最後の夏休み?



 夏休みのある日。
 タクヤとミズキは、非番のインプレッサ、ラングラーと共に、山にキャンプに来ていた。
 こういう時には、オフロードカーであるラングラーは特に張り切る。
 虫取りや川遊びなど、いつもより明らかに張り切っていた。
「いいか? ペットボトルをこうやってだな……」
 1リットルペットボトルの上の部分を切り取り、上下逆にして付け替えて水に沈める。
 ボトルの中には、釣りで使う練り餌が入っていた。
「これでしばらく放っておくと、魚が入ってるんだぜ♪」
「へぇ〜……」
 続いて、ラングラー達は森に入っていく。
 森の中はひんやりと涼しく、木々の間から差し込む木漏れ日によって、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 ラングラーはしばらくあれやこれやと木を眺めていたが、ふと、ある木の前で足を止める。
「この木にするかな……」
「?」
 タクヤ達もインプレッサも、顔に「?」を浮かべてラングラーの行動を見守っていた。
 ラングラーは懐から何か液体の入った小瓶を取り出すと、はけで液体を木に塗り始めた。
「ラングラー、何やってるの?」
「砂糖水を塗ってんだよ。こうすると、明日の朝にはカブトムシが来てるんだ♪ 焼酎とかでも代用出来るけどな」
「ラングラーって、物知りなのね」
 タクヤとミズキは、ラングラーを尊敬の眼差しで見ている。
「それほどでもないさ♪」
 ラングラーは照れたように僅かに顔を赤くすると、ポリポリと頭を掻いた。

 一方――
「あっち! あっち〜……」
「ホントっスね〜……」
 バリバリッシュとサイディが、汗だくになって街中を歩いていた。
 彼らは新たな作戦のネタを探しに、地球に出てきていたのだ。
 真夏の太陽はギンギラギンと輝き、容赦なく地上を照らす。
 特に彼らの黒いボディは、直射日光を吸収してすごい事になっていた。
 彼らの全身からは滝のように汗がボタボタとこぼれ落ち、アスファルトに蒸気をあげさせる。
「だいたい、何でこんな季節にこんなペイントしてなきゃならねぇんだよ!」
 耐えかねたのか、バリバリッシュが叫んだ。
「しょうがないっスよ。オイラ達、ブラッチャーなんですから……」
 サイディがなだめるように言った。
 そこへ、

 ミ〜ン、ミン、ミン、ミン、ミ〜〜〜ン……

「なんだ?」
 バリバリッシュが見上げると、近くの木にとまっていたセミが鳴いていたのだ。
 今はセミも絶好調で鳴いてる季節であるし、当然と言えば当然である。
 が、あまりの暑さに完全にヒートアップしていたバリバリッシュ達は、思わず叫んでいた。
「ああーっ、もううるせえ! ミンミン鳴くな、暑苦しい!」
「耳が割れるっス〜!」
 だが、バリバリッシュはふと、自分が言った言葉に「はっ」となる。
「待てよ。うるさい、暑苦しい……?」
 バリバリッシュは繰り返すと、ニヤリと微笑んだ。
 不思議に思ったサイディが、バリバリッシュの顔を覗き込む。
「どうしたっスか、兄貴?」
「ふっふっふっふっふ。思いついたのさ。今回の作戦が」
「さすが兄貴っス! この暑さでも、頭はクールに働いてるっスね!」
「その通りよ! ふははははははははははは……は」
 高笑いをしていたバリバリッシュは、ふんぞり返ったままの姿勢から突然ひっくり返る。
 それを見たサイディは、突然の事にびっくり仰天。
「あ、兄貴! 一体どうしたっスか!?」
 サイディが駆け寄ってバリバリッシュを抱え起こすと、彼は脱水症状で完全に目を回していた。
 ……そりゃあこの炎天下で、長時間暑い格好(カラーリング)してりゃあねぇ……。

