ピイナの知恵


                    ☆

 あるところに、お百姓さんの夫婦が、住んでいた。
 ピイナという、一人娘が居た。その娘は、ふさふさと長い黒髪を持った、絵のように美しい子だ。美しいだけではない。
 いつも微笑みを浮かべていて、可愛い。可愛いだけではない。とても賢い子だった。

 ある日のこと、お百姓さんは、畑へ行って、土を耕していた。すると土の中から臼が出て来た。金の臼だ。
 ピカピカと光って、素晴らしく立派な物だった。お百姓さんは言った。
「こんなものは、わしには用が無い。王様に差し上げる事にしよう。きっとお喜びになるに違いない」
 お百姓さんは、すぐに出かける事にした。
 それを見たピイナは、
「およしなさいよ。臼を差し上げたら王様は、杵を持って来いと、ご無理をおっしゃるに違いありませんから」
 と、止めた。だがお百姓さんは、
「ばかな事を言うな。杵は無いのだもの、しょうがない」
 と言って、出かけて行った。

 御殿へ持って行くと、王様は大変喜んで、言った。
「こんな立派な物は、見た事が無い。だが、臼だけでは役に立たぬ。杵も見つかったろう、それも、持ってきてくれ」
 ピイナの言った通りだ。
「杵は、見つかりませんでした」
「嘘をつけ、そんなはずは無い。隠しているのだろう。もし明日までに持ってこなかったら、お前を泥棒として、牢屋にぶちこんでしまうぞ」
 お百姓さんは、青くなって、思わず独り言を言った。
「ピイナの言う通りにすれば良かった。あの子は、本当に賢い娘だ」
 王様は、それを聞くと、尋ねた。
「ピイナって誰だ」
「はい、私の、娘です」
 お百姓さんは、御殿へ来るのを止められた話をした。
「ほう、なかなか賢い娘だな」
 心の悪い人ではなく、ちょっとだけ気まぐれな王様は、もう杵の事など、どうでもよくなっていた。
「杵の代わりに、明日その娘を、ここへ連れて来てくれ。いや、待てよ。ただ来るだけでは、面白くない。いいか。娘はな、着物を着ないで、といって裸ではなく、歩いてではなく、といって馬にも乗らないで、御殿へ来るように言ってくれ。分かったな」

                    ☆

 お百姓さんは、すっかりしょげて帰ってきた。そんな難しい事が、出来そうにないからだ。出来なければピイナは、酷い目に遭わされるに違いない。
 だが、話を聞いたピイナは、笑いながら言った。
「そんな事ぐらい、何でもないわ。明日王様に、会いに行って来ます」

 あくる日になった。
 ピイナは、着物を脱ぎすて、ふさふさと長い髪の毛を、身体一面に巻き付け、羊を連れて来て、片足をその上に乗せ、もう一方の足でとびとびをしながら、御殿へ出かけて行った。
 王様は、それを見ると、
「うむ、これは素晴らしい知恵のある、賢い娘だ」
 と感心した。
 賢いだけではない。可愛い。可愛いだけではない、美しい。
 王様はすっかり気に入って、さっそく、お百姓さんに頼んで、ピイナをお妃にもらう事にした。

                    ☆

 王様とピイナは、幸せに楽しく暮らしていた。
 ところがある日の事、王様が、狩りに出かけた時、牧場で草を食べている綺麗な馬を見つけて、
「あの馬をわしの厩(うまや)へ連れて帰れ」
 と、家来に言いつけた。家来は、連れて帰った。驚いたのは馬の持ち主だ。
 さっそく御殿へ駆けつけて、返してほしいと頼んだが、王様は怒って、その男を追い返した。
 その時側に居た、お妃のピイナは、
「いくら王様でも、そんなわがままな事をなさってはいけません。馬を返すか、お金を支払ってあげるか、どちらかになさいませ」
 と勧めた。
 だが王様は、顔色を変えて、
「お前は、あの男の味方をして、わしを馬鹿にするのか」
 と、怒り出した。
「いいえ、そうではありません。正しい事をなさる、いい王様であって欲しいからです」
 と、ピイナは言ったが、王様はかんかんになって、怖い顔をして叫んだ。
「えい、うるさい。お前の様な奴に、もう用は無い。さっさとわしの御殿から出て行ってくれ」
 そう言われてもピイナは、ちっとも驚かないで、答えた。
「そうおっしゃるなら、私は家へ帰らせてもらいます。でも手ぶらでは嫌です。王様はいつも、御殿の中で一番値打ちのある物をお前にやるとおっしゃっていましたから、それをもらって行きます」
「何なりと、好きな物を持っていけ」

 その晩、王様が深い眠りに陥られた頃ピイナは、家来たちに言いつけ、そっと王様を馬車に乗せ、自分の家へ運ばせた。
 夜中になって、ふと目を覚ました王様は、いつもと違う、硬い寝台なので、
「ここはどこだ」
 と、枕元に居るピイナに訊いた。
「はい、私の家です。お許しが出たので、御殿で一番値打ちのある物を、さっそく運んできたのです。私にとって、世界中で一番大事な、値打ちのある、好きな物は、王様よりほかに無いからです」
 それを聞くと王様は、ピイナの知恵に感心しながら、にこにこ笑いだして、言った。
「ピイナ、わしが悪かった。もう出て行けなどと言わないから、さあ、馬車を呼んで、一緒に御殿へ帰ろう」
 それからのち、王様とお妃のピイナは、今までよりももっと楽しく、幸せに暮らしたという事です。





おしまい


戻る