スーパー・パニック

 変異してしまった石九小の最上階、その南校舎。
 変異前であれば、そこには屋上に出る階段があるのだが、現在、その奥は豪奢な部屋になっていた。
 広さはちょうど、この学校の校長室くらいである。
 そこでは一人の人物が、満足そうにトゥエクラニフ化した地上を見下ろしていた。
 クライヤ山脈の屋敷に居た、あの魔術師風の男である。
 彼の名はマージュ・ギッカーナII世。
 正真正銘、あのマージュの弟であり、現在、ダークマジッカーを取り仕切っている人物にして、トゥエクラニフでも五本の指に入る天才魔導学者――それが彼の正体であった。
「フフフフ……」
 マージュII世の口許から、思わず笑みがこぼれる。
「この光景も、まもなくこのウスティジネーグ全てがそうなるのだ……」
 今から起こることが楽しみでしょうがない、といった口ぶりであった。
 ちなみに『ウスティジネーグ』とは、彼らトゥエクラニフの人間から見た、現実世界の事である。
 言うまでもなく、今回の騒動を引き起こしたのは、このマージュII世であったのだ。
「オォッ、ジーザス! 人々に幸せを!」
 大げさな手ぶりで頭を押さえると、皮肉るように呟いた。
 マージュII世は手にした杖を軽く振る。
 同時に彼の姿はその場から消え、校舎の遥か地下に作られた大広間に転移した。
 そこはマージュII世が先ほどまでいた部屋の数十倍はありそうな巨大な空間だった。
 壁際はビッチリと重厚なメカが積み上げられ、床には巨大な魔方陣が描かれていた。
 さらに、魔法陣には六つの祭壇が等間隔で並べられている。
 丁度、例のクリスタルが納められそうなサイズだ。
 そして、魔法陣の中心にはまるで聖火台のようなものが据えられ、怪しい黒い炎が揺らめいていた。
 敢えて言うならば、それは魔炎台とでも呼ぼうか。
 マージュII世はその魔炎台の前まで来ると、ひざまずいた。
 魔炎台の黒い炎が一段と燃え上がる。
<マージュII世よ!>
 強烈なテレパシーがマージュII世の頭の中に響く。
 マージュII世はビクッとして、深々と頭を下げた。
<救世主どもは始末したか!?>
「はっ、今しばらくご猶予を……。クリスタルの回収と並行して、刺客を送り込んでおりますゆえ」
<うむ……。計画の方はどうなっておるか!?>
「ご安心ください。計画は順調に進んでおります。ウスティジネーグ全土をトゥエクラニフ化し、貴方様をこの世界へとお招きするのも時間の問題かと……」
<マージュII世、期待しておるぞ>
「ははっ!」
 炎はゆっくりと収まり、再び元の大きさに戻った。
 マージュII世もようやく顔を上げる。
 黒い炎の照り返しを受け、その仮面が怪しく光っていた。



 さて、こちらはその石九小から南に一キロほど行ったところにある商業施設。
 地元ではバピロスと呼ばれている大型スーパーである。
 今、この建物の入り口に立っている者がいた。
 細身で鋭角的なシルエットを持ち、頭部は猛禽類を象ったヘルメットを被ったようなデザインをしている。
 手には細い槍を持ち、左胸には『香』という文字に似た紋章が描かれている。
 スピアーという魔衝騎士で、このバピロスにクリスタルの反応があったのを感知し、いち早く駆けつけてきたのだ。
 スピアーはバピロスの天辺、屋上駐車場を見上げて不敵な笑みを浮かべる。
「クリスタルの反応はこの上か……。ここにあるクリスタル、このスピアーがもらった!」
 スピアーは一気に飛び上がると、一気に屋上まで飛んでいく。
 見れば、屋上の看板から、緑色の光が漏れていた。
「そこか!」
 スピアーは一気に看板に向かって飛翔する。
 が、

 バリバリバリバリバリバリバリバリ!

