海水浴旅行は危険がイッパイ



 夏である。
 何を今更、と言われるかも知れないが、とにかく夏だ。
 学生は夏休みのまっただ中だし、セミはあっちこっちで鳴きまくってるし、ニュースをつければ海外旅行だの避暑旅行だのの話題でもちきりな位に夏だ。
「どうしたの、いきなり?」
 いや、今まで夏らしい話を全然書いてなかったから、改めて夏であるという事を強調しとこうかなと思って。
「今さら遅いんじゃないの……?」
 うるさいよ!
 とにかく、今回は夏らしい舞台を用意したので、そのつもりでいるように。
「はいはい……」
 む、何だよその目は。
「別に」
 ええい、とにかくだ!
 話を始めるぞ!



 ミーン、ミーン、ミーン、ミーン……

 セミが鳴いている。
 道路を歩けば日差しが眩しく暑く、ゆらゆらと陽炎さえ立ち上っている。
 季節はまさに『まつなっさかり』……もとい、『夏真っ盛り』であった。
 もっともヒカリアン達には夏休みなんてない。
 インプレッサ達も、今日も一日の仕事を終えて、ガレージに引き上げてきたところである。
 この時間にもなると、太陽もだいぶ西の方に傾いていて、涼しくなり始めていた。
 インプレッサは水のシャワーを浴びてメック・フルード(早い話が『機械液』)の汗とほこりを落とすと、ボディをタオルで綺麗に拭く。
 さてこれから自室でラムネでも飲みながら、クーラー浴びてゴロゴロしてようかな、と思った時だった。
「インプレッサ、いる?」
 タクヤが尋ねてきたのだった。
「ねえインプレッサ、今度、海水浴に行かない?」
「海水浴……?」
 インプレッサは顔に「?」を浮かべる。
 水上専門のアクアヒカリアンなどを除けば、好きこのんで自分のボディを水に漬ける者はヒカリアンでは珍しい。
 彼の友人であるランサーからは、良く『ウインド・サーフィン』とやらの話を聞いていたが、インプレッサ自身は全く海に行った事も無いのだ。
「甚佐のおっちゃんが、今度知り合いの人がやってる海辺の旅館に連れて行ってくれるって。それでインプレッサ達もどうかなって思って」
 タクヤの海に関する話を聞いている内に、インプレッサの目はキラキラと光ってきていた。
 海に対する興味が一つ。
 さらには、タクヤの誘いが嬉しかった事も原因の一つだった。
 しかし、その表情が突如曇る。
「どうしたの?」
「……行きたいけど、僕、仕事あるし……」
「気にする事は無いぞ、インプレッサ」
「えっ?」
 二人が声のした方を向くと、そこにいたのはカウンタックであった。
「すまないが、話は聞かせてもらった。ランサーも連れて行ってくるといい」
「いいの、カウンタック?」
「な〜に、マスタングも来てくれた事だしな。こっちの方は気にしないで、楽しんで来なさい」
 にっこりと笑ってカウンタックは言った。
 インプレッサは今度こそ嬉しさに飛び上がっていた。
「やったー!」

 場所は変わり、ムボウデーンの本拠地。
 いつものようにバリバリッシュとサイディが作戦を練っているところだった。
「兄貴、どうするっスか? もう三回も失敗しちゃったっスよ」
「なぁ〜に、まだまだこれからよ」
 バリバリッシュは余裕の笑みを浮かべたまま答える。
 彼ははっきり言って自信家な部分があった。
 もっともその自信も、数々の作戦成功によって築かれてきたものではあるのだが。
 と、その時である。
「ふふふ、相変わらずですねぇ……」
「ん?」
 部屋に入ってきたのは、頑丈そうな装甲を持つブラッチャーであった。
 全身は鉄板で覆われており、頭部は戦車の砲台の形をしていた。
 両肩のウイングにタイヤがついている事から、彼が装甲車のブラッチャーである事が分かった。
 顔には、にこにこと微笑みをたたえている。
「久しぶりですね、バリバリッシュ、サイディ君」
 彼こそが、ムボウデーン四天王最後の一人、ブラッチャール・アーマードであった。
 四天王の中でも最強と目されており、緻密な計画で相手を追いつめるという戦法を得意としている。
 さらに戦闘能力の方も一級品で、まさしく文と武を備えた男である。
「おめぇはアーマード! いつこっちに」
「つい先日ね。ところで、地球のヒカリアンは中々に手強いようですね。デコトランも敗れ去ったと聞きますが……」
「けっ、それもこれまでよ。すぐにオレっち達が、奴らをクールにぶっ飛ばしてやるさ!」
「成る程ね。ですが……実は私も彼らに興味がありましてね」
 そう言うと、彼はくるりとバリバリッシュ達に背を向けた。
「どこ行くんだ?」
「ちょっとご挨拶に」
 アーマードは、相変わらず笑顔のまま答えて出て行った。

