天上で大暴れ!
ピーヒョロロロロロロ……
大空を、鳥が鳴きながら羽ばたいていく。
その下に広がるのは雄大な自然だ。
今、そんな自然の中の唯一の人工物である道の上を三人の少年が歩いていた。
地球の日本、F県F市から、この世界、トゥエクラニフに飛ばされた小学生、石川、上田、岡野だ。
ブッコフタウンを出発して三日。現在、三人は街の西の森に向かっていた。
その森に、天の世界まで伸びるという豆の木があり、天の世界には不思議な力を持つ人々が住んでいる、という事が、彼らが手に入れた粘土板に記されていたからだ。
元の世界に戻る手掛かりを求め、その天上世界を目指すことになったのだった。
この世界では、都市と都市の間に家々が軒を連ねているという事はあり得ない。
都市は頑強な城壁で囲まれており、城壁を一歩出れば、そこはモンスターが闊歩する未開の地だ。
街を出てから森に向かうまでに、一行はこれまで出会った事のないモンスターの襲撃を受けた。
角が生えたユニコーンを思わせる暴れ馬。トカゲ型の獣人、リザードマン。巨大化したアリのモンスター、ジャイアント。
初めての相手に三人は戸惑ったが、三魔爪をも退けた三人は、それらの襲撃もものともせず、森へと歩を進めた。
「これで良しと……」
組んだ薪に、上田がフレアの呪文で火をつける。
この世界に来るまでサバイバル経験など皆無に等しかった三人も、今や野営にも慣れっこになってしまっていた。
森に入った三人は、その夜は手ごろな岩の陰で野宿することにしたのだった。
ブクソフカ大陸は、この世界ではそれなりに温暖な地方であるが、日が暮れると急に冷え込む。空にはおぼろ月が出ていた。
ナップザックから取り出した干し肉を火であぶり、焚き火の光で地図を確認する。
「方角は合ってるはずだから……明後日には例の豆の木が生えてる辺りに着くと思うんだけど……」
手ごろな小枝で地図を指しながら、上田が言った。
「しっかし、天まで届く豆の木か……。まるでお伽話だよなぁ」
「まぁ、この世界に来てそんな事言うのも今さらな気がするけど……」
岡野の言葉に、石川が苦笑して言った。
その時だ。
「どわぁっ!」
三人は反射的に、その場から飛びのいた。
岩陰から、石川達の倍はありそうな巨大なオレンジ色の甲羅を持つ陸ガニが、ハサミをかざして襲い掛かってきたのだ。
こいつは元々は普通の大きさの生物だったが、悪の魔力によって巨大化したモンスターである。
「それっ!」
石川が陸ガニに向かって剣を振り下ろす。
だが、
ガキィィィン!
強固な殻に、あっけなく跳ね返されてしまった。
「おらぁぁぁぁっ!」
ガンッ!
続いて岡野が、その甲羅に向かって拳を振り下ろした。
「…………」
「岡ちゃん?」
「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
手を倍くらいの大きさに腫らして岡野が悲鳴を上げる。
一同は思わず汗ジト。
「こんにゃろーっ!」
気を取り直し、今度は上田が鉄の杖で殴り掛かった。
しかし、それはあまりにも無謀であった。
ガチッ!
「いっ!?」
なんと、ハサミに杖を挟まれてしまったのだ。
次の瞬間、上田の身体が大きく宙を舞った。
「どっしぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
陸ガニが杖を挟んだまま、上田を振り回し、力任せに放り投げたのだ。
ドガァァァァァァン!
そのまま上田は、地面に顔から突っ込む。
「はにゃ、ほへ……」
鼻血を出しながら、目を回した上田が立ち上がる。
「上ちゃん!」
「大丈夫か?」
慌てて石川と岡野が上田に駆け寄る。
上田はフルフルと頭を振って気を持たせると、鼻血を垂らしたまま、キッと陸ガニを睨みつける。
「よっくもやりやがったな、このお化けガニ!」
上田が印を結んで呪文を呟いた。
ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!
(火の神よ、猛火の裁きを!)
