南海の大決戦!?

 ウインドリザードとの死闘を制した石川達は、さらに南に向かって進んでいた。
 モーカから聞いた話の通り、日が暮れる頃には、三人は海に出ていた。
 そこには小さな港があり、やや大きめの帆船が一隻停まっている。
 建物は宿屋のような物が一つポツンと建っているだけで、民家らしきものは無い。
「ごめんくださぁ〜い」
 その宿屋のような建物に、三人は入っていった。
「お、なんでいなんでい。こんな時間にお客さんたぁ、珍しいじぇねえか」
 中に居たのは威勢のいい角刈りの男であった。
 服装は船長であることを示す紋章の入ったロングコートだ。
 融通の利かなそうな頑固な表情に、キリリと太い眉――まさに絵に描いたような『海の男』だった。
 男の雰囲気に圧倒されながらも、代表して石川が口を開いた。
「おれ達、モーカさんに船を紹介してもらった者で……」
「お、なんでぃ。坊主たちがそうか! オレっちはリマッカ海運のミオク・リマッカだ! よろしくな!」
「ガハハ」と豪快に笑いながら、ミオクは三人それぞれと握手する。
「…………」
 上田などは手を強く握りしめられて、少しヒリヒリしているようだった。
 穏やかな紳士だったモーカとは対照的だが、一応、彼もモーカの親戚らしい。
 リマッカ商会はモーカの一族が経営する、この大陸でも指折りのコンツェルンなのだ。
 会長であるモーカが、商売敵からすら慕われているほど人格に優れていることもあり、その事が、リマッカ商会の繁栄を強固なものにしていた。
 そして、ミオクは幼少の頃から海で生きて来た男だった。
 彼はこの世界の海を愛していた。
『海の安全のため』という理由でモーカが定期船の出港停止命令を出した時も、彼は非常に悔しい思いをしていた。
 それはその指示を出したモーカに対してではなく、そんな指示をモーカに出させてしまった自分自身のふがいなさに対してである。
 そんな彼であるから、モーカから「異世界の少年たちの力になって欲しい」という連絡がきた時には、それこそ飛び上がって喜んだものだ。
「さて、さっそく出発……と言いてぇところだが、今日はもう遅い。今日はゆっくりと体を休めな。明日にゃ、朝イチで船をぶっ飛ばしてやっからよ!」
「は、はあ……」
 ミオクの威勢に終始圧倒されたまま、三人は港で一泊する事にしたのだった。

 翌朝、三人はさっそく乗船した。
 まさに中世のRPGに出てくるような、海賊に憧れる男の子ならたまらないような木製の帆船だった。
 その時、甲板をデッキブラシで磨いていた乗組員が、三人に声をかけた。
「ようこそ、『ブットバ・シー号』へ……ってありゃ!?」
「あんたは……」
 乗組員たちは、石川達の顔を見るなり目を見開いて叫んだ。
 石川達も驚いた顔をして乗組員たちを見る。
 一人は中肉中背の青年で、もう一人は2メートルはありそうな筋肉男、そしてもう一人は、小柄な髭面だ。
「チューノ……?」
 そう、彼らはハテナ町で最初に出会ったチンピラ三人組だったのだ。
「何やってんの、あんたら……?」
 ジト目で岡野が尋ねる。
 それに対して、チューノが照れたようにポリポリと頭をかきながら答えた。
「いや〜、実はあの後、オレらも『救世主が現れたからには、いつまでもフラフラしてらんない』って三人で話し合って……。丁度ここのリマッカ海運が求人募集してたんで、雇ってもらったって訳なんスよ」
「ふ〜ん……」
「ここで再会したのも何かの縁ですし……兄さん達は、オレらがしっかり送り届けてあげますぜ!」
「ウッス! お送りするッス!」
 胸を張って笑うチューノ達だが、そこにミオクの声が響き渡る。
「くぉら〜っ! お前ら、さぼるんじゃねえ! そんなんじゃおまんま食わせてやんねえぞ!」
「すんませ〜ん!」
 慌てて三人は甲板磨きの作業に戻った。
 なんだかなぁ……。