 海までインプレッサ達に乗って1時間の旅。
 車内では皆、思い思いに過ごしたが、1時間だったからかそんなに長く感じはしなかった。
 浜辺の入り口へ降り立つと、潮の匂いが鼻をくすぐる。
「あ〜、気持ちいいね。やっぱ夏と言えば海でしょ!」
「そうね。暑いけど、とっても気持ちいい〜」
 ビーチに着くと、夏休みの時期という事で、かなりの人がすでに場所を取っていた。
「うわぁ、いっぱい人がいるね! 早く場所取りに……」
 インプレッサがそう言いかけると、甚佐がストップをかけた。
「ちょっと待った。こっちよりも隣の浜の方が少ないし、水も綺麗なんだよ」
「え? そうなの?」
 インプレッサが聞くと、甚佐は一同をその浜まで案内した。
 その浜は、歩いて10分少々のところにあった。
「ここだよ。あっちとちがって全面砂浜じゃないけど……水は綺麗だろ?」
 案内された浜は、人も少なく水も確かに綺麗だった。
 タクヤ達もインプレッサ達も、目を輝かせている。
 それからタクヤ達は近くにあった脱衣所で水着に着替え、浜辺にやって来る。
 インプレッサとランサーは、待っている間にパラソルを立てていた。
「お待たせ!……って、どうしたんだ、ミズキ?」
 タクヤが訝しげに、ミズキの方を振り返って言った。
 見れば、ミズキは脱衣所の入り口から顔を赤くして出てこようとしない。
「あの……ちょっと……恥ずかしくて……」
「あ〜、そうだっけ……」
 タクヤは思い出したように頭を掻いた。
 水泳の授業などでは大人数だから問題無かったが、ミズキはこういう場合、人より恥ずかしがる。
 そこで、タクヤは強硬手段に出る事にした。
「おれ達しかいないんだし、思い切って出てこいよ」
「きゃっ!」
 タクヤは少し強引に、ミズキの手を引っ張った。
 こうしていなければ、彼女はいつまでもその場で立ち往生していた事であろう。
「あの、タクヤ君……私、やっぱり……」
「大丈夫だって。可愛いじゃん、その水着」
「え、そうかな……」
 ミズキはますます顔を赤くしてうつむいた。
 インプレッサとランサーは、あからさまにジト目で二人を見ながら、パタパタと手であおぐ仕草をする。
「あ〜、暑い暑い……」
「本当……」
 それから、一同は海水浴を満喫していた。
 ランサーは得意のサーフィンを披露し、一同から拍手喝采を浴びる。
 インプレッサもタンク特製の防水スプレーを全身にくまなく噴射していたおかげで、全く問題なく泳いでいた。
 ただし、海に入るのは初めてだったので、浮き輪着用である。
 ミズキも遊んでいる内に、恥ずかしさも吹っ飛んだようであった。
 バレーボールにスイカ割り。
 遠泳競争と、一同はクタクタになるまで遊んだ。

 夕方の6時半くらいになり、日が傾いてきた頃、一同は甚佐の案内で、予約していた旅館へチェックインした。
 部屋に入って荷物を降ろし、次に何をするか考えたが、温泉があるというので、先に入浴する事となった。
「やっぱり旅館といえば温泉でしょ! 早く行こう!」
「そうだね。露天風呂もあるって書いてあるし、楽しそうだね」
 風呂場には、内風呂が3つあり、露天風呂も景色が眺められるようになっていて、とても綺麗な温泉だった。
「わ〜! 露天から外見られるんだ! 露天行こうよ、露天!」
 インプレッサは先程からからはしゃぎっぱなし。
 しかしながら、タクヤ達も楽しくなるのもわかるといった感じであった。
「ねね、タクヤ君、露天行こうよ〜!」
「いいよ、行こう!」
「あ〜、ボクもボクも!」
 インプレッサの誘いにのって、タクヤとランサーは露天風呂に入る事にした。
 因みにミズキは壁を隔てた反対側の露天風呂に入っている。
「ん〜〜、とっても気持ちいい〜。すっごく景色いいね」
「ホント。誘われて良かった」
 ランサーが湯船の中で大きくのびをする。
 一同は海水浴の疲れを温泉でゆっくりと癒していた。
 そんな彼らを、上空から眺めている者がいた。
 常に微笑みを絶やさない、装甲車型のブラッチャー……アーマードだ。
「成る程成る程、彼らがこの星のヒカリアンですか。それではと……」
 アーマードはコマルダーボールを取り出すと、海に向かって放り投げた。

