三魔爪、最後の挑戦!

 ソゲンカ門を突破した一同は、一路、スパイドル城へと向かっていた。
 寒い事には寒いが、アイスヒドラが作り出していた吹雪はやんでいる為、耐えられないほどではない。
 一時ほど歩くと、三人は城のすぐ近くまで到着していた。
 城に接近した三人は、要塞のような石造りの門を抜け、岩陰から城内の様子を見た。
 オーソレ山を背に、荘厳華麗な黒曜石の建物がそびえていた。宮殿だ。
 たれこめた雲に覆われて薄暗い空の下、真っ黒な城は、整然と居住まいを正して建っている。
 それは言われなければ魔王の居城だと気が付かないほど、豪奢で壮麗で、とても美しく立派に映った。
「やっと……着いたね」
「うん……」
 三人は緊張した面持ちで、宮殿に接近した。
 頑丈そうな鉄の門を開けて中に忍び込もうとした時、頭上からモンスターの群れが急襲してきた。
 フロストターキーとメイジターキーの飛行部隊だった。
 フロストターキーの編隊が襲い、すぐさまメイジターキーの編隊が続いた。
 石川がフロストターキーとメイジターキーを数匹ずつ切り倒し、上田が呪文でサポートし、岡野は空高く飛びあがって、拳と足で打ち落とす。
 そして隙を見て宮殿に飛び込んだ。
 中は広いホールになっていた。
 しんと静まり返り、人の気配も無い。
「静か……だね」
「だね……」
 三人は慎重に歩を進める。
 そうして、数歩歩いた時。

 カチッ

「え?」

 チュドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 突然、床が爆発を起こし、三人は吹っ飛ばされた。
「な、なんだ? 敵の攻撃か……?」
 真っ黒こげになり、半分眼を回しながら岡野が呟く。
「違うみたいだけど……」
 そう言って、上田が何気なく近くの床に手を置いた時だ。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「どっしぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 再び爆発が巻き起こり、三人はまもたや派手に吹っ飛ばされる。
「わ、分かった。上ちゃん、岡ちゃん、ここ、地雷部屋なんだ……」
「地雷部屋ぁ!?」
 岡野が驚いた声を出す。
 道理で、この部屋にはモンスターの一匹も出なかったはずだ。
「どうする? このままじゃあ、進めない……」
 石川が唇をかむ。
 仮に上田が飛翔呪文(フライヤー)を使ったとしても他の二人を抱えて飛んだりはできないという事は、既に証明されている。
「ふふふ、だったら……」
 その上田がニヤリと笑い、ろうそくの炎のようにゆらりと立ち上がった。
「どうすんのさ、上ちゃん?」
 怪訝そうな表情になる岡野に対して、笑みを浮かべたままの上田の返答はとんでもないものだった。
「爆発するなら……爆発させてやるのよ! ぜ〜〜〜んぶな!」
「いいっ!?」
 石川と岡野の表情が驚愕のためにこわばるが、上田はその時には既に呪文を唱えていた。

 グー・ダッ・ガー・ハー・ゼイ・ロウ!
(大気よ、爆ぜろ!)

「爆裂呪文、ボム!」
 上田の掌から光球が飛び出し、床へと着弾する。
 その途端、

 ドガドガドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

 床に埋められていた地雷が誘爆し、次々と爆発が巻き起こる。
 あっという間に部屋は爆炎が充満する地獄絵図となったが、上田はその光景に興奮したように叫び、さらにボムの呪文を放った。
「ふはははははは! 砕けろ! 砕けろ! みんな砕けちまえーっ!」
「くっそ、上ちゃんの奴、無茶苦茶しやがって……」
 爆風を避けながら、岡野が愚痴を言う。
「きっと爆発のし過ぎでキレたんだよ……」
 汗ジトになりながら、石川が呟いた。
 この時、二人の脳裏に浮かんだのはただ一つ。
(コイツ、危ねえ……)