「火炎呪文・メガフレア!」
突き出した上田の拳から、サッカーボール大の火球が飛び出して陸ガニを包み込む。
「ガニィィィィィィィィィィィィィィィッ!」
あっと言う間に陸ガニは、巨大な茹でガニと化したのだった。
「ふう、やった」
上田は鼻血をぬぐうと、倒した陸ガニが姿を変えたゴールドを拾い、皮袋に放り込んだ。
ところが、それから一息つく間もなく、
ガルルルル……
「!」
三人が顔を上げると、木陰から犬の頭部に人の身体を持ったモンスターが五匹あまり現れた。
「こいつらは……!?」
剣を構えながら石川が呟く。
「ちょっと待って」
上田がモンスター百科を相手に向ける。
開いたページには『犬面人(けんめんじん)』と書いてあった。
「なになに……『犬面人。野犬の凶暴さを持った獣人型のモンスター。力が強いので、爪と牙には注意しましょう。特に狂犬病に感染している個体には要注意です』……だって」
上田の解説を聞いて、石川が苦笑を浮かべる。
「この世界にも、狂犬病ってあるんだ……って、うわっ!」
「ガルルルルルルルルッ! ワンワンワンッ!」
上田が解説を読み終えたのを合図にしたかのように、一斉に犬面人たちが飛び掛かってきた。
「おっと!」
「ちっ!」
三人は慌ててその攻撃をよける。
「さすがにこれだけいると厄介だな。よ〜し……」
上田は再び印を結んで呪文を唱える。
スーカ・ビー・ミーヌ
(静かに眠りたまえ)
「催眠呪文・スリープ!」
上田の掌から音波のようなものが飛び、それを受けた犬面人達は爪を振り上げたまま動かなくなる。
「二人とも、今のうちに!」
「オッケー!」
すかさず石川の剣と岡野の拳が宙を舞い、犬面人達は先ほどの陸ガニと同じくゴールドへと姿を変える運命をたどった。
犬面人たちを退けた石川達は、緊張した面持ちで辺りを伺う。
ホー、ホー……
まだモンスターの襲撃が続くか、と思われたが、周囲からはフクロウと思われる鳴き声が聞こえてくるだけだった。
「……どうやら、もうモンスターはいないみたいだね」
安心したように、上田が腰を下ろす。
「今夜は、交代で休んだ方が良さそうだな……」
「そうだね……」
疲れ切った顔で岡野が呟くと、二人も力なく笑って頷いた。
☆
翌朝、三人は再び豆の木に向かって出発した。
「豆の木まで、あとどん位?」
歩きながら、岡野が上田に尋ねる。
「ん〜とね。地図通りなら、今日の昼頃には到着するはずだけど……」
地図を見ながら上田が答えた。
ちなみにこの地図、右上に方位磁石が魔法インクで描かれており、石川達は方角を間違える事も無く真っすぐに進んでいく。
ブッコフタウンを出る前に本屋で買ったものだ。
さすがは大陸一の出版都市である。
森の中にいた一同だが、その日はよく晴れていて、木陰から差し込んでくる陽の光が心地よかった。
「それにしても、日差しが気持ちいいよね。森の匂いも心地いいし……」
上方を見上げる石川だが、ふと、その視界が黒く塞がれる。
「えっ?」
最初は空が曇ったのかと思ったが、それは巨大な足だった。
「いいっ!?」
ズシィィィィィィィィィィィィィィィン!
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
間一髪、石川が横っ飛びに一回転してかわすと、凄まじい地響きを立てながら小山のような足が地面にめり込んで、人の身長くらいの深さの穴をあける。
「なんだぁっ!?」
上田と岡野も、唖然となって上を見上げる。
べきばきと樹木をなぎ倒しながら、そいつは現れた。
二シャグル(約七メートル)はある石の化け物、ゴーレムだ。古代の鎧兜を着込んだような造形で、顔は丸い目と口の穴が開いている。
古墳に備えてある埴輪の戦士をそのまま巨大化させたような外見だった。
「じょじょじょ、冗談じゃねえっ! こんなのに殴られたらペシャン……うひゃっ!」
剣を振るうのも忘れてちょこまかと逃げ回る石川に、ゴーレムは岡野の身体よりも大きな拳を振りかざした。
ガン! ゴン! ドスン!
ゴーレムは表情一つ変えずに拳を繰り出してくる。
まともに攻撃を食らったら命は無い。
いつの間にか、そこらはでこぼこの穴ぼこだらけの地面になってしまった。
「おわっとっとっと!」
岡野も上田も、穴ぼこをジャンプで飛び越えながら逃げ回る。
その時だ。
三人を追いかけていたゴーレムが、自分が開けた穴につまづいたのだ。
単純な“プログラム”で行動するゴーレムには、知性というものが存在しない。だからこういった落とし穴のような単純なトラップは、案外有効なのである。
ズシィィィィィィン!
