強敵! ウインドリザード!

 おにぎり山の洞窟で粘土板を手に入れた一同は、洞窟の入り口まで戻ってきていた。
 すでに日は傾き、辺りは夕焼けに包まれ赤く染まっている。
「もう夜になっちゃうね……。キノコノ村までも結構距離があるし、今夜は野宿かなぁ……?」
 辺りを見回しながら上田が言った。
「いや、それよりさっそくこれ使ってみようよ」
 そう言いながら石川が、虹色に光る羽根を取り出す。
 先程のストーンコッカーとの戦いで手に入れたワープフェザーだ。
「そっか。そりゃいいね」
「よし、じゃあ……『ハテナ町』!」
 叫びながら、石川は羽根を上空に放り投げた。
 すると、

 ビュワーン! ビュワーン!

 一同は虹色の光に包まれ、その場から一瞬にして消え失せたのだ。
「お?」
 三人が目を開けると、そこはハテナ町の門の前だった。
 太陽は、三人が羽を使った時と全く同じ位置にある。
 おにぎり山からハテナ町まで、一瞬でワープして来た証拠だった。
「すっごいすっごい! おれ、テレポートなんて初めて!」
 興奮気味に飛び跳ねる上田を見て、岡野がジト目で呟く。
「おれらの世界の人間なら、誰だって初めてだろ……」
 と、その時だ。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
 甲冑に身を固めた中年の騎士が、三人に声をかけて来たのだ。
 見た感じ、警備員といったような雰囲気だ。
「おれ達ですか?」
 自分達を指さし、石川が尋ねる。
「はい。実は、当方の主が皆さんを家にお招きしたいと申しておりまして」
「はぁ?」
 三人は素っ頓狂な声を上げる。
 この世界での知り合いと言えば、最初に因縁をつけて来たチューノたち位だ。
 それなのに、彼らを招きたい人物がいるとは……。
 三人は肩を寄せ合って、ひそひそ話を始めた。
(どうする?)
(さすがに罠……ってのは考えにくいよねぇ。いくら何でも街中だし。第一、おれ達を罠にはめて得する奴なんていないだろうし……)
(断って余計なトラブルになるのも面倒だしね……)
 三人は頷き合うと、騎士の方へ向き直った。
「分かりました、ついていきます」
「おおっ、それは有難い。では、こちらへどうぞ」
 騎士はにっこり笑うと、三人を丁寧に屋敷まで案内していった。

 三人は、町の中でも一番大きな民家へと連れてこられた。
「どうぞ、こちらでお待ちください。当家の主人を呼んで参ります」
 石川達を大広間のような部屋に通すと、騎士は奥へと引っ込んでいった。
 部屋の中央には大きなテーブルが置いてあり、規則正しく燭台が並べられ、蝋燭がゆらゆらと炎を上げている。
 真っ白な壁は汚れ一つなく、様々なタペストリーがかけられていた。
「何かこういう所って……落ち着かないね」
「観光地にいると思えばいいんじゃねぇの?」
 雑談しつつも、三人が手持無沙汰にしていると、立派なひげを蓄えた、恰幅の良い紳士が部屋へと入って来た。
 お金持ちにありがちな嫌味さの無い、人のよさそうな顔をしている。
「いやいや、お待たせしまして。リマッカ商会の会長をやっております、モーカ・リマッカと申します。どうぞ、お座りください」
「は、はぁ……」
 モーカに席を進められ、三人は卓につく。
 モーカも座ると、にこにこした表情で話し始めた。
「いや、突然お連れして訳が分からない事とは思います。実は、ウチの息子を助けて頂いたそうで、そのお礼をと思いまして……」
「息子さん?」
 石川が疑問符を浮かべながら呟くのとほぼ同時に、小さな男の子が部屋に入って来た。
「お兄ちゃんたち、今日はありがとう!」
 見れば、おにぎり山で石川達が怪我を治してあげた少年だったのだ。
「えーっ!?」
 三人は、思わず驚いた声を出す。
「ウチのカイトは屋敷から抜け出す癖があるのですが……。まさかおにぎり山の方まで行ってるとは思わなかったのですよ」
「はー……」
 石川達は事情を理解するのに思考が追い付いていないのか、ポカンと口を開けてモーカの話を聞いていた。
 聞けば、モーカは仕事が忙しくて家を開けがちで、息子のカイトにかまう時間もあまりとれないのだと言う。
 かしずく召使などは沢山いたが、同年代の遊び相手はいなかった。
 そんな寂しさを紛らわすために、カイトはしばしば屋敷を抜け出しては、一般町人のふりをして町で遊んでいたのだと言う。
 今回は友達と『探検ごっこ』と称して、以前おにぎり山に来た事のある友達がワープフェザーを使って山に行ったものの、洞窟ではぐれてしまい、そこを石川達に助けられたらしい。
「私も息子に構ってやれない事を申し訳ないとは思っていましたが……。まさかこんな危険な事になっていたとは思いもよりませんでした。今度からは、もっと親子の時間を増やしたいと思います」
 傍らのカイトの頭をなでながら、モーカはしんみりと言った。
「それで、助けてもらったお礼に、お兄ちゃんたちにお礼がしたいって、お父さんにお願いしたの!」
 にっこりと無邪気な笑顔を見せて、カイトが元気よく言った。
「ついては、是非こちらでディナーを召し上がっていただきたいものですな。いかがでしょう?」
 三人は顔を見合わせると、声を揃えて言った。
「ごちになります!」

