冒険の旅にれっつらごん!

 ハテナ町を出発した一行は、街道を西へと向かっていた。
 まずはその先にあるキノコノ村に向かい、それからさらに西にある“おにぎり山”に行く事になった。
 街で得た情報に寄れば、その山の洞窟には色々と考古学的な物が眠っているという事で、三人はそこから元の世界へと戻るためのヒントを得よう、と考えたのだ。
 街道の北側には切り立った崖があるが、遙か南側は海に出ている、という事だった。
 もっとも定期船が休航している現在では、他の島や大陸に行く方法が無いのだが。
 三人は道をてくてくと歩いていく。
 不思議な事に、現実世界に居た頃よりも持久力が増している事に気付いたのは、数時間歩いてもほとんど疲れが出ていない事を自覚した時だった。
「昨日のあのとんでもない力といい、どうなってんだろな?」
 顔にハテナマークを浮かべ、岡野が首をかしげる。
「おれもそうだけど……テッちゃんは剣道のプロみたいになってたし、上ちゃんはかめは○波みたいなもん出してたし……」
「いわゆる“主人公補正”って奴かな?」
「いやいや、それじゃ説明つかないっしょ……」
 あっけらかんと言う石川に、上田がジト目で突っ込んだ。
 その時だ。
「キキーッ!」
 甲高い鳴き声と共に、一同の前に何かが飛び出してきたのだ。
 それはシイタケに手足が付いたようなモンスターで、カサにあたる部分に、シンプルな顔が付いていた。
 口からは鋭い牙が覗いている。
「な、なんだコイツ?」
 突然の事に、岡野が素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと待って。えーっと……」
 そう言いながら、上田は町で買った一冊の本を取り出す。
 表紙には、この世界の言葉で『モンスター百科』と書いてあった。
 上田はその本をモンスターの方に向ける。
 すると本が薄くブーンと光を放ち、かってにパラパラとめくれていく。
 そして、あるページで止まった。
「あった。これこれ。……えーっと、なになに。『ただのザコ』ってモンスターだって」
「何、ソレ……?」
 石川が汗ジトになりながら、横から本を覗き込む。
 そこには、今まさに眼前にいるモンスターの解説が、イラスト付きで載っていた。
 要するにポケ○ン図鑑のような物で、相手に向けると対象のモンスターを勝手に検索してくれるのだ。実に便利である。
「『名前の通り、一番弱いモンスター。鋭い牙を持っているが、その力は小型犬程度。こいつを危険に感じるようなら、あなたは冒険者には向きません。ちなみに食用にもなり、大変美味です』……だってさ」
「食えるかこんな奴!」
 呆れた顔で岡野が叫んだ。
「キキーッ!」
 その隙を逃さず、ザコが岡野に飛びかかった。
「あっ、岡ちゃん! 後ろ!」
 慌てて石川が指さすと、岡野は振り向きざまにザコに向かって拳を突き出した。
 手には町で買った、革のグローブをはめている。

 ゴスッ!

 拳はまともにザコの顔面を捕らえ、ザコはその場に転がった。
「キュゥ……」
 ひっくり返ったザコは眼を回していたが、しばらくすると『ポンッ』という音と共に、その場から消え失せる。
 替わりに、そこにはこの世界の硬貨――ゴールド――が数枚現れていた。
「……成程。RPGで戦闘後に手に入るゴールドって、こうやって出てたのか」
 納得したように、石川が頷く。
 ホントかなぁ……。

 次に一同を襲ったのは、ピンク色の手榴弾に目と足を付けたような外見のモンスターだった。
 その足はバネのようになっており、ピョンピョンと飛び回っている。
 ピョンピョン野郎というモンスターで、やたら素早い事を除けば、その能力はザコと大差ない。
 が、オイスターの動きをとらえた岡野も、こいつにはなかなか一撃を加えられないでいた。
 バネのような足と、野生動物独特の動きが、岡野の攻撃を身軽にかわしているのだ。
「このやろーっ!」
 いら立った岡野が出鱈目に拳を振り回すが、ピョンピョン野郎はからかうように飛び跳ねた。
「待って岡ちゃん、今度はおれ達が……」
 上田はそう言うと、一歩前に進み出て印を組む。眼を閉じ、口からは静かに呪文が紡ぎ出された。

 カ・ダー・マ・デ・モー・セ!
(火の神よ、我が敵を焼け!)

