SOSタイタオニク号! 海上のメロディ?

「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 青空に悲鳴を響かせながら、石川達はものすごいスピードで落下していた。
 油断していたところを、マーグの最後のあがきで、天上世界から落とし穴で放り出されたのだ。
 三人は落下しながら、ますますそのスピードを上げていく。
 天上世界から地上への距離は、おおよそ一〇〇〇シャグル(約三五〇〇メートル)。
 眼下にはブクソフカ大陸の内海が見えるが、下が水面だろうと関係はない。
 この高さから水面に叩きつけられたら即死であろう。
 着水の瞬間、水はコンクリートよりも固くなる。
「こここ、こうなったら……テッちゃん! 岡ちゃん!」
 落下しながらも、上田が手足をバタつかせ、石川と岡野の腕をつかむ。

 ソル・モー・ベール・ズ!
(羽よりも軽くならん)

「飛翔呪文・フライヤー!」
 上田がフライヤーの呪文を唱えると、ガクンと三人の身体が空中で静止した。
 イチかバチか、上田が自分の飛翔呪文に賭けたのだ。
「ふぃぃぃぃぃ……助かった」
 石川がほっとしたように、自由に動かせる方の腕で額の汗をぬぐう。
 が。
「……重い」
 上田の口からポツリと言葉が飛び出し、二人の目が点になる。
 冷や汗を垂らしながら、石川と岡野はぎこちない表情で上田の方を向いた。
「え……?」
「なんて……?」
「重いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!

 その途端、三人の身体は再び落下を始めた。
 やはり、飛翔呪文では三人分の体重を支え切れなかったのだ。
「上ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「ごめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
「落ちるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
 三者三様の悲鳴を上げつつ、一同は真っ逆さまに落ちていく。
 そして……

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 やがて、三人は地面に激突した。
 いや、そこは地面ではなかった。
 それは巨大な船の甲板だったのだ。
 軽く見積もって全長二八五シャグル(約一キロメートル)はあり、現実世界の空母より、はるかに巨大だ。
 船の後方には城のような艦橋が建っており、特徴的なのはその天辺だ。
 直線部分で向かい合った、二つの半円状のモニュメントが備え付けられていたのだ。
 ちょっと見ると、それはハサミの刃部分に見えなくもない。
 船の前方には、船内に降りる階段が備え付けてあった。
 石川達は、甲板の上で目を回している。
 飛翔呪文で落下の勢いをかなり軽減できたようで、三人とも気絶こそしているものの、命には別状は無さそうだった。
「なんだ、今の凄まじい音は……?」
 そこにやって来た人影がいる。
 ラフな船乗りの服装に身を包んだ、見事な赤い髪のショートカットの少女だ。
 年齢は十歳前後といったところか。
 目が大きく、そこには気の強そうな意志の光が見える。
 ボーイッシュなその顔はネコ科のヒョウを思い起こさせた。
 少女は足元に倒れている石川達を見た。
 三人とも、まだ意識が無い。
 少女は怪訝そうな顔をすると、人を呼んで三人を船内に運んでいくのだった。



「うっ……うう……」
 ゆっくりと岡野は目を開けた。
 視界には、木製の天井が広がっている。
「ここは……」
 ゆっくりと半身を起こす。
 どうやら、自分がベッドに寝かされていたらしいと気づくまで、そんなに時間はいらなかった。
 横のベッドには、同じように石川と上田が寝かされている。
 二人ともまだ、目覚めていないようだった。
 そこはそんなに広くない部屋で、彼らが寝ているもの以外にも何台かベッドが並んでいる。
 壁も床も木製だ。
 どうやら寝室のようであった。
 その時だ。
「あ、気が付いたかい?」
 部屋の入口の方から声がして、岡野はそちらの方を向いた。
 そこに立っていたのは例の少女だった。
 手には水やらタオルの乗った盆を持っている。
「三日も起きないから、心配したんだよ」
「ここは……あだだだ!」
 ベッドから立ち上がろうとした岡野だったが、全身に痛みが走る。
 いかに肉体が強化された岡野といえど、落下の衝撃はかなりのダメージを与えていたらしい。
「無理すんなよ、寝てなって」
 そんな岡野を制して、少女はベッドの脇に腰掛けると、盆を傍らの机に置いた。
「ここは“タイタオニク号”の中だよ。あたしはオータムソード・フィッシュ。オータムって呼んでくれ」
 さばさばとした調子で、少女が自己紹介した。
「おれは岡野。岡野盛彦ってんだ」
「へぇ〜。変わった名前だね」
 この世界に来て何度目になるかわからないセリフだ。
 不思議そうな顔をするオータムに、岡野は苦笑を浮かべる。

