きのこのばけもの


                    ☆

 むかしむかし。
 貧乏な男が暮らしに困ってねえ、お面をたくさん買って、あっちの国、こっちの国を売りに回っていたって。
 ある日のこと。日も暮れて来たので、お面売りの男は道端の家に寄って、一晩泊めてもらいたいと頼んだ。
 すると、その家では、
「申し訳ないが、おらの家は、この通り小さい所へ取り込みがあってなあ、混雑している。隣の家は大きくて人も住んでおらず、具合がいいのだが、一つ困った事があってなあ」
 と言ったって。
「何だね。その困った事というのは」
「それがなあ、化物が出るという噂でなあ。生きて帰った者が無い」
「なに、化物。そんな事なら、おらは構わねえ」
 お面売りはそう言って、隣の空き家に入って行った。

                    ☆

 何ともかともでかい屋敷で、それが人ひとり住んでいない。勿体ないことだと上にあがってみると、道具も何もかもそっくり揃っている。
 これあいいとお面売りは、炉のそばに座り、まず火をたいた。
 そうしてその明かりで、お面を並べ、その日の売り上げを数えていると、ミシリ、ミシリと恐ろしい足音をさせて、来るものがあった。
 お面売りは、ふん、出たなと思ってねえ、知らん顔をしていると、後ろの戸がすうーっと開いて、
「やい、そこに人間いるか」
 と、大きな声で言う者があったって。
 お面売りが振り返ってみると、開けた引き戸いっぱい、ふさがるような、大きな顔の化物が、こっちをじいっと覗いていた。
 お面売りはぞれっとしたけれども、そうだっと思ってねえ、そこにあったおかめの面を被ると、じろっと振り向いて、
「ばあーっ」
 と言ってみせたって。
 すると、向こうの何やら分からん化物は、あはは、とものすごく笑った。


 そこでお面売りは素早く今度は、ひょっとこのお面を被ってねえ、
「べえーっ」
 と、変な声を出してみせたって。
 すると化物は、ははは、とまた笑ったから、お面売りはまたくるっと向きを変えて、今度は鬼のお面をかぶり、
「がーっ」
 とうなって、振り向いてみせた。
 すると化物は、笑うのをやめて、
「いったい、お前は何者だ」
 と聞いたって。
「オレか、オレはばけもんだが、そう言うお前は何者だ」
「俺もばけもんだ」
 お面売りはそれを聞くと、いかにも馬鹿にしたように、鼻を鳴らしてねえ、
「ふん、お前もばけもんか、しかしお前は大きなつらをしているが、たったそれだけのばけもんか。つまらねえな」
 と言うと、化物は、
「ああ、俺はこれだけだが、その代わり、いくらでも大きな顔になれるのだ」
 と言ったって。お面売りは、
「それでは、いっこうに面白くないな。ばけもんと言うのは、色々に化けてこそばけもんだ。オレを見たか」
 と威張った。
「見た見た。いや実に大したものだ」
 化物は、素直に感心したって。
「なに、これしきの事で感心されては、こっちが迷惑する。まだまだオレには、とっておきの化け方がある。見せてやるからまず火にあたれ」
 お面売りがそう言うと、化物は困ったように、ねえ、
「実は、俺は火の側によると、具合が悪いのだ」
 そう言ったって。お面売りの男は、からから笑って、
「火が怖いとは、情けないばけもんだ。一体お前は、いつからばけもんになった」
 と言うと、化物は話し始めた。
「実は、俺は深い山の奥に、何百年と立っていたくるみの木が折れて、それが腐って、そこに生えたきのこだ」
「ふむふむ、それで」

「きのこではあったが、幾年も幾年もそこに生えている内に、かなり大きくなったぞ。するとある日、綺麗な鳥が木に止まって、美しい声で鳴いている。はじめは美しい声だ、美しい声だと思っていたが、その内にどうしてもその鳥が食いたくなってきた。食いたい食いたい、ああ食いたいなあと、思っている内に、俺の体にいつの間にか口が出来て、ひょいとその鳥を吸い込んでしまった。いやその美味いこと美味いこと」


 化物は、ごくりと喉を鳴らして、また話し続けたって。

「それからというもの、思うように生き物が食えるようになり、長年そうしてきたが、その内に、くるみの木がすっかり腐って折れたので、俺は木から滑り落ち、ずりずりと歩き出した。そうなればもう、立派な本物のばけもんじゃないか」
「ふむ、それで」
「そこで山にばかりいるよりはと、里に下りてきて、どこに行く所も無いから、この家の縁の下に住み着いた。ある日、相手欲しさに座敷へ出てな。……まあそれからずうっとここに暮らしているという訳だ」


「ははあ、分かった。それでここの人を食ってしまったな」
「いやいや、そうではない。俺がそばへ寄ると人は震え上がり、ひっくり返って死ぬ。それでまあ、飲み込む訳だ。初めから取って食う気は無いぞ」
「そうか、良く分かった。まずまずここへ来て、火にあたれ。夜明けまで話そう」
 お面売りが言うと、化物は首を振って、
「いやいや、前にも言った通り、俺はきのこだから火が怖い。塩が怖い。その辺の板は、長年ものを煮たり焼いたりして、塩気が染み込んでいるので、そこには行かぬぞ。しかし化物友達に会えてこんなに嬉しい事は無い。また明日喋ろうじゃないか。そうだそれに、俺はナスが嫌いだ。お前は好きか」
 と言いながら、ミシリミシリと、奥の方へ消えていく。そうして悲しげな声で

  なーすの煮汁
  なーすの煮汁が こーわいよ
  なーすの煮汁が こーわいよ

 と歌うのが聞こえたが、やがてそれも静かになった。
 そこでお面売りはごろりと横になると、ぐっすり眠ってしまった。

                    ☆

 次の朝になると、隣の家の人は、
「昨夜の客人はどうしたべ」
 と心配になって、恐る恐る覗きに来たって。

 すると死んでいるかと思ったお面売りが、元気で飯を食ったり、味噌汁を飲んだりしていた。たまげて、
「よう無事でいたな。何事も起こらなかったか」
 と聞くと、
「何事も起こらぬどころでない。大変な事があったから、お前達と相談すべと思っていたところだ」
 と言って、昨日の話をした。
 さあそれから、村中騒ぎになってねえ、大釜集めて塩汁煮立てるやら、塩漬けのナスと、その汁を集めて煮立てるやら。そうして、いくつもいくつもの桶に、その汁を入れ、ひしゃくを立てて家の中を探したけれども、きのこの化物は居ない。

 これはおかしいと思って、あちらこちらを見て回ると、どこからか、ぐうーぐうーと、いびきが聞こえてきた。
 むにゃむにゃと、寝言も聞こえる。

  なーすの煮汁
  なーすの煮汁が こーわいよ

「それそれ、あの声だ」
 お面売りはそこで先に立って、奥の座敷を覗いてみると、いたいた、何やらおかしな化物が、ぐうー、ぐうー、とだらしなく寝ていた。


 お面売りは、それっと村の人に目配せして、ざぶりざぶりと、ナスの煮汁や、塩汁をぶっかけた。するとそのおかしなものは、もがもがと大きくなって、あっちに滑り、こっちに滑り、人を取って食おうと口を開けるけれど、塩水かけられてはどうにもならない。
 とうとうへたりと倒れてしまった。見れば、それは大きな大きなきのこだった。


 お面売りの男は、その家に住む事になって、やがて長者様になったって。
 めでたし、めでたし。



おしまい


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