海底のロボロボ大パニック!

 ブクソフカ大陸は、前にも述べたように逆“コ”の字型の大陸だ。
 大陸の中心には大きな内海があり、さらに内海の西側もオーソレ山という、標高一五〇〇シャグル(約五二五〇メートル)級の山脈によってさえぎられており、実質、この大陸は南北で分断されたような形になっていた。
 オーソレ山には街道も、地図なども無きに等しく、大陸の南北での交通が内海を通ってのものしか無い事も、そのことを如実に表している。
 山の南側は、年中吹雪が吹き荒れる極寒の地だ。
 その麓に、吹雪に覆われる荘厳華麗な城があった。
 城壁は黒曜石で出来ており、吹きすさぶ嵐に溶け込んでしまいそうだ。
 スパイドルナイトの居城である。
 その城の一室。
 暗い部屋の中で、卓を挟んで二人の人物が座っていた。
 一人はこの城の主、スパイドルナイト。
 もう一人は、青いローブに身を包んだ人物だった。
 深々とフードを被り、三日月形の目と口が描かれた、道化師のような笑顔の仮面をつけている。
「……あなたの部下は、また失敗しましたね?」
 ローブの男が口を開く。
 その声には、どこかからかうような響きがあった。
 男の言葉に、わずかな怒りの色がスパイドルナイトの顔の上を通り過ぎる。が、ほんの一瞬だ。
「彼らは確実にここに近づいています。このままこの城に至るほどとなれば……」
「何が言いたい? 私では、この世界の掌握は力不足と言いたいのか?」
 怒りを押し殺したような様子のスパイドルナイトに、男は口元を手で覆い、愉快そうに笑い声をあげた。
「ほほほ、そうではありません。ただ、貴方に荷が重いと言うのならば、私がその役目を変わって差し上げても構わない、と言っているのです」
 あくまで楽しそうな調子で言う男に、スパイドルナイトの表情が歪む。
「いらぬ世話だ。この世界の浄化は、必ず我々が成し遂げる。貴様は魔界に引っ込んでいろ!」
「ほほほほほ、これは失礼。それでは、私はおいとまを」
 言葉が終わるか終わらないかのうちに、男の姿は闇に溶け込むように消えた。
 後には卓に座るスパイドルナイトのみが残っている。
 スパイドルナイトは椅子にもたれかかると、呟くように言った。
「この地上世界は必ず手に入れるさ……たとえ人族の者たちを皆殺しにしても……」



 さて、スイゾク村に到着した石川達は、一通り村を見て回っていた。
 このスイゾク村は、水上コテージが寄り集まったような造りをしており、道は水上に作られた橋だ。
 村の真下に広がる海は青く、透き通っており、海底は大人であれば足が付くほど浅い。
 その海を、この世界の魚の群れがのんびりと泳いでいる。
 気候も温暖であり、現実世界で言うタヒチやモルディブのような場所だった。
 事実、世界に異変が起きる前は、ブクソフカ大陸の南北を結ぶ拠点という事もあって、年中各地からの観光客でにぎわっていたらしい。
「こうしてると……なんか世界が危ないってのがウソみたいだね」
 周囲を見回しながら、石川が呟いた。
 村はいたって平和で、通りを歩く人々の表情にも暗さと言ったものはない。
 空は青く、旅の最中でなければのんびりバカンスでも楽しみたくなるような村だ。
 日も高くなってきた頃合いだったので、三人は近くにあった食堂で昼食を取った。
 水上の村という事で、この村の名物は魚料理だった。
 また、海上輸送の中継地点という特性上、大陸の南北から様々な物資も運ばれてくることもあって、魚以外の料理も充実していた。
 細切れにした魚肉に刻んだ野菜を混ぜ合わせて、フルーツソースで和えたものやら、ザコの身の入った、チーズとクリーム仕立てのリゾットやら、カルパッチョやら。
 元の世界では食べる機会も無い珍しい料理に、三人は舌鼓を打つ。
 デザートはトロピカルフルーツを包んだクレープで、三人はパンパンになったお腹を撫でさすった。
「ああ、美味しかった。満足満足、ご馳走様♪」

