恐怖のゲームブック?

 それはまだ、石川達が三魔爪と初めて戦うよりも前の日の事。
 その日、上田とサクラはそれぞれ調べもので、ブッコフタウンの図書館にいた。
 この世界でも有数の蔵書数を誇る図書館であるここは、未整理の本なども置いてある。
 今回は、そんな中の一冊が巻き起こした、とある騒動にまつわるお話である。



「未整理書庫?」
 上田とサクラは、声をそろえて素っ頓狂な声を出した。
「はい。実はこの図書館に収められている本なんですが……まだ整理されていない本もあるんです。もしかしたら、そこに上田さん達が探してる情報があるんじゃないかと思いまして」
 この図書館の司書の一人であるテキスト・ノートが、穏やかな笑顔で言った。
「成程ねぇ。じゃあ折角だし、そっちも調べてみたいと思います」
「あ、それなら手伝いますよ」
 上田は二つ返事で頷き、サクラも手伝いに立候補した。
「こちらです」
 二人はテキストに連れられて、「未整理書庫」という札が入った部屋に案内されたのだった。
 部屋に入ると、そこはまさに本の山だった。2、3歩ほど進むと、もう窮屈さを感じるほどの狭さである。
 あちこちに、本棚にも収まっていない本が高く積まれている。思わず蹴飛ばしてしまいそうだ。
 その様子に、サクラがポカンと口を開けて言った。
「すっごいですねぇ……」
「そうだね」
 と、上田がそばにあった、天井まで積み上げた本の山をちょんと触った時だ。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 いきなり本の山が崩れ落ち、上田が埋まってしまう。
「う、上田さん!」
 慌ててサクラとテキストは、上田を掘り起こした。
「な、何でこうなるの……」
 意識が遠のく中、上田は目を回しながらつぶやいていた。
「ん?」
 その時、テキストの目がとある本に留まった。
「これは……」
 その本を拾い上げると、表紙についているほこりを手で払った。表紙には『賢者の戦略』と書いてある。
「どうしたんですか?」
 サクラと上田が、ひょいと後ろから覗き込む。
 テキストは首をかしげながら言った。
「いやぁ、この『賢者の戦略』って本……何か懐かしい気がして……」
 懐かしいねぇ……そりゃ、作者と同世代の人間には懐かしいだろうけど。
「いや、そうじゃなくて、子供の頃に……」
 そう呟きながら、テキストが本をめくっていく。
 それはどうやら、冒険ものの小説のようだった。
 書いてある文を、テキストが読んでいく。
「『とある時代、世界は魔王の侵攻を受けていた。その世界を救える勇者、それは、あなたなのです』……」
 それを聞いて、上田が苦笑を浮かべる。
(まるで、今のおれ達の状況そのまんまじゃん……)
「それでテキストさん、その続きは?」
「待って下さい」
 サクラに促され、テキストがページをめくる。
 だが、次のページには何も書かれていなかったのだ。
「白紙……?」
 三人は本をのぞき込む。
 その途端、

 ビカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

「うわっ!」
「きゃっ!」
 突然本が強烈な光を放ったかと思うと、なんと、三人は本の中に吸い込まれてしまったのだ。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ドシィィィィン!

 地面に投げ出され、サクラは思いっきり尻餅をついてしまう。
 気が付くと、そこは石造りの通路だった。
 壁、床、天井まで、全てが規則正しく並んだ石で出来ている。
 さながら、クラシックなダンジョンRPGに出てくるダンジョンのようである。
「大丈夫ですか、サクラさん、上田さん?」
 無事にすぐそばに着地したテキストが、サクラたちに声をかける。
「あ、はい。何か柔らかいものがクッションになったみたいで……」
 サクラがそこまで言った時、彼女のお尻の下から声がする。
「そりゃ良かった。んじゃ、そろそろどいてくんないかな?」
「えっ? ……きゃっ!」
 声のした方を見たサクラは、慌ててその場から飛びのいた。
 サクラが落下した所は、床に尻餅をついていた上田の腰の上で、ちょうど上田と向かい合うような格好になっていたのだ。
 いわゆる騎乗位というやつである。
(作者注・この言葉の意味が分からないという方、親御さんに訊くのだけは勘弁して下さい)
「ごっ、ごごごごごめんなさい、上田さん!」
 顔を真っ赤にしたサクラが、ペコペコと頭を下げる。
「いや、まぁ、おれはいいんだけどね……」
 パン、パンとおしりをはたきながら、上田が立ち上がった。
「それにしても……ここ、どこなんだろ?」
 周囲を見回しながら、上田が言った。
「私たち……図書館で本を読んでたんですよね。それで、突然本が光って……」
 その時、思い出したようにテキストが叫んだ。
「そうだ! あの『賢者の戦略』……。あれは、私が幼い頃に発売された、実際に本の中に入って冒険が出来るっていう、魔法書物だったんです!」
「ええっ!?」
「でも、確か危険だという理由ですぐに発売停止になったはず……」
 その時だ。