 でもって、場面はさらに変わる。
 とある牛丼屋。
 席の一つで、特盛りの牛丼を何杯も平らげている客が居る。
 そう、勿論マスタングだ。
「ぷはぁ〜っ、やっぱり牛丼はうまいのう!」
 ようやく箸を休めて、湯飲みでお茶をすする。
 そんなマスタングを、テーブルの向かい側に座っているランサーは苦笑いを浮かべて見ていた。
「よくそんなに入るねぇ。見てるこっちがお腹いっぱいになっちゃうよ」
「わははははは、腹が減っては戦は出来んと言うではないか。これも地球の平和を守る活動の一環なのだよ」
「ど〜だか……」
 ジト目でマスタングを見るランサーだったが、そんな彼の耳に、セミの鳴き声が聞こえてきた。
「セミかぁ。夏ももうすぐ終わりだなぁ。タクヤ君達は今頃はラングラーとキャンプ中だっけ……」
 物思いにふけるランサーだったが、そのセミの鳴き声が徐々に大きくなっていく。

 ミ〜ン、ミ〜ン、ミ〜ン、ミ〜ン……!

「えっ……?」
 次の瞬間、

 バリィィィィィィィィィィィィィィン!

 牛丼屋の窓ガラスが砕け散ったのだ。
「な、なんじゃ!?」
 慌ててマスタングとランサーは、店から飛び出す。
 周囲では人々が慌てふためいて逃げまどっていた。
<コマルダー!>
 二人が見た物は、数メートルに巨大化した、セミのコマルダーだったのだ。
<コマルダー! ゼミミミミミミ――ン!>

 セミコマルダーは、大きな鳴き声と共に羽を振るわせる。
 その振動が周囲に伝わると、地面や建物の壁にはヒビが入り、青々と茂った木からは葉が落ち、電柱はヘシ折れた。
 ランサー達は思わず耳を塞ぐ。
「な、なんて大音量だよ……!」
「おわーっ、耳が痛い!」
「どうだ、ヒカリアン!」
 セミコマルダーの前に、バリバリッシュとサイディが現れる。
 ちなみに何故バリバリッシュ達が平気なのかと言うと、二人して耳栓をしているからだった。
「この暑苦しい中、コイツの鳴き声は最高にキクだろ!」
 だが……
「え?」
「何じゃ?」
 ランサーもマスタングも、そろって聞き返す。
 セミコマルダーの鳴き声が大きすぎて聞こえないのだ。
 耳栓をしているバリバリッシュ達も、ランサー達の仕草で彼らが聞き返してきた事は理解する。
「いや、だからな、この暑い中、コイツの鳴き声はキクだろって……」
「え?」
「何じゃ?」
 らちがあかないと考えたのか、バリバリッシュはセミコマルダーの方を振り向いて怒鳴る。
「あ〜っ、もう! コマルダー、ストップだストップ! 鳴くのを止めろ」
<コマルダー>
 セミコマルダーは鳴くのを止めた。
 ようやくそこは静けさを取り戻す。
 ランサーは改めてバリバリッシュに問いただした。
「で、なんだって?」
 バリバリッシュは「コホン」と咳払いをひとつすると、耳栓をはずして言った。
「だからな、この暑い中、コイツの鳴き声はキクだろって事よ」
「騒音で人々を不幸にする作戦っス!」
「何て迷惑な作戦を考えるんだよ!」
「そんな事、私達が絶対にやらせんぞ!」
 二人は身構えるが、バリバリッシュ達は再び耳栓をすると叫ぶ。
「そっちこそ、邪魔はさせねぇよ! やっちまえコマルダー!」
<コマルダ〜〜〜! ゼミミミミミミ――ン!>
 セミコマルダーは再び羽を振るわせて、マスタング達に襲いかかる。
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「み、耳が〜っ!」
 二人は耳を押さえて苦しむ。
 そこへ、

 ガッシャァァァァァァァァァァァァァァァン!

 セミコマルダーが、二人に強烈な体当たりを喰らわせた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 二人は吹っ飛ばされ、地面に投げ出される。
「いいぞコマルダー! よし、このまま人間共を不幸にして回るぞ!」
<コマルダー!>
「ま、まて……!」
 ランサー達はよろよろと立ち上がり、バリバリッシュ達を追おうとする。
 しかし、
<コマルダ〜ッ!>

 バシャッ!