「成程、元いた世界に帰るために旅をしている、と……」
 料理が運ばれてくるまでの間、三人から話を聞いていたモーカは、神妙な顔でテーブルに手を乗せた。
「信じます……?」
 不安そうに尋ねる石川に、モーカは頷くと話し始めた。
「ええ。すでに皆さんも聞いたと思いますが、この世界には確かにそんな言い伝えがあるんですよ。もっとも、半ば御伽話のような物ではありますが……」
「それで、おれ達が元の世界に帰る方法は無いんでしょうか?」
「そうですねぇ、海を越えた先の大陸にあるボガラニャタウンは、ここよりもはるかに大きな町で、考古学者もいるはずです」
「じゃ、そこに行けば……?」
「ええ、皆さんが手に入れたという古文書を解読できる者もいるかも知れません」
 一同の顔に喜びの表情が浮かぶが、上田がふと思い出したように口をはさんだ。
「あ、でも、確か今って、定期船も運休してるんじゃなかった……?」
「そう言えば……」
 がっかりする一同だったが、モーカが立ち上がって叫んだ。
「よろしい! ならば、ウチの船をお貸ししましょう。この町から南に行った港に、私が所有している船があるんですよ」
「いいんですか!?」
「なんのなんの。息子を助けて頂いたお礼です。それ位の事はさせて頂きませんと……」
「有難う御座います!」
 三人は椅子から立ち上がると、モーカに向かって深々とお辞儀をする。
「こういうの何て言うんだっけ、えっと……『棚から牡丹餅』?」
「それを言うなら『情けは人の為ならず』、じゃないの、岡ちゃん?」
 汗ジトで岡野にツッコミを入れる上田であった。
 その夜、一同はモーカに丁重にもてなされ、疲れた体を休めたのだった。



