集え! 正義の戦士たち

 果たしていくつ目の関門であろう。
 強力な魔法引力がガダメ達とクレイ・タンクを襲い、溶岩の海に引き込もうとしていた。
 以前、石川達が戦ったエセヌ兄弟の魔法を、機械で再現したものだ。
「でやーっ!」
 ガダメが一気にその引力の方向に向かって走った。
「ガダメ、無茶です!」
 だが、ガダメの頭の中では、武術家の本能と言うべき戦闘の勘が告げていた。
 この危機を脱するにはこれしかないと。
「ガダメはん!?」
「クレイ、アーセン、黙って見ていろ!」
 引力により加速がついたガダメは、一気に跳躍する。
 狙いは壁にある引力発生装置。
 一歩間違えれば、目の前にある溶岩の海に叩き落される。
 クレイ・タンクも逃れようと車輪をフル回転させているが、少しも前に進んでいない。
 むしろ徐々に溶岩の海に招き寄せられている。
 その打開策としてガダメが選んだのが、この強攻であった。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ガダメの強烈なキックが引力発生装置にさく裂した。
 バチッ…と火花が散って装置は破壊され、ガダメはキックの反動で一気に溶岩の海を飛び越えた。
「ふぅ……全く、手こずらせおって!」
「これ、いくつ目、だったでしょう!?」
 関門の数は三百を超えたところで数えるのをやめてしまったのだ。
 だが、それらのすさまじさは彼らが負った傷が物語っていた。
「ガダメはん、あれっ!」
 クレイが叫ぶ。
 前方に巨大なドアが見えていた。
「あそこだ! あそこが制御室だ!」
 マージュII世が興奮して叫ぶ。
「分かりました!」
 アーセンが頷き、魔力を集中させる。

 グー・ダッ・ガー・バク・レイ・ゲム!
(大気よ、唸り弾けろ!)

「爆裂呪文・ボンバー!」
 アーセンの爆裂呪文が、ドアを吹き飛ばした。
 一同は制御室の中へと侵入する。
「これが……」
 サクラの目は部屋の中央にそびえる巨大な制御装置を捕らえていた。
「あそこです!」
 オータムとセルペンが頷いて、制御装置に向かって走り出した。
 その時だった。

 ガシャ……

 天井、床、壁……部屋のあちこちからハリネズミのように無数の砲塔が現れて、彼女たちに狙いを定める。
「いかん!」
 マージュII世が叫ぶが、砲塔に気づいていたのは彼だけではなかった。
「やらせぬぞ! クレイ! アーセン!」
「はいな!」
「はい!」
 サクラ達を守るように三魔爪達がその前に立ち塞がった。
「魔界変幻!」
 三人が叫ぶと同時に、彼らの身体が溶けるように混じりあって、瞬時に巨大な三つ首竜が出現していた。
 そう。かつて、石川達を全滅寸前までに追い込んだ、彼ら三魔爪の最強戦闘形態、魔爪竜である。
 魔爪竜は自分の身体を盾として、砲撃からセルペン達を守った。
「ガダメ様! クレイ様! アーセン様!」
「ぬぅ!」
 魔爪竜は闇雲に火を吹き、呪文を唱える。
 瞬く間に前方の砲塔群が吹き飛んだ。
「今だ! ゆけ!」
「分かりました!」
 ガダメの声に、セルペン達は再び走り出す。
 生き残った砲塔群が、次々に彼女達に狙いを定める。
 が、ほとんどが発射の直前に魔爪竜の尾や足の一撃を受けて沈黙した。
「へっ、やらせへんで!」
 突如、床が大きく開き、無数のミサイルが発射される。
「なにっ!?」
 それは正確に魔爪竜とサクラ達に襲い掛かった。
「やれせへんって言うたやろ!」
「クレイ!」
 右腕をムチ状に変化させ、魔爪竜はサクラ達に向かうミサイル群に砲塔の残骸を叩き込んだ。
 ミサイルは次々と誘爆し、彼女たちに被害はない。
 だが、魔爪竜自身はミサイルの直撃を受けて大きく吹き飛ばされた。
 ようやく制御装置に到達したオータム達が振り向く。
「ガダメ、クレイ、アーセン!」
「我らに構うな! 今のうちに装置を逆転させろ!」
「でも!」
「まだまだ、来ますよ!」
 一体どれだけの兵器が仕掛けられているのか、新たな兵器群が次々と部屋のあちこちに顔を出す。
 魔爪竜は制御装置の前に転がり込むと、
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 兵器群に向かって火炎と呪文を叩き込んだ。
 防御兵器も次々と始動し、魔爪竜を狙い撃つ。
 凄まじい死闘が展開された。
「ガダメ様……」
「さ、セルペンさん!」
「こっちだ!」
 流れ弾の飛び交う中、サクラ達四人は制御装置に近づいていく。
「きゃっ!」
 銃弾がかすめ、サクラが眼鏡を弾き飛ばされるが、もはやそんな事には構っていられない。
「ここだ!」
 ようやく制御パネルにたどり着き、サクラとマージュII世は作業を開始した。
「はっ!」
 殺気を感じ、オータムが飛び蹴りを放つ。
 すぐそばまで近づいていたジェネラルが吹っ飛んだ。
 侵入者迎撃用に配置されていたメタルゴーレムやアーマー、ガーディアンなどが次々と現れる。
 石川達からすれば何という事は無い相手だが、彼らよりもレベルに差があるオータム達にとっては、十分な脅威だ。
 メタルゴーレム達は次々とその数を増やしていく。
「やらせないよ!」
「絶対に、サクラさん達を守るですぅ!」
 オータムとセルペンは、必死になってメタルゴーレム達との戦いを開始した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 魔爪竜も仁王立ちになって、次々と襲い掛かる防御兵器に攻撃を加えていた。



