ジョッタじいさんの宝の玉



                    ☆

 むっちゃんは、バラ色の頬をした美しい少女です。
「かわいい子ねえ」
「おりこうさんだこと」
 こんな言葉は赤ちゃんの頃から、日の光ほども浴びてきました。今だってむっちゃんを見ると、大人の人たちはこう言います。
「なんて綺麗な女の子でしょう」
「頭も良さそうね」
 それなのに、何故友達から好かれないのか、むっちゃんには分かりません。
(あたし声が悪くて、みんなと歌わないからでしょ)
 と、想像するぐらいでした。


 もっとも、むっちゃんの方でも、仲良くしたいと思う子はいません。そう、ひょうきん者の常太(じょうた)君の他には。
 仲良く――ではなくて、口もききたくない子ならいます。奈々ちゃんという少女です。
 何故嫌いか、と聞かれても、自分が友達に好かれないわけと同じように、むっちゃんには答えられないでしょう。
 その、口もききたくない奈々ちゃんから、誕生日の招待状が来たのです。

『あした、わたしの誕生日です。夕方五時、むっちゃんもぜひおいでください。
 おいしいプリンがあります。常太君もおまねきしてあるのよ。
 トランプして遊びましょうね。
                                 奈々子』

 むっちゃんが断らなかったのは、プリンのせいでも、常太君が来るからでもありません。プリンは大好物ですし、常太君とおしゃべり出来たら楽しいけれど……。
 それより、何よりトランプに惹かれたのでした。むっちゃんは、トランプ遊びが大好きです。お兄ちゃんどころか、親戚中のいとこが集まっても、むっちゃんを負かす者はいません。ブリッジ、ツーテンジャック、ナポレオン――難しいゲームは、むっちゃんのためにあるようなものでした。
(奈々ちゃんをあっさり負かしちゃうの、スカッとするだろうな、常太君は、あの大きな目をぐるんとやって、お見それしました、とかなんとか……)
 うふふふ、と笑って、むっちゃんはお呼ばれする事に決めたのです。

                    ☆

 シャキ、シャキ、シャッ、シャッ――
 カードをくっていた常太君の手が止まりました。
「何しようか?」
 尋ね終わらないかの内に、
「ツーテンジャック」
「七ならべ」
「ばばぬき!」


 ババ抜きと言ったのは、目をものもらいでしょぼつかせた、小さな男の子でした。むっちゃんと常太君のほかに、お客はこの子だけです。
(こんな汚らしいおチビさんを呼ぶほど、奈々ちゃんも、お友達いないのかしら)
 むっちゃんは、男の子と奈々ちゃんを見比べながら言いました。
「ババ抜きなんて幼稚でしょ。ツーテンジャックにしましょうよ、ね」
「やだやだ、ばばぬきだあい」
「だめ、ツーテンジャックだったら!」
 むっちゃんとしても、腕の見せ所、引き下がるわけにはいかないのです。
 すると、にやにやしていた常太君が、
「今日の主役が決めればいいよ。奈々ちゃん、七ならべって言ったんだろ?」
 今にもカードを配り出しそうにするじゃありませんか。
 そして奈々ちゃんと言えば、
「じゃあ決めさせてね、ババ抜きにしまあす」
 自分の希望は引っ込めてしまい、何故か急に、男の子の肩を持つのです。
 常太君と、ね、うん、なんて頷き合ったのも、むっちゃんには不愉快でした。
(ババ抜きなんて運だもの、頭を使う訳じゃないもの、猫だって勝てるわ。あたしを仲間外れにしたいだけなんだ……)
 むっちゃんの心のわだかまりは、次の奈々ちゃんの言葉で、いよいよ大きく、重くなりました。
「負けた人は、罰として歌を歌うのよ」
 むっちゃんは歌が下手です。一年生の時学校の音楽会で失敗してから、人の前では声がかすれ、音がずれてしまうのです。
(それを知っていて、恥をかかせる気だわ)
 むっちゃんは、唇をかみしめました。
 と、ある考えが浮かんだのです。
「あたしが配るわ。ババはジョーカーね」
 むっちゃんは明るく言って、常太君からトランプの束を取りました。
「どうぞババさま、おいでになりませんよう」
 深々と拝んだ後、ぱっ、ぱっ、ぱっと、気取った手つきで配っていきます。
 ところが、あっ、手が滑って――辺り一面、カードを散らしてしまいました。
「やあね、むっちゃんたら気取ってるからよ」
 拾い集めながら大笑いしたけれど……実は、それがむっちゃんの策略なのです。
 また少し配ってから、むっちゃんはふいに、残りの束を常太君に押し付けました。
「大変、忘れてた! あたし約束があったの。ごめんね、ごめんなさいね」
 ぽっかり顔のみんなに、ごめんなさいを振りまいて、あたふたと席を立ちます。
「ふふぅん、上手くやっちゃった」
 外はもう暮れていました。
 むっちゃんは振り向いてみます。オレンジ色のカーテンなのに、窓明かりが冷え冷えと見えました。
「だって馬鹿馬鹿しいもの、ババ抜きなんか」
 やましい気持ちを隠すように、むっちゃんは右のポケットを押さえて駆けだしました。

