お婆さんのお医者さん


                    ☆

 昔、ザルツブルグに、一人のお婆さんが住んでいました。このお婆さんは勉強もしたことが無いのに、お医者さんの仕事が出来るのでした。
 畑の仕事や山の仕事で、足の骨を折ったり、くじいたり、肩の骨が外れたりすると、人々は決まってこのお婆さんの所へやって来ました。
「お願いだよ、足の骨が折れたのを治しておくれ」
「おらは、手がぶらぶらだ」
「私は手が動かないのだ」
 お婆さんは怪我をした人が来ると、ベッドに寝かせてすぐ治療してやります。治りが早く、治った後も痛まないというので、お婆さんの家はお医者さんの所のように、いつも賑わっていました。
 それは秋の事でした。今、取り入れの真っ最中。お婆さんもお百姓仕事が忙しくて、一日中働いてから帰ってくると、ぐったり疲れてすぐベッドに飛び込みました。
「また、明日も取り入れだ」
 早く寝て身体を休めておこうと、夕方から寝込んでいると、真夜中になって、表の戸をコツコツ、コツコツと叩くものがありました。
「誰だね、せっかく寝込んでいるのに」
 コツコツ、コツコツ戸を叩き続けているので、窓の外を覗いてみると、そこに中くらいの背丈の小人が立っていました。
 そして、虫の鳴くような小さな声で、
「早く来てください。今夜のダンスの会で、足を踏み違えて困っている人がいるのです」
「駄目、駄目、私も人並みに夜は眠りたいのだよ」
「お婆さん、来て下されば、お礼はたっぷり致しますよ」
 お礼の話を聞くと、お婆さんは飛び起きて、もう身支度を始めていました。
「で、行く先はどこだね」
「ウンテルスベルクを通っていくのさ」
「じゃあ、ベルヒテスガーデンの方だね。やれ、やれ、遠い道を歩かねばならない」
 と、お婆さんは少しプリプリしながら、それでもたっぷりお礼をするというので、小人の後についてゆく事にしました。
 小人は小さな体なのに、お婆さんの先に立って飛ぶように走っていきます。見失っては大変と、お婆さんも後からよろよろついていくと、やがてウンテルスベルクの近くの森にやって来ました。
 すると、急に空が曇ってきて、明るく照らしていた月が隠れ、嵐の前のように辺りが真っ暗になりました。その暗い中を、小人はお婆さんの手を引っ張りながらずんずん歩いて行きます。
(この小人は、フクロウの目でも持っているのかな)
 お婆さんがふっとそう思った時、暗闇の中にパッと明かりがさしてきました。目の前で扉が開いたのです。扉の中は、赤々と蝋燭がともり、そこは立派な大広間で、大勢の小人が並んで出迎えました。みんなはキラキラ輝く金色の服を着ていました。
「お婆さん、こちらへ早く来てください」
 大きな衝立の陰にベッドがあって、そこに人形のような手足をした、女の小人が横になっていました。さも痛いと言うように、片足をベッドの外に突き出して寝ていました。
 その時、奥の扉が開きました。
 頭に金の冠を被り、赤いマントを付けた小人が大勢の家来を連れて出てきました。
 それは、小人の国の王様でした。
「夕べのダンスの会で、コオロギがとても滑稽な音楽を演奏した。そのために女王が足を踏み違え、筋を痛めた。お前は骨接ぎの名人だと聞いていたので、大急ぎで来てもらったのだ」
 ゆりかごのような小さなベッドで、小人の女王様はお医者を待っていたのでした。
 お婆さんは、なんだか気味が悪いのです。しかし、王様から直々の頼みなので、女王の小さな足を握ると、訳の分からぬ呪文を唱え、伸ばしたり、伸ばしたり、こすったり、さすったりしていました。


 すると、女王様はにっこり笑って、ベッドに起き上がりました。
「私の踏み違えた足は、よくなったようです」
 それを聞くと、王様も大変お喜びになってすぐ、家来の一人に命令しました。
「お婆さんを家へ連れて帰ってあげるのだ。たっぷり褒美を差し上げるのだよ」
 お婆さんが小人に案内されて、元来た道に出てくると、
「さあ、約束の褒美だよ。前掛けを広げてごらん」
 そう言って、広げた前掛けの上に、ごろごろした小石のようなものを、山盛りに入れてくれました。前掛けの下の袋にも、ぎっしりと詰めてくれたのですが、その重い事と言ったら、
「もう、やめておくれ。重くて重くて、前掛けのひもが切れてしまうよ」
 お婆さんは触ってみました。
「なんだ、褒美だと言って、暗くて分からない物だから、石をくれている」
 その時、小人は出口の門をコツンと叩きました。お婆さんが、
「あっ」
 と叫んだ時、もう、自分の家の入口の前に立っていました。
 お婆さんは灯りの側へ行って、前掛けの中を覗き込みました。
「まあ、何て酷い事をするのだろう。石が褒美だなんて、あの小人たちは私を馬鹿にしている」
 ぶつぶつ言いながら、前掛けの石を道ばたに捨てると、家に入って寝込んでしまいました。
 あくる朝、目を覚ますと、小人の女王様の足を治した事など夢でも見たように忘れていました。
「さあ、今日も畑へ行って取り入れだ」
 大急ぎで服を着こんで、袋を腰に括りつけようとすると、
「おや、どうした事だ」
 ずっしり重いのです。袋を逆さにして、テーブルの上に広げてみると、さあ大変、中から金の塊がごろごろ出てきます。
「しまった、しまった。夕べ小人の女王の足を治してやったのは、本当だった。あの時、前掛けに貰った石は道端に捨ててしまったが、どうなっているだろう」
 戸を押し開けて表に飛び出してみましたけれど、捨てられた小石はそのままで、一山に積み上げられていました。
「やっぱり、人を疑ってはいけない」
 お婆さんは、袋に残った金の塊を大切に壺の中にしまい込みました。
 それからは、お婆さんはもうお医者をやめて、褒美の金の塊で幸せに暮らしたという事です。
 でも時々、思い出したように、
「もう一度小人の国から呼びに来ないかな。今度は石ころ一つだって大切にするのだがね」
 と、呟きました。けれど、いつまで待っても小人の国からお婆さんを呼びには来ませんでした。



おしまい


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