ひび割れた友情!? 石川と岡野

  五郎川団地で『土の黄玉(グランド・シトリン)』を手に入れた石川達は、彼らが拠点としている住宅地に戻ってきていた。
 吉報を持って戻って来た彼らを、三魔爪やトゥエクラニフの少女たちは笑顔で出迎えた。
「さっすが、テッチャンさんですぅ!」
「やったな、少年たち」
 そんな彼らに、石川達も笑顔で頷いた。
「ところで……」
 石川は黄玉を手に入れた時、黄色い光がクリスタルから飛び出したことを語った。
 その不思議な光景の話を聴いて、アーセンが納得したように言う。
「おそらく、クリスタルの、魔力と、あなた達の、魔力が、反応したのでしょう。あなた達は、トゥエクラニフに、とっては、特別な、存在です。その為、魔力の、塊である、クリスタルが、反応を、示したのだと、思います」
「成程ねぇ……」
 アーセンの説明を、一同は息を漏らしながら聞いていた。

 二日後、再びクリスタルが反応を示した。
「今回クリスタルの反応があったのは、ここですね」
 サクラが地図を指し示す。
 それは彼らの住宅地からは北の方向にある海岸であった。
「壱の松原か……」
 上田が呟く。
 ここには彼も、小さい頃に家族などと一緒に海水浴に来た事がある。
 小学生の足では、そこそこ距離があった。
「どっちにしても行かなきゃいけないし……さっそく出発しよう!」
 石川の言葉に、上田と岡野が頷いた。
 ちなみにテレポーの呪文を使えば楽かと思われるかもしれないが、この呪文は行き先の光景を術者がイメージしなくては使えないため、世界が変異してしまった今では、変異後に訪れた場所以外に対しては使用不可能となっていた。
 これについては、テレポーと同じ効力を持つアイテムであるワープフェザーも同じことである。
 と言うか、そもそも上田のレベル自体が、まだ再びテレポーを使えるほどにまで回復しておらず、彼らの手元にワープフェザーも無いという、直接的な理由もあった。
 そんなわけで、一同は住宅地を出ると、住宅地と石九小を隔てている品柄川(しながらがわ)にそって歩き始めた。
 とは言え、この川は、ちょうど小学校の敷地を超えたあたりから、松原とは反対方向に曲がり始めるので、一同はその手前で西の道に入っていった。
 変異前は酒屋だった建物や公園の横を過ぎ、五郎川を渡って、川沿いに北上していった。
 普段であればそんなに時間がかかる道のりではないのだが、道中では度々モンスターの襲撃を受けたため、霜大和小学校だった建物の辺りに来た時には、すっかり日が暮れてしまっていた。
 この霜大和小も、彼らの小学校と同じように城砦のように変化していたが、幸い中にモンスターの気配は感じられなかったため、三人はここで一夜を明かすことにしたのだった。
 例によって内部構造は全く変わっており、中は『ドラ〇エ』に出てくる城とほとんど変わらないような造りになっていた。
 いや、人がいない分、レ〇ール城に近いか……?
 それはともかく、厨房のような場所を見つけたため、三人はそこで、ナップザックに入れておいた食料を調理して夕食をとった。
 これも彼らがかつてトゥエクラニフで使っていたナップザックで、ガダメ達が持ってきてくれたものだった。
「なんかこの感覚、久しぶりだね」
 独り言のように上田が呟く。
 五郎川団地での冒険は、出発から含めて一日で終わったため、このような野宿に近い夜は、今回の冒険では初の事であったのだ。
「まぁ、普段はこんな事ないからねぇ……」
 石川が苦笑を浮かべる。
「早いとこ、休もう。明日の昼までには壱の松原に到着できるだろうし……」
「うん」
「ああ」
 三人は夕食を済ませると、ベッドが用意してあった部屋(恐らく変異前は宿直室か保健室だったのだろう)で、眠りについたのだった。

 翌朝、三人はベッドから起き出すと、荷物をまとめて早速出発した。
 霜大和団地を抜け、いよいよ松原に到着しようかと言ったところで、突然三人の耳に鈴のような音が聞こえてきた。

 チリンチリーン!