                    ☆

 その晩、むっちゃんは寝返りばかり打っていました。
 二段ベッドの下段から、
「おむつ、やかましいぞう、眠れないじゃないかあ」
 と怒鳴っていたお兄ちゃんも、もうとっくに寝息を立てています。
「羊が一匹、柵越して。羊が二匹、柵越して――羊が三十五匹、柵越して――羊が七十匹――羊が百六匹――」
 駄目です。お母さんに習った眠り術も、二百匹もの羊に柵を越してこられては、この部屋を明け渡すほかありません。
(一体、どうしたっていうの。何故眠れないのかしら)
 考えていると、胸が痛くなるのです。
 胸が……そう、本当に胸の辺りが、しくり、しくりと痛むのです。
(そうか、あたし病気なのね)
 むっちゃんは、無理にコホコホ咳を出してみましたが、別に響くところはありません。熱もないようでした。
 その時、むっちゃんのものではない咳が、コホッ、コホッと聞こえたのです。
「むっちゃん、む、む、むっちゃん……」
 息のように微かな声が、むっちゃんの名を呼びました。
「バカね、お兄ちゃん寝ぼけてる」
 笑いかけて……むっちゃんは、ぞくっと身震いしました。
 違います。お兄ちゃんの声ではないのです。と言っても、子供部屋にはお兄ちゃんとむっちゃんだけ。カーテンがレースなので、月明かりでもよく見えました。
「むっちゃん……むっちゃん、出しとくれ」
 また呼んでいます。確かに、この部屋なのです。
「だあれ? どこなの?」
 むっちゃんはとうとう起き出して、ベッドのはしごを降りました。
「ここ、ここ、ここが分からんのかな」
「ここって言っても、この部屋には“ここ”はいっぱいあるわ」
 むっちゃんは、手の甲で目をこすり、部屋の中を見回しました。
「部屋の隅。椅子の背中。むっちゃんのスカート。椅子のポケット」
「へえんなの」
 それでも、むっちゃんは椅子に駆け寄って、かけてあるスカートを取りました。両手でばさばさ振ってみると……。
 ひらり。
 トランプが一枚、床に落ちました。
 昼間、奈々ちゃんの所で隠したのを、忘れていたのです。
 裏返しに落ちたカードを拾い上げ、
「あれえ……?」
 むっちゃんは首をひねりました。
 だって、そのトランプはハートもスペードも無い、Aも7も王様もついていない、つるつるの、のっぺらぼうだったのです。