 ブゥゥゥゥン……

「ん?」
 一同の横にあった壁が淡い光を放ったのだ。
 壁はまるでスクリーンのように、文字を映し出す。
『この世界は、世界征服をたくらむ魔王・エニグマスに狙われています。それを救えるのは貴方だけなのです。魔王の所に向かうには、5つのステージをクリアせねばなりません。どうか貴方の力で、この世界を救って下さい!』
「なんじゃこりゃ……」
 上田はゲンナリした表情で呟いた。
 この時、彼の頭の中にあったのは、
(なんで異世界に来てまでリアルRPGをやんなきゃならないんだよ……)
 という事であった。
 ま、当然と言えば当然か。
 と、その時である。
 突然、周囲の空間が歪んだかと思うと、三人は全く違う場所にいた。
 白い壁に、豪華な絨毯が惹かれた広い部屋。
 あちこちに高価そうな調度品が並んでいる。
 西洋風の屋敷の中のようだった。
「ここは……」
 サクラが周囲を見回す。
「ようこそ、我が館へ」
「?」
 一同が声のした方を向くと、そこには一人の怪人物が立っていた。
 頭は顔が付いた毛筆のようで、シルクハットをかぶり、モノクルをつけている。
 胴体は鉛筆で、尖った方がそのまま尻尾になっていた。
 左右の腕はそれぞれ、万年筆とマジックになっている。さらに、背中には黒いマントを羽織っていた。
「吾輩はこの『三〇面相の館』の番人、怪文三〇面相である」
「怪文三〇面相……?」
 その珍妙な格好に、上田が思わず汗ジトになる。
「その通り。ここでは、上から読んでも下から読んでも同じ言葉を、一人につき三つずつ言ってもらう! でなくば、ここを通り抜けることは許さん!」
「成程……では」
 テキストが一歩前に進み出る。
「こういうので良いのですか?『桃は桃(ももはもも)』、『新聞紙(しんぶんし)』、『竹やぶ焼けた(たけやぶやけた)』」
 いわゆる『回文』というやつだ。
 テキストの答えに、三〇面相は深々と頷く。
「ふむ、その通りだ。お前は行ってよし」
「じゃあ、次は私が……」
 今度はサクラが前に出る。
「えーっと……『ダンスが済んだ(だんすがすんだ)』、『留守に何する(るすになにする)』、『夜ニンジン煮るよ(よるにんじんにるよ)』」
「ふむ、良かろう」
「じゃ、最後はおれね……。そうねぇ……『確かに貸した(たしかにかした)』、『悪い寝つきのキツネ居るわ(わるいねつきのきつねいるわ)』、『酢豚作り、モリモリ食ったブス(すぶたつくりもりもりくつたぶす)』」
「うぐぐぐ……良かろう、通るが良い!『私、負けましたわ(わたしまけましたわ)』!」
 そこまで言うと、三〇面相の姿が掻き消えて見えなくなった。
 上田はそれを見届けると、Vサインをして一言。
「『イエイ』!」



 三〇面相が消えるのと同時に、突然すさまじい地鳴りがして、景色が三重にも四重にも見えた。
「じ、地震!?」
 慌てて三人は、一か所に固まる。
 地響きが収まると、そこは元の石畳の廊下だった。
 壁ではろうそくの炎がゆらゆらと揺れている。
「今のは……夢だったの?」
 文字通り夢からさめたような表情で、サクラが呟く。
「いや、そうじゃないみたいだよ。ほら」
 上田が指さすと、スクリーンにはマップのようなものが映っており、一番最初の関門を現す部分が『三〇面相の館…クリア』と表示されていた。
 マップを見てみると、ラストステージを含め、残りはあと5つあるようであった。
「あと5つですか……」
 テキストは呟くと、先頭に立って廊下を進み始める。
 もし不測の事態が起きた時、まだ子供である上田やサクラを危険な目に遭わすまいとする、彼なりの気遣いであった。
 5分ほど歩くと、またもや周囲の景色が歪み始める。
「どうやら、次のステージのようですね……」
 テキストが言い終わるのと同時に、三人は別の場所に転移していた。
「いいっ!?」
 上田が驚愕に満ちた声を上げる。
 そこは巨大な滑り台で、三人分のレーンに仕切られており、上田達はそれぞれのレーンに収まっている。
 その隣には、独立した一人用の滑り台が設置されている。
 そして、滑り台の下は崖になっており、なんと下では真っ赤な溶岩がグラグラと音を立てていたのだ。
「これは……」
「ようこそ、第2ステージ・『炎の滑り台』へ!」
 一人用の滑り台の方から声がする。
 そちらを見ると、そこには忍者とヤモリを掛け合わせたような姿の怪人が、上田達と同じように滑り台に収まっていた。
 顔にはヤモリを模した仮面をつけている。
「オレ様はこのステージの番人、ゲッコー仮面! ここではオレ様と勝負してもらうぜ!」
 その声を合図にしたかのように、彼らの頭上から声が聞こえてきた。
<それでは、このステージのルールを説明しよう。ここでは、指定されたお題に合う言葉を、一人ずつ順番に答えてもらう。動詞や形容詞などもOKだが、既に出た言葉、意味不明な言葉、人名はNG。制限時間は五秒だ。答えられない場合、滑り台の角度が上がるぞ。傾斜に耐え切れず、マグマへ落ちてしまった者は失格だ。それでは、さっそくスタートだ!>
 ちなみに以下答える順番は、『ゲッコー仮面→サクラ→上田→テキスト→ゲッコー仮面』である。
<頭に、『は』のつく三文字の言葉! ゲッコー仮面!>
「は……『葉っぱ』!」(ゲ)
「えと……『法被(はっぴ)』!」(サ)
「えー……『花火(はなび)』!」(上)
「うーん……『花見(はなみ)』!」(テ)
「じゃあ……『鼻血(はなぢ)』!」(ゲ)
「えーっと、えーっと……」
 サクラがうんうん唸るが、五秒という制限時間に焦り、なかなか頭に浮かんでこない。
 ついに……。

 ブーッ!

<はい、時間切れ!>
「ごめんなさーい!」
 泣きそうな顔で、サクラが叫んだ。
 その途端、滑り台がガクンと揺れ、傾斜が少しキツくなる。
<問題。真ん中に、『の』のつく三文字の言葉! ゲッコー仮面!>
「えー……『木の実(きのみ)!』」(ゲ)
「『祈り(いのり)』!」(サ)
「『命(いのち)』!」(上)
「『好み(このみ)』!」(テ)
「の……の……。えー、『命』!」(ゲ)

 ブーッ!