穴につまづいたゴーレムは、そのまま地響きを立ててその場に転ぶと、起き上がろうと手足をバタバタともがかせた。
三人はそんな様子を呆然と見ていたが、ふと、石川が言った。
「……二人とも、今のうちに逃げない?」
「異議なし」
石川の言葉に岡野達は頷くと、全速力でその場から逃げ出したのだった。
半時ほど走った一行の目の前に、何やら巨大な樹が見えてくる。
「あれって……」
先頭を走っていた石川が、立ち止まって樹を見上げた。
その太さは屋久島の縄文杉にも匹敵し、樹の先端は雲に隠れて見えないほどであった。
そう、例の巨大豆の木に到着したのである。
それは本当に見事な樹だった。老齢な幹は、太い何本もの根っこを大地に張り、力強くそこに立っていた。
「これを登らなきゃいけないわけ……?」
その苦労を考え、青くなった石川が呟いた。
「まぁ〜、そうなるだろうなぁ。空でも飛べるなら別だけどよ……」
岡野がポリポリと頭をかく。
いくら外遊び派で、この世界で身体能力が大幅に強化されている彼と言っても、その労力は並大抵のものではないだろう。
が、その言葉を聞いていた上田の頭上で電球が閃いた。
「『空を飛べたら』……? そうだ!」
突然叫んだ上田に、石川達は思わず後ずさる。
「何が『そうだ』なのさ、上ちゃん?」
「見てて見てて」
上田は目を閉じると、精神を集中させて静かに呪文を唱えた。
ソル・モー・ベール・ズ!
(羽よりも軽くならん)
「飛翔呪文・フライヤー!」
その途端、上田の身体がフワリと宙に浮きあがったのだ。
「いいっ!?」
予想だにしなかった出来事に、石川と岡野は目を見開く。
「と、飛んでる……?」
「上ちゃん、いつの間にそんな魔法を……?」
「えへへ。ブッコフタウンで調べ物をしてる時に、呪文の勉強もしたんだけど、その時に覚えたんだ」
「そんなに便利な呪文があるなら、何で今まで使わなかったんだよ……」
「しょうがないじゃん。まだこの呪文、慣れてないし。それに、ずっと使ってると危ないんだよ?」
呆れたような声を出す岡野に、上田が口をとがらせて言った。と言うのも、この呪文は魔法力を自身の周囲に軽く放出しながら飛んでいるわけだが、普通の魔法と違って、呪文を唱えた後も使用者が使用状態の維持を意図しないと効果が保てない、という違いがあった。
さらに慣れないと、魔法力の消費をうまくコントロールできず、飛んでいる最中に魔法力が尽きて、最悪の場合墜落なんてこともありうるのだ。
「とにかく、その呪文で、おれ達を上まで運んでくれるわけね?」
期待を込めて上田に訊いた石川だったが、
「あ、ごめん。無理」
あっさりと却下され、その場につんのめる。
「この呪文、あんまり大人数を抱えて飛べないのよ」
「じゃあ意味ないじゃん……」
ドッと疲れた顔をする石川だったが、上田は「チッ、チッ、チッ」と、顔の前で指を振った。
「最後まで聞いてって。いったん、おれが豆の木の先まで飛んで行って、そこがどうなってるのか覚えてくる。そうすれば、テレポーで三人とも目的地までひとっ飛びって訳だよ」
「おー、なるほど」
上田のアイデアに、石川と岡野は感心したように拍手をした。
テレポー――術者を一瞬にして目的地まで飛ばす、瞬間移動の呪文だ。
ただし、使用者が目的地のイメージを頭の中に具体的に思い浮かべなければならないため、一度でも行ったことのある場所でなければ飛ぶことが出来ない、という欠点があったが。
「ほんじゃ、行ってくるね!」
言うが早いか、上田ははるか上空に向かってすっ飛んで行った。
「はえー。もう見えなくなっちまった……」
岡野が驚きと関心が入り混じったような表情で、豆粒のように小さくなっていく上田を見上げる。
それから二人はしばらくの間、豆の木の根元に座って暇をつぶしていた。
三十分ほどして、上空から上田が慌てた顔をして降りてきた。
「お〜〜〜い!」
「お帰り上ちゃん」
「どうだったの、上の方は?」
「すごいの見ちゃったんだよ、おれ! もう信じられない!」
動揺した様子で叫ぶが、どうにも要領を得ない。
「落ち着けって! 一体何があったのさ?」
「口で説明するより、実際に見てもらった方がいいかも……。とにかく、二人とも。おれにつかまって」
「あ、うん……」
言われるままに、石川と岡野はそれぞれ上田の右手と左手をとった。
「じゃ、行くよ?」
コーカ・アーチ!
