“ほんとう”と“うそ”


                    ☆

 二人の息子がいた。父は、物を売ったり買ったりして、その儲けで暮らしを立てている商人だった。
 息子たちは二人は、いつも、
「一体“うそ”と“ほんとう”とでは、どちらが強いんだろうか」
 その事で、互いに言い争っていた。
 兄は、
「この世の中には、いつまで経ったって、人をだますとか悪い事とかがなくならないさ。だから、なんと言っても、うそがやっぱり強いよ」
 そう言い張った。けれども弟の方は、
(いや、そんな事はない。本当とか、正しいとかいう事が、おしまいにはきっと勝つ)
 と心の中で思っていた。
 父が亡くなると、二人の息子には一艘の船が残された。息子たちは幸福を求め、残された船に帆を張って乗り込み、広い世界へ旅経つことにした。
 けれど、兄弟は港にいる内に、いつもの、
『“うそ”と“ほんとう”ではどちらが強いか』
 という事で言い争いを始めた。その挙句に、
「では、嘘と本当ではどちらが勝つか、勝った者が私達が乗っているこの船をもらうという事にして、賭けをしよう」
 という事になった。
「よろしい。やろう」
 その賭けと言うのは、海の上で初めてあった人から、嘘と本当ではどちらが強いか、その考えを聞いて、どっちかに決めてもらおう、というものだった。
 さて、兄弟の船は、海に出た。夕方近くになった頃、怪しい身なりの男が、小さな船をこぎながら、こっちへやって来るのであった。
 兄は船の上から、大きな声で、
「おうい、世の中で“ほんとう”と“うそ”と、どっちが勝つかね?」
 と尋ねた。
「そりゃあ、嘘とよくない事が勝つに決まっているさ」
 悪い仲間の一人だったその男は、そう答えた。
「あの男が、今、言った事を聞いたかね。お前は賭けに負けたんだよ。さあ、私の船から降りる用意をするがよい」
 兄は弟に言った。
 そのうえ兄は、弟の目をつぶしてしまい、弟を小舟に乗せて、海へ流した。
 不幸な弟は、小舟の中で一人ぼっちで、風と波にもまれながら、海の上を、あちこち漂った。その末に、小舟と一緒に、とうとう荒れ果てた岸辺に打ち上げられた。
 雪があった。
 盲目の弟は、陸の上を手探りでさまよっている内に、大きな岩にぶつかった。そこで、その岩陰で一休みする事にした。
 疲れ切って、うとうとしていた。弟の耳に、誰かがスキーで近くを通りかかる音が聞こえてきた。
「どなたか知りませんが、どうか、私を一緒に連れて行ってください」
 弟は、その人に向かって言った。
 スキーの人はそれを聞くと、弟の方へ引き返した。
「私を呼んだのは、お前かい。一体、どうしたと言うのだね」
 その人は、ひげを生やした老人で、弟の方は少年であった。弟は、その見知らぬ老人に、自分がここへたどり着いたまでの事を、すっかり話し、
「私は、おしまいには“ほんとう”が勝と信じているのですが、今の所は、悪い事ばかりが世の中にはびこっている気がします」
 と言った。
「悲しがることはない。今に、みんなよくなるよ。さあ、私のこのスキーをお履き。そうすれば、スキーはお前を泉の所へ運んでくれる。その水で目を洗えば、お前の目は、また見えるようになるからね」
 老人は、少年を慰め、励ました。
 弟はスキーを履いた。すると、スキーは矢のように早く滑り、弟を泉の所まで運んでくれた。
 弟は、泉の水で目を洗った。と、弟の目は、またはっきりと物が見えるようになった。
 弟には、この辺りの景色は、全く見慣れなかった。で、自分が一体どこへ連れて来られたのか、さっぱりわからなかった。
 弟がまたスキーを履くと、スキーは弟を、瞬く間に、元の岩の所まで運んでくれた。そこには、さっきの親切な髭の老人がいた。
 弟は老人に、泉の水のおかげで目が見えるようになった事と、スキーを貸してもらったお礼を言った。そして、
「実はもう一つお願いがあるのですが、私は故郷へ帰りたいのです。で、こんなに早く走れるスキーならば、どんなに遠くても、私をそこまで連れ戻してくれるだろうと思うのですが……」
 と言った。
 すると老人は、
「では、このスキーをお前にあげよう。私はまた、別のを作ればよいのだから。さあ、出かけるがいい。でも、もみの木が茂っている三方への分かれ道に着いたら、その木に登って、枝の上の方を見ていなさい。けれど、必ずスキーをもって登らなくてはいけないよ。そうして、じっと耳を澄ましていれば、お前は大変な幸福をつかむことが出来るのだからね」
 そう言った。
 弟は老人にお礼を言って、スキーをしっかりと履いた。
 スキーは走った。たちまちもみの木が茂っている分かれ道の所へ来た。
 そこで弟は、老人に言われた通りに、スキーを持ったまま木に登った。
 夜中ごろになった。三人の男が、弟が登っている木の下へ来た。そして、焚火にあたりながら、話を始めた。
 弟が木の上から、枝を透かしてみると、その男たちは悪者の仲間だという事が分かった。泥棒である。
 弟が耳をそばだてていると、一人の男がこう言うのが聞こえた。