 食事を終えた一同は、今夜の宿を探す事にして、通りを歩いて行った。
 その時だ。
「いいよ、もう頼まない!」
「なんだ!?」
 怒鳴り声が響き、前方にあった酒場から、一人の少年が飛び出してきた。
 年の頃は石川達と同じくらいで、腕や頭などに包帯を巻いている。
 我慢できなくなったのか、悔しそうな表情を浮かべ、少年は思い切り地面を踏みつけた。
「くっそう! なんだよ、みんな臆病なんだから……」
「あの〜……」
「なに!?」
 声をかけられて、少年は石川達の方を向いた。
 その姿を認めると、少年は三人をじろじろと見ながらハテナ顔で言った。
「……見ない顔だね。あんた達、旅の人?」
「まぁ、そうだけど。何かあったの?」
「実は、おれの妹が……メールがさらわれたんだ! ドクター・プラズマの奴に!」
「ドクター・プラズマ?」
 今度は三人がハテナ顔になる番であった。



「プププププププププププ〜ラ〜ズ〜マ〜!」
 広間に独特な笑い声が響き渡る。
 それは傲慢さと過剰なる自信、さらに執念深さを感じさせる。
 そこは、この世界の雰囲気には異様に不似合いな部屋だった。
 室内のいたるところに機械類が置かれ、SFチックなモニターやらコンピューターが機械音を立てている。
「憎い! あ〜、自分の才能が憎い! 私は天才だーっ! 天才なのだーっ!」
 広間に立って叫んでいるのは、魔法使いのローブのような白衣に身を包んだ男であった。
 病的なまでに神経質そうな顔で、瞳には狂気の色が浮かんでいる。
 部屋の隅には一人用の牢屋があり、中に一人の幼い少女が入れられていた。
 恐怖のためか、真っ青な表情をしている。
 顔立ちがあの少年に似ているところを見ると、彼女こそがさらわれたメールであろう。
 となると、今、歓喜に打ち震え、叫んでいる人物が――
「そう、私はドクター・プラズマ! スパイドル軍最大にして最強の、いや、史上最高の機人形技師(メタルゴーレムマスター)だーっ!」
 メタルゴーレム――かつて魔界には土や岩石などの人形に仮初の生命を与え、ゴーレムとする技術があった。
 だが、今から五百年ほど前にゴーレムの主な産地であったアカツチ村が滅ぼされて以来、その技術はほぼ失われてしまっていた(詳しくは『ファインドクエスターズ外伝 哀しみの土人形』を見てね)。
 しかしながら、その失われた技術をこの世界にも存在する科学技術で代替・再現しようと研究を重ねている者たちがいた。
 その甲斐あってか、彼らはわずかながら魔力を動力とした機械人形――現実世界で言うロボットとほぼ同じものだ――を製作できるようになっていた。
 それら、機械で作られたゴーレムの事を人はメタルゴーレムと呼んでいた。
「私の腕はすでにかつてのゴーレムマスター達をも超えた! あ〜、何という才能なのだ! 私は怖い! 自分の才能が怖い!」
 ドクター・プラズマは完全に自分に酔っていた。
 ざーとらしいまでに苦悩の表情を取りながらも、顔は嬉々として輝いている。
 彼の真正面に、全高三シャグル(約一〇メートル)ほどのメタルゴーレムがあった。
 黒く重厚な、金属的な装甲を持つ、巨大な甲冑のような外見のメタルゴーレムだ。
 ドクター・プラズマはそのメタルゴーレムにすり寄ると、スリスリと頬を装甲に撫でつけながら愛おしそうに叫んだ。
「あ〜、この光沢! この金属的な冷たさ! たまらん! たまらん! これこそがメタルゴーレムの醍醐味でなくてなんだと言うのだ! ぐへへへへへへ……」
 かなり、いや究極的に危ないヤツだった。
 こんなのしかいないのか、この世界には……。
 不意にドクター・プラズマがメールの方を見る。
 ビクッと身を縮み上がらせたメールのもとにドクター・プラズマはつかつかと歩み寄ると、その笑みを増々強くして言った。
「喜びたまえ。キミは人間をメタルゴーレム化するという偉大な実験の、栄えある第一号に選ばれたのだ。私が必ずや、史上最強のメタルゴーレム少女に改造してあげよう!」
「…………」
 メールは恐ろしさと嫌悪感で声も出ず、大粒の涙をこぼしてうつむくのみだった。



