ラ・フォンテーヌ寓話

狼と犬
 エサが無くて、骨と皮ばかりになった森の狼が、ある日、毛並みのつやつやした立派な犬に会いました。
 狼は、ひょろひょろしながら犬のそばに行って、その太って立派な体を褒めました。
「犬君、君はよほどご馳走を食べていると見えるね。つやつやとした毛並みと言い、堂々とした体格といい、全く紳士だよ」
「なあに、君だって、森を離れさえすれば楽に暮らせるのにさ。本当に君たちの生活には、安全というものが無いよ。少しのエサを手にれるのにも、危ない目に遭わねばならないしね。いいから、僕についておいで。食事つきなんだぜ」
 と、犬が言いました。
「どんな仕事をするんだい」
「何も別にしなくていいのさ。怪しい奴が来たら吠えて追っ払ったり、うちの人達の御機嫌を取ったりするくらいさ。そうしていれば、ご褒美に鳥や魚の骨がもらえるし、その上可愛がって撫でてもらえるという訳さ」
 話を聞いているうちに、狼はすっかり自分が幸福になったような気がして、犬の後からのこのこついていきました。
 と、狼は、犬の首の後ろの皮がすりむけているのに気が付きました。
「犬君、首の後ろはどうしたんだい」
「何でもないさ」
「何でもないって、すりむけてるよ」
「毎日首輪をしてつながれているから、その痕だろうよ」
「君、つながれているの」
 狼は、びっくりして叫びました。
「それじゃ、自由に出かけることも出来ないんだね」
「そりゃそうさ。主人に仕えていれば、いつでもっていう訳にはいかないけど、そんな事気にしなくてもいいよ」
「なるほどね。食事つきとは、そんな訳があったのかい。つながれるなんて僕はまっぴらだな。どんな宝物をくれるからと言ったって、それだけは御免だ。犬君、さようなら」
 狼は逃げていきました。
 今でも、狼は森を自由に走っています。

おしまい


泥棒とロバ
 二人の泥棒がいました。
 ある日、ロバを盗んでくると、一人はそのロバを
「誰にも売らない」
 と言い、もう一人は、
「売ってしまおう」
 と言いました。
「売る」「売らない」で、とうとうケンカになりました。
 二人がげんこつで殴り合っていると、そこへもう一人別の泥棒が現れて、木陰につないであったロバを盗むと、逃げて行ってしまいました。

おしまい


兎と蛙
 気の弱い兎がいました。
 いつもびくびくドキドキ、穴の中で飛び上がってばかりいました。
 兎は思いました。
「ああ、臆病に生まれたものは損だ、損だ。ご馳走を食べる時でも、落ち着いて食べられやしない。眠る時さえ目を開けていなきゃならないのだからな」
 ある朝、兎はエサを探しに森へ行きました。
 臆病な兎は、途中何度も風の音や木の葉の影にも、ドキリとして身をすくめました。
 突然、ガサリと音がしました。大きな木の葉の落ちるような音でしたが、気の弱い兎は震えあがりました。
 一大事とばかり向きを変えると、今来た道をまっしぐら、穴に向かって走り出しました。
 夢中で走りながら、兎は水たまりのそばを通りました。
 すると、そこに遊んでいたたくさんの蛙たちが、ぽちゃんぽちゃんと水の中へ驚いて飛び込んで隠れました。
 兎は立ち止まりました。
「おやっ、僕を怖がる動物がいるのかい。世の中に僕より弱い奴がいるなんてね」
 兎は喜びました。
「いつも驚かされてばかりいるのに、今日は僕が脅かしてやったなんて愉快だな」
 うさぎはにわかに強くなったような気がして、一度くるりとでんぐり返りをすると、森を目指して跳んでいきました。

おしまい


納屋の中へ入ったイタチ
 とてもすんなりと細い身体のイタチの娘が、小さな穴から納屋の中へもぐりこみました。
 納屋の中には、野菜や果物などがしまってありました。
 イタチの娘は、ばりばり食べました。
 朝から晩まで食べ通している内、まるまる太ってきました。
 五、六日たった頃、納屋の前で人の足音がしました。
 驚いたイタチの娘は、素早く穴に駆け寄り、外へ出ようとしましたが、どうしたものか、穴は小さくて出ることが出来ません。
 穴を間違えたのかと思い、きょろきょろ辺りを探してみましたが、他に穴は見つかりません。
「やっぱりこの穴に違いないわ。四、五日前には楽に通れたのにどうしてかしら」
 イタチの娘が困っていると、ちょろちょろ一匹のネズミが出てきて、
「あの時のお前さんは、とてもすんなりしていたよ。痩せた体で入って来たのなら、痩せた体で出ていかねばならないのさ」
 と、言いました。