「そっか……。あんた達、なかなか大変な目に遭って来たんだな」
 岡野からこれまでの話を聞いて、オータムは腕組みをしたまま唸った。
 その頃には、石川達も目を覚ましていた。
 このタイタオニク号は、船内に町を備えた、言わば移動都市のような船だった。
 船の後部にあった艦橋部分は工場も兼ねていて、生活用品を生産しては、それを各地に販売しているというのだ。
「それで、このタイタオニク号って、一体どこに向かってるんだ?」
 岡野の問いに、オータムは悲し気な表情になって言った。
「どこにも……向かってはいないんだ」
「?」
「実はこの船、闇騎士に乗っ取られてるんだ。あの、“双刃騎士ザミル”の奴に!」
 悔しそうに拳を握り締めて、オータムが叫んだ。

 丁度その頃、タイタオニク号の艦橋、その船長室にはクレイが訪れていた。
 エセヌ兄弟が敗北したこと、そしてその後、石川達が地上に落とされたという報告をエセヌ達の配下から受けたクレイは、急いで彼らの足取りを追った。
 その結果、彼らがこのタイタオニク号に偶然落下したという事を突き止め、急ぎやって来たという訳である。
 室内には海図の他、操舵輪やその他さまざまな航海機器が備えられてある。
 そして、本来船長が座るべき椅子には、一人の闇騎士が座っていた。
 全身を鎧で固め、頭部はまん丸で、鼻や口は無く、中央にレンズ状の単眼が光っていた。
 頭部からは二本の刃が伸び、それこそまるでハサミのような顔をしていた。
 彼こそ、オータムが言っていた闇騎士、ザミルであったのだ。
 タイタオニク号を乗っ取ったザミルは、工場を兵器工場へと変貌させ、船を移動要塞へと改造するために、乗組員達を捕らえて働かせていた。
「……っちゅー訳や、ザミルはん」
 クレイがこれまでの経緯を、ザミルに語って聞かせる。
 話を聞いたザミルは、単眼を光らせて言った。
「クレイ様、そういう事なら、ワシに任せぇや! その小童ども、ワシがこのハサミでシバいちゃるけぇのぉ! はぁ〜チョッキンチョッキンチョッキンなーじゃ!」
 頭部のハサミを開閉させながら、威勢よくザミルが叫んだ。
 その豪快さに、クレイは思わず笑みを漏らす。
「今度こそ、あいつらもおしまいやな……」



 それから三日もしないうちに、石川と岡野は完全回復して、船の雑用なども手伝っていた。
 上田はと言うと、目が覚めてから回復呪文を連続使用したため、魔法力が尽きてしまい、ベッドの上で寝込んでいたのだった。
「はー……。こりゃ、早いとこヒーレストまで覚えなきゃねぇ……」
 額に濡れタオルを乗せて、上田が呟いた。

「じゃあ、あんた達って強いんだね?」
 横でボックスヘッド(約二二〇〜二五〇リットル入り)サイズのタルを担いでいる岡野に、オータムが話しかける。
 十歳の子供が大人でも担げないようなタルを担いでいる姿は、すれ違う人間が一様に振り返るほどには驚くべき光景だった。
「ん〜、まぁ……」
 注目を浴びるのはあまり嬉しくない岡野は、ポツリと呟くように答える。
「それだったら……」
「やめなよ、お姉ちゃん」
 何ごとか言いかけたオータムを、横にいた七歳くらいの少年が制する。
 彼は青い髪をしていて、顔つきがオータムによく似ていた。
 オータムの実の弟で、ブルー・フィッシュという名前だった。
 オータムはムッとした表情になって、ブルーに言い返す。
「ブルー、お前は悔しくないのかい? このままタイタオニク号を乗っ取られたままで! このままじゃ、父さんも帰ってこないんだよ!?」
「でも……」
 表情を曇らせて、ブルーがうつむく。
 彼ら姉弟の父親、ハード・フィッシュもまた、ザミルに捕らえられ、工場で働かされているらしかった。
「それじゃ……」
 樽を床に置いて、岡野が二人の方を振り返る。
「そのザミルって奴、おれ達が懲らしめてやるよ。助けてもらったお礼もしたいし」
「本当かい!?」
「ああ、任せときな」
 ニカッと白い歯を見せて、岡野が笑った。