 風呂から上がり、タクヤ達は浴衣を着込んで脱衣所で話していた。
 扇風機に当たったり、自販機で買ったサイダーを飲んだり――もちろん手は腰だ――している。
「さてさて、夕飯はどこで食べるのかな?」
「えっと、2階の食堂か部屋でだって。どっちにする?」
「う〜ん、どっちも一緒なのかな?」
「ミズキにも聞いてみるか」
 と、その時である。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 突然、旅館を振動が襲ったのだ。
「な、何!?」
 慌てて三人が外を見ると、そこには驚くべき光景が展開していた。
 海の一部が盛り上がっているのだ。
 いや、それは海ではなかった。
 顔が付いているのだ。
 しかもコマルダーの。
 それは海水で出来た、巨大なコマルダーだった。
 全高は50mを優に超える。
 全体的に海坊主のようなスタイルで、指は海藻で出来ている。
<コ〜マ〜ル〜ダァァァァァァァッ!>
 海水コマルダーが吼える。
 インプレッサとランサーは、急いで浴衣を脱ぎ捨てた。
「インプレッサ、ランサー!」
「タクヤ君達は、危ないからここにいて!」
「分かった、すぐガレージの方にも連絡入れるよ! 気をつけて!」
「うん!」
 タクヤを残して、インプレッサとランサーは脱衣所から飛び立った。
「何て大きいんだろう……」
 コマルダーの巨大さに、インプレッサは唖然となる。
 台風コマルダーも巨大ではあったが、核以外は風で出来ていた為、実際に肌で大きさを感じる事が出来る海水コマルダーはそれ以上の巨体に見える。
「こんなコマルダー、一体誰が……」
 ランサーが言いかけた時だった。
「初めまして、地球のヒカリアン」
 アーマードが二人の目の前に現れたのだ。
「お前は!?」
「わたくしの名はブラッチャール アーマード。ムボウデーン四天王の一人です。以後、お見知りおきを」
 アーマードは丁寧に頭を下げる。
 インプレッサも思わず釣られて頭を下げた。
「あ、どうも」
「って、何やってるの、インプレッサ!」
 思わずランサーがツッコミを入れ、それによってインプレッサも我に返った。
「あ……」
「四天王の一人だって?」
 ランサーは改めて、アーマードに問う。
 それに対し、アーマードは笑顔のまま答えた。
「本来ならば、バリバリッシュが出撃の権利を持っているのですが……先日こちらに来たばかりでしたので、今回はご挨拶に参りました。デコトランを撃破したというあなた方の力、試させていただきますよ!」
 言うなり、コマルダーが動く。
<コ〜マ〜ル〜ダァァァァァッ!>
 海水コマルダーが腕を振ると、無数の水滴が飛び散った。
 ただし一つ一つの水滴は非常に巨大で、当たれば大きなダメージを被るのは間違いない。
「くっ!」
「うわっと!」
 二人は慌てて水滴を避けた。
「こんな時、みんながいてくれたら……」
 ランサーが呟く。
 その声が天に届いたのか。
 ラングラー、カウンタック、マスタングが飛んできたのであった。
「インプレッサ!」
「カウンタック! みんな!」
「お待たせ♪」
「ひぇ〜、でっかいコマルダーだのう……」
 アーマードはヒカリアン達が揃ったのを見ると、ますます微笑みを強くする。
「お揃いですか、ヒカリアンの皆様」
「お前は?」
「ムボウデーンの四天王の一人だよ」
「なんだって!?」
 カウンタック達も、驚いてアーマードの方を見た。
「お揃いのようですので、改めて自己紹介させて頂きましょう。わたくし、アーマードと申します。この度地球へやって参りましたので、ご挨拶に伺いました」
「それは丁寧なこったな。じゃ、こっちも歓迎の挨拶だ!」
 ラングラーはサスペンションキャノンを取り出すと、海水コマルダーに向けて放つ。
 だが、その弾丸は海水コマルダーの内部に吸収されてしまう。
「なにっ!?」
「今度はボクだ!」
 ランサーがドライブランスで斬りつけるものの、傷はすぐに塞がってしまう。
 そもそも、コマルダーの巨体に対しては蚊に刺された程度にしか感じない。
「無駄ですよ、その程度の攻撃ではね。それでは、こちらも反撃と参りましょう!」
<コ〜マ〜ル〜ダァァァァァッ!>
 海水コマルダーが腕を振り、またも水滴を飛ばす。
「そんな大振りな技、あたるもんか!」
「そうでしょうか?」

 ドカン! ドガァァン! ドゴォォォン!