おしまい


魚とウズラ
 一羽の年を取ったウズラが池のほとりに住んでいました。
 もう、目も良く見えませんでしたので、水の中のエサをとるのにも不自由でした。
 ある時、ウズラは一つの計略を思いつきました。
「しめしめ」
 そこでウズラは、池の岸のザリガニの所へ行って、さも事件が起きたように慌てて頼みました。
「ザリガニのおばさん、水の中の魚たちの所へ行って、大変なことが起きたと伝えて下さいな。この池の持ち主が、一週間以内にこの池の魚を、全部捕ってしまうと言っています。この池にいては大変だから、今のうちに何とかするように知らせて下さい」
 ザリガニは、大慌てで水の中へ潜っていきました。
 池の底の魚たちは大騒動になりました。
 魚の代表が、ウズラの所へ相談にやってきました。
「いったい私たちはどうしたらいいのでしょう」
「場所を変えるしか方法はないよ」
 と、ウズラは教えてやりました。
「場所を変えると言っても、私たちに出来るでしょうか」
「心配はいらないよ、私が、その場所へみんなを順繰りに運んで行ってやろう。そこへ行く道は、神様と私よりほかに、誰も知らないのだから。これ以上の秘密の場所はないよ」
 と、ウズラが言ったので、魚たちは安心しました。そして魚たちは一匹ずつ、寂しい岩陰の水たまりに運ばれて行きました。
 それから先の話は、想像してみてください。
 神様とウズラのほかには、誰も知りません。

おしまい


ドングリとカボチャ
 神様のお創りになるものには、無駄なものがありません。一つその証拠に、カボチャ畑をごらんなさい。
 ある百姓が、カボチャの実がとても大きく、その割に茎がとても細いのを、じっと眺めていました。
「神様は、どんなおつもりでこんな物をこしらえなさったのだろうな。細い茎に、こんなでかい実をつけるなんて、これは確かに出来損ないだなあ。わしならこのカボチャの実は、あそこにある樫の木にならすな。第一その方が釣り合いが取れるというもんだよ。こんなでかい実が、大きな樫の木にならず、あんなちっぽけなドングリが、大きな樫の木になっている。こいつは、多分神様が実をつける場所を間違えなさったんだよ」
 それからしばらく経ったある日、百姓は樫の木の下で昼寝をしていました。
 すると、ドングリが一つ落ちてきて、眠っている百姓の鼻を傷つけました。
「あ、痛たっ」
 百姓は、目が覚めて顔を撫でまわしてみると、ドングリが髭の中に落ちていました。
「酷い目に遭ったわい。こんなちっぽけなドングリに鼻を引っかかれるなんてなあ。だが、あのでかいカボチャが落ちたらどうなっていたろう。やはり、神様の考えなさることは抜け目がないね。これで、カボチャを樫の木にならさない訳が分かったわい」
 と、百姓は感心してしまいました。

おしまい


靴直しと金持ち
 ある所に、靴直しが住んでいました。
 靴を修繕しながら、毎日歌を歌って愉快そうでした。
 その隣には、金持ちの男が住んでいました。この男は歌など歌った事も無く、毎晩ゆっくり眠った事もありませんでした。
 ある時金持ちは、自分の屋敷に靴直しを呼んで、尋ねました。
「お前さんは、一年にどのくらい稼ぐかね」
「一年にですって」
 と、靴直しは聞きなおしました。
「私は、そんなお金の数え方はしませんや。その日一日のパンを買うために稼いでいれば、じきに一年経っちまいます」
「では、一日にいくら儲けるかね」
「そりゃ多い事も、少ない事もありますがね。困るのは、一年のうちに仕事の無い日がしょっちゅうあるってことですよ」
 そこで金持ちは言いました。
「今日から、お前さんを王様にしてあげよう。ここに、一山の金貨があるから持ってお帰り」
 靴直しは、金貨の山を見て驚きました。
 ぴかぴかの金貨を家へ持って帰って穴ぐらの中に大切にしまいました。
 靴直しは金貨をしまう時、その陽気な笑い声も一緒に、穴ぐらの中へしまい込んでしまいました。
 もうその時から靴直しは、一度も歌いませんでした。一度も笑いませんでした。気持ちの良い眠りも、靴直しのベッドから、抜け出していきました。その代わり、心配と、疑いと警戒とが家の中へ入ってきました。
 靴直しはすっかり臆病になって、猫の足音にさえびっくりして、泥棒ではないかと恐れました。とうとう靴直しは、隣の金持ちの所へ行って、
「お願いです。どうぞ私の歌と眠りを、返して下さい。その代わり、金貨は一枚残らずお返しいたします」
 と、頼みました。

