発見! ソゲンカ門

 セルペンと別れ、ボガラニャタウンを後にした一行は西へと進んでいた。
 西方にあるオーソレ山(ざん)の麓の、スパイドルナイトの居城を目指しているのだ。
 西に進むにつれ、気候は変化していく。
 空は雲に覆われ、その内に雪まで振り出したのだ。
「おっかしいなぁ……」
 地図を手に、上田が怪訝な表情をする。
 どっちを見ても、荒涼とした砂山ばかりだ。
 なだらかな砂漠が海のように続いている。
 時折、冷たい風が砂塵を巻き上げながら吹き抜けていく。
 西の砂山にはもうじき太陽が落ちようとしていた。
 ボガラニャタウンを出てから、既に五日が経過していた。
「確かに西の方は寒いって聞いてたけど……この辺りはまだ、雪が降るはずがないのに……」
「気にするなよ、上ちゃん。食料だって、いっぱい買い込んでるんだし。少しぐらい迷ったって、どうって事無いって」
 わざと元気づけるように石川が言った。
 ここで自分が不安そうな顔をしては、周囲にまで伝染してしまう。
 石川に元気づけられたように上田と岡野も頷くと、また歩き出した。
 しかしながら、そんな一同を、この後さらに過酷な状況が待ち受けていることを、この時の彼らは知る由も無かった。

「これ、ほとんど吹雪じゃない!?」

 シュゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 凄まじいという言葉を十回繰り返しても表現できないほどの吹雪が横殴りに向かってくる。
 あれから一同は一時ほど歩いていたのだが、天気はどんどん悪くなるばかりで、現状はこのありさま、という訳だ。
 三人は普段の服装の上から、ボガラニャタウンで買った防寒着を着ていた。
 そうでもしなかったら凍え死んでいただろう。
 辺り一面、視界も何もかも雪で覆われている。
 このまま進むのは自殺行為だ。まして、三人は吹雪の中を旅した経験など皆無である。
「これ以上進むと危ないから、今日はここで休もう!」
「異議なし!」
 吹雪で声があまり伝わらないため、三人は声を張り上げていた。



 それからしばらくして。
 三人は雪をかき集めてかまくらを作り、中で火を焚いて暖を取っていた。
 いわゆるビバーグという奴である。
「寒い……寒すぎる……」
 いかに防寒具を着て火を焚いていると言え、寒い事には変わりない。
 いや、それでもまだマシな方だろう。
 もし防寒具や火が無ければ、とっくの昔に凍ってしまっていただろう。
「やだよこんな所で凍え死になんて! 絶対にいや!」
「おれ、なんだか眠い……」
 岡野の首がコテッと下がる。
「おれも……」
 続いて上田もカクッ。
「お、おい、眠っちゃダメだって! 上ちゃん! 岡ちゃん!」
 二人を揺する石川だったが、
「だめだ……おれも眠い……。うう〜ん……」
 石川も睡魔に襲われ、意識がブラックアウトてしまう。

「……チャンさん……テッチャンさん!」
「ん?」
 呼ばれた声に石川が顔を上げると、そこに立っていたのはセルペンだった。
「せ、セルペンちゃん?」
「しっかりして下さい、寝たら凍死してしまいます」
 この時、石川の頭はほとんどマヒ状態であった。
 従って、これが夢か現実かの判別などつくはずもない。
「大丈夫……セルペンが温めてあげます」
 そう言うと、セルペンが頬を赤らめ、恥ずかしそうに自分の服に手をかけた。
「ええっ!?」
 パサッという音と共に、地面に服が落ちた。
(ちょ、ちょっと待て! おれ達小学生だよ!? こんな展開あっていいわけ!?)
 ドギマギする石川だったが、続けてパサッとセルペンの髪の毛が落ちる。
「えっ?」
 驚いた石川が顔を上げると、そこに立っていたのは……
「ちょっとだけよぉ〜ん♪」
 首から下が人間の姿になったザコであった。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 石川は悲鳴を上げ、びっくりして目を覚ました。
 それが夢と分かると、彼は、
「助かった……」
 とつぶやき、心臓の鼓動もだんだん正常に戻っていった。
 そして、残念そうな顔をして言ったのだった。
「ちぇっ、夢ならもっとサービスしてくれたらいいのに」
 ダメダメ。
 この物語は良い子のみんなだって見てるんだから。
「っと、いけない! 上ちゃん! 岡ちゃん! 起きてってば!」
 はっと気づいた石川が、岡野を揺する。
 この時、幸せそうな顔をして寝ていた岡野が見ていた夢は……。