 一方、ハテナ町からはるか南に言った地点に、一つの古城があった。
 そこまで大きな城ではないが、建物の両側には長い城壁が続く関所のようなところだ。
 城の広間では、この城の主が来客を迎えていた。
 来客とは、灰色の、つるんとした顔に、同じくグレーの甲冑をまとった隻眼の騎士――
 ガダメである。
 そして、彼を出迎えた城の主も人ではなかった。
 二足歩行で歩くワニのような姿で、全身を緑色に光る鱗が覆っている。太く、長い尻尾を持っていた。要するにリザードマンである。
 その身体を、所々に羽根の意匠がある軽装の甲冑で包んでいる。
 この辺り一帯のモンスターを配下に持つ、ウインドリザードというスパイドル軍の闇騎士だった。
 外見の通り屈強な戦士で、一兵卒からのたたき上げである。
 性格は正面からの戦いで相手を打ち破る事に喜びを感じると言う、生粋の戦士である。
 また、人間であろうと魔族であろうと、自身が認めた相手に対しては命を懸けて仁義を貫くという潔さも持ち合わせていた。
 そのため、同じく武人肌であるガダメとは、上司部下の枠を超えて、互いに敬意を抱く間柄であった。
 そんな彼だからこそ、ガダメも石川達の討伐を依頼しに来た、という訳である。
「久しぶりだな、ウインドリザード」
 いつも生真面目で物静かなガダメにしては珍しく、明らかに好意的な声で挨拶を交わす。
 対してウインドリザードの方も、ガダメの眼前にひざまずくと恭しく頭を下げた。
「ご無沙汰しております、ガダメ様。して、本日はいかような用向きで、このような辺境の地に?」
「うむ。実はお前に、討ちとってもらいたい者たちがおってな……」
 ガダメの言葉に、ウインドリザードの口元には笑みが浮かんだ。
 彼自身、ここしばらくは大した相手と戦う事も出来ずに退屈していたのだ。
「して、その者達とは……?」
「異世界からやって来た、三人の少年たちだ」
「は……?」
 相手が子供だと聞いて、途端にウインドリザードは呆気にとられた表情になる。続いて怪訝な表情になりながら口を開いた。
「恐れながらガダメ様……あなた様が御冗談を仰る方とは思っておりませんでしたぞ。この私に、子供の相手をせよ、と?」
「子供と侮るな。お前もこの世界の伝承は知っておろう?」
 戒めるような口調で、ガダメが続ける。
「奴らはこの地のモンスター達を退け、さらにはストーンコッカーさえ打ち破ったのだぞ」
「ほう、ストーンコッカーを……?」
 先程までとは打って変わって、興味深そうにウインドリザードが呟いた。
 ストーンコッカーも、おにぎり山の一帯を支配していたモンスターだ。
 それを倒すほどの相手であれば――
「かしこまりました。ならばその三人、必ずや私が討ちとって御覧に入れましょう」
 ウインドリザードの言葉に、ガダメも満足そうに頷くのであった。

 翌朝、モーカ達に見送られて、三人はハテナ町を後にした。

「この街をずっと南に行くと、港に出ます。そこに私の所有している帆船が停めてあります。使いの者は、すでに出発しておりますので、皆さんが着くころには話が通っている事でしょう。それから、港に行く途中には古城があり、最近はリザードマンが城主となって旅人を追い返している、と聞きます。本当ならば、皆様にも護衛をお付けしたいのですが、生憎リマッカ警備の騎士たちは各町村の警備で手一杯でして……」

 別れる前のモーカの言葉を思い出しながら、三人は街道沿いを歩いていく。
 町で買ったナップザックには、旅に必要な様々な道具や回復薬、地図などが入れてある。
 このナップザックもモンスター百科同様、魔法がかかっていた。
 中が亜空間のようになっており、いくらでも荷物を入れる事が出来るのだ。要は『ドラ○もん』の四次○ポ○ットみたいなものである。
「便利な世の中だよねー。おれ達の世界にも、こんなのがあればいいのに……」
 ナップザックの中を覗き込みながら、感心したように上田が言った。
「そりゃまぁ、ファンタジーの世界だしねぇ。案外RPGの道具袋って、みんなこんな作りなのかもよ」
「かも知れないね」
 一同は笑いながら歩を進めて行く。
 元の世界に帰るため、危険な旅に出ているといったシチュエーションでは少々緊張感に欠けるが、逆に彼らのようにまだ年端もいかない少年たちならば、それ位の雰囲気の方が良いのかもしれない。
 深刻に考えすぎては、心が潰れてしまうだろうし……。
 街道も、世界が危機を迎えている、そんな状況とは裏腹に、空は青く、道端には緑の草花が茂り、日差しも温かかった。
 モンスターさえ出現しなければ、のどかで住みやすい世界なのだろう。
 しかし、そんなモンスターからの襲撃も、既にストーンコッカーさえ倒した彼らはさほど苦戦することも無く、順調に歩を進めて行く。
 厄介だったのは、動くお面のようなモンスター――『呪いの仮面』との戦闘であった。