「火炎呪文・フレア!」

 ヴァシュゥゥゥゥッッ!

 上田の手の平から、野球ボールくらいの大きさの火の玉が飛び出して、ピョンピョン野郎をとらえる。
「ミギャァァァァァッ!」
 悲鳴を上げてその場に落下したピョンピョン野郎を、石川が一刀のもとに切り捨てた。
 手に握っているのは、町で買った青銅の剣だ。
 しかも子供用。
 元々、護身用として売られている程度の武器だが、チューノ達からもらった五百ゴールドでは、これが精一杯だった。
 上田と岡野の装備、さらには当面の食料なんかも買いそろえる必要があった訳であるし。
 しかし、この世界に来てから得た、石川の驚異的な身体能力で、この武器はただの護身用の枠にとどまらない威力を発揮していた。
 ちなみに上田が装備しているのは革製の鞭だった。
 他の二人と違って、元の世界に居た頃とほとんど腕力が強化されていない上田が使いこなせたのがこれだけだったのだ。
 その代わり、上田はいわゆる呪文を使う能力を得ていた。
 他の二人も簡単な魔法を覚えていたが、上田のそれは二人を凌駕するバリエーションだった。
 呪文が次々と、勝手に頭の中に浮かぶのだ。
 石川に斬られたピョンピョン野郎は地面に落下すると、これまたゴールドへと姿を変える。
「おっと、忘れない内に回収回収っと……」
 上田はしゃがみ込むと、そそくさと落ちていたゴールドを革袋の中へと放り込む。
 なんか、セコイ……。
「うるさいよ! 昔から『一円を笑う者は一円に泣く』って言うでしょ!」
 はいはい……。
「何さっきから一人でブツブツ言ってんだ、上ちゃん?」
「ああ、いや、何でもないよ、岡ちゃん……」
「この調子で行けば、なんとかその……『キノコノ村』だっけ? 今日中にはたどり着けそうだね」
 剣を鞘に納めながら石川が言った。
 その言葉を肯定するように、岡野が前方を指さす。
「今日中どころか、もう着くっぽいぜ」
 その先には、小さく家並みが見えた。



 このキノコノ村は、ハサキヒオ山脈のふもとにある、人口二百人ほどの小さな村だ。
 周囲は森に囲まれているが、この大陸ではそこそこ大きな町であるハテナ町から、大人の足で半日かかるかかからないかの距離にあるという事もあり、そこそこ発展していた。
 村人達は、村の周囲の木を活かした林業の他、農業やわずかに牧畜をやって暮らしている。
 あちこちにログハウス調の民家が立ち並び、市場には肉や野菜、果物の他、この村の特産品が並んでいる。
『キノコノ村』というだけあって、この村の特産品はキノコであった。
 石川達が泊まった宿の夕食の食卓にも、大小さまざまなキノコのフルコースが並ぶ。
 串焼きやら、天ぷらに似た揚げ物やら、果ては茶碗蒸しやら、おまけにデザートはチョコレートとビスケットで出来た、キノコの形のお菓子……。
 本当にここは異世界か?
 しかし、そういった食事は別世界からやって来た石川達にとっては救いだった。
 なんせ、空腹の時に得体のしれない物を食べること程辛い事は無い。
 そんな一同でも、食事の途中、食卓にでんと置かれたメインディッシュには絶句してしまった。
 大皿に載っているのは巨大なキノコの丸焼きで、顔らしきものの跡がある。
 これはつまり……。
「あの〜、おじさん。これって……」
 汗ジトになった石川が、出てきた物体を指さしながら、小太りで髪の薄くなりかけた宿の主人に尋ねる。
「ああ、当宿名物の『ザコの姿焼き』だよ。たんと食べとくれ」
 にっこりと笑う主人と対照的に、一同は内心「ゲッ!」と叫んでいた。
 ……一人を除いては。
「……意外と美味いよ、コレ」
 それは上田だった。
 上田は姿焼きを自分の小皿に切り分けると、食卓に乗っていた醤油のようなソースをかけてそれをパクリと口にする。
「…………」
 石川と岡野は顔を見合わせるが、意を決したように彼らも姿焼きを小皿に切り分けた。
 そして恐る恐る、それを口に運ぶ。
 次の瞬間、
「ん、美味い!」
 二人は口をそろえて叫んでいた。
 口にした姿焼きは、確かに美味であった。
 味は上質なシイタケに、食感はエリンギに似ている。なによりその香ばしい香りが、三人の食欲をさらに増進させていた。
 結局三人は、姿焼きをお替わりまでしてしまった。
 ……もっとも、今後旅の途中でザコに出くわしても、それを自分達で調理してしまおうなどとは決して思わなかったが。
 その夜は昨日の分の疲れも出たのか、三人はぐっすりと眠ってしまった。

