真珠姫の涙
☆ むかし、ペルシャの国に、一人の王様がいました。 王様には、三人の美しいお姫様がいました。上のお姫様は二十五歳、中のお姫様は二十歳、末のお姫様は十六歳でした。 王様は、 (三人の姫は、もう結婚をする年ごろ……。よし、では、さっそくにも、姫たちの結婚の相手を決める事にしよう……) と考えました。 王様は、どんな方法でお姫様たちの結婚の相手を選んだらよいだろうか、と考えました。 (そうだ、弓を使って決める事にしよう!) 王様は、弓と三本の矢を用意してから、お姫様たちを呼びました。 「わしは今、そなたたちを結婚させることに決めたぞ。それで、その相手を選ぶ方法だが、ここに三本の矢がある。これを、自分の好きな方に向かって射るがよいそして、この矢の落ちた場所にいる人を、結婚の相手に決めるのじゃ。良いな」 「はい、分かりました、お父様」 上と中のお姫様は、すぐに承知しました。 「そなたはどうだな?」 王様は、黙って下を向いている末のお姫様に聞きました。 「はい、お父様。私は、しばらく考えさせて頂きとう御座います」 末のお姫様は、困ったような顔で言いました。 「ほう、何故だな?」 「はい、一生の間一緒に暮らす夫を決めるのに、そのような乱暴な決め方では……」 「なに、乱暴な決め方だと? 上の二人の姫が賛成するのに、末のそなたがそのような理屈を言うとは……」 王様は、急に怒った顔になりました。 「そうですわ。お父様、三人のうち、二人が賛成なのですから、そうお決めください」 「そうですね。そうお決めください」 上の二人のお姫様が言いました。 「よし、三人のうち、二人が賛成なのだから、そう決める事にするぞ。これは、わしの命令だ。良いな!」 王様は言いました。 「はい、ご命令では致し方御座いません。お言葉通りに致します」 末のお姫様は、しぶしぶ承知しました。 「では、上の姫から順に、好きな方に向かって矢を放つがよい」 王様は、三人のお姫様に、一本ずつ矢を渡しました。 上のお姫様は、北の方に向かって矢を放ちました。その矢は、大臣の息子の館の庭に落ちました。それで、その人が結婚の相手と決まりました。 中のお姫様は、西の方に向かって矢を放ちました。その矢は、大僧正の息子の館の庭に落ちました。それで、その人が結婚の相手と決まりました。 けれども、実は上のお姫様と中のお姫様は、前からその人たちが好きだったのです。ですから、好きな人の庭に落ちるように狙って、矢を放ったのです。 さて、末のお姫様には、まだ好きな人がいませんでした。しばらく考えたお姫様は、東の方に向かて矢を放ちました。その矢は、山の中の、貧しい木こりの小屋に落ちてしまいました。 王様は慌てました。いくらなんでも、王の姫を、貧しい木こりの妻になどできません。 「今のは間違いだ。もう一度やり直しなさい!」 王様は、もう一本の矢を末のお姫様に渡そうとしました。 「いえ、それはいけません。たとえどこに落ちましょうとも、約束は約束です。わたくしは、木こりの妻になります」 末のお姫様は、きっぱりと言いました。 「いや、もう一度、やり直しなさい!」 「いえ、やり直しません!」 「この強情者っ、勝手にせい!」 王様は、すっかり怒ってしまいました。 こうして、三人のお姫様の内、末のお姫様だけは、次女も釣れず、たった一人で山の中に行き、貧しい木こりの妻になりました。 それから一年が過ぎて、貧しい木こりとお姫様だった妻の間に、女の赤ちゃんが生まれました。 「かわいそうに、こんな貧しい家に生まれてくるなんて」 お姫様だった母は、自分の小さい時と比べて、この赤ちゃんが可哀想でなりませんでした。でも、これも人の世の定めなんでしょうから……と諦めて、夫と赤ちゃんのために、毎日かいがいしく働いていました。 ある夜の事、この貧しい木こりの家に、どこからともなく、三人の仙女が現れました。 仙女たちは、すやすやと眠っている赤ちゃんの顔を、長い間見つめてから、 「この子を“真珠姫”という名前にします。そして、この子が泣けば、涙の代わりに真珠の玉がこぼれますように」 と、一人の仙女が、赤ちゃnの頭を軽くなでながら言いました。 