 一方、港を離れて行くブットバ・シー号を、やや離れた所から見送っている三人の人影があった。
 説明の必要は無いだろう。
 ガダメ達である。
 ウインドリザードが敗北したという知らせを受けた三人は、急いで後を追っていたのだが、あと一歩のところで追いつけなかったという訳である。
「やれやれ。まさかあいつら、ウインドリザードはんを負かすなんてなぁ……」
 肩をすくめながらクレイが嘆息する。
「…………」
 ガダメも生真面目な表情のまま口を閉ざしていたが、ウインドリザードの敗北に動揺している様子が見て取れた。
 彼もまさか、ウインドリザードが敗北するなどとは思ってもみなかったのである。
「しっかし、ウインドリザードはんにはキッツイお灸を据えてやらんとなぁ。負けただけならまだしも、城を通すのはあかんで」
 苦虫をかみつぶした表情で吐き捨てるクレイだったが、ガダメはそれを制止するように言う。
「やめておけ。奴も全力を尽くして敗北したのだ。奴に処罰が必要だと言うのであれば、私が責任を負おう」
「……はいはい、相変わらず手下に優しいなぁ、ガダメはんは」
 軽口を叩くクレイだったが、彼もガダメの性格は良く分かっているのか、それ以上は追求しようとはせず、再びため息をついた。
「せやけど、どないすんでっか? このままやったら、奴ら、いずれはスパイドルナイト様のもとに辿り着いてまうで?」
「それならば、今度は、私が、手の者を、向けるとしましょう」
 それまで黙っていたアーセンが、相変わらず抑揚のない調子で口を開く。
「そうか……。この海域は、アングラモンのテリトリーだったな……」
 思い出したようにガダメが呟いた。
「それでは、行って参ります」
 それだけ言うと、アーセンは疾風のようにその場から消え失せた。
 その場に残されたガダメとクレイだったが、少し間をおいてクレイが呟いた。
「アングラモンはんか……。ワイ、あいつはどうも苦手やなぁ」
「……私もだ」
 スパイドル軍の幹部である彼らでさえ、渋い顔をするアングラモンとは一体何者なのか……?



 ミオク・リマッカ自慢の帆船、ブットバ・シー号で出港した三人は、ある意味で船上生活を楽しんでいた。
 アウトドア派の岡野はここぞとばかりに食糧調達も兼ねて釣りなどをしている。
 石川と上田は呪文の練習なども行い、初歩呪文以外にもいくつかの呪文を使いこなせるようになっていた。
 もちろん、船旅中もモンスターの襲撃を受ける事は度々あった。
 水が意思を持ち、人の形をとった水男。巨大化したクラゲのモンスター、ビリビリクラーゲ。カタツムリのような殻と角を備えた魚のモンスター、フィッシュマイマイ。海に生息し、水面を走って移動する一本角の馬、シーホース。
「シャガーッ!」
 牛ほどもあるサイズのフィッシュマイマイが、盛んに海面からジャンプしては甲板に居る乗員たちに攻撃を仕掛けてくる。
「こんにゃろーっ!」
 石川達の他、チューノ達も武器を取って応戦していた。
 さすがにハテナ町ではそこそこ名の通っていた彼らだけあって、石川達のサポート役には十分だった。
「へぇぇ、あいつら、意外と強いんだな……」
 横目でチューノ達の戦いぶりを見ながら、感心したように岡野がつぶやく。
「ウーッス!」
 そうしている内に、今度はウスターがその丸太のような腕から繰り出される拳で、シーホースを一頭KOしていた。
「おらおらーっ!」
 オイスターはその回転体当たりをビリビリクラーゲの横っ腹に叩き込んでいる所だ。
 そしてチューノは、手にした剣で飛びかかって来るモンスターを次から次へと海の藻屑へと変える。
「ヒヒーン!」
 いななきと共に、別のシーホースが、岡野の前に降り立った。
 こいつは一見すると角の生えたユニコーンのようだが、四肢には魚類のようなヒレが付いている。
 草食性の馬とは違い、水中に獲物を引きずり込んでその肉や内臓を食ってしまうと言う、なかなか凶暴なモンスターだ。
「おおっと、やられっかよ!」
 滑るように移動して来たシーホースの突進をよけると、岡野はその横っ腹に思いっきり蹴りを入れた。
「ブルッヒィィィン!」
 シーホースは悲鳴を上げると甲板に転がり、いつものようにゴールドへと姿を変える。
 その他のモンスター達も、レベルを上げた石川達の格好の稽古相手にされていた。

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!
(火の神よ、猛火の裁きを!)

「火炎呪文・メガフレア!」
 突き出した上田の拳から、サッカーボール大の火球が飛び出してフィッシュマイマイを包み込む。
「シャゲーッ!」
 たちまちそこには、特大サイズの焼き魚が出現していた。
 横では石川が目にもとまらぬ速さで剣を振り回し、別のフィッシュマイマイを刺身にしていた。
 手にしているのは鉄の刀だ。
 出発する時に、宿に入居していた武器屋で買い換えたのだ。
 同時に上田も鋼の杖、岡野もパワーグローブという武器を購入していた。
「ヒューッ、やるじゃねえか」
 操舵輪を握って舵を取っているミオクが、戦いの様子を見守りながら感心するように口笛を吹いた。
 その時だ。

 ザバアッ!