「や、やった……。ついにおれは、元の世界に帰ったんだーっ!」
 岡野は感激の面持ちで、目の前に広がる光景を見つめていた。
 彼の目の前に広がっているのは、元居た世界の校庭だ。
 そこへ校内放送が響き渡る。
<あと五分で、昼休みが終わります。教室に戻って、学習の、準備をしましょう>
「いけね! 急がないと!」
 急いで校舎に向かって駆けだす岡野だったが、下駄箱の前で仁王立ちしている人物がいた。
 その人物は、怒りの表情で岡野を睨みつける。
「盛彦……あたしを放って帰ろうなんて、いい度胸じゃないか!」
「げげっ、オータム!?」
 途端に岡野の顔から血の気がサーッと引く。
「この薄情者! あんたなんか、あんたなんか!」

 ビシバシ! ビシバシ! ビシバシ!

 オータムは岡野の胸ぐらをつかむと、往復ビンタをかました。
「ご、ごめん、オータム……」
 殴られた岡野の意識がフェードアウトしていき……

「あれっ!?」
 気が付くと、そこは彼らが寒さをしのいでいたかまくらの中だった。
「ほら起きて、岡ちゃん!」
「テッちゃん? あれは……そうか、夢だったのか……」
 岡野はホッとしたような、ガッカリしたような複雑な表情でため息をつく。
「よし、後は上ちゃんだな……」
 二人は上田の方に目をやる。
 上田もまた、幸せそうな顔でクークーと寝息を立てていた。

「上田さ〜ん、こっちですよ〜!」
「待ってよ〜、サクラちゃ〜ん!」
 一面花畑の中で、上田とサクラがキラキラと目を輝かせながら鬼ごっこをしていた。
 ベタと言えばベタだ。
 その内に、目の前に一本の大木が見えてきた。
 二人は追いかけっこをしながら、木の幹の周りを駆け巡る。
 一周するごとに二人の距離は縮まり、ついに上田はサクラを捕まえる。
「つ〜かまえた♪」
 が、勢いが付きすぎて、そのまま二人して花畑に倒れ込んでしまう。
「うわっ!」
「きゃっ!」

 ドサッ!

 ちょうど上田がサクラを地面に組み敷くような格好になった。
 だが、その時の上田の手の位置が悪かった。
 上田の右手は、しっかりとサクラの左胸を掴んでいたのだ。
 ……まぁ、まだ『掴める』ほど成長しているのかと言われれば微妙だが。
「げっ! またやっちゃ……」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! エッチ!」

 パシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!

「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 見事にサクラの平手打ちが決まり、上田は空に輝くお星さまになったのだった。

「はっ!」
 頬を赤く腫らした上田がパチッと目を開ける。
「上ちゃん、しっかりして!」
「眠っちゃだめだ、上ちゃん!」
「もう大丈夫だよ。……はぁ、夢で良かった」
 安心したような顔で上田が呟く。
 そして、こう続けた。
「同じネタ、何度も使うなよ……」
 ほっとけ。
 その時である。

 シャン、シャン、シャン、シャン、シャン……

 どこからか鈴の音が聞こえてきたのだ。
 続けて、
「はいっー! はいやーっ!」
 今度ははっきりと、人の声が聞こえてきた。
「誰か来たぞ!」
 立ち上がって石川が叫んだ。



