異世界? そんなのアリかい!?

 この世界には、『ここ』ではない、様々な世界が存在する。
 異なる世界……『異世界』へアクセスすることは、普通では不可能だ。『それぞれの世界』の住人は、自分たちの生活のすぐそばに、違う世界があるなど知りもしないし、気に留めたりもしない。
 だが、時に何の偶然か、あるいは『世界』の気まぐれか、本来は別々の世界同士に干渉が起こる事がある。
 これは、そんな『偶然』に巻き込まれた少年たちの物語である……。



 雲一つない青空の下、校庭で子供たちがサッカーやドッジボール、鬼ごっこなどをして遊んでいる。
 ここはF県F市の郊外にある、とある小学校だ。
 今は給食の後の昼休み時間で、生徒たちは思い思いに休み時間を過ごしていた。
「よっしゃ、いくぞ!」
 背が高めの少年がドッジボールを投げる。
 半袖半ズボンで、健康的に日焼けした少年だった。名前は岡野盛彦(おかの・もりひこ)。
「おっと!」
 投げられたボールを、反対側の陣地に居た少年が避けた。
 岡野よりは小柄だが、こちらも元気な少年だ。名前は石川鉄夫(いしかわ・てつお)。
 石川が避けたボールは外野陣地にいたクラスメイトの手をすり抜け、バウンドしながら校庭隅のフェンスへと跳ねて行く。
 そこでは、一人の少年が木陰に腰掛けて本を読んでいた。
 石川よりさらに小柄で、はっきり言ってしまえば“チビ”の部類に入る。肌も白く、長ズボンに長袖トレーナー、さらにコートのように丈の長いジャンバーと、見るからにインドア派な外見だ。名前は上田倫理(うえだ・ともみち)。
「ん?」
 ふと上田が、読んでいた本から目を上げた。すると彼の視界に飛び込んできたのは、勢いよく跳ねながらこっちに向かってくるドッジボールだった。
「ひぇっ!」
 慌てて上田は頭を下げた。ボールはその頭上をかすめて行き、フェンスに跳ね返った。
「悪い悪い、大丈夫か上ちゃん」
 岡野が頭をかきながら、上田の方に歩いていく。
「危ないやんけっ!」
 冷や汗をかきながら、上田が立ち上がって叫んだ。
 彼らは三人とも、この学校の4年1組の児童であった。
 その時だ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 それまで晴れ上がっていた青空に、突然黒雲が広がっていった。
「ん、雨?」
「天気予報じゃ晴れって言ってたのに……」
 校庭に居た少年少女達は、揃って空を見上げた。
 雲はますます広がり、所々で稲光が閃いている。
「雨が降らない内に戻ろーよ」
 石川がそう言った時だった。

 ゴロゴロ……
 ピシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 ひときわ大きな雷が鳴ったかと思うと、

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 なんと、稲妻が校庭を直撃したのだ。
 生徒たちの悲鳴は、稲妻が巻き起こした大音声にかき消されていた。



「来たか……」
 薄暗い豪奢な部屋の中で、男がつぶやいた。
 そこは広々とした部屋だった。
 真っ白な石壁がレンガのように順序良く積まれ、床も綺麗に磨き上げられている。
 男はその部屋の最奥にある玉座に腰掛けていた。
 ただし、その男は、明らかに人間ではなかった。
 頭の左右からは、それぞれ三本ずつ鋭い角が生え、額に三つめの目を備えている。全身を鮮やかな黄色と深い黒を基調とした鎧で固めていた。背中には紫色の豪華なマントを羽織っていた。
 その部屋に居るのは男だけではなかった。
 彼の他にも、彼の部下であると思しき三人の人影が見える。
 彼らもまた、明らかに人ではないという外見をしていた。
 一人は特徴の無い、つるんとした顔を持っていた。髪の毛も鼻も無く、口は生真面目そうに結んでいる。目は右目が無く、本来ならそれがあるべき部分はまるでえぐられたかのように黒々とした穴が開いている。
 耳にあたる部分には長く伸びた角を備えていた。
 顔色は蒼白したように灰色がかっており、これまた暗いメタリックグレーを基調とした鎧に身を包んでいる。
 もう一人は、粘土の塊から手足が生えているような姿をしていた。
 頭部にあたる物はなく、胴体部に直接目がついている。
 全身の色は緑で、肩や腕、腰などには鎧をつけていた。
 最後の一人は、古墳に埋葬されている埴輪の戦士のような姿だった。
 何より特徴的なのは、その両手だ。
 まるで腹話術師のように、右手が小さな土偶、左手は埴輪の形をしているのだ。
「諸君」
 玉座から声がかかり、配下たちが一斉に男の方を向く。
「ついに現れたようだ。異世界からの来訪者が」
 その一言で、三人の間にどよめきが起こった。
「この世界に古くから伝わる言い伝え……『世界に異変起きる時、異世界からの来訪者が現れ、異変の源を鎮めるだろう』」
 一つ目が呟くように言った。
「まさかホンマに言い伝え通りになるやなんて……」
 粘土が続ける。なお、何故かその口から飛び出した言葉は関西弁(?)であった。
「いかが致します、スパイドルナイト様?」
 埴輪が玉座の主に向かって尋ねた。
「しばらくは捨て置け。相手の正体がはっきりしてから動こうと、我が軍が負けることなどありえぬ」
「ははっ!」
 スパイドルナイトから自信に満ちた言葉が発せられ、配下たちはその場にひざまづいた。



