お月見空を守れ!



 夏の暑さも過ぎ、だんだんと涼しくなってきたある日のこと。
「お月見でもしないか?」
 唐突に言い出したラングラーに、一同はハテナ顔となる。
「お月見?」
「そう。丁度今夜は晴れだって天気予報でも言ってたしな」
 月見とは、満月など月を眺めて楽しむことで、観月(かんげつ)とも言う。
 具体的には旧暦の8月15日に月を鑑賞する行事で、この日の月は『中秋の名月』『十五夜』『芋名月』などと呼ばれる。
 またこの日には、団子やお餅、ススキ、サトイモなどをお供えして月を眺める。
 お月見の日がなぜ毎年違うのかというと、これは旧暦で行なう行事だからである。
 旧暦(太陰太陽暦)は、月の満ち欠けで日付を決めるもので、現行の太陽暦(グレゴリオ暦)とはシステムが異なる。
 そのため両者の日付には全く関連が無く、従って月見の日付(旧8月15日、旧9月13日)も年によって一定していないのだ。
 さらに中秋の名月は必ず満月なのかと言うと、必ずしも15日が満月になるとは限らない。
 だいたい13日から17日位までの幅を持っている。
 そして『中秋の名月』か『仲秋の名月』か。
 この二つの書き方はよく混同されているようであるが、『中秋』と『仲秋』は、それぞれにちゃんと意味がある。
 それではどちらが良いのか?
 辞書によると『中秋』は「秋を三分した中の秋。仲秋。秋の真ん中。陰暦八月十五日」とあり『仲秋』は「秋三箇月の中の月。即ち陰暦八月。中商。なかのあき。八月十五日を指す中秋は、これとは別の語」とある。
 つまり、お月見の日(旧8月15日)に見える月の場合は『中秋の名月』と書く方が良い訳だ。
 因みにヨーロッパでは、満月は人の心をかき乱し、狂わせるものであると言われ、月の女神が死を暗示したり、狼男が月を見て変身するというのは、その典型的な例で、とても月を眺めて楽しむという気分にはなれなかったようだ。
 と、話を元に戻そう。
「お月見か〜、面白そうだね」
 インプレッサは早速乗り気のようであった。
 とんとん拍子に話は進み、お月見団子――最初はタンクが用意しようとしたものの、周囲から全力で止められた――や、ススキなども各々が手分けして調達することとなった。

 場所は変わり、とある駐車場。
 バリバリッシュとサイディの二人が、周囲に停まっている自動車をあれこれ見て回っていた。
「兄貴、こんな所で自動車探してどうするんスか?」
 サイディがさっぱり分からない、といった顔をしてバリバリッシュに尋ねた。
 それに対し、バリバリッシュはニヤリと笑みを浮かべる。
「今回はよ、オレっち達も楽しんで、なおかつ人間達も不幸にする作戦を思いついたのさ」
「本当っスか!? さすが兄貴っス!」
 そして、バリバリッシュの足は一代のスポーツカーの前で止まる。
 それは、黒く塗装された日産スカイラインGT−Rだった。
「ひゅ〜、イカすスポーツカーっスねぇ」
「よし、コイツに決まりだ」
 そう言いながら、バリバリッシュはコマルダーボールを取り出す。
「生まれ出ろ、コマルダー!」
 叫ぶなり、バリバリッシュはコマルダーボールをスカイラインに投げつけた。
 衝撃でボールは割れ、中身の暗黒エネルギーがスカイラインに取り憑く。

 ズォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 見る間にスカイラインは、コマルダーに変貌した。
 外見はあまり変化は無いが、ヘッドライトが目、バンパーが口になり、二本の角が生えている。
<コマルダー!>
 スカイラインコマルダーが咆吼する。
「よ〜しコマルダー、ついてきな。ブラッチャール・チェーンジ!」
「ブラッチャール・チェーンジ!」

 ジャキィィィィィィン!