「なんだこりゃ? お面が動いてるぞ……」
 目の前で跳ねまわる呪いの仮面を見て、呆気にとられたように岡野がつぶやく。
「えーっと、『呪いの仮面』……だって。『相手に憑りついて操るモンスター。戦う時には憑りつかれないように注意して』……って!」
 本から顔を上げた上田の目に映ったのは、迫って来る呪いの仮面のドアップだった。
「げげっ!」
 慌てて避けようとするが、一瞬遅かった。

 ガポッ!

 呪いの仮面は上田の顔にピッタリフィットする。

「…………」
 上田は脱力したようにガックリと立ちすくんでいたが、やがて……。
「けけけけけけけけけけけけっ!」
 奇妙な笑い声を上げながら、ガバッと飛び上がったのだ。
「げっ、上ちゃん!」
「あーあ、憑りつかれちゃったよ……」
 汗ジトになりながら石川が言う。
 しかし、そんな事も言っていられない。
 仮面に身体を乗っ取られた上田が、印を結んで呪文を唱え始めたのだ。

 カ・ダー・マ・デ・モー・セ!
(火の神よ、我が敵を焼け!)

「火炎呪文・フレア!」

 ヴァシュゥゥゥゥッッ!

 上田の手の平から、野球ボールくらいの大きさの火の玉が飛び出す。
「うわっ!」
「あぶね!」
 石川と岡野の二人は、慌てて火の玉をよけた。
 そうこうしている内にも、上田は次々と呪文を放ってくる。
「どうする、このまんまじゃ、上ちゃんにやられちゃうぜ?……うわっと、危ね!」
 器用に呪文の嵐をよけながら、岡野が石川に叫んだ。
「うーん、あの仮面を何とかすれば……」
 これまた呪文をよけながら、石川は考えを巡らせる。
「あ、そうだ。あのね、岡ちゃん……」
 石川は呪文が飛び交う中、岡野に耳打ちをする。
 本当によくできるなぁ……。
「おっけ、わかったぜ!」
 岡野はニッと笑うと、石川に向かって親指を立てた。
「待ってろ、上ちゃん。すぐに助けてやるからな!」
 石川は剣を鞘に納め、上田に向かって手をかざすと、呪文を唱える。

 グー・ダッ・ガー・ハー・ゼイ・ロウ!
(大気よ、爆ぜろ!)

「爆裂呪文・ボム!」
 石川の手から、スパークに包まれた光の玉が飛び出し、上田の眼前に地面で爆発を起こした。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 凄まじい爆発に、土煙が上がる。
「!?」
 煙に巻かれ、目標を失った上田はキョロキョロと周囲を見回した。
 その時だ。

 ガシッ!

「!」
 爆煙に紛れて後ろに回り込んだ石川が、上田を羽交い絞めにしたのだ。
 そう。先程の呪文は攻撃の為ではなく、目くらましをする事が目的だったのである。
 上田は石川を振りほどこうとジタバタともがくが、力は石川の方が上だ。
「岡ちゃん、今だ!」
「よっしゃあ!」
 岡野は一気に上田に駆け寄ると、仮面に向かって思いっきり拳を突き出す。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 バギッ!