「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 クリスタルに手を伸ばした途端、全身をすさまじい電撃に包まれて悲鳴を上げる。
 真っ黒こげになったスピアーは、屋上の床へと落下した。
「ぐぅぅっ……。バリアのようなもので包まれている……。金属製のボディを持つオレでは、このバリアを突破するのは無理か……。ならば……」
 何ごとか思いついたスピアーは、槍を杖代わりにして立ち上がると、その場から飛び立った。

 一方、石川達もクリスタルの反応を察知して、このバピロスへとやってきていた。
 彼らも看板から緑色の光が漏れているのを発見する。
「屋上か……。屋上に行くなら、自動車用の坂道を使えば早いんだけど……」
 言いながら、上田がチラリと屋上につながるスロープに目をやる。
 スロープは丁度、中ほどで崩落したような形になっており、例え強化された岡野の跳躍力でも反対側に渡る事は難しそうだった。
「やっぱり、地道に一階から攻めていくしかないか……」
 軽くため息をついた石川を先頭に、一同はダンジョンと化した元スーパーへと入っていった。
 入口から入ると、本来ならすぐ左手に屋上につながるエレベーターと階段があるのだが、案の定と言うべきか、そう簡単に屋上へは行かせまいぞと言わんばかりに、そこは壁へと変化していた。
 三人はフードコートだった大広間を抜け、食品売り場へと出る。
 売り場の通路もあちこちに新たな壁が出来ており、まさに迷路の様相を醸していた。
 ここに来るまでに、三階まで行けるエスカレーターも確認してみたが、やはり途中で大きな岩に塞がれており、こちらも使用不能になっていた。
 現在、三人は生鮮食品売り場だった通路を進んでいた。
 その時、
「キキーッ!」
 甲高い叫び声がして、棚からザコI世とザコII世、それから、人の頭ほどもある巨大な柿の実が飛び出してきたのだ。
 よく見ると、全体的に腐りかけており、人のように目と口が付いている。
 食べられることなく腐ってしまった柿の実の怨念から生まれた、腐った柿の実というモンスターである。
 その甘ったるすぎるような、腐敗臭のような妙なにおいに、三人は思わず鼻をつまむ。
 正直、こんな奴を相手に武器や拳で攻撃を加えるのは戸惑われた。
「てなわけで、上ちゃん、お願い。おれとテッちゃんは、ザコを相手にしてるから」
 岡野がスチャッと上田に向かって手を上げ、石川と共にザコ達に向かっていく。
「ゲッ、おれが? まぁ、しょうがないか……」
 ブツブツ言いながらも、上田は錫杖を構えると呪文を唱える。

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!
(火の神よ、猛火の裁きを!)

「火炎呪文・メガフレア!」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 上田の掌から、サッカーボール大の火球が飛び出して腐った柿の実を包み込む。
「ギャヘーッ!」
 腐った柿の実は悲鳴を上げると、次の瞬間、程よい焼き加減の焼き柿に姿を変えていた。
 モンスターを片付けた石川達は、さらに店舗の南側の階段に向かって進んでいく。
 その時だ。
「ねぇ、何か聞こえない?」
 ふと、上田が足を止めて呟いた。
「ん?」
 他の二人も耳を澄ませる。
 そんな三人の元に羽音のようなものが聞こえてきたのだ。

 バサバサ、バサバサ……

「んん……?」
 振り返った三人の視界に飛び込んできたのは、コウモリのような羽を生やし、目と口が付いたナスビの群れだった。
「食べて! 食べて!」
 ナスビが意志を持った、お化けナスビというモンスターだ。
 相手に大軍で襲い掛かって無理やり自分たちを食べさせ、食べすぎと灰汁(ナスビにはアルカロイドが含まれており、生食には向いていない)による中毒で相手を動けなくして、自分たちの苗床にしてしまおうという、地味ながら恐ろしいモンスターである。
「に、逃げろーっ!」
 三人はその数に圧倒され、思わず全速力で逃げ出す。
 しかし、それも長くは続かなかった。
 三人は壁際に追い詰められてしまったのだ。
 目前にせまるお化けナスビの大軍に、石川が腹をくくったように叫んだ。
「よぉし、こうなったら、望み通りにしてやる! 上ちゃん!」
「えっ?……あ、そっか!」
 石川の狙いを察した上田はこくりと頷く。
 二人は目を閉じると、精神を集中させて呪文を唱え始めた。

 ゼー・レイ・ヒーラ・ヴィッセル!
(閃光よ、閃け!)