「お前たちの知らない事を、俺は知ってるぞ」
 すると、次の男も、
「俺も、お前の知らない事を知っているぞ」
 と言った。
「でも、俺の知っていることは、お前たち二人とも知ってはいないぞ」
 三番目の男が言った。
「それなら、お前が知っていることを、はっきり言ってみろ」
 初めの男が言った。
 そこで、相手の男が、
「俺が知っていることと言うのは、こうなんだ。王様のお城では、水が枯れてしまって、遠くから手押し車で水を運ばなければならない。それで困っているんだ。だけど、本当のところは、そうしなくてもいいんだ。と言うのは、王様の庭にある大きなイチョウの木を切り倒して、その根元を掘り起こせば、そこから素晴らしい泉が湧きだすのだ」
 と言った。
「俺は、王様のお城の庭に、シカやトナカイが何故寄り付かないか、そのわけを知っている。庭の入り口に鹿の角が飾ってあったんでは、動物たちが怖がって逃げていくのが当たり前だ」
 別の男がそう言った。
 そこで、焚火のそばにうずくまっていた、もう一人の男が、
「王様の娘が、長いこと病気で、どんな医者にかかっても良くならない事をお前たちも知ってるだろうな。あの王女は、朝早く日が登る頃に起きて、お城の庭で着ているものを脱ぎ、露に濡れた草で身体をこすりさえすれば、すぐに治るのだがね」
 と言った。
 弟は木の上で、その話をすっかり聞いてしまった。で、三人の男たちがいなくなると、木から降り、さっそくスキーを走らせて、王様の城へと向かった。
 王様の城に着くと、弟は、何か自分に出来る仕事を与えて下さいとお願いをした。
 弟に与えられたのは、水運びの仕事だった。弟は元気よく毎日せっせと、長い道のりを馬や水桶を使って、城へ水を運んだ。それでも、城はとても大きいので、朝から晩まで暇もなく水運びに励まなければならなかった。
 ある日、王様が水を運んでいる弟の所へ来た。そして、
「私の城には、どういう訳か泉の湧くところが無い。そのために、人や馬がこうして一日中、働かなければならないのだ」
 と言った。
 すると弟は、
「王様、それだったら、お城の庭の大きなイチョウの木を倒して、その根元を掘り起こしさえすれば、きっと水が湧くでしょう」
 と、答えた。
「お前が言った事に、間違いないだろうな?」
 王様が尋ねた。
「はい、間違いありません」
 そこで王様は、家来たちに言いつけて、すぐに大きなイチョウの木を切り倒させた。そして、その根元を掘り起こしてみると、そこからたちまち、こんこんと綺麗な泉が湧いて出た。
 王様はこれを見て、大変喜んだ。で、王様は弟を、狩り係の長官にした。そして、
「私の庭に、何故、シカやトナカイが来ないのだろうか?」
 と聞かれた。
「それは、お庭の入り口に、シカの角があるせいです。これを取り外してしまえば、シカやトナカイは、きっとまたやって来るでしょう」
 弟は、そう答えた。
 王様はさっそく、シカの角を取り外させた。
 あくる日、王様が庭を歩いていると、どこからともなくたくさんの鹿やトナカイが来て、庭中に群れているのが見られた。王様は弟が言った事にすっかり感心してしまい、
「お前は本当に、魔法使いのようだ」
 と言った。そこで王様は、弟を宮内大臣の位にのぼらせた。
 それからしばらく経ったある日、弟は王様が悲しそうな顔をしているのを見た。弟が王様にそのわけを尋ねると、
「私の一人娘が五年前から寝たきりの病気で、それも一日一日、悪くなる一方なのだ。国中の医者が手を尽くしたのだが、どうしても治すことが出来ない。それで、誰でもよい。あの子の病気を治してくれるものがあったら、娘の婿にして、国の半分を分けてやりたいと思っているんだ」
 王様はそう言った。
「私が、お姫様のご病気をお治ししましょう」
 弟は王様に約束した。
 弟は、まず病人のために、担架を用意した。そして、病気の王女をその担架に乗せて、朝早く、城の庭へ運んだ。それから着ているものを脱がせ、露で濡れた草の上に王女を寝かせた。


