ウソかホントか? ガダメは英雄?

 石川達は、オセアンの父親の船で、ブクソフカ大陸の南側まで送ってもらった。
 陸地に到着した時には、すでに日は暮れかけており、その日は手近な岩場で野宿する事にした。
 食料も飲料もスイゾク村でしこたま買い込んでいたので、ボガラニャタウンに到着するまでに飢える心配はない。
 やがてすっかりと暗くなり、空には星が瞬いている。
 いつものように、焚火で簡単に調理した食事を済ませた後、三人は火の番をしながら交代で寝ることになった。
 岡野は携帯用の毛布を羽織ってガーゴーと寝息を立てている。
 ふと、同じように毛布をかぶっていた石川がスッと立ち上がった。
「どったの、テッちゃん?」
 火の番をしていた上田が訊いた。
「トイレ」
「ああ、ごめん。行ってらっしゃい」

 野宿している岩場からちょっと離れた繁みで用事を済ませると、石川は仲間のいる岩場に戻ろうとした。
 その時だ。

 きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 甲高い、絹を引き裂くような女の悲鳴が響き渡ったのだ。
「!」
 その悲鳴に気づいた石川は、声のする方へ走っていった。
(なんだ!?)
 駆けつけた石川の目に、ボーッと発光した木々の間で三人ほどの男に襲われている少女の姿が飛び込んできた。
 いや、よく見ると、男たちは人間ではなかった。
 甲冑を着込んでいるが、いずれも首が無いのだ。
 死体兵士というモンスターだった。
 もともとは戦場の露と消えた騎士だが、死者の魂と引き換えに、悪の魔力で命を与えられたアンデッドモンスターである。
 死者の霊に呪われた地や、古戦場を訳もなくさまよい、人間を見ると見境なく襲撃する。
 相手がモンスターだと分かると、石川は躊躇うことなく行動に移った。
「おりゃーっ!」
 石川は剣を抜いていきなり切りかかると、一体を真っ二つに切断した。
 完全に虚を突かれた形となった残りの死体兵士たちはいっせいに剣をかざして石川に襲い掛かるが、石川の動きの方が早い。
「遅い!」

 ゼー・レイ・ヒーラ・ヴィッセル!
(閃光よ、閃け!)

「閃光呪文・バーネイ!」
 石川の掌から帯状の炎が噴き出し、残った二体の死体兵士は火に包まれる。
 のたうち回る時間もわずかに、少女を襲っていた三体の魔物は、再びこの世から姿を消していた。
「君、大丈夫?」
 手を差し伸べる石川を見て、少女の顔は真っ赤になっていた。
 決して死体兵士を燃やす炎の照り返しを受けたわけではない事は述べておこう。
「あ、あの……有難う御座いました!」
 少女が笑顔のまま、ペコリとお辞儀をする。

「私、セルペンって言います。セルペン・アナーク!」
 その可愛らしい女の子は改めて石川に微笑みかけて名乗った。
 笑うとエクボが出来て、本当にかわいい。
 見たもの全てがドキッとする可愛らしさだ。
 ロングの鮮やかな黒髪に、水色と黒を基調とした服を着ている。
 頭にはこれまた水色の、可愛らしくディフォルメされた蛇の頭を象った髪飾りをつけていた。
 何より特徴的だったのは、その耳だ。
 細長く尖った形をしている。
 そう、セルペンは、魔族の少女だったのだ。
「私、この近くのボガラニャタウンに住んでるんですけれど、月光花を取りに来た時モンスターに襲われて……本当に助かっちゃいました!」
 先ほど、セルペンの周りにあったボーッとした光は、月光花の光だったのだ。
「ボガラニャタウン? おれ達も、そのボガラニャタウンに向かってるんだけど」
「そうなんですか?」
 その時だ。
「おーい、テッちゃん!」
 上田と岡野がやって来た。
 岡野はまだ目をこすっている。
 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたのだ。
「なんかあったの?……誰、これ?」
「ああ、まあ、色々あってね」
 苦笑しつつ、石川はセルペンの方を見た。