 翌朝、準備を整えた一同は、キノコノ村を後にして、さらに歩を進めた。
 モンスターとの戦闘も何度かあったが、意外に苦戦したのが、アメーバを巨大化させたようなモンスターだった。
「……なに、こいつ?」
 目の前に立ちふさがる不定形の生物を指さして、岡野が言った。
 そいつは青いゼラチン状で、口などは見当たらないが、つぶらな瞳をしていた。
「スライム……だってさ」
 モンスター百科を手に、上田が答える。
「ふーん、ドラ○エに出てくるのとは姿が違うんだ?」
 興味深そうに石川が言った。
 確かにこのスライムは、どちらかと言えばSF作品や一般的なファンタジー作品に出てくるような姿をしていたのである。
「なんだ、スライムなら楽勝じゃん。軽い軽い」
 腕をグルグルと振り回しながら岡野が笑ったが、それは間違いだった。
「ピキーッ!」
 そいつはいきなり跳躍すると、岡野の顔にベタッと貼り付いた。
「もがっ!?」
 突然の事に、岡野は慌てふためき、スライムを引きはがそうとする。
 だが、アメーバ状のその身体はつかみどころが無く、引きはがそうにも掴むことが出来なかった。
「ど、どうしよ!? 岡ちゃんが窒息しちゃうよ!」
 石川が動揺した声を出す。
 上田も慌てて呪文を放とうとするが、ピタッと手を止めた。
「どうしよう、フレアじゃ岡ちゃんまで火傷しちゃうし……」
 う〜んと首をひねる上田の横で、岡野は息苦しさからうんうん唸っている。
「要するに、コイツが掴めるくらいの硬さがあれば何とかなるんだけど、何か方法が無いかな……?」
「硬さがあれば……? そっか、それだよ、テッちゃん!」
「へ?」
 上田は岡野の方を向くと、印を組んで呪文を唱え始めた。
「岡ちゃん、ちょっと冷たいけど、我慢してね!」

 コウ・レイヤー・カーチ・ルド!
(氷の矢よ、貫け!)

「氷呪文・アイス!」
 叫ぶなり、上田の掌から小さな氷の粒を伴った、冷たい風が吹き出す。
「ピキッ!? ピキキ……」
 たちまちゼリー状のスライムの身体は、コチコチに凍ってしまった。
 そこを、
「ていっ!」
 石川が剣の柄頭でこづくと、スライムはパラパラと砕け落ちて、これまたポンッとゴールドに変わる。
「はーっ、はーっ、死ぬかと思った……」
 ようやく息が出来るようになった岡田は、その場にへたり込むとゼーゼーと肩で息をしている。
「大丈夫、岡ちゃん?」
 石川が岡野の顔を覗き込んで言った。
「ま、何とか……」
 ようやく息を整えて立ち上がると、岡野はズボンをパンパンと払う。
「じゃ、行こうぜ」