「ふ〜ん、機人形技師(メタルゴーレムマスター)ねぇ。そんな奴がいたんだ」
 ドクター・プラズマの説明を受け、石川がうなずいた。
 あれから石川達は、宿を見つけ、そこで少年の介抱をしていた。
 少年はこの村の住人で、名をオセアンという。
 オセアンとメールの兄妹は、この村で両親と共に暮らしていたのだが、ある日、漁で海に出た際にメールがドクター・プラズマにさらわれ、止めようとしたオセアンと父親は、彼のメタルゴーレムに返り討ちにされてしまったのだという。
「それで、この町の酒場にいた戦士達に頼んでみたんだけど、みんな相手にしてくれなくて……」
 悲しそうにオセアンがうつむいた。
「なあ、あんた達、強いんだろ!? だったら、メールを助けてくれよ! このままだと、メールはあの恐ろしい奴に機械にされちまう!」
 三人は顔を見合わせると、こくりと頷いて言った。
「オッケー、任せといて。そのドクター・プラズマって奴をぶっ飛ばして、必ずメールちゃんは助けてやるから!」
「本当!?」
「ああ」
 パッと破顔したオセアンに、石川達も笑顔を見せる。
 石川達も家族と離れ離れになってしまっている身であるし、困っている人間がいるのに見捨てていけるほどスレた性格の持ち主ではなかった。

 そんなわけで、石川達は、スイゾク村から少し離れたところにある、ドクター・プラズマの研究所に来ていた。
 オセアンもついて来ようとしたのだが、重傷の身では足手まといになりかねないという事で、半ば強引に置いて行かれてしまったのである。
 研究所は、小さな小島の上に建てられた小屋のようだった。
 島は子供の足でも、五分もあれば一周できるほど小さい。
「ここが研究所……?」
 研究所と言うよりもただの小屋と言った方がふさわしい建物を見て、石川が絶句する。
 扉はあるが、ガッチリと閉じられており、取っ手も無い。
「えーと、確か開けるには……」
 岡野がオセアンから聞いた合言葉を思い出し、扉の前に進み出る。
 ちなみに何故オセアンが合言葉を知っているのかというと、さらわれたメールを追いかけてきたものの、この建物にドクター・プラズマ配下のゴーレムが入ったところで力尽きてしまったからだという。
「確か……トントン! パンパン!」
 扉の前で岡野が叫ぶが、扉は全く開く気配も無い。
「違うよ岡ちゃん、えーっと……タタンタンタン、トンパントン!」
 進み出た上田が扉の前でタップを踏み、手を打ち鳴らす。
 すると、

 ウイーン……

 自動ドアのごとく、扉がすっと開いた。
「よし、行こう」
 石川を先頭に、三人は小屋の中に入っていく。
 小屋の中は地下へと続く階段があるのみだ。
 慎重に降りて行くと、そこはごく普通の部屋だった。
 家具や本棚などが置いてあるが、床にはゴミや本などが散らばっている。
「なに、これ……?」
「普通の部屋だよね……?」
 周囲を見回し、三人はハテナ顔になる。