 翌日、石川達はセルペンと共に、ボガラニャタウンに到着した。
 今はちょうどお昼ごろだ。
 旅の疲れこそそんなに出てはいないものの、石川達もぼちぼちお腹がすいてくる頃合いだった。
 という訳で、三人はまず腹ごしらえをしようと、セルペンに案内されて、町の一角にある食堂にやって生きていた。
 扉には「準備中」の札がかかっていたが、セルペンは構わずドアをノックする。
「メーさ〜ん、メーさ〜ん。起きてますかぁ?」
 そこから少し間をおいて、扉が開くと、中から長身の男性が現れる。
 ちなみに彼は人族だ。
「セルペンちゃんかい?」
 どうやら寝起きらしく、シャツの胸元がだらしなくはだけ、髪も乱れていた。
 しかし、その瞳は穏やかで、彼を見たもの全てに好印象を与える。
「そっちの子たちは?」
「私の命の恩人なんです。何かご馳走してもらえませんか?」
 男は「ふむ」と頷くと、扉を開けて四人を店内に招き入れるのだった。
「いいよ。残り物で良かったら、まだあるし」

 寝起きのだらしなさそうだった印象とは対照的に、男の仕事ぶりは早くて丁寧、かてて加えて、ほれぼれするような腕前を持っていた。
 溶き卵に半端な野菜とパンくず、ミンチ肉を混ぜ合わせて団子を作り、一晩寝かせたシチューに浮かべる。
 サラダにはベーコンの切れ端を乗せ、くず肉で作ったパティは、キツネ色に焼いた上からチーズを乗っけ、熱々のトマトソースをかける。
 チーズの欠片には、余ったパンを削って作ったパン粉をまぶし、カリカリに揚げる。
 食べ盛りの三人は、余り物が姿を変えたとは思えない、味も見た目もばっちりなホカホカの料理を、あっという間に平らげて見せた。
「そんなにいい食べっぷりだと、こっちとしても嬉しくなるね」
 三人の食いっぷりを見て、男がにっこりとほほ笑む。
「そう言えば自己紹介がまだだったね。私はメシアガ。メシアガ・リマッカだよ」
 その名前を聞いて、三人は顔を見合わせた。
「リマッカ……って事は、モーカさんやミオクさんの……?」
 今度はメシアガが目をぱちくりとさせた。
「実はおれ達……」
 モーカの親族だという事で、石川が切り出し、これまでの経緯を説明する。
 突然、雷にうたれて、この世界にやってきた事。
 元の世界に帰るために、旅を続けている事。
 おにぎり山でカイトを助け、モーカやミオクの計らいでブクソフカ大陸までやってきた事。
 メシアガと一緒に話を聞いていたセルペンは、悲しそうな顔をして言った。
「やっぱり、あちこちの魔族がおかしくなってるんですね……。セルペン、悲しいです……」
 セルペンにも、魔族の暴走の理由は分からない。
 しかし、このままでは人族と魔族の関係が悪くなるのは目に見えていた。
 彼女のように、地上で人族と仲良く暮らしている魔族にとって、それは非常に悲しい事だった。
 沈黙が辺りを支配する。
 その沈んだ空気を振り払うように、メシアガがポンと手を叩いた。
「そうだ、今、試作してる料理があるんだけど……味見してもらえるかな?」
「へ? あ、はい……」

 数分後、盆に乗った料理をメシアガが運んできた。
 それは上下に切ったパンで、パティや葉物野菜を挟んだ料理だった。
 パンの切り口にはトマトソースとマスタードが塗ってある。
 パンは軽くあぶってあるのだろう。香ばしい匂いが、部屋中に広がった。
「まだ名前は決めてないんだけどね……。どうかな?」
「わぁ、すごい。ちょっと豪華なサンドイッチみたいですねぇ。とっても美味しそうです」
 目をキラキラさせるセルペンだが、石川達の反応はまた違ったものだった。
「これって……ハンバーガーだよね」
「ハンバーガー?」
 聞きなれない名前に、メシアガはきょとんとなる。
「ちょうどおれ達の世界に、こんな感じの料理があるんですよ。気軽に食べられて、安いんで、あっちこっちにお店があって……」
「ふーん、ハンバーガーか……。決めた! その名前、もらっちゃおう!」
 かくして、トゥエクラニフ初のハンバーガーが世に出ることになり、その後メシアガの食堂の看板料理になるのだが、それはまた別の話。