「う〜ん……」
 気が付いた石川はゆっくりと眼を開けた。
 ボーッとした頭で周りを見る。
 焦点が合っていないが、どうやらそこが屋外だという事は分かった。
 ただし、その風景は逆さま。
 石川は地面にひっくり返っていたのだ。
「えっ!?」
 慌てて石川は上半身を起こす。
 近くには上田と岡野も同じように、地面に突っ伏していた。
 だが――
「えええええええええええええええええええっ!?」
 何気なく周囲を見回して、石川が驚愕に満ちた叫び声をあげる。
「ん……?」
「う〜ん」
 その声で、上田と岡野も目を覚ます。
「ちょ、ちょ、ちょ、岡ちゃん、上ちゃん! 何これ何これ!?」
 石川にガクガクとゆすられ、目を白黒させながら上田と岡野はボケーッとした表情で石川の顔を見た。
「どったのテッちゃん、そんなに慌てて……」
「何かあっ……どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 同じ様に周囲を見て、岡野達も悲鳴を上げた。
 そこは彼らが今までいた学校の校庭ではなく、アニメやゲームに出てくるような、中世チックな町のはずれだったのだ。
 すぐ隣に見えるのは建物の石壁で、反対側は深い森になっている。
「え〜っと、これって……」
「夢……かな……?」
 そう言いながら、三人はお互いの頬に指を伸ばした。
 次の瞬間、
「痛ててててててててっ!」
 三人同時に悲鳴を上げる。
「夢じゃない!」
 ヒリヒリする頬をさすりながら、これまた三人同時に叫んだ。