「閃光呪文・バーネイ!」
 二人の掌から、同時に帯状の炎が飛び出し、お化けナスビ達に襲い掛かる。
「お、美味しく食べてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 断末魔の叫び声(?)をあげて焼きナスと化したナスビ達は床に落下する。
 その美味しそうな匂いに、思わず三人はゴクリと喉を鳴らす。
 おあつらえ向きに、そこは調味料コーナーであった。
「せっかくだし……いただいちゃおっか?」
「そうだね」
 石川達は手を合わせて「いただきます」と呟くと、その場にあった調味料で、大量の焼きナスを美味しく頂くのだった。



 焼きナスで腹を満たした三人は、建物の南出入口付近の階段を昇って、二階へと進む。
 ちなみに南出入口は鋼鉄製の扉へと姿を変えており、がっちりと鍵がかかっていて出入り不可能になっていた。
 階段を上がった先は、変異前であれば玩具屋が入居していた場所だ。
 その前を通り、衣料品売り場だったエリアに入る。
 一同は、今度は売り場の北側に向かって進んでいた。
 彼らが二階に上がって来た南階段の、三階へ進む部分がシャッターのようなもので塞がれていたからだ。
 衣料品売り場は、無数の武器や鎧などが整然と並んだ、武器屋のような空間へと姿を変えていた。
「へぇ、こりゃ凄いや。もしかしたら、この中に役に立つ武器とかあるかな……」
 しげしげと並んでいる武器を見つめながら、上田が呟く。
 それに対して、錫杖が心外そうに言った。
「マスター、私では不満なのですか?」
「冗談だよ、冗談。おれもテッちゃん達も、武器は一番いいのをもう持ってるわけだし……」
「もう……」
 その時だ。
「危ない!」
「わっ!」
 いきなり石川に突き飛ばされて、上田が床に転がる。
 次の瞬間、彼が立っていた場所には、両刃の剣が深々と突き刺さっていたのだ。
「あ、危なかった……。ありがと、テッちゃん」
 よく見ると、その剣は、鍔の部分に一つの目が付いている。
 その剣は、まるで見えない力で引き抜かれたかのように床から離れると、真っすぐ空中に浮き上がった。
 続けて、
「ケケケケケケケケッ!」
 突如笑い声が響き、棚から凶悪そうな目つきに牙の生えた口が付いた盾が飛び出してきたのだ。
 それぞれ呪いの剣、呪いの盾という、武具が意志を持ったモンスターである。
 普段は普通の武具に擬態し、それを手に取った者の生気を吸い取って、それを自分達の糧にしている。
 さらに、
「ゴォォォォッ!」
「うわっ!」
 響くような唸り声をあげて、全身甲冑がその場に飛び出してきた。
 その兜の奥には鋭い目が光っているが、よく見ると、甲冑と甲冑の隙間には、本来あるはずの肉体が無かった。
 同じく鎧自体に魂が宿ったモンスターで、呪いの鎧という。
「ゴォォォォォォッ!」
 呪いの鎧の雄たけびに呼応するように、呪いの剣と呪いの盾が飛んでいき、その両手に収まった。
「が、合体した……?」
 呆然とその光景を見守っていた岡野が呟く。
 確かに合体と言っても、間違いではないかもしれない。
「ゴォォォォッ!」
 呪いの鎧は剣をかざして、三人に向かって突進してきた。
「このおっ!」
 石川がその一撃をブレイブセイバーで受け止め、周囲に火花が散る。
 その隙を逃さず、岡野が飛び上がって拳を繰り出した。
 だが、呪いの鎧はその動きに反応して、すかさず盾で岡野のパンチを受け止める。
「か、硬てぇ……」
 戦神の籠手のおかげで拳にダメージこそ無かったものの、その盾の防御力は並の物ではなかった。
「あの剣と盾は厄介だな……。まずはあれを何とかしないと」
 苦々しい表情で、岡野が呪いの剣と呪いの盾を見据える。
「ねえ、錫杖。あの剣も盾も、モンスターだって事は生きてるって事だよね?」
「ええ、そうなりますね」
「それなら……。ねぇ、テッちゃん」
「何?」
 石川に対して、上田が何ごとか耳打ちをする。
 それを聞いて、石川も納得したようにうなずいた。
「よし、やってみるか」
 二人は横に並ぶと、先ほどのお化けナスビとの戦いの時のように揃って呪文を唱える。