 船の後方の海面から、突如、水男が飛び出して襲い掛かって来たのだ。
「あっ! ミオクさん、後ろ!」
 慌てて石川が後ろを指さすが、ミオクは素早く振り向くと、金属製の筒を構えた。
 それには引き金が付いており、ミオクがそれを引くと、筒から轟音と共に火球が発射されたのだ。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 火球をまともに喰らった水男は、飛沫になって雨のように甲板に降り注ぐ。
「へっ! オレっちの『鋼のバズーカ』を味わいたい奴は、遠慮なくかかってきやがれ!」
 鼻をこすりながら得意そうに叫ぶミオクを見て、石川も目が点になったまま固まってしまうのだった。
 一同の奮戦ぶりに、ブットバ・シー号を襲ってきたモンスターの群れはどんどんその数を減らしていった。
 そして、モンスターの最後の一体が倒された、その時。
「あ、兄さん達、ちょっと待って欲しいッス」
 ひっくり返ってまさにゴールドへと変わろうとしていたビリビリクラーゲの前に、チューノが入って来たのである。
「どうしたの?」
「いえね、これをこうすると……」
 言いながら、チューノは一本の杖を取り出す。
 先端に緑色の宝石が埋め込まれた杖だ。
 チューノがそれでビリビリクラーゲを軽く叩くと、いつものようにゴールドへと変化する事はなかった。
「いやぁ、すんません。コックからビリビリクラーゲを調達して欲しい、って言われてたもんで……」
「チューノ、今、何やったの?」
「あれ、ウエダの兄さん、知らなかったッスか? この『モーフスティック』で叩いておけば、モンスターは倒されてもゴールドにならないんスよ」
「へぇ〜……」
 興味深そうに、上田はモーフスティックを見つめている。
 聞けばこの杖は、この世界では一般的なアイテムで、狩人や漁師と言った職業の者は必ず持っているのだと言う。
 ザコやこのビリビリクラーゲなど、食材になるモンスターは存在するし、その他にも角や毛皮などが加工品の材料になるモンスターも数多くいる。
 そういったモンスター達を、言わば加工材料としてその存在をとどめておくために必要なものが、このモーフスティックなのだった。
 余談だが、このアイテムは作成法などは古来から伝わっている物の、いつ、誰が初めて作ったのかは謎に包まれているらしい。
 そもそも「モンスターが倒されるとゴールドに姿を変える」という現象も、古代の神々がこの世界に存在するモンスターに魔法をかけたため、という言い伝えすらあった。
 その夜には、当然のように食卓にはビリビリクラーゲがのぼった。
 調理されたビリビリクラーゲは一見、刺身コンニャクのようであったが、コンニャクのように歯ごたえがある訳ではなく、口の中に入れるととろけるように味が広がる。
「ザコの時も思ったけど、食用になるモンスターって美味しいんだねぇ……」
 感心したように石川が言った。
 他にも、シーホースの“馬刺し”などもあり、これも獣肉と魚肉の良さを兼ね備えた珍味であった。
「おれ、魚は苦手なんだけど、これはいけるかも……」
 小皿の調味料に刺身をつけながら、上田も嬉しそうに笑った。

 同じ頃、アーセンはとある場所を訪れていた。
 そこは海の上に浮かぶ神殿、といった様子の建物だ。
 厳密に言えば、海の上にポツンとある小さな島一杯に、神殿が建っているのである。
 神殿に入って行ったアーセンを、一人の男が出迎える。
 彼は僧服姿で、頭部はチョウチンアンコウそのものだった。
 彼こそ、アーセンの配下である闇騎士、海霊法師・アングラモンだ。
「お久しぶりです、アーセン様」
 金銀宝石で悪趣味なほど飾り立てられた、豪華絢爛なティーセットで紅茶を勧めながら、アングラモンが言った。
「調子は、どうです、アングラモン?」
 そんな悪趣味さをまるで気にせず、アーセンは紅茶を口に含みながら尋ねる。
 ちなみに彼は、右手である土偶の腕を指のように使い、カップを持っていた。
 実に器用である。
「おかげさまで儲かっております。この海域は、もはや完全に我々の物ですぞ」
 フッとアングラモンが笑みを浮かべ、前髪をかき上げるように優雅なしぐさで額の提灯をかき上げた。
 アンコウそのものの顔での気障なしぐさは、お世辞にも似合っていない――と言うか、滑稽ですらあった。
 だが、彼は自分自身が美しい存在であると信じて疑っていなかった。
 要するに重度のナルシストなのである。
 ガダメやクレイが彼を苦手としているのもこういう部分にあった。
 しかし、アーセンはそんな部分がまるで気にならないのか、いつものように抑揚のない口調で淡々と言葉を続ける。
「それは、重畳。さて、今日は、あなたに、仕事を、一つ、お願いしたくて、やって来たのです」
 アーセンの言葉に、アングラモンの目がキラリと光る。
「ほほう。その仕事とは一体……?」
「もう、聞いているかも、知れませんが、異世界からの、来訪者達の、件です。すでに、ストーンコッカーや、ウインドリザードは、彼らの前に、敗れました」
「それほどの人物の消去を私ごときにお命じになるとは……実に重い任務で御座いますな」
 控え目な口調とは裏腹に、顔は喜々として輝いている。
 この任務を達成すれば、軍内での自分の地位も上がる……という訳だ。
 しかし、アーセンはそれを見透かしているかのように、普段と変わらない調子で言った。
「謙遜は、おやめなさい。もし、任務達成の、暁には、スパイドルナイト様に、私の方から、褒美については、言上しましょう」
「ありがたき幸せ!」
 深々とアングラモンが頭を下げる。
 アーセンの方は、そんなアングラモンをあくまで無表情な瞳で見つめていた。