 その後も、一行は度々モンスター達の襲撃を受けた。
 卵から短い手足が生えたような格好をしたエッグソード。相手を拘束し、捨て身で自らもろとも爆破しようとする自爆野郎。無数に存在する長い手で、相手をくすぐり隙を作ろうとするくすぐり野郎。煙の塊のような外見で、フレアの呪文を唱えてくるクラウド。
 それらを三人は、巧みな連携で退けて行く。
 もしかしたら、現実世界に居た頃さえ、三人がここまで息をピッタリ併せて行動した事は無かったかも知れない。
 そんな三人を、街道の崖の上から見下ろしている人影が三つあった。
 あのスパイドルナイトの城に居た、三人の手下たちだった。
「……奴らか」
 一つ目が呟く。
「たしかに、ただの子供とは違うみたいやなぁ。せやけど、どうすんでっか、ガダメはん。スパイドルナイト様には、『しばらく捨て置け』言われたやろ?」
 粘土が尋ねると、一つ目――ガダメ――はあくまで生真面目な表情を崩さずに言った。
「どちらにせよ、我らが障害の芽となるのであれば、早めに摘んでおくに越したことは無い。いざとなれば私が……」
 拳を握るガダメだったが、横からなだめるように埴輪が声をかける。
「まぁまぁ、ガダメ殿。そんなに、慌てる事も、無いでしょう。それに、おにぎり山には、ストーンコッカーも、いるのですから」
 彼は丁寧ながらも、一つ一つの言葉で区切るような、独特の口調をしていた。
 その顔はあくまで無表情で、それこそ土器の仮面のように無機質だった。
「せやな。アーセンはんの言う通り、もうちょっと様子を見てからでもええんとちゃうか?」
 粘土も埴輪――アーセン――の意見に賛同し、ガダメはふぅ、と小さくため息をついた。
「……分かったよ。クレイ、アーセン。だが、もし奴らがストーンコッカーを破るほどの力の持ち主ならば……」
「その時は、我々も、手の者を、差し向けるとしましょう」
 無表情なまま、アーセンが言った。



 石川達は、おにぎり山のふもとの、洞窟の入り口に立っていた。
 洞窟はぽっかりと口を開け、奥へ奥へと続いている。
 が、その昔に人の手が入ったらしく、壁には照明用の蛍石が、規則正しく埋め込まれている。
 蛍石とは言っても、現実世界のフローライトとは少々違うようで、石自体が淡く光を発しているのだ。そのおかげで、洞窟の中は夕暮れ時程度には明るかった。
「良し、行こう!」
 石川が一同を鼓舞するように叫び、二人も頷くと、洞窟の中へと進んでいった。

 ピチャン、ピチャン……

 しずくの落ちる音がする。
 おそらく、岩の切れ目から水がしたたり落ちているのだろう。
 そんな音を横に聞きながら、一同は歩いていく。
「ん?」
 ふと、先頭を歩いていた石川が足を止め、後ろに居た上田があやうくぶつかりかけた。
「どったの、テッちゃん?」
「しっ。なんか、聞こえない……?」
 耳を澄ますと、確かになにかが聞こえて来た。

 えーん、えーん……

 どうやら泣き声のようだった。
「いいっ!?」
 その声に、石川と上田の顔からサーッと血の気が引いた。
「これって……」
「お、化、け……?」
「言うなよ! 考えないようにしてたのに!」
「しょうがないじゃん! 思わず出ちゃったんだから!」
 言い争う二人をしり目に、岡野は目を凝らして、声のする方を見つめていた。
「……お化けとかじゃないみたいだぜ。ほら」
「へ?」
 見てみると、少し先で、小さな男の子がうずくまっていたのだ。
 見た感じ、石川達よりも年下で、6〜7歳くらいに見える。
 声の主がお化けではなかった事に安堵すると、石川達は男の子の方に歩いていった。
「どうしたの、君、こんな所で?」
 石川がしゃがみ込んで、男の子に声をかける。
 男の子は涙をためた眼を上げると、悲しそうに言った。
「……この山に遊びに来たんだけど、足を怪我しちゃって帰れないの……」
 見れば、男の子は靴を脱いでいて、その足の裏はマメが潰れていた。
「うわ、痛ったそう……」
 思わず石川が顔をしかめる。
「どうしよう?」
 いくら外で遊ぶことが多い岡野がいるとはいえ、外で怪我をした時の手当の心得がある訳ではない。
 ましてや、今の彼らが消毒液や絆創膏を持っているわけがないし……。
「ん〜、そういう事なら……」
 上田は男の子に近づくと、安心させるように男の子に笑いかける。
「ね、足を出して」
「こう……?」
 男の子は怪訝な表情をすると、恐る恐る上田に足を突き出した。
 その足に手をかざすと、上田は呪文を唱える。

 カイ・ディー・ユ!
(癒しの神よ、ぬくもりを)

