神殿の決戦

 ヘブンズ王国での事件を解決した後、ルスト一行は、レッサル軍の神殿がある北に向かって旅を続けていた。
 神殿に到達するには、天然の要害と言われるテンペル山脈を越えねばならない。
 既に季節は冬から春へと移り変わり、街道にも、草木が芽吹き始めていた。
 彼らの行く手に、どこまでも草に覆われた平らな土地が現れた。
 平原を一直線に突っ切るうちに、小さな川沿いの街道らしきものが見つかった。
 途中、凶暴になったモンスターたちが行方を阻むが、彼ら六人の前には簡単に蹴散らされてしまう。
 おっと、そう言えば、各自それぞれの説明がまだだった。ここで簡単に説明をしておこう。
 ルストはかつてこのトゥエクラニフを救った勇者の一人の子孫で、剣術を得意とする十二歳の少年だ。
 純粋な性格で、たとえモンスターであっても困っていれば放っておけないお人好し。
 ジンはルストより一つ年上の幼馴染で、同じく勇者の一人の子孫だ。
 腰まで伸びた長い黒髪と丁寧な物腰が特徴の落ち着いた少年で、あらゆる魔法を得意とする魔術師である。
 最近まで、魔王軍の一つであるレッサル軍に所属しており、現在一行はそのレッサル軍の長である魔王、レッサルゴルバを悪意から解放する事を旅の目的としている。
 バッツは野性味あふれる十五歳の少年で、やはり勇者の一人の子孫である。
 鮮やかな赤い髪を持ち、見た目に反して巨大な剣を軽々と振るう怪力の持ち主だ。
 いつもニヒルな笑みを絶やさない、余裕のある人。
 ザコ吉は、この世界に棲息するただのザコ?世というキノコのモンスターである。
 行き倒れていた所をルスト達に助けられ、その恩もあって一行に加わっている。
 実は年齢は人間に換算すると二十歳前後であり、バッツとは年長者同士で気が合うのか、よくつるんでいる。
 セレナはセイレーンというモンスターの少女で、群れからはぐれて怪我をしていた所をルスト達に助けられた。
 それ以来ルストを「ルスト様」と慕っていて、旅に同行している。
 最後に控えしはメフィスだ。
 元ヘブンズ王国の相談役で、どっかおかしなダークプリーストのジジイだ。
 ただし、頭の中にある膨大な知識量はどんな賢者の追随も許さないという優れもの。
 こういう訳で、この六人のパーティは、恐るべきプロフェッショナル集団……のはずなんだけど、風格と言うか、緊張感と言うか、そういうものはあんまり感じられないのであった。

 さて、上で述べた通り、一行はレッサル軍の神殿に向かうため、テンペル山脈を目指していた。
 ここは険しい山々が連なる地域だが、海岸沿いの北西部は比較的通りやすい部分とされている。
 そこで、彼らは現在、海沿いを歩いていた。
「爺さん、テンペル山脈の入り口まで、あとどれ位なんだ?」
 まるで散歩中のような気楽な口調で、バッツが傍らのメフィスに尋ねる。
「ん〜、もう少しじゃの。あと、一日か二日といった所じゃ」
 こちらもあっけらかんとメフィスが答える。
「とは言っても、もうすぐ日も暮れちまうしな……野宿する場所を探した方が良くないか?」
 チョコチョコと歩きながらザコ吉が言った。
 その時だった。
 一同の目の前に、一夜を明かすのに良さそうな洞窟が目に入って来たのだ。
 近くまで行ってみると、それは何とも大きな洞窟だった。
 天井の高さまで三・五シャグル(約十四メートル)はありそうだ。
 入り口付近には野原が広がっており、羊の群れが草を食べていた。
 さらに近くにはブドウ畑が広がっている。
「誰か住んでるのかな……?」
 ブドウ畑と羊の群れを見比べて、ルストが首を傾げた時だ。
「おめたち、旅のもんか?」
 頭上から野太い声がして、一同はいっせいに振り返った。
 見ると、そこには毛皮で出来た上着を着た大男が立っていた。
 いや、それはもはや巨人だ。
 身長は軽く一・五シャグル(約五メートル)はあるだろう。
 特徴的なのはその頭部だ。
 目は顔の真ん中に一つだけついており、頭はつるつるに禿げ上がっていて、太い一本角が生えている。
「サイクロプス……?」
 巨人を見上げてジンが呟いた。
「んだんだ、オラ、サイクロプスのキュクロウって言うだ」
 一つ目をニッコリと細め、訛った口調で巨人が自己紹介をする。
 どうやら見かけによらず気のいい人物(?)らしかった。
 その人の良さそうな雰囲気に、ルスト達も自然と警戒を解いていた。
「おれ、ルストって言います。実はおれ達、旅の途中で、これからテンペル山脈に入るところで……」
 その説明を聞いて、キュクロウが目を丸くする。
「へぇぇぇぇ、テンペル山脈だか。あすこはかなり険しい山だど!?」
「はい、でも、どうしても山を越えないといけないんです」
 ルストの真剣な表情に、キュクロウは頷きながら言った。
「けんども、お前さんたち、だいぶ疲れてるようだし、もうじき日も暮れるだ。悪いことは言わね、今日はオラんちさ泊ってったらどうだね?」
 キュクロウの言う通り、日はすでに西の海に沈みかかっている。
 一行はキュクロウの好意に厄介になることにしたのだった。