(彼の地へと我を運びたまえ)
「瞬間移動呪文・テレポー!」
ビュワーン! ビュワーン!
上田が呪文を唱えると、三人の身体が魔法力の光に包まれ、一気に上空へと飛んで行った。
そのスピードはすさまじく、ぐんぐん豆の木の先が見えてくる。
樹の先は、雲の中へと吸い込まれていた。
その樹の幹に沿って、三人の身体も雲の中へ突っ込んでいく。
雲を抜け、視界がはっきりしてくると同時に、三人を包んでいる光が消え、石川達はその場にゆっくりと着地した。
だが、石川と岡野は周囲を見渡した途端、
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
それこそ目玉が飛び出さんばかりに驚いた顔をして、その場に硬直してしまうのだった。
☆
石川と岡野が驚いたのも無理はない。
そこは何てことはない、ごくごく普通の町だったのだ。
地上の町との違いと言えば、地面が雲で出来ているため白く、若干ふわふわしている、といったくらいか。
『天上世界』ということで、三人はそれこそ童話に出てくる雲の上の国を想像していたのだが、実際の天上世界はそのイメージをぶち壊すほど衝撃的だったのだ。
「ここ……本当に雲の上?」
目をパチクリさせながら石川が言った。
「確かにそうっぽいぜ。ほら……」
岡野が前方を指さす。
そこには看板が立っており、「ようこそ雲の上の世界・チェーロタウンへ!」と書いてあったのだ。
ちなみに「チェーロ」とは、イタリア語で「空」の事である。ようするにこの町の名前は、和訳すれば「空町」となる。
……まぁ、偶然の一致だろう。うん。
とにもかくにも、三人は町の入り口からぐるっと町を見回してみたが、最初の印象通り、本当にこの町は何の変哲もない、ごくごく普通の町だった。
民家や各種生活用品を売っているお店、武器屋、防具屋、宿屋などが軒を連ねている。
「本当に、ここの人達って、不思議な力を持ってるのかな……?」
「さぁ……」
町の様子を見て、石川達は粘土板に書かれていた内容について、かなり懐疑的になってしまっていた。
そこへ、
「あらぁ〜? 珍しい」
突然、可愛らしい声がして、一同は振り返った。
そこに立っていたのは少女だった。
髪型はダークブラウンのセミショートで、笑うと八重歯が覗く。
年の頃は石川達とほぼ変わらないだろう。
可愛らしさはハナマルだ。
「こんにちは!」
「あ、うん、こんにちは……」
いきなり元気よく挨拶をされて、石川達は一瞬呆気にとられる。
少女はペコリとお辞儀をすると、ニコニコ笑って言った。
「あなた達、下の世界からのお客さんでしょ?」
「え、何で分かるの?」
きょとんなる石川に、少女は得意げに続ける。
「だって、この町じゃ見ない顔なんだもん。ここには、町はこのチェーロタウンしか無いからね」
「あ、なるほど……」
「でも珍しいな。ここ半年くらいは、下の世界からのお客さんが途絶えてたのに……」
「どういう事?」
彼女が言うには、半年前に、東の方に突然城が出現し、それ以来、下の世界との行き来が出来なくなってしまったのだという。
「東の方に……城?」
「そう。しかも丁度その頃に、モンスターたちが凶暴になっちゃったし……」
「ふ〜ん……」
少女の話を聞いて、三人は疑問を抱いていた。
(じゃあ何で、おれ達はあっさりここに来られたんだ……?)