 一方、地上での戦いもいまだ続いていた。
「はぁぁぁぁぁっ!」
 石川が跳躍し、ナイトキラーのボディに斬りつける。

 ガキィィィン!

 だが、やはり空しく弾かれるのみだ。
「クッ……」
「なんてこった! こうなったら……」
 上田が目を閉じて、魔力を集中させる。
 上田の右手に青白い光が、左手に赤い光が発生する。
 そのまま両手を合わせると、相反したエネルギーのスパークが巻き起こる。
「無駄だ! 死ぬがよい!」
 ナイトキラーが、その巨大な足を振り下ろした。
 それが念を込めている上田を直撃しようとした時、咄嗟に岡野が飛び出した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 足は岡野の両手によって、彼らの頭上で止められている。
「すごい、岡ちゃん!」
 石川が感心して叫ぶが、岡野は止めただけであり、状況は岡野に不利だ。
「押しつぶしてくれる!」
 ナイトキラーはぐいぐいと力を増してくる。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
 岡野は必死に耐えながら叫んだ。
「上ちゃん、頼むぜ!」
 その声に応えるように、上田がキッと目を見開いた。
「極大光熱呪文……ブリザレム!」

 シュゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 上田が両手を突き出すと、渦を巻いた赤と青のエネルギーが飛び出し、スパークをまとってナイトキラーに突っ込んでいく。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 ブリザレムの直撃を受けたナイトキラーは、全身をすさまじいエネルギーに蹂躙されていた。
「どうだ! ……ええっ!?」

 ガシィィィィィィィィィィィィィィィィィン!

 突然、ナイトキラーの左腕から巨大な刃が発射され、石川達のすぐそばの地面に突き刺さる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 石川達は直撃こそ避けられたものの、衝撃で大きく飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ま、まさか……」
 必死に上田が半身を起こして、ナイトキラーを見つめ、信じられないといった表情をする。
 上田の最強呪文であるブリザレム。
 それはかつて、あの魔爪竜にさえ大きなダメージを与えた、トゥエクラニフでも五指に入るほどの強力な呪文である。
 それを受けても、ナイトキラーはほとんど無傷だったのだ。
「ふははははははははははははははっ! なかなか強力な魔法だったようだが、この私にダメージを与えるには力不足だったようだな!」
 勝ち誇ったように、ナイトキラーが右腕の砲塔を石川達に向けた。
 放電の中、ナイトキラーの砲塔にエネルギーが集中していく。
 全員、地面に叩きつけられたダメージが大きく、満足に動くことも出来ない。
 もはや絶体絶命。