「回復呪文・ヒール!」
 すると、上田の掌から男の子の足に向かって淡い光が照射され、みるみる傷がふさがっていった。
 マメの跡すら残っていない。
「すっげぇ……」
 その様子を見ていた石川が、感心したように言った。
「わぁ、すっごい! もう全然痛くないや!」
 男の子はさっきまでとは打って変わって元気に叫んだ。
 傷が治ると、上田は男の子に靴を履き直させてやりながら尋ねる。
「さ、これでもう大丈夫だよね? ところで、家はどこなの?」
「ハテナ町」
「は……?」
 思わずその顔が硬直した。おにぎり山からハテナ町と言えば、彼らが一日以上かけてきた道のりである。
「どうやって帰るつもり……?」
 汗ジトになる上田に、男の子はあっけらかんと答える。
「大丈夫だよ、ワープフェザーを持ってるから」
 そう言うと、男の子はポケットから、虹色に光る羽根を出した。
 これは名前の通り、ワープの魔法がかかっている羽根で、放り投げれば一瞬にして、行きたい場所へと運んでくれる。要するにキ○ラの翼のような物だが、町や村以外にも行くことが出来る、という違いがある。
「お兄ちゃん達、有難う。お礼にこれあげる」
 男の子は、反対側のポケットから小さな石を取り出すと、上田に渡した。
 それは何かの原石らしく、キラキラと綺麗だった。
「この山で拾ったんだ。それじゃあね」
 男の子はにっこり笑うと、元気よく洞窟の外に駆け出して行った。
「行っちゃったか……」
 その後ろ姿を見送りながら、岡野が呟いた。



 男の子と分かれた一同は、さらに洞窟の奥へと進んでいく。
 時々暗がりにまぎれてモンスターが襲撃をかけてきたが、戦いにも徐々に慣れて来た三人は、それらを易々と退けて行く。
 そして……。
「お?」
 一同は広い、ホールのようになっている場所に出た。
 そこは天井も高く、ギリシャの神殿に使われているような石の柱が無数に立っていた。
 ただし、その何本かはへし折れてしまっていたが。
 また、そこかしこに石像が並んでいる。
 共通しているのは、どれも苦痛に歪んだ表情をしている、というところだった。
「なんか、いかにも『昔は神殿でした』〜って場所だな」
 周囲を見渡して岡野が言う。
 その時だ。

 バサッ、バサッ!

「コカコカコカーッ!」
 上空からモンスターが飛来してきたのだ。
 そいつはワシの頭と翼を持ち、胴体はライオンのようで、前脚も鳥の爪のようだった。
 いわゆるグリフォンの姿だが、後ろ足で立ち、二足歩行しているという点が異なっていた。
「ようこそ、旅人達。私の名前はストーンコッカー。ここに人間が足を踏み入れるのは久しぶりですからね。時間をかけてゆっくりと料理して差し上げますよ……」
 舌なめずりをしながら、ストーンコッカーが嬉しそうに言った。
 目の前に現れたモンスターが、自分達を“エサ”と認識していることを悟ると、三人はすぐさま、戦闘態勢を取る。
「行くよ、岡ちゃん、上ちゃん!」
「オーライ!」
「ギョイサー!」
 石川の言葉を合図に、三人は三方に散って、ストーンコッカーを取り囲むように立つ。
 だが、逆に囲まれているストーンコッカーの方は余裕の笑みを浮かべていた。

 ゼー・ライ・ヴァー・ソウ!
(閃光よ、走れ!)

「閃光呪文・バーン!」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 その嘴から呪文が紡がれ、ストーンコッカーが腕を横に振るうと、帯状の炎が走り、石川達を薙ぎ払った。
「うわっ!」
「熱ちちちっ!」
 炎の勢いに三人は吹き飛ばされると、地面に転がる。
「コカコカコカ、残念でしたね。では、頂くとしましょうか」
 余裕の笑みを浮かべたまま、ストーンコッカーが嘴を鈍く光らせた。
 その時だった。
 ピョンピョン野郎やらスライムやらエッグソードやら、洞窟に棲むモンスター達がなだれ込んでくると、石川達に襲い掛かったのだ。
 面食らったのはストーンコッカーの方だった。
「こら、やめなさい!」
 ストーンコッカーは慌てて叫ぶが、モンスター達には聞こえなかった。
「ええいっ! やめなさいと言うに! 彼らは私の獲物です!」
 叫ぶが早いか、ストーンコッカーは近くに居たスライムにその嘴を突き立てる。
 と、スライムの体が嘴で刺された所から見る間に石へと変わり果てる。
 それを見た他のモンスター達は震え上がると、おびえて四方八方へと逃げ去った。
「ふう、全くわきまえの無い下等モンスター共め……。さて、お待たせしました。あなた達もここの皆さんと同様、石にして差し上げましょう」
 そう。この部屋のいたる所にある石像は、ストーンコッカーの犠牲者たちだったのだ。
 石像のどれもが苦痛に歪んだ表情なのは当然であった。
 ストーンコッカーが石川達の方へと向き直る。
 慌てて石川が手を振りながら叫んだ。
「待て待て! おれ達を石にしたら、食えなくなるぞ!?」
「心配は無用。私は石になった生物から、生命力を頂いているのですから……」
 にっこりと笑ってストーンコッカーが言った。
「さあ、石にする前に、三人まとめてローストして差し上げましょう。安心してください。あなた達の石像は、記念に残しておいてあげますから……」
 再びストーンコッカーが呪文を呟き、バーンの魔法を放った。
 だが。
「にゃろーっ!」
 石川が剣を腰の鞘に納めると、気合を入れて呪文を唱える。

