大決戦! 燃えよ勇者たち

 陽はとうに沈み、夜があたりを支配していた。
 だが、空は厚い雲に覆われ、星など見ることは出来ない。
 その厚い雲の真下に、今やダークマジッカーの本拠地と化した石九小はそびえ立っていた。

 ビカッ!

 周囲で時々、稲妻がほとばしる。
 稲光に照らされて、石九小を覆う結界の姿があらわになった。
 稲妻は結界の表面に吸収されていく。
 そのたびに、世界のあちこちで異変が起こっていた。
 日本では各地の原発が一切出力ゼロになった――
 アメリカでは、各地に配備した核ミサイルが使用不能に陥った――
 ロシアでは、シベリアの永久凍土が溶け始めた――
 アフリカでは、急速な勢いで砂漠化が進行した――
 中東では、いくつかの油田で石油が枯渇し始めた――
 あらゆるエネルギーが結界に吸収されてしまっているのだ。

「行くぜ、ナイトキラー!」
「覚悟!」
 石川達と三魔爪達は、各々の武器を構えてナイトキラーと対峙する。
 六人はナイトキラーを取り囲むように立つと、一気に跳躍した。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 その巨体からして避けようのない一撃がナイトキラーに迫る。
 が、
「バカめっ!」

 ババババババババババババババババッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ナイトキラーは身体からすさまじい放電をまき散らし、六人を弾き飛ばしてしまった。
 鈍い音がして、一同はそのまま地面に叩きつけられる。
「テッチャンさん!」
「盛彦!」
「倫理さん!」
 セルペン達がそれぞれ叫んだ。

 バキッ!