おしまい


狼と母と子
 ある田舎の家の門口に、一匹の狼が隠れて、中の様子を伺っていました。
 家の中では、赤ん坊が泣いていました。
 すると、母親が言いました。
「これこれ、そんなに泣くと、狼にやってしまうよ」
 それを聞くと狼は、
「ありがたい、赤ん坊をオレにくれるんだって」
 と、ゴクリとつばを飲み込み、今にも赤ん坊がよちよち出てきたら、食いついてやろうと身構えていました。
 ところが、家の中から、また母親の声がしました。
「おう、よしよし、もう泣くんじゃないよ。狼が来たら殺してやるからね」
 狼は驚きました。
「これは一体どういうことだ。ああ言ったり、こう言ったり、まるで話が違うじゃないか。オレを馬鹿にするにもほどがあるぞ」
 狼が怒っている最中に、家の中から人が出てきました。
 狼は逃げましたが、番犬に吠えられ、とうとう捕まって殺されてしまいました。
 翌日、村の入り口の家の前に狼の首がぶら下がり、そのそばに、

 狼諸君、
 赤ん坊をあやしている母親の言葉は、決して信じてはいけない。

 と書いた張り紙がしてありました。

おしまい


猫と二羽の文鳥
 ある家に、一匹の猫と、一羽の文鳥が飼われていました。猫と文鳥は、ずっとこのうちに一緒に育ったため、とても仲が良くて、文鳥はくちばしで猫をつついてからかい、猫は前足で文鳥にじゃれていました。
 しかし猫は、決して文鳥を傷つけるようなことはありませんでした。いつも爪は隠していました。
 けれど、文鳥はというと、これはワガママでしたから、猫を本当につついたりしました。でも猫は怒るようなことはありませんでした。
 ところがある日、隣の文鳥が遊びに来ました。遊んでいる内二羽の文鳥が喧嘩を始めました。
 猫はどちらかの味方をしなければなりませんでした。言うまでもなく猫は、我が家の文鳥に味方をしました。
「うちの文鳥をいじめる奴は、食べちまうぞ」
 猫は喧嘩の中に入って、隣の文鳥を食べてしまいました。
「おやっ、鳥っていうやつは美味いもんだなあ」
 隣の文鳥に舌鼓を打った猫は、その味が忘れられずに、仲良しの文鳥まで食べてしまいました。

おしまい


ヒヨコと猫とネズミの子
 まだ、外へは出た事の無かったハツカネズミの子供が、ある時、冒険をしました。
「お母さん、ぼく今日、山の向こうまで行って、二つの動物に会ったよ。一つはとても優しくて大人しく、親切そうに見えたけど、もう一つの方は、騒がしくピヨピヨ鳴いていて、ときどき飛び上がるような格好をするの。羽の生えた、広い尻尾が付いてたよ。するとね、突然その動物が、手のようなものを持ち上げて、バタバタとお腹をたたき、やかましい声を出すのさ。ぼく怖くなって逃げてきたよ。ああ、あの動物さえいなければ、ぼくもう一つの優しそうな動物と、友達になれたのになあ。その動物は、ぼく達と同じようにビロードのような毛並みをして、長い尻尾と、良く光る眼を持っていたよ。それからぼく達の親戚と、同じ形の耳を持っていたよ。だから、ぼくが近寄ろうとしたのに、も一つの動物が突然騒ぐものだから、逃げてしまったのさ」
 じっと聞いていたお母さんネズミは、
「それは危ないところだったね。その優しそうな動物というのは、猫と言って見たところは優しく可愛らしい様子をしているけれど、私たちネズミ族を片っ端から食べてしまう悪魔だよ。もう一方の動物は、ヒヨコと言って、怖いどころか、私たちの食べ物になる事だってあるくらいよ。やかましく鳴きたてて、お前は猫に近寄るんじゃないと、知らせてくれたんだろうよ。見かけだけでは、相手はわからないものだね」
 と、言いました。