 ゼー・レイ・ヒーラ・ヴィッセル!

「閃光呪文・バーネイ!」
 再び、二人の掌から帯状の炎が噴き出した。
「ムンッ!」
 呪いの鎧は、盾でそれを受け止める。
 だが、二人は呪文を放ち続けていた。
「頑張って、テッちゃん! おれの狙い通りなら……」

 ゴォォォォォォォォォォォォォッ!

 呪いの鎧は二人から放たれる火炎を盾で防ぎ続けていたが、そうこうしている内に……。

 ジジジ……ジジジジ……

 徐々に、呪いの盾が真っ赤に熱せられてきた。
 そしてついに、
「熱ッチィィィィィィィィィィィィィッ!」
 耐えかねた盾が、思わず呪いの鎧の手から離れて飛び上がったのだ。
「イイッ!?」
 盾を失った呪いの鎧は慌てた声を出すが、もう遅い。

 ゴォォォォォォォォォッ!

 防御手段を失ったところに、二人分のバーネイが直撃する。
「ギェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!」
 呪いの鎧は火だるまになって悲鳴を上げる。
 そこへ、
「今だぁっ!」
 チャンスとばかりに岡野が飛びかかった。
「おらおらおらおらおらおら!」
「グワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
 岡野にボコスカ蹴りを入れられ、哀れ、呪いの鎧は鉄クズと化してしまったのだった。
「や、やったね、岡ちゃん」
 息を切らせながら親指を立てる上田に、岡野も親指を立てて返した。



 呪いの鎧を撃退し、一同はさらに奥へと進む。
 現在、彼らがいるのは宝石店だった場所である。
 財宝には世界の別は無いのか、そこは比較的、変異前と変わらない雰囲気だった。
 とはいえ、彼らは小学生。
 まだまだこういった財宝に興味がある訳でもなく、足早に通り過ぎようとした。
 その時だ。
「な、なんだ……?」
 みょうな違和感を感じて石川が立ち止まる。
 ふと振り向くと、上田と岡野の姿がなく、代わりに居たのは、妙にちんちくりんな化物と、鬼から角を取ったような姿の化物だった。
「上ちゃん!? 岡ちゃん!?……さてはお前達が、二人を食ったんだな! 許さん!」
 石川は二体の化け物に向かって剣を構える。
 が、化物たちは戦いを拒否するように首をブンブンと横に振った。
「臆病者め! 二人の仇だ! やっつけてやる!」
 剣を振りかざして化物に飛びかかる石川だったが、突如、その身体がどこから現れたのか巨大な蛇によってぐるぐる巻きにされる。
 その耳元で、何やら怒鳴り声が聞こえた。
 何を言っているのか、聞こえているのに分からない。
「離せ! くそっ……」
 もがく石川だったが、いきなり両頬を連続でひっぱたかれる。

 ビシバシ! ビシバシ!