 鈍い音が響き、仮面にひびが入ったかと思うと、バラバラと破片になって崩れ落ちる。
 が、少しばかり力が強すぎたようだ。
 何せ、この世界での岡野の力といったら、屈強な大人の戦士にも匹敵する。
「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
 顔面に拳をめり込ませた上田は、鼻血を出してぶっ倒れてしまったのだった。

「ったく、少しは加減しろよ!」
 ようやく目を覚ました上田が、鼻にティッシュを詰めた顔で岡野に怒鳴る。
「文句言うなよ、助けてやったんだから」
 ポリポリとバツが悪そうに頭をかきながら岡野が謝る。
「まぁ、そうだけどさ……。あ〜、カッコ悪……」
 上田がため息をつくと、石川と岡野のどちらともなく笑い声が漏れる。
「もう、笑うなよ!」
 ムキになって上田が叫ぶが、そんな上田もいつの間にか笑い出していた。



 二日後、三人は古城の近くまで来ていた。
「はぁ〜、長い壁……」
 目の前に広がる城壁を見て、上田がため息をもらした。
 前方は城と城壁に阻まれており、遠くから見た時も、ざっと五百シャグル(約一七五キロメートル)はありそうだった。
 回り道などはとても出来そうにない。
 いや、出来ない事は無いのだろうが、大幅に時間をロスしてしまう事は火を見るより明らかだ。
「どうする?」
 後ろの二人を振り返り、石川が尋ねる。
「ん〜、正直おれとしちゃ、これ以上時間をロスしたくはないんだけどな」
「そ〜ね。こんな長い壁を回り道してたら、いつ向こう側に行けるかもわかんないし……」
 岡野に同意するように上田も頷く。
 その時だった。
「待っていたぞ!」
「?」
 古城の方から声が響き、重い音を立てて城門がゆっくりと開いたのだ。
 中から現れたのは、羽根の意匠がある甲冑に身を包んだ、リザードマンの戦士――ウインドリザードだ。
「なんだ、あいつ!?」
「ワニ男……?」
 三人は驚いた顔でウインドリザードを見つめる。
「我が名はウインドリザード! お前達に怨みは無いが、我が主の命により、お前達の命、もらい受ける!」
「主……?」
 自信に満ちた顔で名乗りを上げるウインドリザードを見据え、石川達は怪訝な表情になる。
 ここにきてようやく、石川達は、明確に自分達を狙う存在がいる事を知ったのだった。
 石川と岡野の顔に緊張が走る。
 が、上田の方は、他の二人とは少々違う反応をしていた。
 興味深そうにウインドリザードを見つめているのだ。
 そして……。
「すごーい! まるで銀河闘士とかドーラモンスターみたい!」
 感激したように叫んでいた。
 彼はテレビの戦隊ものが好きだった。そんな彼には、ウインドリザードの姿は特撮物の怪人のように映ったのである。
 その反応に、その場に居た全員がズッコケる。
「ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!」
 この世界では通じないボケを思いっきりかましてくれる上田だった。
 ただ、ウインドリザードの方もどうやら馬鹿にされたらしいという事は分かる。
「小僧、良くも私を愚弄してくれたな! 覚悟しろっ!」
「い、いえ、あの……」
「問答無用! はっ!」
 ウインドリザードは腰に挿していた剣を抜きはらうと、いきなり三人に切りかかった。
「わっ!」
 慌てて三人は、三方に散ってその一撃をよける。
「あー、もう! 上ちゃんが変な事言うから、怒っちゃったじゃんよ!」
「いや、でも、ほら……最初からあいつ、おれ達を倒す気、満々だったみたいだし……」
「言ってる場合じゃないって! とにかく、戦うよ!」
「オッケー!」
 三人は体勢を立て直すと、各々の武器を構えてウインドリザードと対峙した。
「行くぞ!」
 石川が剣を、岡野が拳を構えて突進し、上田は後方で印を結んで呪文を唱える。

 カ・ダー・マ・デ・モー・セ!

「火炎呪文・フレア!」

 ヴァシュゥゥゥゥッッ!