                    ☆

「やれやれ、えらい目に遭ったわい」
 ふいに背中で声がしたので、むっちゃんは息も止まるほど驚きました。
 恐る恐る振り向いて見ると、いつの間に、どこからやって来たのか、奇妙なお爺さんが立っています。
 青いとんがりぼうしに、青い洋服。
 サーカスのピエロか、サンタクロースみたいですが、どこか違っていました。
「お前さん、器量よしじゃが、する事がえげつないのう」
「お爺さんだあれ?」
「ほい、これは失礼した。わしはジョッタ=ジョーカー三世と申しましてな」
「ジョッタ……なあに?」
「ジョーカー三世。ほれ、お前さんがポケットに隠した、トランプのジョーカーさ。ババ抜きではババになるカード……いや、わしはジジだがな」
 ジョッタ爺さんは、声を出さずに笑いました。
 つられてむっちゃんも、くくっと笑いました。もう少しも怖い事はありませんでした。
「ねえジョッタ爺さん。さっき、えげつないと言ったでしょ。ポケットに閉じ込めたこと?」
「さあてえな」
 ジョッタ爺さんはにやにやしながら、片手で腰をさすっています。
「だが、脱ぎ捨てはいかんよ、脱ぎ捨ては。五百歳の年寄りに、あんな所はしんどいのなんの……」
「わかった、それで眠らせなかったのね」
「さあて――な」
「胸が痛かったの、あれもお爺さんの仕業でしょ?」
 答えがありません。
 代わりにジョッタ爺さんは、むっちゃんの手を取り、何やら妙なものを持たせたのです。
 ピンポン玉ぐらいの、ふわりと白い玉でした。タンポポの綿毛を集めたように軽く、ビロードのように滑らかな手触りです。
「真実と言おうか、心の……と言おうか。いや、その、なんじゃよ。ジョッタ=ジョーカー家に代々伝わる、ありがたあいお宝さ。その玉をお前さんにあげよう。いや、あげればわしが困るでな。ふん、貸してあげよう」
「有難う。でも、ありがたあい割には、軽くて、柔らかくて、貫禄無いみたい」
 むっちゃんは白い玉をつまみ上げ、月の光に透かしてみました。
「こ、これ、やめなされ、罰当たりな――」
 ジョッタ爺さんは、むっちゃんの腕を押さえ、貫禄を付けるためか咳ばらいをします。
「まあ、良いわな。その内わかってきましょう。その玉の不思議な力で、お前さんの胸が痛んだわけや、それに……」
 ジョッタ爺さんは何か言いかけたのですが……途中でやめました。
「まあ、良いわ、その内に、その内に、その内に……」
 声が小さくなっていくと思ったら、ジョッタ爺さんの身体まで、ぐんぐん、ずんずん、小さくなっていくのです。
 小さくなって、小さくなって……。
 トランプのジョーカーと同じぐらいになると、さっきののっぺらぼうカードに、よっこらほいと、はまり込みました。
 と、見る間に、今度はカードごとぐんぐん大きくなります。
 大きくなって、大きくなって……。
 畳一枚ほどにも広がったカードの中から、ジョッタ爺さんはこう言ったのでした。
「背中にお乗り、むっちゃん。しっかりつかまって……。よいかな? では出発じゃ。――五、四、三、二、一――ゼロ!」


