紀を迎えてはや数年。
 しかし、人々の生活が劇的に変わる訳でもない。
 せいぜいビルが増えたり、携帯電話が小型化されたり、ゲーム機が多機能化されていった、といった位か。

 キーン、コーン、カーン、コーン……

 東京の、市街地からはちょっとばかり離れた場所にある小学校でベルが鳴っている。
 今日も授業が終わり、生徒達の下校時間が来たのだ。
 校門からは生徒達がランドセルを背負って出て行く。
 そんな中を、とびきり元気そうに走る少年の姿があった。
「急げよ、ミズキ。早くしないと遅れちまうだろ!」
 後ろを振り返りながら、少年が叫ぶ。
 快活そうな少年だ。
 元気いっぱいの象徴である半ズボンに、アウトドア風のベスト、さらに額には鉢巻きのようなバンドを巻いている。
 黒い髪を短く切りそろえていた。
「待ってよ、タクヤく〜ん!」
 少年より少し遅れて、彼のクラスメイトと思われる少女が走ってくる。
 少年とは対照的な、艶のある、白く長い髪を後ろでまとめており、少年とは対照的に見るからに大人しそうな少女だ。
 少女はようやく少年に追いつくと、両手をひざに添えて肩で息をする。
「もー、そんなに慌てなくても大丈夫よ。甚左(じんざ)さん、いつだって私達の分取っておいてくれるじゃない」
「わかってないなぁ、ミズキは。出来たてを食べるから美味しいんじゃないか」
「もう……」
 少女がほおを膨らませる。
 さて、読者の皆様は彼らが一体何の話をしているのかと疑問に思われただろう。
 ここでキャラクターの紹介も兼ねて、少し説明しておこう。
 少年の方は潮見(しおみ)タクヤ、少女の方は鶯谷(うぐいすだに)ミズキという名前で、近くの住宅地に住むごく普通の小学生だ。
 タクヤとミズキはそれぞれ家が隣同士、幼稚園の頃から一緒だという、非常に分かり易い幼なじみ同士であった。
 加えて彼らは小学校に入学し、今年5年生になるまでずっと同じクラスだったと言う、腐れ縁どころか有る意味年季の入った夫婦のような付き合いとなっていた。
「だっ、誰と誰が夫婦だよ!」
 あら、どうしたのかな、タクヤ君。
 微妙に顔が赤いぞ。
「気のせいだよ、気のせい!」
 はいはい……。
「タクヤ君……さっきから誰と話してるの?」
「あ、いや、何でもないって。ははははははは……」
「あ、そう……」
 話がそれたが、先程二人の会話に出てきた甚左とは、これまた彼らの近所にある惣菜屋の主人の事だ。
 少々強面ではあるが、その実子供好きで優しく、しかも彼の総菜は手作りで美味と評判が良かった。
 彼はたまに新しい総菜のメニューを開発しては、タクヤ達近所の子供達に試食を頼んでいた。
 今日もタクヤ達は甚左と総菜試食の約束をしており、それで先程の会話に至ったという訳である。
「って、こんな事してる場合じゃない! 早く行かないと!」
「あ、待ってってば〜!」
 タクヤはいちもくさんに駆け出し、ミズキも急いでその後を追うのだった。


 一方、市街地では――
 平日の昼間、しかもそれが東京ともなれば、街は慌ただしさに包まれている。
 道路には車が溢れ、歩道には外回りのサラリーマンを多数見つける事が出来る。
 そんな街中を、それほど高くないビルの屋上から見下ろしている者がいた。
 デコトランだ。
「ここが地球か……。なかなか染めがいのある星だな」
 そう呟きながら、デコトランはどこからか掌大の球体を取り出した。
 それは青みがかった黒い色をしており、しかめ面のような模様が描いてある。
 さらに、それはまるで生きているかのように脈打っていた。
「生まれ出でよ、コマルダー!」
 デコトランが球体を眼下にあった信号機に投げつける。
 球体が信号機にぶつかると、その表面が割れ、中から黒い不定形のスライムのような物体が現れる。
 そしてそれは、まるで沈み込むように信号機の中に入っていった。
 そしてその直後――

