もの言う鳥


                    ☆

 王様のお城の近くに、あまり広くも無い畑があった。この畑を耕していた男とそのおかみさんは死んでしまったので、残った三人の可愛い娘が後を継ぐことになった。
 ヨハネの祭りと言って、一年中で夜が最も短い、六月の『夏至』と言う日の前の晩が来た。何と言っても三人の娘たちは、いつかは自分のお婿さんになる人が気になるもので、それぞれの望みを話し合ってみた。
「私は、王様のパンを焼く人をお婿さんに欲しいわ。そうなれば、一生、真っ白なパンが食べられるものね」
 一番上の姉が言った。
「私は王様がお酒を飲む時の、お相手役をする人を、婿さんに持ちたいわ。そういう人なら、一緒にいても飽きるという事が無いと思うの」
 次の姉が言った。
「私の望みは、若い王様が、私の婿さんであればいい、という事だけだわ。ヨハネの祭りの晩に、何か願い事をすると、それが本当に思った通りになるという事だけれど、私の願いはとてもかなえられそうもないわね」
 一番下の妹は言った。
 ところで、この若い王様がその時、そっと娘たちの話を聞いていた。
 話を聞き終わると、若い王様は、娘たちがいる部屋の中に入ってきて、一番上の娘と、二番目の娘に、それぞれ、
「お前は、私のパンを焼く男を夫にしなさい。それからお前は、私が酒を飲む時に相手役をする者を夫にしなさい」
 そう言い、一番下の妹には、
「お前は、お前の望み通りに、私の妻におなり」
 と言った。
 そんなわけで、三人の娘たちは、三人とも自分が願った通りの結婚をすることが出来た。そして、その事が、人々の大変な評判にもなった。
 それなのに、一番上の姉も、次の姉も、まだ満足してはいなかった。
「もしも……」
 と、一番上の姉が、二番目の姉に、
「願い事がかなうと始めからわかっていたら、私だって若い王様のお妃になるように望んだのにね」
 そのように言った。
「それは、私だってそうだわ」
 二番目の姉が答えた。
 そうなると、上の姉たちは王様の妃の妹が憎らしいやら羨ましいやらで、たまらない気持ちになった。
 ちょうどその頃に、戦いが始まった。そこで王様は、戦場へ出かけることになった。お妃には、間もなく赤ん坊が生まれようとしていた。王様の出発する時、妃の姉たちに、妃の面倒をよく見てくれるようにと言った。
 王様の留守中に、妃は立派な男の子を生んだ。二人の姉たちが、色々世話をしてくれた。
 しかし、姉たちはやはり、妹を妬んでいた。それで、生まれたばかりの男の子を、豚のかごに入れ、川に捨てて流してしまった。その代わりに、猫の子を赤ちゃんのベッドへ持ってきて、
「お前はこんな子を産んだのだ」
 と、酷い嘘をついた。
 やがて王様は戦場から帰ってきて、お妃が猫の子を産んだと知らされた。それを聞くなり、王様はたいそう怒りはしたが、お妃をとがめるようなことは無かった。
 その内に、お妃にはまた男の子が生まれた。心の良くない姉たちは、今度は犬の子を赤ちゃんのベッドに連れてきて、生まれた赤ん坊の方は、やっぱり川に投げ捨てた。
 お妃に三番目の女の子が生まれた。が、あくまでも妬み深い姉たちは、この時もまた犬の子を替わりに連れてきて、生まれた赤ん坊はまたしても川へ捨ててしまった。
 二人の姉たちがやる仕業なので、妃もあっけないほどに上手く騙された。
 姉たちは、そういう酷い事をした挙句に、王様に向かって、
「こんなおかしな子供ばかり生む女をお妃にしておくのは、良くないと思います。石の壁に囲まれた教会の控室に閉じ込めてしまわないといけません」
 と言うのだった。
 王様は、三度、人の子ではない者を産んだ妃にすっかり腹を立てていたので、姉たちの告げ口を聞き入れて、妃を教会の一部屋に押し込めた。この部屋には、壁に小さな穴があるだけだった。そして、その部屋に入れられた不幸な妃は、その穴から食べ物を与えられた。
 ところで、川に投げ込まれた子供たちは、不思議に死ぬことも無く、元気でいた。それと言うのは、捨てられた三人が三人とも、庭造りの男に、川の岸辺で拾われて、その家で育てられていたからだった。
 その庭造りには子供が無かった。だから、拾われた男の子も女の子も、自分の子供のようにかわいがられて大きくなった。
 月日がたった。子供たちを育ててくれた親が亡くなった。親が死んだあと、立派な大人になった子供たちには、その家と庭と財産が残された。
 三人の子供たちは、親が生きていたころに庭造りの仕事を教わって、習い覚えていた。だから、残された庭はいつも美しく手入れがしてあった。
 その庭が美しいと聞いて、方々の国からお客が庭を見に来た。娘がお客たちに庭を見せると、誰でもその美しさに驚き、ほめない者は無かった。
 ある日、二人の兄が狩りに出かけた。その留守に、一人のお婆さんが庭を見に来た。娘が案内をすると、お婆さんは庭の隅々まで丁寧に見て回り、遠い国から運んできた珍しい木の下などでは、
「ほほう!」
 と嬉しそうに、何度も頷いてさえいた。
 ところが、お婆さんはすっかり見終わってから、
「この庭はとても立派だけれど、三つの物が足りないね」
 と、そう言った。
 娘がお婆さんに、
「一体、何が足りないのですか?」
 と尋ねると、
「この庭に、もの言う鳥と、命の水の泉と、金のリンゴを実らせる木があれば良いのだがね。この三つを探して手に入れさえすれば、この庭は本当に申し分が無い物になる」
 と答えた。
 そう言うなり、お婆さんはどこかへ行ってしまった。
 それを聞いた娘は、どこからその三つの物を手に入れることが出来るのだろうかと気にした。
 気にすると、きりが無かった。娘は気がかりのあまり、だんだん水が足りない草木のように弱ってきた。
 兄たちは、妹の様子がおかしい事に気が付いて、
「一体どうしたのだ?」
 と尋ねた。
 妹は、お婆さんから聞いた、もの言う鳥と、命の水の泉と金のリンゴの話をして、
「私達の庭に、その三つの物が足りないと言われたことが、気になってならないのです」
 と言った。
 妹思いの兄たちは、妹を慰めた。そして、
「お前がそんなに気になるのなら、その三つの物を探しに、世界の果てまでも行ってやろう」
 と約束をした。