「?」
「これって……」
「自転車のベル?」
 三人はいぶかしむが、前回の暴走パトカーの一件から、警戒を緩める事は無かった。
 そこへ、
「チャリチャリーン!」
 甲高い叫び声と共に、一同の前に飛び込んできた者がいたのだ。
 その姿を見て、三人は唖然となる。
「な、なんだコイツ……」
 岡野があんぐりと口を開けてしまうのも無理はなかった。
 現れたモンスターは、上半身は甲冑に身を固めた騎士で、手にはランスを構えていたのだが、問題は下半身だ。
 なんと、下半身はそのまま自転車で出来ていたのだ。
 ペダルもついているものの、騎士がまたがっているわけではなく、自転車のサドル部分がそのまま騎士の上半身になっている格好だ。
 すかさず上田がモンスター百科をその騎士に向かってかざす。
 しかし、今回も百科は反応しなかった。
「こいつも、この世界が変異した影響で生まれたモンスターって事か……」
 その言葉を合図にしたかのように、その騎士はすさまじいスピードで一同に襲い掛かって来た。
「チャリチャリーン!」
 たかが自転車、されど自転車。
 生身の三人は、その素早い動きに翻弄されてしまっていた。
「このっ!」
 三人の中では一番素早い岡野が拳を振るうが、騎士はそれを軽々と避ける。
 騎士のスピードは、あのピョンピョン野郎をもはるかに上回っていた。

 そんな三人の戦いを、松原の奥深くで察知していた者がいた。
 短いスパイクが生えた扁平な鉄兜に、後頭部には弁髪のようなものが付いている。
 左腕には鋭い爪を備えた手甲を装備しており、左胸には『銀』という文字に似た紋章が描かれている。
 この壱の松原に派遣されてきた魔衝騎士で、シルバーンといった。
「とうとう来たアルか。でもワタクシ絶対クリスタル渡さないア〜ル! シルバ〜ン!」
 叫ぶなり、シルバーンの頭部がボディから分離すると、中華鍋を底面で二つ合わせたような形状のUFOへと変形して飛び立った。

 一方、三人は相変わらず自転車騎士を相手に苦戦していた。
 上田や石川は魔法で攻撃しようとするが、騎士はその魔法も素早い動きで避けてしまうのだ。
「くっそー、どうしたら……」
 石川が拳を握りしめる。
 その時、錫杖が叫んだ。
「マスター、スローの呪文で奴の動きを!」
「そっか! 分かった!」
 錫杖の言葉に、上田は印を結んで呪文を唱える。

 オーゾ・ナル・エー!
(時よ、緩やかになれ!)

「減速呪文・スロー!」

 ヴュヴュヴュヴュヴュ……

 上田の掌から音波のような呪文が飛び出し、自転車騎士に直撃する。
「チャ、チャリチャリ〜ン……」
 途端に自転車騎士の動きが鈍り、表情が驚愕のそれへと変わる。
「二人共、今のうちに!」
「オーケー!」
 石川と岡野は頷くと、動きの鈍った騎士へと飛びかかった。
「おりゃーっ!」
「うりゃーっ!」
「ヂャリィィィィィィィィィィィィィィン!」
 剣と拳を受け、自転車騎士はスクラップになって道路に引っくり返ったのだった。
 なお、この騎士は後日、協議の末『チャリンコナイト』という名前が付けられたという。
 閑話休題――
「やれやれ、危ないとこだった……」
 ため息をつく石川だったが、そんな彼らの上空に小型のUFOが現れる。
 シルバーンだ。
「と、思うのは早いノ! そ〜れ、イ〜リャ〜ンサ〜ン!」

