モーモー大パニック



 無限に広がる大宇宙……って、これじゃあ、第一話と書き出しが一緒だって!?
 わかった、わかった、わかりました。

 無限に広がっちゃったりしている大宇宙――

 これならいいでしょ!
 ともかく、無限に広がっちゃったりしている大宇宙。
 青く輝く地球に向かってくるものがあった。
 隕石ではない。
 光の球だ。

 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン……

 飛来した光の球は、そのまま地球に吸い込まれていった。

 その地球。ヒカリアンガレージでは……。
「モグモグ、ガツガツ……」
 インプレッサがテーブルに並べた牛丼の山を平らげているところであった。
 その様子を横から見ながら、タクヤが呆れたように苦笑しつつ言う。
「よく食べるね〜、インプレッサ」
「おいしいんだよ、今度出来たお見せの牛丼」
 インプレッサの机の上には、手を付けていない牛丼の袋がまだまだある。
 そんな机の上を見て、カウンタックがたしなめるように言った。
「そんなに食うといざという時動けなくなるぞ?」
「やだなぁ、カウンタック。腹が減っては戦は出来ない、だよ」
 カウンタックにそう答えつつも、ようやくインプレッサは箸を止める。
 机の上に並ぶ牛丼の空容器は、ざっと見ても十杯以上はある。
 ここまで来ると、インプレッサの小さな身体のどこにそんなに牛丼が入ったのだろうと逆に感心させられてしまう。
 それにしてもこの食欲、どこかの誰かさんに匹敵しそうな勢いだ。
「はぁ〜、食べた食べた」
 インプレッサは、そのまま床にごろりと寝転がった。
「食べてすぐ寝るなーっ!」
 生真面目なカウンタックは、インプレッサの行儀の悪さに思わず叫んだ。
「インプレッサ! 食べてすぐねると牛になりますよ」
 タンクも続けるが、どうにも論点がずれている。
 と言うか、科学者のタンクがそういう迷信を持ち出すとは……。
「やだなぁ、タンク。そんな迷信子供だって信じてや……」
 笑い飛ばしていたインプレッサだったが、

 ニョキ、ニョキニョキ……

「わーっ、角が生えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
 なんと、突然インプレッサの頭の両脇から角が生えてきたのだ。
 しかも牛の。
 これは本当に、タンクの言った通り食べてすぐに寝転がったせいなのか。
 と、その時だ。
「カウンタック!」
 ラングラーが血相変えて、ガレージに飛び込んできたのだ。
「大変だ!」
「こっちも大変だ! インプレッサが……」
「角が生えた人間が信号を無視して走り回ってる!」
「なにーっ!?」
 ラングラーがモニターのスイッチを入れると、果たして頭に牛の角を生やした人間達が、道路を走り回っている映像が映し出される。
 しかも牛のような鳴き声をあげながら。
 一同はその映像を見て驚くやら、呆れるやら。
「赤信号に向かって突っ込んでるんだよ!」
 映像を見ていたランサーが、気づいたように言った。
「まるで牛ですね……」
「牛……?」
 タンクの言葉に、ヒカリアン達やタクヤはゆっくりとインプレッサの方を振り返る。
 すると、インプレッサはブルブルと震えていた。
 見ると、目の焦点が合っていない。
「んもーっ!」

 ドガァァァァァァァァァン!

「何だーっ!?」
 興奮したインプレッサが、牛のような雄叫びを挙げてカウンタックに突進したのだ。
 その様子を見たラングラーは、驚いて叫ぶ。
「インプレッサ、お前まで!?」
 さらにランサーもカウンタックに向かって叫んだ。
「カウンタック、逃げて! カウンタックの赤いボディを狙ってるんだよ!」
 ランサーの言葉通り、インプレッサは再びカウンタックに向かって突進した。
「わーっ! よせ、インプレッサ!」
 カウンタックとインプレッサの追いかけっこを、半ば呆然と見ていたタクヤだが、ふと気づいたようにインプレッサが食べていた牛丼の器を拾い上げる。
「タンク、もしかして……」
「まさか、原因はその牛丼……!?」