 制御装置の防御兵器はあらかた沈黙していた。
 魔爪竜も魔法力をとっくの昔に使い果たし、後はもっぱら尾や火炎による攻撃で相手を破壊していた。
 攻撃の間中、魔爪竜は一歩たりともその場を動かなかった。
 サクラたちの作業の間、盾に徹したのだ。
 一方、オータムとセルペンも、メタルゴーレムの最後の一体を倒していた。
「はあはあはあ……」
 息が荒い。
 二人はヘナヘナとその場に座り込んでしまう。
「大丈夫か!?」
 マージュII世が声をかける。
「ああ……オッサンは!?」
「私の方の作業は終わった。あとは彼女が……」
 と、サクラの方を向き直った時だった。
 倒したと思ったショットアーマーの一体が、銃弾を発射したのだ。
「うぐっ!」
 マージュII世が肩を撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちる。
「このっ!」
 オータムが投げナイフを投げつけた。
 ほぼ同時にショットアーマーが二度目の銃撃を行った。
「うっ……!」
 銃弾はオータムの左足をかすめる。
 が、投げナイフはショットアーマーのむき出しの回路を切断していた。
 小さなスパークが起こり、今度こそショットアーマーは沈黙した。
「オッサン!」
「マージュII世様!」
 オータムはセルペンに支えられながらマージュII世に近づき、慌てて抱き起した。
「わ、私は大丈夫だ……。それよりも何としてもあの悪魔を……」
 そのままガクリと気絶する。
 ちょうど同じ時、

 ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……

 けたたましい音が響き、魔爪竜が力尽きたようにゆっくりとあお向けに倒れ込んだ。
「ガダメ様! クレイ様! アーセン様!」
 セルペンが驚愕の表情で叫ぶ。
 だが、魔爪竜の三つの首からはどれも反応はない。
「嘘ですよね……!? あなた達が、こんなことで死んだりしませんよね……!?」
 半ば絶望的な状況の中、凛とした力強い声が響いた。
「終わりました!」
 やつれた表情ながら、瞳に強い意志を灯してサクラが叫んだ。
「今から装置を逆転させます!」
「サクラ、早く!」
 サクラは大きく頷くと、レバーに手をかける。
「ナイトキラー、再び闇にお還りなさい!」
 逆転のスイッチが今、入れられた。



 ナイトキラーを中心にスパークが立ち込める中、三人は必死にナイトキラーをにらみつけていた。
「死ねっ、勇者ども!」
 ナイトキラーが、集中したエネルギーを発射しようと砲塔を振り下ろす。
 だが、その時だった。

 カァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 石九小の校舎から、白、黒、赤、青、黄、緑の六色の光がほとばしり、石川達を包み込む。
「なにっ!?」
 ナイトキラーが驚きの声を上げる。
「これは!?」
 三人はまばゆい光に包まれ、ナイトキラーは思わず顔をそむけた。
 さらに、周囲のスパークが突然やんでしまう。
「どういう事だ!?」
 次の瞬間、ナイトキラーを取り巻いていたスパークが恐るべき勢いで結界に吸収され始めた。
「こんなバカな!」

 制御装置は猛烈な勢いで逆回転していた。
 そのあまりの勢いに、あちこちで放電がほとばしり、煙を噴き出し始める。
 やがて、小さな爆発音が響き、回路の一部が吹き飛んだ。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
 その爆発の影響でサクラは大きく吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。

 ナイトキラーからのエネルギー放電はますます激しくなり、結界内はエネルギーの嵐となる。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 私の身体からエネルギーが! パワーが!」
 一方、まばゆい光の中で、石川達の鎧に変化が起こっていた。
 石川の全身は、鏡のような光沢を持った青い鎧に包まれ、上田は大魔導士を連想させるようなローブをまとっていた。
 岡野の身体にも、動きを制限しない、それでいて白銀の輝きを持ったプロテクターが全身に装着されていた。
 さらに、

 パァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 六色の光は、それぞれ各所に散っていった。
 黄色の光は五郎川団地へ、青い光は壱の松原へ、緑の光はバピロスへ、赤い光はクリーンファクトリーへ、白い光は愛石神社へ、そして黒い光は、この石九小の中庭へと飛んでいく。
 愛石神社へ到達した光は地面へと走り、大地を砕いた。
 すると、その中から起き上がった者がいたのだ。
 両肩にタイヤを備えた大柄な騎士と、全身にドリルを備えた騎士――
 そう。それは石川達に倒されたはずの、魔衝騎士フライールとガクホーンだった。
「むうっ!?」
「我らを呼ぶのは誰だ!?」

 同じように、五郎川団地に到達した光の中からはゴールディが――
 壱の松原に到達した光の中からはシルバーンが――
 バピロスの光からはスピアーが――
 クリーンファクトリーの光からはニッキーが――
 そして石九小の光からは、ギョクカイゼル達とフゴマー十兄弟、そして四次元ナイトがそれぞれ復活を遂げていた。
 各地で復活を遂げた魔衝騎士達は、エネルギー体となって次々と石九小の校庭へと飛んでくる。
 そしてそのままナイトキラーの周囲を包み込むと、ナイトキラーの身体へと吸い込まれていった。
 その途端、ナイトキラーのボディがまばゆい光に包まれ、その動きが止まってしまった。
「これは!?」
 不思議がる石川に、真っ先に気づいた上田が叫ぶ。
「魔衝騎士達だ!」
 それを聞いて、岡野がけげんな表情をする。
「どういう事だ……?」
「魔衝騎士たちも、本当はガダメ達みたいに、正義の騎士だったんだよ!」
 その時、ナイトキラーのボディから声が響いた。
 四次元ナイトの声である。
「さあ、勇者たち。今のうちに、ナイトキラーを倒すのだ」
 その言葉に、石川が驚きの表情を浮かべて叫んだ。
「けど、そしたらあんた達が!」
「早く! ナイトキラーの動きを封じるのにも限界がある。今を逃せば、ナイトキラーを倒すことは、永遠に出来ぬ!」
「少年たち、早く!」
「勇者たち、頼むアルよ!」
 魔衝騎士達が次々と叫ぶ。
「テッちゃん……」
 上田が不安そうに石川の顔を覗き込んだ。
 石川は目を閉じてグッと考え込んでいたが、やがて決意の表情を浮かべて叫んだ。
「上ちゃん、岡ちゃん、閃光の波動だ! イチかバチか奴の頭を狙う!」
「よぉぉぉぉぉぉし!」
 上田達も頷くと、三人は一気に上空へと飛んだ。
 三人の合わさった手から、膨大な魔力がほとばしる。
「閃光の……波動!」

 ズォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 突き出した掌から、三色の光が飛び出す。
 青、黄色、そして緑。
 それらの光は渦を巻き、螺旋状になってナイトキラーへと向かっていった。
 対してナイトキラーも、必死になって右腕、そして両肩の全ての砲塔を石川達の方へと向ける。
「これでも……喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 ナイトキラーもまた、次の一撃に残ったすべてのエネルギーをつぎ込んだのだ。
 ナイトキラーの砲塔から、強力な荷電粒子が渦巻き状に放射される。
 二つの膨大なエネルギーは空中で激突し、互いに押し合う形となった。
 が、次の瞬間、閃光の波動がナイトキラーの荷電粒子砲を打ち破り、その顔面へと炸裂する。
「ぐおおおおおおおおおおっ!」
 ナイトキラーはその威力に全力で耐えていた。
 一方で、石川達も押し切ろうと、さらに魔力を込める。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ついに、閃光の波動がナイトキラーの防御力を打ち破った瞬間だった。
 三色の光は、ナイトキラーの頭部を吹き飛ばして、結界の外まで飛んでいく。
 頭部を失ったナイトキラーの巨大なボディはすさまじいスパークの後、大爆発を引き起こした。
 爆発の中で、あの邪悪な黒い意志がバラバラに散っていくのを石川達は見た。
「魔衝騎士……」
 心配そうに石川が呟く。
 が、次の瞬間、ナイトキラーがいた場所から無数の光球が飛び出した。
 その中には、魔衝騎士たちや四次元ナイトが五体満足な姿で浮かんでいる。
「ああっ!」
 三人の顔がパッと明るくなる。
 無数の光球は、三人を祝福するかのように、その周囲を飛び回っていた。