 数分後、地雷部屋は見事に真っ黒こげになった部屋へと様変わりしていた。
「よし、これでもう大丈夫なはず。行こう、二人とも」
「あ、ああ……」
「う、うん……」
 スッキリした表情で歩き出す上田に、呆然となった表情の石川と岡野が続いた。
 三人は部屋の奥にあった階段を駆け上る。
 その途端、異様な殺気を感じて立ち止まった。
 二階ホールの巨大な円柱の陰から、次々に剣を持った骸骨の魔物が姿を現して、三人の前に立ちはだかったのだ。
 その数は、ざっと数えて一〇〇体はいる。
 このスパイドル城の警備をしている、スカルガードという上級の骸骨剣士の騎士団だ。
 宮殿の中は、巨大な円柱がずらりと両側に並んで、奥の闇へと続いていた。
 スカルガード達は骨の音をきしませながらにじり寄ると、なだれ込むように襲撃してきた。
 先ほどと同じように、上田の呪文のサポートを受けた石川が数体を切り裂き、岡野が拳で打ち砕きながら正面を突破して奥へと向かう。
 即座に騎士達の群れが後を追った。
 こうして、同じ戦法を何度も繰り返しながら、三人は奥へ奥へと向かった。
 そして、最後のスカルガードを倒した時、一番奥の部屋の前まで来ていた。
 先頭に立っていた石川は呼吸を整えると、その扉をそっと開けた。
 奥には階段があり、その手前には、一風変わった杖が祀ってあった。
 鈍い輝きを放つワインレッドで、先端は楕円形になっており、その先には槍のような刃が、両脇からはコウモリの翼のようなものが生えており、翼にはそれぞれ無数のリングが通してある。
 いわゆる『錫杖』という奴だ。
「なんだこれ?」
 思わず、上田がその杖を手に取る。
 すると、
「おや、貴方が私の新しい主ですか?」
 楕円形の部分が、まるで瞼を開けるかのようにパッチリと開き、一つ目が出現していた。
 声はその錫杖から発せられていたのだ。
 石川と岡野はその場に固まり、上田は錫杖を持ったままわなわなと震えている。
 そして――
「ななななななななな……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 城中を揺るがすような悲鳴を上げたのだった。



