横歩きなんてもうカンニン!



「インプレッサ、カニ食べに行こうよ」
 突然のタクヤの一言に、インプレッサは目をパチクリ。
 ここは毎度おなじみ、ヒカリアンガレージである。
「カニ?」
「そう、カニ。甚佐のおっちゃんに、四人分の食事券もらっちゃってさ」
 言いながら、タクヤは四枚のチケットを見せる。
 彼の後ろにはミズキが立っていた。
 つまり三人目は彼女という訳だ。
 そして、今ガレージにはインプレッサの他にはカウンタックだけがいた。
 ラングラー達はそれぞれパトロールだったり何だったりで出払っている。
「それで、あと一人なんだけど……」
 カウンタックは聞いていないふりをしつつも、聞き耳を立てて期待していた。
(私が、私が……)
 が、カウンタックの期待は見事に外れる事になる。
「実はもう、ランサーを誘ってるんだ」

 ゴスッ!

 カウンタックは思わず前のめりにずっこけ、コンソールにしたたかに顔面を打ち付けてしまった。
 その音に気づき、一同はカウンタックの方を振り返った。
「あ……カウンタック」
 ちなみにインプレッサはカウンタックの内心など知るよしもなく、単純に彼が突然の外出を許してくれるかの心配をしていた。
 カウンタックはぶつけた顔をさすりつつ、動揺を隠すようにわざと明るく笑って言う。
「いいよ、いいよ、気にせずに行って来なさい。ガレージには私が留守番しておくから」
「やったー! カウンタック、ありがとう!」
 流石にカウンタックとしても、インプレッサの嬉しそうな顔を見ては何も言えなくなってしまう。
「それじゃあ、行って来ま〜す!」
 インプレッサはタクヤ達と共に、満面の笑みをたたえてガレージから出て行く。
 カウンタックはそんな彼らを笑顔で手を振り見送っていた。
 が、彼らが完全に出て行き、扉が閉まると……
「カニか……私も行きたかったな……」
 ふう、とため息を一つついてしまうのだった。

 さて、その頃――
 こちらも毎度おなじみ、ムボウデーンの本拠地。
 バリバリッシュとサイディの二人は、前回の戦いを思い返していた。
「デコトランが失敗したのは、作戦を一人で進めようとしてたからだ。けど、オレっち達は違う。オレっち達のコンビネーションなら、あいつらを簡単にシメちまえるって訳だ」
 バリバリッシュは自身に満ちた笑みを浮かべて呟いた。
「でも兄貴、ヒカリアン達にコマルダーがやられるのはマズイっス。前回もそれで引き上げたんっスから……」
「なぁ〜に、心配はいらねぇよ。連中の動きを封じ込める作戦なら、とっくに考えてある」
 バリバリッシュの言葉に、サイディは目を輝かせる。
「さっすが兄貴っス! 尊敬するっス!」
 サイディはオーバー気味にバリバリッシュを褒め称える。
 が、これはおだてでも何でもなく、彼自身が心から思っている事であった。
 彼にしてみればバリバリッシュの言う事は何でも正しいし、バリバリッシュのする事は何でもカッコイイし、バリバリッシュの態度は最高に「クール」なのだ。
 そして、バリバリッシュの方でも舎弟であるサイディを心底可愛いと思っている。
 彼らの結びつきは、有る意味アクジデントに対する忠誠心よりも強いのかも知れない。
「それで兄貴、ヒカリアン達の動きを封じ込める作戦って、いったい何っスか?」
「フフフ……これだ」
 そう言ってバリバリッシュが差し出したのは、なぜか動物図鑑であった。
 ページは『海にすむ生き物』という部分が開いてあった。

「カニ……ですか」
 研究材料の買い出しから戻ってきたタンクは、先程のガレージでのやり取りを聞いて呟く。
「良かったんですか? 隊長、お好きだったでしょうに。エビとかカニとか」
 タンクの言葉通り、カウンタックは赤い物が好きだった。
 花は赤いチューリップやバラが好きだし、好きな調味料はケチャップ。
 さらに好物はスパゲティのナポリタンときている。
 地球で赤いカウンタックをボディに選んだのも、そういう彼の好みが反映されていた。
 しかし、カウンタックは周囲にはその事をあまり公言していなかった。
 一つには、彼自身がそういう部分がどこか子供っぽいと思ってしまっている事にある。
 つまり、周囲のリーダー格である自分にそういう部分があることを公言していては、周囲に示しが付かないと考えているのである。
 こういう点からも、彼の不器用な責任感が見て取れる。
 が、タンクには前々から自分のそんな部分をも見透かされていた。
 その事はカウンタック自身も気づいている。
 タンクは研究者故か、観察眼に優れているのだ。
「言える訳無いだろう。インプレッサやランサーはまだ子供なんだし。それに、タクヤ君達と一緒に行くならあの二人が一番いいよ」
 カウンタックは苦笑を浮かべ、タンクの顔には微笑みが浮かぶ。
「本当に優しい方ですよね、隊長は」
 皮肉でも何でもなく、タンクは邪気の無い顔で言った。
 照れくさかったのか、カウンタックの赤いボディはさらに紅に染まったようであった。