続いて、次の仙女も、赤ちゃんの頭をなでながら、 「この子が笑う時には、美しいバラの花が咲きますように」 そして、三番目の仙女は、 「この子が歩くところに、緑の美しい草が生えますように」 と言って、三人の仙女は、すっと消え去りました。 ☆ それから、長い年月が夢のように過ぎました。 貧しい木こりの家に生まれた赤ちゃんも、もう十二歳の娘さんに成長しました。この娘を一目見た人は、誰もが皆、その可愛らしさと美しさにうっとりしました。いえ、そればかりか、この娘が笑えば、美しい花が咲き、泣けば涙の代わりに真珠の玉がこぼれ、歩けばどんな荒れ地にも緑の草が生えるのです。 その噂は、やがて遠くの国々まで広がっていきました。 ある国に、一人の王子がいました。王子の母は、真珠姫の噂を聞くと、ぜひ王子のお嫁さんに迎えたい、と思いました。そして、毎日、神様に祈りました。 すると、その母の気持ちが通じたのか、ある夜、王子は不思議な夢を見ました。一人の仙女が現れて、王子に言いました。 「王子様、私の後ろにお立ちになっている姫をご覧なさい。この姫は、笑えばバラの花を咲かせ、泣けば真珠の玉をこぼし、歩けばその足跡に緑の草が生えるのです」 「えっ、すると、真珠姫?」 「そうです。真珠姫です。この姫こそ、王子様のお嫁さんにふさわしい姫なのですよ」 王子は起き上がって、仙女の後ろに立っている姫を見つめました。と、その美しさと愛らしさに驚きました。 あくる朝、王子はその夢の事を母に話しました。 「では、わたくしの願いが神様に通じたのでしょう。さっそく、その真珠姫を探す事にしましょう」 喜んだ母君は、すぐ、侍女のかしらを呼びました。 「そなたは、年をとっているうえに、女の身で気の毒に思うが、これからすぐ、真珠姫の住んでいるという山へ行ってくれぬか」 母君は、侍女頭に、細かい事まで注意をして、旅立たせました。 二人の侍女をお供に連れた侍女頭は、長い旅の末、やっと木こりの家を探し当てました。 話を聞いて、木こりの夫婦は喜びました。自分たちのような貧しい木こりの娘を、王子のお嫁さんに迎えたいという、まるで夢のような話です。もちろん、娘の方も喜びました。 「では、その内に、改めてお迎えに参りますから、今からお支度をしておいて下さい」 そう言い残して、侍女たちは木こりの家を出ました。 しかし、帰る途中でした。侍女頭は、何度も立ち止まってつぶやきました。 「なるほど、真珠姫と呼ばれるだけあって、あの娘さんは美しい。けれども、いくら美しくても、貧しい木こりの娘が王子様のお嫁さんになど……」 侍女頭がそう思うのには、もう一つ訳がありました。と言うのは、この侍女頭にも、木こりの娘と同じ年の娘がいるのです。その娘は、木こりの娘ほどの美しさではないけれど、でも、どこか似ているところもありました。もし、木こりの娘がいなかったら、自分の娘が王子のお嫁さんになれたかも知れない、と思う気持ちがあるからでした。 ともかく、宮殿に帰った侍女頭は、木こりの夫婦も娘さんの方も、喜んで承知してくれました、と報告しました。 「そうですか。ご苦労でした。では、なるべく早くお迎えに行くように、準備を整えましょう」 母君も王子も、大喜びで、宮殿の中は急に忙しくなりました。 準備も出来て、侍女頭は、今度は五人の侍女をお供に連れ、二台の馬車で木こりの娘を迎えに出発しました。 木こりの家でも、もう支度が出来て待っていました。 「それでは、娘の事はくれぐれもよろしくお願い申し上げます」 木こりの夫婦は、侍女頭に何度も何度も頭を下げました。 前の馬車には木こりの娘――いや、宮殿から送られた立派な着物を着た真珠姫と、侍女頭の二人が乗り、後ろの方には、五人の侍女たちが乗りました。 さて、その帰り道でした。侍女頭は、真珠姫に食べさせる食事は特別に塩辛いものばかり食べさせました。ですから、真珠姫は喉が渇いて仕方がありません。 「あの、お水を一杯下さい」 姫は、侍女頭に頼みました。 「はい、差し上げたいのですが、でも、まだまだ続く長い旅ですし、この辺りには泉もありませんので、水はとても大事なのです。しばらく我慢をして下さい」 侍女頭は、冷たく断りました。 真珠姫は我慢をしました。けれども、しばらく経つと、もうどうにも我慢が出来なくなりました。 「お願いです。