夢? 現実? それとも……

 F県F市の石九小学校。
 ここはF市の郊外にある、何の変哲もない公立小学校だ。
 ただし、この小学校には、誰も知らない秘密があった。
 それは、この小学校に在籍する4年生の児童三人が、異世界に召喚されて、大冒険を繰り広げたという事である。
 その三人とは、石川鉄夫、上田倫理、岡野盛彦。
 ごくごく普通の小学生だが、異世界、トゥエクラニフでは救世主であり、それに見合った能力を手に入れていた。
 しかし……。
「テッちゃん、最近あんま元気ないね」
 釣り目気味のクラスメートが声をかける。
「そう?」
「ああ。テッちゃんだけじゃなくてさ、あと上ちゃんと岡ちゃんも……。一カ月くらい前から、なんかボーッとしてることが多いよ?」
「別に、何でもないよ大(おお)ちゃん」
「ふーん……」
 大ちゃんと呼ばれたクラスメートは、訝し気な表情のまま、そこから立ち去った。
 教室の一角では、上田と岡野も……。
「ねぇ、岡ちゃん」
「ん?」
 岡野に向かって、上田が右手の人差し指を向ける。
 そして、
「カ・ダー・マ・デ・モー・セ……」
 それは火炎呪文・フレアの詠唱だ。
「っておい! ちょっと待て!」
 岡野は慌てて飛び退るが、上田の指先からは、炎どころか火花一つ出ない。
「やっぱり駄目なんだよなぁ……」
 最初から結果が分かっていた様子で、上田がため息をつく。
 上田が考えていた事を察した岡野も、それに同意するように続ける。
「まぁね……。帰って来た時は、あんな『ドラ〇ンボ〇ル』みたいな事が出来たらプロスポーツ選手も夢じゃないなんて思ってたけどさ……」
 それは岡野や石川も同じで、トゥエクラニフに居た頃の特殊な力はすっかりなくなってしまい、ただの小学生に戻ってしまっていた。
 彼らがトゥエクラニフで冒険していた数か月は、驚くべきことに、この現実世界では5分も経っていなかった。
 最初は三人とも夢かと思ったが、三人とも、はっきりとあの冒険の事を覚えていた。
 あの苦しかった(?)トゥエクラニフでの冒険も、今となってはいい思い出であった。
 いや、それどころか、そのおかげで三人は人間的に一回りも二回りも成長をする事が出来たのだ。
 素晴らしい、最高の思い出であった。
 が、なまじ、そんなハラハラドキドキの思い出があればあるほど、現在の境遇が退屈でつまらないものに見えてくる。
「あーあ……」
 三人は同時にため息をつく。
 そんなわけで、三人はあの冒険の日々を、ただの夢だったと割り切る事が出来ないのでいた。

 さて、こちらはトゥエクラニフ。
 スパイドル軍の脅威が消えて一カ月。
 正気に戻ったスパイドル軍の面々の尽力もあり、人々は異変前の暮らしをなんとか取り戻し、平穏に暮らしていた。
 ただし、軍の主であるスパイドルナイトや、マージュの復活には、まだまだ時間が必要なようであったが。
 そんなトゥエクラニフの、ハサキヒオやブクソフカとはまた別の地域。

 ビカビカッ! ビカァァァァァァァァァァッ!

 分厚い雲の下、稲妻が光る。
 昼間だと言うのに不気味なほど暗い。
 稲光に照らされて、山々が見えた。この世界でも、オーソレ山と並び自然の要害として知られるクライヤ山脈だ。
 おや?
 よく見れば、木々に巧みにカモフラージュされているが、人口の建造物が見える。
 そう、そこは見事に自然の中に溶け込んだ広大な屋敷だった。

 ビカァァァァァァァァァァァァァァッ!

「フフフフフフフフフ……」
 いま、その屋敷の最上階の部屋――外見からはどう見ても山にしか見えないそこで、一人の男が笑みを浮かべていた。
 見るからに魔術師のようなローブに身を包み、頭には深々とフードを被っている。
 顔は怒ったような表情を描いた仮面に覆われていて、伺うことは出来ない。
 その姿はマージュを思わせるが、彼よりは幾分地味な印象であった。
 しかし、仮面の奥の瞳は鋭く、知性の輝きで彩られ、得も言われぬカリスマ性を感じさせる。
 だが、さらに奥には邪悪な光をたたえていた。
「すべては我が計画通り……ファッ、ファッ、ファッ、ファッ!」
 魔術師の高笑いは、屋敷中に、やがてクライヤ山脈全体に響き渡っていった。