 バリバリッシュとサイディはサイドカーに変形すると、エンジンを吹かして走り出す。
 スカイラインコマルダーも後に続いた。

 ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

「やれ、コマルダー!」
<コマルダー! ブロブロブロ〜ン!>
 スカイラインコマルダーの排気筒から、真っ黒な排気ガスが吐き出される。
 その黒煙は、大気中に分散されることも無く、空へ昇っていく。
 よく晴れた青空は、だんだんと黒煙に覆われていった。
 そのさまは、まるで厚い雲が空に広がっていくようであった。
「兄貴、これが今回の作戦っスか?」
「その通り! オレっち達は心ゆくまま走って、その上真っ黒になった空で人間達は不幸な気分になる。なかなかクールだろ?」
「スゴイっス! やっぱり兄貴は天才っス!」
「そうだろそうだろ、さもありなん! ぬわっははははははははははははははははははははははははは!」
 二人は揃って高笑いをしていた。



 黒煙の情報は、月見の準備をしていたヒカリアンガレージにも入ってきていた。
「どうしたんだろ、急に空が曇ってくるなんて……」
 タクヤが不思議そうに言う。
 まだこの時点では、彼らがこの黒煙がコマルダーの仕業であることを知らなかった。
「ちょっと待って下さい。調べてみます」
 タンクは椅子に飛び乗るように座るとコンソールを操作し始めた。
「これは……みなさん、どうやらまた、ムボウデーンの方々の仕業のようですよ」
「なんだって!?」
 モニターに飛びついた一同が見た物は、道路を爆走するバリバリッシュ達とスカイラインコマルダーの姿だった。
「あいつらが、空を真っ黒に……」
「ひどい……」
 口々に感想を述べる。
 だが、もっとも怒り心頭に発していたのはラングラーであろう。
 彼は地球の自然を愛している。
 そんな彼にとって、青空を排気ガスで汚すという行為は、許し難いものであったのだ。
「あいつら……許せねぇ!」
 叫ぶなり、居ても立っても居られず基地から飛び出していった。
「あ、ちょっとラングラー待ってよ!」
 インプレッサ達が、慌てて後を追う。
 いつもとは逆の光景だ。
 ジープモードのラングラーを先頭に、インプレッサ、ランサーが後に続く。
「ラングラー、落ち着いてよ! そんなイライラしてたら、あいつらにやられちゃうよ!」
 インプレッサが叫ぶ。
 しかし、彼が思っていた以上に、ラングラーは冷静であった。
 彼は落ち着いた口調でインプレッサに返す。
「大丈夫だ。頭にはきてるけど、頭は冷えてる。オレの冷却器はバッチリ作動してるぜ!」
 それを聞いて、インプレッサとランサーはほっとため息をついた。
 こういうところは、やはり二人の兄貴分、と言った所か。
 ラングラーは一層スピードを上げると言った。
「さあ、早いところアイツらにお仕置きをして、今夜はお月見をするぞ!」
「うん!」
「OK!」
 三人は頷き合うと、バリバリッシュ達の方へ急いだ。

 一方、三人の接近は、バリバリッシュ達の知るところであった。
 それは何故か?
 実はバリバリッシュに搭載されているカーナビゲーションシステム『暗黒ナビ』で、ヒカリアン達の位置を掴んでいたのだ。
 これは通常のカーナビとしての使用の他、ロックした相手の位置や動向を、最大五人ほどまでの範囲でキャッチ出来るというシステムであった。
 ただし、その範囲は数キロ以内と、少々狭いが。
 閑話休題――
「兄貴、ヒカリアン達がこっちの動きに気がついたみたいっス! どうするっスか!?」
「な〜に、心配すんな。このコマルダーはオレっちの自信作なんだ」
 バリバリッシュは、自分の背後を走っているスカイラインコマルダーをチラリと振り返り、自信満々な口調で言った。
 コマルダーの素が暗黒エネルギーである事は既に述べたが、それが理由で、若干の差はあるものの、コマルダーには術者の性格や趣向などが少なからず反映される。
 誕生時、ボールを握るブラッチャー手から、その暗黒エネルギーが僅かに浸透するためである。
 さて、暗黒ナビが示した通り、バリバリッシュ達の前方にラングラー達の姿が見えてくるまで、時間はそうかからなかった。
「コマルダー、アイツらをブッ飛ばしちまえ!」
<コマルダァァァァァァァァァッ!>
 スカイラインコマルダーはアクセルをふかすと、ヒカリアン達の方へ突進していく。

 ブロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

「来るよ、ラングラー!」
「望む所だ! 二人とも、行くぞ!」
「了解!」
 インプレッサ達は、瞬く間に光を放ってヒカリアンの姿に変形する。
「ヒカリアンチェーンジ! ライトニング インプレッサ!」
「ヒカリアンチェーンジ! ライトニング ラングラー!」
「ヒカリアンチェーンジ! ライトニング ランサー!」
 それを見て、バリバリッシュ達も笑みを浮かべた。
「よし、オレっち達も行くぞ」
「了解っス!」
 バリバリッシュ達は、瞬く間に黒い光を放ってブラッチャーの姿に変形する。
「ブラッチャール・チェーンジ! ブラッチャール バリバリッシュ!」
「ブラッチャール・チェーンジ! ブラッチャール サイディ!」
 ヒカリアン達とブラッチャー達は、真正面から対峙する。
 先に飛び出したのはインプレッサだった。
「エンジンガン!」
 叫ぶなり、インプレッサの手にエンジンと燃料パイプを模した銃が出現した。
「エンジン全開!」

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
 その内に、銃口には火がともっていた。
「ファイヤー・ストライク!」
 インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから炎のエネルギーが発射された。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

「しゃらくせえ! 暗黒エネルギー、チャージ!」
 バリバリッシュの両腕に、暗黒エネルギーが集中していく。
「エキゾースト・スモッグ!」
 飛び上がったバリバリッシュの両手から、勢いよく黒煙が発射された。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
 ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

『ファイヤー・ストライク』と『エキゾースト・スモッグ』が激突する。
 二つの相反するエネルギーは凄まじい反応を起こし、大爆発が巻き起こる。

 ズガガガガガガガァァァァァァァァァァァァァァァン!

「くぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
 インプレッサ達もバリバリッシュ達も、すべて吹き飛ばされる。
「くっ!」
 ヒカリアン達は何とか体勢を立て直し、空中にとどまる。

 ドガッ!

 一方、スカイラインコマルダーの方はまともに地面に激突していた。
 機体を大きく地面にめり込ませる。
「ちっ……やりやがったな」
「よ〜し、今だ!」
 ランサーが、ドライブランスを出現させる。
「イグニッション!」

 シュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 ランサーのかけ声と共に、ドライブランスが青く波打つエネルギーに包まれていった。
 そして、エネルギーは周囲に水のように溢れていく。
 ウェーブ・インパクトの体勢だ。
 しかし、
「そうはいくかよ! コマルダー!」
<コマルダーッ!>

 バシュッ!

 スカイラインコマルダーから、前輪が外れて勢いよく飛んだ。
 タイヤは一直線にランサーに向かって飛んでいく。

 ドガァァァァァァァァァァァッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 タイヤの直撃をもろに喰らったランサーは、地面に投げ出されていた。
「ランサー!」
 インプレッサとラングラーが、慌ててランサーに駆け寄る。
 その隙に、スカイラインコマルダーは体勢を立て直していた。
 バリバリッシュが余裕に満ちた表情で叫ぶ。
「今日はこの辺にしといてやらあ! けど、次に会う時は日本中、いや、世界中を煙で覆っといてやるから楽しみにしてな! ブラッチャール・チェーンジ!」

 ジャキィィィィィン!

 バリバリッシュ達は変形すると、その場から走り去ろうとする。
「パ〜ラパラパラパラ〜!」
「パラパラ〜っス!」
<ブロブロブロ〜〜〜ン!>
 だが、その前に立ちふさがる影が居た。
 カウンタックとマスタングの二人だった。
「どこへ行こうというんだ!?」
「逃がさんぞ!」
「ちっ、このまま吹っ飛ばしてやる! やれコマルダー!」
<コマルダー!>
 スカイラインコマルダーは速度を上げると、二人に向かって突進していく。
 それに対して、マスタングは両腕を交差して、構えをとった。
「ぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
 そのまま気合いを込めると、両腕にエネルギーがスパークし始める。
「マスタングフラ――ッシュ!」

 ビュァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 気合いと共に、マスタングの腕から光線が発射された。
 光線は真っ正面からスカイラインコマルダーに命中する。

 ズドォォォォォォォォォォン!