「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 思わず頬を押さえて叫ぶ石川に、呆れたような声が掛けられた。
「テッちゃん、目ぇ覚めた?」
「へっ?」
 見れば、目の前にいたのは岡野だ。
 よく見ると、自分の身体をぐるぐる巻きにしていたのは錫杖が変形したチェーンだった。
「ど……どうしてたの、おれ?」
「混乱の呪文をかけられたんだよ。パニックって言うの」
 かつてブッコフタウンで学んだ呪文の事を思い出しながら、上田が言う。
 先ほど石川の思考が妙に短絡的になっていたのも、この呪文の作用だったのだ。
「こいつがパニックをかけたんですよ」
 錫杖の杖の部分の下で、見慣れぬモンスターが抑え込まれていた。
 目口のついた袋のような姿で、ヘラヘラと人を馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、一息ごとにルビーだのサファイアだの金貨だの真珠だのを噴き上げては吸い込む妙な奴だ。
 長い年月を経る事で、宝石袋に魂が宿った、マッドジュエルというモンスターである。
 石川は頭を振って気を取り直すと、二人に向かって頭を下げた。
「ごめん、二人共。大丈夫?」
「おれ達は何ともないよ」
 二人は肩をすくめる。
 マッドジュエルは、その顔つきの通り何も考えていないのか、束縛から解放されると、えへらえへらと笑いながら、その場から去っていった。
 三人はそれを見送ると、三階へと足を運ぶのであった。



 三階へと上がって来た三人は、今度は書籍売り場だった場所を横切って屋上へと向かう。
 書籍売り場は、トゥエクラニフの本が並ぶ空間へと変わっていた。
 それはさながら、あのブッコフ図書館を思い出させる。
 歩きながら、それらを横目で見ていた上田がふと立ち止まる。
「トゥエクラニフの本か……。もし手元に置いてたら、世界を元に戻した後も、持っておけるかな……?」
 そう言いながら、棚に並んでいる本を一冊手に取った。
 それを見て、石川と岡野が呆れたように声を掛ける。
「上ちゃん、そんな事してないで、早く先に進もうぜ」
「いいじゃん、ちょっとくらい。どれどれ……」
 何気なく本を開いた上田だが、次の瞬間、その表情が凍り付く。
 なんと、本の中に、巨大な蝶の頭と胴体、それに腹が折りたたまれていたのだ。
 次の瞬間、その蝶の身体が展開して、宙に舞い上がる。
 丁度、本の部分が羽になっていて、パタパタと空中で羽ばたいている。
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 思わず上田が悲鳴を上げ、本を投げ出した。
 本に擬態しているブック蝶というモンスターで、今の上田のように、うかつに自分を手に取った者に襲い掛かってエサにしてしまうのだ。
 完全に不意打ちを食らった格好になった上田はその場に尻餅をつく。
 それを逃さず、ブック蝶は上田に飛びかかった。
 だが、上田がブック蝶の餌食になってしまう事は無かった。
 一瞬早く動いた石川のブレイブセイバーが、ブック蝶の羽をずんばらりんと切り裂いていたのだ。
「全く、だから余計な事するなって言ったのに……」
 パチンと剣を鞘に納めながら、石川が冷ややかに言った。
「ご、ごめん……」
 さすがに上田も、素直に謝るとすまなさそうに頭を掻きながら立ち上がった。

 ブック蝶を退け、先へと進む三人に、さらに潜んでいたモンスター達が襲い掛かった。
 左腕に魔法ライフルを装備したショットアーマー。
 全身が鋭利な刃物で出来た、カマキリとケンタウロスを合わせたような姿のカマ。
 電撃を浴びせてくるパチ。
 両腕が翼に進化したスカイザコ。
 それらを撃退しながら、石川達は屋上へと続く階段を駆け上っていった。
 そしてついに、
「着いた!」
「着いたね!」
 三人は屋上駐車場までたどり着いたのだった。
 屋上は車止めや外灯などが消滅しており、遮蔽物の無い広場のようになっていた。
 三人が上がって来た階段とは丁度反対側に、バピロスの看板が付いた出入口がある。
 その看板からは、緑色の光が漏れていた。
「あれか!」
 看板に向かって、岡野が跳躍した。
「あっ、待って岡ちゃん! 嫌な反応が……」
 上田がその言葉を発するのがあと一瞬早ければ、岡野は無傷で済んだだろう。
 しかし、わずかに遅かった。

 バリバリバリバリバリバリバリバリ!