 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン……

 石九小学校に終業のチャイムが響き渡る。
 校舎からは帰宅姿の生徒たちがチラホラと現れ始めた。
 石川達も、教室で荷物をランドセルにまとめて帰る所であった。
 どんなに退屈だろうと、時間は普通に過ぎ去っていく。
 石川達は、あの冒険の日々は本当に夢だったのではないかと思い始めていた。
 三人が校門を出た、その時――

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 激震がその場を襲い、石川達は引っくり返った。
「なんだ、なんだ!?」
「なになに!?」
 さきほどまで雲一つなかった空は、いきなり暗雲に覆われ、あちこちでスパークが巻き起こる。
「一体なんだ!?」
 まだ残っていた児童や教師たちが飛び出してきて空を見つめた。
 校舎のちょうど真上の辺りで雲は渦を巻き始める。

 バリバリ……ババババババッ!

 スパークはますます強まり、やがて渦巻きの中心から黒い巨大な球体が姿を現した。
「あれは!?」
 そして、次の瞬間、

 グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 いくつもの悲鳴と絶叫が巻き起こり、エネルギーの嵐が吹き荒れる。
 凄まじいエネルギーに周囲一帯が飲み込まれ、光に包まれて、何もかもが見えなくなっていった。



「うう〜〜〜ん……」
 ゆっくりと石川が目を開ける。
 だんだんと意識が覚醒してきて、石川は上半身を起こした。
 そばには上田と岡野も倒れている。
 そこは、彼らの小学校の校門前だった。
 が、何かがおかしい。
 校門が強固な鉄の扉へと変わって、固く閉じられているのだ。
 それだけではない。
「ええっ! 何これ!?」
 ガバッと起き上がり、石川が周囲を見渡す。
 彼らがいた校門の右手には大きな病院が、左側には日本家屋の一軒家があったはずなのだが、病院は西洋風の城砦に、民家もレンガ造りの建物へと姿を変えているのだ。
 石川の悲鳴で気が付いたのか、上田と岡野も目を覚ました。
「ん……んんん……」
「う〜ん……」
 目を覚ました二人は、石川と同じように周囲を見回すと、驚愕に満ちた表情で一気に目を覚ました。
「な、何じゃこりゃ!?」
「おれ達、夢でも見てるのか……!?」
 三人は辺りを調べてみた。
 どういう訳か、彼ら三人の他には人っ子一人いない。
 建物の配置や地形はそのままだったが、決定的な違いは、建っている建物が全て姿を変えている、という事だった。
 特に彼らの小学校は、要塞のようなものへと変わっており、上空は稲光が閃く黒雲で覆われている。
 そして、これら“変貌した景色”に、三人は懐かしいものを感じていた。
 それは――
「トゥエクラニフ……?」
 ポツリと上田が呟く。
 そう、この景色は、かつて彼らが旅をしたトゥエクラニフの雰囲気そのままであったのだ。
「なんでおれ達の世界が、あの世界みたいに……?」
 岡野がそこまで言った時だった。
「見つけたぞ!」
 怒鳴り声が聞こえ、三人が振り向く。
 そこには陣笠のようなものを被った、九人の兵士たちがいたのだ。
 リーダー格と思われる一人は、陣笠に兜飾りがついていて、腕には太刀を握っている。
 残りの者たちは全員同じ姿で、陣笠に『二』〜『九』までの漢字が書かれており、偶数の数字の者は槍、奇数の数字の者は弓を持っていた。
 全身を鋼鉄の外装で覆っており、頭部もフルフェイスの兜で覆われている。
 そして、独特の魔力反応――
「メタルゴーレム……?」
 怪訝な表情で上田が言った。
 そう、それはかつて、彼らがプラズマ研究所などで戦ったメタルゴーレムと同じ雰囲気を放っていたのだ。
 リーダー格が太刀を構え、進み出る。
「我らはフゴマー九兄弟! 小僧ども、大人しく我らについてくるのだ! 逆らうと言うのであれば、容赦はせん!」
 ギラリと刃を光らせて、リーダー格が言った。
 それに対し、石川達は身構える。
 どう見ても相手の態度が友好的ではないからだ。
 が、かつて冒険した時と違い、今の彼らはただの小学生。
 歯向かうのは無謀以外の何物でもない――そう思われた。
 フゴマー達が武器を構えた、まさにその時。
「マスタ〜〜〜っ!」

 ザクッ!

