ネズミと二人のお坊さん


                    ☆

 南のある国の町はずれに、お寺がありました。小さなお寺で、お坊さんは、一人しかいませんでした。
 お坊さんは、托鉢僧をしていました。人の家を回って、食べ物をもらって歩くのです。出掛けさえすれば、どこかで何かくれました。
「どれ、では、有難く頂くとしよう」
 と、お坊さんは、もらった物を食べますが、大抵は一日に食べきれません。余りは壺に入れて、柱の釘に吊り下げて寝ました。
 次の日の朝になると、お坊さんは、壺を下ろします。そして、お寺の掃除をしに来てくれた人たちに、残り物を分けてやりました。
 ある日の事です。お寺の近くに住んでいたネズミが、仲間達を呼びました。
「みんな、いい話なんだよ。向こうのお寺に、ご馳走があるのを見つけたんだ。僕らに取られないように、壺に入れて、柱の釘に吊り下げているんだよ」
「ひゃっ、すごいなあ! お頭、すぐ行きましょう!」
「よし。オレが上手くやって、みんなに、たらふく食べさせてやろう」
 頭のネズミも、ヒゲをぴくぴくさせて喜びました。
 夜中になると、頭のネズミは、大勢引き連れて出かけました。お寺は真っ暗で、お坊さんは、ぐっすり眠っていました。壺は、側の高い柱にかけてあります。
「音をさせずに、待ってろよ」
 頭のネズミは、思い切り飛び上がりました。訳なく壺に届きました。
 久しぶりのご馳走を、ネズミたちは分け合って、お腹いっぱい食べました。
「ああ、うまかった!」
「明日もまた来ようぜ!」
 喜んだネズミたちは、それから毎晩お寺へ来ました。
 朝、目を覚ますたびに、お坊さんは悔しがりました。
「や、また、やられたか! ネズミに違いない」
 壺の中には、お米一粒も残っていないのです。
「よし。今日こそ、良く見張っていて、盗ませたりはしないからな!」
 暗くなると、お坊さんは、どっかりとあぐらをかいて、辺りをキョロキョロ見回していました。でも、だんだん眠くなって、知らない内に、コックリコックリと、始めました。
(それ、今の内だ!)
 陰で様子を見ていた頭のネズミは、さっさと壺に飛びつきました。
 お坊さんが目を覚ました時には、もう間に合いません。食べ物は、すっかりさらわれた後でした。
「だめだ。何とか、ネズミをこの部屋に入れないようにしなくては」
 考えたお坊さんは、今度は、藪から長い竹を一本切って来ました。そして、次の日は、寝床に入ってからも、その竹の先で、時々壺を叩いていました。
 お寺へ忍び込んだネズミたちは、この音を聞いて、はてなと思いました。
「何だか変な音がするぞ」
「どうも、あの壺のある部屋らしいな」
「近寄るな! 恐ろしいものが、居るかも知れない」
 怖くなったネズミたちは、初めの日は、急いで逃げ帰りました。
 けれど、ネズミたちは、壺の中のご馳走が欲しくてたまりません。夜になると、また出かけて行って、部屋の様子を伺いました。
「やっぱり変な音はするけど、恐ろしいものなんか、居ないらしいぜ」
「だけど、中へ入る勇気は無いなぁ」
「入るのはよそうよ。危ないよ」
 よだれを垂らしながら、ネズミたちは、外でうろうろするだけでした。