                    ☆

 どこへ行くのか、むっちゃんには見当もつきません。分かっているのは、大きなトランプに乗って、星の中を飛んでいる事だけ。
 それだけで、むっちゃんは満足でした。こんなにたくさんの美しい星を、今までに見たことはありませんもの。
 銀色や、緑や、オレンジ色の星たちが、手を伸ばせば届きそうなところで光っています。
 チロ、チロ、チロロ――と、瞬くたびに、星たちは風鈴のような音を立てました。
「あ、流れ星!」
 すうっと、青い光の尾を引いて、流れ星が後ろからやって来ます。
「ジョッタ爺さん、早く早く、もっと早く飛んでよ」
 むっちゃんはトランプの上に立ち上がって、ぴょんすか、ぴょんすか跳ねました。
「これ、そう、飛び跳ねなさんな。なんせ、わしは五百歳の年寄りじゃ。息切れがして敵わんわい」
「だって、流れ星と競争よ。あ、来るわ、来る来る――。早くして、早く、早くってば。――あ、あああ、抜かれちゃった」
 シューッと、耳元でマッチをするように追い越した流れ星は、ちかちかと信号して、星屑に紛れてしまいました。
 むっちゃんは、ジョッタ爺さんに渡された白い玉を、汗ばむほどに強く握りしめていました。
「ああ、悔しい。ジョッタ爺さん遅いんだもの。奈々ちゃんなら、きっと負けないと思うわ」
 むっちゃんは運動会で、いつも颯爽とテープを切る奈々ちゃんの姿を、何故か懐かしく思い浮かべました。
「かけっこ早いのよ、奈々ちゃんて子。でも、ちっとも威張らないし……」
 優しい子なの、と言いかけた時。
 涼しそうな、水色の星の下を通ったのです。両手の平に、すくい取れるぐらいの小さな星でした。
(奈々ちゃんのお土産にしようっと)
 むっちゃんは、その星目がけて、えいっと飛びつきました。
 けれど、狙いは外れて、持っていた白い玉まで手から落としてしまいました。
 幸い玉は、トランプの角ぎりぎりの所にとまったけれど……。ぺたりと尻餅をついたむっちゃんは、何故か今度は腹立たしくなってきたのです。
(あたし、奈々ちゃんなんか嫌いなのに、星を取ってあげることないんだわ)
 むっちゃんは、昼間のトランプ遊びを思い出したのでした。
「ほっほう、奈々ちゃんとやらに、星でも取ってやるつもりかな? まあ、それは良いが、背中で暴れるのはまずいのう」
 ジョッタ爺さんが言いました。
「奈々ちゃんなんて、あんな意地悪い子! それよりごめんね、背中痛かった?」
「背中も背中じゃがな、足を踏み外したら、真っ逆さまという事じゃよ」
「真っ逆さま?」
 むっちゃんは、トランプのふちに両手をついて、下を覗いてみました。
 星と夜の色の他は、何も見えません。
「ジョッタ爺さん、ここ高いの?」
「高いのなんのって――むっちゃん、世界で一番高い山を知っておるかな?」
「エベレスト。八千八百四十八メートル!」
「ほう、賢いな。そのエベレストを、三つ重ねたぐらいの上空じゃよ、ここは」
「落ちたら……こなごな……ね?」
「こなごな、どころか」
「やあん、こわあい〜〜」
 周りの星が、急にぶるぶると震え出しました。いえ、震えているのはむっちゃんなのです。
「降ろしてえ……降ろしてったら」
「なんじゃね、意気地のない。暴れさえしなければ安全じゃよ。わしの飛行術ときたら、世界のジョーカー仲間にも――」
「やだあ、ジョッタ爺さん、年寄りだもの……。頼りなあい……」
 むっちゃんは、とうとう泣き出してしまいました。
「こ、これ、泣くではない。涙を出してはいかんと言うに――」
 そう言われても無理です。むっちゃんは、涙を出そうとして泣くのではありません。
 怖いから泣いて、泣くから涙が出るんです。ほら、ぽとり、ぽとり、とトランプの上に……。
 すると、ジョッタ爺さんはいやに慌て出したのです。
「仕方がない、急降下――不時着じゃ」
 カードごと向きを変え、物凄いスピードで降り始めました。
 きら、ひゅうるるるる……。
 星がむっちゃんたちの周りを、ぐるぐる、ぐるぐる回ります。でもきっと、星が回っているのではなくて、むっちゃんが目を回したのでしょう。

                    ☆

 それから、どれだけの時間が経ったでしょう。
 むっちゃんが気が付いたのは、ジョッタ爺さんの膝の上でした。
 いつの間にカードから出たものか、ジョッタ爺さんは、むっちゃんの背中をさすっていてくれたのです。
「気が付いたようじゃな、ふむ」
 ジョッタ爺さんは、ほっとしたように言いましたが、その顔はよく見えません。
 星はもちろんのこと、月明かりも無い暗がりなのです。
「……ここは、どこなの?」
 むっちゃんは尋ねました。
「分からんなあ、わしにも」
 ジョッタ爺さんがかぶりを振った事は、とんがり帽子の先が揺れる音で分かります。
「たよりないなあ、ジョッタ爺さんなんて」
「まあまあ、慌てなさんなよ。なんせ不時着じゃからな」
「不時着って?」
「ふむ、やむを得ず目的地以外の場所に降りる事じゃよ」
「目的地、どこだったの?」
「ふうむ、その、それがじゃ、なかなか思い出せんでのう……」
「だめねえ、しっかりしてよ」
 むっちゃんは心細くなって、ジョッタ爺さんの膝を、ぐいぐい揺さぶりました。
「なんじゃね、お前さんが泣くもので、飛べなくなったんじゃよ。わしは古ぼけた紙のトランプの中、涙や水に濡れては、飛ぶどころか、溶けてしまいますわい」
「じゃあ、もう帰れないの?」
 また泣きそうになったむっちゃんを、ジョッタ爺さんは、
「しいっ、静かに」
 とおさえました。
 それより、さわさわ……と、空気が揺れるのです。微かに、微かに揺れるのです。
 風ではありません。
 暗闇の中に、何か黒いものがいるのでしょう。その、何かの動きが、空気伝いに感じられるのでした。
 むっちゃんは、頼りないはずのジョッタ爺さんにしがみつきました。
 その肩を、よしよしと叩いて、ジョッタ爺さんは言うのです。