「どうしたんですか?」
 錫杖がきょとんとしたような顔つき(と言っても、単眼がそれっぽいように見えるだけだが)で、再度言葉を発する。
「つ……杖が喋った……」
 愕然となる一同に、錫杖はさも当然と言った様子で答えた。
「そりゃ、喋ったっておかしくはないでしょう。今までそういうモンスターを見た事は無かったんですか? それから、私は“杖”じゃなくて“錫杖”です。『幻(まほろば)の錫杖』。以後、宜しくお願いします」
 錫杖が、お辞儀をするように先端をクイッと曲げる。
 どうやら彼(?)は、『生きている杖(リビングスタッフ)』の一種らしかった。
「えーっと……それで、おれが君の新しい主って言うのは?」
 ようやく落ち着きを取り戻した上田が、錫杖を握ったまま尋ねる。
「それは、あなたの魔力が私を目覚めさせたからです。私は、主にふさわしい者の魔力を得ると目覚める事が出来るんですよ」
「ふ〜ん……」
 不思議とその事実を受け入れている様子の上田に対して、石川と岡野は怪訝な表情のままだ。
「本当かな……」
「何かの罠じゃ……?」
 二人がそう思うのも当然だ。
 ここは敵の本拠地なのである。
 しかし、上田は首を横に振る。
「ううん。多分、嘘は言ってない。何となくだけど、分かるんだ」
 確信をもって上田が言った。
 錫杖を握っていると、不思議な一体感と安心感が生まれるのだ。
 まるで久しぶりに肉親に再会したような、不思議な感覚だった。
 その様子に、石川と岡野もようやく納得したようだった。
 かくして新たな仲間を加えた一同は、さらに先へ進んでいった。
 道中、上田は新しく相棒になった錫杖に、自身の特性を説明されていた。
 いわく、装備者の魔法力を打撃力に変換できる武器である、という事。
 使用者の意思で、錫杖からある程度変形して他の武器にもなれるという事。
 道すがら、上田が試してみた結果、大鎌(翼の部分が合体して巨大化した)、鎖鎌(先端が鎌に、グリップ部分が上下に分かれて、内部に仕込まれていた鎖で繋がる)、手甲鉤と棍(先端部が手甲に、グリップが棍へと分離)などなど……。
(要するに、セルペンちゃんが使ってたムチの上位互換って事か……)
 納得したように上田が頷く。
 これまで肉弾戦ではほぼ役に立てなかった彼にとっては僥倖であった。
 逆に錫杖の方も、上田達から現在のこの世界の状況を聞いて、納得したように言った。
「なるほど……それならば、マスターが私を目覚めさせる事が出来たのも分かります。もともと私は、この世界に異変が起きた時の対策として魔界で作られたのですから……」
 そんな錫杖に、石川が横から尋ねる。
「なあなあ、あんた、見た感じ上ちゃんの『最強武器』っぽいじゃん。おれらにはそういうの無いの?」
「そうですねぇ……。私が知っている限りでは、天界で作られた剣と籠手があると聞いた事がありますが……」
「へー、まさにおれ達のためにあるようなもんじゃん」
「そうだね」
 目を輝かせる岡野に、上田もクスッと笑う。
 石川と岡野にも、いわゆる『最強装備』がある……。
 それがもし本当であれば、この先の戦いで大きな助けになるのは間違いないし、三人と一本は、襲い掛かるモンスターを撃退しながら、その期待に胸を膨らませていた。
 だが、また階段を登り切ったところで、一同の表情は硬いものになる。
 そこはまた広いホールで、三人の戦士が彼らを待ち構えていたのだ。
 当然、
「また会ったな、異世界の少年たち」
 そう。ガダメ達三魔爪である。
 錫杖も緊張した面持ちで言った。
「皆さん、気を付けて下さい。彼らは……」
 それを遮って石川が答える。
「ああ、知ってるよ。これまでにも戦った事があるんだから……」
 前回のブッコフタウンでの戦いを思い出し、その額には汗が流れていた。
 あれから経験を積み、彼らのレベルも上がっているのは確実だ。
 しかし、三魔爪から発せられる気迫は、そんな彼らを警戒させるに十分だった。
 特にガダメに至っては、前回は三対一であったにも関わらず、彼らの方が苦戦したのだ。
 当然、クレイとアーセンも、ブッコフタウンの戦いでは本気を出していなかったことは明白である。
「今度こそお前達を倒す。我らの真の力、見るがいい! クレイ! アーセン!」
「はいな!」
「はい!」
 三魔爪達は両手を広げると、叫んだ。
「魔界変幻!」
 すると、三人の身体が溶けるように崩れ、一つの塊へと融合した。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 塊は膨張し、それと同時に形が変化していく。
 床を踏み砕く、巨大な足が生えた。
 大蛇よりもさらに太い尾が伸びた。
 空をも覆い隠すような、巨大な翼が生まれた。
 鋭く伸びた爪を備えた前足が生えた。
 そして、三つの首が次々と伸びた。
「げげっ!」
 石川達が、驚愕の声を上げながら見上げる。
 そこに出現していたのは、全高が五シャグル(約一八メートル)はありそうな、天を突くような巨大な三つ首竜だった。
 それぞれの首には特徴があった。
 右の首は竜の埴輪のような形状で、左の首は、緑色の彫刻のような形をしている。
 そして、真ん中の首は金属質の鱗を持ち、単眼であった。
<見たか! これぞ我らの究極の姿、魔爪竜だ!>
 真ん中の首が、辺りを震わせる雷のような叫び声をあげた。
 それは紛れも無く、ガダメの声だった。
「あいつら……」
「合体しちゃった……?」
 三人は息をのんで愕然となった。

 ガォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 魔爪竜は城の外まで轟くような咆哮を上げると、真ん中の、ガダメの首から紅蓮の炎を吐いた。
 炎を渦を巻き、目にもとまらぬ速さで飛んできた。
「くっ!」
 すかさず上田は錫杖を構えると、素早く呪文を唱える。