 上田の手の平から火の玉が飛び出す。
 火球は石川達の間をすり抜け、ウインドリザードへと向かっていた。
 が、ウインドリザードはニヤリと笑うと、剣を握っていない右手で印を結ぶ。

 ヴェルク・シー・レイ・ザー!
(風の神よ、吹き飛ばせ)

「真空呪文・ツイスター!」

 ヒュバァァァァァァァァァァァァッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ウインドリザードの掌から突風が吹き出し、三人は木の葉のように吹き飛ばされ、地面に投げ出された。
「いつつつつ……」
 痛みをこらえて起き上がる三人だが、その身体は所々に切り傷が生まれている。
 先程の呪文は、カマイタチを発生させて敵を斬り刻むツイスターの呪文で、ウインドリザードが得意とする魔法だった。
「いって〜……」

 カイ・ディー・ユ!
(癒しの神よ、ぬくもりを)

 慌てて上田がヒールの呪文を唱え、三人の傷を癒す。
 が、連続して呪文を使い、消耗したのか、その場にへたり込んでしまった。
「おい、上ちゃん、大丈夫?」
「ごめん、ちょっとクラッときちゃった……」
「しょうがねえな、ちょっと休んでろよ。行くぜ、テッちゃん!」
「OK!」
 上田をその場に座らせると、石川と岡野は再びウインドリザードに向かっていった。
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 時間差で飛びかかり、それぞれの武器を繰り出す。
 しかし、それぞれの放った一撃は、ウインドリザードの剣と盾に防がれてしまう。
「いっ!?」
 間髪入れずにウインドリザードの剣が宙を舞い、二人は飛びすさった。
「ふふふ、どうしたどうした! ストーンコッカーを倒したお前達の実力は、その程度か!?」
 自信に満ちた笑みを浮かべるウインドリザードとは対照的に、石川と岡野の頬を汗が伝っていた。
(コイツ……)
(マジで強い……)
 苦戦する二人の様子を、上田は歯噛みしながら見ているしかなかった。
(ちっくしょ〜……。おれ、見てるだけしか出来ないのかよ……。何か、何か役に立つもの……)
 ごそごそとナップザックを探っていると、中から町で買ったオレンジジュースが出て来た。
 それを見て、この世界のオレンジジュースには、魔力の回復効果があると説明を受けたのを思い出す。
「よ〜し……」
 上田はオレンジジュースのパッケージを開けると、急いでそれを飲み干した。

「ふふふ、ここまでだな」
 ウインドリザードの圧倒的な実力に、石川と岡野の二人は、城壁に追い詰められていた。
「今、引導を渡してくれる! 覚悟!」
「うわっ!」
 ウインドリザードが振り下ろした剣の一撃を、二人は左右に飛んでかわした。

 ガキィィィィィィィィィィィィィィン!

 鋭い斬撃は、石でできた城壁をいとも簡単に切り裂く。
「ふっ、往生際の悪い……」
 ウインドリザードがゆっくりと振り向く。
 が、この後、誰も想定し得ない事態が起こったのだ。
 何かが崩れる音がその場に響く。
「あ?」
 そして、

 ドガァァァァァァァァァァァン!

 ウインドリザードに切り裂かれた城壁の一部が、轟音とともに崩れ落ちてきたのだ。
 しかも……。
「なっ、何いっ!?」
 落ちて来た瓦礫に、ウインドリザードは尻尾を挟まれてしまっていた。
「くっ、おのれ……。これしきぃぃぃぃっ!」
 ウインドリザードは力任せに尻尾を引っ張る。
 だが、重い岩に挟まれた尻尾はびくともしない。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 さらにウインドリザードが力を込める。
 次の瞬間――

 ブチッ!