おしまい


ロバと子犬
 ある家にロバと子犬が飼われていました。
 ロバは鞭で叩かれて仕事をしているのに、子犬はじゃれて主人や奥さんに可愛がられて、暮らしていました。
 ロバは考えました。
「全く不公平だな。子犬は可愛がられて僕はひっぱたかれてさ。なんだい、あの奴のやる仕事は、“お手”と言われて前足を差し出すだけじゃないか。あんなことで主人や奥さんに、なでられたり頬ずりされたりするなら、可愛がられるなんて訳も無い事じゃないか。僕も見習ってやろうか」
 ロバは、主人の機嫌のよい日にそばへ近寄りました。
 それから子犬をまねて、片足の蹄を高く上げると“お手”をしました。
 ロバはなんだかうれしくなって、その足を主人のあごの所へ持っていき、鼻をぴくぴくしながら『ひーん』と歌を歌いました。
 主人は驚いて、ひっくり返りました。
「なんてことをする奴だ」
 突拍子もない声を出して、
「おうい、誰か棒を持ってきてくれ」
 番人が棒を持ってかけてくると、ぽかりとロバを打ちました。
 ロバは、すっかり元気をなくしてしまいました。

おしまい


クジャクの羽をつけたカケス
 一羽のクジャクが着替えをして、古い羽を脱ぎ捨てました。
 それを見ていたカケスが、落ちた羽をみんな拾って自分の身体に貼り付けました。
 とても綺麗になりました。
 カケスは飛び回りました。
「あなた方よりも美しいわ」
 カケスはクジャク達の所へ行って、自慢しました。
 クジャク達はカケスを見ました。
「変な鳥ね」
「あらあの羽、裏返しについているわ」
「人まねこまねのお馬鹿さんよ」
 カケスはクジャク達に笑われました。そこでカケスは仲間たちの所へ帰ってきましたが、誰も遊んでくれません。
 クジャクの羽をつけたカケスは仲間外れにされてしまいました。

おしまい


カエルとネズミ
 一匹のネズミがいました。
 毎日ご馳走を食べている幸せなネズミでした。
 ある日、沼のほとりで陽気にはしゃいでいると、カエルが来て話しかけました。
「ネズミ君、ぼくの所へ遊びにいらっしゃい。ご馳走しますよ」
 カエルは水の中の生活の楽しさや、この沼の景色の美しさを話してくれました。
 ネズミは喜んで、招かれていくことになりましたが、一つ困った事がありました。それは、ネズミは少しだけなら泳げましたが、とてもカエルと一緒に泳いでいくことは出来そうにもありませんでした。
 カエルにそのことを話すと、
「こうすればいいだろう」
 と、灯心草で自分の足とネズミの足を結びつけました。
 いよいよ水の中へ飛び込むと、カエルはある限りの力を出して、ネズミを水の中へ引っ張り込もうとしました。
 カエルははじめからネズミをだまして、料理して食べるつもりでいたのでした。
 可哀そうなネズミは、
「おう、神様」
 と叫びました。
 カエルは笑いました。
 ネズミは引っ張られて苦しみました。
 ちょうどそんな時、空をトンビが飛んでいました。
 ゆうゆうと大きな輪を描きながら、トンビはふと沼の上でばちゃばちゃしている小さな動物を見つけました。
 トンビは真っすぐに下りてくると、ネズミをつかみ上げました。
 ネズミと足を結び付けていたカエルも一緒に引き上げられ、空高く運ばれて行きました。
 ネズミの足にカエルがぶら下がっていたなんて、トンビにとっては思いがけないご馳走でした。

おしまい


馬と狼
 春になって、狼が山を下りてきました。
 すると一頭の馬が、牧場で草を食べているのを見つけました。
 狼はにたりと笑って、舌なめずりすると、
(ご馳走様)
 と、心で叫びました。
「だが待てよ。大人しい羊を捕らえるのとはわけが違うからな。うまい計略でやらぬと失敗だぞ」
 狼は馬のそばへ行って、話しかけました。
「馬君、僕は有名な医者だが、君はどこか悪くないかね。手綱も鞍もつけずに、こんな牧場に放されているなんて、僕ら医者の目から見たら、君は病気だよ。一度診察してあげよう」
 馬は答えました。
「先生、ぜひお願いしますよ。後ろ足のかかとに“おでき”が出来て、痛んで困っているところです」
「それはいけないねえ。どれちょっと手術してあげよう」
 狼はしめたと、馬に近寄り、隙を窺って飛びかかろうと考えていました。
 利口な馬は、最初から何もかも見抜いていましたから、狼が手術の真似をして後ろ足のそばに身をかがめた時、狼の顔をぱかっと力の限り蹴飛ばしました。
 狼の顔は、顎や歯が砕けて、目も鼻も見分けがつかない程めちゃめちゃになりました。
(しまった)
 と、狼は心の中で叫びました。
(いつもの自分のやり方で、いきなり飛びついて殺せば上手くいったのになあ。医者の格好など真似たばかりの失敗さ)
 狼は悔しがりながら、大怪我の顔を抱えて逃げていきました。