 港を出てから数日後、ブットバ・シー号は小さな島に立ち寄った。
 島の周囲は子供の足でも一時間もあれば一周出来る位の大きさだった。
「ここは?」
「『ムジン島』ッス。名前の通り人は住んでないんスけど、キャンプ場やらあるんで、ここで休暇を楽しむ奴も多いッスよ。まぁ、それもモンスター達が凶暴化する前までの話じゃあるんスけど……」
「この世界にもキャンプ場ってあるんだなぁ……」
 アウトドア派の岡野は、その説明を聞いてワクワクしているようだった。
「今日はここで補給とかするらしいですし……何だったら兄さん達も、キャンプ場で一泊してきたらどうッスか?」
「いいな、そうするよ!」
 そう言うと、岡野は一目散にキャンプ場に走って行った。
 なんだかんだ言って、彼らもまだ遊び盛りの小学生なのだ。
 異世界に来てさえいなければ、無邪気に遊んでいるはずだったのだ。
「ところでチューノ、これは何……?」
 キャンプ場の入り口に立っている、鉄製のタンスのような物体を指さして上田が尋ねる。
 正面には窓が付いており、そこには様々な飲み物の見本が並んでいる。
 窓の側には丁度ゴールド硬貨が入る位のスリットが開いていた。
 どこからどう見てもこれは――
「ああ、そりゃ飲み物の自動販売機ッスよ」
 あっけらかんと言うチューノに、上田と石川は思わずつんのめった。
「この世界にもあるのかよ、そんな物……」
 顔を引きつらせながら、石川が呆れたように呟いた。
 そう、この世界にも、ある程度の機械技術はあった。
 ただし航空機や自動車などといった高度な機械は開発されてはいない。
 何故か?
 理由は簡単、この世界には『魔法』があるからである。
 例えば長距離移動であれば、瞬間移動の呪文・テレポーか、同じ効果を持つワープフェザーを使えば良い訳であるし、戦いに関しても飛び道具は魔法があるので、銃火器を作るという発想も生まれない。
 いいとこ、せいぜい大砲ぐらいの物だ。
 ミオクが持っている鋼のバズーカも、動力は魔法力だ。だから、飛び出したのは実体弾ではなくて火球だったという訳だ。
 この自販機にしても、機械の中にアイスの呪文を封じたカラクリを仕込んでおくことで、中の飲料を冷やすという仕組みである。

 さて、チューノの提案通り、石川達はミオクに断りを入れて、その夜はムジン島で“キャンプ”をする事にした。
 ……まぁ、厳密な意味では普段彼らがやっている野宿なんかを『キャンプ』と言うのだが。
 それはともかく、チューノの説明通り、ムジン島はレジャー用の島だ。キャンプ場の他にも、小さいものの温泉やアスレチックなども備えている。
 キャンプ場には宿泊用の小屋が五件ほど立ち並んでいる他、側には“かまど”や飯盒(はんごう)、それから薪もあり、自販機と同じようにアイスの魔法がかけられた冷蔵庫にはさまざまな動物の肉や野菜、ジャガイモなどのイモ類まで用意してある。
 かまどで薪を燃やし(当たり前と言うべきか、上田が威力を調整したフレアの呪文で着火した)、その火で肉や野菜を焼き、飯盒でご飯を炊いた。
 以外にも、手際よく調理をしていたのは上田だった。
「上ちゃん、料理得意だったん……?」
 呆気にとられたような表情で、岡野が尋ねる。
「ん〜、まぁ、これくらいなら。ウチじゃたま〜〜〜に手伝いとかしてたし。それにこの間、こういうのもクラブ活動でやったし……」
 ここで言うクラブ活動とは、要するに小学校の部活動みたいなものだと思ってもらって差し支えない。
「ああ、そう言えば上ちゃんのクラブ、『野外活動クラブ』だったっけ。外で遊ばないのに……」
「い〜じゃん、興味あったんだから」
 口を動かしながらも、上田は焼ける肉にパッパと塩・コショウを振りかける。
 あぶりだされた肉汁と脂肪がかまどの炎にしたたり落ちて、チリチリ燃えた。
 肉の焼ける何とも言えない良い匂いが鼻を突き、思わず石川達の腹が「グーッ」と鳴った。