 空中からセミコマルダーにおしっこをかけられてしまった。
「おわっ! 汚い……!」
「最低……」
 二人はショックでそのままひっくり返ってしまうのだった。
 因みにセミのオシッコははほとんど水の便で、有害物質はほぼ含まれない。
 また、俗に「捕まえようとした仕返しにオシッコをかける」などと言われるが、実際は飛翔の際に体を軽くする為という説や、膀胱が弱いからという説もある。
 これは体内の余剰水分や消化吸収中の樹液を外に排泄しているだけで、別に外敵を狙っているわけではない。
 そのため、セミは飛翔時だけでなく、樹液を吸っている最中にもよく排泄する。
 ひっくり返ったランサー達に、バリバリッシュ達は腹を抱えて大笑いしていた。
「はっはっはっはっは! それじゃあばよ、ヒカリアン共! ブラッチャール・チェーンジ!」

 ジャキィィィン!

 バリバリッシュとサイディは、サイドカーに変形し、セミコマルダーと共に走り去った。
「パ〜ラパラパラパラ〜!」

「う〜む、セミのコマルダーか……」
 ほうほうの体で帰ってきたマスタング達から話を聞いて、カウンタックは考え込む。
「あの音さえ何とかなれば、衝撃波には対処も出来るんだけど……いたたた」
 ランサーはそのまま、痛みに顔をゆがめてうずくまる。
 しばらく考え込むカウンタックだったが、ふと、何か閃いたように手を叩いた。
「そうだ! 音を防ぐいい方法がある」
「本当!?」
「さすが隊長。さっそくラングラー達も呼び戻しましょう」
 が、司令室の通信パネルを操作しようとするタンクの手を、カウンタックは押しとどめた。
「いや、待つんだ。インプレッサ達は呼び戻さなくていい。折角夏休み最後の思いで作りに行ってるんだ。邪魔をする訳にはいかないだろう? 私一人で行く」
「待ってよカウンタック! いくらカウンタックでも一人じゃ……」
「そうじゃ! 私達も行くぞ」
「いや、ダメだ。君達はまだ、ダメージが全快していない。リペアが済むまで出撃は控えるんだ」
「しかし……」
「これは隊長命令だ!」
 カウンタックが叫び、思わずランサー達は身を固くする。
「出撃は完全に傷が治ったらでいい。それまでは、私が何とかする!」
 言い終わるとほぼ同時に、カウンタックは基地から出て行った。

 その頃、街は混乱に陥っていた。
 人々はコマルダーの鳴き声で次々とひっくり返り、建物や地面はボロボロになっていく。
 バリバリッシュ達は、その光景を満足そうに見つめていた。
「兄貴、今回は上手くいきそうっスね!」
「フフン、クールなオレっち達の勝利よ」
「待て!」
「ん?」
「これ以上お前達の好きにはさせんぞ!」
 二人が見ると、カウンタックが前方でガルライフルを構えて立っていたのだ。
「ほう、隊長さん自ら出てくるたぁ、精が出るな。コマルダー、あいつもヤキ入れちまいな!」
<コマルダ〜ッ!>
 セミコマルダーは、カウンタックに向けて巨大な鳴き声を上げる。
 が、カウンタックはそれをものともせずに突っ込んできたのだ。
「何っ!?」
「どうなってるっスか?」
「喰らえ!」

 ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!