 ミョンミョンミョンミョン……

 シルバーンの目から、超音波のようなものが発射され、石川と岡野に降り注いだ。
 その途端、二人の目つきが険しくなる。
 よく見ると、目の下には隈まで出来ていた。
「岡ちゃんはバカだ!」
 突然、荒々しい口調で石川が叫ぶ。
 負けじと岡野も叫び返した。
「バカはそっちだろ!」
 突然の事態に、上田と錫杖はビックリ仰天。
「どうなってるんですか……?」
「ちょ、どうしたの二人共! のんきにケンカしてていいの!?」
「いいの!」
 石川と岡野は、同時にプイッとそっぽを向く。
 上田はオロオロしながらも、二人を落ち着かせようとした。
「二人共、そんな事してる場合じゃないでしょ!」
 が、
「引っ込んでろ!」

 バキィィィィィィィィィィィィッ!

 全く同時に同じ言葉を発しながら、これまた同時に拳が飛んできて、上田の顔面にヒットする。
「な、なんでこうなるの……?」
 パンダのようにあざが出来た顔で、上田は目を回してその場に引っくり返った。
 その光景を、シルバーンはさも面白そうに眺めている。
「へへへへ、今のうちにワタクシ、クリスタル探すアルね〜!」
 混乱に陥っている石川達を尻目に、シルバーンは松原の方へ飛んでいくのだった。



 三人はひとまず、行軍を再開した。
 霜大和団地と松原を隔てている踏切を渡り、松原に入る。
 本来であれば、この道は松原の反対側まで真っすぐ突っ切っているのだが、例によって絡み合った樹木でふさがれていたため、三人は横道に入っていった。
 周囲は数多くの松の木が生えており、普段なら森林浴には絶好の場所なのだが、今回はそうもいかない。
 なにせ、トゥエクラニフ化した世界を戻すという重要な冒険の真っ最中だからだ。
 加えて――
「ちょっと、邪魔だよ!」
「テッちゃんこそ!」
 相変わらず石川と岡野はいがみ合い、事あるごとに言い争いを始めているのだ。
「はぁ……」
 そんな二人を見て、上田は深々とため息をつく。
 二人のギスギスした雰囲気から逃れようと、上田は通信用の水晶玉を取り出して念じるが、反応が無かった。
「あれっ、反応しない。サクラちゃ〜ん? ガダメ〜?」
 どうやら深い松林の中で圏外(?)になってしまっているらしかった。
 とはいえ、
(今のこの二人を、セルペンちゃん達やガダメ達が見たらかえってややこしい事になりそうだし……これで良かったのかなぁ……)
 と考え直して、上田はある意味でホッとしていた。
 その時だ。

 ガルルルルルルル……

「!」
 低い咆哮がして、三人は武器を構える。
 松林の茂みで八つの目が光ったかと思うと、飢えた野獣のように牙をむき出しにした四匹のモンスターが襲い掛かって来た。
 トゥエクラニフのタイリョー森でも襲撃してきた犬面人だった。
「またお前らかっ!」
 三人は犬面人の攻撃をかわす。
 が、はずみで石川と岡野がぶつかってしまった。
「そんなところでボッとしてるなよ!」
「岡ちゃんに言われたくねえよ!」
 犬面人のことなどすっかり忘れて喧嘩を始める二人に、上田は頭を押さえて叫んだ。
「ああもう、いい加減にしてよ二人共!」
 その隙を逃さず、犬面人達が飛びかかってくる。
「ワン! ワワワン!」
「ガゥゥゥゥゥゥッ!」
 が、上田の方は、完全に石川達に意識を向けていたわけではなかった。
「ウィップモード!」
 瞬時に錫杖が変形し、先端に錫杖の刃が付いた、チェーン・ウィップに変形する。
「おらっ!」
 上田が鞭になった錫杖を振るうと、四匹の犬面人にヒットし、モンスター達はひるむ。
 すかさず、上田は呪文を唱えた。

 グー・ダッ・ガー・ハー・ゼイ・ロウ!
(大気よ、爆ぜろ!)