 ブーブッゲ・ギー・アレイ・ズーザ・ゴージン!
(吹き荒れよ、氷の刃)

「吹雪呪文・ブリザード!」
 上田の手から錫杖を通し、凄まじい氷の刃を伴った吹雪が噴き出す。
 アイス系の最強呪文、ブリザードだ。
 ブリザードは、魔爪竜が吐き出した炎を何とか押しとどめていた。
 そこへ、

 グー・バク・ゴウ・ゲレム・ガルム・バング!
(大気よ、全てを砕け散らせたまえ)

<極大爆裂呪文・ボンベスト!>
 アーセンの首が呪文を唱え、その口から直接ボンベストのエネルギーを吐き出す。
 ボンベストは着弾すると、凄まじい爆発を引き起こした。

 ドガドガドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 爆発に巻き込まれた三人は、木の葉のように吹き飛び、地面に投げ出される。
「くうっ……」
 なんとか身を起こす石川だが、魔爪竜の力に底知れぬ恐怖を抱いていた。
 それは、初めて三魔爪に追い詰められた時と同じ、あの恐怖だった。



「このッ……! ここまで来て、負けてられるか!」
 岡野が自分を奮い立たせるように叫ぶと立ち上がり、上田も続く。
 石川もそれを見て、剣を杖代わりにして起き上がった。
 三人は三方に散って、それぞれ別々に魔爪竜に攻撃を仕掛けた。
 だが、魔爪竜も三つの首を持っている。

 ブォォォォォォォォォォォォォッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 ガダメの首が再び猛炎を吐き、火だるまになった上田が吹っ飛ばされた。
 続いて、

 ドガァァァァァァァァァァァァァァッ!

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 アーセンの首の体当たりを受け、岡野が壁まで吹っ飛ばされる。
 そのまま壁に背中から激突し、ずるずるっと床に崩れ落ちた。
 全身に激痛が走り、骨がきしみ、思うように動けなかった。
「このおっ!」
 石川が気合と共に魔爪竜に向けて剣を突き入れる。
 が、その時信じられない事が起こった。
 硬い鱗で覆われているはずの魔爪竜の身体が、一瞬グニャリと曲がったのだ。
「なにっ!?」
<アホ! 魔爪竜には、ワイも合体しとるんや! 体組織を変化させるなんて、朝飯前やで!>

 バキィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!

「うわぁぁぁぁっ!」
 いきなり顔面に強烈な衝撃を受け、石川が叩き飛ばされる。
 顔の骨が歪んだかと思ったほどだ。
 魔爪竜の巨大な尻尾が、顔面を殴りつけたのだ。
 岡野と同じく、石川は大理石の壁に叩きつけられて床に転がり落ちた。
 叩きつけられた時、ギシッと全身の骨がきしむ音がした。
 頬は腫れあがり、口の中を切ったのか、血が流れていた。
「く、くそっ……!」
 石川は必死に起き上がろうとしたが、めまいがして再び床に沈んだ。
 尻尾で殴られた時に軽い脳震盪を起こしたのだ。
 何度か頭を振り、めまいも収まってやっと身を起こした時だった。

 ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

「うわぁぁぁっ!」
 猛炎の渦をモロに浴び、石川は火だるまになって吹き飛ばされた。
 それは激痛を遥かに超えた衝撃だった。
 胸が苦しくて息をするのもやっとだった。意識がもうろうとし、目がかすんだ。
 この世界に来て、強化された身体能力が無ければ確実に即死していたはずだ。
 石川は何とか立ち上がろうとしたが、ガクッと膝が折れてまた倒れてしまった。
 両足の神経がマヒして動けないのだ。
<喰らえ!>
 ガダメの首の単眼がさらに鋭くなった。
 そして、ひときわ強烈な炎の渦を浴びせかけた。
 石川はかろうじて横に避けると、熱風を潜り抜けて魔爪竜の懐に飛び込み、脚に斬りかかった。
 だが、あっけなく跳ね返された。
 今度はありったけの力で宙に飛び、剣を振り下ろした。
 剣は魔爪竜の肩口に当たった。

 ガキィィィィィィィン!