「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 辺りにウインドリザードの悲鳴が響き渡る。
 なんと、ウインドリザードの尻尾は丁度半分くらいのところでちぎれてしまい、傷口からは噴水のように青い血が噴き出していた。
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 余りの痛みに、ウインドリザードはその場を物凄い勢いで右往左往していた。
 さすがに石川と岡野も頭が真っ白――
「お、おのれ! よくもやってくれおったな小僧共!」
「なんもやってね――っ!」
 ドッと疲れた表情で二人が叫んだ。
 しかし、ウインドリザードの方はお構いなしだった。
「こうなればもう、遊びは終わりだ! でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわ、錯乱したーっ!」
 今まで以上に鋭い斬撃が無数に飛び、石川達は避けるので精いっぱいだ。
 こうなると、二人に出来た事はあくまで逃げ回る事だけだった。
 しかし、それも長くは続かない。
 いくら体力が強化されたとはいえ、スタミナはリザードマンであるウインドリザードの方が上であった。
「ぜい、ぜい……」
「はあ、はあ……」
 徐々に二人は息切れを起こし、逃げるスピードも落ちて行く。
 このまま二人はウインドリザードの刃にかかってしまうのか!?
 だが、そこへ叫び声が響いた。
「待てっ!」
 一同が声のした方を向くと、そこにいたのは上田だ。
「上ちゃん、大丈夫なのか!?」
「うん、ありがと! バッチリ魔法力が回復できたから、もう大丈夫!」
 上田は二人に笑いかけると、ウインドリザードの方へと向き直った。
「ふん、ひ弱な小僧が、私に勝てるものか!」
 ウインドリザードが剣を構え、上田に向かって突進する。
 対して、上田は落ち着いたように目をつむると、印を結んで呪文を唱えた。

 ミーゾ・レイヤー・カーチ・レイ!
(氷雪よ、吹きすさべ)

「吹雪呪文・フリーズ!」
 上田の掌から、アイスよりも強力な冷風が噴き出した。
「こしゃくな!」

 ヴェルク・シー・レイ・ザー!

 その冷風を逆流させようと、ウインドリザードがツイスターの呪文を唱える。
 だが、フリーズの風はそれよりも強力で、ウインドリザードを直撃する。
 ツイスターは真空系では初期の呪文、対してフリーズは、吹雪呪文では初期呪文であるアイスよりもワンランク上の呪文だ。
 魔法力の消費もその分多くなるが、威力もまた、それに比例して上なのだ。
「なっ、何ぃ……!?」
 冷風を受けたウインドリザードの動きは、目に見えて鈍っていた。
「やっぱりね! 爬虫類だから、寒さには弱いと思ったんだ!」
「やるじゃん、上ちゃん! 岡ちゃん、おれ達も!」
「あいよ!」
 石川が繰り出した斬撃と、岡野が繰り出した拳は、今度こそウインドリザードをまともに捉えていた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 悲鳴を上げ、ウインドリザードがその場に崩れ落ちる。
 石川達が勝ったのだ。



「むっ……?」
 気が付いたウインドリザードは、ゆっくりと目を開けた。
 そこは古城の前で、自分が地面に横たわっていた事に気が付くまで、そう時間はかからなかった。
「これは……?」
「お、気が付いた?」
 目の前にいたのは石川達だった。
 近くにはエッグソードやらイカイカ男などといった配下のモンスター達が、心配そうに自分を見ている。
 見れば、千切れた自分の尻尾は繋ぎ合わされ、包帯替わりか、傷口は氷で覆われていた。
「お前達……私を助けたのか?」
「まぁね」
「何故だ? とどめを刺そうとは思わなかったのか?」
「いや、最初はおれ達もそう思ったんだけどさ……」
 石川はポリポリと頭をかくと、後ろのモンスター達を指さした。
「こいつらがあんたを庇うように入ってきて、殺さないでくれって頭を下げてくんだもん。さすがにそんなことされたら、ねぇ……」
「それに、おれ達はただ元の世界に帰りたいだけで、殺し合いたいわけじゃないし……」
 ウインドリザードは黙って石川達の言葉を聞いていたが、やがてフッと笑うと呟くように言った。
「負けたよ、人間……」

 それから石川達は、ウインドリザードから古城を通り抜ける許可をもらっただけでなく、彼の責任において、もうこの地域一帯の配下のモンスターには人間を襲わせないという約束までこぎつけたのだった。
「少年たちよ、気を付けて進め。海の向こうにいる闇騎士達は、私のように甘くはない」
「分かったよ。ありがと」
「いずれまた会う事もあろう。健闘を祈る」
 ウインドリザード達に見送られて、三人は先へと進む。
 港へは、あともう少しだった。

To be continued.


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