 一方、街中。
「さあさあ牛丼が安いよ! うまいよ早いよーっ!」
 新しく出来たという牛丼屋に、人々が長蛇の列を作っていた。
 その値段、なんと二百円。
 う〜ん、『すき屋』より安い。
 ……っと、ってな事を言ってる場合じゃなかった。
 みる人間が見れば、その牛丼屋が怪しいのは一目瞭然であった。
 店の前で牛丼屋の格好をして呼び込みをしているのは、なんとバリバリッシュとサイディの二人なのだ。
「兄貴、大繁盛っスね」
 満員の店内を見回して、サイディが嬉しそうに言った。
 バリバリッシュも得意気に笑みを浮かべる。
「ふっふっふ、愚かな人間共め。みんな牛丼食って牛になっちまえ……」
 そう、これはムボウデーンの作戦だったのだ。
 人々を牛人間にして、社会を混乱させようという魂胆だった。
 そして、その作戦は成就しつつある所だった。
 と、その時だ。
「ダブルヒカリアンキーック!」

 ドゴッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 突如ランサーとカウンタックの跳び蹴りが決まり、バリバリッシュは派手に転がる。
「あ、兄貴!」
 サイディは慌ててバリバリッシュに駆け寄る。
 サイディに支えられながら、よろよろと立ち上がったバリバリッシュは、自分を蹴り飛ばした相手の姿を認めた。
「ヒカリアン!」
「バリバリッシュ、貴様の仕業だったのか!」
 カウンタックがビシッと指をさして叫んだ。
 その横では、ラングラーが興奮して走ろうとするインプレッサに縄を掛けて押さえている。
「ふっ、バレちまっちゃあしょうがねぇ!」
 バリバリッシュとサイディは、牛丼屋の衣装を脱ぎ捨てて戦闘態勢を取った。
「行くぜヒカリアン!」
 叫びながらバリバリッシュが取り出したのは、大きな赤旗であった。
「なんだ、あの赤旗!?」
「降参の印……?」
「そりゃ白旗だろ」
 口々に感想を言っているヒカリアン達だったが――

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……

 突如周囲を地響きが襲う。
「こ、この振動は……!?」
 バリバリッシュはヒカリアン達とは反対の方をちらりと見て微笑む。
「来たな、オレっちの牛人間達」
 砂煙を上げ、地響きを立てながら走ってきたのは、角の生えた人々の一団だったのだ。
 ヒカリアン達は目を見開く。
「ああーっ、牛人間の暴走だ!」
「喰らえヒカリアン! 『モウ(暴)走族』アターック!」
 バリバリッシュは赤旗を振って、牛人間達をヒカリアンの方へ誘導した。
 だが、牛化しているとは言え、ヒカリアン達が人々を攻撃出来るはずなどない。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ヒカリアン達は、なすすべ無く牛人間達に弾き飛ばされてしまった。
「みんな、しっかりして!」
 タクヤは吹っ飛ばされたヒカリアン達を抱き起こす。
「ははははははは、また会おうぜ、ヒカリアン! ブラッチャール・チェーンジ!」
「ブラッチャール・チェーンジ!」

 ジャキィィィィィィン!

「パ〜ラパラパラパラ〜!」
 バリバリッシュ達はサイドカーに変形すると、後部に赤旗を立てたまま走り去った。
 牛人間達もそれに続く。
「しまった、逃げるぞ!」
 慌ててカウンタックが叫ぶ。
「カウンタック、インプレッサに追いかけさせよう! 赤い物を追いかけるはずだよ!」
 ランサーは、そう言ってインプレッサの縄を手放す。
「行けーっ、インプレッサ!」
「んもーっ!」
 が、

 ドコォォォン!