 だが、空しく金属音が響いただけだった。
 石川は愕然とした。
「くそっ! 柔らかくなったり硬くなったり、どうなってんだ、こいつの身体は!?」
 その時である。

 ガシッ!

「あっ!?」
 魔爪竜の腕が凄まじい速度で動き、石川の身体をつかんでいた。
「し、しまった!」
 絶体絶命のピンチ――
 このまま魔爪竜が力をこめれば、石川の身体はあっけなく握りつぶされてしまうだろう。
 ガダメの首が石川の前までやってきて、眼光鋭く睨みつけた。
<これで終わりだ。これでなっ……>
 だが、魔爪竜が指に力を込めたのと同時だった。
 石川が力を振り絞って、
「くそーっ、負けてたまるか!」
 渾身の力を込めて剣を突き出したのだ。

 ドシュッ!

 完全に虚を突かれたガダメの目のすぐ上に、石川の剣は鍔の先まで突き刺さり、おびただしい青い鮮血が飛んだ。
 同時に、

 バキィィィィィィィィィンッ!

 石川の剣がガダメの額に刺さったままへし折れた。
<ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>
 不意を突かれたガダメは思わずのけぞって、眼を押さえて身もだえた。
 流れた血が眼に入り、ガダメの首は完全に盲目となっていた。
<ガダメはん!>
<ガダメ!>
 クレイとアーセンの首も、思わず動揺してガダメの首の方を向く。
 その時には、上田と岡野が体勢を立て直していた。
 魔爪竜の意識が石川に向いていた隙に、何とか上田が回復の時間を稼ぐことが出来たのだ。
「テッちゃんが!」
 魔爪竜に掴まれている石川の姿を見つけ、上田が焦った悲鳴を上げる。
 岡野は魔爪竜を睨みつけると、全身に力を込めた。
(この世界じゃ、強くなった武闘家は気を使える……。あの時、ガダメも気功術を使ってた……。なら、今のおれなら出来るはず!)
 意を決すると、岡野は両手を構えて精神を集中させた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」

 ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……

 その掌に、光の球が生まれ、輝きを増していく。
「岡ちゃん!?」
 驚いて、上田が岡野の両手を見つめる。
「か〜〇〜は〜〇〜……波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 叫び声と共に岡野が両手を突き出すと、掌から龍の姿をした気の塊が飛び出した。

 ギュォォォォォォォォォォォォォッ!

 龍の気は、そのまま一直線に魔爪竜に向かっていく。
<なんや!?>
 気づいたクレイがそちらを向くが、一瞬遅い。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァッ!

 龍の気は、魔爪竜の左腕と左翼を根こそぎ吹っ飛ばしていた。
<ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>
 魔爪竜が悶え、石川が地面に落ちる。
 上田は素早く石川に駆け寄ると、その場から離脱し、最高位の回復呪文であるヒーレストを唱えた。
 みるみる石川の傷がふさがっていき、石川の顔に血の気が戻って来た。
「さんきゅ、上ちゃん……」
 ただ、完全回復にはまだ時間がかかるのか、その笑顔には力が無い。
「岡ちゃん、何だったの、今の?」
 石川に回復呪文を掛けながら、上田が岡野に尋ねる。
「ほら、この前の戦いで、ガダメが気功術を使ってたろ? 今のおれのレベルなら、使えるんじゃないかって思ってさ」
「ふ〜ん……。でもさ、さすがに『か○○め波』は無いんじゃないの?」
 汗ジトになって上田が言う。
 岡野もばつが悪そうな顔をして頭をかいた。
「やっぱ、流石にマズいか……」
 上田はふう、と息をつくと、微笑んで言った。
「あの気、龍の形をしてたしさ、『神龍波(しんりゅうは)』とかどう?」
 それを聞いて、岡野も満足そうにうなずく。
「いいねぇ、それ! オリジナル技っぽくて!」
 その時、錫杖が叫ぶ。
「皆さん、油断しないで下さい! 魔爪竜はまだ、やられてませんよ!」
 はっとなって三人が魔爪竜の方を向くと、魔爪竜は吹き飛んだ左腕と翼を復元している所だった。
「今のうちに何とかしないと、彼らが完全回復してしまっては終わりです!」
「よ〜し、だったら……」
 今度は上田が前に進み出ると、両手を広げる。
 実は上田には、ずっと考えていた事があった。
 それはブッコフ図書館で調べものをしていた時である。
 バーン系やボム系、ツイスター系の呪文には『極大呪文』があった。
 だが、フレア系とアイス系にはその『極大呪文』が存在しなかったのだ。
(憶測だけど……フレア系とアイス系は、どっちも『熱エネルギー』の呪文……。もし、この二つを合わせたのが『極大呪文』だったとしたら……)
 上田の右手に青白い光が、左手に赤い光が発生する。
 そのまま両手を合わせると、相反したエネルギーのスパークが巻き起こる。
「極大光熱呪文……ブリザレム!」

 シュゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 上田が両手を突き出すと、渦を巻いた赤と青のエネルギーが飛び出し、スパークをまとって魔爪竜に突っ込んでいく。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

<ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>
 ブリザレムの直撃を受けた魔爪竜は、全身をすさまじいエネルギーに蹂躙されていた。
「やった! ……えっ!?」
 勝利を確信した上田だが、次の瞬間、その顔は驚愕に変わっていた。
 ボロボロになりながらも、魔爪竜はまだ健在だ。
<自分ら……許さへんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!>
<絶対に、この場で、倒させて頂きます!>
 怒りに燃えるクレイとアーセンが叫んだ。
 だが、その前に石川が立つ。
 既に上田のヒーレストで体力は全開しているものの、剣を失った彼は丸腰だ。
 慌てて上田が石川の肩を掴む。
「待って、テッちゃん! 武器も無いのに、どうやって戦うっていうの!?」
 が、振り向いた石川の顔には自信が満ちていた。
「大丈夫。今の二人を見て、分かったんだ。おれにも“必殺技”って呼べる魔法があるって!」
「ええっ!?」
 困惑している上田をよそに、石川が構えを取る。
 石川が精神を集中させると、頭の中に宇宙のイメージが自然に浮かんできた。
(色んなものが見える――)
 石川の神経は、流れのすべてに広がりつつあった。
 宇宙はビッグバンを起こし、星が生まれる。
 石川はその流れを、まるで自分の体で再現するような気持ちになりながら、右腕を突き出した。
「超新星呪文・メテオザッパァァァァァァァァァァァァッ!」

 ズゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 石川の右腕から、無数の流れ星のように虹色のエネルギーが飛び出す。
 その凄まじいまでの魔力を知り、クレイ達は戦慄した。
<く、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!>
 だが、彼らの思考はそこで止まった。
 メテオザッパーのエネルギーは、魔爪竜の身体を飲み込んでいた。

 シュゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 凄まじい爆発が起こり、魔爪竜の身体はその中に消えていた。



「か……勝った……?」
 石川達は魂が抜けたような顔で、その場に座り込んだ。
 体力も気力も、全ての力を使い果たしたのだ。
 緊張の糸が切れ、三人ともしばしその場に座り込んでいた。
 その時だ。

 ドシャッ! ドシャッ! ドシャッ!

 何かが彼らの眼前に落ちてきて、三人は身をこわばらせた。
 それは――
「う……」
 もはやボロボロとなった三魔爪達だった。
 三人とも、かろうじて息はあるものの、戦闘の続行が不可能であることは明らかであった。
 アーセンなど、原型の姿に戻ってしまっている。
 石川達が緊張した面持ちで彼らを見つめていると、最初に身を起こしたのはガダメだった。
 剣が刺さったのが目の上だったためか、眼ははっきりと開いている。
 ガダメは石川達の方を見つめると、ひれ伏して叫んだ。
「異世界の少年たちよ、頼む! この世界と、スパイドルナイト様を救ってくれ!」
「はぁっ!?」
 予想だにしなかったガダメの言葉に、石川達は目を丸くした。

To be continued.


戻る