 ゼー・ライ・ヴァー・ソウ!

「おれだって、その呪文は使えるんだ! 閃光呪文・バーン!」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 石川の右手から、同じ様に帯状の炎がほとばしると、空中でストーンコッカーのバーンとぶつかり合った。
「うぬぬぬぬっ!」
 ストーンコッカーが、呪文に力をこめる。
 石川もまた、ありったけの力を集中させた。
 二つの炎は、押したり押されたりの激しい戦いになった。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 さらに石川が力をこめると、ストーンコッカー側の炎が四散し、石川の炎がストーンコッカーを直撃した。
 石川の魔法が勝ったのだ。
「コカーッ!」
 ストーンコッカーが驚愕の悲鳴を上げる。
 元々、彼が使う魔法という事もあってさほどダメージは与えられなかったようだが、それでも隙を作り出す事は十分に出来た。
 炎に紛れて、岡野がストーンコッカーに飛びかかったのだ。
 岡野は素早く、両手でストーンコッカーの嘴を抑え込む。
「ムグッ!?」
「どうだ! こうすりゃ、石化も魔法も使えないだろ! 上ちゃん、今のうちに!」
「オッケー!」

 コウ・レイヤー・カーチ・ルド!

「氷呪文・アイス!」
 上田の手から冷気の風が吹き出す。
 岡野はストーンコッカーに膝蹴りをかまして体勢を崩すと、素早く飛びのく。同時に、冷気はストーンコッカーの嘴を直撃し、嘴は氷におおわれてしまった。
「ゴガッ!」
 自身の武器を封じ込められたストーンコッカーは、狼狽してあたふたと立ち尽くしてしまった。
 今度は石川がニヤリと笑みを浮かべる。
「チャーンス! 行くよ二人とも!」
「了解!」
 三人はそれぞれの武器を構え、ストーンコッカーに飛びかかる。
「ゴッガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
 武器を封じられたストーンコッカーは、なすすべもなく三人にボコボコにされてしまった。
 あっけないと言えば、あっけない。
 ズタボロにされたストーンコッカーは、これまた他のモンスター達と同じくゴールドに姿を変えた。
 さらにもう一つ、そこには虹色の羽が残っていた。
 先程男の子が持っていた物と同じワープフェザーだ。
「ふう、勝ったぁぁぁ……」
 気の抜けた石川が、その場に座り込み、天を仰ぎながら呟く。
 同じく上田と岡野も、その場にへたり込んだ。
「疲れちまったよ」
「本当……」
 三人はしばらくの間、そこに座り込んだまま動けないでいるのであった。

 洞窟では、男の子からもらった石とワープフェザーとの他に、もう一つ収穫があった。
「これ……」
 部屋の地面に半ば埋もれている物を見つけたのは石川だった。
 それはノートくらいの大きさの薄い粘土板で、この世界の文字で何やら文章がびっしりと書かれていた。
「お宝発見?」
 石川の肩越しに粘土板を覗き込んで、上田が尋ねる。
「そうみたい……」
「やったじゃん!」
 岡野と上田が、思わずハイタッチをする。
「んで、どうすんの?」
「そうだね……取り敢えず一回、ハテナ町に戻って、これを解読できる人がいないか探してみるのがいいと思う」
「だね」
「異議なし」
 こうして初めての冒険を終えた三人は、一度、ハテナ町に戻る事にしたのであった。

To be continued.


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