 すると、幾日か経って、お寺へ、一人のお坊さんがやって来ました。
「おや、これは珍しい。良く訪ねて下された」
 お寺のお坊さんは、喜んで友達を中に入れて、話し始めました。
「今日は、泊まって行って下され。たまった話が、まだまだたくさんありますからな」
「それはすまんですな。では、ゆっくりさせてもらいましょうか」
 その内、夕食も済んで、夜になりました。二人は寝床に入っても、話し続けました。
 ところが、お客のお坊さんが話しかけても、お寺のお坊さんは、ちっとも熱心に答えません。竹の先で、壺を叩く事に気を取られているからです。
 お客のお坊さんは、腹を立てて、がばと起き上がりました。
「私は、帰りますよ!」
 いきなり怒った声がしたので、お寺のお坊さんは、ポカンとして見上げました。
「一体、どうしたんですね、こんな夜中に?」
「どうしたもないもんだ。あんたは、話はいい加減で、そんな子供のいたずらみたいなことばかりしている。親友だと思っていたからこそ、わざわざ、遠い所を訪ねて来たって言うのに。全く、人を馬鹿にしている!」
 それを聞いて、お寺のお坊さんは、成る程と思います。
「そうでしたか。いや、すまん、すまんです。これには訳があるんでねえ」
 と謝ってから、小さな泥棒達の事を話しました。
「それで、ネズミたちに襲われないように、こうして音をさせているんですよ。いやはや、叩くのも、実はくたびれて、参っているところでねえ」
「そうだったのですか。いや、そんな事とは知らずに、大きな声を出したりして、お恥ずかしい」
 笑いながら頭をかいてから、友達の坊さんは尋ねました。
「それで、ネズミの入って来るところは、分かっているのですか?」
「ええ、そこの穴からですよ。塞いでも、塞いでも、しつこく食い破って、入り込むんですからなぁ」
 と、お寺のお坊さんは、部屋の隅を指さしました。
「では、明日の朝早く、鍬を持って出かけましょう。ネズミの住処を探し当てるのです。お寺へ来る人達に、ネズミの足跡を消されない内にね」
 外に潜んでいたネズミの頭は、お客の話を聞いて、どきりとしました。
「一大事だ! いいか、みんな。オレ達の家を知らせないように、今日は遠回りをして帰るんだぞ」
 頭の言いつけで、ネズミたちはすごすご帰り始めました。
 暗い畑を走っていると、向こうから、大きな目が光りました。
「ひゃっ、猫だ!」
 ネズミは散り散りに駆け出しましたが、猫は素早く追いかけてきました。
 でも、危ない所を逃げ出したネズミたちは、血を垂らしながら、やっとの事で畑の中の家に帰り着きました。頭のネズミだけは、何処に行ったのか見えません。

 朝になりました。お寺では、お坊さんたちが鍬をもって庭に出ました。
「ほら、これですよ」
 地面に小さな足跡を見つけました。足跡をつけて行く内に、畑に血が垂れていました。間も無く、住処も探り当てました。
「ここだ。この下だ!」
 掘ってみると、穴の中から、金や宝石がごろごろ出てきました。
「こんなものまでネズミが持って行ったのか。いつの間にかお寺の物が無くなったので、不思議に思って捜してはいたんですが、見つからなかったのですよ」
 お坊さんは、あきれるやら喜ぶやら。
「盗まれた物なら取り返しましょう。さあ、これでもう大丈夫。ネズミ共は恐れて、来なくなりますよ」
「おかげで、やっとゆっくり眠れますかな」
 二人は笑いながら、金や宝石を持って、悠々と引き上げて行きました。
 その後へ帰ってきたネズミの頭は、びっくり仰天。
「ひゃあ、家がめちゃめちゃになっている。あれ、宝物も無いぞ! ああ、どうしよう」
 悲しくなって、あっちへうろうろ、こっちへうろうろしていました。
 あたりが暗くなりました。お腹がペコペコになった頭は、またネズミたちを連れて、お寺へ忍び込みました。
「おや、懲りずにまたやって来たようですな」
 お坊さんは急いで、壺を竹で叩き始めました。
「でも、見ていてごらんなさい。今日は、もう何も盗んでは行きませんよ」
 お客の坊さんが言ったので、ネズミの頭は、なめるなと言ってやりたくなりました。
 勇気を出してお坊さんたちのいる部屋へ入ると、頭は壺めがけて飛び上がりました。どういう訳か、今日は届きません。
 下に落ちて、ゴツンと頭を打ちました。
「はっはっは。宝物が無くなったので、ガッカリして高く飛び上がれなくなったんですよ」
 お客の坊さんが笑いながら言いました。
 ネズミの頭は、悔しくてたまりませんが、でも、その通りなのです。諦めて、すごすご出て行きました。
「そうだな。宝物は持っていかれるし、頭は意気地が無くなるし、これからはロクなものも食べさせてもらえそうにないな」
 ネズミたちがこそこそ話しているのを聞いて、頭はじっとしてはいられません。急いでもう一度お寺へ駆け戻りました。
「さあ、驚くな。今度は宝物を取り返してやるからな。そうしたら、あいつらも頼むから手下にしてくれ、と言ってくるに違いないさ」
 いい具合に、お坊さんたちはぐっすり眠っています。
「へへへ。まさかオレがまた舞い戻ってくるとは知らずに、眠ってるぞ。さて、宝物はどこにしまってあるのかな?」
 ごそごそ、部屋中を捜し始めました。
「あっ、見つかったぞ。あれがそうだな」
 宝物の入っている袋に飛びかかった時です。目を覚ましたお坊さんが、長い竹を振り上げました。
「待てっ、泥棒ネズミめっ!」
 力任せに頭を殴られた頭のネズミは、夢中で外へ逃げ出しました。
「ああ、まいった。もう、こりごりだ」
 ふらふらになった頭のネズミは、それきり、お寺へは行かなくなりました。



おしまい


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