 食事を終えた三人は後片付けを済ませると、小屋に備え付けてあった風呂を沸かし、交代で入浴した。
 温泉はキャンプ場からは少々離れていて、往復するだけで湯冷めしたり入浴後にまた汗をかいてしまうから、という理由だった。
 ちなみに風呂は五右衛門風呂で、ここでも上田は慣れた手つきで風呂を沸かしていた。
「ウチのお母さん、実家は五右衛門風呂にぼっとん便所だったからね。風呂沸かした後の灰で焼き芋作るとこれがまた美味しいんだよねぇ……」
 入浴を済ませると、三人は用意していたパジャマに着替えて小屋の床に座り込む。
 その小屋はまさに宿泊用で、バンガローに風呂とトイレ、ベッドと洗面所、テーブルを追加したような非常に狭い小屋だ。
 それでも一家族程度が宿泊するには充分な広さがある。
 しばらく談笑した後、三人はベッドへと潜り込んだ。
「まさかこんな所でキャンプが出来るとは思わなかったよね」
 石川が天井を見上げながら呟く。
「だね。……ん?」
 ふと、窓際のベッドに入っていた上田が窓の外を見ると、空には星が瞬いていた。
 星の並びはもちろん現実世界とは異なっているが、それを除けば、彼らが元居た世界と全く変わらない、綺麗な夜空だった。
「……帰れるかなぁ、おれ達」
 ポツリと上田が呟いた。
「大丈夫だって、絶対帰れるって」
 上田の言葉に含まれている不安を感じ取ったのか、岡野がわざと楽天的な調子で言った。
「そうだね……」
 やがて小屋からは明かりが消え、代わりに静かな寝息が聞こえてくるのだった。



 ムジン島を出発したブットバ・シー号は、順調に航海を続けていた。
 相変わらず、海はその穏やかさに似合わずモンスターを送り込んでくるが、石川達の敵ではない。
 次々とゴールドと食材へ変えられる運命をたどって行った。
「この調子なら、あと2、3日でブクソフカ大陸に着くだろう」
 海図を指さしながら、ミオクが石川達に説明する。
「じゃあ、ボガラニャタウンに着くのももう少しって事?」
 尋ねる石川だが、ミオクは首を横に振った。
「いや、ボガラニャタウンは、ブクソフカ大陸の南の街だ。途中にでかい内海が広がってるんだが、この船じゃそこまで行けねえ」
 ここで少々、この世界の地理について説明しておこう。
 石川達が最初に目覚めたハテナ町のあるハサキヒオ大陸は、この世界でも北の方に位置する大陸だ。
 その大陸でも北側にあるハサキヒオ山脈は標高一四三〇シャグル(約五〇〇〇メートル)級の山々が連なっている上に気候も厳しく、山よりも北側には、一度船で海に出て、大陸を大きく迂回していく必要があった。
 ハサキヒオ大陸を南下すると、海に出る。
 さらに南へ行くと、ムジン島を過ぎてブクソフカ大陸へと到達する。この大陸は東西に長く広がっていて、内海と併せると、片仮名の『コ』を逆にしたような形の大陸だった。
 ブットバ・シー号で内海まで行けない事はないのだろうが、何カ月もかかってしまう事は間違い無かった。
 さすがにそこまでの時間的余裕は、石川達には無い。
「じゃあ、どうするの?」
「済まねえが、ブクソフカで一番近い町、ブッコフタウンでお前さん達を下ろして、そっから南下してもらわなきゃなんねぇ。内海にも港はあるし、この船で遠回りするよりはよっぽど早く着くと思うぜ」
「そっか……じゃあ、もうすぐミオクさん達ともお別れだね」
「悪いな、役に立てなくてよ」
「ううん、そんな事ないよ!」
 三人はにっこり笑って、ミオクに礼を言うのだった。

 翌日にはブクソフカ大陸に到着する、という頃だった。
 その日は珍しく、モンスターの襲撃が無かった。
 日差しも温かったので、一同は甲板の上でのんびりと過ごしていた。
 丁度その時だ。

 バシャァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 突然、海面が盛り上がったかと思うと、海中から人影が飛び出し、ブットバ・シー号の甲板に降り立ったのだ。
「な、なんだ!?」
 驚いた石川達が、揃ってそいつの方に目を向ける。
 人影は、僧服を着たアンコウ頭――アングラモンだった。
「ふふふ……見つけたぞ、異世界の少年たちよ」
 アングラモンがニヤリと笑う。
「我が名は海霊法師アングラモン! 君達をこの海の藻屑とするために遣わされた海の使者なり!」
 優雅にポーズを取って高らかに叫ぶ。
 石川達はあんぐりと口を開けているのだが、アングラモンはそんな事に構ってはいなかった。
「美しいこのボクの手で冥界へ旅立つ事を光栄と思うがいい。抵抗をしないのであれば、せめて苦しまないように……」
「おい」

 ドガッ!