だが、その思考はそこで中断されることになる。
「ねえねえ、もし良かったら、あたしが町を案内してあげよっか?」
愛くるしい笑顔のまま、少女が言った。
その勢いに飲まれた三人は、コックリと頷く。
「あ、じゃあ、お願い……」
「そう言えば、自己紹介がまだだったよね。あたし、ルーチェ。ルーチェ・ソラーレ!」
ルーチェに連れられて、石川達はチェーロタウンを見て回った。
改めて町を見て回ると、道のほかにもう一つ違いがあった。
それは、時折下半身が小さな雲になっている人々が歩いているという事だった。
いや、「歩いている」という表現では語弊がある。
彼らは地面から数十センチの高さを、プカプカと浮遊しながら移動しているのだ。
見た目で言えば、某『マ〇オ』に出てくるジュ〇ムにそっくりだった。
「ねえ、ルーチェちゃん。あの人たちは……?」
上田がその中の一人を指さしながら、ルーチェに尋ねる。
「あ、そっか。地上には自動雲は無かったんだっけ……。あれはね、『自動雲』って言って、この町じゃ結構みんなが持ってる乗り物なんだよ。雲の中で足を動かさないと動かないんだけど、普通に歩くよりも早く動けるから楽なんだ」
「ああ、要するに自転車みたいなものな訳ね……」
上田が納得したような、呆れたような顔で頷く。
ひとしきり町を見て回った後、四人は街角の食堂に入っていった。
食堂と言っても、いわゆるファーストフード店だ。
そこで三人は粘土板をルーチェに見せていた。
「この粘土板、ブッコフタウンって町で翻訳したんだけど、それによると『古来より、天に住む人々には不思議な力を持つ者がいる』って書かれてたんだ」
それを聞いて、ルーチェはあっけらかんと言った。
「ああ! 確かに昔は、そんな人たちもいたかもね。でも、何百年も昔の話だよ」
「いっ?」
「その粘土板、古い物なんでしょ? 歴史資料としては価値があるかもしれないけど、今の情報としては使えないんじゃないかなぁ……」
思わず石川達はテーブルに突っ伏す。
よく考えてみれば、それはそうだった。
解読しようとしている時は必死で気づかなかったが、現実的な考え方をすれば当たり前だ。
ちなみに、その頃……。
「テキストさん。倫理さん達、もう天上に着いた頃でしょうか……?」
「そうですねぇ……」
ブッコフ図書館の休憩所で、サクラとテキストはお茶を飲んでいた。
「しかし、彼らはなんだって天上に?」
「えっと……確かあの人たちが持ってた粘土板に、古代アッタノカ文明の文字で『古来より、天に住む人々には不思議な力を持つ者がいる』って書かれてたって……あ!」
思い出したようにサクラが叫んだ。
「今、天上世界は普通の町になってるってことを伝えるの、すっかり忘れてました……」
「あのね……」
汗ジトになって呟くサクラに、思わずテキストもあきれ顔であった。
「んで、結局どうするよ?」
太陽が傾きかけた頃、三人はルーチェの案内で宿屋にいた。
と言うのも、ルーチェの家が宿屋を経営していたからだった。
「あの粘土板が手掛かりにならないって言うんじゃあね……」
岡野が疲れたように、ベッドにゴロンと横になる。
「そう言えばさ、前にチューノ達が言ってたよね……」
「ん?」
テーブルに頬杖をついていた上田が思い出したように口を開く。
「ほら、『異変を鎮めた来訪者達は、自らの世界に帰るであろう』ってやつ」
「ああ、そう言えばそんな事言ってたっけか……」
「もしそれが本当なら、ここで例の東の城を調べてみるのも手かもね」
「ん〜。他に手掛かりも無いし……やるだけやってみるか!」
「そだね」
上田の提案に、石川と岡野も同意する。
そこへ、
「みんな〜! 晩御飯の用意が出来たよ〜!」
廊下からルーチェの声が聞こえた。
三人を夕食に呼びに来たのだ。
「は〜い、今行くよー!」
三人は声をそろえて返事をすると、取り敢えずは夕食に向かうのだった。
一方、例の東の城。
そこは真っ白な宮殿で、外見はインドのタージ・マハルに似ていなくもない。
今、その城に来客があった。
粘土状の身体を持った異形の騎士――クレイである。
「お久しぶりデスヨネー、クレイ様」
出迎えたのは、暗い紫色のローブをまとった闇騎士だった。
特徴的なのは頭で、U字磁石そのものだった。
そして、N極とS極の間の部分に眼球が一つ浮かんでいる。
「元気そうやなぁ、エセヌはん」
そう。彼こそクレイ配下の闇騎士で、磁界術士・エセヌといった。
「今日はあんさんに頼みがあって来たんや。異世界から現れはった、三人の子供がこの天上世界までやって来た。そいつらを始末してほしいんや」
相手が『子供』と聞き、ウインドリザードの時と同じように、エセヌは一つしか無い目を怪訝そうにまばたく。
「子供? クレイ様、我々が子供の相手をするんデスヨネー?」
「子供や思うてナメたらあかん。そいつら、ウインドリザードやアングラモンを倒しはったし、ワイらも手傷を負ったんやで?」