 食事を終えた三人は、セルペンの案内で、ボガラニャタウンを回っていた。
「またおいでよ」
 メシアガは石川達を笑顔で送り出すと、夜の開店に向けての下ごしらえに取り掛かった。
 このボガラニャタウンは、ブクソフカ大陸の南側ではもっとも大きな町の一つだ。
 様々なお店も存在し、比較的大きな建物などもある。
 そんな街のメインストリートを石川達は歩いていた……のだが。
(困ったなぁ……)
 石川が小さくため息をつく。
 ため息の原因は、自分の左腕。
 歩き始めた時から、セルペンが石川の左腕に自分の腕を絡めて離れないのだ。
「あのさ、セルペンちゃん……腕組むのはやめない?」
 努めて優しく言った石川だが、途端にセルペンは泣きそうな顔になる。
「テッチャンさん、セルペンの事、嫌いになったんですか!?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「セルペンはテッチャンさんに助けてもらったです。だからもう、セルペンはテッチャンさんのものなんですぅ♪」
(あーあ……)
 石川は心の中で嘆息する。
 しかし、セルペンに対してそれ以上言う気力はとても無かった。
 どうやら、セルペンは石川に対して完全にホの字(死語)になってしまっていたらしかった。
 ちなみにセルペンが石川の事を「テッチャンさん」と呼んでいるのは、最初に上田達が「テッちゃん」と呼んでいるのを聞いて、彼の名前が「テッチャン」だと思ってしまったからのようであった。
 閑話休題――
 石川とて、ぼちぼち思春期な男の子である。
 ちょうど、クラスでも男は男同士、女は女同士で遊ぶような時期だ(余談ながら、上田はあまり抵抗なく、女子とも遊んでいたらしいが)。
 しかし、石川のそういう態度はセルペンにしてみれば悲しくなってしまう行為だった。
 二人の後ろで歩いている上田と岡野も、あきれるやら、にやにやするやら。
「テッちゃん、モテモテ〜♪」
「そうね……(そういう岡ちゃんも、頬にキスされて固まっちゃってたじゃんよ)」
(どうしたもんかなぁ……)
 ドッと疲れる石川だったが、それでも何とか説得して、手をつないで歩くことでセルペンを納得させた。
 ところで、今まで歩いている間、彼らはこんな不毛な会話に終始していたわけではない。
 セルペンから、様々な事情を聴いていたのである。
 この街が魔王スパイドルナイトの居城に近い事。
 ここ数カ月で突然モンスター達が凶暴になり、さらには一部の、強い力を持つ魔族の動向がおかしくなってきた事。
(おかしくなったのは“強い魔力を持った魔族”……どうなってんだ?)
 難しい顔をして歩いていた石川だったが、ふと、街の中心部にある銅像に目が留まった。
「ええええーっ!?」
 石川ばかりでなく、上田と岡野もその銅像を見て驚愕の声を上げる。
「ふえ!? どうしたんですか、テッチャンさん……?」
 その声に驚いたセルペンが、ハテナ顔で石川の方を向いた。
 銅像は、魔族の戦士の像だった。
 が、それは石川達にとって、非常に見覚えのあるものだった。
 屈強な体格に、二本の角が生えた隻眼の戦士――
「が、ガダメ……!?」
 そう、その銅像は、ガダメの像だったのだ。
「ふえ? テッチャンさん達、ガダメ様の事知ってるんですか?」
「ガダメ“様”……?」
「ガダメ様は、この街の市長なんです」
「えええええええ――っ!?」
 またしても、驚きの悲鳴を上げる石川達だった。

