グレーチェンと白馬
☆ 昔、テキサスの開拓地では、白い馬を気高い情け深い動物として敬っていました。 黒い馬の方は暴れ馬で、時には人を傷つけたりすると言われていました。 テキサスには、色々な国から開拓者たちがやって来ましたが、ドイツから来た開拓者の家族の中に、グレーチェンという女の子がいました。 グレーチェンは、お父さんやお母さんや、他のドイツ人の家族たちと一緒に、馬車に乗り、あちらこちらを旅をしていました。 テキサスでは、こうして馬車の旅をしては、良い場所を探し、家を建て、開拓していったのです。 ですから、馬は大切な家族の一員でした。 グレーチェンのところにも、ごく大人しい、年をとった雌馬が一頭いました。 手綱で引っ張らなくても後からのこのこついてきて、青草があると立ち止まって食べるのでした。 馬は間が抜けているうえにものぐさでしたが、主人には良く仕えました。背中にはトウモロコシの袋をいくつか乗せて、物を乗せる台のようにしてありました。 荷馬車には、ベッドや布団、鍋や皿、タンスまで乗せてありました。 それに、たくさんの子供たちも乗っていました。 グレーチェンはまだ八つでしたが、子供たちの中でも、特に元気なおてんばでした。 ですから荷馬車なんか乗っているのに飽きてしまって、年をとった雌馬に乗ってみたいと言い出しました。 お父さんはしばらく考えていましたが、 「よし、乗せてやろう、その代わり、落ちないように気を付けるんだよ」 と言って、グレーチェンを雌馬の背中に乗せ、綱でしっかり縛ってやりました。 「うわあい、馬に乗った!」 グレーチェンは、両手をあげて大喜び。 雌馬は、時々立ち止まって草を食べたりしながら、パカパカ歩いて行ったのです。ところが、その日の午後、荷馬車の車輪の一つが壊れてしまいました。 それを直すために、馬車は一休みしなければなりませんでした。グレーチェンは丁度その時、雌馬の背で、いい気持になって寝ていました。馬車の故障の事など少しも知らなかったのです。雌馬は、草のある所ばかり追いかけて、どんどん歩いて行ったものですから、とうとう馬車から遠く離れてしまったのです。 お父さんは車の修理に忙しかったし、お母さんは他の子供たちの面倒を見ていて、グレーチェンのいなくなったのに少しも気が付きませんでした。 やっと荷馬車の修理が済んで、馬車が動き出すようになってから、グレーチェンがいないのに気が付いたのです。年をとった雌馬がどこへ行ったのか、足跡を捜すのは無理でした。と言うのは、この辺には野生の馬が多くて、色々な馬の足跡がいっぱいありましたから。 そこで、そこに夜まで馬車を停めて、グレーチェンを捜すことになりました。だが次の日になっても、グレーチェンは見つからなかったのです。 グレーチェンは、一体どこまで行ってしまったのでしょう。 雌馬の背に乗っていたグレーチェンは、だいぶ経ってから、ふと目を覚ましました。 周りを見渡すと、馬車の姿などどこにもありません。 グレーチェンは、驚いて鳴き声をあげました。 「ママ! パパ! どこへ行ったの!」 しかし、老いぼれ雌馬は、とっとと勝手な方へ駆けて行くばかりなのです。 その時、グレーチェンは遥か彼方をかけていく一頭の白馬を見ました。 白馬はまるで“揺り椅子”の動きのように、歩調正しく駆けていました。 雌馬は、その白馬に引き付けられたように追いかけていくのでした。 グレーチェンは、雌馬を止まらせようとしましたが、止めるための綱が無いのです。飛び降りようとしましたが、身体が綱で結ばれていて降りらせません。 やがて雌馬は、白馬のすぐ後に続きました。白馬は野生の馬たちの所へ行ったのです。 グレーチェンは知りませんでしたが、それは白馬が指揮する放し飼いの雌馬たちなのでした。 雌馬たちは、老いぼれ雌馬を心から歓迎しました。 鼻をこすりあったり、首をなで合ったり、歯で優しく噛み合ったり、鳴き声をあげたりして、老いぼれ雌馬に親愛の情を示しました。 雌馬たちは、グレーチェンの事など少しも気が付かなかったらしいのです。 ただ、鼻の先がトウモロコシ粉の袋に触り、そこから舐めてくれと言う風に、粉がこぼれていたので、一頭の雌馬は、その袋を噛んでしまいました。 