ふしぎな馬


                    ☆

 昔、三十年戦争(1618〜48年、ドイツを中心にして起こった宗教戦争)の頃のお話です。ドナウ川の近くのフィリンゲンに、一人のお坊さんが住んでいました。
 このお坊さんは学問が出来るだけでなく、魔法を使う事も上手でした。
 ある晩、お坊さんはベッドに入って、ふと、こんなことを思いつきました。
「今年の畑の仕事は、私一人では間に合うまい。馬を作って手伝わせることにしよう」
 お寺の後ろには、広い麦畑があって、もう取り入れを待つばかり。麦の穂は、真っ黄色に熟れていました。
「馬が出来上がるまでには、四、五日はかかるだろう。明日から大急ぎで作らねばなるまい」
 翌朝、お坊さんは起き出すと、物置小屋に入り込んで、麦わらを束ねたり、縛ったりして、馬を作り始めました。
 お坊さんが麦わらで馬の形を仕上げてゆくうちに、四日目のお昼ごろ、
「これで出来上がった」
 と言って、ぽんと首を付けると、両手の上に乗るほどの、可愛い小馬が出来上がっていました。
 しかし、こんな小さな麦わらの馬が、どうして畑仕事を手伝えるのでしょう。麦畑に連れて行っても、何の働きも出来ないはずですが……。
 お坊さんは、麦わらで作った小さな馬を馬小屋に連れて行きました。それから、そっと辺りを見回して、誰もいないのを確かめると、口の中で短い呪文を唱えたのです。
 今度はわらの馬に、ふーっと息を吹っかけました。すると、あの手の上に乗るような小さな馬が、風船でも膨らむように、見る見る大きくなって、本当の馬と同じ背丈になりました。
 お坊さんはそこで手を伸ばして、馬のたてがみを撫でてやると、いきなり、
「ヒ、ヒーン」
 と、いなないて、身体を動かし始めました。そして、飼い葉おけに首を突っ込むと、ぱくぱく馬草を食べ始めました。
 このお坊さんの魔法を、こっそり見ていた者がありました。それは、ユダヤ人の商人でした。
「よし、あの馬を買い取って、お坊さんの魔法を盗んでやろう」
 それから一月ほど経つと、この商人が、お寺を訪ねてきました。
 麦の取入れは終わっていて、お坊さんの作った小馬は馬小屋に繋がれています。
「お坊さん、私にこの馬を売って下さいませんか」
「いいですとも、この馬はね、とてもよく働きますよ。可愛がって育ててやって下さい」
 商人はお金を払って馬を連れて行こうとすると、お坊さんが呼び止めました。
「この馬には、カラスムギを食べさせてはいけませんよ。それから、水の中へは決して入れてはいけません」
「はい、はい。約束は守ります」
 商人は馬を連れてゆくと、途中でブリーク川の側に来ました。
「あのお坊さんは、この馬を水の中へ入れてはいけない、と言っていた。水に入れると秘密が分かるから、あんなことを言ったに違いない」
 お坊さんの魔法を知りたいと思っている商人は、馬の背に乗って、川の中へ入ってゆきました。
 川の真ん中まで来た時、馬が、ずぶ、ずぶ、ずぶ、と沈み始めました。
「え、えっ、これは、一体どうしたというのだ」
 よく見ると、馬がいつの間にか、一束のわらに変わっていて、商人はそれをまたいで川の中にいるのでした。
「大変だ」
 やっとのことで岸に這い上がりましたが、高いお金を出して買った馬がわら束に変わったのですから、商人は腹が立って仕方がありません。お坊さんとの約束を守らなかったのに、自分が騙されたとばかり思いこみ、
「よし、もう一度引っ返して、馬がわらに変わったと言ってお金を取り返してやろう」
 ユダヤの商人は、大急ぎで寺に戻ってきました。
 お寺の門を叩いても、玄関で大きな声で怒鳴っても、お坊さんは出てきません。商人が部屋に入り込んでみると、お坊さんはベッドの上で大の字になって、ぐう、ぐう、大いびきです。
「お坊さん、起きて下さいよ。大変なんです。私の買った馬が、わら束に変わってしまったのですよ」
 いくら怒鳴っても、お坊さんが起きないので、
「寝た真似をしていても、私は馬のお金は返してもらいますからね」
 手を伸ばして寝ているお坊さんの足を引っ張ると、おや、どうしたのでしょう、足がすっぽり抜けてしまいました。
 ユダヤ人の商人は大慌てです。
「大変な事をした。足を元通りにしろと言って訴えられるかもしれない」
 足をつかんだまま、ブリーク川の側へ来てよく見ると、それは足ではなく、一本のほうきでした。


 ユダヤ人の商人は、もう一度駆け戻ってみました。寺のあった所は一面の草原で、その草の上を、さやさやと涼しい風が吹き抜けていきました。
 手に持ったほうきは、と見ると、一束の草の穂に変わっていました。



おしまい


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