「そんな……信じられないです……」
 セルペンは心底ショックを受けたような顔でつぶやいた。
 四人は町の中央の広場にあるベンチに腰かけていた。
 そこでセルペンは石川から、以前彼らがブッコフタウンでガダメをはじめとする三魔爪と戦い、危うく殺されかけた事を聞いたのだ。
「ガダメ様は、本当に優しい方なのに……」
 セルペンがうつむく。
「…………」
 石川達も、セルペンがウソを言っているようには思えなかった。
 それに、街の人々にガダメの事を訊いてみても、返って来たのはみな好意的な評価ばかりだったのだ。
 いわく、人族と魔族を差別せず、平等に扱うだとか、税は住民の負担にならない程度でありつつも、公共福祉は充実しているだとか、まさに理想の市長といった様子であった。
「もしかして……その“力の強い魔族がおかしくなった”ってのが関係してるのかな?」
 腕組みをして、上田が言った。
 彼らがこの世界に来て最初に聞いた言い伝えや、旅の途中で聞いてきたこの世界の近況などを総合して導き出した答えだった。
「確かに、あいつら、根っからの悪人には見えなかったけどよ……」
 岡野も同意するように続ける。
「う〜ん、何か手掛かりでもあったらなぁ……」
 ベンチの背もたれにもたれかかり、空を見上げながら上田が呟く。
 それを聞いて、セルペンが思い出したように立ち上がった。
「そうだ! この街の東に、ボガラニャタワーっていう塔があるんです。ほら、あれです」
 セルペンが指さした先には、確かに七〇シャグル(約二四五メートル)ほどの塔が建っていた。
「あのタワー、あんなにおっきいのに、中に入るとお部屋が一つしか無いっていう、変なタワーなんです。それで、何かすごい秘密が隠されてるっていうのが、この街の都市伝説になってるんです」

「ひえーっ、でっかいタワー……」
 目の前にそびえる塔を見上げて、石川が感嘆の声を上げる。
 あれから四人は店に寄ってガタが来ていた武具を買い替え、ボガラニャタワーまでやって来ていた。
「福岡タワーと同じくらいだね」
「そうだな」
 上田の言葉に、岡野もうんうんと頷いていた。
「ほんじゃ、さっそく入ってみますか」
 四人は塔の正面にある大きな門から、中へと入っていた。
 セルペンの言った通り、中はだだっ広い部屋が一つあるだけだ。
 階段も何も無い。ただ、床は一面、ひび割れていたが。
「この床……こんなにひび割れてるけど、下に何かあんのかな?」
「オッケー、じゃ、ちょっと試してみるか。離れてて」
 上田は前に進み出ると、呪文を唱える。

 グー・ダッ・ガー・ハー・ゼイ・ロウ!
(大気よ、爆ぜろ!)

「爆裂呪文・ボム!」

 ドガガガガガァァァァァン!

 上田の掌からスパークに包まれた光球が床に向かって飛ぶ。
 しかし、床には何の変化もなく、変わらずヒビが入っているだけだ。
「読みが違ったかな……?」
 その時だ。
「皆さん、皆さん。ここの床だけ、ひびが入ってないです」
「えっ?」
 セルペンに呼ばれて三人がそっちの方を向くと、確かにそこの一角だけひびが入っていなかった。
 岡野が軽く床を拳で「コン、コン」と叩いてみる。
「なんかここだけ音が違うぜ」
「な〜るほど、そうか」
 再び上田が、そのひびの入っていない床に向かってボムの呪文を唱える。

 ドゴォォォォォォォォォン!

 爆発が晴れると、今度はその床下から、地下に向かって伸びる階段が姿を現したのだ。
「『灯台下暗し』ってやつか」
「よし、行ってみるか。……っと、セルペンちゃんは、ここで待ってて」
「ええっ!? セルペン、ここに置いて行かれちゃうんですか!? そんなの嫌ですぅ!」
「だってほら、モンスターが出たら危ないでしょ?」
 セルペンをなだめようとする石川だったが、セルペンは可愛らしい拳をグッと握りしめて言った。
「それなら大丈夫です。セルペン、こう見えても結構強いんです」
「って、昨日、モンスターに襲われてたじゃん」
「あの時は、いきなり襲われて反撃できなかったんです。油断さえしなければ、そこいらのモンスターなんてポポイのポイです! ね、だからお願い! テッチャンさん……」
 セルペンはあまりに真摯な瞳で訴えかけてくるため、石川も無下に扱う事は出来なかった。
 困った顔をして、上田達の方を向く。
「……どうする?」
「まぁ、そこまで言ってるんだし……」
「いざとなったら、守ってあげればいいんじゃない、ナ・イ・ト・様?」
「あのねぇ……」
 疲れ切った表情で、石川はコックリと頷いた。