<コッ……コマルダ〜〜〜……>
 大ダメージを受けたスカイラインコマルダーは、一気に失速してその場に停車する。
「ラングラー、今日はお前が決めるんだ」
 ウインクと共に親指を立てるカウンタックに、ラングラーも親指を立てて応えた。
「OK、隊長! サスペンションキャノン!」
 ラングラーの手に、サスペンションキャノンが現れた。
「エネルギー、チャージアップ!」

 ギュァァァァァァァァァァァ……

 サスペンションキャノンに、大地からエネルギーが集まっていった。
「グランド・バースト!」

 シュゴォワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 カノン砲から大地のエネルギーが発射された。
 エネルギーは地面を割って、スカイラインコマルダーに迫る。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

<コマッタァァァァァァァァァァァァァァッ!>
 力強いエネルギーが、スカイラインコマルダーのボディを打ち砕く。
 エネルギーが収まった時、そこには元の姿に戻ったスカイラインがきちんと停車していた。
「おい、うそだろ……」
 呆然とスカイラインコマルダーの最期を見ていたバリバリッシュだったが、ふと我に返ると撤退しようとする。
 しかし、その前にはカウンタックが立ちふさがっていた。
「私も少しは活躍しないとな。ガルライフル、フルスロットル!」
 声と共に、ライフルの基部が振動し、銃口に光が集まっていった。

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!
 バチッ、バチバチッ……

 次第に銃口は放電を始める。
「エレクトロ・シューティング!」
 引き金が引かれ、ライフルから稲妻状の光線が発射された。

 ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!

 稲妻は瞬く間にバリバリッシュとサイディを包み込む。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「最後に美味しいところを……」
「持って行ったっス〜〜〜!」

 キラン!

 鋭い一言を発しながら、バリバリッシュ達はお星様となった。



 スカイラインコマルダーが倒されたことで、空を覆っていた黒煙は消え、再び青空が姿を現した。
 インプレッサ達はお月見の準備のため、近くの河原にススキを取りに行くことになった。
 時刻は夕方を回り、太陽が西の空に傾きかけている。
「あ、タクヤ君、夕陽が……」
「……え?」
 タクヤはインプレッサが指さした方向を見つめる。
「夕陽が沈んでいくよ。ほら、空があんなに茜色に輝いて……」
「あ、本当だ。すごい夕焼け! ススキも金色に光ってるね」
 楽しそうに話すタクヤとインプレッサ。
 一方では、ミズキとランサーがすでに河原に降りていた。
「さぁ、ススキを採って帰ろう。月が昇る前にお団子の用意をしないと」
「そうね。甚佐さんも、『格別うまいの作っといてやる』ってはりきってたし」
 ミズキがクスリと笑い、ランサーも微笑み返す。

 そして……。
 甚佐の特製月見団子を三方(神社でお供え物とかを載せてある、木で出来た台)に盛り、ススキも綺麗に生けて、ヒカリアン達はお月見を開始した。
 浴衣を着てきたミズキはタクヤと並んで月を眺め、わずかに頬を染めている。
 タクヤもいつもとちょっと違うミズキの雰囲気に、多少ドギマギしているようであった。
 その少し横では、インプレッサ達が月見団子を味わっていた。
 早々と一つ目を飲み込んだインプレッサは、2つ目に手を伸ばす。
 が、
「んぐぅ!?」
「馬鹿! ちゃんと噛んでから飲み込めっていつも言ってるだろ!」
 目を白黒させて胸元を叩くインプレッサに、ラングラーが慌ててお茶の入ったコップを手渡した。
 インプレッサがそれを受け取って、一気に流し込む。
「けほっ……」
「驚かせるなよ。ほれ、もう一杯飲んどけ」
 そう言って急須を差し出し、コップにお茶を注ぐ。
「まったく、インプレッサったら……」
 ランサーもインプレッサの慌てっぷりに苦笑していた。
「これ……苦いね」
「濃い茶だしな。玉露なんだから味わって飲めよ」
 そう言われて、2杯目はゆっくりとのど元に通す。
 口の中で緑茶特有の苦味が広がってインプレッサは顔をしかめた。
「やっぱり苦い……」
「団子が甘いからこれはこれでいいんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなの♪」
 ラングラーはいつもの爽やかな笑みを浮かべる。
 こうしてヒカリアン達の、地球に来て初めてのお月見は、大成功の内に幕を閉じるのであった。

To be continued.


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