ジャックと王女


                    ☆

 ジャックは、お母さんと二人だけで暮らしていました。
 お父さんはいませんでした。
 けれど、お父さんと同じくらい大好きな親戚のおじさんが、少し離れた所に住んでいました。
 ある時ジャックは、
(おじさんに会いたいな)
 と思いました。そう思うと、やたらに会いたくなりました。
 留守の間、お母さんが困らないように、一生懸命働くと、さて、おじさんの家へ出かけて行きました。
 おじさんの家に行くには、王様のお城の側を通らなければなりませんでしたが、その頃お城の門には、こんな立札が立っていました。

『王様の一人娘 王女を笑わせた者は、この国の王様にする』

 王女は生まれた時からずっと、一度も笑った事がありませんでしたので、王様はたいそう心配していたのでした。
 ジャックがお城の側を通りかかった時、王女は丁度、お城のベランダに出ていました。
 ジャックが自分と同じ年ぐらいの若者なので、王女は話しかけてみたくなりました。
「お前の名前はなんて言うの?」
「ジャックと言います」
「そう、ジャック、お前はどこへ行くの?」
「親戚のおじさんの家に行きます」
「そう、それは楽しみに。行ってらっしゃい」
 王女はにこりともせずに言いました。
 ジャックはそのまま旅を続け、やがて、おじさんの家に着きました。
「やあ、ジャックかい。よく来たね」
 子供のいないおじさんは、ジャックを心から歓迎してくれました。
 おじさんの家は、その村の若者たちの集会所のようになっていましたので、毎日のように、若者たちがより集まってきては、歌ったり踊ったりして、楽しんでいました。
 ジャックもその仲間に入ると、楽しくて、面白くて、家に帰る事などすっかり忘れてしまいました。
 ある日、とうとうおじさんは言いました。
「ジャックや、もうそろそろ帰らないと、お母さんが心配しているよ。薪を集めるのに、お前がいないと困るだろうしな。家へ帰った方がいいんじゃないか」
「はい、おじさん、分かりました」
「それじゃ、これからすぐ支度をして帰るんだな。お土産に、大きなかがり針をやろう。これがあると、破れた袋や服を繕うのに都合がいいよ」
 そう言って、おじさんは大きな針に糸を付けてジャックに渡しました。
 ジャックは肩に糸をかけ、針は背中にぶらぶらさせながら、帰っていきました。
 途中でまたお城の側を通りました。
 王女がまた外に出ていて、ジャックを見ると呼び止めました。
 王女は、ジャックの事をよく覚えていたのでした。
「ジャック、もう帰るのかい」
「はい、王女様、とても楽しかったですよ」
「肩にかけているのは何なの?」
「おじさんからもらったかがり針ですよ」
「まあ、針なの。針はそんな風に持って歩くものじゃないわよ。シャツの胸の所に挿しておくものよ」
「ああ、そうですか」
 ジャックは王女に言われた通り、針をシャツに挿して帰りました。
 家に帰ると、ジャックはおじさんの家で楽しかった事を、お母さんに色々話して聞かせました。お母さんは、そりゃ良かったねと喜んでくれました。
 それからしばらくの間、ジャックは家の周りの畑を耕したり、薪を集めたりして働きました。
 だが、またすぐにおじさんの家に行きたくなりました。
 ジャックが毎日そわそわしているので、お母さんは言いました。
「ジャックや、良く働いてくれたね。仕事がすっかり終わったら、おじさんの家へ行ってもいいよ。その代わり、今度は早く帰ってくるのだよ」
 ジャックはまた出かけて行きました。
 お城の側を通ると、また王女がいました。
「あら、ジャック、今日はどこへ行くの?」
「おじさんの家ですよ」
「そう、じゃ、また楽しく遊んでお土産をもらっておいで」
 ジャックがおじさんの家に行くと、おじさんは、今度は方々へ遊びに連れて行ってくれました。
 あんまり楽しかったので、ジャックはまた帰るのを忘れてしまいました。
 ある日、おじさんはジャックに言いました。
「もう、そろそろ、うちへお帰り。今度はこの剣をお土産にあげよう。おじいさんがわしにくれた剣だ。アメリカ独立戦争の時に使ったものだよ」
 ジャックは剣をもらうと、王女に言われたことを思い出しました。