 一方で、三人の侵入はドクター・プラズマに察知されていた。
 ドクター・プラズマは、部屋の様子が映し出されているモニターを見て笑みを浮かべる。
「ふふふふふ……この私の研究所に忍び込むとはいい度胸だ。だが、貴様らのような子供ごとき、私のパズルを解くことが出来るかな……?」

 三人は一通り部屋を調べてみた。
 部屋は三人が入って来た階段以外に出入り口は見当たらない。
「一体どうなってんだ……?」
 頭をポリポリとかきながら、岡野が怪訝な表情で言った。
「出口が見当たらないなんて……どこかに隠し扉でもあるのかな?」
 石川も壁や床を調べてみたが、扉らしきものは見つからなかった。
 その時だ。
「ん……?」
 なにかに気づいたように、上田が声を上げる。
「どしたの、上ちゃん?」
「何か見つかった?」
「あの額縁……曲がってる」
 上田は壁に立てかけてある額縁に近寄ると、傾きを真っすぐにする。
 それを見て、石川と岡野はズッコケた。
「なんだそりゃ……」
「そう言えば上ちゃんって、結構細かかったっけ……」
 汗ジトになる二人だったが、その途端、部屋を軽く振動が覆う。
「!?」
 そして、何もなかったはずの壁に、うっすらと扉のようなものが浮かび上がったのだ。
「これって……」
「もしかして……」
 何ごとか思いついた石川が、床に散乱していた本を本棚に戻す。
 すると、浮かび上がっていた扉がさらにはっきりと表れてきた。
「分かったぞ。この部屋、綺麗に整頓すると出られるようになってるんだ!」
「つまり片付けろってか。変な奴だな、ここのドクター……」
 三人は手分けして、部屋を片付ける。
 ごみをゴミ箱に捨て、衣類をタンスに直し、ソファーをきれいに並べる。
 入ってきた時から見違えるように部屋の中が綺麗になると、壁に浮かび上がっていた扉がスッと開き、通路が現れた。

「ほほう、なかなかやるではないか」
 三人がパズルを解いたのを見て、ドクター・プラズマは感心したように呟く。
「ならば、これならばどうかな!?」
 ドクター・プラズマがスクリーンに向かって手を掲げる。
 するとスクリーンがぼうっと淡い光を発した。

 床も壁も天井も総鉄板張りという、機械的な廊下を石川達は進んでいた。
「むっ!」
 刺客の気配を感じ、三人が立ち止まる。
 通路の向こうから、数体の人間サイズのメタルゴーレムが現れた。
 四角い箱型のボディに、円筒型の頭部。
 ジャバラ式の腕と足。手は右側がドリル、左側が金づちで、何となく郷愁を感じさせるアンティック(?)な造りをしている。
 ほとんど昔のオモチャのロボットだった。

 ガシャ、ガシャン、ガシャン!

 メタルゴーレム達は、うっとうしい音を響かせながら迫って来た。
 石川と岡野は戦闘態勢をとるが、上田は感激したように立ち尽くしている。
「うわぁ、本物のロボットだぁ……。すっごぉい……」
「て、おい、上ちゃん!」
「敵だよ敵!」
「あっと、そうだった……」
 二人の声を聞いて我に返った上田も、両手を構えて呪文を唱えた。

 ゼー・レイ・ヒーラ・ヴィッセル!
(閃光よ、閃け!)

「閃光呪文・バーネイ!」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 上田の掌から帯状の炎が飛び出し、メタルゴーレムを包み込む。
 まさに、

 シュッ!