「しびればびれぶ〜〜〜っ!」
 凄まじい電撃に全身を蹂躙され、岡野が悲鳴を上げた。
 真っ黒こげになった岡野は、その場に落下する。
「ど、どうなってんの……?」
 口から「ケホッ」と煙を吐き出しながら、岡野が呟いた。
「どうやら、クリスタルはバリアで守られてるみたいだね……」
 岡野にヒールをかけながら、上田が看板の方を見据える。
「ええっ、じゃあどうやってクリスタルを手に入れたら……」
 困った顔になる石川に、上田がにっこりわらって言った。
「大丈夫、任せておいて」
 そう言うと、上田は看板によじ登って、呪文を唱えた。

 ノーダ・メル・ジー!
(我が障害を跳ね除けん!)

「障壁無効化呪文・インビジ!」
 その瞬間、上田の全身が淡い光に包まれる。
 そのまま上田は、まるで最初からそんなものは無かったかのように、バリアの中を進んでいった。
 どうやら上田が使ったのは、バリアなど、ダメージを与える結界などを無効化する呪文らしかった。
「やった! 取ったどー!」
 緑色のクリスタル――『風の緑玉』を掲げて、上田が叫んだ。
 その時である。
「ご苦労だったな、異世界の少年たち」
 ゴオッと風を切るような音が響き、巨大な影が瞬時にその場に飛び込んできたのだ。
 猛禽類を連想させる兜をかぶり、槍を持った細身の魔衝騎士。
 スピアーである。
 スピアーは、石川達がクリスタルを手に入れたところを強奪しようと、待ち構えていたのだ。
「我が名は魔衝騎士スピアー! 早速だが、そのクリスタルを渡してもらおうか!」
「や〜だよ! 誰が渡すかってんだ!」
 スピアーに対して、石川がアッカンベーをする。
「フン、ならば命ごと頂くまで!」
 スピアーは槍を構えると、三人に向かって突っ込んでくる。
「は、速い!」
 慌てて身をかわした三人のすぐそばを、スピアーは突き抜けていった。
「あいつ、とんでもなく素早いぞ!」
「そうみたいだね」
 急いで上田は、ファストを唱えて自分たちの速度を上げる。
 しかし、
「無駄な事よ! はあっ!」
 空中を縦横無尽に飛翔するスピアーは、三人の攻撃を易々とかわしては攻撃を加えてくる。
「くっそー、じゃあこれならどうだ!」

 ソル・モー・ベール・ズ!
(羽よりも軽くならん!)

「飛翔呪文・フライヤー!」
 上田の身体がフワリと宙に浮かんだ。
 フライヤーで、敵の空中殺法に対抗しようというのだ。
 だが、いくらある程度レベルが戻ってきたとはいえ、そのスピードの差は歴然としていた。
「はっはっは、遅い遅い!」

 ガキィィィィィィィィン!

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 あっさりと蹴りを食らい、上田の身体が地面に投げ出される。
「上ちゃん!」
 石川と岡野が上田に駆け寄って、その身体を抱き起した。
「駄目だぁ……。今のおれのレベルじゃ、空中戦じゃアイツにかなわない」
 ガックリと上田がうなだれる。
「ふっふっふ、実力の差が分かったか!? ならば、次はこれだ!」
 スピアーの口が、素早く呪文を唱える。

 ヴェルク・シー・レイ・ウェン・ザー・ザム!
(風の神よ、その羽根で切り裂け!)

「真空呪文・トルネード!」
 スピアーの掌から中級の竜巻が飛び出し、三人に襲い掛かった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 かまいたちに全身を切り刻まれ、三人が吹き飛ばされる。
「くっ、このままじゃ……」
 石川が悔しそうに、唇を噛んだ。
「テッちゃん! アイツの素早い攻撃に反応出来る仲間を呼ぼう! ガダメを!」
「そうか!」
 上田の声に、石川は懐から、眼球型のアイテムを取り出す。
「頼むぞ、ガダメ!」
 石川が眼球を天高く放り投げた。

 シュパーン!