 聞きなれた声と共に赤い杖が飛んできて、地面に勢いよく突き刺さったのだ。
 上田の目が、驚愕のために見開かれる。
「しゃ、錫杖!?」
 まさしく、それは三人があのスパイドル城で出会った幻の錫杖だったのだ。
 続いて、
「イシカワ! オカノ! 受け取れ!」
 声と共に、石川達の足元に剣と籠手が投げられていた。
 それはそれぞれ、ブレイブセイバーと戦神の籠手だった。
 そして、彼らにそれを放った人物は――
「ガダメ!」
 驚いたように、石川が叫ぶ。
 ガダメだけではない。
 彼らの視線の先には、クレイとアーセン、さらにはサクラ、オータム、セルペンまでいたのだ。
「お久しぶりです、倫理さん!」
「盛彦、しっかりしな!」
「テッちゃんさん、また会えましたね!」
 次から次に彼らの想像もしない出来事が起きて混乱してしまいそうだったが、今は目の前の相手だ。
 石川達はそれぞれの武器を取ると、フゴマー達の方へ向き直った。
 リーダー格――彼らの長男で、イチローと言った――は苦い顔をすると、周囲の兄弟達に向かって叫んだ。
「ええい、構わん! 切って捨ててしまえ!」
「おう!」
 イチローの号令を合図に、フゴマー達はいっせいに石川達に襲い掛かる。
 それに対して、石川達は互角の勝負を繰り広げていた。
 最終決戦の時ほどではないにせよ、初めてトゥエクラニフに飛ばされた時くらいまでには、彼らの身体能力が向上していたのである。

 ゼー・ライ・ヴァー・ソウ!
(閃光よ、走れ)

「閃光呪文・バーン!」
 上田の掌から帯状の炎が飛び出し、四体をまとめて包み込む。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 炎に包まれた四体は、火だるまになって次々と倒れ伏した。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 岡野も飛んでくる矢と突き出される槍を籠手で防ぎつつ、相手の懐に飛び込んで一体ずつ確実に仕留めていく。
 スパイドルナイトのような魔王クラスならともかく、フゴマー達の攻撃に、戦神の籠手は傷一つついていなかった。
 そして、石川はイチローと、お互いに剣を構えて向き合っていた。
 イチローは上段に、石川は中段、即ち刃の切っ先を相手の目に向ける、いわゆる青眼に構えている。
 イチローは緊張した面持ちで、太刀を握る手に力を込めた。
 石川達が強いとは聞いていたが、丸腰の相手を捕らえてくるのであれば、赤子の手をひねる様なもの……。
 そう考えていたのだ。
 ところが、楽に終わるはずだった仕事は、予想外の乱入者のおかげで、彼の思惑とは全く逆の方向に動き始めている。
 すでに戦況は決していると言ってもいい。
 この時、彼の最良の選択は逃げる事だった。
 だが――
(せっかくのチャンス……このまま棒に振ってたまるか!)
 兄弟達を倒されたという怒りとつまらぬ意地が、彼にそれ選択をさせる事を拒否していた。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 イチローが太刀を振り上げ、石川に切りかかる。

 ガシィィィィィィィィィィィィン!

 石川の剣がそれを受け止め、周囲に耳障りな金属音を響かせた。

 ガシィィィン! ガシィィィン! ガシィィィィィン!

 お互いに一歩も引かぬ攻防が続く。
 が、石川は相手の剣の軌道を読むと、一瞬の隙をついて高々と空中に跳んだ。
「!」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ガキィィィィィィィィィィィィィィィィン!

 石川が振り下ろした剣は、凄まじい金属音を響かせ、イチローの肩口から胴体にかけて両断していた。
「こ、こんな馬鹿な……」
 イチローの手から太刀が落ち、地面に乾いた金属音が響く。
 そして、

 ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 しばし放電した後、イチローのボディが大爆発を起こしたのだった。