「ふぅ〜、おいしかったね〜」
 フロント部分を満足そうにさすりながら、インプレッサが海鮮料理屋から出てくる。
 タクヤ達も同じように満足そうな顔であとに続いた。
「やっぱり本物のカニは最高だね」
「そうね」
 その時だった。
「そんなにカニが好きなら、もっと味わわせてやろうか?」
「えっ?」
 突然声が響く。
 一同が声のした方角を見てみると、そこにはバリバリッシュとサイディ、そして巨大なカニのコマルダーが彼らの背後にひかえていた。
 目がコマルダー特有の三日月のような形状に、『ふんどし』の部分にコマルダーの口がある以外は、まさに『巨大なカニ』そのものの姿である。
 それはまるで、あの『かに道楽』の看板のようであった。
「こんなヘンテコなコマルダーなんかにやられるもんか! 行くよ、ランサー!」
「うん!」
 インプレッサとランサーは、それぞれの武器を構えると、カニコマルダーに向かって走り出す。
「ふふふ、そんなに油断してて大丈夫かな? やれ、コマルダー!」
<コマルダー!>

 ブワ〜ッ!

 バリバリッシュの言葉と共に、カニコマルダーは口から泡を吹き出す。
 それはインプレッサ達に正面からかかった。
「なんだこんな泡ぐらい……え?」
 泡を浴びても痛くもかゆくもない事から突進を続けるインプレッサ達だったが、ふと景色がおかしな方向に動いているのに気づいた。
 前進しているはずなのに、景色は横に動いているのだ。
 懸命な読者諸兄にはもうおわかりであろう。
「なんだーっ!? 身体が勝手に横に進むーっ!」
 そう、インプレッサとランサーの二人は、まるでカニのように横歩きをしていたのだ。
 二人が気づいた時にはもう遅かった。

 ゴン!

「ぐえっ!」
 インプレッサとランサーは、近くの建物の壁にまともにぶつかった。
 ふたりの様子を見て、バリバリッシュは作戦成功とばかりに高笑いしながら叫ぶ。
「ふはははははは! どうよ! カニコマルダーの泡を浴びると横にしか進めなくなるのだ!」
「それなら、ヒカリアンチェーンジ!」
 なんとか体勢を立て直したインプレッサとランサーは、自動車形態に変形する。
「自動車になれば、そんな物通用しないぞ!」
「それはどうかな!」
<コマルダー!>

 ブワ〜ッ!

 再びカニコマルダーは、口から泡を吐き出した。
 今度は泡がインプレッサ達のタイヤにかかる。
 その途端、

 グニャッ!

「いいいいいいっ!?」
「うそーっ!?」

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 タイヤが真横を向き、二人は先程よりも一層派手に壁に激突してしまったのだった。
「はにゃ、ほへ……」
 二人は壁にめり込んで、完全に目を回してしまっている。
「これでしばらく身動きがとれねぇだろ。出直してきな!」
 バリバリッシュ達はサイドカーに変形すると、カニコマルダーを引き連れてその場から立ち去っていった。
「く、くしょう(くそう)、この借りはじぇったい(絶対)返してやる……」
 目を回しつつも、インプレッサは呟いていた。