「なんと、クレイ様に手傷を!? なるほど、それなら、クレイ様が直々に我々に依頼に来られるのも分かるんデスヨネー」
キラリとエセヌの目が怪しい光を放つ。
クレイは珍しく真面目な表情をして言った。
「頼んだで、エセヌはん達」
☆
翌日、三人はチェーロタウンで装備や道具をそろえると、東の城に向かって出発した。
「気を付けて。また遊びに来てねー!」
そんな三人を、ルーチェは町の入り口から、彼らの姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。
東の城とは言っても、この天上世界は思ったよりも狭い。
雲で出来ている大地も、ちょうど日本の淡路島くらいの面積しか無かった。
そんなわけで、三人は二日もすると、もう城に到着していた。
「う〜ん。やっぱり、雲の上の建物って言ったらこんな感じだよね……」
そびえ立つ城を見上げながら、上田がのんきな感想を口にする。
「油断すんなよ。いつものパターンからすりゃ、この中もモンスターがわんさかいるに決まってんだから」
果たして、岡野の言葉通り、三人は城に入るなり、モンスターたちから熱烈な歓迎を受けた。
鋭いくちばしで、好物である人間の心臓を抉り出そうとしてくる怪鳥、いのち鳥。アイス系の呪文を唱えてくるクラウド系のモンスター、アイスクラウドに、フレア系の呪文を唱えてくるフレイムクラウド。次々に呪文を唱えてくる仮面、デーモンマスク。
「え〜い、邪魔だ邪魔だぁっ!」
十分に準備を整えてきた三人は、チームワークでもってモンスターたちを迎え撃った。
石川の剣が閃き、上田の呪文が舞い、岡野の拳が道を切り開く。
これは敵わないと見たか、モンスターたちは縮こまって一斉に退散した。
「なーんだ、あっけねえの」
拍子抜けしたように、岡野がパンパンと手をはたく。
「みんな、ほら」
石川が前方を指さすと、上階へと続く階段が見えた。
「行こう!」
「OK!」
三人は慎重に階段を上っていく。
上りえ終えると、そこは広い部屋で、四方の壁は吹き抜けになっていた。
外には青空が見え、雲の大地を隅々まで見下ろすことが出来た。
「ようこそ、歓迎するんデスヨネー!」
「!」
三人が声のした方を向くと、玉座に座っていた主が立ち上がって拍手をしている。
頭がU字磁石のようになった闇騎士――エセヌだ。
「あんたがここのボスかい?」
ファイティングポーズをとりながら、岡野が訪ねる。
「その通り。磁界術士・エセヌというんデスヨネー。以後、お見知りおきを」
「お前が天上と地上の行き来を出来なくしたのか?」
「ご名答。この天上世界を、我々好みの世界に作り替えるんデスヨネー。だから邪魔者に侵入して欲しくなかったんデスヨネー」
「ちなみに、どうやって行き来出来なくしたわけ?」
質問する上田に、岡野は思わずジト目で突っ込んだ。
「おいおい、そんな事教えてくれるわけ……」
「我々の磁力結界の力なんデスヨネー」
「ガクッ」
あっさりネタばらしをするエセヌに、岡野はその場でつんのめった。
「磁力結界は、自分が進もうと思ってる方向に進んでも、まるで見当違いの場所に行ってしまうんデスヨネー。だからどんなに正確な地図を持っていたとしても、先に進むことが出来ないんデスヨネー」
その説明を聞いて、三人は思い当たることがあった。
「そうか……だからおれ達はあの時、豆の木までたどり着けたのか!」
あの時三人はゴーレムに追われて、地図も見ずに走っていた。
そのことが、かえって三人を目的地まで無事に到着させたという訳であった。
「さて、そろそろお喋りもおしまいなんデスヨネー。お前達には、ここで消えてもらうんデスヨネー!」
叫ぶが早いか、エセヌは杖を振りかざして飛び掛かって来た。
ちなみにその杖も、先端がU字磁石の形をしている。
「おっと!」
三人はその攻撃をよけ、反撃に転ずる。
ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!
「火炎呪文・メガフレア!」
上田の掌から火球が飛ぶが、エセヌはそれを杖ではじき返した。
「むんっ!」
カキィィィン!
「うっそー!」
「じゃあ、これならどうだ! 爆裂拳!」
ダガガガガガガガガガガガガガガガ!
無数に繰り出される岡野の拳を、エセヌは床をすべるようにしてよける。
「ちっ、素早いやつ!」
「喰らうんデスヨネー!」
ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビッ!
エセヌの杖から電撃が発射され、上田と岡野を直撃した。
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
電撃に包まれる二人だが、次の瞬間、信じられない事が起きた。
「えっ!?」
「うわっ!」
ビタッ!