 階段の先は、案の定、モンスターが徘徊するダンジョンになっていた。
 死体兵士やメタルプディング、メイジキマイラと言ったモンスター達が、一同を容赦なく襲撃してくる。
 だが、場数を踏み、さらに装備も整えた石川達は、モンスターを撃退していく。
 石川が手にしているのはコテツセイバー。
 つい先ほど、ボガラニャタウンの武器屋で買ったばかりの武器で、それは剣と言うよりも、日本刀に近い造りをしていた。
 青く輝く刀身は、何百回と斬りつけても、研ぎたての切れ味だ。
 そして――
「はあっ!」
 セルペンが振るった、蛇のような形をした鞭がモンスターを打ち据える。
 先ほどの言葉にたがわず、セルペンも三人に引けを取らない活躍を見せていた。
 セルペンが使っているのは、スネークウィップという魔族用の装備で、魔力を打撃力に変換できるという武器だ。
 言うなれば某『ドラ〇エ』の『理力の杖』のようなものである。
 この世界の“人間”は、人族と魔族に分かれている事は以前にも述べたが、人族は現実世界にいる地球人類とほぼ変わらない種族だ。
 ただし、魔力を有するためか、百歳を超えて生きるものも結構な数がいるなど、こちらの人間と若干の違いはあるが。
 魔族は名前の通り、人族よりも高い魔力を有している。
 その分、力や体力では人族に劣っているという特徴があった。
 生まれつき魔族として生まれてくるものと、動植物やモンスター、さらには器物が長い年月を経て、魔力を蓄えて誕生する者もいる。
 ちなみにセルペンやガダメ、ドクター・プラズマは前者、クレイやアーセン、エセヌ兄弟、ザミルなどは後者である。
 そう言った事情もあって、種族全体的に見て、魔法が得意であると見てもらっていい。
 まぁ、中にはガダメやザミルのような例外もいるが。
 セルペンも身体能力自体は上田よりも非力なのだが、そういった“魔族向けの武器”を使う事で、戦う力を得ているのだった。
 さらに彼女は、フレア系の呪文を得意としていた。
「へぇ〜、セルペンちゃん、本当に強いんだ……」
 セルペンの活躍ぶりに、石川が感心したように呟く。
 しかし、セルペンの方を向いていた一瞬のスキをついて、物陰から死体兵士が飛びかかって来たのだ。
「テッちゃん!」
 それに気づいた岡野が叫び声をあげる。
「わっ、しまった!」
 その時だ。

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!
(火の神よ、猛火の裁きを!)