 翌日、魔法力もすっかり回復した上田を加えた一同は、装備を整えてタイタオニク号の艦橋へと向かった。
「でもさ……」
 上田がちらりと振り返る。
 なぜかそこにはオータムもいた。
「なんでオータムさんも来てるの?」
「何でって、あんた達にばっかり任せる訳にいかないだろ! こう見えても、あたしはこの船で一番の拳士なんだ! まだ、誰にも負けた事が無いんだよ」
 パシッと指ぬきグローブをはめた拳を掌に叩きつけて、オータムが不敵に笑う。
「ふ〜ん……」
 その迫力に押されて、上田が少し後ずさった。
「おしゃべりはそこまで。行こう!」
「OK!」
 石川の合図に、四人は艦橋に侵入していくのであった。
 一方、四人の侵入は即座にザミルの知るところとなった。
 何故かと言うと、あちこちに巨大な眼球を持ったモンスター、目玉ボールが配置されており、そいつの目を通して艦橋内の情報を得ていたのである。
 石川達が侵入してきた事を知ると、ザミルはニヤリと笑い、眼前に控えている配下のモンスター達に向かって叫んだ。
「ええか、お前ら! こいつらがあの救世主どもじゃ! コイツら全員沈めちゃれ! そうすりゃ、スパイドルナイト様もお喜びになるけぇのぉ!」
「ヨーホーホー!」
 ザミルの命令に、配下たちは一斉にときの声を上げた。

 その頃、石川達は艦橋内の通路を進んでいた。
 通路は意外に広く、現実世界で言う二車線道路くらいの幅があった。
 艦橋はすっかり作り替えられ、『木製のダンジョン』と言っても差し支えないような状態になっていた。
 気を抜けば、迷子になってしまいそうだ。
「これ本当に、船の中なわけ……?」
 周囲を見回し、口をポカンと開けて石川が言った。
「前は普通の作りだったんだけどね……あいつら、よくもタイタオニク号を……!」
 怒りのこもった瞳で、オータムが前方を見据える。
 と、その先の角から、いくつかの影が現れた。
 ザミル配下のモンスター達だ。
 海棲のリザードマン、アリゲーツ。水男の上位種、リキッドマン。真っ赤な甲羅を持った巨大蟹、クラブガンス。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 モンスター達が咆哮を上げて飛びかかってくるのと、石川達が走り出すのは同時だった。
 呪文が飛び、剣と拳が舞う。
 上田がフロストの呪文でリキッドマンを凍らせ、そこを岡野の拳が打ち砕く。
 石川はアリゲーツの剣を自分の剣ではじき返し、瞬く間に相手を斬って捨てる。
 そしてオータムも、予想以上の活躍を見せていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 素早く駆け回り、相手の関節や装甲の隙間などを的確に攻めていた。
 確かに、身体能力が強化されている石川達と比べても、遜色のない腕前だった。
 四人を襲撃してきたモンスター達は、あっという間にゴールドへと姿を変える運命をたどったのだった。
「ふう、何とか片付いたな」
 剣をさやに収めて、石川が一息つく。
 その時だ。

 ゴォォォォォォォ……ガシィィィィィン!

「なんだ!?」
 何かがぶつかり合う音が響き、驚いて振り返った一同が見たものは、めまぐるしく動くダンジョンの壁だった。
「うわっ!」
「やばい!」
 迫って来た壁を四人は飛びのいて避けるが、それがいけなかった。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォ……
 ガシィィィィィィィィィィィン! ガシィィィィィィィィィィン! ガシィィィィィィィィィィィィン!

 石川、上田、そして岡野とオータム――ちょうど四人を三つに分断するように、壁が滑り込んできたのだ。
 一同は壁によって、完全に遮断されてしまった。
「上ちゃん! 岡ちゃん!」
 石川が叫ぶ。
 だが、返事が無かった。
 通路内に石川の声が空しくこだまするだけだった。
 石川はしばらく呆然としてその場に立ち尽くしていたが、じっとしていても始まらない。
 他のみんなはそれぞれの通路を進んでいるはずだ。
 ひょっとしたらどこかで繋がっているかもしれない――
 しばらくして気を取り直した石川は、さらに奥へ進んだ。

 上田は一人不安そうにあたりを見回しながら、通路の中をトボトボと歩いていた。
「テッちゃ〜ん! 岡ちゃ〜ん! どこ〜!?」
 もちろん、返事がある訳もない。
 上田は歩き疲れてその場に座り込んだ。
「はぁ〜……これからどうしよう?」
 溜息はついていても、声に暗さはない。
 表情にも絶望感や悲壮感といったものは一切現れていない。
 この世界に来る前の上田であれば、間違いなくパニックに陥って、その場でわんわん泣きじゃくっていただろう。
 自分でも気が付かないうちに、旅は上田達の精神を強固なものにしていた。
「やっぱり進むっきゃないよね」
 一休みした後、上田は立ち上がった。
 それとほぼ同時に、通路の曲がり角から敵が現れた。
「うげっ!」
 思わず上田の表情が嫌悪のそれに変わる。
 それは巨大なウツボだった。
 全長は上田の背丈のゆうに五倍はある。胴も上田の両腕では抱えきれないほど太い。
 悪の魔力によって巨大化し、陸上でも行動できるようになった大ウツボだ。
 通路は一本道で、上田の後ろは先ほど動いて来た壁で塞がれてしまっている。
「これってピンチってやつ……?」
 上田の額をイヤな汗が一滴流れ落ちた。