「そんな乱暴な事をしたら、お姫様の命は間もなくなくなるだろう」
 王様の家来たちは囁きあった。
 王様もその有様を見て怒ってしまい、
「もし、娘が死にでもしたら、お前の首をはねてしまうぞ!」
 と、弟に向かって言った。
 ところが、露で濡れた草の上に寝かされた王女は、死にはしなかった。死ぬどころか、かえって、すっかり元気を取り戻し、花のような笑顔を見せた。
 こうして弟は、王女のお婿さんに決まった。盛んな結婚式の支度が始まり、よその国にまで、たくさんの品物が注文された。
 弟は、それらの品物を運んでくる船を迎えに港へ出かけた。やがて、二艘の立派な船が港に着いた。
 弟は、品物を運んできたその二艘の船の船長が、心の良くない、自分の兄であることを知った。兄は、弟だと気が付かなかった。
 調べてみると、その船の積み荷は、途中でだいぶ減っていた。つまらないガラクタしか残っていないことも分かった。
 弟はその事を、船長に注意した。すると船長は賄賂の金を使って、それを誤魔化そうとした。お金をやるから、本当の事を王様に言うのは黙っていてもらいたいと、そう言って頼むのだった。
「お金などで誤魔化そうとしても、それは駄目です。一体、私を誰だと思うのですか? 私が嘘を言わない事は、あなただって前から分かっていたはずだと思うのですがね」
 弟は言った。
「あなたは、どなたでしょう? あなたが王様のお城の身分の高い方だとは、知らなかったものですから」
 船長が答えた。
「おや、おや、あなたは、自分の弟を忘れてしまったのですか!」
 大臣の弟は叫び、
「私はあなたに盲目にされて、海へ流された弟ですよ。私が盲目になって、風や波に苦しめられた辛さが、あなたにはわかりますか?」
 と言った。
 兄は、やっとそれが自分の弟であることを知って、驚いた。そして、昔自分がした悪い行いの仇を討たれるのではないかと、弟を恐れた。で、兄は弟に何度もお詫びを言い、しきりに謝って、
「これからは、決して嘘をついたり、悪い考えは起こしたりはしませんから」
 と、固い約束をした。
 弟は、兄を許してやることにした。そればかりか、兄をお客として、王様の城の中にある自分の住まいに招いた。
 そこで、兄の船長は、大臣の弟にこう尋ねた。
「一体、どうやって王様の友達になり、そんな高い位についたのかね?」
 弟は、海に流されてから後の事を正直に兄に話して聞かせた。つまり、ひげを生やした老人からスキーをもらった事や、もみの木がある分かれ道で、泥棒達の話を聞いた事などであった。
 兄はそれを聞くと、またしてもむらむらとした気持ちになって、
(弟の奴、なんて巧い事をしたもんだろう)
 と、思った。
 そうなると、兄はじっとしていられなかった。さっそく自分もスキーを走らせて、もみの木がある分かれ道の所へ行った。そして、自分ももみの木によじ登ったが、スキーはそのまま、木の根元に置き忘れてしまった。
 夜中になると、また泥棒達がやって来た。すぐに、木の下にスキーがあるのが目についた。
「おや、誰かが木に登って、俺たちの話を盗み聞きしようとしているぞ!」
 泥棒達は、わめきたてながら、力任せに木をゆすった。

 ドシーン!

 兄の船長は木から落ちた。それで、兄は訳なく泥棒達に捕まえられた。そして、嘘をついたり悪い事をしたりすることがやめられなかった報いで、とうとう殺されてしまった。
 一方、正直な弟は、王女と結婚して、一生を幸せに送った。



おしまい


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