「どうかゆっくり温まって行って下さい」
 石川に向かって、温かい飲み物が注がれたマグカップが差し出される。
 カップを差し出したのは、エスキモーのような防寒具に身を包んだ、十代後半ほどの少年だ。
 おっとりした雰囲気の顔が特徴的だった。
 ここはこのツンドランド地方にある、エスカモーという村で、彼らを助けたのはリョートという村の少年であった。
 村には現実世界の物よりも大きめのイグルーが並び、リョートの家の前には牛ほどもある犬が曳く犬ぞりが停めてある。
「有難う……」
 石川は丁寧にカップを受け取ると、フゥフゥ言いながらカップに口をつけた。
「あったか〜い……」
「本当に、生き返るなぁ……」
 横では同じようにマグカップを持った上田と岡野が笑顔を見せている。
 そんな三人を満足そうに見ていたリョートだったが、ふと、その表情が曇る。
「いや全く、この吹雪にはオレ達も参ってるんだよ」
 外では相変わらず、猛烈な吹雪が吹き荒れていた。
 このまま吹雪が続けば、エスカモー村が雪の下に埋まってしまうのではないかとすら思える。
「これって異常気象なんですか?」
 吹雪の事を尋ねてみた石川に、リョートは首を横に振る。
「いや、この先にあるソゲンカ門って所が原因なんだ」
「ソゲンカ門?」
「そう。そこのオーイェ・ティって奴が、猛烈な吹雪を起こして、その先にある魔王様の城に誰も近づけないようにしてるんだ」
 聞けば、このエスカモー村は魔王スパイドルナイトの城に最も近い村で、魔物が凶暴化して以来、猛烈な吹雪で誰も城に近づけなくなっているのだという。
 元々スパイドルナイトは、このブクソフカ大陸とハサキヒオ大陸を治めている魔王という事だった。
 話を聴いた石川は、立ち上がって叫んだ。
「よ〜し! リョートさん、おれ達がそのオーイェ・ティって奴をやっつけて来てやる!」
「ええっ!?」
「きっと、そのスパイドル城に誰も近づけたくない訳があるんだ。上ちゃん! 岡ちゃん!」
 石川の言葉に、上田と岡野もコクリと頷いた。