おしまい


病気の獅子とキツネ
 獅子の王様が病気になり、洞穴にこもってしまいました。ある日、家来の動物たちの所へ、
「めいめいの代表たちを王の見舞いに寄越すように」
 と、獅子の一族から便りがありました。
「絶対、我々獅子族の名誉にかけても、あなた方を丁寧に扱い安全を保障します」
 と、通行券も送ってきました。
 サルも、クマも、鹿も、ヤギも、七面鳥も、その代表者を王様の所へお見舞いに出しましたが、キツネの一族だけは、知らん顔をしていました。
「通行券は有り難いですがねえ」
 キツネどもは笑いました。
「御覧なさい。洞穴の方へ向かって、たくさんの足跡が付いているでしょう。しかし、元へ引き返してきた足跡は一つも無いんですよ。僕たち王様の餌食になるのは、御免ですよ」
 とうとうキツネは、代表など出しませんでした。

おしまい


羊飼いになった狼
 ある時、狼が、羊を捕らえて食べたくなりました。良い計略がありました。
 あの化ける事の上手いキツネのように、自分も羊飼いに化けて行こうと思いついたのでした。そこで狼は、羊飼いの着ている綿入れのチョッキや、杖や笛などを身に着けて、帽子をかぶって出かけました。
 その頃本物の羊飼いは草原で昼寝をしていました。犬も羊たちも笛も眠っていました。
 羊飼いに化けた狼は、本物の羊飼いが眠っている間に、羊たちを自分の住んでいる森へ連れてゆこうと思いました。帽子だって、杖だって、チョッキだって、本物の羊飼いにそっくりでした。
「よし、声もまねてやろう」
 と、狼は優しく羊を呼びました。
 しかしこれは失敗でした。せっかく今までの苦心は何もなりませんでした。狼の口から出た声は、

 ウォーッ

 と、森に響き渡りました。
 恰好だけは、立派な羊飼いになれた狼も、その声まで真似することは出来ませんでした。
 その声に、犬も羊も羊飼いも目を覚ましました。
 狼は慌てました。綿入れのチョッキなど着ているので、素早く逃げることも出来ず、ウロウロしている内に捕まってしまいました。

おしまい


乳売り女とミルクつぼ
 頭のてっぺんに、ミルクつぼを乗せて、乳売り女のペレットは町へ出かけていきました。
 低い靴を履いて、短いスカートをひらひらさせて、活発に歩いていくペレットの頭の中は、もう乳の売上高を勘定しながら、お金の使い道を考えていました。
「ええと、まず鶏の卵を百個買い、それを孵して雛にして、家の周りでヒヨコを飼うわ。ヒヨコが育てばしめたもの。ブタを一匹買うのだけれど、ヒヨコはキツネに狙われて何羽かとられる勘定ね。それでもまさか豚一匹買えないことはあるまいし、ともかくブタを買うとしよう。ブタはらくらく育つから、ちょうどよい加減太ったら、ブタを売ってお金に変える。それから今度は牝牛と雄牛、一匹ずつ買って小屋に入れ、次々家畜を殖やしていくわ。ついに私は、牛や馬、ヤギやアヒルやたくさんの家畜の中で飛び跳ねる。そんな身分になるんだわ。そんな身分になるんだわっ」
 ペレットは、嬉しさのあまり本当にぴょんと飛び上がりました。ミルクつぼは落ちました。牝牛も雄牛も豚もヒヨコもさようなら、みんなおしまいでした。
 お金持ち気分で楽しい夢を見ていたペレットは、悲しそうに壊れたミルクつぼから流れ出る白いミルクを見つめていました。
「帰ったら主人に叩かれるわ」
 そう呟くとペレットは、しょんぼり、今来た道を帰っていきました。

