ニーオとヤーラ


                    ☆

 大昔、天には太陽があるだけで、月はありませんでした。星もありませんでした。
 ところが、ある晩の事、突然空にギラギラ燃える月が現れたのです。
 月は怪しい光を投げかけ、田や畑をすっかり枯らしてしまいました。
 人々は、暑くて死にそうです。
 その頃、ターシー山のふもとに、若い夫婦が住んでいました。男はヤーラといって、弓の名人。いつも山の中を駆け回って狩りをしていました。女はニーオといって、機織りが上手。いつも家で美しい錦を織っていました。
 ニーオはヤーラに言いました。
「あなたは弓の名人、あの月を射落として、みんなを助けて下さい」
 ヤーラは弓と矢を取って、ターシー山のてっぺんに登りました。そして力いっぱい弓を引き絞ると、矢を放ちました。ところが矢は、半分も届かないうちに落ちてしまいました。次の矢も、次の矢も落ちました。ヤーラはがっかりして空の月を仰ぎました。
 その時、突然ギィーっと音がして、後ろの大きな岩が門のように開き、中から白いひげの老人が現れました。
「ヤーラよ、もしも力が欲しいなら、南山の大トラと北山の大シカの肉を食べよ。トラの尾の弓、シカの角の矢で射れば、きっと月まで届くだろう」
 老人はそう言うと、岩の中に姿を消しました。
 岩の門は、またギィーっと音を立てて、閉じてしまいました。
 ヤーラは困りました。そのトラとシカは弓で射ても、矢が刺さらないのです。
「大きな網で捕まえるほか、どうしようもない。だが、どこにそんな丈夫な網があるだろう」
 これを聞くと、ニーオは自分の長くて美しい髪の毛をなでて言いました。
「これで編みましょう」
 ニーオが髪の毛を抜くと、不思議な事に、髪の毛は抜く後からすぐに生えてくるのです。二人は夜も昼も編み続けて、それはそれは丈夫な網を作り上げました。
 二人はその網で、洞穴の入り口を囲み、出てきたトラを生け捕りにしました。今度は北山のシカの洞穴へ網を張りました。そして、シカも退治しました。
 ヤーラがその肉を食べると、素晴らしい力が体中にわいてきました。ヤーラはトラの尾で弓を作り、シカの角で矢を作ってターシー山に登りました。
 ヤーラは矢をつがえ、弓を引き絞り、狙いを定めました。
 ひょうっ。矢は月をめがけて真っすぐに飛び、ぴぱっと音を立てて月に当たりました。月から火花が飛び散りました。火花は空に散らばって、星になりました。
 矢は月に当たると、くるりと向きを変えてまたヤーラの手に落ちてきました。ヤーラはまた、その矢をつがえて月を射ました。
 こうして百回も続けました。月のごつごつした角はみんな飛び散り、空は星で一杯になりました。
 月はすっかり丸くなりましたが、あの怪しい光は相変わらず地上を照らし続けています。
 ヤーラはしょんぼりを弓を抱えて、山を下りました。


「ニーオ、どうしたら良いのだろう。あの、怪しい光を遮るものが欲しいのだが……」
 この時ニーオは錦を織っていました。錦には、金色の桂の木の下に立っている、ニーオの姿が織り込まれてありました。
 そして、ニーオはこれからヤーラの姿も織り込もうとしていたところでした。
 ニーオは言いました。
「この錦を矢の先に付けて、空に射上げなさい」
 ヤーラはすぐさま山に登り、その錦を矢につけて、ひょうっと月を射ました。
 矢は月に当たり、錦は月をすっぽりと覆ってしまいました。
 月はもう怪しい光を放ちません。柔らかな清い光を地上に投げかけています。人々は、喜びの声を上げました。
 その時、突然――
 月を覆った錦の中のニーオが動き出し、地上に向かって手招きをしました。
 すると、家の戸口に立っていたニーオが、ふわりふわりと空へ舞い上がり、あれよあれよという間に、月の中へ飛び込んで、二人のニーオがぴったりと一つになってしまいました。
 見ていたヤーラは、思わずへたへたと座り込んでしまいました。けれども、目だけはしっかりと見開いて月を見つめ、胸の中で叫びました。
「ニーオ。お前はなぜ、錦の中に私の姿を織り込んでくれなかったのだ。ニーオ、降りて来てくれ、ニーオ」
 すると、月の中のニーオが動いて、自分の髪の毛を伸ばして、長い長い一本のおさげを編みました。そして、月がちょうど山の上を通る時、ニーオはそのおさげを山の上に垂らしました。


 ヤーラはそれにつかまると、するするとサルのように登って、月の中へ入りました。二人はしっかりと手を握り合って喜びました。
 こうして二人は月の中で錦を織り、ヤギやウサギを飼って幸せに暮らしました。
 ごらん。あの月の中の黒い影、あれが、ニーオとヤーラなのですよ。



おしまい


戻る