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 轟音と共に、信号機に変化が起こった。
 歩行者信号の部分が二本に増えて腕のように伸び、更に支柱の部分も下の部分で二又に分かれて足になる。
 赤、青、黄のランプがある部分は頭部になった。
 そして、胴体にあたる部分には先程の球体に描かれていたのと同じしかめ面のような顔が描かれた標識がついていた。
 なんと、信号機が5mほどのロボットになってしまったのだ。
<コマルダー!>
 ロボット化した信号機が叫ぶ。
「やれい、コマルダー! 人間共を不幸のどん底に叩き込むのだ!」
<コマルダー!>
 信号コマルダーの三つのランプから、黒い光線が発射される。
 それが周囲の信号機に命中すると、ランプが滅茶苦茶につき始めたのだ。
 その為、あちこちで混乱の叫び声があがる。
「どわーっ!」
「き、気をつけろー!」
「そっちこそ!」
 その光景を、デコトランは満足げに眺めていた。
「ふははははははは、いいザマだ。コマルダーよ、もっともっと人間共を不幸にしてやるのだ!」
<コマルダー!>
 信号コマルダーは返事をするように鳴くと、市街地の中心に向かって歩き出した。

「あ〜、うまいなぁ。良い仕事してるよ、甚左のおっちゃん」
 一方タクヤは、無事に甚左の新作にありつけたようだった。
 公園のベンチに座って笑顔満面。
 左手には紙袋を持って、右手にはかじりかけの揚げ物を持っている。
 それからしばらくして揚げ物を食べ終えると、タクヤは右手の指を舐め、口許をぬぐって立ち上がった。
「さてと、今日は何して遊ぶかな〜?」
 ちょうどその時だ。

 キラン!

 タクヤの上空で、何かが光った。
「なんだ、あれ?」
 それは流れ星のようにも見える。
 光はそのまま、市街地の方へ飛んでいく。
 デコトランとコマルダーが暴れている方向だ。
 しかし、こんな真っ昼間から流れ星が落ちて来るというのもおかしな話だ。
 同じ感想はタクヤも抱いていたようだった。
「何か面白そうだなぁ……行ってみるか!」
 タクヤは意を決したように、光の後を追って走り出した。

 市街地は混乱の極みであった。
 街中の信号がおかしくなり、交通が完全にマヒしてしまったのだ。
 さらに、
<コマ〜ルダ〜!>

 ビュァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 信号コマルダーの手にあたる歩行者信号から、赤い光線が発射される。
 光線は近くにいた男性を直撃した。
「うわっ! な、なんだ!?」
 男性はそのまま、その場で『気をつけ』をしてしまう。
「う、動けない……」
 被害はそれだけにとどまらず、同じように光線を受けた人々や動物たち、さらには車やバイクまで、直立不動の姿勢で固まってしまったのだ。
「ふはははははははは! どうだ人間達よ! これでお前達はどこへも行けまい! さあ、大事な約束や取引に遅刻して不幸になるがいい!」
 ……どうも、こいつの考えている事もどこかズレている。
 しかし、人々が困る事には違いなかった。
 あちこちから、
「今日は大事な会議なのに〜!」
 だの、
「デートに遅れちゃうわ〜!」
 だの、
「特売品が売り切れちゃう!」
 だのといった悲鳴が聞こえてくる。
「ふっ、楽勝だな。世界中を不幸で満たすのも、すぐだ……」
 デコトランが満足そうに笑みを浮かべた、まさにその時だった。

 キラン!

 先程の光の塊が、その場に飛来してきたのだ。
 思わずデコトランもそちらを向く。
「な、何事だ!?」
 光の塊は、そのまま近くに停めてあった銀色のスバル・インプレッサ WRXに衝突する。
 すると次の瞬間、驚くべき事が起こった。
 車体全体が光ったかと思うと、前半分が光を纏ったまま勢いよく外れ、空中に飛び上がったのだ。
 今度はドアが開き、そこから腕が生える。
 更に車体の下には足が出来、最後にフロントガラスの部分が持ち上がって、目が出来たのだ。
「もうやって来たのか、ヒカリアン!」
 デコトランが憎々しげに叫んだ。
 そこにいたのは、デコトランによく似た体型のロボットとなったインプレッサであった。
 彼こそ、今まで散々デコトラン達が口にしていたヒカリアンなのである。
「ライトニング インプレッサ! 只今到着!」
 が――
「……って、こんな事やってる場合じゃない! 遅刻だ遅刻!」
 インプレッサは滑稽なまでに慌てふためき、周囲を見回している。
 その様子に、デコトランも思わず汗ジト。
「な、なんだコイツは……」
 デコトランや信号コマルダーの存在に全く気づく事も無くキョロキョロしていたインプレッサだったが、ふと動きを止める。
「あれ、誰もいない……? て事は、僕が一番乗りだったんだ。な〜んだ、慌てて損した」
 今度は地面にノンビリと腰を下ろして一息つく。
 究極的に忙しいヤツだ、とその光景を目にしていた誰もが思っていたに違いない。
 デコトランもまた、その目まぐるしい一連の行動をしばらくポカンとした表情で見つめていたが、我に返るとコマルダーに指示を出す。
「今だ。やれ、コマルダー!」
<コマルダー!>

 ビュァァァァァァァァァッ!