「火炎呪文・メガフレアですぅ!」
 上田よりも早く、セルペンが呪文を唱え、彼女の掌から火球が飛んだ。
 石川にその剣が届く直前、死体兵士は火球の直撃を受けて吹っ飛ぶ。
「テッチャンさん、大丈夫ですか!?」
 セルペンが石川のもとに駆けてくる。
「ありがと、セルペンちゃん……」
 半ば放心状態で礼を言う石川に、セルペンは弾けるような笑顔を見せた。
「あはっ、今度はセルペンがテッチャンさんを助けられたです。セルペン、とっても嬉しいです!」
 モンスター達の襲撃も落ち着いて、一同はさらに塔の上階を目指して進んでいた。
「そう言えばさ、セルペンちゃん」
 階段を登りながら、石川がセルペンに聞いた。
「はい、なんですか?」
「ガダメって、この街の市長って言ってたじゃん? 最近も、この街で色々やってたりするの?」
「それが……数か月前から、姿を見せられなくなったんです。街の人達もそのことを心配してて……。だから、テッチャンさん達から話を聞いた時、余計に驚いちゃって……」
「なるほどね……」
 階段を登りきると、そこは最上階だった。
 広い部屋になっており、奥には玉座がしつらえてある。
 そして、それに座っていた人物は――
「久しぶりだな、少年たち」
 屈強な肉体を持つ、隻眼の魔族の戦士。
「ガダメ!」
 そう、ガダメであった。
 ガダメは玉座から立ち上がると、ゆっくりと石川達の方へ歩いていく。
「先日は油断したが……今回はそうはいかん。ここで決着をつけてやる」
「くっ!」
 それぞれの武器を構える石川達だったが、丁度その間に割り込むように、セルペンが立った。
「待って下さい、ガダメ様!」
 セルペンの姿を見て、ガダメがわずかに驚いたような顔をする。
「君は確か……セルペン・アナークだったな」
「私の事、ご存知なんですか?」
「私は、自分の収めている街の住人は全て把握している。特に、君達の一家は住人でも数少ない魔族だったからな。どくがいい。彼らはこの世界のためには、排除せねばならんのだ。この地上世界を我ら魔族が治め、浄化するためにはな」
「どうしてです!? 前のガダメ様は、そんな事、言いませんでした! どうして私たち魔族と、人族の人達が争わないといけないんですか!?」
 悲しそうな瞳で訴えるセルペンだったが、あくまでガダメは生真面目な表情を崩さずに言った。
「セルペン。この地上は、人族によって汚されているのだ。それを浄化するのが、魔王スパイドルナイト様と、スパイドルナイト様にお仕えする我らの使命なのだよ」
「そんな事ありません! 人族の人達は、とてもいい人たちばかりです! 私たち魔族と、共存出来ないなんて事ありません!」
 さらに訴えかけるセルペンだったが、石川の手がそれを制する。
「セルペンちゃん、いくら言っても無駄だよ」
「でも……」
「こっちに戦う気が無くても、向こうはヤル気満々みたいだ」
 石川の言葉通り、ガダメは得物であるクローを構え、飛びかかってくるところだった。
「行くぞ!」
「セルペンちゃん、下がって!」
 石川はセルペンを部屋の隅に押しやると、ガダメのクローをコテツセイバーで受け止める。

 ガキィィィィィィィィィィィィィン!

 火花が散り、辺りに耳障りな金属音が響き渡った。
 そこへ、岡野が上田の援護呪文と共に突進してくる。
「ちっ!」
 ガダメは石川を押し切ると、右手に握ったクローで上田のメガフレアを払い、左腕で岡野の飛び蹴りを防いだ。
「!」
「ふっ、あれからさらに出来るようになったようだな……」
 岡野の脚を左腕で受け止めたまま、ガダメが嬉しそうに笑みを浮かべて呟いた。
「だぁが! 最後に立っているのはこの私だ!」
「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ガダメが左腕を振り払い、岡野の身体が宙を舞う。
 何とか空中で体勢を立て直した岡野は地面に着地するが、その時には、ガダメが眼前に迫っていた。
「つあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ガダメが薙ぎ払った脚を、岡野はほとんど勘とでも言うべき動きでかわしていた。
 もしあと反応がコンマ一秒遅かったら、岡野の胴体は二つに分かれていたかもしれない。
 岡野は後方に飛んで、石川の近くに着地する。
 そこへ上田も走ってきて、三人は体勢を立て直すため、一度集結する。
「ちょっとやべぇな……」
「この間と、全然違う……」
 上田は前回のアイアンギガントの時のように補助呪文を唱えるが、ガダメが相手では、さほど役に立たないであろう。
 三人の顔に緊張が走る。
 と、ガダメの背後に、黒いオーラが立ち上っていた。
「なんだ、あれ……?」
 その正体が分からないまでも、このままでは危険だ、という警鐘が、盛んに三人の頭の中で鳴っていた。
「喰らうがよい、暗黒波動弾!」

 ヴァヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!