「あっ、しまった!」
 今度はゲッコー仮面の滑り台の傾斜が上がる。

 そうこうしている内に、勝負はかなり互角の様相を呈していた。
 上田達の滑り台も、ゲッコー仮面の滑り台も、傾斜がほぼ直角に近くなっている。
「ふぬぅ〜、落ちてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ゲッコー仮面が滑り台に両手両足を突っ張りながら、自身を叱咤するように叫ぶ。
「サクラさん、上田さん、頑張って下さい……!」
 汗びっしょりになりながら、テキストが言う。
 無理も無かった。服装がローブである彼は、上田やサクラに比べても、滑りやすい格好なのだ。
 もはや四人が四人とも、まともにお題に答えられる状態ではない。
「ぐぎぎぎぎ……ん?」
 それは偶然の出来事だった。
 踏ん張りながら、ゲッコー仮面がふと上田達の方を向いたのだ。
 するとその目に映ったのは、必死な顔で物凄い体勢になりつつも、落ちないように踏ん張っている上田達の姿だ。
 彼の命運は、これで尽きてしまったと言っていい。
「ぷっ……ぶわっはははははははははははははははははははははははははははは!」
 踏ん張る上田達の姿があまりにおかしくて、ゲッコー仮面は思いっきり吹き出してしまう。
 が、そのため脱力してしまい、滑り台から一気に滑り落ちる。
「し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 そのままゲッコー仮面は、哀れマグマの海へと真っ逆さま。

 ドボォォォォォォォォォォォォォォォン!

「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 周囲に、ゲッコー仮面の悲鳴が響き渡った。
 上田達はその様子を見て、目が点になる。
「か、勝ったの……?」
「そうみたいですね……」
 その瞬間、景色が暗転し、再び一同は元の石畳の廊下に戻る。
 滑り台で突っ張っていた体勢のまま。
 それまで全身の力を込めて滑り台に突っ張っていた上田は、突然地面に降ろされた事で体勢を崩してしまう。
「わっ、わっ!」
 手足をバタバタとさせ、転びそうになった上田は思わず目をつむる。
「えっ?」
 そしてそのまま、サクラの方に倒れこんだ。
 それがこの後の悲劇を生むことになってしまったのだ。

 ムニッ!

 とっさに何かに掴まろうと突き出した上田の右手が、何か柔らかいものをつかむ。
「ムニ……?」
 上田が目を開けると、そこにあったのは真っ赤になって固まったサクラの顔。
 下に目をやると、自分がとっさにつかんだ物の正体が分かった。
 今度は上田の方が真っ青になって硬直する。
 上田が掴んでいたもの。それは……サクラの胸だった。
 ……もっとも、まだあるかどうかも分からない程度の大きさではあるが。
「きっ……」
 サクラの声で我に返った上田が、慌てて手を引っ込める。
「さ、サクラちゃん! ごめ……」
 上田は最後の『ん』まで言う事が出来なかった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 パシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 悲鳴と共にサクラの平手打ちが飛び、上田は壁まで吹っ飛ぶ。

 ドガァァァァァァァァァン!

「ハニャ、ホヘ、ハヘ……」
 そのまま上田は、轟音と共に壁に激突する。
「わ、わざとじゃないんだよぅ……ガクッ」
 絞り出すようにそう言うと、上田は気絶した。
 そこで我に返ったサクラが、慌てて上田に駆け寄った。
「ご、ごめんなさい! 上田さん! 大丈夫ですか!?」
 サクラは上田を起こそうと揺り動かすが、上田は完全にのびてしまっていた。
「あらら、これは完全にのびちゃってますねぇ……」
 呆れたようにテキストが頭をかく。
「とりあえず、私はこの先に何があるか、ちょっと見てきます。サクラさん、上田さんを頼みますよ」
「は、はい」
 上田をサクラに任せると、テキストは先の方へと進んでいった。
 テキストがその場から消えると、サクラはポツリと独り言のように呟く。
「もう、何もこんな所で……」
 何かを言いかけるが、自分の言葉に気づき、サクラはますます顔を真っ赤にしてうつむいてしまうのだった。



「おー、いてて……」
 サクラの平手打ちを食らって、真っ赤な手形のついた右の頬をさすりながら上田が歩く。
 後ろには済まなさそうな表情のサクラがトボトボと歩いていた。
 あれから十分ほどして、ようやく上田が目を覚ましたため、一同は次のステージに向かって出発したのだ。
「ご、ごめんなさい、上田さん。事故だったのに……」
「いいよ、気にしてないって。おれも悪かったんだし……」
 振り返りつつ、上田が力のない笑い顔を向ける。
 テキストはやれやれといった感じで苦笑を浮かべていた。
 と、またもや周囲の景色が変わる。
 さすがに三度目ともなると、一同もそろそろ慣れてきたようであった。
 三人が気が付くと、そこは異様に巨大な鳥の巣だった。
 目の前には青空が広がっており、地面は巣のはるか下にある。
 標高数百メートルどころではない。数千メートルはあった。落ちたら間違いなく、一巻の終わりだ。
「ようこそようこそ、オイラの巣へ!」
「!」
 一同が見上げると、彼らの背後に、巨大な怪鳥が出現していた。
 全高三シャグル(約十メートル)はあり、首が三つ生えている。
 それらの首にはそれぞれ、違った形のとさかが生えていた。
「オイラはこの『怪鳥ギトギトラの巣』の番人、ギトギトラだ!」
「ギトギトラ……?」
「うーわ、脂っぽいネーミング……」
 思わず上田は汗ジト。
 構わず、ギトギトラは続ける。
「ここでは、オイラの出すなぞなぞに答えてもらうぞ! チャンスは三回。その中で、一問でも正解出来たらクリアだ!」
「なぞなぞ?」
「ただし、なぞなぞに挑戦する前に、ある事をやってもらう! あれを見ろ!」
 一同が巣の外を見ると、子犬ほどもある大きさの蝶が飛んでいる。
「オイラの雛達がお腹をすかせていてな。なぞなぞに一問に挑戦する前に、あそこに飛んでる虫を五匹捕まえてくるんだ!」
「ちなみに、もし捕まえられなかったり、なぞなぞに三回とも答えられなかった場合は?」
「その時は、お前達がオイラの雛達のエサになるんだ!」
 ギトギトラがニヤリと笑う。
 対照的に、上田達は身震いした。
「よ〜し、じゃあ、やってやろうじゃないの」
 意を決したように、上田が巣のふちに立つ。その手にはいつの間にか魚捕りに使うような大きな虫取り網が握られていた。
「って、どうするんですか、上田さん? 危ないですよ」
 サクラが心配そうに言うが、上田は余裕の笑みを浮かべて、ひらひらと手を振る。
「大丈夫、見てて」
 上田は目を閉じると、精神を集中させて静かに呪文を唱えた。