 他方、岡野とオータムの前にも敵が現れていた。
 アリゲーツが二体、鋭い剣をぎらつかせながら、二人にゆっくりと迫ってくる。
「グフフ、子供の肉を食うのは久々だ。じっくり味あわせてもらわねぇとなぁ」
「オレ、女の方ね」
「ふざけんな、ここは男と女、平等に半分こだろ」
 アリゲーツが赤すぎるくらい赤い舌を出して舌なめずりしながら、剣をかざして突進してくる。
 思わず二人は身をかわして避け、自然と二対二の格好となる。
「刺身にしてやるぜ!」
 アリゲーツが剣を振り下ろすが、岡野はそれを腕にはめた鋼の手甲で受け止めた。

 ガキィィィィィン!

 周囲に耳障りな金属音が響く。
「ふざけん……なっての!」
 剣を押し返しながら、岡野が叫んだ。
 オータムの方は、アリゲーツと距離をとってにらみ合っていた。
 岡野と違って金属製の防具など装備していないオータムは、剣を生身で受けることなど出来ないからだ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 恐竜のごとき叫び声をあげ、アリゲーツが剣を振り上げてオータムを真っ二つにしようと飛びかかって来た。
「くっ!」
 オータムはそれを避けると、剣を握っているアリゲーツの左腕に向かって思いっきり蹴りを放った。
「ぐおっ!」
 オータムの的確な蹴りを食らったアリゲーツは剣を取り落とす。
「はぁぁぁぁっ!」

 ドガァァァァァァッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 そこを逃さず、オータムはアリゲーツの下あごを思いっきり蹴り上げる。
 アリゲーツはそのまま、地響きを立てて仰向けに倒れこんだ。
「盛彦!」
 オータムは踵を返すと、岡野に加勢しようとそちらを向く。
 だが、オータムが相手にしていたアリゲーツは、まだ完全には倒されてはいなかった。

 ドガッ!

「きゃあっ!」
 油断したところに尻尾の強烈な一撃を食らって、オータムの身体は壁に叩きつけられていた。
「オータム!」
「隙あり!」
 一瞬、岡野の意識がそちらに向いたのを逃さず、アリゲーツが剣を振り下ろした。
「うがっ!」
 その一撃を、岡野はほとんど反射的に避けていたが、完全に避ける事は敵わず、左腕を大きく切り裂かれる。
「喰らえ小僧ーっ!」
 アリゲーツが岡野にとどめを刺そうと二撃目を繰り出そうとするが、それより早く動いた岡野の蹴りがアリゲーツの脇腹を横に薙ぎ払っていた。

 バキィィィィィィィィィッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「激烈、アッパー!」

 ドゴォォォォォォォォォッ!

 岡野のジャンピングアッパーを食らったアリゲーツはノックアウトされ、瞬時にゴールドへと姿を変える。
 そのまま岡野は、オータムを襲っていた方のアリゲーツに走り寄ると、一気に飛び上がって右足を思いっきり横に振りぬく。
「真空脚!」

 バキィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 岡野の回し蹴りが空を切り、今度こそアリゲーツにとどめを刺した。
 二体目のアリゲーツも、一体目の後を追ってゴールドへと変わる運命をたどったのだった。
 そして――
「なんだこれ?」
 二体目のアリゲーツが消えた後には、ゴールドのほか、何やら薬のようなものが入った瓶が一緒に落ちていた。
 拳を突き上げたようなイラストが描かれたラベルが貼ってある。
 見た感じ、現実世界のドリンク剤とほとんど変わらない外見だった。
 これは『ミナギルンD(ダー)』と言って、服用することで攻撃力を高めることが出来るというアイテムだった。