 アーマードが微笑むのと同時に、水滴が次々と爆発を起こしたのだ。
 油断していたヒカリアン達は、完全に不意打ちを食らう形となった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「海水にはナトリウムやマグネシウムなどが含まれています。このコマルダーはそれらに化学反応を起こさせ、起爆させる事が出来るのですよ」
 得意気にアーマードが語る。
「それなら、これはどうだ! ガルライフル、フルスロットル!」
 声と共に、ライフルの基部が振動し、銃口に光が集まっていった。

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!
 バチッ、バチバチッ……

 次第に銃口は放電を始める。
「エレクトロ・シューティング!」
 引き金が引かれ、ライフルから稲妻状の光線が発射された。

 ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!

「僕だって! エンジンガン、エンジン全開!」

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
 その内に、銃口には火がともっていた。
「ファイヤー・ストライク!」
 インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから炎のエネルギーが発射された。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 巨大な炎と稲妻は渦を巻き、海水コマルダーに命中する。
 ここで初めて、海水コマルダーは苦しそうな様子を見せた。
<コ……コ〜マ〜ル〜ダァァァッ!>
「思った通りだ! 海水は電気を良く通すし、水は火で蒸発する。私達の技なら通じるぞ、インプレッサ!」
 しかし、アーマードの表情から微笑みは消えていなかった。
「確かにあなたの考えた通り、海水コマルダーの弱点は電撃や火です。しかし、この巨大なコマルダーを倒すのに、あなた方のエネルギーは果たして足りますかねぇ……?」
 さも楽しそうにアーマードが言う。
 確かにいくら技が通じるとは言っても、これだけの巨大な相手に対しては焼け石に水かも知れない。
 さらに敵は、いくらでも海水を吸収して巨大化出来るのだ。
 ヒカリアン達の勝ち目は薄いように思われた――
 のだが、
「……果たしてそうかな?」
「何ですって?」
「お前の言う通り、私とインプレッサだけでは力不足かも知れない。しかし、私達には仲間がいる! みんな、行くぞ!」
「了解!」
 五人のヒカリアンは肩を組む。
 そして、インプレッサのエンジンガンとカウンタックのガルライフルにエネルギーを集中させた。

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 二人の銃の銃口に、虹色のエネルギーが集まっていく。
「ライトニング・スパイラルロ――ド!」

 ズバォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 二つの銃口から、赤と黄色の巨大な光線が発射され、空中で絡み合って一つの虹色に輝く光線が生まれた。
 それは海水コマルダーの暗黒エネルギーを一気に消失させる。
<コ……コマッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!>

 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!

 悲鳴を残し、コマルダーは元の海水に戻ったのだった。
 周囲に海水の雨が降る中、アーマードは面白そうに呟く。
「成る程成る程……。アクジデント様の仰った通りですね。これは実に興味深い」
 そのまま、ヒカリアン達が気づくよりも早く、その場から消え去っていた。



 無事にコマルダーも撃退し、一同はカウンタック達を加えて、改めて夏休みを楽しんでいた。
 結局夕食は食堂でとる事になったのだが、羽目を外したどんちゃん騒ぎが行われ、従業員に注意されないかと思う位だった。
「なぁなぁ、インプレッサ。なんか歌いなさいよぉ〜〜」
「そだそだ! 歌え歌え〜!」
 マスタングやラングラーなど、酔ってる面々は大騒ぎで拍手までしだした。
「こんなとこでやったら、迷惑だろう。だめだって!」
 カウンタックがたしなめるものの、二人には何処吹く風。
 この二人は翌日、カウンタックからの拳骨と二日酔いのダブルパンチで頭痛に悩まされる事になる。
 しかしながら、今回の旅行は、インプレッサ達にとって、忘れられない想い出となったのだった。

 所で、誰かお忘れではないだろうか?
 そう、あの人である。
「……で、結局私はお留守番ですか」
 ガレージでは、タンクがインプレッサ達を映したモニターを前に、仏頂面で頬杖をついてぼやいているのだった。

To be continued.


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