誕生、最悪の魔王!

「ううむ……」
 四次元ナイトが倒されたという報を聞き、表情こそ仮面に隠されているものの、マージュII世の顔にはわずかに動揺が現れていた。
 彼はマージュII世配下のメタルゴーレムの中でも、最高の性能を誇っていたのだ。
 それが敗れたとなれば……。
「やはり、一筋縄ではいかぬか」
 と、その時である。
「兄上〜っ!」
 この場には似つかわしくない、無邪気な少年の声が響いた。
 マージュII世が振り向くと、彼によく似たローブに身を包んだ、小柄な人物がそこに立っていた。
 同じく仮面をかぶっているが、その表情は、三日月型の口に、細い線のような目。
 例えて言えば、笑顔を浮かべた土偶のような表情が描かれていた。
「III世か……」
 そう。彼の名はマージュIII世。
 マージュ兄弟の末の弟であり、今回の兄の野望に同行して、現実世界に来ていたのだ。
 なお、『○世』という呼称は、別に親子に限って使うものでもないので(ほとんど親子間で使われることが)、彼ら三兄弟がそれぞれI世、II世、III世を名乗っていても一応、間違いではない。
「兄上、四次元ナイトが負けちゃったんでしょ? だったら、今度はこのボクが行ってもいいかな!?」
「お前が……?」
 マージュII世は、仮面の奥から不審な目を向けた。
 実の兄弟とあって、彼もIII世の力量は熟知している。そして、性格の方も。
 魔界騎士の地位ではあるものの、見た目通り、III世はまだ無邪気な子供だ。さすがにそれなりの能力は持っているが、その性格から、本気で異世界の少年たちを倒そうとするかは正直怪しかった。
 だが、逆を言えば――
 子供と言うのは残酷だ、とはよく言うが、基本的に少し違う。
 子供は倫理観というものがまだしっかりと固まっていないのだ。基本的に子供時代とはその倫理観を養う時期である。
 その子供時代のまま魔界騎士になり、肉体的にも精神的にも幼いままのIII世なら、あるいは……。
「まあ良いか。いいだろう、III世。行ってあやつらと遊んでやれ」
「はぁ〜い、行ってきま〜す♪」
 嬉しそうに、マージュIII世は部屋から駆け出て行った。
 それを見送りながら、マージュII世はやや疲れたようにタメ息を一つ。
「まぁ、うまくいけば御の字だろう……」

 一方、四次元ナイトを撃破した石川達は、クレイ・タンクで先を急いでいた。
「だいぶ時間をくっちゃったからな……。急がないと」
 そんな石川達を待ち受ける一台の黒塗りのマシンがあった。
 そのシルエットはほとんど大型トラクターのそれである。
「フフフ……この黒魔術号で体当たりを喰らわせてやる! 覚悟しろよ!」
 操縦席に座っているのはマージュIII世だ。
「来たか……発進!」
 レーダーにクレイ・タンクの影が映ったのを確認すると、マージュIII世は黒魔術号と呼ばれたメカを発進させた。
 前方からクレイ・タンクがやって来る。
「わはははははははは!」
 まさにぶつかる! と思われた刹那、クレイ・タンクはすぐ手前のわき道にそれて行ってしまった。
「あれ!? あれれ!?」
 肩透かしを喰らった格好の黒魔術号はそのまま空しく直進する。