 という一瞬だった。
 床は黒焦げとなり、メタルゴーレム達のボディは炭化して一気に崩れ落ち、ゴールドへと姿を変える。
「やるじゃん、上ちゃん」
「へへっ、機械の弱点は熱だと思ってさ」
 上田は得意そうに鼻をこすって笑った。



「おのれ、おのれ、おのれ! よくも我が最愛のマシンを破壊してくれたな!」
 先ほどまでの余裕の態度とは打って変わって、ドクター・プラズマの額に血管が浮き上がってくる。
 自慢のメタルゴーレムを破壊された事が、よほど悔しかったらしい。
「小僧共め! ギッタンギッタンのケチョンケチョンにしてやるぞう!」
 再びドクター・プラズマの手に反応して、壁のモニターが白く輝いた。

 三人はさらに奥へと進んできていた。
 その三人の前に、新たな刺客が現れる。
 先ほどのメタルゴーレムに加え、全身タイツのようなボディに、簡素な装甲をつけたアンドロイド。
 重装甲に身を包み、魔法ライフルで武装したパワードロイド。
「もう次が来たか!」
「よし、一気に突破しようぜ!」
「おーっ!」
 勢いづいた石川達は、敵の真っただ中へと突っ込んでいく。
 襲い掛かってくるマシンモンスター達を蹴散らしながら、三人は広い部屋へとたどり着いた。
 部屋の中央には三シャグルほどの機械製の塔が建っており、塔の真ん中にはモニターのようなものが付いていた。さらにモニターには、ポリゴン調の顔のようなものが表示されている。
 下の部分には、タコのような機械製の触手が何本も生えている。
「これは……」
 その時、どこからかドクター・プラズマの声が響き渡った。
<プププププププププププ〜ラ〜ズ〜マ〜! そこの小僧どもよ! このドクター・プラズマの誇る究極のマシンモンスター『ガードシステム』に勝てるかな!?>
「ガードシステム!?」
 その途端、ガードシステムが触手を振り上げて襲い掛かってくる。
「うわっ!」

 バキィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

 振り下ろされた触手を、三人は慌てて避ける。
 ほんの一秒前まで三人がいた場所には、半径一メートル以上の巨大な穴がポッカリと開いていた。
「このぉ!」
 石川達は三方からガードシステムに攻撃を加えようとするが、ガードシステムはその動きをことごとく読んで触手を振り回してくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 触手が振り下ろされた衝撃で、石川が倒れ込んだ。
「テッちゃん!」
「……くっ、どうして、おれ達の動きがわかるんだ!?」
<プププププププププププ〜ラ〜ズ〜マ〜! ガードシステムは瞬時に相手の能力を読み取り、相手の動きを計算する。この優れた計算能力を持つガードシステムに負けは無い!>
「ふ〜ん……計算能力ねぇ」
<ガードシステム、彼らに引導を渡してやれ!>
 ガードシステムがゆっくりと触手を振り上げる。
 そのガードシステムに向かって上田が叫んだ。
「おい、お前! 円周率はいくつだ!?」

 ガヒ……

 ガードシステムのモニター部分に映った顔の目が、チカチカと点滅する。
 上田の言葉につられて、ガードシステムが計算を始めたのだ。
 けれど、円周率と言えば――

 3.14159265358979323846……

 そう、永遠に終わりはないのだ。
<しまった!>
「へっ、機械だってマヌケなもんだね! テッちゃん!」
「オーケー!」
 石川と上田は、印を組んで呪文を唱える。

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!
(火の神よ、猛火の裁きを!)

「火炎呪文・メガフレア!」

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 業火がガードシステムに直撃し、オーバーヒートを起こしたガードシステムは大爆発を起こした。