 さて、一方そのソゲンカ門。
 ここは門とは言っているものの、パリのエトワール凱旋門のように巨大で、砦や城と言っても差し支えないような建造物だった。
 しかも驚くことに、建物すべてが氷で出来ているのだ。
 その門のあちこちにある窓から、猛烈な吹雪が巻き起こっていた。
 氷系では最強の吹雪呪文、ブリザードにも勝る勢いだ。
 そんなソゲンカ門の一室に、ガダメ達三魔爪は訪れていた。
「ようこそおいで下さいました〜」
 簡易なプロテクターを身に着けた人物が出迎える。
 全身を獣毛が覆っており、目など毛に隠れて見えない。
 いわゆる雪男だ。ただし、体格は人間とそう変わらないサイズだったが。
 このソゲンカ門を守るオーイェ・ティである。
「しっかりと、お勤めを、果たしているようですね、オーイェ・ティ」
 いつもの仮面のような表情ながら、アーセンが満足そうに言った。
 横ではクレイがガタガタと震えている。
「それにしても……ちょっと、寒すぎやあらへんか? こんなんじゃ凍ってまうで……」
「オーイェー。申し訳ありません、クレイ様。しかしこのソゲンカ門はスパイドル城につながる門。誰も近づけてはならぬとスパイドルナイト様から厳命されておりますので……」
「しゃあないなぁ……。アーセンはんは、寒ないんでっか?」
 ふと、身震い一つしないアーセンにクレイが問いかける。
 アーセンはわずかに首をかしげるように言った。
「私は、ゴーレムですからねぇ。そういった、感覚は、あまりよく、分かりません」
「便利やな……。なぁ、ガダメはん?」
 ガダメの方を振り返るクレイだったが、返事は無い。
 ガダメは下を向いたまま、何ごとか思案していたのだ。
(何故私は、あの時セルペンに手をあげた? いや、そもそも、私は何故その事に対して違和感を持ったのだ? この地上世界から人族を排除し、地上世界を浄化する。それが我々魔族の使命だ。そのはずだ。ん? それならば何故、私は魔族と人族が共に住む街の市長などやっていたのだ? どうなっている? 私は結局、何がしたいんだ……?)
 前回、ボガラニャタワーで石川達と一戦を交えて以来、ガダメの中になにやら形容できない違和感が生まれていた。
 今までの自分の、スパイドル軍三魔爪としての行動、それ自体に偽りはない。
 それが自分たちに課せられた使命だと思ってやってきた。その気持ちにウソは無かった。
 だが、一方でそんな自分に「それは違うのではないか」と分析しているガダメもいた。
 思考はぐるぐると回り、結局答えは見いだせない。
 さらに、その思考も中断される事になる。
「ガダメはん!」
「うおっ!」
 突然、視界にクレイが飛び込んできて、大声で怒鳴ったのだ。
「何だ、脅かすな、クレイ」
「ガダメはんが何べん呼んでも返事せえへんからやろ! どうしたんや? この間、異世界のボン達を迎え撃ちに行ってから、なんかおかしいで?」
「おかしいか……。そうかも知れん」
 深刻な顔で呟くガダメに、クレイはあからさまに不思議な表情をして見せる。
「なぁ、クレイ。『この地上世界から人族を排除し、浄化する』。それが我々、魔界騎士の使命に違いないよな?」
「今さら何言うてんねん。そんなん、何百年も前から当たり前の事やないか」
「そうだ。そうだったな……」
 長い間共に戦ってきた同僚の言葉に、ガダメは思い悩むことをやめる。
(私の疑問を解消するのは後だ。今は、異世界の少年たちを迎え撃つのみ!)
 いつもの生真面目な表情で、ガダメはキッと前方を見据える。
 その時だ。

 ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 城内にけたたましく警報が響き渡った。
 はじかれたようにオーイェ・ティが叫ぶ。
「オーイェー! 何者かがこのソゲンカ門に近づいてるぞ!」

 言うまでもなく、門に接近していたのは石川達だ。
「あれだ!」
「すごい吹雪を噴き出してる!」

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 吹雪が吹き荒れる中、三人は門に向かって走って行った。
 風が酷く巻いているので、雪は上から下にばかりでなく、下から上へも飛びしきる。
 雪はますます濃く、深くなり、辺りはろくに見えず、靴の中で足が凍えた。
 突風に腕を上げて避けた勢いで、たまたま後ろを振り向けば、三人の足跡はたちまち吹き散らされ、埋められていく。
 まるで戻る道筋すら、周到に閉ざしてまわっているかのように。
 そこへ、
「うわっ!」
 突然、大蛇のような触手が振り下ろされて、一同はその場から飛び退った。
 現れたのは、成人男性の倍はありそうな、巨大なイソギンチャクのような姿をした怪物だった。
 ローパーというモンスターで、触手でとらえた獲物を頭頂部の口で食い尽くしてしまう恐るべき相手だ。
 三人は気合を入れなおすと、かじかんだ手に力を込めた。
 上田の炎の呪文が飛び、岡野が触手を捕まえ、そこを石川の剣が切り落とす。
 さしもの肉食獣も三人の連携の前にはひとたまりもない。
 岡野の拳を受けて、ゴールドへと姿を変えるのだった。
 息が白い煙になってたなびく。
 動き回った事で多少、体が温まった三人は、門の外壁に寄り集まり、互いの無事を確認して、ほっと微笑んだ。