 ソル・モー・ベール・ズ!
(羽よりも軽くならん)

「飛翔呪文・フライヤー!」
 その途端、上田の身体がフワリと宙に浮かびあがった。
「飛翔呪文……なるほど、それなら空中を自在に飛んで、虫を捕まえられますね」
 感心したようにテキストが言った。
「よし、行くよ!」
 叫ぶが早いか、上田は空中に飛び出した。
 虫取り網を手に、上田は飛んでいる巨大蝶を捕まえていく。
「なんだ、思ったより簡単じゃん」
 その時だ。

 ブ〜ン……ブ〜ン……ブ〜ン……

「ん?」
 やたらと大きな羽音が聞こえて、上田がそちらの方を向く。
「げっ!」
 直後、上田の眼が驚愕のために見開かれた。
 なんと背後に、赤ん坊ほどもあるような巨大な蜂が出現していたのだ。
 針もちょっとした細身剣の刃ほどはある。
 刺されれば、間違いなくあの世行きであろう。
「ああ、そう言えばその辺には巨大なクジラバチも飛んでるから気をつけろよ」
 あっけらかんとギトギトラが言う。
「じょ、冗談じゃねえ! こんなのに刺されたら間違いなくお陀仏じゃねえか!」
 慌てて上田は逃げ出すが、クジラバチは容赦なくその後を追いかける。
「くーっ!」

 ブ〜ン!

「るーっ!」

 ブ〜ン!

「な〜〜〜っ!」

 ブ〜ン!

「上田さん!」
 巣の中から、サクラとテキストが叫ぶ。
 上田は飛翔呪文にまだ慣れていないのか、クジラバチの方がスピードは上で、このままでは追いつかれてしまうのは明白だった。
「こここ、こうなったら……」
 上田は方向転換してクジラバチと向き合うと、急いで呪文を唱える。

 ヴェルク・シー・レイ・ザー!
(風の神よ、吹き飛ばせ)

「真空呪文・ツイスター!」

 ヒュバァァァァァァァァァァァァッ!

 上田の掌から竜巻が舞い、クジラバチの動きを止める。
「もいっちょ!」

 ゼー・ライ・ヴァー・ソウ!
(閃光よ、走れ!)

「閃光呪文・バーン!」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 今度は上田の掌から帯状の炎が噴き出し、クジラバチは丸焼きになって落下していった。
「ふー、危なかった……。よし、じゃあ今のうちに!」
 上田は額の汗をぬぐうと、急いで蝶を捕まえる。
 あっという間に五匹捕まえることに成功した。
「よーし、巣に戻りやがれ〜い!」
 ギトギトラに促され、上田が巣に戻ってくる。
「上田さん、大丈夫ですか?」
 どこに持っていたのか、サクラがオレンジジュースを取り出して、上田に渡す。
「あはは、まぁ、何とかね……。ありがと」
 上田はその場に座り込むと、魔力回復もかねて、オレンジジュースを飲みほした。
「よ〜し、じゃあ、なぞなぞだ!」
 ギトギトラの声が響き、一同はそちらの方を向いた。
「それでは、私が挑戦します」
 テキストが前に進み出る。
「問題!『食べると投げられなくなる野菜はな〜んだ』!? 制限時間は二十秒、答えられるのは一回だ!」
「食べると……投げられなくなる野菜……?」
 テキストは腕組みをして考え込む。
「なんでしょう……ナス、トマト、カボチャ……? キャベツ……『“きゃあ、別”のにしてー』なんちゃって……。違いますよねぇ……」
 考えている間にも、時間は流れていく。
 そして……。

 ブーッ!

「はい、時間切れー! 答えは『ホウレンソウ』だ!『放れんソウ』ってな!」
「ああ、なるほど……」
「よし、じゃあ次だ! 虫を捕まえてきやがれ〜い!」
「じゃあ、今度こそ……」
 再び上田が空中に飛び出す。
 だいぶ慣れてきたのか、今度はクジラバチの妨害も退けて、再度蝶を五匹捕まえてきた。
「今度はおれが答えるよ」
 上田が前に出て言った。
「よ〜し、問題だ!『三回勝った動物ってな〜んだ』!?」
「三回勝った動物……?『勝どき』でトキ……カチカチ山……ウサギ……違うなぁ……」
 先ほどのテキストと同じく、上田も「う〜ん」と考え込んだ。
 そうこうしている内に、

 ブーッ!

 上田も時間切れになってしまった。
「時間切れー! 答えは『サンショウウオ』だ!『三勝ウオ』ってな!」
「面目ない……」
 上田はガックリと肩を落とす。
「さあ、ラストチャンスだ! 次に正解できなかったら……」
 後ろを振り向いて、ギトギトラが笑みを浮かべる。
 そこには大人よりも巨大な雛が、真っ赤な口をパクパクさせてエサをねだっていた。
 これが普通のサイズなら可愛いものだが、人間でも丸呑みに出来そうなサイズなのだから恐ろしい。
 三人はゴクリとつばを飲み込む。
「よ、よし、行くよ」
 再び上田は空中に飛び出すと、蝶を五匹捕まえてくる。
 だが、問題はこの後だ。
「サクラちゃん、頑張って!」
「は、はい……」
「問題!『病気になりやすい曜日は何曜日だ』!?」
「『病気になりやすい曜日』……ですか?」
 サクラもこれまたうーんと考え込んだ顔つきになる。
 傍で問題を聞いていた上田も、回答権は無いものの考えていた。
(曜日か……だったら答えは限られるよな。月曜日、火曜日……あ、そっか。この世界には日曜や月曜は無いんだっけ。ん、そしたら答えってもしかして……)
 どうやら上田は正解に気づいたようだった。
 だが、今の彼には回答権は無い。
(しまったなぁ。今、おれが答えられたら……。サクラちゃん、気が付いて!)
 上田の心の叫びが届いたのか?
 サクラがパッと明るい顔になって叫ぶ。
「わかりました! 風曜日です!」

 ピンポンピンポーン!