「ぐはっ!」
 アングラモンの口から、カエルが潰されたような悲鳴が飛び出す。
 岡野が側に落ちていた木材を拾って、アングラモンの後頭部に投げつけたのだ。
「何を一人でぺちゃくちゃ喋ってんだよ、お前は。要するに敵か?」
 完全にどっちらけた顔で腕組をしながら、岡野がアングラモンに尋ねた。
 アングラモンの方は後頭部をさすりながら、キッと岡野を睨みつける。
「あたたた……。いきなり何をするのかね! 全く、美しさの欠片も無い小僧だな!」
 いちいち言動に芝居がかかっている。
 三人はイライラしながらアングラモンを見据えていた。
 その時、
「兄さん達、どうしたッスか!?」
 騒ぎを聞きつけて、ミオクやチューノ達が船室から駆けつけて来た。
「ふっ、下賤の者が! 下がりたまえ!」

 ミーゾ・レイヤー・カーチ・レイ!
(氷雪よ、吹きすさべ!)

「吹雪呪文・フリーズ!」
 アングラモンが手を振ると、そこから吹雪が噴き出して、チューノ達を吹き飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 チューノ達は氷まみれになりながら甲板に転がる。
「チューノ! ウスター! オイスター!」
 石川達は、慌ててチューノ達の方に駆け寄った。
 全身のあちこちが凍っているが、幸い命に別状は無いようだった。
 急いで上田が呪文を唱え、三人を治療する。

 カイ・ディー・ユ・ギー・ナッ・セ!
(癒しの神よ、優しき手で包み込みたまえ)

「回復呪文・ヒーラー!」
 ヒールの上位にあたる回復呪文、ヒーラーだ。
「野郎、よくもオレっちの船の乗組員を! これでも喰らいやがれ!」
 チューノ達の無事に安堵しつつ、怒りのミオクが鋼のバズーカを構えるが、それより早く、アングラモンが再びフリーズの呪文を唱える。

 ビュォォォォォォッ!

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 ミオクもまた、氷漬けになって壁際まで吹っ飛ばされた。
「醜い……じつに醜い武器を使うね。優雅さの欠片も無い者にはお似合いの姿だよ」
 アングラモンはさげすむような目でミオクを見下ろしていた。
 ミオク達が傷つけられたのを見て、三人の瞳に怒りの炎がともる。
「こいつ、よくもやったな! チューノ、ミオクさんを連れて、下がってて!」
「わ、分かったッス! 船長、さあ!」
 チューノ達はミオクを支えながら、船室に引っ込んでいく。
 それを見送ると、石川達はアングラモンを取り囲むように、三方に立つ。

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!

「火炎呪文・メガフレア!」
 素早く呪文が紡ぎ出され、上田の掌から火球が飛び出した。
「ふっ、愚かな!」
 アングラモンは大きく息を吸うと、その口から勢いよく氷の息を吐き出す。
 息は火球を打ち消すにとどまらず、上田を吹き飛ばし、壁に叩き付けた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「上ちゃん!」
「ちっくしょ、覚えたての呪文だったのに……」
 氷まみれになりながら、上田が身を起こした。
 素早くヒーラーの呪文で体力を回復させる。
 石川と岡野も、アングラモンへの攻撃を開始していた。

 ゼー・ライ・ヴァー・ソウ!
(閃光よ、走れ!)

「閃光呪文・バーン!」
 石川の手から帯状の炎が噴き出し、それと並行して走りながら、岡野もアングラモンに殴りかかった。
「無駄だよ!」
 アングラモンは炎と岡野の拳を受け流すように避け、再び氷の息を吐き出す。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 上田に続いて、石川と岡野も氷まみれになって吹っ飛ばされた。
「ふふふ、口ほどにも無いねぇ。このままボクが、君達を永遠の眠りへと誘ってあげよう……」
 余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりとアングラモンが石川達に近づいていく。
 だがその頃には、三人も体勢を立て直していた。
「なぁ、上ちゃん、さっきの火炎呪文、まだ使えるか?」
 岡野が何かを思いついたらしく、そっと上田に耳打ちをする。
「えっ? う、うん。魔法力にはまだ余裕があるから使えるけど……」
「おれに考えがあるんだ。いいか……?」
 岡野が上田の耳元に、何事かをささやく。
「何を相談しているんだい? 死ぬ順番でも決めているのかね?」
「そうはいかないっての!」
 立ち上がって、上田が再び呪文を唱えた。

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!