 トントントントン……

 規則正しく響いてくる包丁の音で、ルストは目を覚ました。
「えっ!?」
 味噌汁のいい匂いが漂っている。
 余談だが、このトゥエクラニフにも味噌や醤油といった調味料が存在するのだ。
 一説には、かつてフィーラス達が人間だった頃にこの世界に持ち込み、懇意にしていた料理人に渡して、その後この世界にも製造法が広まっていったとも言われている。
 閑話休題(それはさておき)――
「なんだ!?」
「あら、起きられましたか?」
 優しい声が響き、台所から女の子が現れた。
(あ……)
 背中に鳥の翼を生やした、可愛い女の子――セレナだ。
 白いエプロンがとても似合っている。
「え、え〜と……」
 エプロン姿のセレナは清純で可憐で愛らしく、華奢な肢体は抱えたら折れてしまいそうだ。
 ルストがドギマギしていると、セレナはルストの寝床の横に座り、三つ指ついて深々と頭を下げた。
「旦那様、お早う御座います」
「あ……お、お早う(旦那様?)」
「お食事になさいます? お風呂になさいます? それとも……」
「えっ!?」
 ふいにセレナの瞳に妖艶な光が浮かぶ。
「うふふふ……」
 セレナはゆっくりとルストに近づいてきた。
 正面、およそ五センチの所にセレナの顔がある。
「えっ!? えっ!?」
 セレナの手がゆっくり伸びて来た。
 ルストの顔がカーッと熱くなる。

 ガシッ!

 が、若干、勝手が違った。
 思った以上に力強く、その手で肩をつかまれると――
「えっ!? えっ!? えっ!?」
 いきなりユサユサと身体を揺すられたのだった。
「あー、あー、あー、あー、あー……」
 その振動にルストはフラフラとなって――