 ガダメが両腕を突き出すと、その掌から、暗黒の塊が飛び出した。
「!」
「いけない!」
 上田は慌ててプロテクトの呪文を唱える。
 三人の前に、光の防壁が現れた。

 ズヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「テッチャンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
 セルペンが絶叫する。
 激しい爆発が巻き起こり、やがて爆煙が薄れると、そこには石川達が地面に倒れ伏していた。
 プロテクトの呪文でかなり軽減できたとは言え、三人のダメージは相当なもののようであった。
「う……」
 三人の口からうめき声が漏れる。
 石川が顔を上げると、その目前にはガダメが立ち、爪を振り上げていた。
「ここまでだな。覚悟するがいい」
 観念した石川は、ギュッと目を閉じる。
 しかし、
「待って下さい!」
 その前にセルペンが立ちふさがったのだ。
「もうやめて下さい、ガダメ様! テッチャンさん達を傷つけないで!」
「セルペンちゃん、逃げて……」
 倒れ伏したまま、絞り出すように石川が言った。
 だが、セルペンはその場から一歩も動こうとはしない。
 その瞳には、大好きな人を守りたいという、強い意志が宿っていた。
「どけ、セルペン。彼らはこの世界のためには排除せねばならんのだ」
「どうしてですか!? テッチャンさん達は、悪い人たちじゃありません!」
「どけと言っているだろう!」
 いらだったようにガダメが右手を突き出すと、衝撃波が発生し、セルペンの身体が吹き飛ばされる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 吹き飛ばされたセルペンの身体が、床に叩きつけられた。
「セルペンちゃん!」
 三人は立ち上がると、石川と岡野がセルペンを庇うように立ち、上田はセルペンに駆け寄って回復呪文をかける。
「ガダメ、お前……!」
「何してんだ!」
 二人は鋭い目でガダメを睨みつける。
 前に戦った時は、ガダメ達は無関係なサクラを傷つけようとしなかった。
 それが今度は、セルペンに衝撃波を放ったのだ。
 そういう意味で、信用を裏切られた三人は、ガダメに対して怒りを燃やしていた。
 だが、その行動に対して、一番動揺していたのは、なんと他ならぬガダメだった。
 彼は愕然とした表情で、わなわなと自分の右手を見つめている。
「え……今、私は何をやった? 私は……何をしたんだ!? 私は……私はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 悲鳴に近い叫び声をあげ、ガダメは頭を抱えて苦しみだす。
 石川達も、その光景を呆然とした表情で見守る事しかできなかった。
「な、なんだ……?」
「どうなってんだ……?」
 ガダメは頭を抱え、苦しんだ表情のまま、キッと石川達を睨みつける。
「くっ……! 少年たちよ、勝負はお預けだ!」
 吐き捨てるように叫ぶと、そのままガダメの姿が、フッとその場から消え去った。



「やだやだ! セルペンもついて行きます!」
 街の出口で、セルペンが泣きじゃくりながらイヤイヤと首を振っていた。
 石川達が街を発つ事になって、彼女もついて行くと駄々をこねていたのだ。
「セルペンちゃん、わがまま言わないで」
「でもぉ……」
「セルペンちゃんにも、家族はいるでしょ? 家族を心配させちゃいけないよ」
「……はい」
 石川に諭され、セルペンはようやく頷いた。
「その代わり、全部終わったら、また会いに来るから」
「ホントですかぁ!?」
「うん、約束……」
 石川が小指を差し出すと、セルペンも小指を差し出して絡める。
「テッチャンさん……またね」
「うん!」

「いいの、テッちゃん? あんな約束して」
 歩きながら、上田が呆れたように言った。
「ん、大丈夫。何でか分からないけど、『絶対にまた会える』って感じたんだ」
「ふ〜ん……」
「……愛、ってやつ?」
 岡野の半ば呆れたような言い方に、思わず上田が苦笑した。
「さあ、行こう!」
 石川の声が元気よく響く。
 スパイドルナイトの居城は、もうすぐ先であった。

To be continued.


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