石にされた小人


                    ☆

 オランダにはずっと昔、小人がたくさん住んでいました。身体はとても小さく、おまけに体中真っ黒でした。でも、目は緑色です。足の先は二つに割れていて、頭にはみんな赤い帽子をかぶっていました。
 この、赤い帽子をかぶっていると、自分の姿が人間には見えないので、それをいいことに、小人たちは人間に悪戯をしては面白がっていました。人間たちは、小人を憎らしく思いましたが、何しろ姿が見えないので、どうする事も出来ないのです。
 ある晩、一人の小人が、人間の家の中に乗そりと入り込んできました。その家には、年取った女の人が病気で寝ていましたが、小人はその女の人を脅かしてやろうと、赤い帽子を脱ぎました。
 突然、目の前に真っ黒い身体の醜い小人が姿を現したので、女の人はぎょっとして、
「あっ、小人……出ていけっ、さっさと出ていけっ。私は神様を信心しているんだよ」
 と喚きました。
 けれども小人は、そんな事を言われても平気で、にやにやと笑っていました。女の人は気味が悪くてたまらず、大声で娘のアリダを呼びました。
 母親の声に、アリダが急いでやって来ると、母親は小人に聞かれぬように、アリダの耳に口を付けて、
「小人を追い出すんだから、私の木の靴を持ってきておくれ」
 と、そっと頼みました。
 アリダが靴を持ってくると、母親はそれを受け取るが早いか、さっと床(とこ)の上に起き上がり、小人目がけて投げつけました。いきなり物を投げつけられて、びっくりした小人は、慌てて部屋から逃げ出そうとしました。
 この時、アリダが素早く小人に追いついて、手に持っていた赤い帽子を取り上げたうえ、針でチクチクと脚を刺したので、小人は泣きながら部屋を逃げ出していきました。
「いい物が手に入ったわ。今までも散々あいつらに悪い悪戯をされたけど、これさえあれば小人どもをおびき出して、みんな石にしてしまう事が出来るわ」
 アリダは赤い帽子を見ながら、嬉しそうに言いました。
 次の日、アリダは村中の家を回って、
「私は小人どもに仕返しをするいい方法を思いついたのです。この次の月夜の晩に、私が取り上げた小人の帽子を餌にして、小人どもを沼の側におびき出しますから、みなさんも小人の帽子を奪い取って下さい。帽子は小人どもに無くてはならない物ですから、小人どもは取り返そうと夢中になって、私達と帽子の取りっこをするでしょう。そうしている内に太陽が出て、光が小人どもにあたると、たちまち小人どもは石になってしまうでしょうからね」
 と言いました。
「それはいい。それはいい事を思いついた。きっとうまくいくでしょう」
 と、みんなも大喜びでした。
 アリダはよるになったら、昨日の小人が帽子を取り返しに、必ずまた自分の家に来るだろうと思ったので、紙に、
『あの赤い帽子を返してあげるから、今度の月夜の晩に、お前たちみんなして沼地の所まで取りにおいで。必ず夜中に来ること。そうしたら、藪の上に赤い帽子が乗っているのが見つかるでしょう』
 と書いて、戸の隙間に挟んでおきました。
 さて、いよいよ月夜の晩になりました。
 村の人達は、木の枝を持ったり、魔物よけのおまじないを書いた紙を手に握ったりして、どんどん集まって来ました。
 みんなは色々と相談して、
「アリダさんが夜中に、藪の上に赤い帽子を引っかけるという事だから、私達はやぶの周りに隠れていましょう。そして、アリダさんが帽子を乗せたらそれを合図にみんな一斉に飛び出して、小人どもの帽子をつかみ取ろうではありませんか。もっとも、小人どもが帽子をかぶっている間は姿が見えないわけだが、そこらを滅茶苦茶に手あたり次第掴み回ったら、きっと取れるに違いない」
 と、話がまとまりました。
 そこで村人たちは、アリダと一緒に沼地までぞろぞろと歩いて行き、そばにあるやぶの周りに隠れて、真夜中になるのをじっと待っていました。
 やがてアリダが藪の側へ行き、その上に赤い帽子を乗せたので、人々は。
「それ、始めろっ」
 と、ぱっと飛び出しました。何しろ小人は、たけが三十センチしか無いので、みんなは這うようにして、地面から三十センチばかりの所を両手で目鞍めっぽうつかみまわりました。
 すると手ごたえがあって、人々は間もなく、何百と言う赤い帽子を手に入れました。それと一緒に、何百と言う小人の姿がはっきりと見えてきました。帽子を取られた小人たちは、みんな泣き叫んでいます。
 この頃にはもう、東の空がうっすらと白んできました。
 太陽がまだ出ていないこの時に、小人どもが帽子などを諦めて逃げ出してしまっていたら、みんな命だけは助かっていたのです。
 ところが小人どもには、帽子を取られたままで帰ったら、かしらに酷い目に遭わされるだろうと思ったのです。それで小人は逃げるどころか、帽子を取り返そうと、必死になっていました。帽子を取られない小人も、仲間を置いて自分だけ逃げだすわけにもいかず、やはり夢中で村人たちに飛びかかって行きました。
 その内、とうとう太陽が東の空に昇り、さっと明るい光が小人どもの身体を照らした途端、小人どもはたちまち石に変わってしまいました。
 それからは、小人どもは二度と出てくる事は無くなりました。そして、小人どもの変わった石は、今でも人気も無い荒れ野に、ごろごろと残っているという事です。



おしまい


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