 さて、上の兄が、始めに出かけることになった。兄は旅をするのに、まず一頭の馬を手に入れた。
 いよいよ出かける時、兄は、壁にかかったプコというよく磨かれた鋭い刀を差して、弟と妹にこう言った。
「これから出かける私の旅は、きっと長くなるだろうし、危ない目にも遭うだろう。だから、あのプコによく注意をしていてくれ。あのプコの刃が赤く錆つき出したら、私の命も危ないという印なのだからね」
 兄は旅に出発した。馬は力強く、蹄の音を響かせた。兄は、目当ての三つの物を探して長い道のりを進んだ。
 旅は兄を利口にした。兄は、とうとうその三つの物があるという、魔法の庭の在処を突き止めた。そして、胸を躍らせながらそこに言った。
 兄を見ると、その庭の番をしている老人が、
「こんにちは、王子様」
 と言った。
「私は王子ではありません。ただの庭造りの息子です」
 兄は答えて、自分が何故ここへ来たかを詳しく話して聞かせた。
 老人は話を聞くと、
「あなたが探しているものは、あの庭の真ん中にあります。そこには金のリンゴの生る木が生えていて、その枝に、もの言う鳥がとまっていますよ。命の水は、その木の下にひっそりと光を映しています。今までにも、この三つの宝を手に入れようとして、大勢の人がやって来ました。でも、誰一人うまくいかないばかりではなく、無事戻ってきた者もいません。宝物を取られまいとして守る、恐ろしい魔法の力にかかかって負けてしまうのです。もしあなたが宝物を手に入れようとなさるなら、後ろの方でどのような声がしても、決して振り向いて見てはいけません。振り向いたりしたら、あなたも宝を探しに来た他の人たちと同じように、灰色の石になってしまうのですよ」
 そのように言った。
 兄は老人の真心がこもった言葉にお礼を言った。そこで、馬を門の所につなぐと、三つの宝を手に入れようとして、庭の中へ入っていった。
 教えられた金のリンゴの木はすぐに見つかった。その枝に、金のリンゴが輝いていた。
 丁度その時、兄が立っている後ろの方で、小鹿の鳴き声と物凄く恐ろしい唸り声が聞こえた。兄は老人に言われたことを忘れ、思わす後ろを振り返って見た。その途端に兄は、そこらにたくさんごろごろしている灰色の石の一つになってしまった。
 兄はとうとう三つの宝を手に入れる事に失敗してしまったのである。
 一方、家にいた弟は、ある日、壁にかけてあるプコが赤く錆びついているのに気が付いた。
「おや、プコが錆びついているところを見ると、兄さんの身の上に、きっと何か良くない事が起こったのに違いない。兄さんがどうなったか、私はこれから調べに行くことにしよう」
 弟は妹に言った。
 弟は出かける時に、自分のプコを家に残して、やはりプコに注意するようにと妹に頼んだ。
 弟も兄と同じように、一頭の馬を手に入れ、その馬に乗って出発した。旅の途中での苦労は、弟も兄に負けないくらいだった。
 上手い事に、弟もとうとう、その魔法の庭へたどり着いた。門番の老人に尋ねると、兄がどうなったか、そのわけを残らず話してくれた。しかし、弟はそれを聞いても別段怖がりもせず、
「今度は私がやってみましょう」
 と、庭の真ん中へ入って行った。
 金のリンゴの側へ来た。弟は、決して後ろを見ないつもりだった。が、後ろの方では、何か美しい声がしたかと思うと、続いて唸り声が聞こえてきた。
(振り返ってたまるものか)
 弟は頑張り通そうとした。けれど、唸り声はだんだん大きくなるばかりで、弟の耳は今にも破れそうになった。
 弟はとうとう我慢をしきれずに、後ろを見た。途端に弟もまた、兄と同じように、そこらにある、たくさんの灰色の石の一つになってしまった。
 家にいた妹は、プコが赤く錆びついているのに気が付いた。そこで、下の兄の身の上にも、また何か悪い事が起こったのを知った。
 それでも妹は気を落とさなかった。こうなったうえは、兄たちがどうなったか、自分で出かけて確かめるよりほかは無いと決めたのである。
 妹は、さっそく出発の支度にかかった。そして、一頭の馬を用意し、鞍にまたがると、兄たちが行った道を兄たちと同じように進んだ。
 妹もとうとう、魔法の庭に行き着くことが出来た。そこで妹は、門から出てきた老人に、自分がはるばるここまで旅してきたわけを話し、
「いったい、兄たちはどうなったのでしょう?」
 と尋ねた。
 老人は、兄たちについて詳しい話を聞かせてくれた。そして、
「お前さんも、兄さんたちみたいにならないように、よく気を付けないといけないよ」
 そう教えた。
 妹は、たいへん利口だった。で、庭へ入っていくときに、耳に蝋を詰めて何も聞こえないようにした。だから庭へ入って行っても、妹には小鹿の声も聞こえなかったし、恐ろしい唸り声も、少しも気にならなかった。
 妹は、無事にリンゴの木の下へ行った。そして、まず初めに、その木の梢にとまっていたもの言う鳥を捕まえた。それから持ち帰って自分の庭に植えるつもりで、金のリンゴの木の若枝を、一本折り取り、持ってきた壺には命の泉の水を汲み入れた。
 引き返すときに、妹はたくさんの石が転がっている所へ来た。そこで妹は立ち止まり、
「どうすれば、私の兄たちの命を蘇らせることが出来るのでしょうか?」
 と言った。
 すると、もの言う鳥がそれに答えて、
「石に、命の水をかけなさい」
 そう言った。
 不思議な事に、もの言う鳥の声は、蝋を詰めた妹の耳にもはっきりと聞こえた。