 クレイ・タンクの中で石川は何気なく背後を振り返っていた。
「何かいたみたいだったけど……」
「気のせいでしょ?」
 上田が応えた、その時だった。
「うわわわわっ!」
 激しい衝撃がクレイ・タンクを襲う。
「な、なんや!?」
「どうやら、後ろから、攻撃を、受けた、みたいです」
「いっ!?」
 もちろん攻撃してきたのは黒魔術号だ。
「わはははははははは! 逃がさないよーっ!」
 黒魔術号のコクピットでは、半分プッツンいった様子でマージュIII世がメチャクチャに操作パネルを叩いていた。
「死ねっ、死ねっ、死ねっ!」
 黒魔術号の前部がパカッと開き、巨大なトンカチを持った手が飛び出てきて、クレイ・タンクに殴りかかる。
「うわっ、どわっ、のわっ!」
 クレイは巧みな操縦で、必死にその攻撃を避けていた。
「な、なんとか後ろを攻撃せねば!」
「それでは、私が!」
 アーセンがクレイ・タンクの屋根に向かって行った。
 黒魔術号の攻撃はますます激しくなる。
「わははははははははっ! 今度はこれだ!」
 マージュIII世がボタンを押すと黒魔術号のあちこちから千手観音のように無数に手が飛び出した。
 ヌンチャク、刀、鎌、槍、棍、トンファー……どの手も強力な武器を持っている。
「おら、おら、おら、おらっ!」
 そのすべてが一気にクレイ・タンクに襲い掛かってきた。
「ええい、アーセン、まだか!」
「行きますよ!」

 ドゴォォォン!

 アーセンが極大爆裂呪文・ボンベストを放った。
「ちょちょちょ、飛び道具なんてヒキョーだぞ!」
 マージュIII世の叫びも空しく、黒魔術号の前面にまともに風穴が開く。
「あれ〜〜〜〜〜〜〜!」
 黒魔術号は爆発し、マージュIII世も悲鳴を残したままどこかに吹き飛ばされていった。

「オウ、ジーザス! やはりあいつでは無理だったか……」
 一連の光景を見て、さすがのマージュII世も頭を抱えた。
「かくなるうえは……」
 マージュII世は椅子から立ち上がると、ドアの方に向かって歩いて行った。

 黒魔術号を撃退した一同は、ついに屋上に繋がる階段の所に到達していた。
「この先に、マージュII世が……」
 決意の表情で、石川がゴクリと唾をのむ。
 その顔には緊張のためか、汗が浮き出ていた。
 九人は慎重に、階段を上がっていく。
 そして、階段を登り切り、ドアを開けて部屋に一歩踏み出した時だった。
 突然、振動が襲い、石川達のいる地面はエレベーターのように下がっていく。
「うわっ!」
 加速がつき、一気に千メートルを下がり切った。
「ここは!?」
 石川達の降り立った場所はあの地下の大ホールであった。
「フハハハハハハハハ……ウエルカム、異世界の小僧ども!」
 魔法人の真ん中にある魔炎台の前から、ゆっくりと大柄な人影がこちらに歩み寄ってきた。
「お前がマージュII世か!?」
 石川の叫びに、マージュII世は悠然と頷いた。
「そーとも! 私こそ、現在ダークマジッカーを取り仕切る魔王にして、今世紀最大の大天才、マージュ・ギッカーナII世だ。キミたちがなかなか来ないので、こちらから招待させてもらったよ。まあ、ちょっとばかり予定が変わったこともあってね……」
「なにを!」
「さてと、少年たち。トゥエクラニフとウスティジネーグを救いたければ六つのクリスタルをこちらに渡してくれたまえ」
 だが石川はいきり立って叫んだ。
「嫌だ! お前の命令なんか聞くもんか!」
「ふむふむ……では、これを見たまえ」
 マージュII世が軽く手を上げた。
 ボーッと天上あたりの空間が揺らめき、ぼやけた映像が浮かび上がる。
「ブクソフカ……」
 サクラ達が叫ぶ。
 大陸の上空では黒い球体のタイマーが休みなく動いているのが分かった。
「今ならまだ間に合うがね」
 マージュII世が余裕の笑みを浮かべる。
「くそう……」
 石川達は悔しそうに拳を握り締めるが、マージュII世にクリスタルを投げつけた。
「フハハハハハ……! ついに六つのクリスタルが我が手に落ちたぞ!」
 クリスタルを魔法陣にセットしたマージュII世が、喜びの声を上げた。
「おい、マージュII世! クリスタルを集めてどうするつもりだ!」
「フフフ……それは主(しゅ)に聞くことだな」
 マージュII世は魔炎台の方に向き直って叫んだ。
「主よ、揃いましたぞ! ここにすべてのクリスタルが!」
 魔炎台から黒い炎が高々と燃え上がった。
<待ちかねておったぞ、マージュII世! さあ、ナイトキラーを出すのだ!>
「はっ!」
 マージュII世がコントローラーを取り出してボタンを押した。
 天井が開き、大ホールそのものが浮上を始める。
「何が始まるって言うんだ!?」
 大ホールは石九小の校庭へと出現した。
 目の前にトゥエクラニフ化した校舎がそびえている。
「ここは……」
「いでよ、ナイトキラー!」