「ルスト様、起きて下さい!」
 可愛らしい声に、ルストは今度こそ本当に目を覚ました。
 夢の中と同じように身体をユサユサと揺すられている。
「あん……?」
 揺すっているのは、夢の中と同じくセレナだ。
「あれ? おれ、まだ夢の続きを見てるの?」
 ルストはセレナを見て、そして部屋の中を見回して不思議そうにつぶやいた。
 そこは何もかもが巨大な部屋だ。
(ああ、そうだっけ)
 サイクロプスのキュクロウに、一泊していくことを勧められたことをルストは思い出した。
「どうしたんですか、ルスト様?」
 ボーッとしているルストの顔を覗き込んで、セレナがニッコリ笑った。
 その笑顔を見て、ルストは顔がどんどん火照っていくのを感じていた。
 夢の中のセレナのイメージが、英雄の凱旋みたいに甦って来た。
 その内に今度はセレナの方が顔を赤らめて、キャッと恥ずかしそうな仕草をした。
「ルスト様、そんなに見つめられると、照れてしまいますわ」
 その仕草にルストはますますボーッとなった。
(可愛い……)
「さあ、起きて下さい。ご飯の用意が出来てますわ」
「えっ?」
 ルストの前にお膳が出される。
 真っ白なご飯に、豆腐の味噌汁。アジに似た魚の開きに、納豆に、白菜のおしんこ。
 それはルストが理想とする朝食だった。
 この辺り、もとは日本人だったフィーラスの影響が見て取れる。
「あの、これ……?」
「以前、ルスト様がおっしゃっていたので……。お気に召します?」
「うん」
 確かに、前にちょっとそんな事を言った気がする。
 しかしそれは、何気ない雑談の中であった。
 それをセレナは覚えていたのである。
 ルストは味噌汁に手を伸ばし、そっと飲んだ。
 味噌の加減といい、温かさといい、申し分ない。
「うまい!」
「ホントですか、ルスト様! きゃっ」
 まるで新婚さんのようなやり取りをする二人を尻目に、バッツが朝食を胃袋にほとんど流し込むような食べ方をしながら言った。
「ラブコメもいいが、早いとこ食って出発しねえか?」
「あ、そうだった!」
 慌ててルストも朝食をかけ込む。
「いやあ、オラ、おでれぇちまっただよ。そこのお嬢さん、小せえ身体で器用に料理すんだもんな」
 キュクロウが心底感心した様子でセレナを褒め称えた。
 一同が一夜を明かしたキュクロウの住居は、家具も調理場も彼のサイズに合わせて作ってある。
 当然、セレナには巨大な道具だったわけだが、彼女はそれを見事に使いこなして上記の朝食をこしらえたらしかった。
 朝食を終えてのち――
「皆さん、どうせ猟に行くついでだ。山の中腹まで、送ってやるだよ」
 一同は嬉しかった。
 見ず知らずの人(?)の親切がどれほど有難いものかを、胸の奥深く、しっかりとしまい込んだ。
 キュクロウは左右の肩にそれぞれセレナとメフィスを乗せると、山の中腹まで登って行った。
 ルスト達も後に続く。
「こっから先は、おっかねえモンスターも出るから気を付けるだよ」
 キュクロウは一同に特製のブドウジュースと羊の干し肉を渡すと、手を振りながら去って行った。
 一同は、そんなキュクロウの姿が見えなくなるまで頭を下げて見送るのだった。


 キュクロウと別れ、ヘブンズ王国とレッサル軍の神殿の間に横たわるテンプル山脈にルスト達一行が足を踏み入れてから、既にひと月。
 既に山頂は通り過ぎ、ようやくあと二、三日で神殿に入れるという所までやって来た。
 はっきり言って、色々あった。
 なにせ、テンプル山脈には滅亡してしまった文明や宗教の遺跡がごろごろしているのだ。
 事件には事欠かない。
 色々あり過ぎるくらい事件が起こった……けど、それはまた別の機会に譲るとしよう。
 その日、一行は森の中を進んでいた。
 涼し気な白い木肌を持った優雅な木々が、互いに一定の間隔を置いて立ち並び、遥か天上で泡立つように重なり合っている。
 流れる風に垂れ下がった枝が揺れ、濃緑の光沢ある表側と淡緑の柔らかな葉裏が交互にひらめいた。
 足元はふかふかした黒土。
 うっすらと生えた苔の上には、様々な獣が通った跡がある。
 清浄でほのかに暖かな緑の大気が、胸を和らげる。
 どこかで小さく鳥が鳴く。
 リスでも渡ったのか、小枝がざわめく。
「きれい……」
 セレナが感激したように言い、深呼吸をした。
「きれいだけど……こっちであってるのかな?」
 ルストが四方を見回して、眉をひそめた。
「太陽が見えないので、方角が分かりません」
 と、ジン。
「ともかく、少し歩いてみよう」
 ルストが言った。
 一行は獣道らしき道を歩き出した。
 道は細かったので、一同はルストを先頭に一列に並んで歩いた。
 枯れ枝を踏みしだき、赤紫色のトゲを持った茨のつるを避け、ひそやかに咲いた名も知れぬ黄色い花を見、枝を渡って鳴く小鳥の声を聞いた。
 辺りは靄がかかったようで、万事がのんびりと穏やかだった。
 森は永遠の午睡のまどろみの中にひっそりと静まり返っている。
 やがて道は、開けた場所に達した。
「少し休もう」
 ルストは倒れた樹木の幹に腰を下ろし、汗をぬぐった。
 ごくわずかしか歩いていないのに、酷くだるい。
 見上げれば、緑の天蓋がうねりながらどこまでもどこまでも続き、空は葉ずれの隙間の小さないくつもの煌めく点に過ぎなかった。
 その点は、風に吹かれて見る間に次々と交替し、時に六角のおぼろげな結晶柱をサッと射かけてまた消えた。
 美しかった。
「平和だなぁ……」
 ジンまでが珍しくぼんやりと言った。
「なあ、俺っち達、何しに来てたんだっけ……?」
 ザコ吉がぼんやりした声で言った。
「それは……あら、変ね。どうしてかしら。ザコ吉さんが二人にも三人にも見えます」
 セレナが手袋をしたままの手でまつげをこすった。
 メフィスが岩にもたれて舟を漕ぎだし、バッツが大あくびをした。
「変だな。どうしてこんなにだるいんだろう……」
 目を開けているつもりだった。
 心の底で、警戒の火が燃えていた。
 だが、いつしか辺りの景色はぼんやりとかすみ、体中の力が抜けてしまい……。

 コツン!