 戦闘の後、岡野は傷ついた腕に自分でヒールをかけていた。
 血は止まったものの、傷は深く、完治とまでにはいかなかった。
「ごめん、盛彦。あたしが油断したから……」
 ハンカチを包帯がわりに岡野の腕に巻きつけながら、オータムがすまなさそうに言った。
「気にすんなよ。実戦なんてこんなもんだって」
 そんなオータムを責める事もせず、岡野は笑って返した。
「さ、行こうぜ」
 応急処置を終えた岡野は立ち上がる。
 そんな岡野に、オータムが言った。
「ね、盛彦。あんた達、この戦いが終わったら、また旅に出るんだろ?」
「そりゃな。元の世界に帰らなきゃいけないし……」
「そっか。そうだよね……」
「?」
「ううん、何でもないんだ……。ごめん、変な事訊いて」
 オータムが寂しそうに笑う。
「ふ〜ん?」
 そんなオータムに、岡野は怪訝な表情をしながら歩き出した。



 同じころ、上田と大ウツボも戦闘を開始していた。
「シャァァァァァァァァァァッ!」

 アース・ウェーバー・ガーゴ・グー!
(氷の風よ、凍結させよ)

「吹雪呪文・フロスト!」
 上田が印を結んで素早く呪文を唱え、右手を突き出す。
 そこからフリーズよりも強力な、雹(ひょう)を伴った冷風が飛び出した。
 上位の吹雪呪文、フロストだ。
 だが、大ウツボはまるで涼風でも受けているかのように、スピードを落とすことなく迫って来た。
「効いてない!?」
 油断した上田は、大ウツボの体当たりをまともに食らっていた。

 ドゴォォォォォォォォォォォォッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 大きく吹っ飛ばされ、床に身体を強打する。
「あっ!?」
 体勢を立て直した時、太くて長い胴が上田の身体に巻き付いていた。
 大ウツボは身体をうねらせながら、きつく巻き付ける。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 上田の顔が苦痛に歪む。体中がしびれて力が出ない。
 見る見るうちに顔から血の気が失せていった。
 大ウツボは上田の頭を一飲みにしようと、頭をもたげた。
 だが、上田の両腕はまだ自由だった。
「ち、調子に乗るなよ、このお化けウナギが……っ!」

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!
(火の神よ、猛火の裁きを!)

「火炎呪文・メガフレア!」
 早口で呪文を唱え、上田が突き出した拳から、サッカーボール大の火球が飛び出し、大ウツボの顔面を直撃する。
「ぎゃぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 悲鳴とも咆哮ともつかない不気味な声が通路に響き、苦痛に歪んだ大ウツボの顔が大きくのけぞると、上田を締め付けていた胴がするりととけた。
「ゲホッ、ゲホッ……」
 締め付けから解放された上田は床に崩れ落ちてせき込んだが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
 素早く大ウツボの方へ向き直ると、印を結んで呪文を唱えた。

 グー・ダッ・ガー・バク・レイ・ゲム!
(大気よ、唸り弾けろ!)

「爆裂呪文・ボンバー!」
 上田の掌から、無数のスパークに包まれた光球が飛んだ。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 ボンバーの光球は正面から大ウツボにまともに炸裂し、黒焦げになったモンスターは床に崩れ落ちると、ゴールドへと変わった。
「や、やった……」
 なんとか大ウツボを倒した上田だったが、それはほとんど薄氷の勝利だった。
 その結果、上田はその場に倒れこんで意識を失ってしまったのだった。



「……でさ、あたしとブルーは、生まれてからずっと、この船に住んでるんだ。父さんは船の工場で、生活用品を作る仕事をしてたから」
「へぇ〜」
 岡野とオータムが、他愛もない雑談をかわしながら通路を進んでいる。
 あのアリゲーツ戦以降、モンスターの襲撃が無く、これと言ったトラップにも遭遇していなかったため二人には若干の安堵感が生まれていた。
 そこで、さっきのような会話になったという訳である。
 しかし、世間話を始めたのは、意外にも岡野の方だった。
 オータムがすまなさそうな顔をしているのを見て、気分をほぐそうと考えたのだ。
「おれがテッちゃん達と初めて会ったのは二年前。一学期……っつっても分かんねぇか。ようは、学年の始まりに、上ちゃんやテッちゃんがいたクラスに、おれが転入してからの付き合いなんだ。っつっても、この世界に来るまで、特に仲が良かったって訳じゃないんだけどさ」
「ふ〜ん」
「……ん?」
 突然、岡野が立ち止まる。
 思わず、後ろを歩いていたオータムは岡野の背中にぶつかってしまった。
「きゃっ! ご、ごめん」
 慌ててオータムが飛びのく。
 その時、彼女の頬はわずかに赤らんでいたのだが、岡野は気にも留めなかった。
「どうしたんだ、盛彦。突然立ち止まって……?」
「ほら……扉があるんだ」
「扉?」
 見れば、前方には確かに扉が道を塞いでいる。
「こんな所に扉……」
「罠か、それともゴールなのか……?」
 岡野は腕組みをしてうーんと考え込むが、やおら、顔を上げて言った。
「ま、考えてみてもしょうがないか」

 バタンッ!