 トゥエクラニフに立ち込めていた暗雲はようやく消え、人々は数日ぶりに太陽を目にした。
 上空の黒い球体も活動を停止し、人々は不思議そうにそれを見上げていた。
 球体からほど近い、エスカモー村でも……
「うーん、どうなってんだろう!?」
「ふ〜む……」
 リョートとオーイェ・ティが顔を見合わせる。
 いち早く気づいたオーイェ・ティが笑みを浮かべて呟いた。
「オーイェー。どうやら、また勇者によって世界が救われたようですね」

 広がる青空の下。
 いつものように、石川が家から飛び出してきた。
「行ってきまーす!」
 トーストを頬張りながら学校へと急ぐ。
「いけね、遅刻しちゃう!」
 通学路から見る町並みは、当たり前だが、すでに元の光景に戻っている。

 ガッ……

「うわっ!」
 急いでいたため、道端に落ちていた石につまづき、石川はバランスを崩して思わずひっくり返った。

 コロコロッ……

「いてて……」
 そのショックでポケットからキーホルダーのようなものが地面に飛び出す。
 それはガダメを呼ぶための眼球であった。
 あの後、三人はそれぞれ三魔爪の召喚アイテムを一つずつ持っていたのだ。
「あ……」
 慌てて拾い、グッと握りしめた。
(もう一月も経つのか……)
 石川は思い出していた。
 セルペン達との別れの時を――

 セルペンはまたも泣きべそをかいていた。
「セルペンちゃん……」
「テッチャンさん、いやっ! 別れたくないですぅ!」
 サクラがセルペンを優しく諭す。
「セルペンさん、私達がいったんトゥエクラニフに戻らないと、こっちの世界の次元バランスを崩してしまう事になるんですよ」
「いやっ、いやっ!」
 オータムも困ったように言う。
「セルペン、その内にまたきっと会えるよ」
「その内って、いつになるか分からないってことでしょう! もうセルペン、テッチャンさんと離れたくないんですぅ!」
「セルペンちゃん」
 石川が静かにセルペンの肩に手を置く。
「ずっと待ってるから」
「えっ!?」
「今度はおれが待ってるよ、セルペンちゃんとの再会の日を」
「テッチャンさん……」
「なに、だいじょぶ、だいじょぶ! 再会なんてすぐだよ! マージュII世やドクター・プラズマに次元の乱れを修正する機械を作ってもらえば済む事じゃない!」
「…………」
「ね、元気出してよ、セルペンちゃん!」
「はい」
 石川の笑顔に、セルペンはうつむきながらも、ようやく頷いた。そして、
「テッチャンさん!」
 突如、セルペンが石川に抱きついてきた。
「わっ……セ、セルペンちゃん……」
「セルペン、またすぐこっちに戻ってくるですぅ!」
「うん、ちゃんと待ってる。……それはともかく、セルペンちゃん力入れすぎ。かなり痛い……」
「だってだって、寂しいんですぅ!」
 セルペンの鯖折りに、石川の肋骨がきしみ始めた。
「あだだだだだだだだだだだだっ!? セルペンちゃん、ギブ! まじギブ!」
「愛されてるねー、テッちゃん」
「そうだね……」
 その光景を見て、岡野と上田が苦笑しながら頷きあっていた。
「勇者どの」
 背後にIII世や魔衝騎士達を従えたマージュII世が声をかける。
「今回は本当に有難う御座いました」
 マージュII世達が深々と頭を下げる。
「いやぁ、気にしない、気にしない」
 ようやくセルペンの鯖折りから脱出した石川が、せき込みながらも明るく答えた。
「倫理さん……私もまた会える日を楽しみにしています!」
「サクラちゃん……」
「盛彦、次に会う時まで、元気にしてなよ!」
「オータムもね!」
 上田と岡野も、それぞれサクラやオータムと、手短ながらも感慨深く再会を約束しあっていた。
「なにはともあれ、めでたしめでたしやな!」
「うむ」
「そうですね」
 ノーテンキに言うクレイに、ガダメとアーセンが微笑みを浮かべて頷いた。
「ガダメ、あんた達は向こうに帰ったらどうするの!?」
「我らか? 我らは、スパイドルナイト様がお戻りになるまで、責任をもってトゥエクラニフの平和を守っていくつもりだ。それが我ら、魔界騎士の使命だからな!」
「相変わらず硬いなぁ、ガダメはんは……」
「ま、ガダメらしいと、言えば、らしい、ですけどね」