 ズタボロになったインプレッサとランサーを何とかガレージまで連れ帰り、タクヤとミズキはタンクに二人のリペアを頼んでいた。
「お願いだよ、タンク! 二人をなんとか直してやって!」
「分かっています、でも、これは時間がかかりますよ……」
 二人の惨状に、タンクは眉をひそめて言った。
 二人とも車体の右横がベコベコにへこんでおり、ちょっとやそっとの時間では修理出来そうにないのは明白だ。
 さらに、悪い事は重なるものだ。
 ガレージのモニターに、ラングラーの焦った声が飛び込んできたのはその時だった。
『ヒカリアンガレージ! こちらラングラー! 突然街の車が横に走り出した!』
「なんだって!?」
 タクヤ達がモニターに駆け寄ると、画面には片っ端から道路からそれ、建物に激突していく自動車が映し出されていた。
 そして、がらんどうになった道路を、一台だけ何の問題も無く走っていくサイドカーがいる。
 バリバリッシュとサイディである。
 二人は騒音と排気ガスをまき散らしながら街中を走り回っているのだ。
『道路がすいてると気持ちイイなぁ、サイディ』
『本当っスね、兄貴!』
 二人は上機嫌な様子で道路を走っていく。
『決めた! 東京中の道路をオレ達の専用道にしてやろうぜ!』
『大賛成っス!』
 バリバリッシュ達の計画を聞いて、タクヤ達はモニターに映る彼らを睨みつける。
「ムボウデーンめ!」
「あいつら、何てわがままな計画を……」
「どうします、隊長? このままでは本当に彼らに東京の道路は乗っ取られてしまいますよ」
 タンクが不安そうにカウンタックの方を見て言った。
 エネルギーに関して右に出る者はいないタンクだが、あくまでも彼は非戦闘員である。
 カウンタックは少し考え込んだような素振りを見せたあと、決意の表情で叫んだ。
「よし、技師長、私も手伝うから、インプレッサ達を大急ぎでリペアするんだ!」
「了解!」
 タンクは敬礼をして応える。
『それじゃあその間は、オレが連中の足止めをさせてもらうぜ♪』
 モニターに映るラングラーが、爽やかに笑って言った。
「頼むぞ、ラングラー!」
『了解だ!』
 そこまで言って、通信はプツンと途切れる。
「さっそく取りかかるぞ、タンク!」
「はい!」
 カウンタックとタンクは、それぞれ手にスパナやドライバーを握って、真面目な顔で頷き合った。

 一方、バリバリッシュ達は相変わらず排気ガスなどをまき散らしながら道路を爆走していた。
「パ〜ラパラパラパラ〜♪」
「パラパラ〜っス♪」
 鼻歌を歌いながら走っているバリバリッシュではあったが、ふと、退屈そうに呟いた。
「そろそろオレっち達だけで走るのも飽きてきたな……」
「そうっスね」
「だったら、オレが相手をしてやるぜ!」
「ん?」
 二人がバックミラーで後ろを見ると、カーモードのラングラーが走ってくる所であった。
「おもしれぇ、相手になってやるぜ!」
 バリバリッシュはニヤリと笑みを浮かべると、一気にアクセルをふかして速度を上げる。
 その急加速に、ラングラーは驚愕の表情を浮かべる。
「な、なんてスピードだ! とてもじゃないが、追いつけねぇ!」
 元々彼はオフロードカーという事もあり、速度よりも頑丈さが売りだ。
 バリバリッシュ達のようにスピードを売りにしている相手とは、相性が悪かった。
「パ〜ラパラパラパラ〜! どうしたどうした、そんなんじゃオレっち達の相手は勤まんねぇぜ?」
 バリバリッシュはわざと蛇行したり、ウィーリー走行したりしてラングラーをからかう。
「このっ!」
 ラングラーも全速力で追うが、エンジン性能的にはどうも分が悪い。
 突然、バリバリッシュが向きを変え、Uターンする。
 そのままラングラーに突っ込んでくる形で走ってきた。
「正面から向かって来るつもりか……? よし、受けて立ってやる!」
 だが、バリバリッシュとサイディは、突然ジョイントを切り離して分離する。
「なにっ!?」
 さらに、
「ブラッチャール・チェーンジ!」

 ジャキィィィン!