「爆裂呪文・ボム!」

 ドガァァァァァァァァァァァァァァン!

「キャィィィィィィィン!」
「ギャワン、ギャワン!」
 上田の呪文が炸裂し、犬面人たちは真っ黒こげになって引っくり返った。
「ふう……」
 危機を脱した上田は、額の汗をぬぐう。
 しかし、
「お前が謝れ!」
「お前こそ!」
「はぁ〜っ……」
 戦闘そっちのけでなおも喧嘩を続ける石川達を見ると、再びため息をつくのだった。

 一方、シルバーンは松原を飛び回ってクリスタルを探していたのだが。
「駄目アルね〜。強烈な植物の匂いでレーダー利かないアルね〜。……ん?」
 見ると、石川達がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「無事だったアルか! よ〜し、今度これアルよ〜!」

 ミョンミョンミョンミョン……

 シルバーンの目から、今度はピンク色の光線が照射される。
 光線は石川達三人に、太陽の光のように降り注いだ。
 次の瞬間、
「な、なにーっ!?」
「これは……」
 光線を浴びた三人が、驚きと喜びの入り混じった声を上げた。
 見れば、それぞれ石川の前にはレアなゲームソフト、上田の前には彼が昔から欲しがっていたロボットトイやプラモ、そして岡野の前には有名なスポーツ選手のサイン入りサッカーボールやバットが出現していたのだ。
「すっげー! ゲームボッチのドソキーユング! カセット版のスーパーマルオ2! こっちなんて、まだ発売前のトラクエ6じゃん!」
「やったぁ! 昔から欲しかったライノカイザーに、こっちはバトノレガイイヤー! それにこっちはガムダマンじゃん!」
「ああ、夢にまで見たカヅ選手のサインボール……。こっちはガッズィーラ松居選手のバット……」
 自分達にとってのお宝が目の前に出現し、浮かれる石川達だったが……。
「はぁ〜……?」
 そんな三人を、錫杖は不思議そうに見つめているのだった。
 そりゃそうだろう。
 何せ、三人は何もない場所で木の枝やら松ぼっくりやらを有難そうに愛でていたのだから。
 これもシルバーンの幻覚光線の力であった。
 そんな中、正気なのは錫杖だけだった。
 どうやら生きている杖(リビングスタッフ)である彼には、幻覚が効いていないらしい。
 不思議に思ったのはシルバーンだ。
「どうしてアイツだけ何とも無いアルか?」
 思わず錫杖の眼前まで飛んでくる。
「お前も自分の理想を言うアルね〜」
 錫杖も錫杖で、目の前の相手が誰なのかなど深く考えもせず、あっけらかんと答えた。
「ええ? 私は別に理想なんてありませんよ」
「そんなハズないアル〜。さぁ〜、理想の物、言うアルね〜!」
 シルバーンに促され、錫杖は「う〜ん」と考え込んだ。
「う〜ん、それでしたら……」
「フンフン……」
「前のままの皆さんが理想です」
 錫杖がそう言った途端、
「へっ?」
「あれっ?」
「おやっ?」
 突如、夢から覚めたように、石川達がハッとなった。
 錫杖の一言で、シルバーンの幻覚が解けたのだ。
「あれ、一体なにしてたんだろう?」
 三人は声をそろえて、全く同じセリフをこれまた同じタイミングで口にする。
 予想だにしなかった結果に、シルバーンは慌てふためく。
「だぁぁ、しまった〜! だがまあいいアル! まだ、仲良し引き裂き光線効いてるアルね〜!」
 シルバーンの言葉の通り、石川と岡野の目の下の隈は残ったままであった。



 シルバーンの幻覚から覚めた後、一同はさらに松原の奥へと進んでいった。
 一度、加羅津街道と呼ばれる、松原を突っ切っている道路に出た後、再び松原に入る。
 そうして、少し進んだ時だ。

 腹減った〜……腹減った〜……

 どこからともなく、そんな声が聞こえてきたのだ。
「な、なに……!?」
「なんか、この後の展開が予想できるような雰囲気……」

 ガァァァァァァァァァァァァァァッ!