 信号コマルダーから例の赤い光線が発射される。
 それは油断していたインプレッサに何の苦もなく直撃した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 インプレッサも他の人々と同様、気をつけの姿勢で釘付けになる。
「な、なに!?」
「ふはははははははは! 唐突なヒカリアンの登場に少し驚いてしまったが、何てことは無い見かけ倒しだったな!」
「お、お前は!」
 この時になって、インプレッサはやっとデコトラン達の存在に気づいたのだ。
「ブラッチャー! くそ〜、不意打ちなんて卑怯だぞ!」
 いや、あれだけ大暴れしていたデコトランとコマルダーに気づかないインプレッサもどうかと思うんですけど……。
 しかし、デコトランはそういうツッコミを入れる事もなく、得意そうに胸を張る。
「なんとでも言え! 勝てばいいんだよ、勝てばな! コマルダー、邪魔されないうちに、そいつをやっつけてしまえ!」
<コマルダー!>
 信号コマルダーが、歩行者信号の腕を振り上げる。
 危うし、インプレッサ!
 第一話にしていきなりやられてしまうのか!?
 だが、
「やめろーっ!」
<コマ!?>
「ん?」
 声が響き、信号コマルダーもデコトランも、思わず動きを止める。
 声の主はタクヤだった。
 光を追ってきたタクヤは、丁度インプレッサが停止させられたあたりで追いついてきたのだ。
 デコトランはタクヤを指さし、信号コマルダーに向かって叫ぶ。
「まだ動ける人間がいたのか。コマルダー、あの小僧も止めてしまえ!」
<コマルダー!>

 ビュァァァァァァァァァッ!

 信号コマルダーが、またも赤い光線を発射する。
 ところが、
「うわっと!」
 タクヤはその光線を転がって避けた。
 外れた光線は、タクヤの背後にあったビルのミラー窓に反射する。

 ビュァァァァァァァァァッ!

「へっ?」
 跳ね返った光線は、見事にデコトランに命中した。
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 デコトランも気をつけの姿勢で立ち尽くす格好となった。
 信号コマルダーの頭に、大粒の汗が一滴流れる。
<コマッター……>
「ば、バカ者! 早く何とかせんか!」
<コマルダー……。コマルダー!>

 ビュァァァァァァァァァッ!

 信号コマルダーは困ったように頭を掻くと、デコトランに向かって青い光線を発射する。
「あれは……そうか!」
 青い光線を見たタクヤは、すぐにそれが赤い光線の効果を解除する物であると見抜いた。
 彼は勉強面では平均点だったが、頭の回転は速い少年であった。
「よ〜し!」
 タクヤは固まっているいるインプレッサに体当たりを仕掛ける。
「うわっ!」
 よろけたインプレッサの所へ、青い光線が飛んできた。

 バリバリバリバリバリバリバリバリ……

「あわわわわわわわわわわわっ!」
 インプレッサは青い光線に包まれる。
 そして、
「あれ、動ける……」
 インプレッサに自由が戻ったのだ。
「やったね!」
 自分の読みが当たり、タクヤも思わずガッツポーズ。
 動けるようになったインプレッサは、怒りに燃える表情でデコトランとコマルダーを睨みつける。
「よくもやったな、ブラッチャー! エンジンガン!」
 叫ぶなり、インプレッサの手にエンジンと燃料パイプを模した銃が出現した。
「エンジン全開!」

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
 その内に、銃口には火がともっていた。
「ファイヤー・ストライク!」
 インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから炎のエネルギーが発射された。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 巨大な炎は渦を巻き、信号コマルダーを包み込む。
<コマッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!>

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 信号コマルダーの悲鳴が響き、大爆発が巻き起こった。
 爆煙が晴れると、そこには元に戻った信号機が転がっていたのだった。


 信号コマルダーが倒された事で、混乱していた信号機も、動きを止められていた人々も元に戻る。
 当然、デコトランも自由を取り戻していたが、インプレッサ達に見つかる前に、ビルの影に逃げ込んでいた。
 なかなか逃げ足は速いのだ。
「うるさいんだよ! おのれ、ヒカリアンめ。この借りは必ず返すぞ!」
 過去に幾度となく悪役によって使われてきた捨て台詞を残し、デコトランは消え去った。

 他方、戦いを終えたインプレッサはタクヤと話をしていた。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ」
 インプレッサは笑顔を浮かべてタクヤに右手を差し出す。
「僕、ライトニング インプレッサ。君は?」
「おれ、タクヤ。潮見タクヤ」
 タクヤも笑って右手を差し出した。
 二人は固い握手を交わす。
「宜しく、タクヤ君」
「うん!」
 今まさに、ヒカリアンと人間の新しい物語が幕を上げたのだ!

To be continued.


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