水を飲みませんと、もう死にそうです。ほんの少しだけでも、どうかお願いします」 姫は、苦しそうに悶えながら頼みました。 「そうですか。それほどまでにおっしゃるなら、あげましょう。その代わり、あなたの片方の目玉を渡してもらいましょう!」 「え、わたくしの目玉を……?」 「そうです!」 侍女頭は、冷たく笑って言いました。 苦しさに我慢できない真珠姫は、仕方なく、左の目玉をとって渡しました。そして、ほんの少しの水をもらいました。 けれども、また少し経つと、真珠姫は、前よりもっとひどく喉が渇き、苦しくなりました。 「お願いです。もう一杯、お水を……」 すると、侍女頭は、また冷ややかに笑って言いました。 「では、残っているもう一つの目玉を渡しなさい。そしたら、今度はたくさんの水をあげますよ」 苦しくて死にそうな姫は、仕方なく、残っている右の目玉をとって渡しました。 侍女頭はにやりと笑って、今度は前よりも少し多くの水をやりました。 その水を飲んだ真珠姫は、やっと、乾いた喉は治りました。が、二つの目玉を取られてしまったので、もう何にも見えなくなってしまいました。 (すると、この人は……?) 真珠姫は、今になって、侍女頭の悪だくみに気が付きましたが、もう、どうすることも出来ません。 突然、侍女頭が、馬車を止めました。そして、後ろの馬車の御者に向かって、 「わたくしの方の馬車は、お姫様がお疲れだから、ここで少し休んでいきます。そなたの馬車は先に行って、向こうの森で待っていなさい!」 と叫びました。 「はい、分かりました」 後ろの馬車は、横を通り抜けて、先に出かけました。 さて、その馬車が見えなくなると、侍女頭は自分の馬車の御者に言いつけて、目の見えない真珠姫をぐるぐると縛らせました。それから、籠の中に入れて岩の陰に運ばせました。そこには、真珠姫と同じ姿をした、侍女頭の娘が待っていたのです。 「さあ、早く!」 侍女頭は目の見えない真珠姫を籠に入れたまま置き去りにして、替わりに自分の娘を馬車に乗せたのです。馬車は走り出しました。 ☆ 王子とにせ真珠姫の婚礼の式は、盛大に行われました。 けれども、王子は少し不思議に思いました。自分が夢の中で見た真珠姫と、今の花嫁とは、どこか違っているような気がしてならないのです。第一、本当の真珠姫なら、バラの花を咲かせたり、真珠の玉をこぼしたり、緑の草を生やすことが出来る、と聞いているけれど、この花嫁には、そんな力などなさそうです。――そうかと言って、まるっきり似ていないという訳でもありません。 (その内に、本当の真珠姫かどうか、きっと分かるだろう……) 王子はそれとなく、様子を窺っていることにしました。 一方、山の中に置き去りにされた目の見えない真珠姫はどうなったのでしょう……。 思ってもいなかった悲しみに出会って、泣き続けていました。すると、見えなくなった目から零れ落ちる涙が……いや、真珠の玉が、そこらいっぱいに広がりました。 丁度その時、一人の老人が、その辺りへ薪を取りに来ていました。 「はてな……?」 真珠姫の泣き声を聞いた老人は、そっと近づいてみました。 「あっ、これはまた、なんという事だろう。あなたは、妖精ですか。それとも仙女ですか?」 「いえ、わたくしは、ただの人間です」 「しかし、こんなにいっぱいの真珠の玉が……」 「はい、これは神様がお授け下さったものです」 「それにしても、こんな酷い事を?」 「はい、ある人に騙されて……」 「そうですか。ともかく、このままでは死んでしまいます。私はこの山で、たった一人で暮らしている者です。私の小屋へ行きましょう」 老人は、目の見えない真珠姫をかごから出すと、自分の小屋に連れて行きました。 「私は、この山で薪を取り、それを町に売りに行って暮らしているのです。一人暮らしですから、良かったらいつまでもここにいて下さい」 「はい、こんな身体では、もうどこへも行けません。ご迷惑でしょうが、ここに置いて下さい」 「いいですとも、いいですとも」 こうして、一人暮らしの老人と、真珠姫……いや、目の見えない娘との、二人の暮らしが始まりました。 そして老人は、薪の代わりに、娘の目から零れ落ちた真珠の玉を町へ売りに行くのが仕事になりました。 