 インプレッサは近くにあった郵便ポストに突っ込んでしまう。
 結局ヒカリアン達は、バリバリッシュ達を取り逃がしてしまうのであった。

「う〜む、モウ走族とは……」
「暴走族よりタチが悪いですね」
 ひとまずガレージに帰還したヒカリアン達は、タンクから手当を受けていた。
 タンクは改めてモニターに街の様子を映し出す。
「見て下さい、街のあらゆる赤い物に向かって突進しています」
 タンクの言うとおりだった。
 人々は赤信号やポストに始まり、消防車、パトカーのパトランプ、『止まれ』の道路標識――
 街の赤い物という赤い物に突進しまくっている。
「街は大混乱だよ……」
「ムボウデーンめ、許さないぞ!」
 いつの間に元に戻ったのか、インプレッサが拳を振り上げて叫んだ。
 しかし、頭にはまだ牛の角が残っている。
「インプレッサ、正気に戻ったのか?」
「赤い物を見なければ大丈夫だよ」
 インプレッサはVサインをして答える。
 よく見れば、インプレッサはサングラスをかけていたのだ。
 ラングラーがそれを見てポツリと呟いた。
「そんなでかいサングラス、よくあったな……」
 いやはや、まったく。
 そこへ、ランサーが血相を変えて飛び込んできた。
「カウンタック、バリバリッシュから手紙が!」
「インプレッサ、読んでみろ」
「うん。えーっと……」
 インプレッサはランサーから手紙を受け取ると、封を切って目を通す。
 だが――
「どうしたんだろう、暗くて読めない!」
「サングラスかけてるからだろーっ!」
 思いっきりボケをかますインプレッサに、思わずカウンタックはつんのめって叫んだ。
「そっか。そうだよね〜」
 インプレッサは笑いながらサングラスをはずす。
 カウンタックも苦笑いしていたが、一瞬の後「はっ」となった。
 そう、サングラスをはずしたという事は、インプレッサの目に真っ赤なボディの自分自身が映ることになる。
 という事は――
「んもお〜〜〜っ!」
「どわーっ!」
 再びインプレッサはカウンタックを追い回し始めた。
 インプレッサが落とした手紙を、タクヤが拾い上げて読む。
「みんな! これ、決闘状だよ!」
「なんだって!?」

 ヒカリアン達は、決闘状に書かれていた場所へと向かう。
「ヒカリアン・チェーンジ!」
 インプレッサ達は、瞬く間に光を放ってヒカリアンの姿に変形する。
「ライトニング インプレッサ!」
「ライトニング カウンタック!」
「ライトニング ラングラー!」
「ライトニング ランサー!」
「手紙に書かれてた場所だと、確かここのはずだけど……」
 地図を手にランサーが辺りを見回す。
 そこは東京ドームであった。
 が、どことなくおかしい。
 ドームの壁に、巨大な牛の頭の形をしたモニュメントが取り付けてあったのだ。
 これではまさしく……
「と、闘牛ドーム……?」
 汗ジトになってランサーは言った。

 中に入ると、そこにはバリバリッシュとサイディが待ちかまえていた。
「待ってたぜ、ヒカリアン!」
「バリバリッシュ!」
 バリバリッシュは不敵な笑みを浮かべると、例の牛丼とコマルダーボールを取り出す。
「生まれ出ろ、コマルダー!」
 叫ぶなり、バリバリッシュはコマルダーボールを牛丼に叩きつけた。
 衝撃でボールは割れ、中身の暗黒エネルギーが牛丼に取り憑く。

 ズォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 見る間に牛丼は巨大化し、コマルダーに変貌する。
 丼は胴体兼頭で、例のしかめ面が浮かんでいた。
 牛の角と、ひづめのついた腕、そしてやはりひづめのついた力強い両足が地面を踏みしめている。
 背部からは牛の尻尾が生えていた。
<コマルダァァァァァァァァッ!>
「お前らがコイツに勝てば、人間達を元に戻してやる。だが、お前らが負ければ、全員オレっちの舎弟になる。どうだ、この勝負受けるか!?」
 もちろんヒカリアン達の答えは一つである。
「分かった、勝負を受けてやる!」
「そうこなくっちゃぁな! よし、行けコマルダー!」
<コマルダーッ!>
 牛丼コマルダーは、闘牛よろしく地面を踏みならしてヒカリアン達に突進する。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!

「よーし、ここはオレが!」
 ラングラーが両腕を構えて、牛丼コマルダーに向かい合った。
<コマルダー!>

 ガシィィィィィィィン!