「それで一体、どうなってるのさ!?」
 石川がガダメに尋ねる。
 フゴマー達を退けた後、彼らは学校からすぐ西側にある、元住宅地に移動していた。
 その元住宅地は、小さな集落のようになっており、人がいない事を除けば、生活などもすぐに出来るような状態だった。
 石川達が普段利用しているのは、学校の北門なのだが、正門は敷地から西側にあり、その前は道路が一本、さらに眼前にはやや大きい河川が流れていた。
 元住宅地は、学校からはその河川を挟んで反対側に存在する。
 正門ももちろん鋼鉄の扉へと変わっており、固く閉ざされていたが、その扉には、六角形を描くように六つのくぼみがあったのだ。
「まず、一つずつ説明せねばなるまいな……」
 わずかに苦悩を浮かべた表情でガダメが切り出す。
「事の起こりは、我らの世界で何者かが禁断の呪法に手を出したことから始まる」
「禁断の呪法?」
「ああ。この世界と、トゥエクラニフという二つの世界をつなげるという呪法だ。その何者かは、トゥエクラニフだけでなく、君たちのいる世界まで手中に収めようと考えたのだろう」
 ガダメの話を聞いている石川達の表情が、みるみる硬くなっていく。
 無理もなかった。
 前回の冒険の時と違い、今度は彼らが今まで暮らしていた世界そのものが危機に陥っているというのだから。
「調べてみたのですが……。どうやら、あの建物を中心に、半径七五〇シャグル(約二・六キロメートル)の範囲が結界に覆われていて、今のところはその結界内部にあるこの地域が、私たちの世界と同じように変わってしまったみたいです」
 魔法書物を手にしたサクラが解説する。
「じゃあ、おれ達の家族やクラスメイトのみんなはどうなっちゃったの!?」
 上田がサクラに詰め寄った。
 その剣幕に圧倒されつつも、サクラが続ける。
「この世界の人達は、この世界が変わってしまった時に、この世界とトゥエクラニフの狭間に飛ばされて、今は時間が止まったような状態で漂っているようです」
「それじゃ……!」
「いえ、時間が止まったまま異空間にいるという事で、むしろ安全な状態に置かれています。それよりも、むしろ倫理さん達やこの結界の中の方が危険な状況なんです」
「と言うと?」
 サクラはややためらいながらも、次の言葉を発した。
「二つの世界の融合は、少しずつですが進んでいます。あと一カ月もすれば、この結界内部は完全にトゥエクラニフの一部になってしまって、分離が出来なくなってしまうんです」
「そんな……」
 魂が抜けたような表情で、思わず上田がふらつく。
「あっ、倫理さん!」
 その身体を、サクラがとっさに支えた。
 石川と岡野も青ざめている。
「盛彦……」
 岡野を気遣うように、オータムが彼の肩にそっと手をかけた。
 そんなオータムに、岡野は静かに頷くと、冷静さを保とうとしているかのように質問した。
「それで、世界を元に戻す方法はあるわけ?」
 それに対して、アーセンが答える。
「はい。実は、その呪法を、使用するには、この世界を、構成する、六つの元素の、力を、借りなければ、ならないのです。すなわち、光、闇、火、水、土、風です。この世界と、私たちの、世界が、交わった時、それらの、元素の、力は、それぞれ、力を、宿した、クリスタルとなり、この結界内の、六ケ所に、散らばって、しまいました。それらを、集めれば、この世界と、トゥエクラニフを、再び、分離する事が、出来るはずです」
「ねぇ、それってさ……」
「はい?」
 アーセンの説明を受けて、上田が思い出したように、ポケットに手を入れる。
「これの事?」
 上田が取り出したのは、ゴルフボールくらいの大きさの、一面が五角形――正確に言えば正十二面体のクリスタルだった。
 色は黒。
 それを見て、三魔爪達が驚愕の声を上げた。
「おおっ! それこそまさに、闇属性のクリスタル、『闇の黒玉(ダーク・オニキス)』! どこでそれを!?」
「さっきの、フゴマー達と戦った場所で拾ったんだ」
「ほうか。既に連中、一個手に入れとったんやな。それと同じモンが、残り五つ、この結界内のどっかにあるはずや。『火の赤玉(ファイア・ルビー)』、『水の青玉(ウォーター・アクアマリン)』、『土の黄玉(グランド・シトリン)』、『風の緑玉(ウインド・エメラルド)』、『光の白玉(ライト・ダイヤモンド)』の五つや」
 それを聞いて、三人にも希望が湧いてきたようだった。
「それじゃ、まずは他のクリスタルを集めないといけないんだね!」
「せやけど、そのクリスタル、さっき自分らを狙った連中も探しとるで。六つのクリスタルは、言うんなら強大なパワーの塊や。それがあったら、魔王様たちどころか、大魔王様にも匹敵するパワーを得る事も夢やないんやからな」
「けど、それしか方法がないなら、やるしかないじゃん!」
 石川の言葉に、クレイは目をパチクリさせる。
「全く方法がないって言うならともかく、ほんのちょっとでも、おれ達の世界をもとに戻す可能性はあるんでしょ? だったら、やらないよりやらなきゃ!」
 それを聞いて、クレイ達はフッと笑みを浮かべる。
「そっか。自分らはそういう奴らやったな」
 サクラ達も笑顔で頷いた。
「さっすが、テッチャンさん! カッコイイですぅ!」
「わっ、ちょっと!」
 感激したセルペンが石川に飛びつき、バランスを崩した石川は、そのまま壁に頭を打ち付けてしまった。

 ガンッ!