 岡野は、力任せに扉を開ける。
「お、おい、盛彦!」
 その瞬間、大量の光が扉の向こうから飛び込んでくる。
「わっ!」
「うわっ!」
 一瞬目を覆った二人だが、その向こうに見えたものは――
「おおっ!」
 二人の声が響き渡った。

 さて、こちらは石川。
 石川も岡野達と同じように、襲い掛かってくるモンスター達を撃退しつつ、ダンジョンを進んでいた。
 道は何度か分岐していたが、不思議と石川は迷うことなく正しいルートを選んでいた。
 何となく、こっちかな、と思いながら進んでいるだけなのだ。
 果たしてこれは、自分の勘がすぐれているのか、それとも何か見えない力が味方してくれてるのか?
 そんな事を考えながら歩いていた石川の前方に、扉のようなものが見えた。
「ん?」
 近寄って見て見ると、やはりそれは扉だった。
 観音開きで、先ほど岡野達が遭遇したものよりもやや豪華な装飾が施してある扉だ。
「よーし……」
 石川は扉の前に立つと、両手で扉を押し開けた。
 苦も無く扉は開く。

 ガギィィィィィィィ……

 その向こうは大きな部屋になっていた。
 海図や航海機器が備えられた部屋――船長室だ。
 そして、そこに待ち受けていた者は、
「よう来たのう、小僧!」
 頭部にハサミを備えた単眼の闇騎士――ザミルだ。
「お前がザミルってやつか?」
「その通りじゃ! 聞きゃあ、ウインドリザードやエセヌ兄弟を倒してきたらしいのう。けど、たった一人でワシに勝てるかのう!?」
 ザミルは自信満々に叫ぶと、両手に円月刀(ハントシャル)を構える。
 石川も腰に挿していた鋼の刀を抜き放った。
「覚悟せいやぁ!」
 ザミルは単眼を光らせると、円月刀で切りかかってくる。
「くっ!」

 ガキン! ガキン! ガキィィィン!

 ビュンビュンと唸りを上げて襲ってくる刃を、石川は時に避け、時に刀で受け止めてかわす。
 だが、相手が二刀流であるため、どうしても隙を見つけ出す事が出来ない。
 呪文で相手の体勢を崩そうにも、怒涛の剣戟を浴びせてくるザミルは、石川に呪文を唱える暇さえ与えてはくれないのだ。
 とうとう、石川は壁際にまで追い詰められてしまった。
「ふっふっふ、こいつでしまいじゃ!」
 勝ち誇ったザミルが刀を振り上げる。
 だが、
「火炎呪文・メガフレア!」
 突然、サッカーボール大の火球がザミルに向かって飛んできたのだ。
「ちいっ!」
 ザミルは火球を刀ではじき返すと、その場から飛びのく。
 メガフレアを放ったのは上田だった。
「上ちゃん!?」
「ごめん、遅れた!」
 あの後、意識を取り戻した上田は、呪文とアイテムで体力と魔法力を回復させ、ようやくこの部屋にたどり着いたのだった。
「岡ちゃんたちは?」
「いや、まだ会ってないよ」
 石川と上田は、それぞれ刀と杖を構えてザミルに向き直る。
 ザミルの方は不敵な笑みを浮かべるように目を光らせると、円月刀を重ね合わせた。
「二人に増えたところで、同じことじゃ! 往生せいやぁ!」
 そのまま重ね合わせた円月刀を、二人に向かって投げつける。

 シュルルルルルルルルルルルルルルルッ!

 重ねあった円月刀は、まるで巨大なハサミのようである。
 その巨大バサミが、回転しながらすさまじいスピードで石川達を襲ってきたのだ。
「うわっ!」
「ひえっ!」
 慌てて二人が身を伏せてよけると、その頭上を通り過ぎた巨大バサミは、後ろにあった木製のテーブルを綺麗に切断していた。
「ほぉ〜う、なかなかやるのう……」
 ザミルは戻って来た巨大バサミを受け止めると、再び腕を振りかざして、ハサミを投げつける。
 その時だ。

 ガキィィィィィィィィィィィィン!