 石川の言葉通り、次の瞬間、周囲の松の木に紛れていた無数の樹木のモンスターが、彼らに襲い掛かって来たのだ。
 よく見ると、その幹には凶悪そうな目と、鋭い牙を備えた口が付いている。
「ほらやっぱりーっ!」
 慌てて一同は走り出す。
 逃げながらも、上田はモンスター百科をその樹木モンスターに向ける事を忘れなかった。
 今回は反応があり、百科は薄い光を放ってページがめくれていく。
「なになに……『ダークトレント。邪悪な精霊が樹木に宿ったモンスター。肉食で凶暴ですが、火が弱点です』。……よぉ〜し、だったらバーンの呪文で……」
 上田はダークトレントに向き直り、呪文を唱えようとするが、岡野が慌てて押しとどめる。
「ば、バカ! こんな所で火なんて使ったら、火事になっておれ達もみんな丸焼きだぞ!」
「あ、そっか……」
 岡野に言われて、上田の後頭部を汗がツツーッと流れる。
「逃げろーっ!」
 一同は再び、全速力で逃げ出したのだった。
 だが、ダークトレント達は樹木であるにもかかわらず、意外に素早い。
 その内の数匹が、岡野の眼前に迫った。
 岡野は慌てて石川を指さす。
「わーっ、やめろーっ! おれよりテッちゃんの方が美味いって!」
 そう言われて、ダークトレント達は石川の方を向く。
「げげっ! おれなんかより岡ちゃんの方が美味いってば!」
 今度は再び岡野の方を向く。
「テッちゃん!」
「岡ちゃん!」
「テッちゃん!」
「岡ちゃん!」
 お互いを指さす石川と岡野に、ダークトレント達はキョロキョロとしていたが、やがて「どっちでもいい!」とばかりに、同時に三人に襲い掛かった。
「どわーっ!」
 三人は死に物狂いで走り出した。
 やがて、松原を抜け、壊れかけの小さな橋を渡り、砂浜に出たあたりで、ようやくダークトレント達の追撃を逃れる事が出来た一同はゼイゼイと荒い息を吐く。
「危なかった〜……」
 その時、開けた場所に出てようやく魔力が届くようになったのか、水晶球からサクラの声がした。
<皆さん、その先です! そこにある岩から、クリスタルの反応がします!>
「えっ?」
 見れば、海の上に大きな岩があり、そこから青い光が漏れていた。
「そうか! あの岩の中にクリスタルがあるんだな!」
「よぉし、クリスタルはおれが手に入れてやるぜ!」
 石川と岡野はまたも睨み合うと、二人して岩に向かって駆けだした。
 そんな二人を見て、錫杖が不安げに呟く。
「あの二人で大丈夫なんでしょうか……?」
「大丈夫なわけないでしょ……」
 と、そこへ突然巨大な金棒が飛んできて、彼らの眼前に落ちる。

 バッシャァァァァァァァァァァァン!