きっと、トウモロコシ粉が美味しかったのでしょう。袋を本気で噛み始め、とうとうグレーチェンの足まで噛んでしまいました。 「あ、痛い!」 白馬がその悲鳴を聞いて、一飛びにグレーチェンの所へ飛んできました。 白馬は賢いばかりではなく、思いやりがありました。 雌馬たちを追い払ってくれたのです。 それからグレーチェンを結び付けていた綱を噛み切り、グレーチェンを優しく噛んで、地面に降ろしました。 今にも雌馬たちに食い殺されてしまうのじゃないかと思っていたグレーチェンは、優しい白馬に助けられて、心から嬉しくなりました。 だが、遠くに聞こえる狼の吠え声。 辺りは暗くなりかけていました。 「ママ!」 グレーチェンは泣き出しました。 やがて疲れ切ったグレーチェンは、枯れ草を集めてベッドを作りました。 その上で、しばらくはしくしく泣いていましたが、その内にぐっすり眠り込んでしまいました。 目を覚ました時には、すっかり夜が明けて、太陽は高く昇っていました。 馬たちの姿は一頭も見当たりません。 老いぼれ雌馬もいないのです。 グレーチェンは、お腹がペコペコでした。 すぐ近くに見えた川のふちに行って、朝食代わりに水をがぶがぶ飲みました。 このテキサスで道に迷ったら、誰かが自分を見つけてくれるまでは、ひとところにじっとしている方がいいという事を、グレーチェンは聞いたことがありました。 だからそのまま、川のふちから動きませんでした。 (きっとパパが探しに来てくれる) グレーチェンはこう信じていました。 けれど、お昼ごろになっても、人も馬も姿を見せません。 (お腹が空いたわ。なんか食べられるもの無いかしら……) グレーチェンは、野イチゴやスカンポを見つけて食べました。 それから長い間待ったのでしたが、とうとうまた夜になってしまいました。 狼が吠え、暗くなって、空には星が瞬き始めたのです。 グレーチェンは、怖くて心細くて泣き出してしまいましたが、その内に、泣きながら眠ってしまいました。 次の朝、目を覚ますと、なんと目の前にあの老いぼれた雌馬がいるではありませんか! 「まあ、良かった! あんた、今まであたしを置いてどこへ行っていたの?」 グレーチェンは、この雌馬ならお父さんやお母さんのいる場所がきっと分かるし、自分を連れて帰ってくれると思いました。 けてど、雌馬に乗ろうとしても、どうしても高くて乗れないのでした。 近くに丸太が転がっていました。 グレーチェンは、雌馬をその丸太の側に連れて行って、丸太に登ってから、馬にまたがろうと思いましたが、間抜けな雌馬は一歩も動こうとはしません。 長い間、引っ張ってみたり、撫でてみたり、跳ねまわったりしてみましたが、どうしても動かないのです。 グレーチェンは泣き出しました。 老いぼれ雌馬の肩にもたれて泣いていると、トットット、規則正しい馬の足音が聞こえてきました。 白馬です。 王様のように首をそらし、堂々とやって来ました。 白馬の白い身体は、輝くばかりの美しさです。 グレーチェンは、白馬が優しい馬なのを知っていましたので、手を広げて白馬を迎えました。 白馬はグレーチェンがどうして泣いていたか、分かったようでした。 歯で優しく、服の襟と首筋をくわえ、雌馬の背に乗せてくれたのです。 それから雌馬に、家に帰れとでも命令したのでしょう。 今まで身動きもしなかった雌馬が、とっとと歩き始めたのです。 そして、グレーチェンを捜すために一つ所にテントを張っていた家族たちに会えたのです。 「ママ! パパ!」 「おう、グレーチェン!」 グレーチェンは、しっかりとパパにしがみつきました。 「今まで、まあ、どこへ行っていたのだい?」 グレーチェンは、噛まれた足を見せながら、白馬に助けられた話をしました。 トウモロコシ粉の袋は無くなっていましたが、お父さんもお母さんも、グレーチェンが無事に帰ってきて、ただもう嬉しいばかり。 この話はその後、長い間語り継がれて、信じる人もあれば、まるっきり本当にしない人もありました。 だが、一頭の白馬が、野生馬の群れの先頭に立って走っていくのを見た人はたくさんいたのです。 おしまい 戻る |