(ああ、そうだっけ。胸に挿すんだったな)
 ジャックはシャツの胸の所に剣を差し込みました。
 王女はジャックの姿を見ると、驚いてしまいました。
「あらまあ、ジャック。シャツが破れてしまったじゃないの。剣なら、肩に担いでいらっしゃいよ」
「ああ、そうですか。分かりました」
 ジャックは家に帰ると、しばらくの間、精を出して働いてから、お母さんに聞いてみました。
「また、おじさんの家に行きたいけど、行っていいかしら」
「ああ、いいとも」
 と、お母さんは行ってくれました。
 ジャックは喜び勇んで出かけました。
 王女がまた声をかけてくれました。
 ジャックは王女とすっかり親しくなっていましたので、友達のように話をしてからおじさんの家に行きました。
 おじさんの家では、踊ったり、またどこかへ出かけたりしました。その内に、おじさんが言いました。
「もう、そろそろ帰った方がいいな。今日はお前にいい物をあげよう。今度は一か月ぐらい、家を離れたくなくなるだろう。子馬が一頭いるから、それを連れて行って、上手く馴らして乗りなさい」
 ジャックはお礼を言って、子馬をもらうと家に帰りました。途中、王様のお城の側を通る時には、王女の言葉を思い出して子馬を肩に担ぎました。
 王女がその様子を見て、飛んで出てきました。
「あらまあ、ジャック、あなたは見た事も無いお馬鹿さんね。子馬は担ぐものじゃなくて、乗っていくものよ」
「ああ、そうですか。じゃ、そうしましょう」
 家へ帰ると、ジャックはしばらくの間は子馬に乗るのが面白くて、一か月ぐらい遊び暮らしました。
 やがて、その子馬に乗るのにも飽きてきました。そろそろ、おじさんの家の事を思い出し始めました。
「おやまあ、ジャック、また出かける気になったのかい?」
「ええ、お母さん、留守の間、子馬の面倒を見て下さいよ」
 ジャックは仕事をすっかり済ませてから出かけて行きました。お城の所で、庭に出ていた王女としばらく話をしてから、おじさんの家に向かいました。
 それからの楽しかった事は、いつもの通りでした。特に、今度はとてもたくさん歌ったり踊ったりしましたので、前よりもずっと長い間、家に帰るのを忘れてしまいました。
 やがて、おじさんが言いました。
「さあ、ジャック、もう帰った方がいいぞ」
「はい、おじさん、もっと早く帰るんだったっけ」
「ジャックや、今日のお土産は子牛にしよう。今に立派な乳牛になって、たくさんミルクが取れるよ。さあ、持っておゆき」
 おじさんは、綱を持ってきて子牛の角を縛り、ジャックにその綱を引かせました。
「おじさん、有難う」
 ジャックが子牛を引いてお城の側を通ると、王女は外の洗濯場にいました。
 ジャックは王女に言われたことを思い出して、子牛の背中に飛び乗ろうとしました。
 なんと、牛の背中の滑って乗りにくい事ったら!
 ジャックはどうにかこうにか、後ろ向きにまたがることが出来ました。そして、尻尾をつかみ、
「走れ! 走れ!」
 と怒鳴ったのです。
 驚いた子牛は、鳴きながら道を右、左に跳び始めました。
 王女がちょうど、ジャックの方を見た時のジャックの格好と言ったら!
 ジャックは子牛の背中で、右や左に滑り落ちそうになりながら、尻尾をぎゅっとつかみ、
「助けてくれ!」
 と叫んでいるのです。
 王女は思わず、町中に聞こえるほどの大声で笑ってしまいました。生まれてから、一度も笑った事のない王女が笑ったのですから、お城の人たちは、驚いたり、喜んだり。
 王様も、ジャックと子牛の姿を見ると、立ってはいられなくなるほど笑ってしまいました。
「なるほど、王女が笑うのも道理じゃわい」
 王様は、家来に言いつけて子牛を取り押さえさせ、ジャックを助けました。
「ジャックや、お前は素直ないい若者だ。お前のおかげで王女が笑った。約束通り王女とお前を結婚させよう」
 ジャックを町へ連れて行って、王様は新しい服を買い与えました。
 それからジャックは王女と一緒に四輪馬車に乗って教会に行きました。
 そこで、結婚式を挙げたのです。
 ジャックと王女は、それから長い間、幸せに暮らしたという事です。



おしまい


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