 再び上田の掌に、サッカーボール大の火球が出現する。
「またそれかね。無駄な事だと言っただろう!」
 アングラモンも再度、氷の息を吐くべく大口を開けた。
 が、その後の光景は、アングラモンの想像を超えるものだった。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ドガッ!

 なんと、岡野がその火球を、サッカーのシュートのように蹴り出したのだ。
「なにっ!?」
 これにはアングラモンも度肝を抜かれる。
 そして、その驚きが彼の命取りとなった。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ぽっかりと開かれたアングラモンの口に、岡野が蹴り飛ばした火球が見事に飛び込んだのだ。
「ゴォォォォォォォォォォル!」
 岡野はガッツポーズを取ると、それこそゴールを決めたサッカー選手のように拳を振り上げて飛び上がった。
 余談だが、この頃、彼らの世界ではJリーグがブームの真っただ中だったりする。
「やったね、岡ちゃん!」
「すごいじゃん!」
 上田と石川が、感心したように岡野の元へと集まる。
 岡野の作戦勝ちであった。



 だが、それで終わりではなかった。
「ぼのべ、ぼのべ、ぼのべーっ! よぐぼぼのボグぼごげびびでぐれだばーっ!」<おのれ、おのれ、おのれーっ! よくもこのボクをこけにしてくれたなーっ!>
 アングラモンは火傷してまともに喋る事も出来ないほどいびつになった口で、怨みがましい声を上げながら立ち上がった。
「ぐっ……」
 アングラモンは顔を歪ませると、口元に手を当てがい、何とかヒールの呪文を唱える。
 見る見るうちに、アングラモンの顔は元通りに復元していった。
「小僧共! どうやらこのボクを、本気で怒らせたらしいな!」

 シュォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……

 叫ぶが早いか、アングラモンが猛然と空気を吸い込み始める。
 なんと、そのままアングラモンの身体が何倍にも膨れ上がっていくではないか。
「えっ!?」
「な、何だ!?」
 三人が見守る中、そこには頭がアンコウになった、巨大なタコが出現していた。
<フフフフフ……! 覚悟するがいい!>
 ズ太くなったアングラモンの声が響く。
「こらーっ! 汚いぞ! そんなにでかくなるなんて!」
<ふっふっふ、勝負に勝つためには何をやってもいいのだ!>
 石川の抗議も、アングラモンは涼しい顔をして受け流す。
「くっそー! これでも喰らえ!」

 ディ・カ・ダー・マ・モウ・バッ・ダ!

「たこ焼きにしてやる! ……いや、焼き魚? どっちでもいいや! 火炎呪文・メガフレア!」

 ゴォォォォォォォォォォッ!

 上田がメガフレアの呪文を放つ。
 だが、メガパワーの火球もアングラモンには通じなかった。
<ふふふふふふ……>
「うっそー……」
 メガフレアが直撃しても微動だにしないアングラモンに、思わず上田は汗ジトになる。
「上ちゃん、今度は同時に行くよ!」
「う、うん!」

 グー・ダッ・ガー・ハー・ゼイ・ロウ!
(大気よ、爆ぜろ!)

「爆裂呪文・ボム!」(×2)

 ズガァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 石川と上田、二人の手から、スパークに包まれた光の玉が飛び出し、アングラモンのボディに炸裂する。
 だが、アングラモンのそのぶよぶよしたボディは、その爆発の衝撃を全て吸収してしまった。
<ふっふっふ、無駄だ無駄だ!>
「マジか……」
 二人は揃って冷や汗をかく。
「じゃあこれならどうだーっ!」
 岡野は一気に跳躍すると、アングラモンに連続で拳を叩きこむ。
「爆裂拳!」

 ダガガガガガガガガガガガガ!
 ポロン、ポロン、ポロン……

 しかし、岡野の拳も結局、弾力性のあるアングラモンの皮膚に全て弾かれてしまう。
「バ、バカな……」
<さあ、今度はこちらから行くぞ!>

 ニョロニョロニョロ……

 一気にアングラモンのタコ足が伸びると、三人の身体を捕らえた。
「うわっ!」
「しまった!」
<いいザマだねぇ。そのまま潰れてしまうがいい!>

 ギシッギシッ、ギシッ……

 石川達の身体から、骨のきしむ音が響きだす。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「いだだだだだだだだだだっ!」
 息も出来ず、三人の顔が苦痛に歪んだ。
<ボクの腕の中で死ぬがいい……>
「それじゃああんた、ホモやんけ!」
 アングラモンの気障な台詞に、思わず上田がツッコミを入れる。
 こんな時でもツッコミを忘れないとは、涙ぐましいヤツ……。
 だけど状況はわきまえた方が――
<やかましいっ!>
 案の定、アングラモンは激高し、三人を握るタコ足に力を込めた。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「上ちゃんのアホーッ! 余計に怒らせちまったじゃんか!」
 締め上げられながらも、三人は何とか反撃しようとする。だが、石川も上田も両腕ごとタコ足に巻き付かれているため、呪文も使えない。
 唯一、両腕が自由だった岡野はタコ足を殴りつけるが、それは今の所、無駄な努力だった。
「ちっくしょう、こうなったら……」

 ガブッ!