 そうこうしている内に、六つのクリスタルのエネルギーが充填されてきたようだった。
 彼らの帰還は、このクリスタルのエネルギーを使って、マージュII世の空間転移魔法で行われることになっている。
「あ、そろそろ時間ですね」
「そうか。……それでは、始めよう」
 マージュII世が地面に巨大な魔法陣を出現させ、早口で呪文を唱え始める。
「テッチャンさん、またね!」
「うん、また!」
「向こうでも、元気で」
「また、こっちに来てね! 待ってるよ!」
「それではいくぞ」
 ひときわ大きな発光の後、セルペン達も、三魔爪も、ダークマジッカーの面々も消滅していた。
 それと同時に、周囲の景色が溶けるようにして、元の現実世界の風景へと戻っていく。
 気が付くと、石川達も普段の私服姿に戻っていた。
 今、また一つ冒険が終わったのだ。
「行っちゃったねぇ……」
「ああ。ま、永遠の別れって訳でもないんだし」
「それでも、いつか分からないって言うのは、ちょっときついかもなぁ……」
 セルペンの前では強がっていたものの、やはり、石川にとっても別れは寂しかったのだ。



 教室に到着した石川は、ランドセルを机に降ろすと中身を机の中に移し始める。
 もちろん、上田や岡野も登校してきている。
 見慣れた普段の始業前の風景だ。
 その時だった。

 ピシ……

「え……」
 石川は思わず席から立ち上がっていた。
 何もないはずの天井付近の空間で、何かが割れるような音が響いたのだ。
「ん、どしたの、テッちゃん?」
「おいおい」
 間違いなかった。岡野も気が付いたのか、その空間に空いた穴を指さした。
「上ちゃん、あれ!」
「……まさか、また!?」
 次の瞬間、穴からセルペン、サクラ、オータムの三人が飛び出してきたのだ。
「テッチャンさん!」
「セルペンちゃん! 早かったね!」
 石川は咄嗟にセルペンを受け止める。
「違う、そうじゃない!」
「そうです! 皆さん、今、トゥエクラニフで大変な事が起きているんです!」
「は?」
 突然の事に唖然となっているクラスメイト達をよそに、オータムとサクラがまくし立てた。
「悪いけど、すぐにこっちに来て!」
「いや、あのちょっと? せめて事情を話してくれないかな?」
「詳しい話はあとでします! とにかく、急いで下さい!」
 いつの間にか、石川達はセルペン達にガッチリと腕をつかまれている。
「このまま一気に行きますぅ!」
「う、うわっ!?」
 気が付くと、石川達は問答無用でトゥエクラニフに送られようとしていた。
「い、一体何がどうなってるんだよ!?」
 状況を飲み込めない三人をよそに、一同の身体は穴へと吸い込まれていった。
 クラスメイト達も、一様に目の前の光景を信じられないといった表情で一連の出来事を見守っていた。
「お、おれ達の平穏を、返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 空間の狭間に、石川達の叫びがこだましているのであった。

The END.


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