ある日、老人は、目の見えない娘を慰めてやろうと、面白い昔話を語って聞かせました。 娘は、その話がおかしくて、声を出して笑いました。この山に来てから、笑ったのは初めてでした。 すると、不思議な事が起こりました。小屋の戸口の前に美しいバラの花が咲いたのです。 「あれっ、こんな季節に、こんな美しいバラの花が!」 老人は、驚いて叫びました。 目の見えない娘は、そのバラの花で、良い事を思いつきました。 「お爺様。このバラの花を宮殿に持って行き、買ってくれませんかと言って下さい。宮殿には、バラの花を欲しがっている人が、必ずいるはずですから……。そして、いくらかと聞かれたら、お金では売りません。人間の目玉とならお取替えします、と言って下さい」 「なるほど……。よし、では、さっそく出かけましょう!」 老人は、宮殿の門の前に行くと、 「バラの花です。美しいバラの花です。バラの花はいりませんか!」 と、大声で叫びました。すると、中から一人の年取った侍女が、慌てて出てきました。そうです。あの侍女頭でした。 侍女頭は、どうしてもそのバラの花が欲しかったのです。と言うのは、王子はこの頃、お嫁さんになった自分の娘を、本当の真珠姫かどうかと、疑っているみたいだからです。このバラの花を見せて、その疑いをなくそう、と思ったからでした。 「そのバラを売ってくれぬか。いくらですかな?」 侍女頭は、わざと落ち着き払って言いました。 「はい、これは、世にも珍しいバラの花です。ですからお金で売ることは出来ません。人間の目玉二つとお引き換えになら、お譲りします」 老人も、無理に買ってもらわなくても良いようなそぶりをしました。 「いや、是非売ってもらいましょう。では、すぐに目玉を持ってくるからね」 そして、慌てて中に消えた侍女頭は、すぐに出てきました。 「ほれ、目玉を二つ」 「はい、では、花をどうぞ」 老人は、バラの花と二つの目玉と取り換えて帰りました。 山の小屋で待っていた娘は喜びました。 その目を、元の目の穴に入れました。目の見えるようになった娘は、前にもまして、愛らしく、美しくなりました。 一方、宮殿の中の王子は、偽物ではないかと疑っていたお嫁さんが、季節外れの美しいバラの花を持ってきたので、本物の真珠姫かも知れないと思いました。 けれども、バラの花は出しても、真珠の玉を出したことがありません。また、歩いても緑の草は生えません。 王子は、また少し疑いの気持ちが出てきました。 すると、侍女頭の母親は、それに気が付いて、次の方法を考えました。 (あの美しいバラの花を持ってきた老人なら、きっと、真珠の玉を出したり、緑の草を生やすことだって出来るだろう) 侍女頭は、そっと、山の中へ老人を訪ねていくことにしました。 ☆ 老人の小屋の周りは、まるで花園のような美しさでした。目玉を取り戻した娘が、にこにこ笑って小屋の周りを歩くので、バラの花が咲き、緑の草が生えたからでした。 訪ねてきた侍女頭は驚きました。もし、この事が王子に知れたなら、自分の娘はどうなるだろう、と思うと、身体が震えてきました。 侍女頭は、老人をそっと木の陰に連れ出しました。 「実は、王子様が、このごろどうも病気がちなのです。それで、色々と調べますと、この近くに不思議な魔女が住んでいて、その呪いがかかっているからだという事が分かりました。その魔女と言うのは、お前さんと一緒に暮らしている娘なのです」 「えっ、あの娘が、魔女だなどと、そ、そんな事など……」 「いえ、間違いありませんよ! だから、バラの花を咲かせたり、真珠の玉を出したりもできるのです。このまま放っておくと……」 侍女頭は、老人をにらみつけて脅しました。 「すると、あの娘をどうすれば良いのですか?」 老人は、おろおろしながら訊きました。 「その娘に、お前に不思議な力を授けているお守りは何だね、と訊くのです。それが分かれば、その後は、私がうまく取り計らって、娘さんが不幸にならないようにしてあげます」 「そうですか、宜しくお願いします」 「明日の昼に、また来ます。それまでに聞いておいてくださいよ!」 侍女頭は、そのまま帰りました。 その夜、老人は、娘にそれとなく言いました。 「小屋の周りがすっかり綺麗になって、こんな嬉しい事は無いよ。