 グガガガガガガガ……
 バリバリバリ……
 ギュォォォォォォ……

 空間が揺らぎ、巨大な黒い穴が上空に現れる。
 中から全高十メートルほどのメタルゴーレムが出現した。
「なんてでかいメタルゴーレムなんだ!」
「フハハハハハハ……私の開発した究極のメタルゴーレム、ナイトキラーだ!」
<そして、我が肉体でもある!>
「えっ!?」
 石九小の結界に集中するエネルギーがひときわ強くなった。
 それと呼応した魔法陣が、そして六つのクリスタルが光り出す。
「なんだ!?」
<我に力を!>
 黒い炎が天を焦がすほど高々と燃え上がった。
「これは!」

 ビガッ!

 六つのクリスタルからエネルギーが放出され、魔法陣へと集まる。
 エネルギーは黒い炎と共に一挙に上昇し、そのままナイトキラーの頭部に吸い込まれていった。
「誕生、ナイトキラー!」
 邪悪な声があたりに響き渡り、今、生命を得たナイトキラーが満足そうに両手を大きく広げた。
 ナイトキラーから放射された悪の喜びが周囲に満ち溢れた。



「我が完全なる誕生のために、六つのクリスタルが必要だったのだ!」
 エネルギーを吸い取られたクリスタルが輝きを失っていく。
「フハハハハハハハハ……! まさか魔界騎士の肉体を乗っ取らずとも、この世に顕現できるとはな!」
 ナイトキラーに乗り移った、黒い炎……その正体は、かつてスパイドル軍の面々や、マージュI世に取り憑いていた悪意と同種のものだったのだ。
 ただ、彼らに取り憑いていた悪意にそのものの『意思』が存在しなかったのに対して、今回の『悪意』には固有の自我ともいうべきものが芽生えていたらしかった。
「く、くそっ!」
「まさか、そんな……」
 石川達の背に冷たい物が走った。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
 杖をつきながら、ようやく校庭までたどり着いたボロボロのマージュIII世もまた、ナイトキラーの姿を見るなりその場に倒れ込んでしまう。
 人の心の奥底に棲む原初の恐怖を呼び覚まされてしまったかのように。
 対照的にマージュII世は感動に身を震わせていた。
「オウッ! 主よ、見事なお姿です! その力を持ってすれば世界を手中に収めるなど容易い事!」
「フフフ……お前には随分と世話になったな。ご苦労であった」
「いえ、そのようなお言葉、なんと勿体ない」
「だが、もう用はない」
「はっ!?」
 マージュII世の目が驚愕で見開かれた。
 ナイトキラーの巨大な手が振り下ろされる。
 すさまじい突風が巻き起こり、マージュII世は吹き飛ばされた。
「うわーっ!」
 そのまま大地にしたたかに叩きつけられる。
「ちょっと、大丈夫!?」
 石川が駆け寄ってマージュII世を抱き起した。
 その拍子に仮面が外れ、マージュII世の素顔が現れる。
 その顔は、かつて石川達が対峙したマージュI世によく似た青年だった。
 その顔つきが穏やかになっていく。
 マージュII世は意識を取り戻し目を開けた。
「わ、私は何を……」
 目の前にそびえ立つナイトキラーに気づいて叫んだ。
「あれは……ナイトキラー!」
「おい、どうなってるんだ! あいつは一体なんなんだ!?」
「わ、私は……そうだ! 私は実験の最中だったんだ!」
「実験!?」
「それがあんな……」
 マージュII世は呆然と語り始めた。