 三人は、ソゲンカ門の中に入っていった。
 中は明るく、広々としている。
 辺り一面、美しいと言ってもいいほどピカピカだった。
 つるつるで平らな床のあちこちには、かつて落ちたつららが細かに割れてうず高く堆積し、危なっかしい氷のケルンをなしている。
 遥かな天井から屈折に屈折を繰り返してここまで届いた光は、ほのかに柔らかく、随所で小さな虹を宿した。
 外の雪嵐が遠のき、やがて全く聞こえなくなった。
 一歩ごとに腰まで埋まる雪もここには無い。歩くのがずっと楽だ。
 うっかり触ると、指が張り付いてしまうほど冷たい氷の壁が、どこまでも迷路のように続く。
 ひんやり、ひっそりと静まり返った氷の迷宮を、彼らは注意深く進んだ。
 最初、迷路は大したことは無いもののように思われた。
 なにせ壁はところどころ完全に透明で、何重なりも向こう側まではっきり先が見えるのだから。
 しかし、どんな悪意のたまものか、道はひどく入り組んでおり、とんでもない方角まで回り込まなければ、望む方向に進むことが出来ない。
 回り込んでいるうちに、もともとどっちを目指していた物やら、頭が混乱してしまう。
 散々グルグル回らされた挙句、結局どこにもたどり着けない道も多い。
 なまじあからさまに見えている向こう側にたどり着けないのは、酷く悔しい。
 壁を火炎呪文で溶かせば良さそうなものだが、全体が氷で出来ているソゲンカ門で、下手にそんな事をしてしまえば、建物全体が崩壊してしまう恐れもある。
 そして、モンスターはそんな彼らの進路を容赦なく妨害してくる。
「えーい、どけどけ! 邪魔なんだよ!」
「おらおらおらおら!」
「守備力減退呪文・ソフター! もういっちょ、閃光呪文・バーネイ!」
 凍り付く息を吹きかけてくるフロストターキーをローストにし、ちょろちょろ飛び回るおばけバチを切り払い、バーネイの呪文をかけてくる冥府の使いを反射呪文(リフレクト)で逆に丸焼きにし、鋭い角をかざしてやみくもに突進してくるライノザウルスを踏み越えて、彼らは進んだ。
 そして――
「あっ!?」
 三人はだだっ広い大広間に出た。
 そこでは五つの首を持った、氷でできた竜の彫刻が、絶えず吹雪を吐き出している。
「ここが吹雪の発生源か! よーし、叩き壊してやる!」
 三人は武器を構える。
 その様子を指令室から見ていたクレイは、慌てた声を出した。
「どうすんねん。このままやと、吹雪を止められてまうで?」
 だが、オーイェ・ティは落ち着き払って答えた。
「オーイェー。大丈夫です、クレイ様」
 そう言うと、手近にあったコンソールのレバーを引いた。
「モンスター・アイスヒドラ、出げ〜き!」
 すると、

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 地鳴りと共に、吹雪を噴き出していた彫刻の表面にひびが入ったかと思うと、一気に氷が砕け散り、その中から、全身を青い鱗に包まれた巨大な五つ首竜が姿を現した。
 その全高は四シャグル(約一四メートル)を超え、頭部は牛でも丸飲み出来そうなほどに巨大だ。
 なんと、このモンスター・アイスヒドラこそが、あの凄まじいブリザードを起こしていたのである。
 石川達は驚愕して目を見開く。
「モンスター!」
「頭が五個もあるよ!」

 ンギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 アイスヒドラは咆哮を上げると、口から凄まじい吹雪を噴き出して攻撃してきた。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 吹雪の勢いに、三人は思わず身を縮こませる。
 そこへすかさず、巨大な頭部が体当たりしてきて、石川が吹っ飛ばされた。
「テッちゃん!」
「大丈夫か!?」
「あ、ああ。大丈夫!」
 石川は上半身を起こしながら答える。
「この野郎!」
 岡野が首を殴りつけ、さらに蹴りを見舞うが、別の首からの反撃を受けて、同じく吹っ飛ばされた。
「こ、こりゃいかん……」
 目を回しながら岡野が氷の床に引っくり返る。
「このぉ!」

 ゲキ・カ・ダー・マ・ジー・バツ・メイ・ガー!
(火の神よ、その炎で焼き尽くせ!)

「火炎呪文・ギガフレア!」

 シュガォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!