「ふむふむ、ははあん……むっちゃんや、わしの宝、あの白い玉はどこにあるかな?」
「ポケットよ。さっき落としそうになって、パジャマのポケットにしまったの」
 むっちゃんは、震える手でポケットを探り、白い玉を出しました。
 すると、ジョッタ爺さんは、むっちゃんの手ごと玉を包むように、自分の手を重ねたのです。
「良いかね、怖いものではありゃせん。この玉は心の玉じゃ。力を込めて持てば勇気が湧き、真実を見抜き、自分の気持ちも素直になる……ふしぎな玉じゃよ。さあ、手に力を入れて、あの黒い物を見抜きなされや」
 むっちゃんは言われた通り、白い、心の玉に力を込めました。
 わずか、ほんのわずか、辺りの闇が薄れたような……そして、そこに浮き上がったものを、むっちゃんは影法師だと思いました。
 黒いだけで、目も鼻も口も無いけれど、確かに人の形です。はっきりと動いています。
 それで、影法師と思ったわけですが、待って下さい。
 影法師が口をきくでしょうか。
 月も星も無い暗い所で、見えるでしょうか。
(きっと夢なんだわ、これは)
 そう考えたむっちゃんは、その不思議な黒いものに『ゆめぼうし』という名前を付けたのです。

                    ☆

 ゆめぼうしは、三人いるようでした。
 男の子と、女の子と、小さい坊やのゆめぼうしです。
『ぼく、ばばぬきしか知らないの。うちの人教えてくれないもん』
 そう言ったのは、小さいゆめぼうしです。
 その頭をなでて、女の子のゆめぼうしが言いました。
『坊やの父さん病気でしょ、だから、母さんとっても忙しいのよ。私達が、毎日でもばばぬきしたげるわ。でも、いい子じゃなくちゃ嫌よ』
『その内、他のゲームも教えてやるさ』
 男の子のゆめぼうしも、口をそろえました。
『ほんとだよ、げんまんだよ』
 小さなゆめぼうしは、両手を上げて、わあいと飛び上がります。
(優しいゆめぼうし達……坊や、良かったわね)
 むっちゃんが思った時、もう一人、女の子のゆめぼうしが現れました。いかにも我儘そうなそのゆめぼうしは、
『ババ抜きなんて運だもの、猫でも勝てる』
 とか言って、他の難しいゲームをしたがるのです。
(自分のことしか考えないみたい!)
 むっちゃんはイライラしました。
 おまけに、そのゆめぼうしはゲームがババ抜きに決まると――
『あたしを仲間外れにしたいんだわ』
 と、勝手にひがんだ上、トランプを一枚隠して、消えてしまったのです。
(なんて嫌なゆめぼうし。汚い事するわね)
 むっちゃんは、まるでそのゆめぼうしが自分のように恥ずかしくなりました。
 さて、残された三人のゆめぼうしは、無くなったカードを探し始めました。
『弱ったぞ、ゲームになんないや』
『肝心の札、無くすなんてね……』
『ばばぬき駄目? もうできない?』
 小さなゆめぼうしは、今にも泣きそうです。
『あのお姉ちゃんが、隠したんだ……』
 そうつぶやいた時でした。
 女の子のゆめぼうしが、
『何言うの! やたらに疑ったりしちゃ駄目、あの人、そんな人じゃないわよ』
 と、きつい声で怒ったのです。


 むっちゃんの胸が、しくりと痛みました。
 白い玉を持っていた手を緩め、痛む辺りをさすってみます。
 ――と、いつの間にか、ゆめぼうしの姿は消えて、元の闇に戻っていました。