 マージュII世がその巨大メタルゴーレムの製作に取り憑かれたように没頭したのは、彼の持つ独自の正義感からであった。
 彼は国家間の利害解決手段としての武力行使、すなわち戦争が嫌いであった。
 いや、むしろ憎んでいると言っていい。
 それは彼らマージュ三兄弟の両親が、大昔に魔界で起きた大戦争で死んでいることに起因していた。
「この世から戦争をなくす」
 やがてそれこそが、魔界騎士としての地位と天才的な頭脳を持つ自分に与えられた使命だと思うようにまでなっていた。
 ところでマージュII世は甘い理想主義者などではなく、冷厳な現実家でもあった。
 彼が戦争をなくすための手段として選んだのは、世界的な平和運動などではなく、既存のすべての兵器を越えた、究極的な抑止力の開発であった。
 すさまじいまでの物理的なパワーと、それを維持する恒久的なエネルギー供給。
 開発の主眼はここに置かれた。
 その結論として生み出されたのが巨大メタルゴーレム『ナイトキラー』と、世界を構成する六つの元素を圧縮した六つのクリスタルであったのだ。
 組み立ての完了したナイトキラーを見上げながら、マージュII世は呟いた。
「これが完成すれば人類は今までに無かった力を得ることになるだろう。そう、神にも悪魔にもなれる力を……」
 マージュII世の手がコントロールパネルにかかった。
「そのためには強力な力場を封じ込めた動力源が必要なのだが……」
 メインスイッチをオンにする。

 ウィィィィィィ……

 かすかな音を立てて、ナイトキラーの魔力炉に光が走った。
 だんだんと光は強くなり、やがてスパークを生じさせる。
「今度こそ成功してくれよ」
 スパークは激しくなり、中央に怪しげな闇の点が出現した。
「いいぞ、いいぞ……」
 この漆黒の闇こそ、すさまじいまでの質量を秘めた力場となるべきものであった。
 闇は徐々に大きくなっていく。
 が、異変はその時起こった。
 かなりの大きさになった闇の内部で、人影のようなものが揺らめいたのだ。
「な、なんだ!?」
「フハハハハハ……礼を言うぞ! 暗黒の死の空間をさまよう我をよくぞこの世に顕現させてくれたわ!」
「!」
 闇がカッと光り、スパークが放たれた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 マージュII世はその光をまともに浴び、コントロールパネルに突っ伏した。そして、
「光栄に存じます」
 先ほどまでとは別人としか思えない、悪意に満ち溢れたマージュII世の声が響いた。
 マージュII世が静かに顔を上げると、その瞳は狂気の色に輝いていた。
「まずはトゥエクラニフの滅亡……そして、我が完全なる誕生のためにクリスタルを集めるのだ!」
 顕現した“悪意”の言葉に邪悪な笑みを浮かべたマージュII世は静かに頷いた。



「私は悪魔を呼び出してしまった……」
 マージュII世が呆然とつぶやく。
「いや、悪魔よりももっとタチの悪い奴だ!」
 キッとナイトキラーを睨みながら、石川が叫んだ。
「クククク……」
 ナイトキラーの嘲笑が響く。
「ほざくがいい、異世界の勇者ども! まずはお前らを料理してやろう! その次にこの世界の奴らに真の恐怖を教えてやるとするか」
「トゥエクラニフはどうなるのよ!」
 オータムが叫んだ。
「トゥエクラニフ!? あとしばらくでそんなものは存在しなくなる……木っ端微塵となってな!」
「そんな……」
「お前の思い通りにはさせないぞ!」
 石川が怒りを込めて叫ぶ。
 それに対してナイトキラーは高々と笑いを響かせた。
「フハハハハハハハハハハ! 我に逆らおうとは愚かな者どもよ! よかろう、先に貴様らを始末してくれるわ!」
 ズシンとナイトキラーが一歩を踏み出した。
「くっ……」
 ナイトキラーから目をそらすことは無いものの、石川達の頬を冷たい汗が流れて行った。

To be continued.


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