「正解! 答えは風曜日だ。『風邪曜日』ってな! よくぞ正解したな。先に進みやがれ〜い!」
 ギトギトラの声を合図にしたように、周囲の空間は再び元の石造りの廊下へと姿を変える。
「ふ〜……。何とか正解出来ましたね」
 大きくホッとしたように、サクラがタメ息をついた。
「いやぁ、お手柄ですよサクラさん」
「ほんとほんと。もうちょっとでおれ達、あの化物鳥のエサになっちゃうところだったもんね」
「えへへ……」
 二人から褒められて、サクラは照れたように微笑んだ。



 それからまた五分ほど進むと、再び廊下が姿を変える。
 次に現れたのは、石造りの城だった。
「お城……ですね」
 周囲を見渡して、サクラが言った。
 壁にはピカソのような抽象画が、数多くかかっている。
「さて、今回の番人は……?」
「オッホッホッホ! ようこそいらっしゃいザンス!」
 まるで上田の声を待っていたかのように、甲高い声が響いた。
 現れたのは、頭部の左右に顔が付いた怪人だった。
 右側の顔は赤く、左側の顔は青い。
 さらにそれぞれの顔、そして体全体を見てみても、これまた抽象画のようだった。
「ワタクシの名前はTHE・アルカナイカ! ここではあるなしクイズに挑戦してもらうザンスよ!」
「あるなしクイズ……?」
 頭上に疑問符を浮かべるサクラに、上田が解説する。
「あるなしクイズってのは、同じような言葉を二つずつ『ある』と『ない』のグループに分けていって、さらに『ある』のグループにある共通点を見つけるクイズだよ」
「へぇ〜、そうなんですか……」
 ちなみに上田は、ちょうどこの世界に来る前にそういうクイズ番組を見ていたらしい。
「オッホッホ、分かっているのがいるようザンスね! それじゃあ、さっそく問題ザンス。ヒントは四つまで、それでも答えられなかったらゲームオーバーザンスよ!」
「よ〜し……」
「では一つ目のヒント!『お茶碗』にはあって、『お箸』には無いザンス!」
「『お茶碗』にはあって、『お箸』には無い……」
「次!『通行止め』にはあって、『進入禁止』には無いザンス!」
 ……どうやらこの世界にも交通法規というものはあるらしい。
 まぁ、馬車は走ってるからねぇ。
「三つ目のヒント!『飲み薬』にはあって、『注射』には無いザンス!」
「『飲み薬』にはあって……」
「『注射』には無い……」
 三人は顔を見合わせる。
「そして最後のヒント!『フォーク』にはあって、『ナイフ』には無いザンス!」
 上田は地面にあぐらをかくと、腕組みをして考え込んだ。
「えーっと、『ある』のグループは『お茶碗』、『通行止め』、『飲み薬』、『フォーク』……」
「そして、『無い』のグループは『お箸』、『進入禁止』、『注射』、『ナイフ』……」
 サクラが続ける。
 三人が考え込む様子を、アルカナイカは楽しそうに見つめている。
「わかるザンスか? もし分からなかったら、アンタ達もワタクシのコレクションになってもらうザンスよ」
 アルカナイカが部屋を指し示すように腕を広げた。
 抽象画の中には、明らかに人物を描いたであろう物がいくつもある。
 という事は……。
「ここで答えられなかったら、私たちも絵の中に閉じ込められるって事ですか……」
 テキストの額を汗が流れ落ちる。
 そうしている間にも、上田は唸りながら頭をひねっていた。
「う〜ん、う〜ん……。あっ、分かった! 答えは数字だ!」
「数字?」
 頭上で電球が閃いた上田と対照的に、サクラの方はハテナ顔。
「そう。『お茶“ワン”』、『“ツー”行止め』、『飲みぐ“スリー”』、『“フォー”ク』って具合に、『ある』のグループには、全部数が含まれてるんだよ!」

 ピンポンピンポーン!

 上田の解説に反応したかのように、どこからか正解のブザーが鳴った。
「キーッ、正解ザンス! 先に進むがいいザンスよ!」
 ハンカチをかみしめながら、悔しそうにアルカナイカが叫ぶ。
 同時に、空間もいつものように石畳の廊下へと戻っていった。
「これで、残る関門はあと二つですね……」
 最初に表示されたマップを思い出しながら、テキストが呟いた。



 アルカナイカ城をクリアした一同は、再び廊下を進んでいく。
「最初のマップ通りなら、次がラストステージの一つ前という事になりますが……」
 テキストがそう言った時、周囲の空間が歪み始める。
 今度現れた景色は、巨大な草花が生えた原っぱだった。
 まるで彼らは、そんな中に迷い込んだ虫や小動物のようである。
 しかも、草花には口や目がついているのだ。
「ここは……」
<ようこそ、冒険者たち>
 頭上から声が響く。
 一同が見上げると、そこには青いポリゴン調の顔が浮かんでいた。
<私の名はマインヘッド。ここではブロック崩しに挑戦してもらうぞ>
 抑揚が無いながらも、爽やかな声でマインヘッドが説明する。
 いつの間にか、一同の前に分厚いブロック塀のようなものが出現していた。
<このブロックを壊すと、ヒントとなる物が出てくる。それらから連想される物を一つだけ答えてもらう。答えられるのはブロック崩しに挑戦した者だけだ。ふむ、お前たちは三人パーティーか。ならば挑戦できるのは、三回になるな>
「ブロック崩しねぇ……。ゲームのやつとはだいぶ違いそうだなぁ……」
 目の前のブロック塀を眺めて上田が呟く。
 この頃はインターネットも一般的に普及してはおらず、パソコンゲームと言えばマインスイーパーやソリティアなど、パソコンにあらかじめ組み込まれているかCDロムで追加するのが一般的だった。
<それではまず、オープニングヒントだ>
 その言葉と同時に、空中にある像が浮かび上がる。
 それは長方形になった紙で、カードのようだった。
「カード……?」
<その通り、オープニングヒントは『カード』だ。それでは、まずはサクラ。行け>
「わ、私ですか……?」
 サクラが戸惑った表情をする。
「でも、私、攻撃呪文は使えないし……。どうやってブロックを壊したら……」
<ならば、これを使え>
 マインヘッドが言い終わるのと同時に、サクラの手には鉄球付きの杖……いわゆるモーニングスターが出現していた。
「へー、なるほど……」
 サクラが軽くモーニングスターを振ると、鉄球がビュンビュンうなりながら宙を舞った。
 その光景を見て、上田とテキストは口をポカンと開ける。
「サクラちゃん、まさか……」
 実は怪力の持ち主だったのか、とでも言いたげな表情で、上田がサクラの方を見る。
 慌ててサクラは両手を振った。
「ち、違いますよ! この鉄球、すごく軽いんです。ほら!」
 ひょいっと、サクラがモーニングスターを上田の方へ放る。
「わっ! わっ!」
 慌てて上田はモーニングスターを受け止めるが、なるほど、確かにそれは、プラスチックの玩具のように軽かった。
 一方で手触りなどはしっかりと金属だったので、妙な感覚ではあったが。
「ごめんごめん、サクラちゃん。見た目が重そうだったからさ……」
 モーニングスターをサクラに返しながら、上田が謝った。
「もう……」
 サクラは拗ねたように頬をふくらませながら、プイッとそっぽを向く。
 その仕草と表情は、上田が思わずドキッとしてしまうほど可愛らしかった。
(ありゃ、どうしたんだろ、おれ……)
 サクラの仕草にドギマギする自分に、上田は戸惑いを覚えていた。
 と、そんなところへ、
<おーい、早く始めろ>
 相変わらず抑揚が無いながらも、呆れたようなマインヘッドの声が響く。
「いけない!」
 慌ててサクラは壁の前に立った。
「よーし、それっ!」