なんと、二人の身体がお互いに吸い寄せられたかと思うと、背中合わせにピッタリとくっついてしまったのだ。
「と、取れない……」
「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
岡野が渾身の力を込めて自分たちを引きはがそうとするが、全く効果は無い。
「HAHAHAHAHA! どうデスヨネー? 我々の磁力結界は、人間だろうとなんだろうと、磁石にする事が出来るんデスヨネー!」
「くっ……」
「その格好じゃ、ろくに動けないんデスヨネー。今、引導を渡してやるんデスヨネー!」
エセヌが杖を振りかざす。
だが、
ガキィィィィィィィン!
杖が振り下ろされた瞬間、その場に石川が割って入ったのだ。
「おれを忘れんなよ!」
「テッちゃん!」
「ふん、こしゃくな! お前も磁石にしてやるんデスヨネー!」
ビビビビビビビビビビビビッ!
再びエセヌの杖から電撃が発射されるが、石川はその動きを読んで、空中に飛び上がる。
「なにっ!?」
「同じ手が何度も通じるかぁっ!」
そのまま石川は、思いっきり剣を振り下ろす。
ザシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」
エセヌは真っ二つになって、その場に崩れ落ちた。
「なんだ、思ったより弱かったな……。待ってて二人とも。今、なんとか……」
石川は剣を収めると、上田達に近づいていく。
しかし、
「待ってテッちゃん、油断しないで!」
岡野の背中にくっついたまま、上田が叫ぶ。
そう、術者であるエセヌが倒されたのなら、上田と岡野の魔力も解けているはずである。
だが、彼らはいまだにくっついたままだったのだ。
「ふっふっふっふっふ……」
なんと、真っ二つになったエセヌが立ち上がったかと思うと、それぞれの切り口からプラナリアのように再生する。
だが、再生したエセヌは色が変わっていた。
N極側だった方は赤いローブに、S極側だった方は青いローブに身を包んでいるのだ。
「ふはははははははははははっ! 驚いたんデスネー!」
高笑いと共に、赤い方がふんぞり返る。
青い方もにやりと笑って続けた。
「これぞ我々の本当の姿、双子の闇騎士エセヌ兄弟! ワタシは弟のグーネ・エセヌ!」
「そして私は兄のマーグ・エセヌなんデスネー!」
すでに気づいている読者諸兄も多いと思うが、今までエセヌが自分の事を「我々」と称したり、クレイが「エセヌはん“達”」と言っていったのは、伊達でもハッタリでもない。
すべてはこのため。
エセヌは双子が融合した姿をとっていたのだ。
「さあ、第2ラウンドといくんデスヨー!」
グーネが杖から電撃を放つ。
「くっ!」
石川は間一髪、それをよけるが、今度はそこにマーグの杖が襲い掛かって来た。
「ちいっ!」
ガキィィン!
石川は今度は剣で杖を受け止める。
二対一では、戦況は圧倒的に石川が不利だった。
今は二人の攻撃を何とかしのいでいるが、それも時間の問題だ。
いずれ石川の疲労が限界を迎え、致命傷を受けてしまうのは確実だった。
「ふはははははははははははははははははははっ! 勝負はあったんデスネー!」
「HAHAHAHAHA! 観念してやられるんデスヨー!」
上田と岡野は、悔しそうに戦況を見守っていたが、やおら、岡野が叫んだ。
「こうなったら……上ちゃん、ちょっと我慢しろよ!」
「えっ? うわっ!」
なんと、岡野は背中に上田をくっつけたまま立ち上がると、エセヌ兄弟の方に向かって行ったのだ。
だが、背中にくっついている上田の方はたまらない。
「酔う! 酔う!」
しこたま揺すられ、乗り物酔い寸前であった。
そんな上田を、岡野は叱咤する。
「こら、上ちゃん! 酔ってる場合じゃないって! 背中合わせになってても、呪文は使えるだろ! この状況を利用するんだよ!」
「あ、そっか……おぇっ!」
岡野は前後に目がついていて、三六〇度の方向からの攻撃に対処できるという状況を作り出したのだ。
「ふふん、所詮は急場しのぎなんデスヨー!」
「大人しくやられるんデスネー!」
「やってみなきゃわからないだろ!」
岡野がマーグ達に飛びかかり、上田が背中側から呪文を放って援護する。
しかし、エセヌ兄弟はそれすら容易にかわしていた。
「あいつら、なんであんなに素早い動きが……」
上田達が戦闘している間に、アイテムで体力を回復させていた石川が、目を凝らして戦況を伺う。
「おや……?」
すると、あることに気づいた。
エセヌ兄弟の身体が、地面からわずかに浮かび上がっているのだ。
「そうか……あいつら、リニアモーターカーみたいに磁力で浮いてたのか。だからあんなに素早い動きが……」
石川は頷くと、二人に向かって叫んだ。
「上ちゃん、岡ちゃん! そいつら、磁力で浮かんでる! それでそんなに素早い動きが出来るんだ! だからその磁力を何とかすれば……」
「そっか! よーし、だったら……」
上田は岡野の背中にくっついたまま、目を閉じ、印を結んで呪文を唱える。
ゼー・レイ・ヒーラ・ヴィッセル!