 カウンタックがガルライフルを連射し、電撃を帯びた弾丸がバリバリッシュ達を襲った。
「ちっ!」
 慌ててバリバリッシュ達は銃弾を避ける。
「不思議そうだな、ムボウデーン。何故私が何ともないか、教えてやろう。聴音回路を切ってるんだ! これなら音に悩まされる事も無い!」
「ちっ、考えやがったな。さすがは隊長、結構クールじゃねぇか……」
「兄貴、感心してる場合じゃないっスよ!」
「なぁ〜に、しょせんはアイツ一人だ。恐れる事はねぇよ。よし、いくぜサイディ!」
「合点っス!」
「エキゾースト・スモッグ!」
「ホイールアタック!」
 バリバリッシュとサイディは、カウンタックに向けて必殺技を放つ。
「おっと!」
 間断のない敵の攻撃を、常人を遙かに超えた動きでカウンタックはかわしていく。
 少しだけ <まずいな……> という表情になるが、それも一瞬の事だ。
 この状況を冷静に分析している。
 彼の得た結論はこのまま逃げ回っていれば、多勢に無勢、やがては敗北という厳しいものだった。
 が、的を射ている。
 ただし――ただしである。
 彼にはまだ“奥の手”があった。
 カウンタックはその奥の手を使う準備を、バリバリッシュ達に気づかれないように進めていた。
「ふう……なかなかこりゃ大変だな」
 自分自身に苦笑しながら、カウンタックは小さな声で呟いた。
 しかし、逃げ回りながらも彼の準備は整いつつあった。
 そして、遂にその瞬間が訪れたのだ。
 バリバリッシュ達が、ガルライフルの弾丸の直線上に並ぶ。
「今だ!」
 カウンタックは、バリバリッシュ達にガルライフルを向けた。
「エレクトロ・シューティング!」

 ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!

 ライフルから稲妻状の光線が発射される。
「なっ、何だと!?」
 バリバリッシュが驚いたように叫んだ。
 カウンタックは、彼らに気づかれないようにガルライフルにエネルギーを充填していたのだ。
 これで一気に勝負が決まる――筈であった。
 だが。
<コマルダー!>
 セミコマルダーがバリバリッシュ達の前に躍り出ると、羽で電撃を防いだのだ。
「なっ、そんな……」
 カウンタックは愕然となった表情で膝をついた。
「苦肉の一発芸も茶番に終わったらしいな。覚悟しろ、隊長サン」
 バリバリッシュは両腕をカウンタックに向ける。
「くっ……」
 だが、運はまだカウンタックの味方であった。
 赤い銃弾が飛んできて、バリバリッシュ達の前方に命中したのだ。
「どわっ!」
「!?」
 カウンタックが銃弾の飛んできた方を見ると、そこにはインプレッサとラングラーが立っていたのだ。
「インプレッサ、ラングラー! お前……達」
「水くさいぜ、隊長♪」
「そうだよ! 僕達みんな仲間じゃない!」
 そんなインプレッサ達に、カウンタックは嬉しそうに微笑んだ。
「ちっ! 今更お前らが出てきたところで、状況は変わんねぇよ!」
「そいつはどうかな!?」
 ラングラーが右手を挙げる。
 その開いた掌に、光が集まっていった。
「いくぜぇ……ヒーリング・シャワー!」
 同時に振り下ろした掌から、虹色に輝く光のシャワーが発射された。
 虹色の光線は、セミコマルダーを包み込む。
<ホワホワ〜……>
 セミコマルダーは気持ちよさそうな表情になって光の粒子と化していった。
 光が晴れると、そこには元に戻ったセミが飛び去っていくのだった。
「げっ!」
 バリバリッシュの目が、驚愕のために見開かれる。
 さらに、
「エンジンガン!」
 叫ぶなり、インプレッサの手にエンジンガンが出現した。
「エンジン全開!」

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
 その内に、銃口には火がともっていた。
「ファイヤー・ストライク!」
 インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから炎のエネルギーが発射された。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 巨大な炎は渦を巻き、バリバリッシュ達に迫った。
 炎はバリバリッシュとサイディを包み込む。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 大爆発が巻き起こった。
「クールじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
「覚えてるっスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 ズタボロになりながら、バリバリッシュとサイディはお空のお星様になるのだった。



 戦いの後、インプレッサ達は改めてキャンプを楽しんでいた。
 カウンタックの計らいで、彼らの夏休みも一日延長される事になった。
「わっ、オシッコひっかけられちゃった!」
 網で木にとまっていたセミを捕まえようとしたインプレッサが悲鳴を上げる。
「ははは、貸してみな♪」
 ラングラーは巧みな手つきで、セミを捕まえる。
 セミの動きを予測しての、見事な手さばきであった。
「セミが逃げる方向を考えて網を振りゃいいんだよ。ほら♪」
 差し出したラングラーの手から、セミが飛び立つ。
 飛び立ったセミは、夕陽に向けて飛んでいくのだった。

To be continued.


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