 妹は石に水をかけた。と、生き返ったたくさんの若者たちが、元気そうに飛び出してきた。兄たちの他に、知らない若者が大勢いた。みんな、この庭の宝探しに来て石にされた者たちだった。妹のおかげで、誰もが命を取り戻したのだ。
 兄や妹達と一緒に、その若者たちもみんな、ぞろぞろと庭造りの家へ帰ってきた。そして、金のリンゴの木の若枝は、みんなの手で庭の真ん中に植えられた。それから、その木の下に泉が掘られて、底の方に命の水が入った壺が置かれた。
 庭造りの家の庭は、これまでにも増して、大変な評判になった。
 王様も、三つの宝が揃ったその庭を見においでになり、ひどく感心された。そこで王様は、健気なこの三人兄妹のために宴会を開くことにし、庭にたくさんのテーブルやいすを運ばせて、城の者たちも、お祝いの席へ招いた。
 話を聞いてみると、王様には、この兄妹達が庭造りの本当の子供ではない事がだんだん分かってきた。で、王様は、いったい誰がこの兄妹達の生みの親なのか、それが知りたいと思った。が、それは、本人の兄妹たちにも分からない事だった。
「誰か、本当のことを知らないものかなあ?」
 王様がそう言った時であった。
 もの言う鳥が、くちばしを開けた。そして、この兄妹が庭造りに育てられるようになったわけを詳しく喋った。おかげで、産まれたばかりの赤ん坊を川に投げ込み、その代わりに猫や犬の子を連れてきた悪い姉たちの行いも、すっかり知れてしまった。
 王様はこれを聞くと、飛び上がるほど驚いた。そして、教会の控室に罪もなく閉じ込められていたお妃を気の毒がり、
「すぐに救い出せ!」
 と、家来に言いつけた。
 間もなくお妃は救い出された。その代わりには、同じ部屋に二人の悪い姉たちが閉じ込められた。
 こうして、お妃はやっと自分が産んだ王子や王女に巡り合うことが出来た。その喜びがどんなだったかは、言うまでもないだろう。
 この後、王様の一家には、長い幸せが続いた。
 庭は相変わらず美しかった。王様は一家中でたびたびこの庭へやってきた。そこでは庭の真ん中に金のリンゴが実った木が茂り、その枝には、いつもものいう鳥がさえずっていた。また、木陰には命の水の泉が尽きることなく湧き出ていたのである。



おしまい


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