「うわっ!」
「うわぁぁぁっ!」
 水しぶきを浴びながら、二人は吹っ飛ばされて尻餅をついた。
 続いて、二人の眼前に首のない人型のボディが飛来する。
 シルバーンだ。
 もちろん、金棒はシルバーンが投げたものだった。
 それまで彼らの様子を伺っていた頭部もボディに合体し、元のシルバーンの姿へと戻る。
「案内ご苦労アルね」
「何だと!?」
「サンキューアルよ!」
 シルバーンは石川達に向かって金棒を振り下ろし、二人は後方に飛んでそれを避けた。
「くそお! 絶対クリスタルは渡さないぞ!」
 意気込む石川と岡野はシルバーンに挑みかかるが、シルバーンは余裕の笑みを浮かべている。
「ナハハハハ! 今のお前達はワタクシには勝てないア〜ル!」
 その言葉の通り、石川と岡野はシルバーンに圧倒されていた。
 理由は簡単だ。
 喧嘩して、お互いに足を引っ張り合っている二人では、いつもの連携が発揮できないのだ。
「何やってんだよ岡ちゃん!」
「テッちゃんこそ、いつもみたいにやってくれよ!」
 この状況下でもなお言い争う二人をあざ笑うように、シルバーンが愉快そうに言った。
「アヒャヒャヒャヒャ! 冥土の土産に教えてやるアルね! お前達はワタクシの催眠光線を浴びて喧嘩中ア〜ル! その喧嘩、ワタクシ解かない限り永久に続くア〜ル! アヒャヒャヒャ!」
 それを聞いて、石川達の瞳が驚愕のために見開かれた。
「ええっ!? で、でもおれは……」
 石川はちらりと岡野を見る。
 岡野の方でも、迷いがあるような表情で石川の方を見ていた。
「おれだって……」
 真相を知ってもなお仲直り出来ない二人だったが、錫杖が思いついたように叫ぶ。
「そうだ! 喧嘩したままでも戦えます。あのですね、マスター、ヒソヒソゴニョゴニョ……」
「な〜るほど!」
 錫杖に耳打ちされた上田は、にっこり笑うと二人に向かって叫んだ。
「テッちゃん、岡ちゃん! そんなに一緒に戦いたくないなら、競争すればいいんだよ!」
「競争?」
「そう! 運動会のリレーを思い出して! 相手の足を引っ張らないで、どっちがあいつに勝つか競争するんだよ!」
 それを聞いて、石川も岡野もニヤリと笑みを浮かべた。
「面白い……!」
 二人はシルバーンに向き直ると、それぞれの武器を構えて突進していった。
「むむっ!」
 先ほどまでとは明らかに戦況が変わり、今度はシルバーンの方が防戦一方になる。
 お互いの足を引っ張らないように意識しながら戦っていた二人は、自然と連携が復活していたのだ。
「岡ちゃん、やるじゃん」
「テッちゃんもね」
「へへっ……」
「ふふっ……」
 二人はお互いを見つめて微笑みあう。
 すると、お互いの顔から隈が消え、顔つきも穏やかになっていった。
「あれ、おれ達……」
「なんか、変な夢を見てたような……」
 正気に戻った二人は、シルバーンの姿を認めると、それまでの事を思い出す。
「そうか! あいつのせいで、おれ達ケンカしてたんだ!」
「よくもやってくれたな! 行くぜ、岡ちゃん!」
「おう!」
 改めて、二人はシルバーンに向き直る。
 その顔つきは、完全に普段の二人に戻っていた。
「どどど、どーしてアルか!?」
 元に戻った二人を見て、今度はシルバーンの表情が驚愕のそれへと変わった。
 シルバーンがかけた催眠は、本当であれば彼が解除しない限り元には戻らないはずだった。
 それが、石川達は自力で催眠術を打ち破ったのだ。
「おれ達は、ずっと苦労を共にしてきたんだ! 見かけの心は揺れても、心の底までは操れないぜ!」
「今までの借り、きっちり返させてもらうぜ!」
 上田を加えた三人は、改めてシルバーンを取り囲む。
 だが、シルバーンの方も気を取り直すと叫んだ。
「それはどうかナ!? これでどうアルか!?」
 その口が素早く呪文を紡ぐ。

 マー・ボー・ルォーゾ!
(幻覚に惑わされよ!)

「幻惑呪文・ミラージュ!」

 ヴュァァァァァァァァァァァァァッ!