 ドガン! ドガァァァン!

 サクラが鉄球を振るうたび、少しずつブロックが崩れていく。
 それに伴い、少しずつ中に隠されていた物もあらわになって来た。
 その時だ。

 バカァァァァァァァン!

 砕かれたブロックの中から、トゲトゲのついた赤い玉が飛び出てきたのだ。
「きゃっ!」
 反射的に、サクラは身をかわしてトゲトゲを避けた。
<言い忘れたが、そのトゲに当たるとその場でチャレンジ失敗だから気をつけろよ>
「危なかったぁ……」
 サクラは冷や汗をぬぐうと、再びブロックを砕きにかかかる。
 出てきたのは、直方体の何かだった。
 天辺の部分が蓋のように開いている。
「えーっと……箱?」

 ピンポンピンポーン!

<その通り、正解は『箱』だ。それでは、これらのヒントから連想できるものを、一つだけ、答えろ。制限時間は十秒だ>
「ええっ、十秒!? えーっと、えーっと……」
 短い制限時間に、サクラが慌てて考え込む。
<早く答えろ。5秒前。4、3、2……>
「えーっと……家具屋さん?」

 ブーッ!

<全然違う。失せろ>
「はぅぅ……すみません」
 爽やかに退場を言い渡され、サクラがガックリと肩を落とす。
<続いては上田。位置につけ>
「おれか。よ〜し……」
 上田はパシッと手を打って気合を入れる。
 そして壁の前に立つと、印を結びながら呪文を唱えた。

 グー・ダッ・ガー・ハー・ゼイ・ロウ!
(大気よ、爆ぜろ!)

「爆裂呪文・ボム!」
 上田の手から、スパークに包まれた光の玉が飛び出し、ブロックを砕いていく。

 ドガドガドガァァァァァァァァン!

「おっと!」
 爆煙の中からトゲが飛び出すが、上田はそれを転がって避ける。
 ボムを連射し、上田は壁を砕いていく。
 その中から、ヒントとなる物体が徐々に現れてきた。
 数字が並んだ図のようなもの。それは――
「カレンダー……?」

 ピンポンピンポーン!

<その通り。正解は、『カレンダー』。さてそれでは、このヒントから連想できる物を一つだけ、答えろ>
「カード……箱……カレンダー……う〜ん……」
<5秒前。4、3……>
「えー……レンタルビデオ?」

 ブーッ!

<何だそりゃ。全く違う。とっとと消えろ>
「しまった……この世界にそんなもんある訳なかったんだ……」
「あっちゃー」といった表情で上田が呟いた。
<今度はテキスト。行け>
「任せて下さい」
 自信ありげな表情で、テキストが前に進み出る。
 その表情に、上田は逆に怪訝な顔をする。
「テキストさん、分かったんですか?」
「ええ。分かっちゃいました」
 テキストはニコリと笑うと、Vサインまでしてみせる。
「残念でしたね、上田さん」
 戻って来た上田をサクラが出迎える。
「ごめん、サクラちゃん」
「それはお互い様ですよ。ところで……『ビデオ』ってなんですか?」
「ああー、それはね……」
 思わず上田は汗ジトになる。
「おれらの国の記録装置で……箱の中に映像が入ってるんだけど……」
「ああ! ツタヤ石みたいなものですね!」
「へっ!?」
 あっけらかんと言うサクラに、上田は口をアングリと開けてしまう。
 ツタヤ石とはこの世界の記録装置で、水晶玉に魔力を込めることで、周囲の映像を記録させておく事が出来るのだ。
 まさに我々の世界で言うビデオカメラとビデオテープを合わせたようなものである。
「あるのか、そんなもん……」
 またも汗ジトになって、上田はタメ息をついた。
 さて、そんなこんなで二人が話している間に、テキストはブロック崩しを始めていた。
「はあっ!」
 テキストは手をかざすと、呪文を唱える。

 グー・ダッ・ガー・ハー・ゼイ・ロウ!

「爆裂呪文・ボム!」
 テキストの掌から、ボムの呪文が飛び出す。

 ドガァァァァン! ドガドガァァァァン!

 テキストもなかなかの呪文の使い手だったようで、ブロックはどんどん崩れていった。
 あっという間に4つ目のヒントが姿を表す。
 無数の紙を綴じたそれは……。
「本!」

 ピンポンピンポーン!