「で、何がどーなってんの、これ?」
 岡野が腕組みをして、怪訝そうな表情をする。
 石川は直前の記憶を必死になって思い返していた。
「おれ達、昼休みで校庭にいたよね……。で、雨が降りそうで戻ろうとしたら……」
「いきなり運動場に雷が落ちて来て、気が付いたらこんな場所にいた、と……」
 上田が改めて周囲を見回し、続ける。
「まさかおれ達、雷に打たれておっちんじゃったとか……?」
 青ざめた顔で石川が言った。
「怖い冗談言うなよ! 第一、これのどこが天国だよ!」
 そう。岡野の言う通り、あくまで彼らがいるのは普通の町に違いなかった。
 先ほども言った通り、どう見ても現代日本ではない事を除けば。
 信じがたい事態に、三人は頭を抱える。
 彼らが若干十歳であることを考えれば、今、彼らの身に起きている事はとても理解の範疇を超えている事であった。
 その時である。
「おい、そこの変な恰好したガキども!」
 荒っぽい怒鳴り声が響き、三人は声のした方を向く。
 そこに立っていたのは三人組の、いかにもチンピラといった男たちだった。
 一人は2メートルはありそうな大柄な男で、全身を筋肉が覆っている。
 もう一人は小柄な髭面の男で、身長は石川達と大差ない。
 最後の、三人の真ん中に立っている男は中肉中背だった。どうやら三人組のリーダー格らしく、今しがた石川達に怒鳴りつけたのも、この男だ。
「えーっと、おれ達の事……?」
 次から次に目まぐるしく起きる事態に取り残されたように、石川がハテナ顔で自分たちの方を指さした。
「そうじゃ! オレ達の縄張りで黙って昼寝とは、いい度胸じゃねえか!」
「ウッス! いい度胸ッス!」
 筋肉が続ける。
「ウスター、お前は黙ってろよ……。いいか、ガキども。この辺はオレ達の縄張りなんだ。無断侵入の罰として、有り金全部渡してもらおうか」
 髭面が手を差し出す。
 ようするに恐喝だった。
 石川達は顔を見合わせる。
 生憎ここは町の外れで、人通りもほとんど無いような場所だった。
(どうする……?)
(逆らったらヤバそうだし、言う通りにしておいた方がいいんじゃない……?)
(だよね……)
 三人は頷き合うと、ポケットに手を入れた。
「分かりました。どうぞ」
 三人はポケットに入っていた小遣いを手渡す。
 が……。
「なんだ、このガラクタ! オレ達をなめてんのか!?」
 小銭を受け取ったリーダーは、怒りの形相で小銭を地面に叩きつけた。
「あ、あのー……」
「1ゴールドすら持ってないってんなら……ウスター、オイスター、このガキどもをちょいとお仕置してやりな!」
「おいっす!」
「ウッス!」
 リーダーの号令で、筋肉――ウスター――と、髭面――オイスター――が、いきなり石川達に飛びかかった。
「わっ!」
 殴りかかって来たウスターの腕を、岡野は思わず避けた。
 が……。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 次の瞬間、岡野の口から驚愕の悲鳴が漏れる。
 彼は今、空中にいた。ちょっとジャンプしたはずのつもりが、軽く5メートルは飛び上がっていたのだ。
「ウッス!?」
 これにはウスターも驚きを隠せない。
 しかし、驚いているのは石川達も同じだった。
 彼らは唖然とした表情で、岡野のいる上空をぽかんと見上げている。
「なかなかすばしっこいガキじゃねえか! だったらオレが相手してやる!」
 言うが早いか、オイスターが跳躍し、クルクルと体を丸めながら空中へと飛び上がる。
「ウッス、じゃあオレは……」
 目標を見失ったウスターが周囲を見回すと、たまたま上田と目が合った。
「あ……」
 上田の額を嫌な汗がツツーッと流れる。
「ぶっ飛ばしてやるッス!」
 叫ぶが早いか、ウスターはその筋肉の塊のような腕を振り回して上田を追いかけ始めた。
「ひえええええーっ! お助けーっ!」
 上田は一目散に走り出す。
 残された形となった石川だが、その眼前にはリーダーが立っていた。
「じゃあ、お前はオレが可愛がってやるとするか」

 ジャキッ!

 リーダーが腰に下げていた剣を抜きはらった。
 どう見ても模造刀などではない。真剣だ。
「いいっ!」
 石川の顔が真っ青になる。
 そりゃそうだろう。現代日本でいきなり刃物を突き付けられる経験など、普通の小学生にあるはずがないのだから。
「覚悟しろ、小僧」
 リーダーはニヤリといやらしい笑みを浮かべると、石川に切りかかった。

 さてその頃、岡野はオイスターと向き合っていた。
 オイスターは岡野の周りをグルグルと回っている。余りの素早さに、彼の姿が二人にも三人にも見える位だ。
 が、不思議な事に、岡野はその動きを目で追っていた。
「えーっと……そこだ!」
 思い切って拳を突き出す。

 バキャァァァァァァァァッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 岡野の拳をまともに顔面に喰らったオイスターは、はるか後方へと吹っ飛ぶ。
「あららら……。何かおれ、凄い事が出来るようになっちゃった……? これじゃまるでサ○ヤ人だよ」
 自分の拳を見つめながら、岡野が呟くように言った。

 一方、上田は未だにウスターに追いかけ回されていた。
「このガキーっ、待つッスー!」
「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 死に物狂いでウスターから逃げ回る上田だが、それも長くは続かない。

 バンッ!

 上田の背を巨木が打つ。
「げっ!」
 とうとう上田は巨木の前に追い詰められてしまった。
(やっば……)
「うっしゃー! 覚悟するッス!」
 勝ち誇ったウスターが、拳を握った腕を思いっきり高く掲げた。
 そして、その拳を一気に振り下ろす。
 が、その頃には上田の表情が怒りに変わっていた。
「いいかげんにしろっ! このクソゴリラ!」
 上田は掌底を突き出していた。
 そこから水色の光が一気に放たれる。

 シュヴァッ!