「おのれぇ、おのれぇ、おのれぇ、おのれでガッデム!」
 ドクター・プラズマの額にまたも血管が怒りのために浮き上がっていた。
「こうなったら、私自らが相手になってくれるわ!」
「ふ〜ん、面白いじゃん」
 声に驚いてドクター・プラズマが振り向くと、そこには石川達が立っていた。
「お邪魔してま〜す!」
「出おったな、小僧ども! だいたい貴様らのような人族はこの世界に不要! この世界の純粋な発展は我ら魔族によりなされなければならぬのだ。それを貴様らのように非力で寿命も短いくせに、繁殖能力だけは高い人族の存在で、この世界は人族どもがはびこる世界となってしまった! このような事態を打開するために……ん、ん、ん!? こらっ、何をしとる!?」
 ドクター・プラズマが一人演説ぶっている間に、石川達はそれを無視して、さっさとメールを助け出していた。
「大丈夫?」
「あ、あの……あなた達は?」
「オセアン君に言われて、君を助けに来たんだよ」
「まあ!」
「さて、バカはほっといて帰ろう! お兄ちゃんも心配してるからね」
<人の話を聞かんか!>
「んっ!?」
 くぐもった声に、石川達がそちらを向くと、そこにあったのはあのドクター・プラズマが誇っていたメタルゴーレムだった。
 中にドクター・プラズマが乗っている。
 石川がキッとそちらを睨みつけて言った。
「なんだよ、どうしてもやるのか?」
<フフフフフ……魔界科学のすばらしさ、この史上最高の機人形技師(メタルゴーレムマスター)、ドクター・プラズマが教えてやるわ!>
 メタルゴーレムのコクピットでドクター・プラズマは叫ぶと、赤と青い色をした二つの歯車を取り出し、セットする。

 ギガエンジン! ギガリモコン! ジャンキー合致!

「起動! ポチッとな」

 ヒーハー!
 ウィィィィィィィィィィィィィィィィィィン……

 ドクター・プラズマがコクピットのボタンを押すと、メタルゴーレムの目に光がともり、動き出したのだ。
「これでも喰らえ!」

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!

「火炎呪文・メガフレア!」
 先手必勝とばかりに、上田がメタルゴーレムに向かってメガフレアを放つ。
 が――
「なにっ!?」
 なんという事か。上田の放ったメガフレアは、メタルゴーレムのボディに吸収されてしまったのだ。
<プププププププププププ〜ラ〜ズ〜マ〜! これぞ我が最高傑作! マシンモンスター・ガードシステムをも超える超ウルトラハイパーグレート究極メタルゴーレム、その名も『アイアンギガント』だっ! このアイアンギガントを覆った“吸魔鋼(アランジュメタル)”は、あらゆる魔法を吸収する! しかも、オリハルコンにも匹敵する強度をも備えているので、中に乗っている人間に攻撃を加えることなど不可能なのだ!>
「ちっ、けったいなもん作りやがって!」
<人族など所詮必要ないものだと、今、証明してみせよう!>
 アイアンギガントが動いた。
 凄まじいスピードだ。

 ドカッ!

「うぐっ!」
 アイアンギガントの腕に弾き飛ばされ、岡野は床に転がった。
「岡ちゃん!」
<フハハハハハハハハハ! どうだ!?>
「くっ……」
 上田が両手をかざすが、石川と岡野がそれを制止した。
「待った。上ちゃんは下がってて」
「あいつに魔法が効かないってんなら、いくら撃ったって無駄だろ」
 上田が唇をかむ。
 実際、相手に魔法攻撃が効かないとなれば、上田に出来るのは後方支援だけだ。
「だったら、せめて……」
 上田は早口で呪文を唱え、石川と岡野に補助呪文をかける。
「攻撃力を上げるアタッカップ、守備力を上げるハード、素早さを上げるファストをかけたよ。これで少しは戦いやすくなると思う」
「オッケ!」
「ありがと!」
 上田の補助呪文で身体能力を強化された石川と岡野は、アイアンギガントに立ち向かっていった。
<フハハハハハハ! 無駄だ無駄だ!>
 だが、それでもアイアンギガントと互角に渡り合うには厳しかった。
 石川の剣も、岡野の拳も、その吸魔鋼のボディに決定打を与える事が出来ないのだ。
「かってぇ〜……。アイツ、こないだのザミルより硬てぇぞ」
 岡野がしびれた手首をフルフルと振りながら言った。
 石川の剣も、硬い金属に斬りつけ続けたためか、刃こぼれを起こし始めていた。
<さあ、今、引導を渡してやろう!>
 アイアンギガントが両手を振り上げる。
「クッ……」
 石川と岡野が歯を食いしばる。
 そこへ――
「こうなったら、イチかバチかだ!」
 飛び込んできたのは上田だ。

 ゼー・レイ・ヒーラ・ヴィッセル!