<その通り、正解だ。それでは、このヒントから連想できるものを一つだけ、答えてもらおう>
「答えは……『図書館』!」

 ピンポンピンポーン!

 正解のアラームが鳴る。
「やったぁ!」
 上田とサクラが飛び上がってタッチする。
<その通り。それでは答え合わせをしよう。まず最初のヒントの『カード』、これは本を借りる時の貸出しカードだ。ヒント1『箱』は借りた本の返却ボックス、2番『カレンダー』は貸出期間を現している。そして3番の『本』は、まさに図書館で貸し出される本だ。したがって正解は『図書館』。よくぞ連想できた、褒めてやろう。そして、このステージもクリアだ!>
 マインヘッドの声が響くと、周囲はまた、元の石造りの廊下へと戻っていった。
「テキストさん、よく分かりましたねぇ」
「伊達に司書はやってませんよ」
 再び、テキストは笑顔でVサインを見せた。



「カローラIIにの〜って〜♪ 買い物にでかけ〜たら〜♪ サイフないのに気づいて〜♪ そのまま万引き〜♪」
 鼻歌を歌いながら、先頭に立って上田が廊下を歩いていく。
 最初のマップを信用すれば、次がいよいよ魔王エニグマスとの戦いとなる。
「上田さん、ノリノリですねぇ」
「何だかんだで、あともう1ステージですからねぇ」
 後から並び立って歩くサクラとテキストが、苦笑交じりに言った。
 と、その時だ。

 ポトッ!

 何かがテキストの頭の上に落ちてきた。
「なんでしょう?」
 それをつまんでみたテキストだったが、その正体を目にするなり、顔からサーッと血の気が引く。
 それは、やや大きめのナメクジだった。
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 周囲にテキストの悲鳴が響く。
 彼はナメクジが大嫌いなのだ。
「さ、さ、さ、さ、サクラさん! 取って! 取って! 取って下さい!」
「い、嫌ですよ! 私だって!」
 テキストはサクラに助けを求めるが、サクラの方も顔を青くしてその場から逃げ出した。
 そんな二人を、上田は遠くからやや呆れたように見つめていた。
「なにやってんの、あの二人……ん?」
 前方を見て、何かに気づいたように上田の歩みが止まる。
 だが、
「とって下さい、サクラさ〜〜〜ん!」
「じ、じ、自分でとって下さいよ〜〜〜!」

 ドゴォォォォォン!

「むぎゅっ!」
 後ろからサクラとテキストが突っ込んできて、上田は押しつぶされてしまった。
「あらら、上田さん、大丈夫ですか!?」
「す、すみません……」
「どうでもいいから、早くどいて……」
 消え入りそうな声が、突っ伏した上田から発せられた。
 二人がどき、ようやく立ち上がった上田は前方を指さす。
「二人とも、見て、これ」
「ああっ!」
 そこには巨大な扉がでんと道を塞いでいたのだ。
 ご丁寧に、扉の上には『魔王のお部屋』とプレートまであるではないか。
「ついに、ラストステージに到着したんだね」
「そうですねぇ……」
「よし、それじゃあさっそく!」
 上田は扉に近づくと、取っ手がわりについている鉄の輪っかを力いっぱい引き始めた。
「むがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! くっ、重い……」
 こういう時こそ筋力強化魔法でも使えば良さそうなものだが、そういう所まで頭が回らないのであった。
 必死になって扉を引っ張る上田だったが、そこへテキストが――
「でもこれ、何かの罠で、開けた瞬間に怪物が出てきたりして……」
 上田の動きがピタッと止まる。
 が、今度はサクラが――
「さすがにそれは無いと思いますけど……。きっとここが、最後のステージの入り口なんですよ」
 フンガーッと再び上田が扉を引き始めた。
 けれどテキストが――
「いえいえ、ここまで罠が無かったからこそ油断していると踏んで、溶岩が噴き出してくる、なんてことも……」
 またまた上田の動きがピタッと止まった。
 しかぁし、サクラが――
「あのですね、逆に金銀財宝で一杯、なんてことも」
 と言うのを聞いて、上田はますますパワーアップ!
 フンガーッ!
「ガイコツがいっぱい散らばっているって事もあり得ますよね」
 ピタッ!
「案外、元の世界に直結しているって事も……」
 フンガーッ!
「ブービートラップで銛が飛んできたりとか」
 ピタッ!
 二人の勝手な言い草の前に、上田は「フンガーッ!」と「ピタッ!」を繰り返す。
 上ちゃん、人の言葉に左右されてはいけないぞ!
 君の人生はあくまで君の物だ!
 ――と、他人の言葉ですぐ人生左右されてしまう作者の期待の声が届いたのか、上田はついに爆発した。
「お前ら、いい加減にしろーっ!」
「わっ!」
「きゃっ!」
「さっきから好き放題言いやがって! この扉、開けていいのかいけないのか、どっちなんだよ!?」
 上田の剣幕に、思わず二人ともシュンとなってしまう。
「え〜と、それは……」
「やっぱりここは、上田さんが決めて下さい」
 即座に上田が叫んだ。
「よし、分かった。この扉は開ける! 二人とも手伝って!」
 上田の後ろにテキストとサクラが並び、それぞれが前の人間の腰をつかんだ。
「いい、行くよ!」
「はい!」
「せーの……フンガーッ!」
「フンッ!」
 さすがに三人の力が合わされば結構な力が出るもので、扉は徐々に開き始めた。
 その時、中から声がする。
「こらーっ! 何者じゃ!? この扉を開けてはならんぞ!」
「えっ!?」
 だが、ちょうどその時が全員の力が最高点に達した時だった。
 一度ついた勢いはなかなか止まらない。
 扉は一気に開いてしまった。

 ガギィィィィィィィィ……

 そこはかなり広い部屋で、三〇シャグル(約一〇〇メートル)四方はある。
 その正面の奥は段になっていて、一段高いその上に玉座がしつらえてあった。
 だが、その前では、下着姿のオッサンが怒った顔で立っている。
「バカモン! 着替え中に入ってくる者がおるか!」
 彼こそ誰あろう、魔王エニグマスだった。
 下着姿のエニグマスを見つめ、呆然と立ち尽くしてしまう三人であった。