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 まさに一瞬の事であった。
 光を受けたウスターの身体は、先程のオイスターと同じように派手に吹っ飛んでいた。
 だが、凄まじき力を披露した当の本人は、愕然と立ち尽くしたままだった。
「な……な……」
 掌を突き出した格好のまま、上田がわなわなと震える。
「何これぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 自分の方が驚いている上田であった。
「すげーじゃん、上ちゃん! 今の何? かめ○め波? 波○拳? それとも眼○砲?」
 駆け寄って来た岡野が興奮気味に声をかけるが、相変わらず上田は固まったままだった。

 他方、石川とリーダーの攻防は未だ続いていた。
 リーダーは剣をブンブン振り回しながら迫って来る。
 石川はそれを必死にかわし続けていた。
 が、石川は勿論気づいていないであろう。自分がリーダーの攻撃を、紙一重とは言え、完璧にかわしていることに。
 いや、むしろ紙一重だからこそ、まさに達人の動きなのだ。
(やばい、やばい、やばい! 何か武器になる物、武器になる物……)
 攻撃をよけながら、石川は周囲をキョロキョロと見回す。
 そしてやっと、道端に木の棒が落ちているのを見つけたのだ。
(無いよりマシか!)
 石川は転がるようにして、その棒を拾い上げる。
「あっははははは! そんな棒っきれで何とかなると思ってんのかよ!」
 リーダーがバカにしたように笑う。
 だが、石川の気持ちは落ち着いていた。
 根拠は無いが、これなら対抗できる――そんな確信が、自分でも気づかない内に心の中に生まれていたのだ。
「おらっ! おらっ! おらっ!」
 リーダーが剣を振り回す。
 その攻撃を、先程と同じように石川は避けていた。
 ただし、先程までと違うのは、石川の動きが逃げ腰ではない、という事だ。
「テッちゃん!」
 戻って来た上田と岡野が、目の前で繰り広げられる光景に驚愕の叫びをあげた。
「ねえ、岡ちゃん。テッちゃんって、剣道か何かやってたっけ……?」
「さあ……」
 石川に加勢するのも忘れ、二人はただ、茫然とその場を見守るのみだった。
「くそっ、すばしっこいガキが!」
 焦れたリーダーが、思いっきり剣を振り下ろす。
「今だ!」
 その一撃を、石川は真上に跳躍して避けた。
 そしてそのまま、
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 思いっきり棒切れを振り下ろす。

 バキィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
 棒切れの一撃をまともに頭に受け、リーダーはその場にひっくり返った。



「ホンットーにすみませんでした!」
 石川達の前で、リーダーを先頭に、チンピラ三人組が土下座をしていた。
「まさか救世主様達とは露知らず、無礼な事を……」
 リーダー――チューノと名乗った――の言葉に、石川達は眼を白黒させる。
「ちょい待った。救世主ってどういう事?」
「おれ達、ただの普通の小学生なんだけど……」
「“ショウガクセイ”……? それは良く分からないスけど、この世界にはこんな言い伝えがあるんスよ」
 先程までの態度もどこへやら。
 三人は完全に石川達にペコペコしていた。
「……『世界に異変起きる時、異世界からの来訪者が現れ、異変の源を鎮めるだろう』って。ここいらじゃ、ちょっとは名の知れたオレ達をコテンパンにしたその力、それにその見慣れない服装……。兄さん達が、その救世主に違いないんスよ!」
 チューノの説明に、三人はぽかんと口を開けたままになっていた。
「……えーっと、テッちゃん。解説をしてくれる?」
「何でおれが?」
「テッっちゃん、RPGとかに詳しいじゃん」
「そういう問題じゃないだろ! RPGみたいな事、現実にある訳ないじゃん!」
「その『有り得ない事』が今、実際に起きてるんじゃないのよ」
 好き勝手に言い争う三人を前に、思い余ってチューノが声をかけた。
「あの〜、兄さん達。伝説はこう続いてます。『……そして、異変を鎮めた来訪者達は、自らの世界に帰るであろう』って」
「それってつまり……」
「RPGで言う、全クリしないと元の世界には帰れないって事……?」
「まぁ、そういう事ッスね」
「…………」
 三人は顔を見合わせる。
 次の瞬間、
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 町はずれに、三人の少年の悲鳴が響いたのだった。