 左右から剣と爪とで攻撃をかけた石川とガダメだったが、ナイトキラーの腕の一振りで弾き飛ばされてしまった。
 そこを時間差で上田とアーセンの爆裂呪文が襲うが、ナイトキラーも右腕の砲塔から同じく爆裂呪文を放ち、相殺してしまう。
 ともかく、大きさが違い過ぎるのだ。
 十メートルのナイトキラーに対して、普通の小学生である石川達と、三魔爪達も、やや大柄な普通の大人と同じくらいの体格しかない。
 その十メートルの巨体からほとばしるパワーの凄まじさときたら――
「くそっ、なんて強さだ!」
 石川が倒れた拍子に打ち付けた肩をさすりながら叫んだ。
「スパイドルナイトよりも強いかも知れない」
 上田が錫杖を構えたまま呟く。
 岡野も歯噛みする。
「野郎っ!」
 そんな六人の必死の姿をあざ笑うように、ナイトキラーが吠えた。
「ふははははははははははははははははっ! 無駄だ、無駄だ! 往生際の悪い奴らめ!」
 その言葉には余裕すら感じられる。
 ナイトキラーがまた一歩踏み出した。
 ズズッ…と地面がめり込む。
 振動が伝わり、不安そうに見つめる三人の少女たちとマージュII世の身体を揺らした。
「あーあ、私が、私があんなものを作ったからだっ!」
 苦悩の表情でマージュII世が頭を抱えた。
 オータムはそんなマージュII世の襟首をつかむ。
「おい、おっさん! あんたがあのナイトキラーを造ったんだろ! なんか弱点はないの!」
 だが、マージュII世は、
「無い……」
 ガックリした表情であっさりと言ってのけた。
「あれは完璧無比のメタルゴーレムだ。攻撃力も、防御力も、エネルギーのある限り無限大にパワーアップできるように設計されている」
「そんな……」
「今のままではあのナイトキラーを倒すことは不可能だ」
 あたりを沈黙が支配した。
「…………」
 オータムが愕然と手を放し、マージュII世は地面に座り込んだ。
 そんな中、
「あっ!」
 サクラが何事か気づいたようにゴソゴソとポケットをかき回すと、ビー玉大の白い透き通った玉を取り出した。
「なんだい?」
 オータムが不思議そうに玉を見つめた。
 玉はボウッと光り出す。
「!」
「これは、簡単に言ってしまえば魔力探知機です」
「魔力探知機!?」
「みなさんも知っての通り、トゥエクラニフには様々な魔力の流れがあります。それは人に幸運や健康をもたらすこともありますが、中には不幸や障害をもたらすこともあります。特に後者の魔力の流れを避けるために造られたのがこれです」
「それで……?」
「おかしいと思っていましたけど、やっぱり魔力係数の値が異常なんです」
 オータムが怪訝な表情をして、
「なんだって!? どういうことだい!?」
 サクラの手の中にある玉をのぞき込んだ。
「このウスティジネーグにおいて、あれだけの巨体とパワーを維持するとなると、本来ならせいぜい数分が限度のはずです」
「という事は……!?」
「常にエネルギーを補給しているとしか考えられません」
「この結界のせいだよ」
 マージュII世が横から疲れた声で言った。
「えっ!?」
「この建物を包む結界自体が世界中からエネルギーを吸い取ってナイトキラーにエネルギーを無限に供給しておるのだよ」
「だったら!」
 セルペン達が同時に叫んだ。
「この結界を何とかすれば……」
「それは不可能だ」
 と、マージュII世。
「なんで!?」
「この建物の最深部にある結界の制御室に行くまでは何千と言う防御機構を突破せねばならぬ……。とても行きつけるとは思えん……」
 マージュII世が力なく首を振る。
 だが、
「それでも行くしかないわね……」
 オータムはさっきまでと打って変わって不敵な笑みを浮かべていた。
 その言葉に驚いて、マージュII世が顔を上げる。
「サクラ、セルペン、行くよ!」
 オータムの言葉に、サクラもセルペンも元気よく答えた。
「はい!」
「はいですぅ!」
「キ、キミたち……」
「オッサン、いい事を教えてくれたよ! これで希望が湧いてきた!」
「ま、待ちなさい! 制御室にたどり着くのは不可能だと……」
 マージュII世の言葉をさえぎって、オータムは叫んだ。
「いいかい、オッサン! 物事はね、やってもいない内から不可能だなんて決めつける事は出来ないんだよ!」
「どんなことでも、一パーセントでも可能性があるなら、やってみる価値はあると思います」
「それに、このままじゃテッチャンさん達も、トゥエクラニフもなくなっちゃいます! それなのに、諦めて何もしないなんて、セルペン、絶対にイヤですぅ!」
「…………」
 三人の強い意志を感じ取ったのか、マージュII世も立ち上がった。
 そして、意を決したように言った。
「わかった、私も行こう! こうなってしまったのも、元はと言えば全て私に責任がある!」
 さらに、
「その作戦、我らも混ぜてもらうぞ!」
 皆がガダメの方を向く。
「ガダメ様!?」
「このままでは埒が明かん! 少年たち、しばらく三人でここを持ちこたえられるか!? あやつらだけでは心配だ!」
 石川は親指を立てて、それに応える。
「まかせといて!」
 同時に、サクラ達のもとへ、再びチャリオットに変形したクレイが乗りつける。
「嬢ちゃん達、準備できたで!」
「よし、行くよ、オッサン!」
 オータム達はマージュII世を促すと、クレイ・タンクに乗り込んだ。
「おのれっ! そのような事、させぬぞ!」
 ナイトキラーが吠え、クレイ・タンク目がけて動き出す。
 だが、その前に石川達とガダメ、アーセンが立ち塞がった。
「邪魔はさせないぞ!」
 五人は大地を蹴り、ナイトキラーの目をかく乱させるように次々と跳躍を繰り返した。
「ええいっ、うるさいハエどもめ!」
 ナイトキラーは腕を振るって彼らを叩き落そうとするが、俊敏性は石川達の方が上だった。
「やーい、ナイトキラー、どこ狙ってるんだよ!」
「ここまておいで、アッカンベー!」
 石川達の陽動の間に、クレイ・タンクは地下への入り口にたどり着いていた。
「ガダメ様、行くですぅ!」
 セルペンの声を残してクレイ・タンクは地下へと潜って行く。
「よし! 行くぞ、アーセン!」
「はい! あとは、頼みましたよ、少年たち!」
 ガダメとアーセンはナイトキラーの側から離れて、クレイ・タンクを追いかけた。
 背を見せた彼らに向けて、ナイトキラーが構えをとる。
「行かせぬぞっ!」
 右腕の砲塔から、バーネイの呪文を撃ちだした。
 だが、石川達の呪文が真横からそれを相殺する。
「ナイトキラー、お前の相手はおれ達だ!」
 三人は武器を構え、再びナイトキラーに立ち向かっていった。