 やけになった岡野は、どうにでもなれ、とばかりにアングラモンのタコ足を両手で掴むと、思いっきり噛みつく。
 が、これが意外な効果があった。
<いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!>
 アングラモンの悲鳴が響き、三人は握りしめていたタコ足から解放される。
「た、助かった……」
「ありがと、岡ちゃん……」
 上田は急いでヒーラーを唱え、自分達の体力を回復させた。
 その頃にはアングラモンも復活していた。
<クッ、ふざけた事をしてくれたな、小僧共!>
 怒りで顔を真っ赤にしながら、アングラモンの怒声が響き渡る。
「なに言ってんだ、お前が『勝つためなら何してもいい』って言ったじゃねえか!」
 岡野が怒鳴り返す。
<うるさい!>
 怒りのアングラモンがタコ足を振り下ろすが、三人は間一髪で避けた。
 その衝撃に、ブットバ・シー号の船体がグラグラと揺れる。
「どうする、二人とも? あいつの身体、ゴム風船みたいになってて、おれ達の攻撃が通じないよ」
 剣を構えながら、石川は上田と岡野の方を振り返る。
 だが、上田は石川の言葉を聞いて、「はっ」としたような顔になった。
「ゴム風船? 待てよ……」
 上田は一瞬考え込むと、岡野に向かって叫んだ。
「岡ちゃん! テッちゃんを、あいつの頭に向かって、思いっきり放り投げて!」
「えっ?」
「はっ?」
 いきなり突拍子もない事を言われて、石川も岡野も目を丸くする。
「どういう事だよ?」
「いいから、今はおれの言った通りに!」
「わ、分かった。テッちゃん、いいか?」
「う、うん……」
 岡野は石川を抱え上げると、アングラモンに向かって思いっきり放り投げた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 石川はまるでドッジボールのように、アングラモンに向かって一直線に飛んでいく。
 この世界で強化された岡野の、恐るべき膂力(りょりょく)であった。
「テッちゃん、あいつの眉間に、剣を突き刺して!」
 間髪入れず、上田が石川に叫んだ。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 石川が剣を真っ直ぐに突き出す。

 ドシュッ!

 気合の入った一撃は、見事にアングラモンの眉間を貫いた。
<し、しまった! どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>

 ぷしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……キラン!

 巨大アングラモンは、まるで空気の抜けた風船のようにクルクルと宙を飛んでいき、やがて真昼のお星さまになった。
「や、やった……?」
「一体どういう事なんだよ、上ちゃん?」
 ようやく安堵感を覚えた岡野達が、上田に尋ねる。
「あいつの身体は、空気を吸ってゴム風船みたいに膨らんでたわけでしょ? だから、大規模なミサイル攻撃なんかよりも、針みたいな一刺しの方が効くんじゃないかなぁ、って思ったの。でもテッちゃんのジャンプ力じゃ、あいつの頭まで届かないし、岡ちゃんも武器はナックルだから、岡ちゃんの力でテッちゃんを投げ飛ばしてもらえれば、あいつまで届くんじゃないかなって考えたってわけ」
「成程なぁ〜」
 感心したように、二人はため息をつく。
「それに……」
「ん?」
「最後の手段で巨大化した悪者は、絶対に勝てないもんだよ」
 と、上田がウインクしながら付け加えた。



 戦い終わって日が暮れて――
 幸いミオクの傷もたいしたことは無く、ブットバ・シー号は当初の予定通りの航路を進んでいた。
 翌朝にはブクソフカ大陸に到着する見込みだ。
「いよいよ新大陸か……」
 三人は寝室の窓から外を見た。
 まだ陸地は見えないが、明日からの新天地に対する期待と緊張が胸を渦巻く。

 一方、海上を進んでいくブットバ・シー号を、遠くから見つめている影があった。
 アーセンだ。海面すれすれに浮かびながら、アーセンはいつも通り、無表情な瞳でブットバ・シー号の方を見つめていた。
 だが……。
「異世界の、少年たち……。まさか、ここまで、やるとは、思いも、よりませんでした。これは、早く、ガダメ達にも、伝えないと、いけませんね……」
 普段と変わらぬ口調ながらも、そこにはわずかに動揺が走っているのが分かる。
 アーセンは踵を返すと、フッとその場から消え失せた。

To be continued.


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