「閃光呪文・バーネイ!」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 上田の掌から帯状の炎が飛び出す。
「上ちゃん!?」
「バカ、アイツに呪文は聞かないって……」
「いいから見てて!」
 業火はアイアンギガントを包み込むが、中に乗っているドクター・プラズマは涼し気だ。
<バカめ、このアイアンギガントに呪文は効かないと言っただろう。学習能力の無い小僧だな!>
 しかし上田は、またも呪文を唱える。

 アース・ウェーバー・ガーゴ・グー!
(氷の風よ、凍結させよ)

「吹雪呪文・フロスト!」
 上田の右手から、雹(ひょう)を伴った冷風が飛び出した。
 フロストで巻き起こされた吹雪は、アイアンギガントのボディを包み込む。
<何の真似だ? 無駄な事はやめて、早いところ観念した方が利口というもの……ん!?>
 相変わらず余裕の表情を崩さないドクター・プラズマだったが、ふと、その顔が怪訝なものに変わる。

 ピッ……ピシッ……

<な、なんだと!?>
 見れば、アイアンギガントのボディに、細かいヒビが入り始めたのだ。
「どうなってんの?」
 石川と岡野が顔を見合わせる。
「温度差だよ! 冷たいコップにいきなり熱湯を入れると割れちゃうように……バーネイの高温とフロストの低温が、ヤツの装甲を脆くしたんだ。魔法力そのものは吸収できても、それで発生した熱までは吸収できないって思ったんだけど、成功したみたいだね!」
 ニッと笑みを浮かべて上田が言った。
<バカな!>
「岡ちゃん、今のうちに!」
「よぉし、爆裂拳!」

 ダガガガガガガガガガガガガガガガガガ!

 マシンガンのように岡野の拳が飛び、アイアンギガントの装甲はあっという間に砕け散った。
「チャーンス! これなら魔法を吸収する事も出来ないだろ!」
 上田が一気に魔法力を高める。

 グー・ラ・グー・レイ・グーラ・スリー!
(あらゆる全ての物体に地震が起きよ!)

「激震呪文・クエイク!」
 茶色い光がアイアンギガントを包み込む。
 凄まじい振動で相手を攻撃する強力な攻撃呪文、クエイクだ。
 恐るべき震動がアイアンギガントのボディを襲い、ボディは一気にひび割れた。
<うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 ドクター・プラズマの悲鳴が響き、アイアンギガントは大爆発を起こした。
 煙が収まると、黒コゲになったドクター・プラズマが倒れていた。
「て、天才機人形技師のこの私が……」
 そんなドクター・プラズマを見据えて、上田が冷ややかに呟く。
「何が天才だ。あんたは甚だしい勘違いをしてる。『アイアン』は英語で、『ギガント』はドイツ語だ」
「だめだ、こりゃ……ガクッ」
 今、ここに一つの悪が滅びたのだ!



「本当に有難う!」
 妹と感動の再開を果たしたオセアンは、石川達に深々と頭を下げる。
「本当に、なんてお礼をしたらいいか……」
「ああ、いいのいいの、気にしないで」
 石川が屈託のない笑顔で手を振る。
「それより、おれ達、南のボガラニャタウンに行きたいんだけど、ここからボガラニャタウンに行く船ってあるかな?」
 それを聞いて、オセアンの顔がパッと明るくなった。

「だったら、ウチの船で送らせてくれよ! 漁船だけど、スピードは速いんだぜ!」
 こうして、石川達はいよいよボガラニャタウンに向けて出発した。
 スパイドル軍との決戦の日も、着々と近づいているのだった。

To be continued.


戻る