 次元を超えたトゥエクラニフは暗雲に包まれていた。
 上空に仕掛けられた巨大爆弾のタイマーはなおも作動している。
 トゥエクラニフは最後の時に向かって刻一刻と突き進んでいるのだ。



 クレイ・タンクとガダメ、アーセンは地下通路を進んでいた。
 その間、サクラたちはマージュII世から制御装置について色々と聞き出していた。
「それじゃあ、その制御装置を逆転させればナイトキラーのエネルギーを吸い取ることが出来るかも知れないのですね」
「そうだ。そのうえ、トゥエクラニフの巨大爆弾も停止するはずだ」
「すべては制御装置をどうするかにかかっているわけですから……」
 オータムがサクラ達の方を向いて言った。
「こうなったら、何が何でも止めるしかないわね、その制御装置とやらを!」
 その時、サクラが気づいて叫んだ。
「クレイさん、前っ!」
「えっ……どわぁっ!」
 クレイもまた前方を見て驚愕する。
 彼の進路上に巨大なドリルが数本現れ、そのままこちらに向けて発射されたのだ。
「あかん、よけきれへんっ!」
 もちろん、粘土で身体が出来ているクレイなら、ドリルをまともに喰らったところで平気だろう。
 だが、中に乗っているサクラ達が無事で済むはずはない。
 しかし、ドリルに気づいたのはサクラだけではなかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 横にいたガダメが爪を構えて突進する。
 大上段から爪を振り下ろし、飛んできたドリルの先端を叩き落した。
「ガダメはん、ナイスや!」
「ふう、第一関門突破だな……」
 額の汗をぬぐいながら、ガダメが呟いた。
 一行はさらに先を急ぐ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 前方で不気味な地響きが起こった。
「ん!?」
 一同の視界に映ったものは――
「げっ! 巨大岩石!」
 前から、直径十メートルはあろうかと言う巨岩が、数十個単位で転がって来るのだ。
「バック! バック!」
 クレイは慌てて車輪をバックに入れる。
 車輪が逆回転し、クレイ・タンクは猛然と後方に下がっていく。
 ガダメとアーセンも、また背後へと跳躍した。
 だが、彼らが着地した場所の床がいきなり消えてなくなった。
「なにいっ!?」
 同じ場所まで下がってきたクレイ・タンク共々、彼らはその穴に落下していった。
 下はまさに奈落で底は見えない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 一同がパニックになっている中、冷静なのがアーセンとサクラであった。

 ソル・モー・ベール・ズ!
(羽よりも軽くならん)

「飛翔呪文・フライヤー!」
 フワリとアーセンの身体が宙を舞い、ガダメの身体を受け止める。
 そしてサクラの方も、
「えいっ!」
 そのしなやかな指で、クレイ・タンクの運転席のボタンを押した。

 シュダッ!

 クレイ・タンクの砲塔からワイヤー付きのパンチが発射され、がっしりと穴の淵をつかんだ。
 車体がガクンと振動して、クレイ・タンクが停止した。横に、ガダメを抱えたアーセンが静止する。
「ふぇ〜……」
 彼らをかすめて、岩は奈落に落ちて行った。
「第二関門突破」
 オータムとセルペンは顔を見合わせてほっと一息ついた。
 だが、ブービートラップはまだまだ始まったばかりであった。