 シルバーンから、陽炎のような波動が飛び出して三人を覆う。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「えっ!?」
「シ〜ルバァァァァァン! シ〜ルバァァァァァン!」
 その途端、シルバーンの姿が次々と増えていき、一同はあっという間に、十数体のシルバーンに囲まれてしまったのだ。
「これは……!?」
「幻覚だよ!」
 石川は手近にいたシルバーンに斬りつけるが、手ごたえはなく、切り裂かれたシルバーンはそのまま消滅する。
「何ッ!?」
「ニヘヘヘヘヘヘヘヘ!」
 笑い声と共に、シルバーンはさらにその数を増やしていった。
「うりゃぁっ!」
 上田も錫杖で斬りつけるが、真っ二つになったシルバーンはそのまま二体へとその数を増やす。
「いいっ!?」
 驚いた上田のどてっぱらに、金棒が飛んできて見事に命中した。

 ドガァァァァァァァァン!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「上ちゃん! うわぁぁぁっ!」
 上田に気を取られた石川も、本物のシルバーンの攻撃を受けて吹っ飛ばされる。
「くっそー! これじゃキリがないぜ!」
 悔しそうに岡野が唇を噛んだ。
「上ちゃん、どうすればいいんだよ!?」
「要するに本物が一人で、あとは幻なんだよ!」
 金棒を食らった腹部にヒールをかけながら、立ち上がった上田が叫ぶ。
「だから!?」
「えーっと……」
 石川の質問に、上田は腕を組んで考え込んだ。
 そのまましばらく考えていた上田だが、やがて思いついたように叫ぶ。
「そうだ影だよ!」
「影?」
「幻には影が無いんだ! 影があるのは本物だけだよ!」
「どうしてそうなの?」
「昔っから幻には影が無いっていうのが相場なの!」
「本当かよ……」
 汗ジトになる石川と岡野だが、上田はすさまじい剣幕で二人に怒鳴りつけた。
「つべこべ言わずに探す!」
「はっ、はい!」
 上田の迫力に圧倒された石川と岡野は、十数体のシルバーンを、目を凝らしてよく見てみる。
 すると、そんな中、一体だけ上田が言った通り、影がある個体がいたのだ。
「奴だ! 岡ちゃん、一気に決めるよ!」
「オーケー!」
 石川のブレイブセイバーにフレアの炎がともる。
 岡野も、シルバーンに向かって駆けだした。
「無っ駄ヨ〜! 無駄アルね〜!」
 たかをくくっていたシルバーンだったが、石川と岡野は、迷うことなく本物のシルバーンに向かって走ってくる。
「ま、まさか……」
 石川が剣を、岡野がかかと落としを繰り出したのは同時だった。
「火炎斬!」
「降龍かかと落とし!」

 ザシュゥゥゥゥゥゥッ!
 バキィィィィィィィン!

 石川の剣はシルバーンのボディに、同時に岡野のかかと落としが頭部にヒットしていた。
「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ドガァァァァァァァァァン!

 シルバーンの悲鳴が響き、蹴り割られた頭部と両断されたボディは、同時に大爆発を起こした。
 その途端、十数体いたシルバーン達もその場から消え失せた。
 術者が倒された事で、幻覚も解除されたのだ。



 シルバーンを倒し、改めて石川は岩に登ると、その天辺に収まっていたクリスタルを取り出した。
「やったやったー!」
 上田が笑顔でピョンピョン跳ねる。
 クリスタルは透き通ったような、深い青色をしていた。
『水の青玉(ウォーター・アクアマリン)』である。
 辺りは陽が沈みかけ、夕日が一同を照らしていた。
 岡野が石川達に笑いかけて言った。
「これからも、三人で力を合わせて行こう! 何があっても!」
 その言葉に、石川も笑顔で頷く。
「うん! よーし、あの夕日に向かって走ろう!」
「行こうぜ、テッちゃん!」
 そのまま石川と岡野は、夕焼けの砂浜を走り出したのだ。
 その光景は、まるで一昔前の青春ドラマである。
「おれ達は誓うぞ! 永遠の友情を、あの夕陽に!」
 さわやかな笑顔を浮かべ、石川と岡野は拳を掲げて飛び上がった。
 ……が、上田は肩をすくめると、そんな青春ドラマを繰り広げている二人を冷ややかに見つめながら、ジト目で呟く。
「アホだね……」

To be continued.


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