 こずえを離れた木の実が一つ、頭に当たった。
 ルストははっと飛び起き、反射的にブレイブセイバーを抜き放った。
 刃は空を薙いだが、柄を握るその感触に一層はっきり自分を取り戻す。
「くうっ!」
 ふらつく手足を叱咤して、再び剣を繰り出した。
 距離を読み間違えていたのに気づいたのは、相手がギャッと声を立ててのけぞったからだ。
 すぐ目の前に迫っているのかと思ったが、実は半歩ばかり離れた場所に立っていたのだ。
 鬼面。不気味な般若の頭だけのモンスターだ。
 そのサイズは大人ほどもある。
 うっかり、その無限同心円の瞳を覗き込むと、目眩がし、辺り一面が二重三重に見え始めるのだ。
「みんな、しっかり! 敵だよ!」
 ブレイブセイバーを振り回しながら、ルストが叫んだ。
 セレナがむにゃむにゃ目をこすり、メフィスが立ち上がろうとしてよろめいた。
 その瞬間、鬼面が弾け飛んだ。
 宙を切り裂くその破片は、バッツの鼻をかすめ、ジンの肩当を鳴らし、ザコ吉の口の中に飛び込んだ。
「ぶほっ!」
「あん!?」
「な、なんだ?」
 おかげでみんな正気に返った。
 見れば、どこからともなく十四、五匹の魔物が現れているではないか。
 みな、大急ぎで臨戦態勢に入った。
 鬼面がガサゴソと包囲の輪を縮めてくるのに、バッツが気合を込めて剣を一閃させた。
 二つ首に皮の翼を持つデススネークが凍える吹雪を吐き出したが、ジンが霜の降りた地面を蹴ってメガフレアの火炎球を叩きつけた。
 荒くれ馬人のデビルホースが鋼のひづめを蹴り立てていななけば、ザコ吉が牙をむき出して雄たけびを返す。
 セレナは迫りくる魔物たちに、眠りの歌を聞かせる。
 いかに群れていても、戦いは数合わせではなかった。
 人間同士の戦争ならともかく、このような戦いなら実力で帰趨は決まる。
 経験を積んだパーティの前に、ある者は倒され、ある者は這う這うの体で逃げ出した。
 戦闘が終わると、一行は一息ついて武器を収める。
 あの奇妙な感覚は、どうやら鬼面の幻惑呪文(ミラージュ)だったらしい。
 元気を取り戻した一行は、森を抜け、丘を越え、道なき道を踏み分けて、やがて平地へと出た。
 ようやくテンプル山脈を抜けたのだ。
 一行の前に、小さく城のような物が見えてきた。
 レッサル軍の神殿だった。


 垂れこめた雲に覆われて薄暗い空の下、白亜の神殿は、整然と居住まいを正してそびえ建っていた。
 基本的に闇を信仰する魔族の神殿とは思えぬほど、透明感を持って白い。
 元々この神殿は、レッサル軍がサレラシオ大陸で活動するための役所のような施設として、数百年前に建設されたものである。
 その後、この地域の宗教と結びついて、いつしか神殿としての機能がメインになっていった、というのが実状である。