「はあ、何でこんな事になっちゃったんだろ……」
 岡野がため息をつく。
 今、三人は、この町――ハテナ町――の宿屋の一室に居た。
 いつの間にか日は傾いていて、窓から夕陽が差し込んでくる。
「ふぅ〜……」
 岡野は本日何度目になるかわからないため息をついていた。
 夕陽を見つめながら、岡野が小さくつぶやく。
「どうしても夢じゃだめなのかよ……」
 あれから石川達は、因縁を付けたお詫びとして、チューノ達から五百ゴールドと、簡単な鎧を半ば強引に渡されていた。
 石川と岡野の物は服の上から身に着ける軽めのプロテクターで、前腕と膝にも装甲が付いている。
 上田のはもっと簡素で、上下に分割された剣道の胴のような物だった。
 トレーナーの上から胴をつけ、その上から上田が元々着ていたジャンバーを羽織っている。
「町で聞いてみたんだけど……どうやら、最近この世界でモンスターが凶暴になってきたらしいんだって」
「それから、この町を南の方に行くと海なんだけど、モンスターの影響で定期船が運航休止になってるんだってさ」
 石川と上田が、町で得た情報を岡野に説明する。
 三人の中では石川が一番RPGに明るい、という理由で石川が情報収集を買って出たのだ。
 上田の方は興味本位で石川についていった形となる。
「あ、そう……」
 相変わらず乗り気でない顔のまま、岡野は二人の話を聞いていた。
「岡ちゃん、どっちにしたってこのままじゃ帰れない訳だしさぁ、ここは一つ、『リアルRPG』ってのやってみようよ」
 上田としては何気なく言ったつもりだったが、岡野としてはカチンときたらしい。
「なんで上ちゃんはそんなに楽天的なんだよ! 帰れないかも知れないってのに! それに、おれらみたいな小学生が世界を救うなんて無理に決まってんだろ! マンガじゃあるまいし!」
「そんな言い方しなくていいじゃん! おれだって、帰れるもんなら今すぐ帰りたいっての!」
 今すぐケンカに発展しそうな雰囲気だったが、そこへ石川が割って入る。
「あーもーやめやめ! こんな所でケンカするなよ。これからおれ達は、三人で協力していかなきゃいけないんだからさ!」
「ふん!」
 二人はそっぽを向くと、ふてくされたようにそれぞれのベッドに潜り込んだ。
「やれやれ……」
 そんな二人を見て、石川もため息をつくのだった。

 その夜、岡野はふと目が覚めた。
 彼としては、今までのは全て夢で、目が覚めたらそこは自分の家のベッドの上――という展開を期待していたのだが、そうは問屋がおろしてくれなかった。
 見えるのは見慣れない、宿屋の天井だ。
「はぁ〜……」
 心底うんざりしたように、またも岡野の口からため息が漏れる。
(何なんだよ、一体。なんでおれらがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……)
 と、その時だ。
 反対側のベッドから、小さなすすり泣きが聞こえてきたのだ。
(ん?)
 暗がりに慣れてきた目をそちらに向けると、それは上田のベッドだった。
 しいんと静まった真夜中だった事もあり、岡野の耳に、小さく上田の声が聞こえてくる。
「なんでこんな事になっちゃったんだろ……。ウチに帰りたいよ……」
 上田は布団の中で泣いていたのだ。
(そういや……)
 岡野は思い出す。
 普段、上田は人前で泣くといった事が無かった。
 それは精神的に強いと言うより、単に彼が人に弱みを見せるのを極端に嫌がっていたからだった。変なところでプライドが高いのだ。
(なーんだ。なーんだ……)
 岡野は寝返りを打ったように、ベッドの中で仰向けになる。
 その口元には微笑みが浮かんでいた。



 翌朝。

 チュン、チュン……
 チチチ……

 小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 どうやらこの世界にもスズメはいるらしかった。
(やれやれ、昨日は大変だったなぁ……)
 昨夜の上田と岡野の口ゲンカを思い出し、重い気分で石川はベッドから身を起こす。
 このまま険悪な状態でモンスターが闊歩している世界に出発するなど、考えたくもなかった。
 が、次に彼が目にした光景は意外なものだった。
「上ちゃん、悪かったよ、昨日は」
 岡野が上田に頭を下げていたのだ。
 これには上田の方も目をぱちくり。
 上田もまさか、昨夜の自分の泣き言を岡野に聞かれていたとは想像もしていなかったのである。
「上ちゃん達が言うように、こうなっちゃったもんは仕方ないって割り切って、元の世界に戻れる方法を探そうぜ!」
「はあ、うん……」
 上田の方は完全に毒気を抜かれたようで、半ば呆然としたままコックリと頷いた。
「何がどうなってんの……?」
 顔にありありとハテナマークを浮かべて、石川は首をひねっていた。

To be continued.


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