(閃光よ、閃け!)
「閃光呪文・バーネイ!」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
上田の掌から、バーンよりも巨大な炎の帯が噴き出す。
「なにっ!?」
マーグとグーネはその炎をよけようとするが、バーネイはそれよりも早く、二人の身体を包み込む。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
二人は黒焦げになって、その場に倒れ伏す。
磁力が消えたのだ。
そもそも磁石は、小さな磁石の集合体のようなものだ。
そんな磁石を、ある一定の温度以上の高熱で熱すると、磁石を作っている物質の原子自身が激しく運動するようになり、小さい磁石を作っている部分同士の磁力が壊れてしまう。
これを「キュリー温度を超える」と言うが、これによって、磁石は磁力を失ってしまうのである。
同時に、上田と岡野の身体もあっさりと離れた。
「やった!」
「ありがと、テッちゃん! テッちゃんのおかげだよ!」
そんな二人に、石川は笑顔でVサインを送った。
「ぐぬぬぬぬっ、おのれー!」
フラフラになりながらも、マーグとグーネが立ち上がる。
「お前たち、もう許さないんデスネー!」
「もう一度、今度は三人まとめて磁石にしてやるんデスヨー!」
「そうはいくか!」
三人は叫ぶや、一か所に固まる。
だが、これでは格好の的のようなものだ。
「ふっふっふ、諦めたんデスネー……」
マーグとグーネは、左右からジリジリと三人に近づくと、同時に杖を振り上げる。
「喰らうがいいデスヨー!」
ビビビビビビビビビビッ!
二人は同時に、杖から電撃を放った。
だが、
「今だ!」
岡野は石川と上田を抱えると、一気に跳躍したのだ。
電撃は三人がいた空間を通り過ぎていく。
そしてその先には……
「あ……」
「く、来るなー!」
ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビッ!
マーグ達は、お互いが放った電撃をモロに浴びてしまった。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
今度はお互いの身体が磁石のようになり、真正面からピッタリとくっついてしまう。
「し、しまった! これじゃ合体も離れることも出来ないんデスネー!」
「マーグ、何とかしてほしいんデスヨー!」
二人は絡み合ったまま、その場でジタバタしている。
そこへ、石川達がポキポキと指を鳴らしながら、ゆっくりと近づいて行った。
「お前ら、よくもやってくれたな……?」
「覚悟は出来てるんだろうね……?」
「たっぷりと礼をしてやるぜ……」
三人の迫力に、エセヌ兄弟の額を嫌な汗が流れ落ちる。
「あ、えーと……。遠慮しとくんデスネー……」
「問答無用じゃーっ!」
三人は般若のような形相で、エセヌ兄弟に飛びかかった。
「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらっ!」
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
三人にボコスカ蹴りを入れられ、マーグとグーネは全身複雑骨折で病院送りとなったのだった。
「へんっ、ザマア味噌漬け!」
パンパン、と手を払いながら、三人はボロ雑巾のようになったエセヌ兄弟から離れていく。
だが、その行動はあまりにも不用心すぎた。
マーグの方はまだ気を失ってはおらず、手首にはめたブレスレットのボタンを押していたのだ。
ガバッ!
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
足元の床が大きく開いて、石川達はその中に落下していった。
穴の奥は奈落に通じているかのように、三人の姿は一瞬で見えなくなった。
「ぶぶぶ……ごぶだづだら、ぼばべだぢぼびぢづでだんデズベー……ガクッ」<ふふふ……こうなったら、お前たちも道連れなんデスネー……ガクッ>
マーグはまともにしゃべる事も出来なくなったほどいびつになった顔で、必死に笑みを浮かべると、今度こそ気絶した。
To be continued.
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