おしまい


シカの水鏡
 昔、一匹のシカが、水晶のように澄んだ泉に自分の姿を映していました。
「ぼくの角は、何と美しい事だろう。それに比べて、この細い足のみすぼらしいこと……」
 と、悲しんでいると、突然、鹿狩りの犬が追いかけてきました。
 慌てて森の中に逃げ込んだところ、自慢の角が木の枝に引っかかって、危うく殺されそうになりました。しかし、嘆いていた細い足のおかげで、ようやく逃げ出すことが出来ました。

おしまい


カラスとカモシカとカメとネズミ
 カラスと、カモシカと、カメとネズミの四匹が、人間に気づかれない良い場所で、仲良く幸福に暮らしていました。
 けれど人間はどんな隠れ場所も、見つけ出してしまいます。
 ある時カモシカが、散歩に出かけました。すると後ろから一匹の猟犬が、カモシカの足跡を見つけて追いかけてきました。カモシカは夢中で逃げました。
 家では、食事になってもカモシカが帰ってこないので、ネズミも、カラスも、カメも心配していました。
「私がカラスさんのように羽を持っていたら、ちょっと飛んで行って見てくるのに」
 カメに言われてカラスは飛び立ちました。
 カラスは、カモシカが罠にかかって苦しんでいるのを見つけました。
 カラスは全速力で飛んで帰ると、皆にこの事を告げました。
 三匹は相談して、カラスとネズミが駆けつけていくことになりました。
「カメさんは足が遅いから、留守番をお願いするよ」
 カラスとネズミは急いで出ていきました。
 けれどカメも、仲間のカモシカの事が心配でたまりません。とても落ち着いて留守番などしていられず、カラスとネズミの後を追って家を出ました。
 重い甲羅をしょったまま、短い足でのこのこと、一生懸命急ぎました。
 先に着いていたネズミたちは、大急ぎでカモシカのかかっている罠の結び目を噛み切りました。
 カモシカは喜びました。
 けれど、ほっとしたのもつかの間でした。
 後ろに猟師の足音がしました。
「おや、カモシカが逃げたぞ」
 猟師は叫びました。
 ネズミはその辺りの穴に隠れ、カモシカは森の茂みに、カラスは木の枝に隠れました。
 猟師は怒って辺りを探していましたが、そこへのこのこ歩いてきたカメを見つけました。
「これは有り難いや。取って帰って夕飯のおかずにしよう」
 猟師はカメを袋に入れました。
 この様子を木の上から見ていたカラスは、急いでカモシカに告げました。
 カモシカは、隠れていた場所から飛び出て、わざと足を引きずり、猟師の前に出ました。
 猟師は何もかも投げ捨てて、カモシカを追いかけました。
 わざと足を引きずっていたのですから、素晴らしく足の速いカモシカに、追いつくはずはありません。
 その間にネズミは穴から出てきて袋を噛み切り、カメを出してやりました。
 仲間同士がお互い助け合って楽しく暮らしているのは美しい事です。
 カラス、カモシカ、カメ、ネズミ、この仲間達の誰に賞品を渡したらいいでしょう。
 私なら誰にもやりません。みんなのその一生懸命な心にやります。本当の友情をもってすれば、何一つできない事はありません。

おしまい


ラクダと浮き
 ラクダと言う動物を一番初めに見た男は、驚いて逃げ出しました。
 背中にこぶの二つも飛び出た大きな動物は、どう見ても怪獣としか見えなかったのです。
 次にラクダを見たという二番目の男は、恐る恐るラクダのそばへ寄っていきました。
 怪獣かと恐れていたのに、意外と大人しかったからです。
 さて三番目に見た男は、平気で近づいていき、その口にくつわをはめました。
 こんな具合に、どんなに恐ろしく妖しく見えたものでも、長い間には慣れて、親しくなってくるものです。
 もう一つ同じような話があります。
 ある時、海岸で見張りをしていた男が、ふと沖の方に一点何かを見ました。
「やあ、敵の船が現れたぞ」
 男は叫びかけてよくよく見ていました。しばらくすると、それは釣りに出ていた漁り船のように見えてきました。
 なおもよく見ていると、ただの小舟のようであり、さらに眺めていると、やがて箱のようにも見え、最後に近くへ寄って来たのを見ると、それはただの棒きれが、波に漂っているのでした。
 遠くから見れば立派そうに見えたのも、近寄ってみれば大したことはありません。世の中にはこんなことが沢山あるものです。