でも、あなたは人間でありながら、どうしてこんな不思議なことが出来るんだね?」 すると、娘は自分に不幸な事が起きるとも知らずに、 「わたくしのこの力は、生まれた時に仙女たちがお授け下さったものなのです。わたくしのお守りは、山の上に住んでいる牡鹿です。その牡鹿が死ぬと、わたくしも死ななければならないのです」 と、正直に答えました。 次の日、侍女頭は老人からこの話を聞きました。 (そうか、山の上の牡鹿だったのか……) 侍女頭は大喜びで宮殿に帰ると、娘に言いました。 「いいかね。しばらくの間、偽の病人になるのですよ。そして王子様に『山の上にいる牡鹿をとって来てください。その牡鹿の肝を食べませんと、この病気は治らないので御座います』と、言いなさい」 偽の病人は、母親に言われた通りに頼みました。 「そうか。では、すぐにその牡鹿をとらせよう!」 王子の命令で、三人の家来が弓を持って山に行き、眠っていた牡鹿を射殺しました。もちろん、偽の病人はその肝を食べました。 お守りの牡鹿が死んだので、娘も眠ったままの姿で、朝になるともう死んでしまっていました。 老人は悲しんで、死体のそばで、一日中泣き続けました。次の日も、その次の日も、泣き続けました。 こちらは、娘を王子様の宮殿へ送った木こりの家です。木こりの夫婦は、娘が王子様のお嫁さんになって幸せに暮らしているものとばかり思っていました。 すると、ある夜、木こりの妻は、不思議な夢を見ました。一人の仙女が現れて言いました。 「あなたの娘の真珠姫が、ある山の中の小屋で死んでいます」 「えっ、そんな!」 「本当です。でも、生き返らせる方法が一つだけあります」 「それは、どんな方法でしょうか。どうか、教えて下さい!」 「ここから王子の宮殿へ行く途中の森の中に、小さな泉があります。その泉の水は、命の水です。その水を口に入れると、心の美しい人だったら生き返らせてもらえるのです。さあ、すぐにお出かけなさい」 「はい、有難う御座います……」 妻は、そこで目が醒めました。と、それと一緒に、夫の方も目を覚ましました。 「私は今、不思議な夢を見ました」 妻が仙女の事を話すと、夫の方も、それと同じ夢を見たと言いました。 「すると、ただの夢とは思われません。すぐに出かけてみましょう!」 「きっと神様が教えてくれたのだろう。すぐに行こう!」 気持ちのあせる夫婦は、まだ夜の明けないうちに家を出ました。走るような速さで歩いて、次の日の昼頃、やっと森の中に湧き出ている泉を見つけました。 夫婦は泉の神にお祈りをしてから、その水を小さな瓶に入れて、また急ぎました。 それから三日目、今度は山の中の小屋を見つけました。小屋の周りには、美しいバラの花がいっぱいに咲いています。 それなのに、小屋の中には、娘ともう一人の老人が並んで死んでいました。木こりの夫婦は、急いで二人の口へ、命の水を注いでやりました。 と、まず、娘の方が生き返りました。 「あ、お母様!」 娘は母親に抱き着きました。すると、その声で、老人の方も目を開きました。 生き返った二人から、今までの事を聞いて、木こりの夫婦は驚きました。 次の日、四人はバラの花と真珠の玉を持てるだけ持って、宮殿に向かいました。 「なに、美しいバラの花と真珠の玉をいっぱい持った娘がわしに会いたいと……?」 取り次ぎの侍女の言葉に、王子は立ち上がりました。側にいた侍女頭が、顔色を変えて止めました。 「王子様、それはきっと、山の中に住んでいる魔女です。そんな者にお会いすることなどありません!」 「いや、しかし、わしはそのバラの花を見たいのだよ。その者を庭に通しなさい」 王子は侍女頭の手を払いのけて、庭に出てみました。と、そこに立っている美しい娘は、間違いも無く夢の中で見た、あの真珠姫でした。 「おう、そなたは、真珠姫!」 王子は叫びました。娘は、にっこり笑いました。すると、そのすぐ前に、美しいバラの花が咲きました。 さあ、その後、宮殿の中は大変な騒ぎになりました。悪だくみをした侍女頭とその娘が、重い罰を与えられたのはもちろんです。 王子と真珠姫の結婚式は、盛大に行われました。 姫の父母の木こり夫婦も、山の老人も、宮殿の中に住むことになって、幸せに暮らす事が出来ました。 おしまい 戻る |