 変形したバリバリッシュとサイディは、空中に飛び上がった。
「エキゾースト・スモッグ!」
「ホイール・アタック!」
 ふたりは空中から、ラングラーに向かって必殺技を放った。
「しまった!」
 二つの技は真っ直ぐラングラーに飛んでいった。
「よ、避けられん!」
 ラングラーは思わず目をつぶる。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 爆発が巻き起こった。
 だが、ラングラーはいつまで経ってもダメージを喰らった感じがしない。
 痛みを感じる間もなくあの世に行ってしまったのかと、彼はそっと目を開けた。
 見ると、彼の身体が空中に浮かんでいるのだ。
「な、何だぁ!?」
「大丈夫、ラングラー?」
「えっ?」
 ラングラーが上を見る。
 すると、インプレッサとランサーが自分を抱えて飛んでいたのだ。
 バリバリッシュ達の攻撃が命中する直前、間一髪、二人がラングラーを助け上げたのである。
「インプレッサ! ランサー!」
「ラングラー、あとは僕達に任せて!」
 インプレッサ達はラングラーを近くの道路に降ろすと、バリバリッシュ達と向き合った。
「行くぞ、ムボウデーン!」
「ふっ、こりない奴らだ。コマルダー!」
<コマルダー!>
 バリバリッシュの叫び声と共に、何処からともなくカニコマルダーが現れる。
<コマルダー!>
 カニコマルダーはハサミを振り上げ、インプレッサ達に襲いかかる。
 しかし、二人はそのハサミを避け、カニコマルダーに跳び蹴りを見舞う。
「ダブルヒカリアンキーック!」

 ドガッ!

 二人に蹴り飛ばされたカニコマルダーは、その場にひっくり返ってジタバタする。
<コマルダ〜!>
「どうだ! カニだけに、ひっくり返って起きあがれないだろ!」
 ランサーが得意気に言う。
 だが、バリバリッシュは全く焦る様子が無い。
「そいつはどうかな!?」
 カニコマルダーは地面を殴りつけ、飛び上がって体勢を建て直したのだ。
「ええっ!?」
<コマルダー!>
 カニコマルダーは、またしても二人に向かって泡を吐いた。

 ブワ〜ッ!

 泡は正確に二人に向かって飛んでいく。
 しかも二人の背後からは、サイドカーモードのバリバリッシュとサイディが迫っていた。
 果たしてインプレッサ達は、またしても横歩きにされてしまうのか!?
 しかし、
「なんちゃって♪」
 泡が命中する直前、インプレッサ達は左右に飛んで泡を避けた。
 驚いたのはバリバリッシュ達である。
「いいいっ!?」
 泡はバリバリッシュ達にまともにかかる。
「ぶわっ! ヤロー、せこい真似を……」
「あ、兄貴ーっ! 言ってる場合じゃないっス! オイラ達も横に進んでるっス!」
「あ……そうだった」
 バリバリッシュが気づいた時にはもう遅い。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 二人はさっきのインプレッサ達と同じように、建物の壁に突っ込んだ。
「ぐえぇぇぇぇぇぇ……」
「い、痛いっス……」
 バリバリッシュ達は仲良くひっくり返った。
「よ〜し、インプレッサ、今度はコマルダーだ!」
「うん! エンジンガン!」
 叫ぶなり、インプレッサの手にエンジンと燃料パイプを模した銃が出現した。
「エンジン全開!」

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン!

 銃の本体が振動を始め、銃口に赤いエネルギーが集まっていく。
 その内に、銃口には火がともっていた。
「ファイヤー・ストライク!」
 インプレッサがトリガーを引くと同時に、エンジンガンから炎のエネルギーが発射された。
 そして、ランサーの手にもドライブランスが現れる。
「ドライブランス! イグニッション!」

 シュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 ランサーのかけ声と共に、ドライブランスが青く波打つエネルギーに包まれていった。
 そして、エネルギーは周囲に水のように溢れていく。
「ウェーブ・ストリーム!」
 ドライブランスから、ウェーブ・インパクトのエネルギーがそのまま発射された。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
 シュヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 巨大な炎と水流は渦を巻き、カニコマルダーを包み込む。
<コマッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!>

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 カニコマルダーの悲鳴が響き、大爆発が巻き起こった。
 爆発が収まると、そこには見事にゆであがったカニが残されていた。
「やったね!」
 インプレッサとランサーは、笑顔でタッチする。



「カウンタック、これあげる」
 二人は戦いが終わると、ゆであがったカニを急いでガレージに持ち帰り、カウンタックに差し出した。
「私に?」
「うん。タンクから聞いたんだ。カウンタック、本当はカニが好きだったって」
 カウンタックは思わずタンクの方を見た。
 タンクはカウンタックにウインクを返す。
「ボク達ばっかりカニ食べてきちゃったし、せめてカウンタックにも喜んで欲しいなって……」
 インプレッサに続いて、ランサーも笑いながら言った。
 カウンタックは、嬉しさのあまり震えていた。
 カニの事よりも、インプレッサ達の気遣いが嬉しかったのだ。
「二人とも、ありがとう」
 普段はストイックなカウンタックも、この時ばかりは素直に笑顔を見せるのであった。

To be continued.


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