 その神殿の奥深く。
 窓の無い、暗く天井の高い部屋で、二人の男が向き合っていた。
 一人は黒いコートに身を包み、長い銀髪を持ったヴァンパイアの青年――ブラッディ・ジャバットだ。
 向かい合っているのは、黒い僧服姿の魔族の男だ。
 その僧服は、ギラギラと宝石で飾り立てられている。
 黒い部屋に、そこだけ白い光が生まれているようであった。
 異様に白い肌。そして輝きのある、プラチナブロンドの長い髪。
 顔立ちは非常に整っているが、特徴的なのは、その異様に冷たい目であった。
 口元には、シニカルな笑みを浮かべている。
 このレッサル神殿を預かる神官、ディザス・テイターであった。
 見た目通りの派手好きな性格で、さらに自信過剰。
 彼は数十年前からこの神殿の管理者として、時には邪教徒討伐なども行ってきた。
 もっともやり過ぎて、ほとんど虐殺としか言えないような事態もしばしばだった。
 おおよそ聖職者とは思えないような人物だが、その手腕は確かであり、レッサル軍に対しても多大な功績を残している。
 ブラッディが静かに口を開く。
「それでは、どうしても我らの協力の申し出を断ると言われるのか」
「その通りです」
 ブラッディの視線を受け止めたまま、ディザスが言った。
「私はレッサルゴルバ様より、この神殿を任されています。余計な手出しはやめて頂きましょう、ブラッディ」
「ディザス司教、我らは別にあなたの邪魔をしようというのではない。我らには我らの目的がある。その上で、お互いに協力し合おうと言っているのだ」
「もう一度言いましょう、ブラッディ……断ります」
 ブラッディが言った。
「ディザス司教がジンの逮捕についても、処理をするという事か?」
「その通りです」
 ディザスが怪しい笑みを浮かべる。
 彼は全ての手柄を独占したいのだ。
 ブラッディはあくまで静かな口調のまま言った。
「ディザス司教、彼らは手ごわいぞ」
 が、ディザスは優雅な仕草で白金の髪をかき上げた。
「この私の力が信じられないのですか!? ああ、私のあまりの美しさに、貴方の頭はボケてしまったようですね」
「…………」
 初めてブラッディの顔に嫌悪感が走る。
 もともと彼は、ディザスの事が好きではなかった。
 いや、もっと言ってしまえば嫌いな部類に入る。
 僧侶に似合わぬ派手な言動も気に入らない所であったが、何より、その野心に満ちた目だ。
 ブラッディには、ディザスがレッサル軍を自身のために利用しているように思えてならなかったのだ。
 それでも軍に対して叛意を抱いているという確たる証拠がない事、また司教という地位にいることもあり、ブラッディの方から手を出すことは避けていたが。
 ブラッディは黙って踵を返すと、部屋から出て行った。
(ジン達は手ごわい。甘く見ると死ぬことになるぞ……)

 神殿正面には、金混じりの白砂を敷き詰めた道が真一文字に伸びている。
 この道を中に据えて、神殿は完璧に左右対称だった。
 その神殿の正門前に、ルスト達は立っていた。
「ここが……レッサル軍の神殿」
 目の前の荘厳な建物を見上げ、ルストが呟く。
「ええ。ここはレッサル軍の、サレラシオ大陸での言わば前線基地です。まずはここにまで“悪意”の影響が及んでいないが調査しなければいけません」
 ジンが頷きながら言った。
「どうやら、その答えがやって来たようだぜ」
 正面を見据え、いつもの笑みを浮かべながらバッツが言った。
 どこからともなくばらばらと、覆面の衛士たちが現れ、道を塞いだ。
「こらこらっ、人間め! ここで何をしている!」
「ここは魔族の神殿ぞ! 早々に立ち去れい!」
 ジンが進み出て言った。
「僕はレッサル軍・魔導士部隊に所属するジン・フルートです! この神殿の司教様にお話があってまいりました!」
 が、衛士たちは顔を見合わせると、槍を構えてゆく手を遮る。
「何であろうと人間を通すわけにはいかん! 命が惜しくば出て行け!」
 取り付く島もない。
 衛士たちの殺気を感じ取って、バッツが楽しそうな笑みを浮かべて背中の剣に手をかける。
「強行突破しかなさそうだな!」
「仕方ないけど、おれ達は先に進まなきゃいけないからね!」
「わしゃ見てよ」
 それぞれが武器を構える。
 最後にジンも、あきらめたように錫杖を構えた。
「不本意ではありますが……ルストの言う通り、僕たちはここで歩みを止めるわけにはいかないんです!」
「ぬぬ……生意気な!」
「ええいっ! やっちまえ!」
 衛士たちが槍を構えて飛びかかる。
 が、彼らはルスト達に触れることも出来なかった。
 ルストの剣と、バッツの鞘のままの剣が目にもとまらぬ速さで振り回され、衛士たちを打ち据えたのである。
 衛士たちは何もできないまま、床に昏倒した。
「安心して、峰打ちだよ」
「さすがに命までとるわけにゃ、いかねえからな」
 ジンは頷くと、先頭に立って歩き出した。
「行きましょう!」
 こうしてルスト達は、ディザスの待つ神殿へと足を踏み入れていくのだった……。

To be continued.


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