おしまい


森と木こり
 木こりが森で斧の柄を折りました。
 そこで木こりは、森の木たちに頼んでみました。
「斧の柄が折れて困っているのだが、新しい柄を付け替えるのに、枝を一本だけ取らしてくれないか。一本だけでいい。そうすればわしは、もうお前達を切り倒すことはしない。この森には二度と来ないからな」
 正直な優しい森の木たちは、木こりの約束を信じて枝を一本やりました。木こりは枝をもらうとすぐに新しい柄をこしらえましたが、何としたことかたちまち斧を振り上げて森に向かうと、ばさりばさりと木を倒し始めました。
 森の木たちは、呻き苦しみました。
 森は、自分の与えた贈り物で自分が苦しむことになってしまいました。

おしまい


キツネと七面鳥
 七面鳥がキツネに追い詰められて、木の上に逃げました。
 枝の上へ上へと逃げて、そこからキツネを見張っていました。
 キツネは木には登れません。木の周りをうろうろ歩き回りました。
 しかし、そこは知恵のあるキツネの事です。なんとか戦法を考えました。
 ぼりぼり幹をひっかいて、木に登る格好をしたり、急に倒れて死んだマネをしたかと思うと、生き返ってみたり、どんな喜劇役者も真似ができないような芝居をしてみせました。
 それで、木の上にいる七面鳥は、眠ることが出来ません。キツネの方ばかり見つめていたので、目がより、目がくらんで、木の上から落ちました。
 そこでキツネは、楽々と獲物を運んでいきました。

おしまい


金持ちとサル
 ある所に、お金を貯めるために生まれてきたような男がいました。寝ても覚めても、お金の事ばかり思い詰めて、お金を勘定していました。
 ところが妙な事に、だんだん勘定が合わないようになりました。
 男は大きなサルを一匹飼っていましたが、このサルが主人のいない隙に金貨を窓の外に投げていたのでした。
 ある時サルは、ピカピカ光る金貨を水に投げ込んだら、どんなに面白いだろうと思いついて、窓の下を流れる川に一枚投げてみました。
 金貨はパチャリと音を立てて、青い流れに吸われて行きました。
 面白くてキャッキャッ声を上げて、金貨をどんどん投げました。
 金貨も銀貨もお金と言うお金はどんどん投げました。
 ぴかりと光って、チャリンチャリン音を立てながら、たくさんの金貨、銀貨は川の流れに吸われて行きました。
 人間にとっては、何物にも代えることの出来ない宝でも、サルにとってはただのおもちゃと変わりありません。
 もしその日、男が早く帰ってこなかったら、部屋の中のお金は全部海の底まで運ばれて行ってしまったでしょう。
 神様は、本当のお金の使い方も知らずに、ただ無暗に貯め込んで勘定ばかりしている金持ちに対して、時々こんな罰をお与えになります。

おしまい


ツバメと小鳥
 一羽のツバメが、あちこちと旅行しているうちに、色々な事を覚えました。
 つばめは台風の来る前に、船の水夫たちに知らせてやることも出来ました。
 ある年の事、畑に麻の種をまく季節になり、一人のお百姓が、せっせと種をまいているのをツバメは見ました。
「これは大変だぞ」
 ツバメは、野の小鳥たちに教えてやりました。
「小鳥たちよ、あのお百姓がまいている種をごらん。あれは、今にお前さん達を捕まえたり、殺したりする不幸な種なんだよ。だから、今のうちにあの種を全部食べておしまい。早く早く」
 小鳥たちは、ツバメの言うことなど何も聞きもしませんでした。
 野原には、いっぱい食べ物があり、麻の実など、誰も見向きもしなかったのです。
 やがて、畑には緑の芽が出ました。
 ツバメはまたやってきて、小鳥たちに注意しました。
「悪いことは言わないよ。早くその芽を引き抜いておしまい」
 すると小鳥たちは、
「芽を抜くなんて大仕事さ」
「いらぬお世話だよ」
「つべこべ言われるのはごめんだわ」
 と、小鳥たちは、てんで相手にしませんでした。
 ツバメはもう一度やってきて注意しました。
「ごらん、麻はこんなに大きくなってしまったよ。お百姓たちは畑の手入れをしなくていいようになると、きっと小鳥たちの方へ目を向ける。そして、罠や霞網を振り回してお前さん達を捕まえてしまうのだ。もう今になっては仕方がないから、あまり飛び歩かずに、巣の中でじっとしていなさい」
 小鳥たちは、おしゃべりしていて見向きもしませんでした。
 あくる日から、小鳥たちは、次々に何羽も何羽もお百姓の網にかかり、捕まってしまいました。