 それから十数分後。
「第一三五関門突破……」
 まさに秒単位で襲って来るトラップに、さすがの一同もゲンナリしていた。
 心強いのはサクラ達が、いまだ冷静だという事のみである。
「来ました!」
 突然、天井が落ちてくる。
 ご丁寧にも一面するどいトゲを突き出して。
 クレイ・タンクの砲塔とアーセンの極大呪文がほとんど同時に火を噴いた。
 両者の猛射により、ボロボロにひびが入った吊り天井を、ガダメの爪の一撃が粉砕した。
「第一三六関門突破!」
「あともう少しで制御室だぞ!」
 マージュII世が興奮して叫んだ。
「もう制御室までトラップは無いのでしょうな!」
 うんざりした口調のガダメの問いかけに、マージュII世が首を振った。
「いや、まだあと強烈なのが数百……」
「あのなー……」
 何か言い返そうとするガダメをさえぎって、アーセンがまくしたてる。
「ガダメ、ガダメ! 前方に、変な、黒い、霧が、立ち込めて、います!」
「霧!?」
 次の瞬間、クレイ・タンクでこの世の物とは思えない悲鳴が起こった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 サクラ達が三人して抱き合って震えている。
「どうした!?」
「あ、あの霧、よく見てですぅ!」
「あん!?」
「ゴ、ゴ、ゴ、ゴキブリですぅっ!」
「なに!?」
 よく見ると、確かにその黒い霧はゴキブリの大群であった。
 あまりの数に、霧に見えたのである。
「わた、わた、私も、ゴキブリだけは苦手です!」
 さすがのサクラも、これには冷静さを失っていた。
「バカッ、よく見ろ! あれは、全部ゴーレムだぞ!」
「へっ!?」
 ガダメの言う通り、ゴキブリの大群ではなく、ゴキブリの形をした小型ゴーレムの大群であった。
 クレイ・タンクのブリッジでマージュII世が説明する。
「あのゴキブリ型小型ゴーレムは隙間を見つけると侵入して内部から破壊する恐るべき防御モンスターなのだよ。あいつを一体でも侵入させてはならん!」
「ど、どうすんのよ!? あんな細かいのどうやって?」
「こうするのです!」
 叫ぶや否や、アーセンが飛び出した。
「アーセン!?」

 ヴェルク・ゼルク・ヴェイ・ザー・ラッ・デン!
(風の神よ、その息吹で全てをなぎ倒せ!)

「極大真空呪文・タイフーン!」
 アーセンの両腕から、巨大な二つの竜巻が放たれて交差する。
 ゴキブリゴーレムはその竜巻の中に吸い込まれるように突っ込んでいった。
 瞬く間にバラバラになって辺りに飛び散る。
「やるなぁ、アーセンはん」
「ざっと、こんな、ものです!」
 ゴキブリゴーレムは一体残らず破壊されて、床に転がった。
 いや、たった一体……。
「ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 クレイ・タンクで再び悲鳴が上がる。
 カサカサカサ……と小さい真っ黒な侵入者がブリッジの中を駆け回る。
「で、出たぁ〜……」
 迫ってきたゴキブリゴーレムからオータムとセルペンが転がるように逃げ出す。
 だが、そのゴキブリゴーレムを横から無造作に突き出された腕が捕らえた。
「えっ!?」
 サクラである。
「エヘヘヘ……本物じゃないなら、何も怖い事はありません」
「あ、あんた、よく平気ねぇ……」
「ちょうどいい研究材料です。それにしても、よくできてますね。外側だってこんなに柔らかい」
 その言葉にピクリとマージュII世の眉が動く。
「柔らかい!? そんなはずは……」
「でも、だって……」
「まさか!?」

 キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 次の瞬間、サクラの悲鳴が超音波となって辺りに響き渡った。
 サクラはその場で泡を吹いて気絶してしまっている。
 ゴキブリゴーレムだと思ったそれは、本物だったのである。



 石九小の校庭では、石川たちがナイトキラーの猛攻に耐えていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ナイトキラーはその巨体を利用して、三人をまさにゴキブリ扱いしていたのである。
「うわぁぁぁぁっ!」
 ナイトキラーが振り回した腕の一撃が、岡野を直撃する。
 岡野は地面にしたたかに叩き付けられた。
「岡ちゃん!」
 慌てて上田が駆け寄り、ヒーレストの呪文をかける。
 だが、そんな上田の息も荒い。
 連続して呪文を使ったため、魔法力を大きく失っているのだ。
「ふはははははははははっ! どうだ、勇者ども! 地下に向かった連中も到底、制御室にはたどり着けまい。どうせ貴様らは皆死ぬ運命なのだ!」
「く、くそう……」
 ブレイブセイバーを構えて、石川がナイトキラーをにらみつける。
 だが、それ以上の事は、今の彼らには出来なかった。

To be continued.


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