                    ☆

 月も星も見えない、島だか森だか野原だかも分からない、あの暗い所からどのようにして飛び立ったのか――。
 むっちゃんとジョッタ爺さんは、また、星の中を飛んでいました。
「今度はどこへ行くの?」
 むっちゃんが尋ねると、
「そろそろ夜明けが近い。ひとまず、お前さんの所へ帰りましょうわい」
 少し疲れたように、ジョッタ爺さんは答えました。そう言えば、来た時よりも、星の光がにじんでいます。あの右手に見える黄色い星など、ぽわあん、ぽわあんと、眠そうな光り方……東の空は、すみれ色に明けかかっていました。
 むっちゃんはその時、赤い、くりくりとした星を見つけたのです。
 他の星が眠そうにぼやけている中で、赤い、くりくりした星を見つけたのです。他の星が眠そうにぼやけている中で、元気そうにいっぱい光っています。
(常太君みたい。あれ、常太君のお土産にしようかしら)
 むっちゃんは、今度は落とさないように白い玉をしっかりと持ち、飛びつこうとしました。
 でも、星を取るのはやめたのです。
「空においてさ、みんなで眺めればいいのよね。お友達、みいんなで」
 むっちゃんの独り言を聞いて、ジョッタ爺さんは笑いました。
「当てようかね、今あれを手にしておるな?」
「ふふ……教えてあげないっと」
 むっちゃんは、玉をパジャマのポケットに入れ、上からぽんぽんと叩きました。
 なんだか心温かく、楽しく、ひとりでに歌が出てきます。
 ラリラ、ルーララ、
 ララルーラリー、
「ほほう、お前さん、なかなか上手いわい」
 ジョッタ爺さんも、ララル、ラーと、歌に合わせて星の間を通り抜けます。
 リララ、ルーララ、
 ルルラーリララー、
 こんなに気持ちよく歌えるなんて、自分でも信じられない程でした。音だって、ちっとも外れてはいません。
「……奈々ちゃん、あたしに自信をつけさせようとしたんじゃないかな。ゲームで負けて歌うんなら……。たったあれだけの人の前でなら、あがることもないと思って。あの時、奈々ちゃんは親切で言ったんだわ」
 歌っている内に、むっちゃんはそう思い始めたのです。
「当てようかね、今、お前さん――」
 ジョッタ爺さんがまた笑いました。
 むっちゃんも、負けずに笑って答えました。
「多分、当たらないと思うわ……。あたし、玉はポケットに入れてるもの」

                    ☆

「さあ静かにおやすみ、お兄ちゃんが目を覚まさんようにな」
 子供部屋に帰りつくと、ジョッタ爺さんは声を低めました。
「お爺さんは?」
「わしは元通り、あのスカートのポケットに――」
「お願い、奈々ちゃんの家に帰って、ね?」
 むっちゃんは必死で頼みました。急いでポケットから白い玉を出し、
「これ有難う。本当に不思議な、素晴らしい玉だわ――」
 と、ジョッタ爺さんの手に返しました。
「それを持つと、優しい気持ちになれるんだもの……。また貸してね、ジョッタ爺さん」
 むっちゃんは、優しい、素直な気持ちで言ったのです。
 なのに! ジョッタ爺さんときたら、爆発するように笑うじゃありませんか。
「うっはっはっはあ……。お前さん、賢い割には、下らん話を信じおって……。これはな、わしのとんがり帽子についとった、ただの毛糸のぼんぼんじゃよ」
 尖った帽子の先に、ひょいと白い玉をつけてしまったのです。
「では、奈々ちゃんの家に戻りましょうわい。お休み、優しい娘さん――」
 ジョッタ爺さんはカードに入り、もう大きくはならないで、窓からひらひらと飛び出していきました。

                    ☆

 次の朝、むっちゃんは少し寝坊しました。食堂に駆け込むなり、お兄ちゃんに、
「おむつ、夕べは寝言ばかり言ってたぞ。お爺さんだの玉だの星だのって――。おかげでこっちは、寝不足しちゃってんだ」
 と、文句を言われたのです。
 むっちゃんは不安になってきました。
(トランプ隠したのは本当でしょ。ジョッタ爺さんが夢なら、まだポケットにあるはず。夢でなければ、奈々ちゃんのとこへ帰ったはずだわ)
 むっちゃんは、ものも言わずに食堂を飛び出しました。子供部屋に引き返して、スカートのポケットを調べるためでした。




おしまい


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