「何じゃ!?」
 突然飛んできた鉄の球がハサミを弾き飛ばし、ハサミは床に突き刺さった。
「岡ちゃん!」
 そう、鉄の球を投げたのは岡野だった。
「よっ。何とか無事だったみたいだな」
 石川達は岡野に駆け寄る。
「岡ちゃん、怪我してるじゃん!」
 急いで上田はヒーラーを唱え、岡野の左腕を治療する。
「オータムは?」
「ここに来る途中に、捕まった人たちが働かされてる工場があってさ。そこに捕まってた人達を逃がしてもらってる。警備してたモンスター達をぶっ飛ばしてたから遅くなっちまったんだけど……」
 そこまで言うと、岡野はザミルの方を向いて言った。
「まだまだ、おれが活躍するチャンスはあるみたいだな!」
「なめんならぁ、ガキぃ! これでも喰らえやぁ!」
 再度ザミルが、巨大バサミを岡野に向かって投げつけた。
 しかし――
「そっちこそ、なめんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 岡野はザミルに向かって走りながらも、巨大バサミを地面すれすれにかがんでかわす。
 そしてそのままザミルの懐に飛び込むと、その顔面を思いっきり殴りつけた。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 バリィィィィィィィィィン!

 岡野に殴り飛ばされたザミルは、窓ガラスを突き破って、甲板へと落ちて行った。



 落下していったザミルを追い、三人は窓から甲板に向かって飛び降りる。
 下までの高さはおよそ一四シャグル(約五〇メートル)はあったが、石川と岡野は強化された身体能力で、上田はフライヤーの呪文でひらりと地面に降り立った。
 ザミルは甲板の上に、仰向けに倒れている。そのままピクリとも動かない。
 が、
「とりゃあっ!」
 突如、ガバッと勢いよく立ち上がったのだ。
「何ッ!?」
「はぁぁぁ、アタマ来たぁ! おどれらまとめて沈めちゃるわぁ!」
 そのままザミルの身体が、何倍にも大きくなっていく。
 それと同時に、姿の方も変化していった。
 背中にはいつの間にか巨大な甲羅に覆われ、丸太のように太い脚が何本も生えた。
 両腕は大小の金属バサミへと姿を変える。
 そこには巨大なカニが出現していたのだ。
 全長は三シャグル(約一〇メートル)はあるだろう。
「ウソぉ!?」
 三人は目を見開いて叫ぶ。
「はぁ〜、チョッキンチョッキンチョッキンなーじゃ!」
 巨大ガニとなったザミルは、そのハサミを振り回す。
 と、近くにあった補助用のマストが綺麗に切断されて、甲板に転がった。
「ワシのハサミで、おどれら全員切り刻んじゃるけぇのぉ!」
「冗談じゃない、そうはいくか!」

 グー・ダッ・ガー・バク・レイ・ゲム!

「爆裂呪文・ボンバー!」
 上田と石川が呪文を唱え、二人の掌から無数のスパークに包まれた光球が飛ぶ。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 光球の直撃を受け、ザミルの身体が爆発に包み込まれる。
「どうだ……?」
 しかし、
「はははははははははっ! 笑わせるのぉ、そないな攻撃!」
 なんと、二人分の爆裂呪文を受けたにもかかわらず、爆煙の中からは無傷の巨大ガニが現れたのだ。
「じゃあこれならどうだ!」

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!

「火炎呪文・メガフレア!」
 上田の掌から、サッカーボール大の火球が真っすぐザミルに向かって飛び出した。
 だがそれも、結局はザミルの甲羅にはじかれてしまう。
 さほどに、ザミルの甲羅は頑丈だった。
「ねえ、アイツ不死身なの!?」
 上田達三人は、顔を見合わせて愕然となる。
「あがぁな攻撃、痛とうも痒うもないんじゃあ! 覚悟せいやぁ、ガキどもぉ!」
 ザミルは高笑いを上げながら、次々とハサミを繰り出してくる。
 その鋭い突きは床をえぐり、周囲の資材を切り刻む。
 いつしか、石川達三人はザミルの攻撃を避けるので精一杯になっていた。
 だが、このまま防戦一方では、その先に待っているのは死だ。
 ザミルよりも石川達の体力の方が先に尽きてしまうのは明白であった。
「くっ!」
 三人の顔に焦りの表情が浮かぶ。
 だが、それは隙を生み出すことにつながる。