 自分より数倍巨大な牛丼コマルダーの突進を、ラングラーは受け止めた。
 ……かと思われたが、
「な、何!?」
 牛丼コマルダーはそのまま頭を跳ね上げ、ラングラーを跳ね飛ばしてしまったのだ。
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ラングラーは地面に投げ出される。
「ラングラー!」
「くそー……こうなったら全員で行くぞ!」
「おう!」
 ヒカリアン達は一斉に牛丼コマルダーに飛びかかる。
 しかし、次々と返り討ちに遭ってしまった。
「はっはっはっはっは! 圧倒的だな。勝負にもなってねぇ!」
「本当っス!」
 バリバリッシュ達は満足そうに高笑する。
 しかし、この時ヒカリアン達に大きな幸運が訪れる事になる。
「待て待てーい!」
「ん!?」
 バリバリッシュ達が振り向くと、ドームの入り口から白銀に塗られたフォード・マスタングGTが飛び込んできたのだ。
 しかも無人の。
 となれば、考えられる事は一つしかない。
「ヒカリアン・チェーンジ!」
 マスタングは光を放ち、ヒカリアンへと変形したのだ。
「ライトニング マスタング、参上!」
 マスタングは力強く見得を切る。
 彼は全身が、人間で言えば筋肉に覆われているような体型であった。
「ちぃっ、新しいヒカリアンか! やっちまえ、コマルダー!」
<コマルダーッ!>
 牛丼コマルダーは、マスタングに向かって一直線に突進する。
「危ない!」
 インプレッサは思わず叫んだ。
 しかし、マスタングは微動だにせず、牛丼コマルダーを迎え撃つ。
 その顔には自信に満ちた笑みまで浮かんでいるではないか。
<コマルダー!>
 牛丼コマルダーは、角を突き立ててマスタングに激突した。

 ガシィィィッ!

<コマッ!?>
「な、何だと!?」
「っス!?」
 牛丼コマルダー、バリバリッシュ、サイディの目が、驚愕のために見開かれた。
 何とマスタングは、牛丼コマルダーの突進を軽々と受け止めてしまったのだ。
 とてつもない膂力(腕の力のこと)であった。
「屁のつっぱりは……いらんですよ!」
 叫びながら、マスタングは牛丼コマルダーを投げ飛ばす。

 ズシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!

 土煙を上げて、牛丼コマルダーは地面に激突した。
「インプレッサ、今だ!」
「よーし。負けた牛は、ステーキだ! エンジンガン!」
 叫ぶなり、インプレッサの手にエンジンガンが出現した。
「エンジン全開!」

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
 その内に、エンジンガンの銃口には火がともっていた。
「ファイヤー・ストライク!」
 インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから炎のエネルギーが発射された。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 巨大な炎は渦を巻き、牛丼コマルダーを包み込む。
<コマッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!>

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 牛丼コマルダーの悲鳴が響き、大爆発が巻き起こった。
 爆煙が晴れると、そこには元に戻った牛丼が転がっていたのだった。
「くっそ〜、またしても……」
 逃げ出そうとするバリバリッシュだったが、その前にマスタングが立ちふさがる。
「よくも私の大好物を、悪事に利用してくれたのう! 絶対に許さんぞ!」
「ちっ、エキゾースト・スモッグ!」

 バシュゥッ!

 バリバリッシュの両腕から黒煙が飛び出すが、マスタングはそれを避け、バリバリッシュのボディを捉える。
「な、何すんでぇ!?」
 マスタングはそのまま、逆さまにしたバリバリッシュの頭を自分の肩口に乗せ、両足をつかんだまま空中高く飛び上がる。
「必殺、マスタング・バスター!」

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 凄まじい衝撃と共に、マスタングは尻餅をつくように地面に着地する。
 彼が着地した周囲は、その衝撃のすさまじさにクレーターのようになってしまっている。
「ぐはあっ!」
 マスタング・バスターの威力に、バリバリッシュは一発でのびてしまった。
 今の技は、衝撃で同時に首折り、背骨折り、股裂きのダメージを与える物であったのだ。
「あ、兄貴! よくも兄貴を……! 覚えてるっス!」
 サイディはバリバリッシュを抱えると、捨て台詞を残してその場から消え去った。



 牛丼コマルダーも倒れ、牛人間となっていた人々達も元に戻り、街には平和が訪れた。
 ……一カ所を除いては。
「あーっ! マスタング! それ僕の牛丼!」
「いいではないか。牛丼は私の好物なのよ」
 インプレッサが買っていた例の牛丼――バリバリッシュ達が作戦を放棄したことにより、普通の牛丼になっていたらしい――を巡って、ガレージ内で再びドタバタが開始された。
「お前達、いいかげんにしろーっ!」
 プッツンいったカウンタックが二人を怒鳴りつけるが、もちろんそんな事二人とも意に介さない。
「返してよ!」
「これだけあるんだからいいじゃろ!」
「だめ!」
 そんな二人のやり取りを、タクヤ達は苦笑しながら眺めていた。
「やれやれ……」
 かくして、ちょっと変わった性格ながらも、またヒカリアン達に頼もしい味方が加わったのだった。

To be continued.


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