おしまい


老人と三人の若者
 せっせとお爺さんが、庭に果物の苗を植えていました。
 その隣に住んでいる三人の若者が、それを見て言いました。
「あんな年寄りが、苗を植えてどうするんだろう」
 そこで、お爺さんに注意しました。
「お爺さん、あまり働くのはおよしなさい。せっかく苗を植えても、その実がなるのはずっとずっと先の事ですよ。もしかするとお爺さんは、その果物を見る事も、食べる事も出来ないかも知れませんよ。お爺さんは、もうのんびり遊んでいらっしゃい。働くことは若いものがやりますよ」
 すると、お爺さんは、
「いや、それはお前さん方、間違っているよ」
 と、答えました。
「人間が一つの大きな仕事をやり遂げるまでには、長い長い年月がかかるものだ。だがそれでいて人間の命は短い。お前さん方は、わしの命がもうわずかしかあるまいと馬鹿にするけれど、永遠に続く宇宙の生命から見れば、わしの命もお前さん方の命も、同じように短いのだよ。一秒間先の命がどうなろうと、私たちの誰にも分かりはしない。今に私のひ孫たちが、私の植えた果物の木の下で、楽しく遊ぶだろう。お前さん方は、他人を喜ばせるために苦労することを馬鹿馬鹿しいと思うのかい。わしは仕事をする事が喜びだ。明日もその次の日も、また次の日も、この喜びは続くかもしれない。ひょっとすると、お前さん方がお墓の中に眠っても、私の働く喜びは、まだ続くかも知れないよ」
 お爺さんの言った通りでした。
 若者の一人は、外国に旅行しようとして、港を出るか出ないうちに、難船して死にました。
 二人目の若者は、戦争に行って死にました。
 三人目の若者は、接ぎ木をしていて、木のてっぺんから落ちて死にました。
 お爺さんは、三人の若者の大理石の墓の上に、涙を流してやりました。

おしまい


ネズミとフクロウ
 一本の古い松の木が切り倒された時、その腐ってがらがらになった太い幹の中から、いろいろな虫けらと一緒に、丸々と太った足の無いネズミがたくさん出てきました。それには、訳があるのです。
 もと、この松の木は、フクロウの巣でした。
 その巣に暮らしていたフクロウと言うのは、知恵のあるたいへん年を取ったフクロウでした。ある時、フクロウは、好物のネズミを飼う事を思いつきました。早速フクロウは、ネズミの赤ん坊をとってきて、エサを与えて育て始めました。
 ネズミの赤ん坊は、丸々太って育ちました。しかし、大きくなると、皆いつの間にか巣から逃げて行ってしまいました。
 そこでフクロウは考えた末、ネズミがまだ赤ん坊のうちに、その足を食い切ってしまいました。
 ネズミを歩けないようにしておいて、エサをやって育てました。
 まるまるとネズミが太ると、今日一匹、明日一匹と、大好きなご馳走をゆっくり平らげました。
 いっぺんに慌てて食べなくても、ネズミは逃げはしないのですから、便利な事でした。体のために良い事でした。
 さて、こんな名案がどこにあるでしょう。
 たとい人間にだってこれ以上の素晴らしい思い付きを発見できません。

おしまい


大きなロウソク
 ミツバチの巣から甘い蜜を取った後に、蝋が残ります。その蝋で作られた一本の大きなロウソクがありました。
 ある日、ロウソクは窓際に積まれている赤いレンガに尋ねました。
「あなたは、何年経っても美しくて変わらないのね。私たちロウソクのようにすり減るなんてことが、どうして無いのでしょう」
 すると、レンガが答えました。
「そもそも、私とあなたとでは、出来が違うのよ。私は熱い火の中をくぐって生まれたんですもの」
 それを聞いたロウソクは、大変羨ましがりました。そして、さっそく自分も火の中へ飛び込んで、溶けてしまいました。
 全てのものには、それぞれ違いがあります。全てのものが、みな自分と同じように出来ているという、間違った考えは捨てねばなりません。
 溶けてしまったロウソクだって、人間より馬鹿だとどうして言えましょう。

おしまい





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