 ガキィィィィィィィィィィィィン!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 石川がザミルの一撃を避けきれず、何とか刀で受け止めるも、大きく弾き飛ばされた。
「テッちゃん!」
「ふはははははははははははははっ! これで仕舞いじゃあ!」
 勝ち誇ったザミルが、両腕のハサミを振り上げる。
 だが、その時だった。
 捕まっていた人々を逃がし終えたオータムが、艦橋の入り口から姿を現したのだ。
「盛彦!」
 ザミルからは、艦橋はちょうど背後にあり、ザミルはオータムの存在に気が付いていなかった。
「よぉ〜し……」
 オータムは意を決すると、ポケットから何やら黒い皿のようなものを取り出す。
 それは兵器工場で作られていた、吸着式の時限爆弾だった。
 スイッチを押して対象に投げつければ、磁力の魔法で対象に吸い付いて、設定時間で爆発するという代物だ。
「それっ!」
 オータムは爆弾の時限装置を作動させると、ザミルに向かって爆弾を投げつけた。
 コントロールの利いた爆弾は、見事にザミルの尻尾の辺りにくっつく。
「ん? なんか、ケツが痒いのぉ……」
 ザミルは違和感を覚えたが、その時にはもう、オータムが設定した爆発時間を迎えていた。
 次の瞬間、

 グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 大爆発が巻き起こり、ザミルの巨大な体が吹っ飛んだ。
「な、なんだ!?」
 突然の事に、岡野達もポカンと口を開けてしまう。
 爆発で吹っ飛んだザミルは、背中の方から甲板に落下する。
 しかも――
「し、しもた! これじゃ動けん!」
 なんと、ひっくり返ったザミルは自分で起き上がることが出来ず、ジタバタと手足を動かしてもがいていた。
「盛彦、今だよ!」
「オータム!?」
 岡野がそちらを向くと、オータムがウインクしながらグッと親指を立てているところだった。
「よっしゃ!」
 岡野はパシッと手を打って気合を入れると、懐から先ほど手に入れたミナギルンDを取り出し、一気に飲み干した。
 その途端、全身に力がみなぎり、筋肉が盛り上がるような感覚に包まれる。
「ふんっ!」
「な、なんじゃ!?」
 岡野は引っくり返っているザミルの足を、ガシッと掴んだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 そのまま全身に力をこめる。
 すると驚くべきことに、なんと、ザミルの巨体が宙に浮きあがったのだ。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 岡野はさらに、ザミルの身体をハンマー投げの選手のごとく、グルグルと回転しながら振り回し始める。
 その内に、まるでコマのように高速で回転していった。
「や、やめやめ! やめんか! 目が回る!……うっ、口ん中酸っぽぅなってきた……」
 振り回されるザミルのカニの顔が、どんどん青くなっていく。
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 やがて、岡野は掴んでいるザミルの足を放す。
 勢いのついた巨大ガニは、そのままタイタオニクの甲板から勢いよくすっ飛んで行った。
「覚えちょれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 キラッ!

 岡野に投げ飛ばされたザミルは、タイタオニク号を離れていく彗星と化し、青空にキラリと輝いた。
「ふぅぅ、やったぜ……」
 全身汗だくになった岡野は、その場にペタリとへたり込む。そこへ、
「盛彦、やった!」
「わっ! わっ!」
 オータムがかけてきて、岡野の首に飛びつき、バランスを崩した岡野はそのまま床に引っくり返ってしまうのだった。



 ザミルの支配から解放されたタイタオニク号は、東のハットリ砂丘にある、ナイアル川のほとりの町、ホッカイロで船を修理する事になり、南にあるボガラニャタウンを目指す石川達は、その途中にある水上村、スイゾク村で降りることになった。
 ちなみに巨大ザミルを投げ飛ばした岡野は、全身筋肉痛で、到着までをベッドの上で過ごすことになってしまったのだが……。

「それじゃあ、ここでお別れだな」
 船から伸びたスロープから港の床に降り立ち、岡野が見送りに来てくれたオータムの方を振り返る。
 岡野が寝込んでいる間、彼女は甲斐甲斐しく岡野の世話をしていた。
「盛彦……いろいろ有難う!」

 チュッ!

 オータムは岡野の方へ駆け寄ると、そのまま頬にキスをした。
「いっ!?」
「わーお、大胆……」
 石川と上田は、思わず目を見開いてその光景を眺めている。
「じゃ、元気でな!」
 オータムは岡野の方を振り返りながら、スロープを駆け上って船へと戻っていった。
 その目じりには涙が浮かんでいたのだが、岡野がそれに気づくことはなかった。
 と言うのも……。
「岡ちゃん? 岡ちゃーん?」
 上田が岡野の目の前で掌をひらひらと振るが、全く無反応であった。
 岡野は顔を真っ赤にして固まってしまっていたのだ。
「だーめだこりゃ。完全に固まっちゃってるよ……」
 肩をすくめて、上田が呆れたように言った。
 結局、岡野はタイタオニク号が見えなくなった後も、石像のように固まったままだったとさ。
 ちゃんちゃん♪

To be continued.


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