「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
「きゃっ! テッチャンさん、しっかりして下さい! テッチャンさん!」
 慌てて伸びてしまった石川を揺さぶるセルペンを見て、今度は一同は揃って苦笑していた。
「やれやれ……」



「ところでさ、ガダメ達はどうやって、こっちの世界に来たの?」
 落ち着いてきたところで、ようやく石川が素朴な疑問をぶつけてみた。
「それは、こちらの世界が危機に陥っている事が分かったのでな。ドクター・プラズマの次元転送装置で、こちらの世界へと送ってもらったのだ。ただ、奴の魔導科学でも限界があってな。私たち六人をこちらの世界に送り込むのが精いっぱいだった、という訳だ」
「セルペンちゃんたちは?」
「セルペンがガダメ様たちにお願いしたんです。一緒に連れて行って欲しいって。セルペンはテッチャンさんとはいっつも一緒にいる運命なんです。だからセルペンは、運命に逆らわずに行動しただけなんですぅ」
「あ、そうなの……」
 嬉しくもあり、困ったことでもあり……石川としては「ハハハ」と汗ジトの笑いをするしかなかった。
「サクラちゃんたちは?」
「私は、あの時にガダメさん達と接点がありましたので、声を掛けて頂けました」
 嬉しそうな顔で、サクラが微笑む。
「あたしの方は、ザミルが紹介してくれたのさ。『救世主と一緒にワシの目を覚ましてくれた、なかなか骨のあるヤツがおります』って」
 オータムも白い歯を見せて、ニカッと笑った。

 それから、一同はその元住宅地を拠点にして、結界内を探索していくことに決めた。
 トゥエクラニフと融合した影響で、世界の分離に成功すれば、融合している時に起きた変化は元通りになる、という事だった。
 要するに、建物を破壊しようが、貯蔵されている食料を食べようが、世界の分離に成功すれば無かった事になる、という訳だ。
 なに、そんなの御都合主義だって?
 うるさいなぁ……。
 サクラが持ってきた魔法書物は、クリスタルの存在を感知するための機能が付いていて、どこかでクリスタルが魔力を発すれば反応する、という仕組みだ。
 そこで、彼女たちは住宅地にとどまり、石川達のオペレーターを務める事になった。
 三魔爪達は、彼女たちとクリスタルの護衛のため、同じく住宅地で待機。
 もともと住んでいた世界であるという事もあって、石川達が結界内の探索をする事になった。
 そうこうしている内に、早速クリスタルの反応が出た。
 場所は、彼らがいる元住宅地から、歩いてすぐの距離にある団地であった。
「五郎川団地か……」
 机に置かれた地図を見て、上田が呟く。
「よし、行こう!」
 石川の言葉に、上田と岡野が力強く頷く。
 彼らは三魔爪達が持ってきてくれた、以前の冒険の時の鎧を再び着用している。
「なんか懐かしいな、たった一カ月前の事なのに」
 自分達の格好をまじまじと見て、上田がクスッと笑う。
 ガダメは石川達を正面から見据え、真剣な表情で言った。
「いいか。君たちは、一度この世界に戻って来た影響で、力が最初にトゥエクラニフに飛ばされた時の状態にまで戻ってしまっている。君たちの力は、『トゥエクラニフの危機を救うために、世界そのものによって与えられた力』だからだ。武器の威力も、君たちのレベルに見合った状態になってしまっている。経験を積めば、以前使えた魔法や技もまた使えるようにはなるはずだが、くれぐれも注意するんだぞ」
 これは石川達の武器――即ち、ブレイブセイバー、幻の錫杖、戦神の籠手――が、彼らと一心同体のような存在であるためだという。
「でも、そこまで心配しないで下さい! 力は落ちても、私たちの世界での経験まで無くなったわけじゃないんですから!」
 一同を励ますように、錫杖が飛び跳ねる。
「それから、これも持って行ってくれ」
 そう言うと、ガダメは石川に何かキーホルダーのようなものを三つ手渡した。
「これは……?」
 一つは眼球のような形をしていて、もう一つはアーセンの原形、そしてもう一つはクレイの胴体のような形をしていた。
「それを空中に投げて名を呼べば、私たちを君たちの居る場所に召喚する事が出来る。我々の力が必要な時は、いつでも呼んでくれ!」
「なるほど、分かったよ。有難う」
 ペコリと石川が頭を下げる。
 住宅地を後にして、石川達は五郎川団地へと向かう。
 彼らの世界を元に戻すための新たな冒険は、始まったばかりであった。

To be continued.


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