「タンガンガ〜ン!」
 眼球がまばゆい光を放ち、その中からガダメが姿を現す。
「私が相手だ!」
 ガダメはスピアーに向き直ると、得物の爪を構える。
「ふっ、スパイドル軍の三魔爪か。こざかしい!」
 スピアーは槍を構えると、ガダメの横すれすれを猛スピードで通過する。

 ガシィッ!

 すれ違いざまに繰り出された槍の一撃は、ガダメの鎧に鋭い切り傷を生んでいた。
「くっ!」
 その傷を見て、ガダメが舌打ちをする。
「はっはっはっは! 三魔爪など何するものぞ! 敗残兵は大人しく引っ込んでいるがいい!」

 ガキィン! ガキィン! ガキィィィン!

 自信に満ちた笑い声と共に、目にもとまらぬ速さでガダメの鎧に次々と新しい傷が生まれていく。
 そのヒット・アンド・アウェイ戦法に、ガダメも成すすべが無いように思われた。
「ああっ! ガダメ!」
 一方的にやられているガダメを見て、石川達が叫び声をあげた。
 だが、実際のガダメの方はというと、全く逆の感情を抱いていた。
 ガダメは片方しかない目を閉じ、静かに精神を統一して待っていたのだ。
 スピアーを捕らえるチャンスを。
 ガダメの、武術を極めた魔界騎士としての感覚が、迫りくる殺気を敏感に感じ取る。
 それはほとんど野生動物の勘に近いものがあった。
「とどめだ!」
 スピアーがガダメを仕留めようと槍を繰り出すのと、ガダメがカッと目を見開いたのは同時であった。
「そこだ!」

 ガシィィィィィッ!

「なっ、何いっ!?」
 先ほどまでの余裕に満ちた表情とは打って変わって、スピアーの目が驚愕のために見開かれる。
 彼の槍は、その腕ごと、ガダメによってガッチリと掴まれていたのだ。
「はあっ!」

 バキッ!

 気合一閃、ガダメは槍をへし折ると、続けてスピアーに強烈な回し蹴りを見舞った。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 バキィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 スピアーのボディが吹っ飛び、地面に勢いよく叩きつけられる。
 そこを逃すガダメではない。
「ガダメ・電磁爪!」
 ガダメは一気にスピアーに駆け寄ると、電撃をまとわせた爪を、スピアーのボディに突き立てた。

 バリバリバリバリバリバリ!

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 またも全身を電撃に貫かれ、スピアーが悲鳴を上げる。
「よぉし! おれもガダメに負けてられないぜ!」
 石川はブレイブセイバーを掲げると、呪文を唱えた。

 ゴッ・ディ・カーミ・レイ!
(神の稲妻よ、裁きを!)

「雷撃呪文・サンダス!」

 ピシャァァァァァァァァァァァァァン!

 上空から稲妻が降り注ぎ、ブレイブセイバーの刃に落ちた。
 石川は稲妻をまとった剣を振りかざすと、そのままガダメ達の方に向かって駆けだす。
「行くぜ、ガダメ!」
「おう!」
 ガダメはなおも電撃を流し、スピアーをその場に釘付けにする。
 激突の瞬間ガダメは身をかわした。
「雷鳴斬!」

 ズバァァァァァァァァァァァァァァァッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 電撃をまとったブレイブセイバーがスピアーの機体を横に薙ぎ払い、両断されたスピアーは大爆発を起こした。



「これで四つ目! 残りは二つだ!」
 手に入れた『風の緑玉』を囲んで、石川達が嬉しそうにはしゃぐ。
 ガダメもそんな彼らを見つめて「フッ」と笑みを浮かべると、満足そうに頷いていた。
 果たして、次のクリスタルはどこにあるのか……。

To be continued.


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