 着替えが終わると、その男にも多少の威厳が出てきた。
「よくぞここまでやってきた、冒険者たちよ」
 ねじれた角のついた兜。
 口を覆う立派なセイウチ髭。
 豪奢な鎧に立派なマント。
 雰囲気が『私は正真正銘の魔王です』と言っていた。
 ただし、あんな場面を見てしまった後では、かなり曇ってしまうのは否めない。
「やかましいわ! コホン……」
 咳ばらいをすると、エニグマスは話し始めた。
「ここまで来たことは褒めてやる。ただし、私に勝利せねば、元の世界へは戻れぬぞ」
「よーし、やってやろうじゃないの!」
 身構える上田達だったが、エニグマスはそれを制する。
「待て、私は暴力は嫌いだ。私との勝負は三つの質問だ」
「三つの質問?」
「その通り。私が出す質問に答えてもらう。間違いなく答えることが出来たら、元の世界に帰してやろう。ただし嘘をついたり、答えられなかった時は『死』あるのみだ! それではお前!」
 エニグマスがサクラを指さす。
「えっ、私ですか?」
「その通り。お前が最初に、我が問いに答えよ!」
「わ、分かりました……」
 覚悟を決めて、サクラはエニグマスの前に立った。
「では、汝の名は!?」
「サクラ・クレパスです」
「汝の仕事は!?」
「ブッコフ町立学校の生徒です」
「では、汝の好きな色は!?」
「ピンクです」
「よろしい!」
「へっ!?」
 あまりに簡単な質問に、一瞬サクラは呆気にとられる。
「次! お前だ!」
 今度指名されたのはテキストであった。
「汝の名は!?」
「テキスト・ノートです」
「汝の職業は!?」
「ブッコフ図書館の司書をやっております」
「では……風が強い時に、ツルはどうやって空を飛ぶ?」
「いいっ!?」
 先ほどのサクラの時とは打って変わった難問に、テキストが目を丸くする。
 その瞬間、

 カキィィィィィィィィィィン!

 なんと、テキストの全身が氷に包まれてしまったのだ。
「テキストさん!」
 上田とサクラが叫ぶ。
「さぁ、最後はお前だ」
 エニグマスが上田の方を向いていった。
「よ、よーし……」
 上田は身構えて、エニグマスからの質問を待った。
「汝の名は!?」
「上田倫理!」
「汝の職業は!?」
「小学四年生!」
「では……成長した雌のドラゴンの飛行速度は?」
「そのドラゴンは、イースタン種? それともウエスタン種?」
「いや、そこまでは知らな……し、しまった! ぐわーっ!」
 エニグマスの身体が崩れていく。
 質問に質問を返され、それに答えられなかったため、エニグマス自身が自分の呪いにかかってしまったのだ。
 いわゆる『自縄自縛』というやつである。
 原子崩壊したかのように、エニグマスの身体はかき消すように消えてしまった。
 呆然とその光景を見ていた上田だが、髪をかき上げて呟いた。
「フ……恐ろしい戦いだった」
「どこがですか……」
 ドッと疲れた表情でサクラが呟く。
 その途端、

 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……

 テキストを包んでいた氷が、蒸気と共に消滅した。
「テキストさん!」
「良かった!」
「あれ、私は……?」
 自分の身に起こった事が分からず、テキストは目を白黒させる。
 同時に、

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 周囲を激しい振動が襲った。
「わ、わ! また地震!?」
 三人は一か所に集まる。
 揺れはますます激しさを増し、さらに目を開けていられないほどの眩しい光が辺りを覆っていく。
 三人は思わず目を閉じた。

 ドシィィィィィィィィィィィン!

 気が付くと、三人は元の図書館の未整理書庫にいた。
「いたたたた……」
 尻餅をついたサクラが頭に手をやる。
「あれ、私たち……」
 ぼやけていた意識がだんだんとはっきりしてくる。
「元の世界に戻って来たの……?」
「そうらしいね。そんじゃ、そろそろどいてもらえるかな?」
 またもお尻の下から声がして、サクラは自分の下を見た。
 サクラはうつ伏せになった上田の背中の上に落下していたのだった。
「何で、毎回こうなるの……」
 サクラの尻に敷かれたまま、上田が呟いた。



 すべてが終わり、上田達三人は元の世界に戻ってきていた。
 その後の調べで、『賢者の戦略』は書物の中でゲームオーバーになっても、現実の世界にはじき出されるだけで、命に係わるゲームブックではないことが分かった。
 発売中止になったのは、あまりに書物が流行りすぎて社会基盤がマヒしてしまったためらしかった。
 書庫から掘り出された『賢者の戦略』は、ブッコフ図書館でも一番人気の書物となり、予約が半年先まで埋まってしまうほどになってしまった。
「……んで、上ちゃん達は、おれ達が町の外で経験値とゴールドを稼いでた時に、ゲームブックの中で遊んでた、と?」
 翌日、事情を聴いた石川は呆れたように言った。
「しょうがないでしょ! なんにも知らないで引き込まれちゃったんだから!」
 口をとがらせて上田が反論する。
「でも……そんなに面白いゲームブックならちょっとやってみたいかも」
 興味深そうに石川が呟くが、岡野がやれやれといった表情をしてみせた。
「じゃ、その本の貸し出しの順番が回ってくるまで、この町に何か月も滞在するかい?」
「いや、それは勘弁……」
 苦笑しながら石川が手を振る。
 そんな二人を放っておいて、上田は図書館の休憩室に向かった。
 そこではサクラが椅子にもたれかかっていた。
 上田も椅子に座ると、うーんと大きく伸びをする。
「はぁ……。昨日は長い一日だった」
「そうですねぇ……」
「でも……ちょっと楽しかったよね」
「はい」
 サクラがにっこりと笑顔を見せる。
「私、今回の冒険の事、忘れられない思い出になりました」
「それはおれもだよ」
 上田の方も笑顔を見せて言った。
 二人はしばらくの間、ゲームブックでの冒険の思い出に浸るのであった。

The End.


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