とんがり帽子の銀の鈴


                    ☆

 朝の牧場(まきば)に、日が差し始めた。
 貧しい羊飼いの男の子が、おやっと驚いて、草の中からピカピカ光っている、小さな銀の鈴を拾った。
 振ってみると、何とも言えない、いい音がした。心にしみるような澄み切った音は、広い牧場に広がっていった。
 遠くへ散らばっていった羊たちは、その音を聞くと急いで集まってきた。
「素晴らしい鈴だ」
 と男の子は、嬉しそうに言った。
「これから、これを集まる合図に鳴らそうね。さあ、行こう、山のふもとへ」

 そのすぐ後、一人の小人が、慌ててやってきた。泣き出しそうな顔をして、草をかき分けかき分け、気が狂ったように、何か探している。
 鈴だ。
 男の子の拾ったあの鈴は、この小人のとんがり帽子の先についていた鈴だった。
 ゆうべは明るい月夜だったので、この牧場へたくさんの小人が集まり、朝まで踊っていたのだが、その時落としてしまったらしい。気が付くのが遅れて、びっくりして引き返してきたわけだ。
 小人にとって、鈴はとても大事なものだった。それが無ければ、小人の国へ帰れない。
 だが、拾われてしまった後だから、いくら探しても見つかるはずはない。


 小人は腕を組んで考えた。
「ひょっとしたら、ぴかぴかするものが好きだという、カラスが拾って巣の中へ持ち帰ったのかもしれない」
 小人はすぐに、綺麗な小鳥に姿を変えた。
 それから、国中のカラスの巣を訪ねて回った。
 だが、無い。
 小人の小鳥は、翡翠玉のように美しい青色の羽を震わせながら聞いた。
「それでは、どこかで素晴らしい鈴の音を、聞いたことはありませんか?」
 みんな答えた。
「知らないね」
 可哀そうに、ぱちっと開いた小鳥の目は、みるみる涙で一杯になった。

                    ☆

 ある日のことだ。
 小人の小鳥は、夕焼け色に染まった牧場の上を飛んでいた。
 すると、牧場に立っていた男の子が、突然、羊たちを集める合図の鈴を鳴らし始めた。
 その音を聞くなり、小鳥は叫んだ。
「あっ、あれは私の鈴だ。でも、どうして返してもらえばいいかしら」
 小人は今度はおばあさんに姿を変えた。そしてよぼよぼと、男の子に近づいていった。
「あれまあ、いい音のする鈴ですね。孫の土産にその鈴を、私に売ってくれませんか」
 男の子は、首を振った。
「拾ったもので、売れません。それに、私も羊たちも、この鈴の音が大好きですから」
 小人のおばあさんは、お金を見たら、人間は心が変わる事を知っていた。
 それで、懐からたくさんのお金を取り出すと、また頼んだ。
「お願いですから、これで売って下さい」
「嫌です」
「では、5マール」
「嫌です」
「では、10マール、いや、100マール」
「いくら出してくれましても、この鈴の音は、お金なんかに変えられません」
 おばあさんは、男の子の、欲の無い美しい心にすっかり心を打たれた。
(本当のことを言って頼んでみよう)
 おばあさんは、すぐに元の小人になると、鈴を落とした訳と、それが無いと帰れないことを話して、
「いくらでもお礼をしますから、返して下さい」
 と頼んだ。
 男の子は頷いて、
「落とし主が分かれば、返すのが当たり前です。お礼などいりません」
 と言って、あっさり返してくれた。
 小人は、何といういい子だろうと、胸がいっぱいになった。
「では、この杖だけは受け取って下さい。羊がもっと欲しい時に、三度振ると、欲しいだけ増えてきますから」
 そう言って、不思議な杖を男の子に渡すと、小人の姿はふっと消えた。

 あくる日の、朝の牧場だ。
 貧しい羊飼いの男の子は、心の中で、もう十匹の羊が欲しいと思いながら、小人からもらった不思議な杖を、三度振ってみた。
 すると、どうだ。どこから現れたのか、すぐ前で十匹の羊が、静かに牧場の草を食べているではないか。
 男の子は、大きな声で叫んだ。
「おうい、みんな、来てみろ。今日からお前たちの兄弟が、十匹増えたぞ。みんな、仲良くしてくれよ」
 風が吹いていた。
 風は、男の子の乱れた髪の毛をそよそよなびかせた。
 大急ぎで集まってくる羊たちを見ながら、男の子の黒い大きな目は生き生きと輝いた。





おしまい


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