 上田の手から、巨大な爆炎が飛ぶ。
 アーセンも使っていた、最高ランクの火炎呪文、『ギガフレア』だ。
 ギガフレアはアイスヒドラの頭部の一つにまともに命中した。
「どうよ!?」
 だが、

 ンギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 怒りに燃えた他の首が襲い掛かり、勢いのついた一撃が、上田のすぐ横の床を砕き、上田はその衝撃で吹っ飛ばされた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
 吹っ飛ばされた上田は床に転がる。
 と、その衝撃で、ナップザックから小さなタルが転がり出た。
 村を出る前に、リョートから「寒さを我慢できなくなったらこれを使って」と渡されたウイスキーボンボンである。
 ちなみに遭難時にブランデー等が体を温めるという説だが、実際にはアルコールをとると血管が拡張して中枢で暖まった血液が末端に流れるので暖かくなったように感じるが、中枢の体温は低下してしまうので、長期的に見ればかえって逆効果になってしまう。
 つまり「あと一時間で下山できる」といった短期的な状況に対して有効なのである。
 まぁ、それはさておき……。
「これってお酒だよね……。だったら」
 上田はタルを開けると、中に入っていたウイスキーボンボンを手に取る。
「これでも喰らえ!」
 上田はボンボンをアイスヒドラの口に向かって放り投げたのだ。
 ボンボンは見事にヒドラの口の中に飛び込む。
 それから少し間をおいて、

 ンギャァァァァ……

 五つの首が、みるみる赤く染まっていく。
 なんとアイスヒドラは、ボンボンのウイスキーで酔っぱらってしまったようであった。
 全ての首が酔っぱらってしまったのは、胴体を共有している為であろう。
 酔っぱらった首たちは、互いに絡みあい、しまいにはお互い噛み合うやら、吹雪で凍らせ合うやら、凄まじい狂態を繰り広げている。
 すっかりこっちの事を忘れてしまったアイスヒドラを他所に、上田は急いで石川と岡野を回復させた。
「ふええ、どうなってんの?」
「あいつら、酔っぱらっちまってるな……」
 一匹で大げんかを繰り広げているアイスヒドラを見て、二人は一瞬呆気にとられる。
 しかし、そこへ上田の声が飛んで我に返る。
「二人とも、今のうちに!」
「了解!」
「よぉ〜し……」
 三人は気合を込めると、石川はバーネイ、上田はギガフレア、そして岡野は上田から渡された噴火の杖を振りかざして炎を飛ばす。
 一束になった巨大な火炎は、アイスヒドラを直撃する。
 それに伴って、ソゲンカ門内部の温度も急激に上昇していった。
 広間を形成している氷も溶け出し、辺りにもうもうと蒸気を発生させる。
 もちろん、オーイェ・ティ達のいる部屋も。
「あ、暑い……」
 ただでさえ暑い毛皮に覆われているオーイェ・ティは汗びっしょりになって呟いた。
 やがて、

 チュドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 限界を超えたアイスヒドラのボディが、大爆発を起こしたのだ。
「ちいっ!」
「脱出や!」
 三魔爪はとっさに脱出したものの、一瞬逃げ遅れたオーイェ・ティは爆発に巻き込まれてしまう。
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜っ!」
 オーイェ・ティは爆風の中、木の葉のように上空高く吹っ飛ばされていった。



 アイスヒドラが倒された後、ソゲンカ門はゆっくりと崩壊していった。
 三人は上田が唱えた脱出呪文・エスケイプで、門の外へと無事脱出している。
 振り向くと、ソゲンカ門があった場所には、清らかな水滝が滔々(とうとう)と流れていた。
 すでに吹雪はやみ、空にはオーロラが輝いている。
 そして、遥か地平線に見えるのは……。
「あれが……スパイドル城か!」
 黒曜石で出来た、荘厳華麗な城が姿を現していた。
「よし、行こう!」
 石川が元気よく歩き出し、残りの二人も力強く頷くと、後に続く。
 冒険の終着点は、もうすぐであった。

To be continued.


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